九十六話 闇ギルド【梟の牙】とサデュラの葉
最初は闇ギルド側の視点となります。
2021/07/29 修正
◇◆◇◆
とある豪華な屋敷にて怒号が響く。
怒声は背凭れ椅子に座る恰幅のいい男だ。
その恰幅がいい男へ、机越しに頭を下げる片耳がない男もいた。
「……痛手だぞ。これは大損害だ。ホルカーバムの支部が全滅とは……計画が台無しだ。ビルっ、お前の責任か?」
でっぷりした二重顎を誇るこの恰幅がいい男は白髪が混ざる金髪を揺らして、青目を鋭くさせながらビルと呼ぶ片耳男の顔を睨む。
「エリボル様。すみません。わたしの責任です。部下が不甲斐なく、申し訳なく思います。ですが、わたし自身も青天の霹靂でした」
恰幅のいい男をエリボルと呼ぶ片耳の男。
「その原因を作った槍使いとは何者なのだ? 消息は掴めているのか?」
エリボルは冷静な口調に戻そうとしているが、その話す言葉の節々から憤りが滲んでいるのがハッキリと伝わっていた。
「……それが、槍使いの若男と黒き獣。としか……盗賊ギルドが情報を握っているのは確かなのですが、色々とデマや違う情報が行き交っていまして……消息は掴めていません」
「盗賊ギルドのハイエナめが、金はふんだくるくせに役に立たんな。しかし、あの二人を殺せるほどの使い手なら、他の闇ギルドからの刺客か」
「はい。その可能性が高いかと」
片耳のビルは神妙な顔付きでエリボルへ頷き答えている。
エリボルはその言葉を聞くと、苦虫でも食ったかのような顔を浮かべては饅頭のような拳を作り政務机を叩く。
「――気に食わん。全くもって気に食わん。その刺客、槍使いを探して殺せ。わしに損失を被せた責任を負わせるのだ」
エリボルはビルに命令口調で話す。
「はい」
「だが、他にやることがある。ホルカーバムの件……橋建設を推し進めてる、あのシツコイ女は始末しなければならん」
「あの小うるさい商人ですね」
ビルは渋い表情を崩さずに頷く。
「そうだ。建設を許可したあの馬鹿領主にも、自分がどういう立場か分からせるか……だが、まぁ、こうなってはホルカーバムは一時捨て置くことも考えねばならん……今はペルネーテの守りを優先させなきゃならんだろう」
エリボルは思案気な顔を浮かべながら、自分の二重顎の肉を触り、髭の感触を楽しむ仕草を取っている。
「閣下、王都の件はどうするのですか?」
「人材的にキャンセルだ。他の闇ギルドが黙ってないだろう……今はペルネーテの縄張りだけが我々の命綱だ。“裏協定ガ・ペ”による金になるブツの販売ルートだけは絶対に死守しろ」
片耳の男ビルは、またも、頭を下げて頷く。
「はい。我々も準備を調えております。しかし、最悪の想定も考えておかなければなりません。縄張りの維持が困難となれば、自ずと“裏協定”は破られることに繋がるかと……」
「うむ……協定が破られれば、この国だけでなく、あの外国の魚人共と争うことになるかもしれん。魚人共の弱点を握ってはいるが……それより、ビル、赤の指令はもう出したのだろう?」
ビルは隣にある扉へ視線を向ける。
「はい。もう既に【梟の牙】の全幹部が会議室に集まっています」
「なら、いつも通り梟の牙としての務めを全うしろ。わしは海軍運輸会議に出席する。今後の生き残りをかけて、貴族共にも根回しをしなければならん、我が娘も利用しているのだからな」
「……ご心中は察しております」
ビルは畏まりエリボルへ頭を下げてから、すぐに頭を上げると翻り、エリボルを残して隣にあった会議室の扉を開けて入っていく。
会議室には奇妙な面子たちが勢揃いしていた。
ビルは彫りの深い目蓋を膨らませ奇妙な面子たちを見定めるように、ゆっくりと見回してから上座の椅子に座る。
額には一本の太い剣筋の傷痕が額当てのように存在し右頬には火傷の痕が生々しく残る、武者顔だ。
