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オブコニカの夜更け  作者: 六条
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2.「明日に備えて自分を聖別せよ」

ひそかにメイド長の服装を素敵だと思っていたのだけれど、わたしに与えられたのはごく普通の、白のシュミーズと黒のローブだった。

髪は後頭部に編み上げて、前髪もひっつめる。化粧はしない。メイド長の真似だけれど、なかなかどうして、どこの屋敷にもいそうな平凡なメイドに化けることができた。

「―――でも、わたしの美しさでは浮いてしまっていると思いません? メイド長」

「いいえ、問題ありません、あなたはその頭の残念さで美貌を相殺しています。それと、私のことはカーサで構いません」

メイド長、もといカーサさんと協力して洗濯物を干しつつ、そんな雑談をする。

ここへ来て早三週間。わたしはメイド見習いとしてカーサさんにつきながら、仕事を教わっていた。けれど、もう十分仕事は覚えた。早いとこ見習いから昇格させてもらわないと、自由に城を動き回ることができない……わたしはひそかに焦っていた。

というか、働いてみてひしひしと人手不足を実感したのだけれど、これならさっさとわたしを一人前認定して自由に働かせた方がこの城のためでしょうに……ぴっしりシワなくシーツを伸ばすカーサさんの横顔からは、何も窺い知れない。まさか、わたしの正体に気付いているわけではないでしょうけれど……。

悶々としながらわたしもシーツを伸ばしていると、突然、向こうの方から鋭い悲鳴が聞こえた。おそらく女性のものと思われる、ひどく耳をつんざく声だった。

「なに!?」

「正門の方からのようでした。私が様子を見てきますから、あなたはここに―――って、ちょっと! プリムラさん!」

カーサさんの制止も構わず、わたしは正門の方へと駆け出した。ちゃんとした道を通っては遠回りなので、この辺りの庭園の茂みは飛び越え、くぐりぬけて行っちゃう。呆れたようにため息をつくカーサさんも何だかんだわたしと同じルートを通り、わたしたちは正門のところに出てきた。

そこでは、わたしと同じ服装をした女性と、門兵とが揉み合っている様子だった。

「あれは……」とわたしとカーサさんが同時に呟く。わたしより先にここのメイドになって、わたしと入れ替わりにメイド見習いを卒業したはずのアーリンだった。

「―――離してよ! わたしは家に帰るの! こんなところで、あんな化け物に食われて死にたくないんだから!」

どうやら城の外へ出て行こうとするアーリンを門兵たちが困惑しながら引きとどめる様子だったのが―――アーリンのその一言で、門兵たちの眼付がさっと変わった。

「偉大なる我らが王を侮辱すること、まかりならぬ!」

あっ―――と短い吐息をついて、とさり、とアーリンの身体がその場に崩れ落ちた。

……何が起きたのか、咄嗟には分からなかった。

いや、分かっていた。こんなことだろうとは。でも、まさか、本当に……。茫然と立ち尽くすわたしをよそに、顔色ひとつ変えないまま、カーサさんは門兵たちの元へ行った。

「お勤め、御苦労さまでございます。後は、いつものように、こちらで」

「これはカーサメイド長、お疲れ様です。ええ、よろしく頼みます」

カーサさんはきゅ、と黒手袋をはめ直すと、膝をついて、倒れたアーリンを抱きかかえた。

―――心臓を、槍で一突き。

血ばかりがなみなみと溢れ、石畳に赤い水たまりを作る。アーリンは物にでもなったかのように、ぴくりとも動かない。さっきまで、動いていたのに。洗濯物を干しに出る前、廊下ですれ違った。「王の給仕係を仰せつかったの、王はどんなに美味しい血を召しあがっているのかしらね」と話していた。その声も、もう無い。

「あなたたち、どうしてこんな―――」

「プリムラさん!」

兵士たちに食ってかかろうとしたわたしを、カーサさんの鋭い声が止める。カーサさんは軽々とアーリンを抱き上げた。実際、その身体は既に抜け殻の軽さなのだろう。

「この城のメイドとしての、最後の仕事をお教えしましょう。ついてきてください」

点々と、道しるべのように石畳に落ちる血液。それをもっとも吸っているはずのカーサさんの服。けれどその漆黒は変わらないままだった。カーサさんの表情と同じように。



***



城を出て薔薇の庭園を抜けて行くと王家専用埋葬地に出るけれど、カーサさんがアーリンを抱えて向かったのは、薔薇園とは反対側、そこまで熱心に手入れされていない方の庭園だった。

華美な王城の敷地内とは思えないほど、寂れて、朽ち果てた場所。忘れられた場所。煩雑に茂った植物に、思い出したようにぽつぽつと花が付き、ツタに絡めとられたあずま屋が地中に引きずりこまれようとしているみたいだった。

南方のジャングルというのは、こんな様子かしら……。人が一人通る程度の道だけが整備されてあって、そこを抜けると、薔薇園の方と同様、拓けた空間に出る。

王家の墓地のように凝った墓標も花の飾りもなく、拾い集めてきたような石塊に記録程度に名前を記され、棺桶すら与えられずそのまま土に埋められ、雨風の拍子で地表に出てきてしまった白骨があちこちに見え隠れしている。

「……本来は、城で処刑された罪人で、身よりのない者を葬っておく場所です。今は、城で亡くなった者はとりあえず皆ここに私が葬っています」

「嫌な、気配が立ち込めているわ……ここ。悪霊の吹き溜まりになって……あなたは平気なんですの? カーサさん」

アーリンの遺体を適当な木に座らせて置いて、カーサさんはてきぱきと道具で穴を掘りはじめた。わたしは思わず口元を手で覆った。救いを乞うように地中から伸びる骨の腕の数々に、ではなくて、おびただしいほどの悪霊、悪意が溜まりに溜まって、まるで異界のようになっている。

