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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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九百六十六話 フクロラウドとランターユ焼きとレザライサ

2022/07/19 13:46 修正

 ◇◆◇◆


 ここはフクロラウドの魔塔の地下の中枢で、大きい正方形の舞台。名は〝根源の柱間〟。

 根源の柱間の中央には大柄の男たちがいた。

 

 俯瞰で見ると、その正方形の上下左右は壕となっている。

 上下左右の壕の地下深くには……四体の生きた岩巨人(マウントジャイアント)がいた。

 四体の岩巨人(マウントジャイアント)は、正方形の根源の柱間の地下の壁面に頭を付けて垂れながら、己の岩の背中でフクロラウドの魔塔の巨大な壁の一部と斜めの巨大な棟と梁を支えていた。


 その岩巨人(マウントジャイアント)は、フクロラウドの魔塔の出入り口を守るサイクロプスとは異なる次元の異界と魔法の鎖で繋がっている。


 そんな岩巨人(マウントジャイアント)を使役している男が根源の柱間の中央にいる男。

 名はフクロラウド・サセルエル。

 過去には大魔術師ケンダーヴァルの名を名乗っていたこともある。

 

 見た目は人族風だが、人族ではない。

 魔術師系統の装備を身に着けている。

 

 その大柄の男のフクロラウドは大きな魔術書を目の前に召喚――。

 大きな魔術書から爆発染みた魔力が迸った。


 大柄の男の双眸が輝きに溢れる。

 その爆発染みた魔力が迸っている大きな魔術書は……。


 とある生命体の鋼と肉と皮で構成されている。


 名は〝異界ノ天秤書〟。


 その〝異界ノ天秤書〟から輝く魔力が放射状に展開され、輝く魔力は渦を巻く。

 と、円状の膜へ変化を遂げていく。


 円状の膜は不可思議に波打ち始めた。


 すると、円状の膜の表面に地下の中央昇降台が映し出される。

 他の円状の膜には様々なフクロラウドの魔塔の地点が映る。


 巨大な円状の膜には一階の闘技場の全景が映し出されいた。


 フクロラウドの周囲にいる者たちはフードを降ろして素顔を晒す。

 そして、大柄の男のフクロラウドに頭を下げるように片膝で地面を突いた。


「「「――フクロラウド様」」」

「うむ」


 フクロラウドは鷹揚に頷いて、片手を上げた。

 刹那、右斜め前方の根源の柱間から巨大な長い柱が急激に伸びて、フクロラウドに向かう。

 長い柱は、フクロラウドの右手の前で止まった。

 フクロラウドは、その長い柱に手を当てながら己の濃密な魔力を伝えると、長い柱から生命の神アロトシュの幻影が生まれて散る――更に柱の表面から高命僧(ドミナシュ)のバランの幻影が生まれて消えた。


 同時に長い柱に幾筋もの幾何学模様が発生し、割れるような音が響いた。

 すると、中心が金色に点滅、鼓動音が轟いた。

 長い柱は急激に削れていく。


 削れた柱は金色の魔力を発する女性を模った。

 女性は生々しく息衝きながら長い金髪を降ろし、フクロラウドの前に生まれ落ちた。


 フクロラウドは、その誕生したばかりの金髪の女性に向けて、


「ダシュル、傍に」

「――はい、閣下」


 立ち上がったダシュルは長い金髪を靡かせながらフクロラウドの傍に寄る。

 歩くと自然と竜鱗のような鱗鎧を身に纏った。

 