全体像から“歴戦の強者”といった威厳を醸し出していた。
そのビルが話し出す。
「赤の指令で“お前ら”が呼ばれたのはもう知っての通りだ。我らが主、エリボル・マカバイン様はお怒りだ。これは、緊急幹部会となる」
「ビル総長? オゼ兄とジェーンが殺られた話は本当なのか? それに【ホルカーバム】の組織がほぼ全滅?」
焦りながら発言した総髪な若男。
その喋る唇の端には小さな傷を負っていた。
ビルはその問いに沈黙。
間を空けてから、ビル総長は隣にいた長髪の眼帯男へ“お前が喋れ”と言うように顔を向けクイッと顎を上げる。
眼帯の男は総長ビルへ頭を傾けてから喋り出す。
「……ベック。その通りだ。ホルカーバム領主の下に潜り込ませている密偵より知らせがあった。生き残りにも話を聞いて、戦場にあった死体も確認したそうだ」
「な、なんだと……あ、あにきが」
ベックと呼ばれた唇に小さな傷を持つ男は顔を歪め椅子に深々と座る。
「――なんてこった!」
野太い大声を発したのは、大柄の全身毛で覆われていた種族。
「……うるさいなァ、しかし、あの二人と兵士たちが殺されるなんてな? それで、殺った組織の名前は?」
隣に座る闇の人物が耳を塞ぐ仕草を取りながら、かすれた声で眼帯男へ訊ねた。
その素顔は分からない。不気味な闇色頭巾をかぶり細い鋭い目を持つが口許は闇のベールで隠されていた。
背中からは二本の剣柄が見えるだけで、まるで忍者のように全身を闇装束の衣で包まれている。
「……組織かどうかはまだ不明だ。しかし、我らと本格的に争っていた【ガイアの天秤】は全滅したと判断できる。幹部と兵士は死んだ。団長であるミアの死体が見つからなかったそうだが、たぶん焼失したと思われる。事務所があった場所が焼け焦げ廃墟になっているのが確認された。他にも“凄腕の槍使い”が領主に接触をしていたらしい。戦争があった現場にも、その槍使いと黒い獣が居たらしいが……情報が錯綜していて、これは定かではない」
「槍使いに、黒き獣……」
口に傷があるベックは椅子に座りながら思案気な表情を浮かべて呟いていた。
「――セーヴァ! 不自然過ぎるわ。その【ガイアの天秤】は確か、協定破りの【血長耳】によって、かなりのメンバーが殺られていたはず。そんな弱りきった【ガイアの天秤】に、あのオゼたちが殺られたと言うの?」
眼帯の男をセーヴァと呼ぶ女。
頭からは縦長の兎耳が生えている。
そして、長い足を自慢するかのようにスラリと机上に伸ばし、足の踵を机の上に乗せていた。
眼帯のセーヴァは、態度が悪い兎女を見ても指摘はせず、静かに首を縦に動かし頷いてから答えた。
「……確かにそうだ。【ガイアの天秤】が単独で我らの支部を潰したとは考えられない。複数の盗賊ギルドが情報を拡散している状況なので、不明な点が多いが、俺が予想するに【ガイアの天秤】が他の闇ギルドと協定、或いは傘下に加わり、総力戦が行われたか……もしくは、何処かの刺客である謎な手練れ“槍使いと黒き獣”の仕業とかな?」
「槍使いは分かるけど、さすがに獣はないでしょう? 魔法召喚師か、獣使い、調教師、モンスターテイマーに殺られたというの?」
レネは疑問の言葉と共に、足の踵で机を叩く。
「レネ、足をおろせ、今は幹部会だ。ちゃんとしろ」
椅子に深々と座っていた唇に小さな傷がある男ベックが、レネと呼ばれる兎女をたしなめた。
彼女はベックを睨むが、頭に生える兎耳をピクピクっと反応させる。
「はい、はい」
仏頂面を浮かべながら足元に立て掛けてある長弓を白い羽毛が生える腕で押さえながら支え杖のように使い、めんどくさそうに姿勢を正す。
その際に胸元から綺麗な銅製ペンダントを覗かせていた。
セーヴァと呼ばれた眼帯男は片目を細くして、その姿勢を正したレネに語りかける。
