ブラックマーケットブルース Part.11
「散々、コケにしやがって……生きて帰れると思うなよ」
全てにおいてバーキンスの一歩先を行ったアキラの行動に驚かされるばかりの一同だったが、バーキンスだけは違った。
まるで自分を見下し、嘲るようにも思える彼女の行動に腹を立て、拳を強く握る。
「その台詞、センスが古いし聞き飽きた……結局、あんたはどんだけ頭が回ろうが只のチンピラで、力に訴えかけるしか能のない奴なのよ」
「テメェ……好き勝手言ってんじゃねぇぇぇ!」
地面を蹴り飛ばしたバーキンスは、放たれた矢のような速度で一気にアキラとの距離を詰めた。
思わず目を疑ってしまうほどの速さにアキラは反応が一歩遅れ、彼の射程圏内に留まってしまう。
――――誰もがバーキンスの勝利を予知する中、オズワルドだけは顔を真っ青にして大声をあげた。
「やめろっ! 殺すな!」
だがもうアキラの心臓を狙うバーキンスの手刀は止まらない。
「後悔もさせてやるか!」
アキラの反応を遥かに上回る速度で、バーキンスの手刀が彼女の左胸を貫いた。
心臓を引き裂かれたアキラの身体から力が抜けるまでそう時間はかからず、バーキンスは彼女の左胸から真っ赤に染まった右手を引き抜く。
しかし次の瞬間、あろうことかアキラと彼女が身に着ける全てにノイズが走ったのだ。
「しまった! 散れ! なんとしてもハンターを捕まえろ!」
徐々に光の粉と化していくアキラを前に理解が追い付かないバーキンス。対照的に、オズワルドはすぐに貴族達を誘導する部下達に告げ、慌ただしく周囲を見渡す。
「なんだ、どうなってやがる! 確かに俺がこの手で……」
眺める自身の右手はアキラの血で赤く染まっている。なのにアキラはリストと共に跡形もなく姿を消した。
動揺するバーキンスの疑問に答えたのは、剣を腰の鞘に納めるオズワルド。
「亡者の進撃、一度目の死を帳消しにして別の場所から姿を現す唯一無二の技能……貴様はまんまとハンターに乗せられたのだ」
「ワンオフ……?」
世界で唯一人、彼女だけが使えるスキルなのだ。
オズワルドのような例外を除き、認知されているはずもない。
「くそっ! お前らも探せ! 探して俺の前に連れてこい!」
オズワルドに続いてバーキンスも部下達にアキラを探すよう大声をあげると、ゴロツキ達は慌てて散り散りになっていった。
混雑の解消した通路を抜け、美術館に上がっていくもアキラの姿は見当たらず近辺を帝国兵やゴロツキ達が探し回る中、今だオズワルド達が残るオークション会場。
その二階席から彼らを虹色に輝く瞳で見下ろしていた仮面の老人が、嬉しそうに口を開いた。
「ハンター、そうか……君なのか、異世界からの来訪者は……」
老人が口にしたのは、世界でハンターを名乗るアキラ。それから彼女と付き合いの長いラーマしか知らない事実。
一階に残っていたオズワルド達が落ち着きを取り戻した出口に向かい始めるのを見て、老人も大人しく帝国兵の誘導に従って地上に上がることにしたらしい。
クリス、ユダ、足を汚したユダに肩を貸す帝国兵。三人の後を追って出口を目指していたオズワルドが唐突に足を止め、振り返ることもせず言い放つ。
「スカーフェイス・バーキンス」
「あぁ?」
彼が言葉の刃を向けたのは、唯一オークション会場に残ろうとするバーキンス。
「僕は全ての不義を許さない、ハンターも……そして貴様も……」
本当は今からでも、瓦礫の転がるオークション会場で剣を抜きたい気分だった。
「必ず処刑台で公平な裁きを受けさせる」
しかし剣の柄から手を放し、先に地上へ上がったクリス達の後を追って歩みを進める。
オズワルドが地上に上がった頃には、オークション会場に顔を出していた貴族達も美術館の外に出ていた。
「馬車の用意は?」
「はい、手配はしていますので、もう来るかと」
等間隔に並んだ外灯が照らし出す石畳の上でしばらく待っていると、カラカラという音と共に数台の馬車が美術館前に姿を現す。
「さあ、こちらの馬車へ」
遠方からやってきた貴族や、行き場を失い奴隷として売られようとしていた者達を馬車の中へ誘導していく兵士達。
勿論、左足を怪我していて動けないユダも馬車に乗ろうとしていたのだが、悔しいことに支え無しでは歩くこともできない身体である。
