第1章 #7 小包
爆発の煙の中から現れ、そしてまるで日常の中での会話のような落ち着きで話しかけてくる少年。ユラ達はその姿に呆然としていた。
「俺と同じくらいの奴が1人に、それよりもっと小さい子が1人。そんでロボットが一体。どう見ても統制軍じゃなさそうだし、お前ら一体何者だ?」
少年は、なんの警戒心もなくユラ達に近づく。口調からもその様子は伺える。
「俺たちは・・・とある目的があってここにいるんだ。そう言うお前は何者なんだ」
既に似たようなやり取りを東京に来てから何度も行った気がするが。それでも自分達が何をしてるか簡潔に伝える。向こうが警戒心を全く見せないからと言って、こっちが警戒しないわけにもいかない。
「あー、スマンスマン。俺の名前はリュウ。レジスタンスの一員だ」
#7
レジスタンス。あらゆる圧政を敷き、監視社会を作り上げる統制軍に対し、反抗する勢力。その勢力は日本各地に存在し、普段は正体が暴かれぬよう、一般人を装い、監視の外で着々と統制軍との戦いを進めている組織。当然、統制軍にとってレジスタンスは弾圧すべき組織であり、今までも小規模な争いが起こる事も少なくはなかった。
「レジスタンス・・・お前がか?」
その存在だけは知っていたユラが、懐疑的にリュウに問いただす。
「何だ?俺みたいな少年がレジスタンスの一員だってことを疑ってんのか?言っとくが俺よりも若いメンバーはいっぱいいるぞ」
「・・・そのレジスタンスがここで何をしてるんだ?」
「それはこっちのセリフだ。なんの目的があるのか知らないけど、統制軍がうようよ居る所に一般人がうろついているなんて正気の沙汰じゃない。悪い事は言わないからさっさと帰った方がいい」
半ば説教染みた口調でリュウが訴える。だがそれを素直に受け入れるわけにもいかない。
「どうしてもやらなければならない事なんだ。ここで引き返すわけにはいかない」
ユラのその強い覚悟を乗せた言葉を、リュウも汲み取る。
「・・・分かった。俺も一緒についていってやるよ」
突然、行動を共にしてやると伝えられたユラは、キョトンとした顔で数秒固まってしまう。だがすぐに我に返ると、「いったいなんで」と、ついてきてくれる理由を問いただした。
「俺の任務は、この東京にいる統制軍の動向を探る事と、統制軍に襲われていたり、捕まったりしている一般人を助けることだ。このままお前らを放置してたら、わざわざ統制軍に捕まえさせるようなもんだからな」
捕まる事前提で話を進められている事は若干癪だが、既にもう何度も捕まりかけている現状を考えるとユラは反論はできなかった。
「分かった、頼む」
プロ・・・と言えるのかは分からないが、自分よりも経験がある事に違いはない。現状誰かに頼れるならしっかりと頼るべきだ。ユラはそう判断した。
リュウは「決まりだな」と二ヤッと口元だけで笑みを浮かべる。
「・・・で、その上で聞いておきたいんだけど。お前たちの目的ってのはなんなんだ?」
まあそう来るか。手伝いだけ頼んでおいて、目的は教えないというのは理不尽ではある。ユラは少し考えたが、正直に目的を伝える決意をする。
「・・・俺たちはアルマについて調べてるんだ」
「アルマ?って伝承の話の中に出てくる不思議な力ってやつか?あんなのただのおとぎ話なんじゃないのか?」
やはり大抵の人の知識はこんなものだろう。ユラにとっても、ナシロがアルマの力を使うまでは信じ切ることは出来なかった。そんなおとぎ話を口先だけで実際にあると言っても信じないのが普通だろう。手っ取り早く伝えるためには・・・
「ナシロ、少しお願いできるかな?」
「うん、わかった」
ユラの考えていることを汲み取ってくれたナシロは、目を瞑り、目の前にある、リュウが起こした爆発によって生じた瓦礫を浮かそうとする。最初はガタガタと揺れだし、次第に瓦礫は宙に浮く。
既にこの力を見ているユラとコロは特に驚くこともない。だがこれを始めてみたリュウは、目を点にして驚いた顔をして固まっている。
「これがアルマの力だ。アルマはおとぎ話なんかじゃない、実際に存在するんだ」
「・・・はは、本当にあったよ、おとぎ話。流石にこんなこと見せられたら信じないわけにはいかないな」