「……レネ、黒き獣を見たと報告がある。なにより死んだ死体に“不自然な牙穴”や“喉が噛み切られた痕”があったからだ。獣の類いだろう」
そのセーヴァの発言を聞くと、レネではなく、大柄の毛で覆われた大男が突然、吠えて答えた。
「ぶっぼらあああぁぁァァッ! 獣だろうが、なんだろうが――俺がオゼや仲間の仇を殺ってやるっ!」
重そうな腕を降り下ろし、どすんっと机を叩く。
長机は頑丈そうな作りだが、叩いたところが拳型に凹んでいた。
拳を振り上げた大柄男の顔はボウボウな毛で覆われているので、全くもって、その表情が分からないが、その乱暴な態度と言葉の熱気だけは周りに、しっかりと伝わっていた。
「……ピーリ、机を壊すなよ? それに、さっきからウルセェし、ゼンジバルは単純なうえに馬鹿だからな……」
隣に座る口元を闇ベールで隠す男は不気味なかすれ声でピーリを馬鹿にする。
「あぁ? ――モラビ! うるせぇぞ、……この、闇のもやしやろう」
ピーリと呼ばれた大柄男はのろのろと顔を屈めては、隣に座っている闇に身を包む男モラビへ茶色毛で覆われた顔を近付けた。
ボウボウな長毛が臭そうな鼻息で持ち上がる。
興奮して息が荒くなり今にも敵対的な行動を起こしそうであった。
「――そこまでだ。くだらんことで喧嘩するな。わかったな?」
片耳のビル総長が大声で命令し、二人を諌める。
「わかった」
「あぁ」
ピーリは臭そうな息を吐きながら椅子へ座り直す。
モラビも不満そうな顔を浮かべたが、予定調和のようにすんなりと、ボスである総長の言葉に従っていた。
「ところで総長。わたし、あのドンパチ激しい【セナアプア】に唯一の家族である妹を残して、わざわざここに来ているのよ? もっとちゃんと説明して欲しいのだけど」
不満気な表情を浮かべる兎女のレネが、腕を広げるジェスチャーをしながら、総長のビルへ説明を促す。
ビルは平然としながら口を開く。
「そうだな。お前レネと、ベック、モラビ、ピーリには【ペルネーテ】の縄張りをしっかりと守ってもらいたい。知っての通り【ペルネーテ】には他の闇ギルドが多数存在している。今回、我らの幹部二名死亡と【ホルカーバム】支部全滅の知らせは盗賊ギルド共によって各地に拡散しているだろう。当然の如く【ペルネーテ】に現存している各、闇ギルドにも伝わってるはずだ……その余波は必ず起こる。なので、これから何が始まるかは……想像できるな?」
総長ビルの語り掛けた口調に、隻眼のセーヴァが疑問風に割りこむ。
「それでは【ホルカーバム】の件は水泡に帰すと?」
総長ビルは、セーヴァの問いに即答した。
「そのことなんだが、セーヴァ、お前には単独でフィラ・エリザードの暗殺を頼みたい。ついでに【ホルカーバム】の領主であるマクフォル伯爵にも忠告しておけ。“意見をコロコロと変えるのはエリボル様がお怒りである”とな。支部は使えないので危険な任務となるだろうが、セーヴァなら大丈夫だろう」
「分かりました」
と、眼帯男のセーヴァは頷き頭を下げる。
簡潔に了承の意思を示した。
「えっと、サポートなしの単独任務? いけるの? 商人といっても、そう何度も脅迫してたらさすがに護衛とか雇うでしょ?」
兎耳のレネは茶色の瞳を大きくして、華奢そうに見える体を動かしては、手についている羽毛を揺らし質問していた。
レネの心配そうな顔を見たビルは少し笑ってセーヴァを見る。
「……そうだな。その辺りは副長のセーヴァだ。巧く殺るだろう」
「はい。お任せを。――レネ、心配せずとも、部下の始末は俺がつける。“始末屋”としての暗殺の腕は知ってるだろう?」
長髪の眼帯男セーヴァは精悍な顔つきで余裕たっぷりの笑みを浮かべてから、レネに問いかけた。
「――そうね。セーヴァがそう言うなら、別に良いけど」
レネは眼帯男の顔を見上げると、納得した顔を浮かべながら腕を左右へ泳がせてから答えている。