 すると、フクロラウドの周囲にいた者たちが、


「「ダシュル様!」」

「――ダシュル様、お久しぶりです」

「お久しぶりですぞ、我のことは覚えておられますか!」


 ダシュルは振り向いて、


「――はい、猛将ドキビル、元気にしていましたか? 皆様もお元気そうでなにより。そして、今年の夏終闘技祭は、いつもと異なるようですね、閣下?」


 とフクロラウドに聞いていた。

 フクロラウドは「うむ」と頷く。双眸に自然と魔眼の魔法陣が生まれていた。

 フクロラウドの黒髪が橙色と銀色の魔力を帯びていく。


「しかし、ダシュル様をいきなり誕生させるとは……」

「サプライズの【天凛の月】の戦力が予想以上だからでしょう」

「あぁ、フクロラウド様も、そこの大魔術師ラジヴァンから情報を得ていたが、驚いていた」


 部下たちの発言を聞いているフクロラウド・サセルエルは徐に頷いた。

 視線を大魔術師ラジヴァンに向ける。

 大魔術師ラジヴァンは、壁に寄りかかりながら、胸に抱えた魔槍を少し片手で持ち上げて皆の視線に応えていた。


 フクロラウドの部下の一人、闘気のモモルが、


「ラジヴァンの言葉は本当だった。早々の名目八封破りに、【闇の枢軸会議】勢力との激闘を制している。そして、霊魔炎系の秘宝を宿した怪人も存在していた」

「……フクロラウド・サセルエル様と通じていた【武式・魔四腕団】の賢者ゼーレが【天凜の月】の槍使いに倒されたことは本当だったのだな。【幻瞑暗黒回廊】の問題を解決したという噂も本当か……」

「それは定かではない。が、あの槍使いと黒猫は本物だ。ガルモデウスの事案が解決されたことは既にお前たちも知っているだろう」


 大魔術師ラジヴァンはそう語る。


「たしかに……魔迷宮を潰すために人工迷宮を造る異端者ガルモデウスが挑んでいた魔迷宮は消えていた。あの浮遊岩は元のドリサン魔法学院の跡地だ」

「……うん。【闇の八巨星】の一角が崩れる理由ね……」

「フクロラウド様は【天凜の月】への警戒を強めたから、ダシュル様を誕生させたんだと思う」


 部下の一人がそう発言。

 フクロラウドは、


「ふむ。ダシュルは念の為だ。【天凜の月】の槍使いは〝輝けるサセルエル〟を見せている。だから我の大会に参加したいことに変わりはないだろう。それよりも、【御九星集団】のキーラのように【天凜の月】の行動を事前に察知していたように思える【龍双ハボ・リゾン】が退いたことが重要だ」

「はい。地下にいる【龍双ハボ・リゾン】の〝輝けるサセルエル〟持ち、【八指】ゴプラ・トウは出場を辞退し、関係者側に回りました」

「ふむ」


 すると、上方から浮遊岩が降りてきた。

 根源の柱間に浮遊岩が着地。

 浮遊岩から降りたのは、総合上闘役キルヒスと上闘役ヤルガンと上闘役ケピル。


 総合上闘役キルヒスはフクロラウドとフクロラウドの部下たちに向け頭を下げてから、


「閣下、中央昇降台に〝輝けるサセルエル〟持ちが集結しています」


 と発言。

 フクロラウドはにやりと嗤い、皆に向け、


「皆、上がるとしよう」

「――ふふ、はい。今年の優勝はだれかな~」

「でも、地下のエンブラルの間では〝輝けるサセルエル〟持ちがまだ戦っているわよ?」


 紺の法衣を着た女性がそう発言。

 〝異界ノ天秤書〟が展開している円状の膜には魔剣師同士が戦う映像が流れていた。


 フクロラウドは、


「……キルヒス、ブリーフィングはまだなのだろう?」

「はい、閣下」

「我らが移動している間に、エンブラルの間の戦いも終わるだろう」


 そうフクロラウドが発言。

 部下の紺の法衣を着た女性は頷いて、


「そうですわね。しかし、予想外なことがありましたが……今年の【闇の八巨星】の【八指】たちは中々の粒ぞろいのようですわ。魔吸魂のエネルギーが豊富に得られそうです」


 そう語る。

 女性はクナの月霊樹の大杖と似た長杖を持っていた。

 