リュウは手を広げ、やれやれといった何とも言えない表情で事実を飲み込む。自分で目にしたものをなお疑う事は普通は出来ない。だからこそ、ユラは勿体ぶらずにナシロの力を見せた。
「オーケー、アルマの事は信じるよ。だけど調べるってのは、どこで、どんなふうに調べるんだ?」
「ここから少し東に行ったところに、ある教会のような建物がある。そこには、アルマについて。そして50年前に起こった厄災について書かれた書物がある・・・って聞いた。本当にあるかは行ってみないと分からないけど」
分からない。それはユラにとっても人から聞いた話であるからだ。信憑性が低いか高いかすらわからない。ただ、可能性が少しでもあるなら行動に移るべきだと考えた。行動を起こさない者が何かを成し遂げることなどできない。それがユラの持論だった。・・・統制軍がいる事は想定外なのだが。
「なるほど、お前も確証は持てないんだな。まあいいさ、【旅は道連れ世は情け】ってな。しっかりと手伝ってやるよ」
おそらくことわざと呼ばれる言い回しを受ける。リュウは右手をユラの前に差し出し、握手を求めた。それに応える為に、ユラも右手を差し出ししっかりと手を握り合う。
「さて、そうと決まれば早くお前たちの目的地とやらに行こう。地下とは言っても、同じ場所に留まるのは危険だからな・・・」
リュウが180度振り向き、歩き出そうとする。しかしリュウの目線の先に、幾つも蠢く、小さな物体が見えた。
「・・・!?みんな伏せろ!!」
リュウがユラとナシロの頭を掴み、強引に地面に伏せさせる。その直後、鈍い発砲音と共に数発の銃弾がユラ達の頭上を掠める。
「あれは・・・くそっ」
銃弾の元が何なのか把握したリュウは腰に添えているホルスターから拳銃を取り出し、すぐさま構え発砲する。弾丸が金属に当たった時の金属音が数回聞こえる。ユラがそこに目を向けると、コロのような小さく丸い金属の物体に、四本足のアームと、日本の腕のアームが生えた機械が数十体並んでいた。
アームの先には小型の拳銃が装着されており、明らかに攻撃的なロボットである事は間違いない。
ユラ達はリュウに促され壁の窪みへ避難する。唯一武器を持つリュウが、空になった拳銃の弾倉を抜き、新たな弾倉を装着させる。
「こんな所に【小包】が居るなんて聞いてないぞ・・・」
「小包・・・あのロボットか」
「ああ、統制軍の自立型戦闘兵器、通称【小包】。耐久力も火力もそこまで強くないけど、見てのとおり数で押される。でも、なんだってこんな場所に小包が」
リュウは隙を見て壁から身体を乗り出し、拳銃を発砲する。その命中率は流石なもので、全段命中とはいかないものの、2発に1発はあの小包に命中している。ユラは銃を撃ったことはないが、それがすごいことだとはなんとなく理解している。
それより問題なのはあの小包たちがここに居る理由。リュウの反応を見るに、この辺りに小包が居る事は普通ではない事が伺える。原因を考えるとしたら・・・。
「俺たちを始末しようと、統制軍が送り込んだのか・・・?」
考えてることを口に出す。それを聞いたリュウの顔がより険しくなる。
「おいまさか、お前たち統制軍に見つかったのか!?」
「あ、ああ」
「そういうことは早く言え!直接部隊を送り込まなくても、小包どもが送られてくるってことは場所も大体ばれてる。こうも多くちゃ突破も出来ないぞ」
うまく被弾しないようにしっかりと隙を見計らって発砲を繰り返すリュウ。しかしいくら小包を倒しても、奥からワラワラと新たな小包が寄ってくる。このままでは先にリュウの所持する弾数が切れてしまうだろう。
「・・・任せて!」
そう声を上げたのはナシロだった。ナシロが目をつぶりアルマの力を発動させると、ユラ達に向かって発砲を続けていた小包たちが宙を浮き、ナシロの手ほどきによって壁に叩き付けられる。勢いよくぶつかった小包たちはバラバラに分解し、動きを止める。
「すごい、これなら進める。いくぞ!」
障害となっていた小包をすべて破壊でき、新たな小包も見えない。この隙を見計らってユラ達は移動する。もうすでに3度もナシロに助けてもらっている。それだけじゃない。コロにも助けてもらっている。
危機的状況で自分が何もできない事にユラは憂いているが、今はそれどころじゃない。
