ブラックマーケットブルース Part.10
「偽……物……?」
十名ほどのゴロツキの視線が向かったのは、今バーキンスが手にしている紙袋。
前日、彼が書庫から持ち出した本物の顧客リストと取引記録が入っているはずのそれである。
「じゃあ、やっぱり昨日書庫に来たバーキンスさんはっ!?」
「――ありゃ本物の俺だ」
しかしバーキンスは怒りに震えながらゴロツキの言葉を否定した。
「どうする? 私から種明かししたげよっか?」
嬉々として話すアキラの態度が癪にさわったのだろう、バーキンスは怒りに身を任せて紙袋を地面に叩きつける。
すると散乱したのは白紙の紙と、大量の黒い粉。――――火薬。
「これはっ!?」
鼻をツンと刺激する臭いに、ゴロツキは皆それが火薬だと悟った。
この量、種火さえあれば持ち主の四肢を吹き飛ばすだけの殺傷能力があることは想像に難くない。
「昨日、リストが置いてある書庫に来て“本物と偽物をすり替える”と言った後、一人だけ書庫に入ったのは間違いなく本物の経営者さん。
逆に今日、書庫にやって来て“昨日来たのは偽物だ”なんてデマを吐いたのが私」
見せびらかすように本物のリストが入った紙袋を持ち、得意気な語り口調のアキラが更に続けた。
「だとすれば昨日すり替えたんだから、本物は金庫にあって火薬入りの悪趣味な偽物は私の手の中にあるのが道理。
本当に、すり替えたんなら……ね?」
悔しそうに噛んだバーキンスの唇から線を描くように血が滴る。
「あの日、あの瞬間、そこの経営者さんは私が近くにいることを悟ってたの……まあ当然と言えば当然よね。
この地下に直接予告状が投げ入れられたりなんかすれば、既に内部に鼠が一匹潜り込んでると普通は考える」
脚をやられて立てないユダも、オズワルドも、クリスも、帝国兵の誘導を振り切って二階席から彼らを眺める貴族の老人も、この場にいる全てがアキラの言葉に耳を傾けた。
「勿論いたわよ、書庫の前であんたがすり替える瞬間をあんたの部下に変装して一部始終見てた」
刹那、ゴロツキ達がざわつき始める。
何を隠そう、あの場に仲間としてこの泥棒が紛れ込んでいたというのだ。
「そして、優秀過ぎるあんたはそれすらも悟って“本物と偽物をすり替える”なんてデマを私達に言いふらした。
その場で聞いているであろう私を欺く為に、身の回り全てを欺く嘘をついた」
彼女の一言が、彼女の言葉を聞く全ての者に真実を悟らせる。
昨日、バーキンスは「書類を別の場所に移すぞ」と嘘を吐いた後、“偽物の紙袋”を持って書庫の中に入った。
――その後、書庫の中にある“本物の紙袋”には一切触れず“偽物の紙袋”を持って、書庫から出てきたのだ。
「ほ、本当なんですか、バーキンスさん」
愕然とするゴロツキからの問いに、バーキンスは何も言わず頷く。
「大方、ノコノコと騙されて金庫にやって来た私を捕まえようとしてたんでしょ? 元々金庫は守るべきものも多いから、罠なんかはたっぷり仕掛けてあるでしょうし。
罠にハマった私を紙袋に入った火薬ごと吹き飛ばそうなんてホンット良い趣味してるわ」
この地下で起きた騙し合い。既にゴールに到達しているアキラとバーキンス以外の者達も、戦いの全貌を理解しつつあったのだが、どうしても腑に落ちない点が一つ。
「でっ! でも、なんで! ずっと傍にいる俺達ですらそんな嘘分からなかったのに……」
アキラが嘘を嘘と見抜いた根拠である。
だが、その問いには口を閉ざしていたバーキンスが答えた。
「その紙袋、よく見てみろ」
彼が指したのは、先ほど自らが投げ捨てた紙袋。
何の変哲もない紙袋のようにも見えるが、隅の方に火薬の黒とは異なる薄紅の粉が僅かに付着していた。
「そいつは冒険者共がダンジョンだとかの探索に使いやがるマーキングパウダーだ、あのコソ泥はそいつを紙袋に着けて俺が書庫から持ち出す紙袋が本物かどうかを見分けやがったんだよ!」
「いつの間に!?」
口にした一人のゴロツキ。
しかし口にした途端、彼もまた真実に辿り着いた。
「あの時、あの場所で、本当にその紙袋に触れたのは持ってきた経営者さん一人だけ? 他に誰かいたんじゃない? 紙袋に一瞬でも触れた人」
昨日、書庫前にいた者達の脳裏に浮かぶ一人の男の姿。
「触んじゃねえ! こいつは俺が置いてくる」。紙袋に触れてバーキンスにそうやって怒鳴り飛ばされた男が一人いる。
その男こそ変装したアキラであり、そのタイミングこそ見えないようマーキングパウダーを付着させた瞬間。




