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ブラックマーケットブルース Part.9


目指すは金庫か、脱出か、書庫で手にした紙袋を手に迷宮のような地下通路をアキラが駆け抜けていた頃、フロッグの仮面の下に映る狂気的な目に怯えを隠せなかったクリスは逃げるように後退る。

 不幸中の幸いか、首根っこを掴もうと伸ばされたフロッグの手から何とか逃げ延びたものの、勢い余って転倒。彼の視界の中でクリスは尻もちをついてしまった。


「お前……も……喰う……」


 逃げたくとも、恐怖が背筋を掴んで離さない。


「なんで……こんな目に……」


 いつしかクリスの口からは弱音が零れ、瞳からは大粒の涙が流れ落ちていた。

 帝国に身を捧げ、正義を掲げた身なのだ。蔓延る悪は罰するのが当然である。

 増してや、それが帝国軍の目と鼻の先で胡坐をかいているような巨悪なら言うまでもない。


「スカーフェイス・バーキンスのことを隊長は知っていらっしゃったのですか」


 数日前、彼女は自身の所属する隊の隊長にそう問いかけた。

 犯罪者を検挙していく内、彼女が辿り着いた巨悪の名こそ『スカーフェイス・バーキンス』。

 しかし彼の詳細を掴めても帝国軍からのゴーサインは一切かからなかった。


「今すぐバーキンスの名を忘れろ、さもなくば帝国の紋章を置いて軍から去れ」


 まさかそこまで言われるとは思っていなかったクリスは驚愕し、同時に失望した。

 人権を無視した奴隷売買、人を欺き毟り取った盗品の売買。とにかく金の為に善良な国民を踏みつける巨悪は勿論、こんな男を見逃す帝国軍が許せなかった。


「私は腐った悪人に苦しめられる人々を一人でも救いたくて軍の門を叩きました……隊長にも、帝国軍にも、失望しました」


 帝国軍の鎧を脱ぎ、紋章を投げ捨て、彼女はこのブラックマーケットに一人乗り込んだ。

 正しいことをした結末がこんなことになるなど、まだ若い彼女に受け入れることはできない。

 地下ということを忘れさせるほどに空間を照らす巨大なシャンデリアの遥か下、クリスは悔しさを瞳から流す。


「クリス! そのまま頭を伏せろ!」


 刹那、オークション会場の壁に幾度となく反響した聞き覚えのある声に、クリスは頭を伏せた。

 するとどうだろう、目の前にいたはずのフロッグは巨大な氷晶の拳に殴られ、ステージ上へ吹き飛ばされる。


「これは……?」


 大人一人分はあろうかという全長を持った氷晶の拳はすぐに消え去り、周囲に真っ白な冷気を漂わせた。


「指名手配犯、喰人鬼(カニバリズム)フロッグ……君には帝国の公平な審判の下、裁きを受けてもらう」


 突然の出来事に驚きを隠せないクリスと、遠くから眺めていたユダ。

 二人が移した視線の先にいたのは、帝国軍本隊の鎧を身に纏う青髪の青年・オズワルド。


「オズワルド君!? どうして……」


 知った顔の登場にも驚いたが、オズワルドの後方でごった返す貴族達の非難を誘導する帝国兵達の姿にも驚愕を禁じ得ない。

 バーキンスから手を引いたはずの帝国軍が、今こうして彼の膝元まで侵入してきているのだから驚くのも当然と言えば当然の話。


「情報の出所は分からないが、何者かが僕達の下にこれをよこしたんだ」


 そう言ってオズワルドが懐から取り出したのは、彼が仇敵と憎んで止まない怪盗ハンターからの予告状。


「真偽が分からず張り込みをしていたところ、美術館から逃げてくる婦人の証言を下に突入することにした」


 剣を持つ右手とは反対の左手で予告状をグチャグチャに丸めた後、ステージ上まで飛ばしたフロッグの方へ歩み寄るオズワルド。


「ハンターを捕まえにきたとはいえ、僕は正義を背負う帝国軍の人間……目の前にいる指名手配犯を見過ごすことなどできはしないさ」


 助けに来てくれた安寧。それと共にクリスの冷え切った心を温かくしたのは、失望した帝国軍の中にも彼のような男がいるという安心感だった。

 いつしか彼女の身体を凍てつかせていた恐怖も消え、頬を伝っていた涙を拭って立ち上がる。


「オズワルド君、おっちのエルフの女性も……それからステージ裏の安全な場所に奴隷にされた人たちもいる」

「分かった、皆救出しよう」


 二人の視線の先で、フロッグが両腕をつき立ち上がった。

 ――――が、彼の肩を背後から傷だらけの手が叩き、動きを止める。


「フロッグ、もうテメェの出る幕じゃねえ」

「バーキンス……俺……喰いてぇよぉ……」


 ステージ裏の暗闇からフロッグに声をかけ、姿を現したのはオークションの経営者であり帝国軍も手を出せない巨悪・バーキンス。


「うっせぇ! 黙ってろ!」


 胸を張り裂くような激しい怒りをぶつけられ、フロッグは怯えて黙り込んでしまった。


「……スカーフェイス・バーキンス」


 小さく呟いたオズワルドの声はバーキンスの耳に届いたようで、彼の猛禽のそれを彷彿とさせるような鋭い瞳が彼等帝国軍を睨みつける。


「おい、なんで帝国軍がこんなところにいやがる」

「こちらの建物で騒動があったと耳にした為、我々が沈静をはかりにきた。

 それから怪盗ハンターがここに姿を現していると聞いたが、その捕獲に我々も協力しよう」


 オズワルドの凛とした態度と発言は、バーキンスの怒りに更なる油を注いだ。


「あぁ? 誰がテメェらの力なんて借りるか、目障りだからさっさと出ていきやがれ!」

「そうはいかない、貴様のこれまでの卑劣な行為の数々、帝国の審判の下に裁かれるべきだ」


 フロッグに噛み砕かれた剣を握るクリスが言い放つも、彼女達の言葉は最早バーキンスの怒りを煽る以外の意味を持たない。


「俺ぁ、今虫の居所が悪ぃんだ……これ以上、くだらねぇ口開くんじゃねえ」


 金庫から持ち出した紙袋を強く握って怒りを露わにするバーキンス。

 そんな彼を嘲るような声がオークション会場に響き渡った。


「演者は揃ったみたいだねー! 残すところはフィナーレだけ、そしてその幕引きをするのは勿論、ワ・タ・シ!」


 嬉々とした声の主は、二階席から顔を出すアキラ。


「出たなハンター! 今日という今日こそはーーーー」

「ハンタァァァァァァァァ!」


 オズワルドの言葉を抑え、彼女の姿を見るなり怒りが最高潮に達したバーキンスの、雄叫びのような怒号が空気を大きく震わせた。


「あらら、熱烈なお声掛けどーも……さては、金庫に向かわせたガラの悪い人達に聞いたなぁ? 頭のキレる経営者さん」


 怒りを煽る様な言葉と共にアキラは二階席から身を投げ、オズワルドやバーキンス達が顔を並べる一階席に着地。

 黒マントの中から紙袋を持つ右手を見せつけるように出すと、仮面の下で彼女は勝利の笑みを浮かべる。


「ところで経営者さん、いつまでその“偽物”持ってるつもり? いい加減、捨てたら?」


 バーキンスの後を追ってオークション会場に姿を現した複数のゴロツキ達は、アキラの言葉に耳を疑った。

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