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馬車に揺られて Part.5

 肌を撫でるような心地よい風に目を覚ました明良、彼女の目の前に広がったのは一面に生い茂る緑。

 先ほどの空か海か分からない蒼の空間とは全く印象の違う光景に明良は戸惑っていた。


「何処なのよ、ここ」


 起き上がって周囲を見ても森が続くばかりで何もない。

 ヒントになるものといえば手元に転がっているパンフレットぐらいのもの。


「あの色ボケ女、マジでムカつくんだけど」


 仕方なくパンフレットを取る自分の手に、明良はふと違和感を覚える。


「あれ、私爪こんな長かったっけ」


 ネイルなんかをしていた為、普通よりは長めにしていただろう。

 だが今の明良の爪はそれよりも長く、そして鋭い。


「ていうか、この服……」


 ニット生地のような長袖のトップスは両肩が丸々出ていてちょっぴりセクシー。

 それからピッタリと脚に張り付くボトムスに、膝下まである革のブーツ。

 自分がさっきまで着ていた学生服とは大違いな服装に明良はただ戸惑った。


「そういえば違う世界に転生して別の人生を……みたいなこと言ってたっけ」


 それで容姿も自分が知っている『笠原明良』ではなくなっているのだろうか。

 状況に困惑していても何も始まらないと、パンフレットを広げて女に連れてこられた異界とやらのことを見ていた時――、


「うわすごっ、これホントにロールプレイングゲームみたい……ってあれ?」


 頭をボリボリとかいた手が何かに触れる。


「何、これ」


 それは頭の上に生えた何か。

 触られている感触があるのは、それが自らの一部だからだろう。


「あれ……ん……ちょっと待って、これ……」


 今度は両手を頭の上に伸ばす。すると頭の上の異物が二つあることに気付いた。

 プニプニとした感触、それはまるで自分の耳たぶでも触っているようなもの。


「鏡! 鏡、鏡!」


 異物の検討はついたのだろう。

 明良は慌てて周囲を探すが、無論こんなところに鏡なんてない。

 パンフレットを手に慌てて立ち上がり、駆け出すとすぐに川辺にたどり着いた。


「あった!」


 目の前を静かに流れる水面に自らの顔を映すと、そこにあったのは知らない誰か。知らない生物。


「耳!? 猫耳!?」


 頭上についていたのは自分の意思でピクピクと動かせる猫のような耳だった。

 セミロングの白銀色の髪に溶け込む白銀の耳、そして尻の方では自分の感情と連動して上下左右に振られる髪や耳と同色の尻尾。

 耳や尻尾に加えて鋭い爪や猫の牙のようにも見える八重歯、それ以外は顔も腕も脚も人間のそれ。

 そんな見たこともない生物に明良は姿を変えてしまっていたのだ。


「これが……私……?」


 川辺で再度パンフレットを見ていると、見落としていた明良自身に関する項目が目に入る。


「ヒト型最高の俊敏性を持つ種族ケットシー、主な容姿的特徴としては猫耳に猫尻尾」


 思い通りに動く耳と尻尾は紛れもなくパンフレットに記載されたそれと同じ。


「最適正職業はレンジャー、シーフ、ハンター、ビーストテイマー」


 魔法があることも、魔物がいることも、そして冒険者達がそれぞれの志を胸に集まるギルドがあることも、このパンフレットで知りえた情報全てが、今まで明良のやってきたゲームの中の世界と重なる。

 それは明良が心の奥底で望んでいた理想の世界。


「職業選択は酒場で……って酒場は!?」


 このままでは無職の野良猫に過ぎないのだが、肝心な酒場も人間さえも見当たらない。


「本当にこれが私で……今いる世界は……」


 とにかく酒場とやらを探しに明良は水辺から立ち上がった。

 頬をつねっても感じる痛み、耳にも尻尾にも感覚はちゃんとある。

 これは夢ではなく、紛れもない現実。そう思うと途端に喜びが込み上げてきた。


「こんな世界に転生したんだし、百二十パーセント楽しまないと損か」



 ◇



 思い残したものもある。

 しかし自分はこの世界を楽しむことを決め、この世界で生きることを許されたのだと、アキラは胸に刻んでいた。

 始まりを思い出しながらボーっとしていたアキラが我に返ると、窓の外の景色があからさまに変わっていることに気付く。

 家としては一般層の国民に多い木造の建物が比較的多かったアラドブリッジから、木々の生い茂る森を抜け、今は富裕層に多い石造住宅が多く見られる街並みに変貌している。


(もうベーランブルクか)


 おまけに地面を石畳なのだろう。森のデコボコ道と同様の上下振動がアキラの尻と背を痛めつけた。

 帝都にも近く、富裕層が好んで住むと知られるベーランブルク。石造住宅の並ぶ此処こそ、アキラの目指していたその場所である。


(なんだかんだで色々あったなぁ、波乱万丈というかなんというか)


 刺激を受け続けて痒くなった尻をズボンの上から掻き毟りながら、荷物の入った麻袋を脇において降りる準備をしていた。

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