「あぁ」


 フクロラウドは双眸を輝かせると、大きな魔術書の〝異界ノ天秤書〟を手元に戻す。

 宙空に生み出されていた円状の膜は消えた。

 そのフクロラウドは横にいるダシュルと共に机のほうに歩く。

 机にあったグヒャルデの杯を掴んで口に運び、中の魔酒エリシュオンを飲んでから、浮遊岩に向かう。


 フクロラウドの部下たちも続いた。

 やや遅れて、大魔術師ラジヴァンもフクロラウドたちに続いた。

 

 その大魔術師ラジヴァンは、ふと縁際が気になった。根源の柱間の端に移動。


 地下深くで巨大な鎖と繋がる岩巨人(マウントジャイアント)を凝視し、


「……レアな巨人まで従えてやがる。地下は上界なのか? それとも他の次元界に干渉しているのか? だとしたら……フクロラウドは、やはり大魔術師ケンダーヴァルか……」


 と呟いていた。



 ◇◆◇◆



 キサラに、


「エヴァのほうにも子供が一人いて、この子供たちと大人を合わせて合計八人囚われていた。皆、【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】と敵対している闇ギルドメンバーの家族かもしれない」

「はい」

「ンンン――」


 俺の足下に移動していた黒猫(ロロ)は、大きな駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の上に跳び乗り、


「にゃ~」


 と鳴きながら片方の前足を上げた。

 子供たちとキサラに肉球を見せる挨拶。


 子供たちは黒猫(ロロ)の動きと肉球を凝視し、


「猫ちゃん」

「……猫」

 

 やっと反応してくれた。

 子供たちは外に出たことで少し開放感を得たかな。


 キサラは黒猫(ロロ)と子供たちへ優しそうな微笑みを向け、


「魔素の反応がすべてではないですが、まったく気付かず、盲点でした。わたしの名はキサラです。今、あなたたちを抱いている方はとても優しい方ですから、安心して大丈夫ですよ」


 と発言してから、俺に、


「捕らわれていた方々は、ルシエンヌの【剣団ガルオム】と同じく武芸に秀でた集団の人質でしょうか」

「ありえる。奥義書、剣譜、秘宝などの奪取目的の人質かもな」


 キサラは頷くと、


「……サセルエル夏終闘技祭が勝ち残り式のトーナメントだとすれば、暗光ヨバサが試合に勝つための人質でしょうか」

「対戦相手に〝無事に人質を返してほしければワザと試合に負けろ〟や〝出場を直前で辞退しろ〟などと脅すためか」


 が、それは難しいはず。


「はい」

「……廊下で俺たちと戦った他の【闇の八巨星】の強者たちの動機が、戦闘狂だからではなく、捕まっている人質のために【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】に手を貸していた? といったことも考えられるが……さすがに、利益の大きい【剣団ガルオム】とは違い、相手は【闇の八巨星】だ。仲が悪いといっても、すべての【闇の八巨星】と全面戦争に発展しかねないことはしないだろう」

「そうですね。【闇の枢軸会議】の巨大グループの強者と、【闇の八巨星】の各組織の【八指】や【八本指】と呼ばれる暗殺者たちの関係者が、【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】の盟主や最高幹部に人質を取られて弱みを見せるとは思えない。ハディマルスがシュウヤ様と同じような<無影歩>を使えたならば、その可能性は上がりますが……」


 キサラの発言に頷いた。

 視界に浮かぶヘルメが、


『廊下でわたしとアクセルマギナにロロ様と戦った十文字槍を巧みに扱うギュララのあの気質からして……人質のために動いていたとは思えません。己の武の切磋を強者に求めるが故の行動』

『そうだな』


 ヘルメにそう思念を返す。

 キサラに、


「【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】の誰かが、<未来視>や<千里眼>に<アシュラーの系譜>のような個人や世界の未来を読めるスキルを使用したのなら、【闇の八巨星】の関係者の人質を取ることは可能かもしれない」

「……それは、そうですね。わたしたち光魔ルシヴァルのように、神々が用いる八蜘蛛王審眼(ヤグーライオガアイズ)やカザネの最強クラスの鑑定、予知スキル<アシュラーの系譜>を防ぐ存在は稀だと思いますから、強者揃いの【闇の八巨星】だろうと、関係者の人質を取り、弱みを握ることは可能かもしれません」