地上まで肩を貸してくれた帝国兵から、馬車への誘導を引き受けていた兵に引き渡されるほんの一瞬の出来事。
「無理させちゃってゴメンね」
地上まで肩を貸した兵の口からユダにしか聞こえないような小さな声で、そんな言葉が送られた。
「え?」
声に気付いた時、ユダの身は完全に引き渡され、振り返った先にさっきまでいたはずの帝国兵はいない。
「どうかされました?」
「さっきまで肩を貸してくれていた人が……」。そう言ってしましそうになった口をギュッと噤み、首を横に振って「なんでもない」と言い換えた。
ユダの反応に帝国兵は首を傾げ、歩くこともまともにできない彼女を馬車の中へ誘導する。
「できることなら、尊顔を拝見してお礼を言いたかったのに……だけどまたいつか、会えますよね……」
彼女が座った馬車の中も、美術館前の街道も、まだまだ騒動の余韻を胸に残した貴族達が多く、満足気なユダの呟きはざわめきの中に呑み込まれていった。
一方で、貴族達を馬車に誘導している中、一人の年老いた貴婦人の背後から首元に刃が立てられる。
銀色に輝く刃に気付き、怯えながら足を止める貴婦人。その剣の持ち主は――――オズワルドだった。
「少々、お待ちになっていただけるでしょうか、婦人」
怯えの中で命だけは守ろうと両手を上げた貴婦人に向けられているのは、外灯の光を反射する剣の刃と鋭い瞳。
「な……なんでしょう……?」
震えた声で問う貴婦人。
しかし依然としてオズワルドは剣を下ろさない。
「あなたは僕と共に来てもらいましょうか……いや、来てもらうぞ、ハンター」
「いつから帝国軍は老人に刃を向けるような野蛮な連中になったのかな?」
刹那、貴婦人の口元が妖しく吊り上がる。
「本当の老人ならこんな真似はしないさ、本当に老人ならな」
「そんで? どうして分かったの?」
オズワルドの口元も嬉しそうに吊り上がった。
「なんとなく、だ」
「なんとなくってあんたさぁ……」
空気が凍てつくほどに緊迫した二人。際に動き出したのは貴婦人だった。
老女の見た目に反して、機敏な動きで振り返る貴婦人。その手にはオズワルドの首を狙うナイフが握られている。
「全然答えになってないんですけど」
しかしオズワルドも訓練を幾千と積んだ兵士。
即座に貴婦人の振るった刃をかわし、握った剣を振るう。
「君の姑息な手口など、もう通用はしない!」
「そのセリフ、私を捕まえられるようになってから言いなさいな!」
ヒューマンのそれを遥かに凌駕する敏捷性で振るわれた剣を掻い潜り、貴婦人はオズワルドの体に手を触れる。
その行動が持つ意味を誰よりも理解しているオズワルドは危機感を覚え、すぐに一歩退いて剣を振るった。
――――が、既に遅い。
「くっ! 僕から何を盗んだ!」
華麗なバク転で剣をかわしながら距離を取った貴婦人の手に握られていたのは『Power』と赤く記されたカード。
「来なよ、オズワルド君」
「もう君は亡者の進撃は使えない、逃げ道などありはしないぞ!」
すぐさま剣を構えるオズワルドは貴婦人との距離を詰める。
だが『Power』のカードを握りつぶした貴婦人の、大砲のような蹴りが彼の腹を貫いた。
「何っ!?」
強力な衝撃に“力”を半分失った体が耐えられるはずもなく、遥か後ろの美術館の壁に叩きつけられるオズワルド。
貴婦人が帝国兵を蹴り飛ばす。見世物としてはあまりにも上出来な光景に周囲の貴族や帝国兵の視線が一点に集められた。
「そいつが……そいつがハンターだ! 捕まえろ!」
痛みを堪えながら起き上がるオズワルドの怒号に帝国兵達は尻を叩かれ、一斉に剣を抜いて貴婦人の方へ動き出す。
しかし貴婦人は老いた見た目にそぐわぬアクロバットな動きで帝国兵達の包囲網を掻い潜り、一台の馬車を先導する馬の背に乗った。
「そんじゃ、お馬さん借りてくねー!」
手にしたナイフで手綱を切り裂き、馬の硬い尻を蹴って一気に駆け出していく。
魔法で妨害しようにも、貴婦人が向かったのは美術館から出てきた貴族達がごった返す街道の方で、撃つに撃てない。
「邪魔邪魔ー! 蹴飛ばされたくなかったらどいて!」
何故か自分達の方へ突っ込んでくる馬に貴族達は大慌てで道を開け、置いた貴婦人の姿からいつもの黒マントに容姿を変えたアキラは深夜のベーランブルクに消えた。




