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失われた未来を頂きにあがります。 Part.8



 ◇



 今の時代、多かれ少なかれ宗教は争いを避けれない。

 宗教間の戦争もあれば、宗教観を否定する帝国の弾圧やギルドの縄張りに踏み込んだいう理由で襲撃にあうことだってある。


 特にこのラグナ教団はギルドへの資金提供と、近年の反皇帝政権的思想の提唱もあって、帝国軍との衝突は目に見えていた。

 そこに張られたような防衛的結界はひどく強固で、幾らバハムートの猛烈な一息であろうと容易く吹き飛ぶことはない。


「さっさと結界を叩き壊せ!」


 背に乗るレオーナの言葉に尻を叩かれ、追撃をかけるも破壊は出来なかった。

 だが、ダメージを与えているというのも紛れもない事実で、並大抵の魔物やスキルならば傷すらつかない結界が攻撃された箇所からひび割れていく。


 あと少し、あと少し――。

 飛散した火の粉を浴びて炎上する地上から悲鳴が聞こえる。雄叫びが聞こえる。爆発音が聞こえる。


「おーい! このバカ娘ぇぇぇ!」


 それともう一つ、レオーナ自身を愚弄する憎たらしい声が聞こえた。

 あの声に何度腹が立ったか、数えるだけで腸が煮えくり返りそうになるレオーナの鋭い視線が地上へ向けられる。


「バーカ、バーカぁ! 悔しかったら私から聖杯を奪ってみろ!」


 視線の先にいたのは、大聖堂の屋根から手を振る憎いアキラの姿。彼女の左手には、金に輝くネフティスの聖杯。


「あのコソ泥が」


 始末したはずの彼女がまだ生きているというのにも驚きだが、それよりも気になるのはやはり聖杯だった。

 あれが本物なのか、はたまた彼女が作り上げた二つ目の偽物なのか。怒りを必死に抑え、慎重になっていたレオーナにアキラの声が更なる追い打ちをかける。


「目的のお宝は手に入ったんだし! あんたが尻尾巻いて逃げるってんなら、それでもいいけどねー!」


 湯水のように浴びせられる煽り文句に、レオーナの眉間がピクリと動いた。


「バハムートもういい、結界は後回しだ」


 レオーナの指示に従い、バハムートがひび割れた結界への攻撃を止める。


「あの小娘を焼き殺せ! そして聖杯を奪い返せぇぇぇ!」


 炎を蓄積する大口が向けられると、アキラは仮面の下で余裕の笑みを浮かべた。


「にゃはは、来なよデカブツ!」


 吐き出された巨大な火炎弾は轟音や砂煙と共に聖堂の屋根を破壊。しかし肝心のアキラは全力の走りで回避し、居住区へ繋がる渡り廊下の屋根を目指す。

 渾身の一撃を避けられたという現実も更にレオーナの怒りを燃やし、徹底的に追い詰めるようバハムートに指示を送る。


 バハムートの巨躯は地上にいるアキラただ一人を焼き尽くす為、空を翔け降りていく。


「そんなへなちょこ攻撃、当たってやるかっての!」


 居住区の屋根にロープを繋げた鉤爪を投げ、器用に引っ掻けるとロープを強く握って華奢な体を四階建ての聖堂の屋根から空中に投げ出した。

 一秒前までアキラが足を着けていた屋根は吹き飛び、瓦礫が屋内へ流れ込んでいく。

 かつて見た、ターザンのように空中を翔けるアキラだったが、ロープを軸にしたその軌道など知れたもの。すぐさま、バハムートの大口が彼女の行く手へ向けられた。


「屠れ! バハムート!」


 バハムートが大きく開いた口に炎を蓄積する間、アキラはロープから手を放して居住区の窓ガラスに全身をぶつけ、叩き割って丸めた体を中に押し込む。

 窓を割り屋内に入る瞬間、確かにアキラの目には口いっぱいに炎を貯めたバハムートの姿が映った。ならば、次の一撃まで時間がない。


「このっ」


 勢いを殺しきれず、ガラスの飛散する赤じゅうたんの上を転がったアキラ。聖杯を握っていない彼女の右手が階段の手すりを掴んだ。

 あまりの衝撃に右肩は外れ、激痛を全身に走らせたものの体は見事に制止できた。


「ったあああぁぁぁぁぁ!」


 痛みを大声で紛らせ、立ち上がったアキラはそのまま階段を駆け降りていく。

 しかしここにも、アキラの邪魔をする男性教徒が数名――。


「いたぞ、捕まえろ!」


 左手には聖杯、右腕は関節が外れて使い物にならない。

 仕方なくアキラは階段から飛び降り、股で一人の顔面を挟み込んで思い切り前転。強い衝撃に首を持っていかれ、教徒はアキラの細い両足に投げ飛ばされてしまう。


「うっざいのよ!」


 持ち前の俊敏性で追手を振り切り、窓から見えた隣の低い宿舎の屋根に飛び込んだ。

 飛散するガラスにマントは裂かれ、仮面も傷つき、体のあらゆる箇所に切り傷をつくって二階建ての宿舎の屋根に転がった。

 刹那、アキラの背後で石造りの居住棟がバハムートの一息に吹き飛ばされてしまう。


「はぁ、はぁ……」


 隣の四階建ての居住棟と異なり、アキラが足を着ける木造で安っぽい宿舎は聖堂の中でも下っ端の教徒が寝床にしている場所。

 二階建てと背丈が低いこともあって、上手いこと居住棟に立ち込める煙がアキラの姿を隠しているが、バハムートとレオーナが少し動けば見つかってしまう。


 息を切らしたアキラは聖杯を足元に置き、歯を食いしばったアキラは左手で外れた右肩の関節を強引に入れ直す。


「はうっ! マジ泣きそう」


 想像を絶する痛みに悶えるが、その場に塞ぎ込んで泣きじゃくるような余裕は今の彼女に無い。


「全身痛いし、もう最悪なんですけど」


 愚痴を漏らしながらも聖杯を拾い、バハムートの死角から抜け出したアキラが仮面の下で大きな口を開いた。


「こっちだバーカ!」


 塵の舞う薄汚れた空気を揺らした声は、勿論レオーナの耳にも届く。


「逃げ足の速い泥棒猫めがっ!」


 アキラを殺し、聖杯を奪う為、バハムートの巨躯が動き出した。

 依然として挑発を続け、余裕を見せるアキラだったが、彼女に逃げ切る策などありはしない。

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