 頷いた。

 〝輝けるサセルエル〟持ちの出場者の中にそれらの闇ギルドと無縁の強者がいたとしても、<アシュラーの系譜>のようなスキルを持つ能力者がいたら、その弱みを探ることは可能か……。


 すると、


「うぅぅぅ、そと……」

「……」


 人族の子供が観客席のほうに小さい指を向ける。

 すると、幻影の小型ヘルメが子供たちを触るように泳ぎながら細い腕を子供たちに伸ばし、


『閣下、この子供二人と他の囚われていた者たちの護衛にわたしが付きますか?』

『ヘルメは今まで通り俺の左目にいてくれ。今はキサラに頼む予定だ』

『分かりました』

『妾たちでも良いぞ』

『あぁ、が、これから本番だ。<神剣・三叉法具サラテン>たちも急な戦いに備えてもらおう。今はキサラに頼む。神界の武器を持つような存在がいたら教えてくれ』

『ふむ。神界菩薩の生まれ代わりはありえるからのぅ! そして、キルアスヒはシークレットウェポンを扱っていた強者だった。妾たちが必要となる場面は増えるか!』

『おう、たぶんな』


 使役している存在を試合の最中に出現させていいのか分からないが……。


 目の前にいるキサラは、二人の子供を見て、


「しかし、子供を利用して戦いを有利に持ち込む闇ギルド。常套手段ですが……【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】に強い怒りを覚えます」

 

 ゴルディクス大砂漠の各砂漠都市で様々な戦いを経験済みの元黒魔女教団四天魔女キサラの言葉には重みがある。


「俺も同じ気持ちだ。今抱えている子供が『タベナイで……』と俺に数回訴えてきた」

「え……」


 キサラの表情がなんとも言えないものに変化。

 驚き、怒り、悲しみ、様々だ。

 そのキサラは俺の胸元で静かにしている二人の子供を見て、


「では、その【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】のだれかが、その子供たちの目の前で……」


 頷いた。


「……あぁ、【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】の幹部の中には人肉嗜食(カニバリズム)の狂人がいたようだ」

「……許せません」


 頷く、当然だ。


「……あ、キルアスヒの胸に潜んで契約していた厖婦闇眼ドミエルが密かに餌を要求していたのかもしれませんね」


 巨大眼球から巨人の厖婦闇眼ドミエルに変身したときは怖かった。

 子供たちはあんな怪物を有したキルアスヒに……トラウマどころじゃねぇ……。


「……ありえる」


 キサラは俺の顔を見てハッとした表情を浮かべてから、


「すみません、シュウヤ様。その二人の子供はわたしが預かります」


 怒りが顔に出ていたようだ。

 直ぐに笑顔を意識し、


「すまん、顔に出ていたか。子供たちを頼む――」

「ふふ、お気持ちは痛いほど分かりますから――」

「「……」」


 魔族の子供と人族の子供をキサラに渡した。


「貫頭衣一枚で体も軽い……二人とも体に痛いところはありませんか? お腹は減っていませんか?」

「……うぅぅ……しろいかみ……綺麗」

「……しろい、かみ、きれい……」


 キサラの髪を小さい手で掴もうとする二人の子供。

 キサラは子供たちの母になったように優しく微笑む。


 しかし、少しショックを受けたような表情に移行し、悲しみを宿した双眸を寄越してきた。


 微かに頷いてからキサラが抱く子供たちを見て、


「……子供たち、落ち着いたかな。良かったら、君たちの名を聞かせてくれ」

「……うぅぅ」

「……」


 黙ってしまった。


「無理ならいい。もう一度言うが、俺たちは君たちの味方だ。安心していい」


 キサラに抱っこされている二人の子供は俺を見る。

 双眸に魔力を宿した。

 子供なりに<魔闘術>系統を強めている。


 その子供たちは魔察眼で俺をジッと見てから、


「「……」」


 無言のまま頷いてくれた。

 味方だと認識してくれたようだ。

 それにしても、幼児にしては魔力の質が高い。


 もしやサイデイルで保護しているナナやアリスのような存在か?


