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宝玉の退治屋  作者: さくらゆき
第一部
4/5

霖雨3


「翡翠!翡翠!」



必死に名前を呼ぶが、腕の中のぐったりした翡翠はその声には応えてくれない。

翡翠の身体は雨によって冷えきっているのに、熱で熱かった。

おそらく相当熱が高い。

『癒し手』である己は外傷しか治せず、薬を処方するしかない。

できれば今すぐ布団に寝かせ、薬を飲ませたかった。

しかし、目の前に現れた妖鬼はそれを許してくれそうにはない。

先程翡翠が倒した妖鬼より数倍大きく、強い禍禍しい邪気を纏っている。

攻撃する者がいない今、妖鬼の攻撃から守るしかすべはない。

己の結界でどこまで持つかわからないが。



「ヤラレタ⋅⋅⋅ゲゲゲ、カタワレヤラレタ⋅⋅⋅ヨワイ⋅⋅⋅ゲゲゲ⋅⋅⋅チカラ、マダタリナイ⋅⋅⋅ニンゲン、スベテ⋅⋅⋅クウ!!」



鋭い爪と牙をギラつかせた妖鬼は、殺気を放つ。



「境結界!」



翡翠を抱き寄せ、こちらに向かって来る妖鬼との間に結界を張る。

だが、一瞬間に合わずに妖鬼の爪が額を掠めた。

熱く、焼けるような痛みが走り、額から鮮血が流れる。

血が流れたのはどれくらいぶりだろうか。

己の血を見るのが久々なのに気づく。

翡翠はいつもこんな痛みを伴って戦っていた。

『守り手』なのに、翡翠に守られていた。

いつも、己の方に妖鬼の注意が向かないように、傷付かないように。


それに気づいたとたん、己への怒りが身体中を満たす。

何も翡翠にしてあげられない己が歯痒い。

守りたい。

今度は自分が。

腕の中の翡翠を愛しげに見つめた後、眼前の妖鬼を睨みつけた。





ポタリと何かが己の頬に落ちた。

意識が浮上する。

身体が重くて怠い。

寒いのに、熱くてぼんやりする。

けれど、優しい何かに包まれている。

パキィンパキィンと綺麗な音がする。

それが耳元で鳴り、綺麗なのに大きくて五月蝿い。

うっすらと目を開け、ぼやけた視界に一番に見えたのは柔らかな金色とそれに似つかわしくない赤色だった。


それが何なのか理解した途端に頭が覚醒し、目の前が開けた。

柔らかな金色の結界。

パキィンと音がしたのは結界を破ろうと攻撃されているから。

そして額から血を流した琥珀が目の前にいた。



「琥珀!その血⋅⋅⋅!」



起き上がろうと動いた瞬間に、くらっとする。



「駄目だよ翡翠、いきなり起き上がったりなんかしたら」



血が流れているのに、尚もいつもの柔らかい笑顔を向ける琥珀に何故、と思う。

何故逃げていないんだ。

何故血が流れているのにそんな顔ができる。



「なんで⋅⋅⋅!」



その後の言葉は続かなかった。

言い表せなかった。

でもそんなこと聞かずとも、本当はわかりきっていたのだ。

琥珀は己を置いて逃げられる性格ではないことも。

己を安心させようとして笑顔を向けていることも。

それでも聞かずにはいられなかった。


琥珀は少し驚いたような顔をした後、またいつもの柔らかな笑顔を浮かべて言った。



「翡翠が大切だからだよ」



ああ、そうか。

そういうことか。

琥珀も己と同じなのだ。

大事で、大切で、無くしたくない唯一無二。

だから離れ難かった。

離れられなかった。

十年も一緒に居て、今頃になって己の感情に全て気づくなんて。

いつの間にか、ずっと一緒にいたいと思うようになる程に好きになっていたなんて。


無くしたくない、守りたい─。


己の感情に突き動かされるまま、起き上がった。

身体の熱さも気怠さも、もう感じなかった。

心配そうにこちらを見上げる琥珀を安心させるように笑って見せた。

普段滅多に笑わない翡翠が笑ったことに驚き、目を見開く琥珀が少し可笑しかった。


もう、動ける。

絶対に倒す。

琥珀から、結界を破ろうと攻撃し続けている妖に目を向ける。



「琥珀、結界を解け」


「翡翠⋅⋅⋅まさか戦うつもりかい⋅⋅⋅!?駄目だ、そんな状態で⋅⋅⋅」


「大丈夫だ」



琥珀に目を合わせ、もう一度微笑んだ。

何度も心配させぬように大丈夫だと言ってきた。

けれどそれは余計に心配させてしまうものだった。


でも、今度は、もう。


琥珀はまだ渋った顔をしていたが、想いが伝わったのか、やがて呆れた表情をして溜め息を吐く。



「わかったよ、翡翠は頑固だからこうと決めたら絶対に譲らないからなぁ」



琥珀も目を合わせ、ふっと微笑んだ。



「三つ呼吸した後に結界を解くよ、注意して。呼吸を合わせて⋅⋅⋅」


「お前のことなら全部わかる」



遮るように口から出た言葉はするりと自然に発されたものだった。



(素直になってくれたってことかな)



琥珀は内心でそんなことを考えながら妖鬼に構えたのだった。



「境解!」



琥珀の結界解除の言葉と同時に翡翠は両手で刀を握りしめた。

力が溢れ出す。

目の色と同じ翡翠色が、刀身からぼんやりと淡く輝いた。

いける。

何故だかわからないが、そんな確信があった。

琥珀の呼吸と己の呼吸が重なる。


ひとつ、


ふたつ、


みっつ。


結界が解かれた刹那、一歩を力強く踏み出した。



「はあぁっ!」



妖鬼の鋭い爪が迫るのも構わず、勢いのまま刀を一閃した。




ザアァッという音と共に妖が崩れてゆく。

妖鬼の姿は灰となり、それも形を残さず消えていった。

ポトリ、と綺麗な結晶が地面に落ちる。

浄化された妖の魂だ。

邪悪になりすぎてしまった妖は退治師によって斬るしかない。

瘴気の塊である妖の肉体は灰と化し、浄化された魂は結晶となる。


翡翠はその結晶を拾い上げると、力尽きたように倒れた。



「翡翠っ!」



琥珀が駆け寄って、翡翠の身体を支える。

目をやるが、どこにも外傷がないことを確認すると、ほっと安堵した。

翡翠はうっすらと目を開けた。



「⋅⋅⋅⋅⋅⋅だるい」



翡翠のぼそっと呟かれた言葉に吹き出してしまう。



「だろうね。全く、いつも翡翠は無茶ばっかりするんだから⋅⋅⋅俺は心臓が持たないよ」


「⋅⋅⋅⋅⋅⋅悪い⋅⋅⋅」



目を背けて小声でばつが悪そうに、少し恥ずかしそうに言う翡翠を見ると、少し素直になってくれたのだと嬉しくも感じた。

これで終わったのだと、二人ともやっと力を抜くことができた。



「取り敢えず、森から出て村人の家を貸して貰わないとね」



琥珀の言葉を聞きながら、見上げた空には、もう雨は上がり、澄んだ青色と虹色が薄く見えた。

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