闇と魔性に属するヴァンパイアと言えど、こうまで強い悪性は毒。ずっといては呪われてしまうはずだった。わたしは魔術の心得を母から習っていたから、他の者よりもそれを敏感に感じ取れるけれど、そうでなくても、「なんか嫌な感じ」がするはずだった。

「そんな場所」だから投げ込み墓地にされたのか、投げ込み墓地だから「そんな場所」になったのか……いや、どちらもかもしれないけれど。

とにかく、そんな場所で平然と作業をしているカーサさんは明らかに不可思議な存在だった。

「これが、私の仕事ですから。他に出来る者がいませんので、私がやらなければ、彼女のような者たちは皆、兵士たちが城門外に投げ捨てて動物の餌になります」

悪霊の吹き溜まりに葬られてその一部となるのと、葬られることもなく畜生に食べられるのとではどちらがマシなのかしら……腕を組んで考えはじめたわたしにカーサさんが穴掘りの道具を差し出した。

「どうやらあなたは、他の人よりは平気そうですね。どうぞ、お手伝いを」

「いや、平気……といえば、まあ、平気ですけれど……」

咄嗟に身体に結界を張り巡らせていなければ、いかな天才魔術師プリムラさんと言えどとっくに気絶していました! 何で王城にこんなデンジャラス……いや、デスゾーンがあるのかしら。

わたしはやむなくカーサさんから道具を受け取り、しばらく、二人で黙々と穴を掘る。

どうもカーサさんは、魔術の心得も何も無く、もちろん結界も無ければそれに準ずる魔具を身につけているわけでもないようなのだけれど、不思議と悪霊、悪性を受け付けない……体質か何かなのかしら。

小柄なアーリンが入る程度の穴は、すぐに掘ることができた。けれど面積はあまり広くはできなくて、アーリンは膝を抱えて横たわるような形で穴に納めて、埋めた。

「―――望郷に、生まれ変わることができますように」

ぽつりと、アーリン眠る土を見下ろしながら、カーサさんが呟いた。

こんな場所に葬られたら、望郷どころか強制的に地獄へ引きずり込まれてしまうんじゃないかしら。そう思う反面、カーサさんがそう悼むなら、悪霊など度外視で望郷に行けるような気もした。

「逃げるなら、今のうちですよ、プリムラさん。私つきの見習いであるうちなら、「メイドとしての技量不足」ということで私の権限でこの城から出すことができます」

何事も無かったかのように表情を変えないまま、カーサさんがそう言った。

……きっとこの人は、これまでもこんな風に、新入りメイドをぎりぎりまで見習いとして置いていたのだろう。けれど人手不足は事実で、それにいつまでも見習いとしていたらそのうち誰かに怪しまれる。だから手放すしかなくて、やがて、王の気まぐれや兵士の粛清に遭って、メイドは自分の元に帰ってくる……冷たい骸となって。

「あなたは、この城をおかしいとは思わないんですの?」

「……私には、力がありません。若い頃は武器を手に、郷の外を旅してハンターたちと対峙していたこともあったのですが、この通り、目が悪くなってしまってからは、何の役にも立たない召使いです」

郷の外を旅して、ハンターと対峙? ―――それは郷でも精鋭中の精鋭にのみ任される「ヴァンプハンター殺し」の仕事だ。郷に時折現れるハンターを撃退するだけではいけないということで、郷の外で、同胞を守ったり、ハンターの総数を減らすために旅をするのが「ヴァンプハンター殺し」……俗にハンターキラーと呼んだりもする。

けれど、いつ誰がそれに選ばれたのか、そして誰が帰って誰が帰ってこないのか、それは全てヴァンパイア王とその側近しか知らないことなので、正直、郷から出ないわたしたちにとってはハンターキラーなんて架空に近い存在なのだけれど―――

「もしかして……あなたは、カーサ=ユスティーツ? お母様から聞いたことがあるわ。武門のユスティーツ家の秘蔵っ子で、二十年間の旅の中で、三百人のハンターを殺して帰ってきたっていう」

「たった三百人しか倒せず、逆襲されて視力を奪われ、おめおめと郷に逃げ帰ってきた惨めな敗戦士です。それより、なぜあなたは私のことを? あなたの母とは―――」

「カーサ=ユスティーツさん」カーサさんの言葉を遮り、わたしは真っすぐ、カーサさんの目を見据えた。

「あなたが失った力を、わたしは持っているわ。そして、あなたは今でも、わたしにない力を持っている―――わたしに、その力を貸してくださらないかしら?」

「あなたは……?」

カーサさんの目が、訝しげな色を帯びる。わたしは、ドレスの裾を払い、正しい作法でお辞儀をして見せた。

「今まで偽名を騙っていたこと、お許しくださいね。わたしは―――わたくしは、マリア=オブの娘、プリムラ=オブ=コニカ」

カーサさんの顔が、初めて表情を持った。

「道理で……マリア妃によく面差しが似ておられます。あの光輝く妃は戻らないものと思っておりましたけれど、御子がいらっしゃったのですね」

両手を前に、そして、メイド長らしく優雅に腰を折った。

「―――なんなりと、あなたの望みの、助力となりましょう」

ヨシュア記/ 07章 13節

立って民を清め、『明日に備えて自分を聖別せよ』と命じなさい。イスラエルの神、主が、『イスラエルよ、あなたたちの中に滅ぼし尽くすべきものが残っている。それを除き去るまでは敵に立ち向かうことはできない』と言われるからである。

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