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ブラックマーケットブルース Part.2


 絵画が美術品として注目を浴び始めたのは、十数年前の出来事。

 それから帝国領内の賑わう街では、一角に美術館を建てるのが主流となっていた。

 帝都に近く、都会ともいえる町並みを持つベーランブルクだってそれは例外ではない。


「ようこそお越しくださいました……入られて右手の通路をお進みください」


 ベーランブルクにある美術館は全部で三つ。その中で最も質素で取り立ててアピールする部分もないような『アーノルド=モンド美術館』は、この夜この街で最も人を集めていた。


「ようこそ、入られて右手へ」


 白で統一された門を潜れば、案内役の男が深々と頭を下げて仮面で顔を隠した紳士や婦人を館内へ通す。

 案内された通路を生き、地下へ伸びる階段を降りていく彼らは皆一様に高級な生地で作られたドレスに袖を通し、愉しそうに微笑んでいた。


 地下へ降り、ランタンが照らす不気味な道を進むと、そこは今にオペラでも始まりそうなほど広大な客席とステージの歌劇場。


「こちらを」


 歌劇場の入り口で待っていた男が入ってくる者達に番号札を配っていた。

 千五百人ほど収容できる客席は既に半数が埋まっており、そこに座る誰もが入口で配られた番号札を手に持ち、仮面を身に着ける貴族達。


「まだ始まりませんの?」


 席に着いた仮面貴婦人が隣の仮面紳士に問い掛けた。


「もうすぐです、今は首を長くして待ちましょうぞ」

「うふふ、最近はこのオークションが一番の楽しみになってまいりましたのよ」

「同感ですな」


 そう言って二人は高らかに笑い声をあげる。

 八百人から九百人は客席を埋めただろうかという頃、歌劇場のステージが遂に幕を上げた。

 刹那、気品漂う黄色い声が場内を包み、八百から九百という人々の目が一転に集められる。


「本日は当オークションへご来場いただき、誠に有難う御座います」


 ステージ上で頭を下げたのは、ピエロの格好をした男。


「我がギルドが厳選した数々の品をお楽しみ下さい、ではまず初めに――――」


 歌劇場の隅々まで大声を飛ばすピエロが指をパチンっと鳴らした瞬間、ステージの袖から厳つい二人の男に連れられて金髪の女性が出てくる。

 鉄の首輪と鎖で繋がれたボロボロの女性は特徴的な尖った耳と細長い手足は、彼女がエルフ族だという証に他ならない。


「世にも珍しい年頃のエルフ族の女!」


 美しかったはずの金色の瞳は絶望に浸り、エルフの女は力なくステージ上に放られた。


「そしてそして、これは紳士諸君は聞き逃せない話なのですが……なんと、この女! 初物に御座います!」


 ピエロのその一言で客席の男達が沸く。

 それと同時に仮面の下からでも分かるほど下劣な視線がエルフの女を串刺しにした。


「年頃のエルフ、しかも初物ときた! これほどの愛玩具、貴族の皆様でもそうそうお目にかかる機会はないのではないでしょうか?」


 興奮に逸物がそそり立つのを抑えられない男共は、番号札を握りしめてその時が来るのを待つ。

 そして――――、


「さあ、オークションタイム開始です! 皆様、番号札を掲げてお値段の提示をっ!」


 ピエロの掛け声と共に歌劇場が欲望に飲み込まれた。



 ◇



 欲望に塗れた汚い声を耳にし、ステージ裏で男は微笑む。そして女は怒りを露わにしていた。


「なんと下劣な……こんな奴等の為に、私達は……」


 鎖に体を巻かれた赤毛の女は唇を噛み、血を流す。


「安心しろ、どうせお前もどっかの貴族に買われて一生性奴隷として使われる」


 悔しさと怒りを言動で露わにしながらも、鎖に体を絡めとられて這いつくばることしかできない赤毛の女を見下ろし、傷面の男は嘲笑する。


「私の仲間が必ず……」

「ハッ! 冗談よせよ、帝国軍の連中が俺達を取り締まりにくるなんて本気で思ってんのか? あいつらは俺達を見逃すぜ、今までだってそうしてきたんだ。

 俺達のバックについてる奴も知らねえでノコノコとやってくるなり、くだらねぇ正義感振りかざすようなイカレた帝国兵様なんざ世の中探し回ってもお前ぐらいのもんだろうよ、クリスちゃん……だっけか?」

「気安く私の名を呼ぶな」


 体こそ朽ち果てる寸前までボロボロになっているものの、その目に宿った怒りはしかと傷面の男を捉えていた。


「恐い恐い、まあ自分が売り飛ばされる番が来るまで大人しく待ってることだな」


 ケタケタと女の不快感を煽るような笑い声と共に、傷面の男はステージ裏から去っていく。

 その最中、彼の愉快そうに緩んでいた表情は急に強張り、懐から一枚のカードを取り出した。

 ステージ裏から一歩出た通路には賊上がりのゴロツキ達が複数人集まり、傷面の男に深々と頭を下げる。


「バーキンスさん、入り口の案内役からは特に怪しい奴は入れてないと……」


 一人のゴロツキの言葉にバーキンスと呼ばれた傷面の男は不愉快そうに顔を歪めた。


「もう鼠一匹入れんじゃねえ、それから客席の警備共を増やせ」

「はい!」


 バーキンスの高圧的な言葉にゴロツキ達は怯えを隠そうともせず頷き、客席へ急ぐ。


「嘗めた真似しやがって……俺達に喧嘩売っといて生きて帰れると思うなよ、ハンター」


 血管が浮き出るほど強い力で手にしたカードを握り潰し、通路に投げ捨てる。

 音もなく地面に転がったカードには赤い文字で、


『書庫で眠るあなた方の悪事の記憶を頂きにあがります。

           怪盗ハンターより、愛と共に――――。』


 と描かれていた。

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