失われた未来を頂きにあがります。 Part.7
「こんなの、聞いてないんだけど」
レオーナを背に乗せるバハムートを前に、アキラは只々唖然としていた。
「召喚系スキルはあらゆる系譜の中から選択した一つを刻み、長期の鍛錬によって段階を上げていく特殊な構成をしたスキルと聞く。
レオーナは熾天使の指輪を使って全ての段階をクリアし、最上級の召喚獣を顕現させたんだろう」
表情も、口調も、表面的なものは冷静を装っているものの、オズワルドもまた内心では只々愕然とするばかり。
それもそのはず、今彼ら二人の目の前にいるのは召喚師達が長年の鍛錬により育ち切った先で、ようやく召喚できるような最上位の怪物なのだ。
「この戦争が落ち着いたら一帯を焼け野原にしてでも聖杯を探してやる、その前に貴様らは灰塵と化すがいい」
上空から蔑む瞳で見下ろすレオーナがそう告げたのを合図に、バハムートは大きな口を広げて体内の炎を集め始める。
巨大な怪物が今から馬鹿みたいな破壊力を持つ火炎弾を吐き出すのは容易く想像できた。しかし、それを防げるのだろうか。
冷や汗を流すオズワルドは剣を抜き取り、地面に勢いよく突き刺した。
「どっ、どどどどどど! どーすんのよ!」
無論、この世界に来てから一年という期間を盗賊職のスキル習得に費やしてきたアキラが火炎弾を防ぐスキルなど持っているはずがなく、只慌てふためく。
「これは私の怒りであり、我らが主神ラグ・マリアの鉄槌だと思え!」
オズワルドの心配も、アキラの大慌ても、無駄だと嘲笑うようにバハムートの口から巨大な火炎弾が放たれ、祈りの塔の分厚い外壁を破壊した。
耳を叩き割るような轟音と、草木を一瞬にして灰と化すような熱、そして強固な壁すら容易く砕く破壊力。
大きな煙幕に包まれる祈りの塔を見下ろし、レオーナは勝ち誇った笑みを浮かべるとバハムートを上昇させる。
雲が散りばめられたご機嫌な空へ向かうバハムートを阻んだのは、フォルトゥナの上空に張られた結界だった。
「くぅぅ……死ぬかと思ったぁ」
バハムートを見上げる祈りの塔の最上階でアキラが呟く。
煙幕が風に乗って立ち去る頃、崩落寸前の祈りの塔に姿を見せたのは審判の壁ほどはあろうかという分厚さを誇る氷の壁の陰に隠れるオズワルドとアキラだった。
「何とか耐えられたが……レオーナは何処に」
「それならほら、結界を破って逃げようとしてらっしゃるよ」
アキラの指差す先で、バハムートが上空の結界目掛けて火炎弾を放つ。
しかし一度で破れてしまうほど脆いものであるはずもなく、ぶつかった火炎弾は飛散。
拳程度の大きさをした火の玉が、雨の様にフォルトゥナ全土に降り注いだ。
「しまった! アルカトラズの槍を使おうにも、もう時間が……」
「ちょい待ち、何それ」
悔しそうに口から零したオズワルドの言葉をアキラは聞き逃さない。
「何とは、アルカトラズの槍のことか?」
「そうそう、それがあったらあの馬鹿デカい怪物やれんの?」
すると、オズワルドは大きく頷いてみせた。
「アルカトラズの槍は大型の魔物を捕獲する為に作られた集団用スキルだ、それならばバハムートだろうが捕獲できるはず」
「オッケー、時間を稼げばいいのね」
「何か考えがあるのか?」
「オフコース、ハンター様に不可能はないってことを教えたげる! 何処に誘導すればいいとか要望はございますかい?」
火の玉はフォルトゥナ各所に炎をもたらし、戦火と混じって神聖都市を大炎上させる。
この修羅場の中にも関わらず、アキラはいつもと変わらぬ軽快な口調で余裕をチラつかせた。
「ではあの中庭でどうだ」
「そんじゃあ、頼むよ? オズワルド君」
拳を突き出したアキラ。
大方、オズワルドの拳を自分の拳にぶつけろという意味なのだろうが、オズワルドは嫌そうな顔を浮かべた後にそっぽを向いてしまう。
「慣れ合うつもりなどない、勘違いするな」
「あーはいはい、連れないヤツ」
呆れたような、はたまた小馬鹿にするような、そんな視線を向けながらアキラは大きな溜息を零した。
◇
戦争とは大規模であれ小規模であれ、悲しいものだとラーマは思う。
武器を取った全ての人間に言えるのは、替えが効くということ。彼ら前線で戦う有象無象は消耗品の様にその命を削っていく。
人の情などではない。ラーマからすれば、戦場で捨てられる命一つ一つが顧客の可能性があるのだ。
一人が死ねば、売れるはずだった剣が一本売れなくなってしまう。それが悲しい。
「戦火が此処まで届きそうだね」
ラーマのいる馬車の集会所は中央通りから離れているものの、拡大する戦火は集会所すら巻き込みそうな勢いだ。
察したラーマの部下達はいつでも出られるよう馬車の荷台に荷物を積み始めるが、やはり彼等が気になったのは荷台の中でも一際異彩を放つ巨大な木箱。
「マスター、この荷物結局どうするんですか」
ガサガサと音のする気味悪い木箱を指差し、男が首を傾げた。
「ああ、今すぐ開けよう」
そう言うとラーマは短い脚で馬車の中へ走っていく。
刹那、鼓膜を突き破りかねない咆哮がラーマ達の耳を貫いた。
馬車の中から見上げる空に、咆哮の主はいた。上空の結界を突き破らんと火炎弾を吐き出すバハムートだ。
「これはまた、随分面倒なことになっているじゃないか」
結界にぶつかって弾けた火の玉が雨の様に降り注ぎ、市街地を燃やしていく。
「マスター! あの怪物が吐いた火が――」
「知っているとも、すぐに馬車を出したまえ」
大慌てで馬車に戻ってきた男の言葉にも、落ち着いた判断を下したラーマ。
「はい! マスターはどうなさるつもりで」
「私は少し用事があってね、心配せずともすぐ戻るさ」
「ちょ、マスター!?」
男の心配を振り切り、馬車の中へ入っていくラーマの小さな手が伸ばされたのは、ヒポクリフの入った巨大な箱。
「君の出番だ、少し働いてもらうが……問題ないね?」
するとヒポクリフは彼女の言葉を理解したように木箱から飛び出し、炎上する市街地に足を着けた。
「うん、君は君のご主人と違って素直でよろしい……ペットは飼い主に似るという言葉は先人の間違いだったようだ」
馬車の荷台から出てきたラーマを背に乗せ、ヒポクリフが大きな両翼を広げる。




