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ブラックマーケットブルース Part.8



 書庫から盗み出した紙袋を片手に、上機嫌なアキラが清掃も行き届いておらず薄暗い通路を駆け抜けていく。

 魔法系統のスキルを駆使して地下に空間を生み出せるようになったのは最近のことと聞いていた彼女。

 しかし美術館の地下に生み出されたこの空間は大層立派なもので、まさか迷子になりかけるほど大規模だなどと考えてもいなかった。


「何よここ、軽いダンジョンでしょ」


 ゴロツキ達との衝突を極力避けるよう道を選んできた結果、大規模な迷宮に迷い込んだらしく会場から聞こえてくる騒ぎの音だけを頼りに足を急がせる。


「この辺は誰もいないみたいね」


 角を曲がる際には細心の注意を払い、ゴロツキがいないのを確認して駆け出した瞬間、数メートル先の壁が弾けるように崩壊。

 突然の出来事に口をアホらしく開いて驚いていたアキラ。崩壊した壁から彼女の目の前に現れたのは、彼女の倍はあろうかという巨漢。


「えっ? 何々っ!? デカっ!」


 ――――しかも全裸。

 スキンヘッドの男の顔を見上げるのにも疲れ、視線を下した彼女の瞳に映ったのは、


「……こっちもデカっ!」


 家族以外で初めて見る男のそそり立った逸物。

 赤子の腕ぐらいはあろうかという大きなそれにアキラは思わず言葉を失い、仮面の下顔を真っ赤にしながら両手で自らの視界を覆った。


「匂う、匂うぞ、若い女の匂いだ」


 巨漢の言葉に耳も貸さず、アキラはただ自分が裸にでもなっているかのような羞恥心に押しつぶされていた。


(うっそ、男の人ってあんなデカいの……? ってかなんで全裸なの!?)