そのタイミングで、ベックが急に立ち上がった。
「――ちょっと待ってくれ」
眉間に皺を作り、鋭かった目付きをギラつかせて、怒りの表情を作っていた。
その表情の状態で、傷がある唇を動かす。
「俺は【ホルカーバム】の真相を追いたい。知っていると思うが、俺とオゼは義兄弟。だから、オゼの兄貴を殺った奴を、このまま野放しにはできねぇ。だから、俺が追うのは自然な流れだと思うが?」
総長ビルはベックの鋭い刺すような視線を受けても、静かに頷き、傷だらけの顔をベックに向けていた。
どっしりと視線を合わせて、重厚に答える。
「あぁ、確かに――だが、今回は駄目だ。お前は【ヘカトレイル】で仕事をしていただろう? なので【ホルカーバム】の情報は疎いはず。それに、今は【ペルネーテ】の縄張りを優先する大事な時だ。合成魔薬の販売網は俺たちが守らなきゃならない」
ベックは威厳あるビルの言葉を聞いても、動じずに傷がある唇を動かす。
「――いや、納得がいかねぇ! その、謎な槍使いと黒き獣。もしかしたら、俺は知っているかもしれない」
声を荒して、皆に訴えるように語るベック。
「――なんだと?」
「ぬ?」
「へぇ」
その場にいた幹部全員が唇に傷があるベックに注目。
「この間【ヘカトレイル】で魔竜王退治があったのは皆も知っていると思う。グリフォン隊の英雄と竜たちを殲滅した冒険者たちの話だ。その中に特別な黒猫を連れた槍使いの冒険者がいたんだ。冒険者クランの間で、その槍使いと、黒猫を巡って……ちょっとした争奪戦があったと聞く」
「……槍使いと、黒猫。ふーん……」
女幹部レネはそう呟く。
ベックは、
「裏で色々な噂が先行していた覚えがある」
そう発言。
レネは、柔らかいファーのような羽毛が生えた腕を振りながら、
「その冒険者が、我らの仲間を殺った謎な槍使いだと言うの? まさかねぇ……」
総長ビルもレネに同調するように頭を縦に振る。
「ありえんだろう。それほどの冒険者が、わざわざ我々の争いに介入するか?」
「だが、オゼの兄貴は俺たちの中でも一、二を争う強さだったはずだ。ペルネーテの武術街出身で、闘技経験もある。八剣神王三位、四剣のレーヴェ・クゼガイル、タンダールの武神寺では、八剣神王八位、導魔のゲルコズマー・ミランダから教えを受けていた兄貴だ。両方とも破門はされたが、飛剣二刀流、王級を超える腕前であり、あの青銀だぞ?」
ベックは切実に訴えるように、皆に話すが……総長は静かに反論をする。
「ふむ。その実力を見越して、あの都市を二人に任せたのだがな……まぁ、だからこそ他の闇ギルドによる刺客の可能性が高いだろう。我らには敵が多い……協定を破り我らと戦争となった【白鯨の血長耳】。合成魔薬絡みな【タンダール】で小競り合いを起こしている【影翼旅団】、【ペルネーテ】の厄介の種【月の残骸】。その幹部の閃脚、鮮血の死神、影弓などは厄介だ。そして、教会崩れの巣窟【夕闇の目】の狂騎士。我らの縄張り【歓楽街】を奪った【覇紅の舞】の惨殺姉妹も手強い、まだ小娘だが……」
総長ビルはそこで一旦、間を空けて、話を続ける。
「……そして、これは協定があるのであまり考えたくないが、海光都市の魚人たちが率いる【海王ホーネット】コイツらは言わずとも分かっていると思うが、優秀な魔調合師を抱えた合成魔薬のお膝元だ。大陸の売場を確保しようと、魚人自ら商売に乗り出す可能性も考えられる。更に、他の中小な闇ギルドも多数あるからな」
「他の闇ギルドか……確かに」
唇に傷がある幹部ベックは、総長の言葉に納得したのか、首を深く縦に頷いて、呟くと椅子に深々と座る。
「ベックは納得したようね。総長。さっきも言ったけど、縄張りを守るとして、今、ここの都市がどういう状況なのか、もう少し説明をしてくれると助かるのだけど」
レネはさっさと話しなさいよ。という風に、高飛車な顔を浮かべている。
