縁
ぼくの名はエル・クローリ。彼に出会うまでは自身の名を名乗ることはせず偽名で過ごしてきていた。事の発端は、異次元扉の開発に成功した科学者による実験のために選ばれた人材だった。
科学者は実験人として、世界中から数百名を選んだ。
もちろん、断る人もおれば賛成する人もいた。ぼくも賛成したひとりだ。
異次元扉は自身がもつコンパクト化されたカギと暗証番号さえあれば異動できるというものだった。科学者から簡単な説明を受け、異世界からいろんな情報を仕入れてきて、この世界(故郷)に戻ったら報告するという決まりで頷いた。
異世界へ行くことは長年の楽しみだった。
やりたいことはやるだけやった。あとは異世界へ行けば、また新たな出会いや楽しみ方もあると知っていたからだ。
思い出として記録として残す。そして、報告書として書き込むつもりだった。
出発前に旅行用の車輪がついた鞄を持ち上げ、異次元扉の前にたつと、科学者から注意報告をうなされた。
『あくまで、体感だ。異世界で記事になるようなことはするな!』とつぶやいていた。有名人にはなるなよと注意されたのかと思い、「了解しました」とだけ伝え、異世界へ旅立った。
それから数か所の異世界を旅した。
魔法文明・科学文明・石器時代・異星人との交流。
言葉は通じない異世界もあったが、科学者に与えられた道具によってそれはある程度は克服されていたおかげもあって問題なく異動で来ていた。
しかし、ある異世界でミスを犯した。
もういくつも旅してきたから精神から晴れた状態になっていたのかもしれない。油断した。こんな油断をするなんて今までのぼくからしてありえないことだった。
新しい異世界に到着して、戦争している世界だと街から黒煙を上げ、銃声の音、悲鳴の声などが街のいたるところからしていた。
いままでのぼくなら、その異世界から早々立ち去っていただろう。
だけどしなかった。カギと扉さえあれば少しは大丈夫だと思い、紛争している区域へと出入りしてしまった。案の定、爆発に遭い足を負傷してしまった。
動けないなか、ぼくの見知らぬ服装と荷物からして不審に思った兵士と思わしき緑色の軍服と黒い綿帽子のようなものをかぶった数人の男たちが銃を構えながら近づいてきた。
――終わるのは早かったな――
死を覚悟したとき、一人の旅人が負傷した僕を連れ出し、どこかへと連れて行ってくれた。何かを騒ぎながら兵士たちは発砲するも、助けてくれた恩人は、何も言わずにぼくを抱きかかえ素早い身動きでどこかの建物に隠れた。
兵士が行ったのを見送ったあと、彼は僕に近づき、こういった。
「大丈夫かい? あんま無茶をするなよ」
そう言いながら、彼の皮付きの小さなカバンから薬のようなスプレーを取り出し、軽くぼくの負傷した足にシュッと霧を吹かすと、たちまち傷は回復していった。
「これで大丈夫だろう」
彼は立ち上がり、窓へ近づき外の様子を見つめた。
「あ、ありがとう。助けてくれて…」
「そのかばん」
窓から視線を外し、右手でぼくの持っていたカバンを指しながら「同僚者だと思ってね」と。
「同僚者…あなたもぼくと同じ異世界から来たのですか!?」
と、聞いた。
「そう声を出すな。注意されているだろう」
「ごめん」
頭を下げぼくが誤ったことを口走ったのを謝罪した。
「一応、借りひとつだな」
彼はそう言いながら「俺の名前はノア。君の名前は?」と聞いてきたのでぼくは「エル…エル・クローネ」と答えた。
ノアはくすっと笑い「少し長いな…エル…エルクローネを短縮してエルク。エルクと言いさせてもらえないかな」と。
ぼくは助けてもらった恩人でもあったノアに名前を変えられてもいいと思った。呼びやすいようにいわれても。
ノアは、小さな鞄からカギを取り出すと、「傷はもう治ったはずだ。いつまでここにいたらやられてもおかしくない。死にたくないだろう? なら、俺と一緒にこよう」。
誘っているのかと身をこらえる。
でも助けてもらったこともあるし、今後のことも考えて言いながらノアに近づいた。
「何かの縁だ。一緒にいこう」
ノアが開く扉の先へ、ぼくはノアが導く世界へと旅をつづけた。
「」




