黒い陽光、暖かい氷 Ⅰ
無音。
透明な世界。
空気の流れを感じないまま、私はいつものように、自身に纒わり付く慣性に身をゆだね続ける。
生気の感じられない死んだ大木の間で衝突を繰り返して、死の臭いに染まりきった森を抜けると、空より青色の絵の具が零れたような気がした。
肌を刺す凍える空気の様なものがガラリと暖かいものへと変化を遂げる。
久々に出会った澄んだ薄い青色をした空に目を向けてみる。
上空には対角線上にある2つの青碧に輝く太陽がゆっくりと自転しながら、私の頭上より禿げた地上へと向かって青みを帯びた灰色の光を放射して、前方の地面にびっしりと敷き詰められた赤銅色の実に粉っぽい煉瓦を意味もなく焼きつけていた。
不規則に、乱雑に建てられている家屋達、どこか寂れた、されど酷く生活感に溢れている。どうやらここはついさっきまで人の住まう小さな村だったようだ。感受性さえもすり潰した私はそれらを気にも止めずに進行を続ける。
世界が黒く染まり始める。
三つの目を持つ赤い鴉たちが頭上すぐ上の低空で群れをなし、緩やかなスピードで滑空しながら、人工物のような羽から黒い燐光を撒き散らす。その様はまさに行軍中のカオスのようだ。酷く不快感を与えるその様は見る人族すべてにハラワタをかき混ぜるほどの吐き気と目から血が流れ出すほどの威圧感を与えるであろう。
黒い銀河が空を占拠し終える。
2つあった太陽は片方を残して、もう片方は圧倒的な物量で押し寄せてくる鴉たちに遮られて身動きが取れないでいた。狙ったかのように、目の前に綺麗に光と闇の境界線が浮き出る。意地の悪いことに、餌に釣られるイノシシのように、私の進むスピードに合わせて少しずつ闇もまた光を侵食していく。
カチンと、胸にさげたペンタントが心地よい音を立てながら私に昼を知らせる。果たしてこれは何を意味するのか。その意味を私だけが知っている。
すると、待っていたかのように私の体はシュワシュワと白い蒸気を立てながら体積を減らしていく。
意識が遠のいていくのを自覚しながら、私は微かに光が強まったのを感じとることが出来て身震いを起こした。
★★★★★★★★★★★★★★★
私がまだ小さかった頃のことだ。
小さな私にとってこの世界はあまりに広大で色鮮やかで眩しいものだった。
毎日のように道草やら小石を体の中に取り込み、それらを分解しながら、私は再三この世界の素晴らしさを実感せざるを得なかった。
村の人たちは私を見かける度に私のことを愛でてくださいました。
『吾輩はスライムである』
金色に輝く光が降り注ぎ、家が作る黒色の影に身を寄せ、子供達の読むそれは人族の有名な書物だそうだ。
私は、私達はスライムである。そして私は、私達は己のことを特異な存在だと自覚している。人族もまた私達を特異な存在だと認識している。なぜなら各地に散らばる全てのスライムは一つの存在である。一つの意志を持っている。私達は私なのだ。
それでも、私達スライム、いえ、スライムに関わらず全ての魔族は人族に愛されていた。