総長ビルは冷静にレネとベックを見据えた後、口を動かした。
「そうだな、説明しとこう。【迷宮都市ペルネーテ】の権益争いを起こしている煩い闇ギルド共は【月の残骸】【夕闇の目】【黒の手袋】【覇紅の舞】の四つ。有名どころはこんなところか。現時点では【ペルネーテ】にある各、有力な縄張りを我ら【梟の牙】が占めている。それは【賭博街】【食味街】【解放市場街】【港倉庫街】の四つのシマだ。これらを守らねばならない」
「その四つを守るのね」
レネの言葉に同意するように頷くビル。
「そうだ。特に合成魔薬を仕入れて保管する【港倉庫】に、その主な販売ルートがある【賭博街】が最も優先されるべきだろう」
ビル総長が重い口調でそう語ると、闇衣に身を包むモラビがかすれ声を発した。
「それじゃ【賭博街】は俺が見ておこう。闇の結界を賭博街の一部に張っておく。他の闇ギルドが使う侵入方法はだいたい分かるんでね。ただ“教会崩れ”が怖いが……」
モラビは口元を隠しているので、顔色を判断し辛い。だが、そう話すモラビの目には怯えの色が若干に見てとれた。
「わかった。闇属性のお前じゃ光属性は天敵だ。狂騎士にはピーリを当てよう。モラビとピーリには【賭博街】を守ってもらう。レネとベックは【港倉庫街】を優先。【解放市場街】と【食味街】は後回しでいい」
「わかったわ」
「了解した」
「おう」
「……」
皆、納得顔で頷き、了承。
その中で、モラビだけが、闇のベールに包まれた口をもごもごと動かして、かすれ声で質問する。
「……縄張りを守るのは了解した。だが、【王都グロムハイム】への進出計画はどうするんだ?」
ビル総長は視線だけで殺しそうな厳しい顔色を浮かべる。
「エリボル様は中止と仰った。本来ならば王都グロムハイムも押さえたいところだったが、あそこは王都なだけあって王国側も煩いうえに【白鯨の血長耳】が牛耳っているからな」
その【白鯨の血長耳】の言葉に、恨みごもった声でレネが話し出す。
「あいつらね……【塔烈都市セナアプア】に本拠を構えているベファリッツ大帝国の生き残り、元特殊部隊、元軍人共の集まり、糞エルフな、白鯨の血長耳」
「そうだ。そいつらが協定を破らずにいてくれたら、話は違っていたのだが……」
ベックは傷がある唇を指で弄りながら、レネと総長に同意するように話に加わった。
「【血長耳】は確かに強い……俺が仕事していた【ヘカトレイル】の裏社会でも幅を利かせているのが【血長耳】だ。あいつらは裏の戦争請負人として各国の闇紛争に駆り出されるぐらいに優秀と聞く。戦争の裏実働部隊とも噂されているぐらいだからな? 【ヘカトレイル】じゃ他にも【月の残骸】や【宵闇の鈴】といった勢力が存在するが【血長耳】に圧倒されているのが現状だ。 そして、エルフのくせに人族の【オセベリア王国】にある機関【白の九大騎士】とべったりなのが特徴だ」
ベックは【血長耳】と直にやりあったことがあるようで、真剣な顔つきで話していた。
兎女レネは目を細め、両腕を左右に広げるリアクションを取りながら唇を動かす。
「ベックを馬鹿にするつもりはないけど、うちはヘカトレイルの比じゃないわよ? 【セナアプア】では何度も何度も、苦汁を飲まされ続けていた。妹がいなきゃ、わたしは死んでいたし……血長耳の盟主である、あの女エルフは“化物よ”……それに比べて、その【月の残骸】とか? 【宵闇の鈴】なんて、こっちじゃ話も聞いたことがない。小粒すぎるわね。【白鯨の血長耳】に比べたら赤子同然よ」
総長ビルはレネの言葉に深く静かに一回頷くと、目付きを鋭くした。