 キサラも子供たちの様子を見て少し驚いている。


「シュウヤ様、気になる子供たちと、囚われていた方々の面倒は、わたしとエヴァにお任せを。このまま地下のブリーフィングに向かってください」

「あ、そうだった。ヴィーネたちはもう地下に移動したかな」

「はい、向かっているはず」

 

 キサラは廊下の先を見る。

 そこにはタルナタムがいた。


「……タルナタムは、観客に紛れていた敵から攻撃を受けました。今はわたしたちの指示を聞いて観客席には突入していませんが、今すぐにでも突入し、他の客の強者たちに攻撃を仕掛けそうな印象です」

「了解」


 タルナタムは廊下から観客席側に片方の足を出している。

 そのタルナタムから視線をキサラに移す。

 蒼い綺麗な瞳とアイコンタクト。

 続いて、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>に乗る相棒に視線を向け、


「ロロ、キサラと一緒に子供たちを守るか?」

「にゃご」


 相棒は攻撃を行う際に鳴くような印象の声で鳴いた。


 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>の大きい将棋の駒から跳び降り、床に四肢を付けて体をムクムクッと大きくさせた。


 その姿は、大きい黒狼か黒虎か黒猫か。

 立派な頭部を上向かせて俺を見る。


 鼻骨と切歯骨と下顎骨は狼やネコ科と近い。

 喉と胸元の黒毛の量は多いが、その一つ一つの毛は細い。

 

 筆先の毛のような感じかな。

  

「良し、格好良い相棒だ。行こうか」

「にゃ」


 神獣(ロロ)と廊下を走った。

 キサラの近くから離れてタルナタムの背後に向かう。


 傷が多い廊下だが、明らかにリサナが通った痕跡があった。


 波群瓢箪は重いからな。

 が、途中から浮いて移動したのか、波群瓢箪の跡はなくなっていた。


 と廊下を見ながらも、タルナタムに近付いた。


「――タルナタム、攻撃を受けたと聞いたが」

「受けた! 相手は複数、全部逃ゲタ! キサラの指示通り、ここを死守! 主、あの者たち騒いでて強そう! 倒そう!」


 四階の客席には野次馬が多い。


「落ち着け、客は倒さない」

「ヌゥ……」


 既にタルナタムを襲った連中は客に紛れて消えているだろうから分からない。

 まだフクロラウドの魔塔の何処かにはいると思うが、四階の客全員が強者の雰囲気を醸し出しているから、探し出すのは無理だろう。


「タルナタム、ダメージはないんだろう?」

「ない!」


 良かった。

 

 しかし、客全員が怪しく見える。

 タルナタムの体内にある狂怒ノ霊魔炎を狙った?


 タルナタムは狂剣タークマリアの元眷属。

 狂言教のシンパならタルナタムを襲ってきた動機は単純……しかし、狂言教の信奉者以外の可能性もある。


 最初にタルナタムの登場に拍手を行った連中が犯人だろうか?

 

 タルナタムが装備している武器類も並ではない。

 魔槍グドルルとかの武器目当ての盗人?

 タルナタムの存在その物が秘宝クラスと言えるから、そのタルナタムごと奪い、使役ができると考えての行動なら、襲撃者の中にはかなりの強者がいたことになる。


 ま、逃げたなら相手にはしない。


「――タルナタム、獄星の枷ゴドローン・シャックルズに戻ってくれ」

「ワカッタ!」


 胸元に装着されていた獄星の枷ゴドローン・シャックルズが浮いて離れつつ真上へ移動。

 その獄星の枷ゴドローン・シャックルズからコントロールユニット的な半透明の魔法陣が一瞬で生成された。


 武器を手放したタルナタム。

 その魔法陣の中に吸い込まれるように消えた。


 タルナタムが手放した武器類は浮きながら獄星の枷ゴドローン・シャックルズと魔線で繋がっている。

 