自分の不甲斐なさを嘆いたところで何も起こらない。自分に力が無いなら他人の助けを借りるしかない。少なくとも今は・・・―――
緩やかな曲線が続く地下鉄道の線路をリュウを先頭に走る。
「コロ、あとどれくらいだ?」
ある程度移動した頃を見計らい、ユラがコロに聞き出す。
『次の駅が目的地に一番近い駅です』
ようやく近づく所まで近づけた。この旅の最終目標は色々な障害によって阻まれてきたが、やっとの思いで到着できる。
しかしそれでもまだ障害は続く。
「止まれ」
リュウの制止で足を止める。視線の先には駅のホームが見えるが、またもや小包が複数体徘徊している。あれは捜索に出ているというより、決まった場所で警備をしているタイプだろう。まだユラ達には気づいていないが、数が数だけにうかつに前に進むことが出来ないでいた。
「ナシロ、もう一回出来るか?」
ナシロに頼みこむ。しかし、ナシロは首を横に振る。
「だめ、遠すぎる。私の力はあまり遠い所までは届かないの」
さっきの小包を持ち上げた時、ナシロから一番遠い小包で15メートル程だった。最大有効範囲がその程度だとしたら、今ユラ達が居る場所からホーム全体に配置されている小包たちを一度に全滅させるのは不可能だ。
かと言って強行突破するのも危険すぎる。小包が装備している銃は小口径とはいえ1発でも身体のどこかに当たれば致命的なダメージを負うだろう。
「俺の銃の弾もそんなに多くない。下手に仕掛けるのは危険だ」
小包は駅のホームに見えるだけで数十体居る。正面からまともにやり合うのは勿論、強行突破も難しい。隠れながら進むのも不可能だろう。
『仕方がないですね・・・。相手が機械なら私の秘技を使いましょう』
満を持してコロが名乗り出る。
「何か方法があるのか?」
ユラが尋ねる。今までも統制軍相手に閃光や、スモークで何とか乗り切ってきた。そのコロにまだ何か秘策があるのかと少し期待してしまう。
『はい、特定の電波を送って小包たちをショートさせます。ただ、これを使ってしまったら私のエネルギーが切れてしまいます。そうなったらしばらくは一歩も動けないのであとはマスターが運んでください」
足もないのに一歩とは、と非常時でなかったら突っ込んでいたがこの際どうでもいい。相手が機械だからこそ出来る秘策。高性能すぎる出来たロボットだ。
「・・・今はそれしか方法が無いな。頼りっきりだが、コロ、頼む」
『いつも頼られているのでもう慣れましたよ』
いつもなら嫌味に聞こえるものも、この非常時だとそうは聞こえない。
コロが少し前に出ると、頭の部分から小さなアンテナのようなものが出てくる。そして小包たちに向け、電波を送る。電波を受けたであろう小包たちは、周囲を警戒していた動きを止めてその場に制止する。
それと同時に宙に浮いていたコロも地面に落下する。
「コロ!」
『ダイ・・・じょう・・・ブ・・・です』
いつも常に鮮明だった声にノイズ音が走る。ユラはコロの丸い身体を抱える。
「よし、これで進める。先を急ごう!」
リュウの号令でユラ達は駅のホームの階段を登る。改札を抜け、地下道へ出る。この時も周囲の警戒は怠らない。どこに統制軍がいるか分からない状況だからだ。
周囲に何もいないことを確認してユラ達はそのまま地上への階段を登る。外はまだ日が地平線から登り切っておらず、太陽の光が薄くビルの間から差し込んでいる。
「コロ、ここからどう行けばいいかわかるか?」
『ハ・・・い。案内・・・スル・・・ので、その通りに動いてくだ・・・サイ」
コロはまだこの調子だが、案内はしてくれそうだ。
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コロの案内通りに歩き、統制軍とも出会わずに済んだユラ達は、ようやく目的の場所に着くことができた。
ユラ達の目の前には、外壁が白色の壁で覆われた、教会のような建物。塔の上には鐘楼があり、まさしくキリスト教の聖堂と思えるような外装だ。しかし、キリスト教の教会にある筈の十字架は掲げられていない。
「ここに、アルマが・・・厄災の謎が・・・」
辛く、とても長く感じたこの旅の目的。多くの危険を乗り越え、たどり着いた場所。ユラは、その手で建物の扉を開いた。