「……まぁ、幸いにも、その裏切りの【血長耳】だが、我らが本拠がある【迷宮都市ペルネーテ】には進出していない。それはエリボル様が海軍大臣、ペルネーテの行政長官、ホワイトナイン、などのオセベリア王国の貴族、大貴族たちとコネクションを持っているからだろう。さっきも言ってたように【血長耳】は【オセベリア王国】と繋がっている噂があるからな。ま、今は血長耳のことは置いておいて、他の闇ギルドの襲撃に備えるべきだろう」
皆を納得させるように凄みを増した声質で話した総長の言葉に、皆、決意した表情をみせる。
「えぇ、そうね」
「わかった」
「あぁ」
「了解」
片耳のビル総長は皆の言葉に頷いてから、眼帯男セーヴァへ顔を向ける。
「それから何度も話したように、セーヴァには単独で【ホルカーバム】に向かってもらうことになる。無事にフィラ・エリザードの暗殺が成功したら、オゼやジェーンの真相も追ってくれ。多少なら現地の盗賊ギルドと揉めても構わない。ま、副長のお前のことだ。信頼している。始末屋としての腕を久々に見せてもらおう」
「はい。お任せを」
ビル総長は続けた。
「それじゃ、皆、解ったな? 時間は幾ら掛かってもかまわん。我ら【梟の牙】はエリボル様の牙だ。エリボル様の為に動く。――各自に栄光あれっ、“我らは腹の空かせた梟”、“殺れることを殺れ”」
「「“腹を空かせば、梟が飛ぶ”」」
幹部全員、ビルの言葉に合わせ暗号のような言葉を互いに言い合い部屋から出ていく。
◇◆◇◆
俺はサデュラの森を探すため、十日、ひたすら木々を伝い東へ向かっていた。
大商会との会合の日までは後、十一日。
日数的に引き返す頃合いだ。
ここで【ソール砦】に一旦戻るか、と思った時。
やっと“サデュラの森”らしき光景が目に入ってくる。
本当にあった。
【魔境の大森林】とは全く異なる地形だ。
森林から切り離されていると言っても良いだろう。ここの周りだけ樹木が無く野原があり、その野原の上を透明な膜がドームバリアのように覆っていた。
完全に大森林から逸脱、特殊なところだと分かる。
中心にポツンと盛り上がった丘の地形上に、一際大きい樹木が聳え立っていた。
丘だ。なだらかな坂下にある窪みには小さな泉もある。
周囲には埃とは違う、銀粉のようなキラキラが宙を舞っていて神々しかった。
でも、この、透明な壁は入れるのかな……。
おそるおそる、触れてみる。
透明な膜へ――指を伸ばす。
お? すんなり通れた。
透明な膜に指から腕を通して、スルリと、体、全部を侵入させる。
結局、ロロも俺の肩に乗りながら通り抜けられた。
イエスッ、ラッキー。透明な壁は俺と黒猫には効かないようだ。
「ンン、にゃにゃ」
黒猫は肩から飛び降りて、泉に走っていく。
「あっ、ロロ。俺はあの丘上にある大樹のとこいってるからな。遠いとこいくなよ~」
「にゃあ」
俺は黒猫の走る後ろ姿を見ながら、大樹がある丘上へ小走りで向かう。
なだらかな丘を上り、大樹に近付けば近付くほど……それは大きい樹木と判断できた。
この樹木【魔境の大森林】の中でも一番大きいんじゃないか?
地面が見えない程の、巨大根。
縦幅も大きく横への広がりも凄い。
遠くにある本体の大樹はバオバブを軽く超えていると思う、屋久杉が可愛く感じる。
まさに、世界樹という印象だ。
巨大な根が、一つ一つが小山にさえ感じられた。
この根っこ、俺の身長を超えている……栗皮色の大きい根を掻い潜り、大樹の幹がある場所へ歩いていく。
お? 急に魔素の気配が増えた?
「誰だ――何奴だ?」
そんな枯れ声が響く。
大樹の幹下からふらっと浮くように、白皙の顔色を持つ長い顎髭を生やす老人が現れた。
耳が長いから老齢なエルフか。
手には長い木杖を持ち、白い貫頭衣を羽織っている。
それに、子精霊たちが踊るように、この老エルフの周りを飛んでいた。
「仙人エルフ?」
そう呟きながら、老齢なエルフに近付いていく。
「お主は、この聖域に入れたのか……」
仙人じいさんはそんなこと言ってる。
聖域? そう呼ばれているのか?
