失われた未来を頂きにあがります。 Part.6
翡翠に輝く熾天使の指輪。しかし一向に聖杯は動かず、召喚獣ネフティスも召喚されない。
勝ち誇っていたレオーナの顔が、徐々に曇り始めた。
「何故だ、何故召喚されない」
ネフティスの誕生を恐怖していたオズワルドの表情も、段々と緩み始める。
レオーナも、オズワルドも、ネフティスは召喚されないものと悟ってしまったのだ。
その瞬間、聖杯を掲げるレオーナの左手を放たれたナイフの刃が貫く。
「しまっ――」
左手の甲から溢れる血でもなく、痛みでもなく、レオーナが気にしたのは手中から逃げるように離れていった聖杯。
宙を舞った聖杯は地面に叩きつけられ、無残に破壊されてしまった。
「聖杯が壊れた?」
どんな芸術品にもいつか壊れる時が来る。だが純金と黒曜石で造られた聖杯が、こんなにも容易く壊れるであろうか。
オズワルドの抱いた疑問は、彼だけでなくその場にいる全員が抱いたもの。
いや、少なくとも彼女だけは違った。彼女だけは、聖杯が壊れる理由を知っていたのだから。
「馬鹿な、聖杯が壊れるなど」
「壊れて当然よ、そんな安物」
動揺を抑えきれないレオーナとは対照的に、妙に落ち着き払ったアキラが告げた。
「なんだと?」
「あんたがそれを本物の聖杯と思い込んだ時点で、あんたの負けは決定してたのよ」
すなわち、レオーナが勝ち誇った顔で掲げていた聖杯はアキラの製作系スキルで作った贋作。
故にネフティス召喚なんてスキルは最初からなく、熾天使の指輪を持ったところで何が召喚されるわけでもない。
「いつもの間に」
「少なくとも、昨日私が手にした聖杯は本物よ? てゆーか、私が昨日ここに来たのって盗む為じゃないんだよね」
「まさか……貴様……」
「聖杯の外見ならブラックマーケットから盗んだ取引記録で見ることができたから、事前に偽物を作ることはできた。
後は本物の聖杯を奪って、あらかじめ作っておいた偽物と入れ替えるだけ……私が昨日ここに来たのはその為よ」
昨日、アキラには一人になることができる時間があった。
聖杯を奪取し、オズワルドの包囲を振り払って祈りの塔を飛び降りたあの瞬間、彼女は全ての人間の視線から逃れることができた。
――――偽物の聖杯は、祈りの塔の一階に用意されていたのだ。
「本物の聖杯は昨夜のうちに聖堂の何処かに隠した、場所を知ってんのは私だけ」
アキラの表情が仮面の下で綻ぶ。
全てが彼女の用意したシナリオ通りに進み、無事彼女はレオーナに勝利した。
「馬鹿……な……」
脱力感が全身を襲い、レオーナは膝から崩れ落ちてしまう。
「あなたの負けだ」
「ハンタァァァァァァァァァァァァァ!」
剣を鞘に納めたオズワルドが優しく声をかけるも、それはレオーナの絶叫に握り潰された。
「レオーナ・ミルドバーグ、あなたを帝都に連行します……話はそこでしましょう」
少しだけ悲しそうに告げたオズワルドの足が、レオーナの下へ進められたその時――、
「ふふ……はははははは!」
響く、レオーナの大きな笑い声。
顔がグシャグシャになるまで笑みを装い、彼女は笑った。
感情が狂うまで、笑い続けた。
「私を誰だと思っている、私はレオーナ・ミルドバーグ!
マハト家とミルドバーグ家の力を双方受け継ぐ天才なんだ! 聖杯はいずれ手にする、だが私の手駒が聖杯だけと思うなよクズ共!」
地面に膝をつくレオーナの左手で、熾天使の指輪が再び翡翠の輝きを放つ。
「段階を踏んで強く大きく成長する召喚系スキルに、熾天使の指輪を使えばこんなことだってできんだよ!」
これから何が起きるのか。アキラとオズワルドには分からない。
分からないが、只一つ明らかにマズいことが起こるというのは分かった。
「召喚、さあ来い! バハムートォォォォォォ!」
しかし気付いた頃には遅い。壁も天井も、彼女達が崇めるラグ・マリアを象ったステンドグラスすら破壊し、巨大かつ最強の竜・バハムートが召喚されてしまう。
『如何なる条件をもクリアしてスキルを使用する』という熾天使の指輪。だが、ラーマは「自分に扱えないスキルを人の体に刻むことはできないから単品では意味などない」と言っていた。
彼女の言葉は何も間違ってはいない。人間がスキルを体に刻めるのは、その技能を習得したという証なのだから身に余るようはスキルは刻めない。
しかしながらこの話、召喚師という特例を除いた場合に限るというのはラーマも知らなかったよう。




