悲劇の花嫁は涙する Part.3
◇
エイジャースの腕を後ろで絞めあげたレオーナが、彼を強引に連れて来たのは二人が契りを結ぶはずだった礼拝堂。
開かれたままの扉をくぐるや否や、エイジャースの軽そうな体を赤い絨毯の床に投げつけた。
「ぐっ、レオーナ……君は……」
地面に転がったエイジャースの目はまだ正気を保っており、魔眼の影響は受けていない様子。
「まだだ、まだ終わるわけにはいかないんだ」
泥だらけの裾を絨毯に引きずり、「立って歩け!」とエイジャースに叱咤し蹴りを入れるレオーナ。しかし何も、礼拝堂という空間にいたのは彼女とエイジャースだけではなかった。
バハムートが暴れたせいで壁や天井の所々が崩壊し、瓦礫が転がる無残な礼拝堂。その一番奥にある祭壇の前で悲哀に満ちた瞳をレオーナに向けているのは、彼女の父コヨーテ。
「レオーナよ、もうこんなことは――」
「黙れ! 大体、こんなことになったのも全部貴様のせいだ! 母様ではなく貴様が殺されていればよかったものを!」
泥のついた手で顔の涙と血を拭うレオーナのヒステリックな絶叫が礼拝堂に響き渡る。
「よせレオーナ、コヨーテ様は君のことを心底想ってらっしゃる。君とコヨーテ様の間に過去何があったのかは知らない、しかし今のコヨーテ様が君を……愛娘を想う気持ちに嘘偽りなどない」
立ち上がったエイジャースの真っ直ぐな瞳と言葉は、レオーナの胸に深く傷痕を残すと同時に彼女の逆鱗に触れた。
「貴様のような恵まれた男に何が分かる! さっさと進め! 言う事を聞かないならもう一度魔眼で――」
平手でエイジャースの整った顔を思い切り叩き、怒りを吐き捨てるレオーナ。そんな彼女に対し、叩かれた頬を手で抑えながらエイジャースはゆっくり首を横に振る。
「いや、もういい……私は君の言葉に従おう……」
何処か寂しそうな面持ちでエイジャースは一人、コヨーテの待つ祭壇の方へ歩みを進めた。
「君は私を恵まれたと言ったが、それは勘違いだ」
ゆっくりと祭壇の方へ歩み寄っていたエイジャースが徐に語り始める。
「私は皇帝陛下の従弟と娼婦の間に生まれた忌み子なのだ、第八皇位継承候補として皇室に名を連ねているが……私は全ての身内から見放された捨て駒に過ぎない。
君もそれを知っていて私に魔眼を使ったのだろう? たとえ忌み子だとしても皇室の中で恵まれた暮らしを送って来たと、誰もが言うかもしれないがあそこは私にとって牢獄だ。
存在の全てを否定され、皇室の都合のいい様に動かされる。手足すら自らの意志で動かせないほどに……」
エイジャースの口から語られる言葉に、レオーナもコヨーテも聞き入っていた。
「だから君が羨ましいんだ。君を狂わせてしまうほど愛情を注いでくれた母君と、愛したいと心の底から望み、大切に想ってくれるコヨーテ様を親に持つ君が……凄く羨ましい」
「くく、はははははは! 思い違いも甚だしいっ! コヨーテが想う? 私を?」
祭壇までたどり着いたエイジャースの後ろを歩いてきたレオーナが今度は高笑いを礼拝堂に響かせる。
「こいつが想っているのは教団と自分だけだ! こいつが私に何をしてくれた? 私だけじゃない、母様のことも見殺しにして……」
床に転がっていた帝国兵の剣を拾ったレオーナが、その鋭い切っ先をエイジャースの細い首に向けた。
「私の家族は母様だけだ……母様だけが私のことを見ていてくれた……。
皇帝唯一人に権力が集中するこの国を最後まで想い、警鐘を鳴らし続けたのにっ! なのに貴様ら帝国は殺したっ!」
剣の切っ先とエイジャースの首が徐々に距離を詰めていったその時、二つの影が礼拝堂に足を踏み入れる。
「皇子っ! レオーナ、皇子から離れろっ!」
「それ言って離れてくれる悪者なんていないでしょ、私があの立場だったら絶対人質にするって」
礼拝堂に響いた声に気付いたレオーナ達の視線が、一気に入り口に向けられた。
そこにいたのは、顔を真っ青に染めたオズワルドと呆れ気味のアキラ。
「ちっ、来るな! 来ればこの皇子の首を斬り落とす!」
アキラの言葉通り、レオーナはエイジャースの首に剣を突きつけたまま彼の背後に回り、空いた手で体を拘束。人質にしてしまったのだ。
「ほーら、言った通りでしょ?」
「卑劣な……犯罪者同士、共通するものがあるようだな」
「にゃははっ、国を潰そうなんて考える弩級の悪人と肩を並べるようになったとは、怪盗ハンターも鼻が高いねぇ!」
大きな笑い声をあげると共に、アキラの足がレオーナの下を目指し始める。