「聖域? ここは“サデュラの森”では? それと、透明な壁みたいのは通り抜けられたよ」
「おぉぉ、やはり通り抜けたか。わしがここを守るようになってから“初めてだ”。しかも、エルフではなく人族とは……」
老齢エルフは灰色の目を大きくさせて驚いている。
「初めて?」
「そうだ。大破壊の後、この地は神々によって結界が施されたのだ。ここはお主の言う通り、聖なる地“サデュラの森”である。お主は結界が施されてから初めての訪問者となる」
俺が初めて……光栄に感じる。
やはり、あの透明な膜が結界か。
「そうですか。それであなたは?」
「わしは罪深き古代エルフの生き残り。植物の神サデュラと大地の神ガイアに罰せられ、この地の守護者となった罪エルフだ。この祝福された地を延々と守るように厳命された、な。ホレッ――」
急に老齢エルフは白の貫頭衣を下から捲って体を見せる。
そんな趣味はねぇぇ。
なにやってんだ、このエロじじぃ――。
ぬおっ、え!? うは、心臓が無い。
胸に巨大な穴が空いている。
それどころか、下半身が松の樹木で片足がない。
あそこが、翠の葉。
「そ、その体は、しかも、心臓がない?」
「うむ。植物神サデュラと大地神ガイアに延命処置を施された“罰せられた結果”だ」
「神がそんなことを?」
「そうだ。わしは罪エルフ。かの【ベファリッツ大帝国】の生き残り。この大森林に大破壊という災いを齎し、この世界に小さき傷を発生させてしまった。わしは、魔界を隣接させてしまった罪深きエルフの首謀者であるのだ……」
老齢なエルフは目を細めながら自分の過去を話し、貫頭衣を元に戻した。
なるほど、神様も結構、エゲツナイことをするね。
だけど、そんな話は俺には関係ない。
枯れたホルカーの大樹を復活させるために、この葉っぱを貰わないと。
「……そうでしたか。俺は、この大樹に生える葉っぱが欲しくて、ここに来たのですが、一枚、頂いても宜しいですか?」
「自由に持っていくがよい」
おぉ、あっさり。
でも、仙人爺さん的に良いんだろうか?
「本当にいいのですか?」
門番と対決とかよくあるけど。
「あぁ、そもそも、この聖域に入れる者は、神に認められている証拠。植物の神サデュラと大地の神ガイアに認められないと“結界”に弾かれるからな。だから、構わんよ。一枚とは言わずに何枚でも大樹から葉を持っていくがいい」
へぇ、それじゃ、お言葉に甘えて……。
「わかりました。では――」
仙人爺さんへ頭を下げて、大樹に近寄っていく。
大樹は幹が太く横に生える枝も多い。魔察眼で見ると、サデュラの大樹である太い幹から魔力の光が溢れ出て、漏れていた。
子精霊の数も多い。
デボンチッチの歌声が響く、響く。
踊る子精霊を手で退かし、長い枝から生える緑々と元気一杯に広がる大きい葉っぱを選んで取っていく。
取り出した葉っぱからも、魔力が間欠泉のように溢れ太陽のように光を放出させている。
魔力光が眩しい葉っぱを十枚程度取り、アイテムボックスの中へ入れた。
これでやっと、ホルカーの大樹を復活させる品が揃ったことになる。
最後にあの仙人爺さんに挨拶して、ここを出るか。
「……無事に取りました。俺は帰ります」
「そうか。去らばだ」
抑揚がないあっさりした口調。
俺はその場で老齢なエルフへ軽く頭を下げた。
踵を返し走るように丘を下っていく。
黒猫は岸から泉へ向けて鼻口を付着させるように水を飲んでいた。
「ロロ、帰るぞ――」
「にゃ」
鼻を濡らした黒猫は紅い瞳を輝かせながら、走ってくる。
俺たちは泉から離れ野原を駆けては円外の透明な膜壁に到達。
結界の膜壁に手を伸ばし、全身を通す。
すり抜けては聖域と呼んでいた“サデュラの森”を出ることができた。
さて、急いでゲート魔法を使い【ホルカーバム】に帰りたいとこだけど……。
まだ【ソール砦】で受けた依頼が残っているので帰らない。
グリズベルはもう倒して討伐証拠を集めてあるので、残ってるのはレッサーデーモン十匹とレグモグ五匹だ。
適当に標的を探しながら【ソール砦】に戻りますか。
【ソール砦】の位置から、ここ“サデュラの森”は、ずっと南東の位置。
東にはマハハイム山脈が列なっている。
【ソール砦】がある西はこっちかな。
……北西を目指す。
背丈の高い樹木へ<鎖>を撃ち込む。
また、木々を伝うように移動を開始した。
……間もなく。魔素の反応を感じる。地に降りて、木蔭から確認。
肩に三又槍を担ぐレッサーデーモンの群れが歩いていた。
