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愛されるべきもの

作者: Eine


 「――さんの本はありますか?」

「え?ごめん、もう1度言ってもらえるかな」

 

 ざざっとノイズ混じりに。

そう問いかけてきた少女の声には、ノイズが混ざっていて。


「――さんの本です」

「解らないな。探してみるから、少し待っていてくれるかな」

「はい」

 

 僕は、『常迴古書堂』という店を営んでいる。

古書を扱っている手前、妙な事はよく起こるが、まさか人の声にノイズが混じるとは思っていなかった。

生きている人間に影響を及ぼす様なもの、この店にあっただろうか。

ちょっと厄介なものを置いているエリアから、いくつか選んで持ってこよう。

 

「このお店は、少し暑いですね」

「ああ、実は僕、とんでもない冷え性でね。冬の間は、いつもこうなんだ。悪いね」


少女が僕にそう訊ねた。

いや、少し温度を下げて欲しいのかも知れないが、まあ。

温度を下げるつもりはないのだ。

これでも妥協している。

これ以上温度を下げたら、凍えて死んでしまいそうだし。

ので、別段気にする必要はない。

世間話をしていると、いよいよようやっと、最後の2冊を運び終えた。


「この中にあるかな」

「……はい。ありました。いつも何故か気味悪がられて、探してもらえないので、助かりました」


まあ、ノイズが走っている名前なんてものは、多少気味悪いのかも知れない。

少女が手に取った本は、タイトルも著者名も、丁寧に黒く塗り潰されていた。

重い雰囲気の装丁で、何だか少女には似つかわしくない。


「どんなタイトルなの?それは」

「ええと、愛されるべきもの、です」

「へえ、そっかあ。それはそれは――随分と傲慢な名前だねえ」


僕がそう素直な感想を口にすると、少女は少し驚いた様に目を丸くして、そしてくすりと笑った。


「どうしてそう思うんですか?」

「だって、愛されるべきものだなんて、生物が勝手に決めるには、少々大事で過大評価過ぎやしないかな」

「面白い考え方ですね」


そうだろうか。

僕みたいな考え方の奴は、他にも沢山いるだろうに。


「でも私、そういうの嫌いじゃないです」


少女はそう微笑んで、僕に本を渡そうとする。


「……えっ?」

「お代は払うので、この本は貴方が持っていて下さい」


僕に本と代金を渡して、少女は店を出て行った。

数秒間、僕は本と代金を持ったまま立ち尽くし――慌てて店の扉を開けて、周囲を見渡した。


「……っ、寒っ!」


どうやら、少し前まで雪が降っていたらしい。

今は止んでいるが、地面には雪が積もっている。

少女が出ていってから数秒しか経っていないので、足跡は残っている筈だが――全く、残っていない。

本と代金を残していかれるのは、困るんだけど。

せめてどちらかにしておいて欲しかった。

そしてそこまで考えて、はたと気付いた。


「ああ、成程。あの少女――生きてなかったのか」


死者は、生きている者に何かしら覚えていてもらいたいのだ。

手元の本を見れば、黒塗りはすっかり消えてしまって、『愛されるべきもの』というタイトルと、『蒔原譲』という名前が書かれているのを、しっかりと確認できた。


やはり、少女の姿は、どこにもない。


でもそろそろ店内に戻らないと、指先が青白くなってきている。

歯の根は合わないし、寒すぎて全身が痛いし。


それに何より、眠いしね!







 愛されるべきものとは、何か。

結論は、出せなかった。

――答えなんて、私達が手に入れられる様なものではないのかも知れない。

だけど私は、探求し続けよう。

いつか、動かなくなるその日まで。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『愛されるべきもの』拝読いたしました。 ノイズまじりの声、黒く塗りつぶされた本。奇妙な雰囲気が漂う、不思議なお話でした。
2017/07/22 09:22 退会済み
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