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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

非道徳的交渉先入観似非同情差別

scene:戦線*

作者: 紅羊


scene:戦線


 ……踏み拉かれる大地の叫びか。足元から聞こえる地響きは敵の総数を教えている。轟音と云えば雄々しくもある鳴き声の嵐は、もはや全ての獣のそれを合わせても足りない、まるで別世界の音。いや、耳に障るばかりではなく、気持ち悪さを伝えてくる以上、濃密な臭気や圧力差、ないし衝撃波とも言える。

 津波のように押し寄せる熱気を先行させ、次いで現れたのは異形の化け物。既存、既知の言葉で表せばオークやゴブリン、ミノタウロスやケンタウロスなど。獣の姿をした人間、或いは人間になった獣か。否、武器を持つ事に長け、戦争を起こすだけの知恵のある獣達と言った方が適当だろうか。何れにせよ、千を優に超えるモンスターの行軍は禍々しいが形となったものだった。

 迎え撃つのはヒト連合軍。扉の現出と共に現れた異世界の人々を併せた軍隊である。彼らは魔法と呼ぶ以外に適当な表現を持ち合わせていないものの、不可視化された兵器……仮想空間デヴァイスを通して特殊な攻撃が可能だった。

 銃器類よりは効果範囲が広く、射程が短く、威力が高い。異世界では普及しているらしいそれはアサルトライフルやマシンガンと共に部隊へと組み込まれ、中衛からの援護を主に編成されていた。他方で銃器は普及しておらず、刀剣類が近接戦闘、対人戦の主戦力だった。

 野蛮と言うよりは原始的な戦いは、しかしながら扉の開放と、異世界の人との邂逅で劇的に変わった。魔法を不得手とするが、身体能力と器用さに優れた化物達と長きに渡って膠着状態を続けていた……ややもすれば征服されかねない逼迫した中にあった異世界の人は、近代兵器を持つ人との出会いにより、その戦争に優勢に立つようになる。

 が、易々と倒す事も出来ない化物達を殲滅する事は難しく、遂には他方の世界への侵攻も許してしまった。人と人は互いの信義に則り、連合を結成、ここに最後となるよう願いも込めた大規模な戦闘を開始したものの、取り分け、東方のアシクジ、西方のラクジャク、南方のマタエバル、北方のナカンダカリが率いる精鋭は厄介だった。魔法が不得手な化物に在って、だが、異世界の人よりもその才に長けた特殊な亜人。魔王か、覇王とも呼ばれ、一騎当千の力を持ち、古の魔法さえも使いこなした。

 この戦地にいるのはマタエバル。遠くに見えるその長身痩躯の化け物、常に張られた防御の結界が虹のような霞を生じる都合、蜃気楼を身に付けた悪魔として恐れられている。高台の上に佇むマタエバルは陽炎と同化しており、視認出来ないものの、一際と巨大なシルエットを背後に控えた化物達の進軍は既に始まっていた。

 多くが原始的な武器ながら、圧倒的な筋力を背景に繰り出される一撃は人のそれとは次元から違っていた。石弓から放たれるのは矢と言うよりも槍、ボーラと呼ばれる投石器から投げ出されるのは石や岩ではなくもはや小さな隕石だった。刀剣の類も幅広くまるで壁にも等しい。一振りされれば突風が巻き上がり、叩かれた兵士はいとも容易く潰されていった。

 他方でヒト連合軍の中衛に展開する魔法使いが祈りを祀り上げ、化物達の足元に炎を奔らせ反撃すると、風を伴った火焔が巨大な柱となって吹き荒れた。続け罅割れた大地が牙を剥き、水が鋭い剣先となって降り注ぎ、その僅かに開けた隙間に化物達はまるで誘い込まれるように陣形の先端を窄め、対してヒト連合軍の軍隊が迎撃していく。戦車からは砲弾が放たれ、歩兵の投擲や掃射が続き、化物達を粉砕する。

 陸軍の編隊がやや鶴翼の幅を広げつつ、先細りとなりながらも止まらない化物達を挟撃すると、肉片となって散らされる化物の中から堅い甲羅と鋭い鱗に覆われた一際と大きな化物が現れた。

 銃弾は跳ね返り、無反動弾やグレネードでさえ弾き返すような強靭な甲羅。外殻の大きさに見合うだけの巨体は装甲車を立ち上がらせたようなシルエットは、実戦経験の乏しいヒト連合軍の兵士を数秒に渡って戸惑わせた。そこへ振り下ろされる鉄槌、重機ほどの太さと力強さで地面も抉る一撃に数人の兵士が考える間もなく潰される。傍から見れば地雷が砂塵を上げる様に似た攻撃は、化物達の反撃の狼煙を彷彿させる他方で、ヒト連合軍との混戦が始まった事を告げていた。

 聞こえてくるのは勝利を手繰り寄せようとするヒト連合軍の勝鬨の声と、冷静が過ぎる兵士達の合図とサイン。それと僅かばかりの悲鳴だった。化物達の唸り声と咆哮は意味が汲み取れず、だが、複雑な意味を伝えているのか、化物達は有機的に隊列を伸ばしつつ、適切な反撃を仕掛けていた。が、混戦と乱戦の白兵戦に於ける詳細な指示など意味を成さず、むしろ独自の判断が優先されて然るべきだった。その点、個々の能力は劣るものの、経験と知恵、そして予測の精度に秀でたヒト連合軍の方が一枚上手に見える。

 「……愚かな」

 高台の上から嘆くように呟いたマタエバルは、やや劣勢に陥った自軍を見下ろしながら、徐に手を頭上に掲げた。まるで太陽でも掴むようなその所作は、魔法とは違う禁忌の力……古の魔法とも呼ばれる原始的な奇跡の前動作だった。祈りを必要とせず、命令で以て現象を捻じ曲げ、事象を書き換えられた空間に罅が入る。そして頭上で輝いてた太陽を引き摺り下ろそうとするかのように、ヒト連合軍に向けて腕を振り下ろした。

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