史上最悪のクーデターPart.3
苦肉の策を実行しに来たアキラは、すぐに石造の建物の陰に隠れて麻袋の紐を緩める。
中に入っていたのは彼女がハンターとして活動する際に使う黒マントに、木製の仮面。それから革の手袋と鉤爪のついたロープ。
「さーて、お仕事お仕事っと」
全身を覆い隠すような黒マントを羽織り、フードを被る。それからロープを腰に下げ、革手袋を装着。
最後に木の仮面で顔を隠せばあっという間に世間を騒がす怪盗ハンターの出来上がりだ。
「死なないと分かっちゃいても、自殺するのなんて緊張する」
仮面の裏側に顔からにじみ出る嫌悪感を隠し、太もものホルダーにしまっていたナイフを取り出す。
そのギラつく刃が狙うのは、自身の首だった。
「痛いんだろうなぁ、嫌だなぁ……」
両手で握るナイフの切っ先が首の皮を捉える。
「ええい、女は度胸っ!」
踏ん切りをつけたのか、その掛け声と共に自身の首をナイフで深く切り裂いた。
全身を駆け抜ける激痛と共に大量の血液が飛散する中、徐々に意識が遠のくのを感じる。
完全に意識を失ったアキラの肉体が石畳の上に転がる瞬間、その姿は光の粒子となって消えてしまった。
一瞬にして市街地から消え去ったアキラ。彼女が姿を現したのは、審判の壁を越えた向こう側にあるフォルトゥナ大聖堂の内部だった。
煌びやかに輝くシャンデリアが等間隔につるされ、足元には真っ赤な絨毯。裏手の回廊にも拘らず、そこら中に金をまき散らしている。
「随分と内部は入り組んでるみたいね」
身を潜めながら少しずつ移動していくが、回廊はあらゆる場所で交差していて、これでは目当ての部屋に行くのも一苦労。
赤いローブに袖を通した男性教徒が三人ほど、向かいから歩いてくるも天使の像の陰に隠れてなんとかやり過ごす。
「しっかしまあ、宗教団体ってこんなに懐が潤うもんなのね……こんだけ稼げれば私の借金なんかも一括で返せるんだけど……」
ベヒモスの革を剥ぎ取って作ったというブーツの上からでも感じる赤い絨毯の柔らかな質感。間違いなくこれは高い。
シャンデリアだって言うまでもない。回廊に飾られた人の倍はあろうかというサイズの天使像も、彩り豊かなステンドグラスも、さっき通った教徒の着ていたローブだって、ため息が出るほど金だらけの空間だ。
「おっと?」
周囲の物品が全て金に見えてきた頃、アキラは開けた空間を見つけて身を潜める。
彼女の視界いっぱいに広がったのは、最早驚きの声も出ないほど巨大かつ豪華な装飾を施された祭壇だった。
レオーナとエイジャースの婚約の儀も、この場で行われるのだろう。
「うひょー、サッカーでも出来るんじゃないの」
さっき見た教徒に容姿偽装したアキラは、赤いフードを深く被って主祭壇に祈りを捧げる教徒の中にこっそり混ざってみる。
主祭壇でアキラを含めた全ての教徒を見下ろす純白の女性の像こそ、彼らが崇める主神ラグ・マリアだ。
(アレがあるとすれば、この祭壇か何処かにあるだろう宝物庫なんだよねー)
今回の彼女の獲物は、盗む張本人も依頼者も全貌を知らない未知の代物である。
その隠し場所どころか、姿形も曖昧な為になるべく多くの情報を探りたいところ。
「表を上げなさい」
膝をついて祈りを捧げていた教徒達の先頭で、同様に赤いローブを羽織った一人の女性が立ち上がった。
彼女の一言で全ての教徒達が顔を上げ、その場に立つ。
「ラグ・マリアの啓示の下、私達は生きていく……此度の婚約の儀も然り……」
フードを被った男性教徒達の視線の先、フードを脱いだ紫髪の女が瞳を閉じ、優しい言葉遣いで語り始めた。
「同じくラグ・マリアに祈りを捧げ、その加護を受ける者の内に意思を違える者がいるのは非常に残念な話です。
しかしながら、私は啓示に従いエイジャース・シン・エヴァネスヘイム様に生涯添い遂げることを決しました。
これは聖書に記された新世界の始まりなのです、あと一週間の間は苦労することも多いとは思いますが、皆で新世界を臨めるよう祈っております」
語られた内容でアキラは目の前にいる彼女こそ、一週間後に婚約の儀を行うレオーナ・ミルドバーグその人だと悟る。
(あいつの周りを調べてみるか)
レオーナは熾天使の指輪を貰う張本人で、彼女が指輪を受け取ればゲームオーバー。
要は彼女こそ、このゲームにおける最重要人物なのだから、周囲を調べれば必ず手掛かりが掴めると踏んだのだろう。
「一週間後には皇室の方を招く故、聖堂の中にネズミ一匹の侵入も許さない様に警戒をお願い致します」
そう言ってレオーナは奥の回廊に消えていき、教徒達も散り散りになっていった。
「にゃはは、ザンネンながらネズミどころか猫が入ってきちゃってんだよなぁ」
聖堂の外へ出ていく最中、誰にも聞こえないような声でアキラが笑う。




