史上最悪のクーデターPart.1
窓から差し込む心地良い光に抱かれ、アキラは寝返りを打った。
ここ最近は馬車での移動が多く、堅い木の椅子に痛めつけられた腰や背を労う様な柔らかいベッドの寝心地。
疲れの溜まった彼女なら、このまま何時間だって眠れてしまうだろう。
「ふふふ、可愛らしい顔で寝ている」
しかし、気持ちよく眠るアキラに忍び寄る影が一つ――――。
百センチ程度しかない身の丈を持つ彼女はクラウドフィッツ商団の経営者、ラーマ。
目の前でご機嫌に降られるアキラの尻尾に興味を抱くや、赤子のような手で白銀の尾を捕らえた。
「にゃああああああっ!?」
強く掴まれた尾から伝わる感触に驚き、一秒前までスヤスヤ眠っていたはずのアキラが絶叫と共に飛び上がる。
顔を真っ青にして飛び上がるアキラとは対照的に、ラーマは彼女の姿を見て大きな笑い声をあげた。
「何々!?」
あまりの驚き様に腹を抱えて笑うラーマ。彼女の声を耳に入れ、アキラは慌てて辺りを見渡す。
そしてラーマの姿を視界に入れるや否や、驚きは怒りに姿を変えていった。
「ははは、随分面白い反応をしてくれて私は満足だよ」
腹を抱えて絨毯の上を転げまわるラーマだったが、怒りに震えるアキラの手に捕まってしまう。
「殴っていいのよね? 蹴飛ばしていいのよね?」
「まあまあ、待ちたまえ」
顔を真っ赤にして笑いをこらえるラーマの表情が、更にアキラの怒りを煽る。
「君を起こすには、こうするのが手っ取り早いと思ってね……それはそうと怪盗ハンターともあろう君が、まんまとやられてしまったね」
だが、ラーマの言葉がアキラを抑制した。
「やられた? どういうこと?」
ラーマを掴んでいた手を放し、アキラは首を傾げる。
「やられた」などとは言うが当の本人に思い当たる節は全くない。
ブラックマーケットのリストは、バーキンスの悪知恵で偽物と本物が錯綜する事態となったが、アキラは見破り本物のリストを盗み出した。
「熾天使の指輪さ、鑑定士に出せばあれは単なる類似品でしかないとのことだよ」
「はぁ!? そんなわけないでしょ、だってあれは私が何日間も潜入してやっと掴んだ情報を元に――」
しかしラーマは残念そうに首を横に振る。
「君が掴んだ情報そのものが偽物だったんだ。
大方、あの場にいた誰もが……帝国軍本隊の者達さえも偽物の情報に踊らされていたんだろう、君を責めるのも筋違いというものだね」
「帝国軍もって、一体何の為に」
セルバレム城でアキラが繰り広げた逃走劇。その舞台に顔を見せたどの演者も真実を知らずして、偽物の指輪を守る為に踊り狂っていたというのだ。
――――が、アキラが疑問を抱いたのはその場の誰もを騙す大嘘をついた理由だった。
今に始まったことじゃないが、アキラの出す怪盗ハンターの予告状は唐突にやってくる。
綿密な事前調査を行った上で作戦を立て、ある程度の見通しが立ってようやく予告状を出す。
しかしこれでは、最初からアキラが熾天使の指輪を狙うことを知っていたようではないか。
「ある程度の事情を悟った今となっては、私ももっと警戒するべきだったと深く反省しているよ」
「事情? 何よ、それ」
ふかふかのベッドに腰を掛けたアキラが、相変わらず得意気な顔でベラベラ話すラーマに問いかける。
「君にも分かるよう、簡潔に説明しよう……熾天使の指輪は一週間後にこの聖都フォルトゥナで行われる婚約の儀に使われる指輪だ。
契りを結ぶのはラグナ教団の総司教コヨーテ・ミルドバーグの娘レオーナと、エヴァネスヘイム帝国第八皇位継承候補エイジャース・シン・エヴァネスヘイム……この帝国の皇子様さ」
「皇子様!?」
予想だにしない人物の登場にアキラは再び飛び上がった。
「皇子といえども正当な皇室の血筋からすれば少しばかり脇道に逸れている第八皇位継承候補だよ。
現皇帝陛下からすれば血の繋がりも薄いし、皇帝政権から皇子という肩書きだけを与えられているような悲しい皇子様さ」
だがエイジャースの悲しい現実などはアキラの知ったところではない。
気になるのは皇子の結婚相手の方だった。
「にしても、帝国の皇子様がなんでラグナ教団のトップの娘なんかと……ラグナ教団って言ったらギルド束ねてる総大将みたいなもんでしょ?」
その質問を待っていたと言わんばかりに「ふふふ」と笑った後、ラーマは続ける。
「そこなんだ、問題なのは……。
肩書きだけを与えられたデコイとはいえ皇室の人間、そんな彼と各々帝国から独立して新たな社会を築いてきたギルドを束ねているトップが夫婦になってしまうというのは事実上の結託関係となる。
最近はギルドの勢力が大きくなってきていると聞くからね、帝国からすれば彼らを大人しくさせるいい機会だから黙っているんだろうがギルド側の者達は黙っていない」
エヴァネスヘイム帝国と、各地で独立し活動するギルド。裏で繋がることはあっても、決して表面的に相容れることのなかった二つの勢力。
しかし、各地のギルドに資金提供をすると共に自身の傘下に加えてギルド同士の結託を促す。いわば複数のギルドを束ねるリーダー的存在のラグナ教団。
それが帝国と結託すれば、歴史上でも類を見ない帝国とギルドの結託を意味する。
考えれば考えるほど、どちらの意図も分からない婚約。
しかし、アキラの中で最初に浮かんだ疑問が弾け、答えに触れることができた。
「なるほどね……つまり熾天使の指輪にまつわる嘘の情報を流したのは、婚約に反対してそれを狙うであろう人物が私以外にも大勢いた」
「そういうことだ、そして君を含めた指輪を狙う者達を躍らせた挙句、熾天使の指輪は無事婚約の儀に使われようとしている」
ここまで清々しく騙されたのはアキラも初めてだったようで、悔しそうに唇を噛んでいたところ、ラーマの小さな手から数枚の紙が手渡される。
「後は、そもそも何故このような婚約をするのかだが……その答えが君の盗んできたリストに記されていてね」
ラーマから渡されたのは、アキラがブラックマーケットから盗み出してきた本物の顧客リストと取引記録。
「二つの仕事は全部、謎の多い婚約の真意をつきとめる為だったってわけね」
「ああ、その通りだ……そして私はある程度、真実に触れることができたよ……」
一呼吸置き、微笑むラーマがアキラの目を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「どうかな? 是非とも君の力でこの国を……いや、この世界を救ってみる気はないかい?」
婚約の真意は分からない。ラーマの言葉の真意だって分かるはずもない。
しかし、アキラはその言葉に八重歯を輝かせて笑った。
「何それ、控えめに言って最高じゃん」