一匹、二匹、三匹……十匹か。
あいつらを急襲しよう。
「ロロ、殺るぞ。背後から急襲しとけ。俺は側面からいく」
「ン、にゃ」
よしっ
『――閣下っ』
『ヘルメか』
くるくるっと身体を回して、水飛沫を飛ばす演出をしながら視界に登場する常闇の水精霊ヘルメ。
『ハイッ、わたしも貢献したいです』
『いや、今回はいいよ。また次回ね』
『そ、そうですか……』
ヘルメは元気ない姿で視界から消えた。
“ごめんな”と想いながら、俺は行動に移していた。
<光条の鎖槍>を使用。
光槍が目の前で発生。
光条の線となった光槍が、狙った箇所へ飛翔していく。
――ついでだ。
<光条の鎖槍>を意識。
連発できるか試す。
<光条の鎖槍>を連続で放つ。
レッサーデーモンの頭や胴体が次々と光槍に穿たれていく。
光槍が衝突した瞬間、光槍の後方部が螺旋分裂して光網を作り出し、突き刺さった周りに網目の傷を作り肉片と化していた。
おっと、五匹で止まる。
<光条の鎖槍>の連射は五回目までか。
しかも、一番最後に放った光槍が“少し狙った位置”から外れている。
連発することにより多少はズレが発生するようだ。
でも、まぁズレるのは、ほんの僅か。
レッサーデーモンの頭、胴体は光条の槍により穴が空き周りに光網の傷を作ったことには変わらない。
穿つ吶喊力も単発で撃つのと、そう変わらない感じだ。
そんな俺の攻撃後、レッサーの背後から黒猫が急襲していた。
黒猫は、手慣れた狩人のような動きを見せる。
最初は無難に触手骨剣を使いレッサーデーモンたちを牽制。
次第にタイミングを測るように黒猫は動き出す。四肢に力を入れ左右へ素早く移動を繰り返しレッサーデーモンが扱う三又槍の突槍を躱しては、両前足にある鋭い爪斬りに加え、最後に木々を利用した跳ねる軌道で弧を描きながら、レッサーデーモンの首に飛び付き喉元を鋭い牙で引き裂いていた。
すげぇ。
格闘能力がまぁまぁ高いレッサーデーモンを動きで圧倒していた。
フェイントから首に飛び付いては噛み切ったり、触手骨剣を足に突き刺し絡ませて、足を引っ張り出すと、そのままレッサーデーモンを宙に持ち上げ、他のレッサーデーモンへ体ごと衝突させたりしている。
衝突した二体のレッサーデーモンは地面に転倒。
その体勢が崩れたところを狙い済ましたように触手骨剣で、二つの頭を突き刺し、それぞれに止めを刺していた。
結局、俺はスキル<光条の鎖槍>を使っただけ。
残ったレッサーデーモンたちは全て、黒猫によって全滅させられていた。
角を回収しとこ。
古竜の短剣でレッサーデーモンの頭に生えた角の根本をほじくり出す。
角を回収しながら<光条の鎖槍>のスキルについて思考していく。
光槍スキルの連続使用は五回のみ。
連続使用の最後だけ、若干、追尾性能が落ちていた。
連発後は再度使用可能までクールタイムがある。
けど、めちゃくちゃ使える。
爆発はしないので多大な戦果は期待できないが、個人や少人数相手なら圧倒的な速度と威力だ。
魔力の減りも若干感じるけど、スキルなので魔法ほどは消費しない。
お? やっと、使えるようだ。
クールタイムは二十秒~三十秒ちょいぐらいか?
使えば使うほど、クールタイムをなくせるタイプだったら良いんだけど……。
詠唱が必要な魔法系よりは使えるか?
いや、俺の場合は違うか。
この間覚えた恒久スキル<水の即仗>のお陰で、水の属性魔法は無詠唱で使用できる。言語と紋章魔法は今後、強力な武器となるだろう。
古代魔法もまだまだ試作段階だが、戦略兵器級の活躍も予想できる。
どちらにせよ、飛び道具の種類が増えたのは良いことだ。
<投擲>、<鎖>、<光条の鎖槍>。
これだけあれば、色々と細かな場面で対処できる。
集団戦で瞬時に三つ同時に使えば、かなり凶悪な手段だ。
そんな考え事をしながら、レッサーデーモンの死体から角のほじくりを終えてはアイテムボックスの中へ角を入れていく。
最後の依頼は鼠型のレグモグという名前のモンスターだけだ。
「ロロ、行くぞ」
「にゃ」
黒猫を頭巾の中へ回収してから、背丈の高い樹木へ<鎖>を射出。
レグモグ探しの移動を開始した。
一応、【ソール砦】がある北西の方角へ向かう。
HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。」最新刊15巻2021年8月に発売予定。
コミックファイア様からコミック「槍使いと、黒猫。」1巻~2巻発売中。