 だがアキラも思春期の少女。

 初めて見る異性のそれに興味津々なようで、開いた指の隙間から凝視する。

 見れば見るほど、胸を掻きむしりたくなるような恥ずかしさが彼女の顔を紅潮させていった。


「うん? お前、女か?」


 ようやくアキラに気付いた巨漢が一人で悶える彼女の姿を見下ろす。


「はっ、はい!」


 姿勢を正し、裏返った声で返したものの、巨漢の言葉をやっと理解したアキラは「え?」と首を傾げた。


「なんで分かんの? もしかして私のこと――」


 木の仮面は分厚く声がこもっていて、よく聞かなければ声質だけで聞き分けるのは困難。

 即座に自分が女だと言い当てられ、アキラにも緊張が走る。


「匂いで分かる、若く、熟しきっていない女の匂い」

「はぁ? 匂い? 私、そんなに臭い?」


 しかし素性がバレたというわけではなかったらしく、アキラは自分の腕や脇を必死に嗅いで匂いを確認した。

 確かに若干の獣臭さは感じなくもないが、これはケットシーという種族柄、仕方ない。


「丁度、若い女に飢えていたところだ」


 アキラを見下ろす巨漢の顔がクシャっと笑みを装った。 


「ひぃっ!? まさか、私……」


 欲望に塗れた巨漢の笑みはアキラの背筋に悪寒を走らせ、貞操の危機を感じさせる。


「あっそう、あんたがラーマの言ってた女の子が壊れるまでレイプしてるっていう、狂岩石(クレイジーロック)フューリーとかいう女の敵ね」


 強姦魔。すなわち女の敵。

 威勢よくアキラの方から宣戦布告をしようと声を上げた瞬間、彼女の言葉に聞く耳など持たない巨漢フューリーは丸太のような腕を大きく振るった。


「ちょっ! 今、私が話し……てぇぇぇぇぇ!」


 間一髪のところで身を伏せてラリアットをかわすも、腕がぶつかる先で壁が容易く崩壊。


「分かってないわね、女の子は割れ物と一緒で優しく扱ってあげないと――――」


 太もものホルダーに収めたナイフを流れるような動作で取り出し、ガラ空きになったフューリーの横腹目掛けて刃を立てる。


「壊れちゃうのよっ!」


 突き立てられた刃はフューリーの横腹を捉えた。

 捉えたものの、鋼のように強固な筋肉が刃を弾く。


「うっそぉ!」


 驚愕するアキラを捉えようと、再度フューリーの剛腕が風を裂く音と共に振るわれた。

 間一髪のところでかわし、持ち前の脚力で距離を取るアキラ。彼女の脳裏を過ったのは、ブラックマーケットに訪れる前、この仕事を与えたラーマからのアドバイス。


「裏社会でも名の知れた喰人鬼(カニバリズム)フロッグと狂岩石(クレイジーロック)フューリーだがね、最も厄介なのはフューリーの方だよ」


 乱暴に腕を振り回し、アキラを追い詰めていくフューリー。

 しかし簡単に捕まるアキラではなく、距離を取りながらかわしていくが回避に専念しているというだけで、攻撃に転じようとする様子は一切ない。


「ありとあらゆる抵抗(レジスト)スキルに特化していてね、魔法も物理攻撃も並大抵のものは一切通用しない」


 攻撃をしないのではない、しても意味がないのだ。

 盗賊専用スキルを中心に様々なスキルを会得しているアキラだったが、彼女は攻撃的なスキルを一切持っていない。


「悪いようにはしねえよ、よがり狂わせてやる」

「ザンネン、私初めては塩顔系のイケメンとって決めてるの……あんたみたいな筋肉ダルマはノーサンキュー」


 威勢のいい言葉を放つも攻撃手段はなく、遂にはフューリーに背を向けて駆け出すアキラ。

 だがアキラが初物と聞き、間欠泉のように溢れる性欲を抑えられなくなったフューリーも全速力で追いかける。


()らせろ! ()らせろぉ!」


 一歩一歩起こる地鳴りと共に追い立ててくるフューリー、ふとアキラが後方の彼に目を向けた時、彼女の視界に飛び込んだのは跳ねるように激しく動く逸物。


「にゃあああああっ! チンコ丸出しで追っかけてこないでよぉ!」


 初めて見る元気過ぎるそれに思わず照れてしまった自分を誤魔化す為、大声を上げたアキラ。

 彼女の声か、フューリーの起こす地鳴りか、二人に気付いた数人のゴロツキ達がアキラの行く手を遮るように姿を現す。


「フューリーに追いかけられてんのがハンターか!」

「おい、捕まえるぞ!」


 前には各々に剣や拳を構えるゴロツキ達、後ろには欲望剥き出しで追いかけてくるフューリー。

 逃げ場を失ったようにも見えるこの状況だったが、彼女は仮面の下で小さく「チャンス」と呟いて笑っていた。


「止まりやがれ!」


 一向に速度を落とそうともしないアキラは勿論ゴロツキ達の警告に聞く耳を持たない。


「にゃははっ、あんたらヒューマンが私を捕まえられるかな!」


 自らゴロツキ達の射程範囲に飛び込んでいったアキラ。彼女を捉えようとゴロツキ達は動き出していたが、何分相手は俊敏性において全種族最高峰を誇るケットシーである。

 初撃を間一髪のところで回避され、次の攻撃に映ろうとするも彼らに二度目など訪れなかった。


「体が……」

「重たい……」


 元々俊敏性で勝つことが不可能なアキラという相手。

 その上、全員の身体が重たくなりパフォーマンスが急激に落ちたとなれば彼女を捕まえることなど到底不可能で、数人で作った壁も容易に突破されてしまった。

 彼らの後方、ご機嫌に鼻歌を奏でながら振り返ったアキラの手には人数分の「speed」と表記されたカードが握られている。


「スティール・ザ・ステータス、あんたらのスピードは盗ませて貰ったわよ」


 するとアキラは手にしたカードを全て強く握り、どういう原理か消し去った。


「それから、これがスティール・ザ・ステータスのもう一つの力……」


 駆け込んでくるフューリーの方をジッと見つめ、彼がゴロツキ達のいる場所へ差し掛かろうとしたその時、アキラが強く地面を蹴り飛ばす。

 その速度たるや今までの比ではなく、肉眼で彼女を捉えるのは困難という領域まで達していた。


「消え――――」


 消えた。フューリーの目にも、ゴロツキ達の目にも確かにそう見え困惑しきっていたところ、アキラはフューリーの背後に姿を現す。


「盗んだステータスは効果が持続する限界時間までどう使うか私の自由、私のステータスに上乗せすることだってね」


 自分の背後にアキラがいる。

 フューリーがそう認識した時には遅く、彼女が取り出した鉄塊を背後から首に装着されてしまう。


「離れろっ!」


 接近したアキラを引き剥がそうと腕を振るうも、アキラは華麗なバク転で距離を取った。

 そこでようやくフューリーは自分の首にはめられた鉄塊が何たるかを悟り、冷や汗を流す。


「これはっ!?」

「スキル封印の錠……ユダのやつを偽物にすり替えた時、本物は私が貰っといたんだけどね、いやぁ正解だったわぁ」


 フューリーの身を守っていたありとあらゆる抵抗(レジスト)スキルは、これで無効化された。

 だが彼が日々鍛えてきた筋肉は決してスキルなど関係ないのも事実で、アキラの小さな拳やナイフで致命傷を与えることは叶わない。


「おい! 鍵を持ってる奴は!」


 急いで部下であるゴロツキ達に確認すると、内一人が思い出したように服をあさり始めた。


「そういえば、持ってた気が――――」


 しかし今とない好機を見逃すアキラではない。

 スキル封印の錠を外される前に彼女は鉄板の地面を蹴り、フューリーとの距離を一瞬にしてつめる。


「馬鹿がっ! 自分から飛び込んできたお前を潰すことぐらい、スキルがなくともできる!」


 そう言ってフューリーは大きなモーションで拳を振るった。

 が、紙一重で避けられた拳は空を叩き、アキラは彼の懐に潜り込む。


(くそっ! しかし所詮は女だ、お前みたいな奴の攻撃など痛くも痒くもない!)


 焦りもした。だがアキラの華奢な身体が与えるダメージなどたかが知れていると高を括っていたフューリー。


「これがぁ! ハンター様流、究極奥義!」


 腰を屈めたアキラ、仮面の中から鋭い眼光がフューリーを見上げる。


「Gorlden Ball KICK UP!」


 自身の体重を全て乗せて彼の大きな金玉を蹴り上げるや、フューリーの巨大な身体が絶叫と共に崩れ落ちた。

 その様子を傍で見ていたゴロツキ達も自分の股間を抑え、顔を真っ青に染め膝から崩れ落ちていく。


「女の子を泣かす悪いチンコにはお仕置きしとかないとね」


 白目を剥いて地面に転がったフューリーの姿を見下ろし勝利の笑みを浮かべた後、アキラは急ぎ足でその場から姿を消していった。

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