 その――紺鈍鋼の鉄槌と魔槍グドルルと魔剣ビートゥを戦闘型デバイスの中に格納した。


「「「「おぉ~」」」」


 四階の観客から拍手と歓声が上がった。

 更に一部の観客たちが廊下にいる俺たちに近付いて、


「六つの魔眼の巨人が消えた! 軍人将棋の巨大な駒と変身が可能な黒い獣を使役している槍使いはテイマーでもあるのか」

「軍人将棋の駒から時折墨汁で描いたような魔界九槍卿という文字が浮かんでいる。あの駒は召喚武器か?」

「あぁ、たぶんな。大きな盾のようで<投擲>も可能なようだ」

「駒の表と裏に刻まれた異界文字は読めないが、魔界セブドラの共通語か?」

「『角』と『風槍流』の文字は見えたぞ」

「風槍流の魔槍使いであり黒い獣を使役する存在か」

「血色の魔力を体から発して纏ってる。その輝く血色の魔力に黒髪が渋いし、格好良いんだけど」

「うん……」

「女共が声を発するのも分かる。最初の名目八封破りも尋常ではない強さだった」

「たしかに。【天衣の御劔】のミクライと【五重塔ヴォルチノネガ】のヒルに【ラゼルフェン革命派】のギュララを倒し、【闇の教団ハデス】の連中も倒していた」

「……更に【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】の最高幹部が籠もる部屋に突入し、内部の最高幹部を迅速に倒しきったのも凄すぎる」

「作戦遂行能力も並じゃないわね……どこの組織かしら……」

「四階の廊下の左右からの時間差を活かした襲撃作戦も見事……」

「【闇の枢軸会議】と【闇の八巨星】の戦力を悉く倒しきるメンバーを擁した闇ギルドの盟主で、強者の槍使い。黒猫も連れている。もしや……」

「槍使いと黒猫の【天凜の月】の盟主か……」

「だろうな」

「黒髪の魔界九槍卿でもあるのか、【天凜の月】の盟主は……」

「では【白鯨の血長耳】のメンバーもいるのか?」

「いるかもな……笠をかぶるエルフを見かけた」

「血長耳も強者揃いだが、【天凜の月】の盟主が出場するのなら、今年のサセルエル夏終闘技祭の優勝候補筆頭か?」

「予想配当が乱高下しそうだ」


 観客たちは俺たちの【天凜の月】を当ててきた。

 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を消す。


 すると低い体勢となった相棒が俺の股下に進入――。


「ンン」


 と鳴いて立つと背中に乗せてくれた。

 太股に、柔らかさと硬さを併せ持つ神獣(ロロ)の筋肉を感じた。


 その神獣(ロロ)の背中と胴体を左手で撫でながら、


「ロロ、地下に急ごう!」

「にゃ」


 神獣(ロロ)は触手の手綱を寄越す。

 その触手の手綱を握った。


 ――片手綱。


 すると、神獣(ロロ)は触手の先端をにゅるっと俺の親指と人差し指の間から伸ばす。


 触手の先端を平たく変えて肉球が付いた裏側を俺の首に付けてきた。


 冷えピタ的な肉球の感触が気持ち良い。


 その神獣(ロロ)は、


「ンンン――」


 と喉声を響かせながら駆け出した。


『はしる』、『あいぼう』、『そら』、『たのしい』 


 神獣(ロロ)はそんな気持ちを寄越してきた。

 そのまま四階の低い壁を跳び越えた。

 観客席にいた観客たちは、


「「――わわっ」」

「ひぃ~」

「スゴッ」


 と驚いて素早く退く。

 複数の空いた客席を神獣ロロディーヌの四肢が捕らえ蹴る。


 大きい足は、猫の足をそのまま大きくしたような足だ。

 巨大な猫の神獣(ロロ)は、高々と跳躍を行った――。


「「おぉ~」」

「巨大な猫が空を!」

「巨大な虎にも見える!」

「あれが槍使いと黒猫の由来なのか!?」

「――魔界騎士、いや猫騎士か!?」


 四階と三階と二階の客席から――。

 歓声と響めきと叫び声が響く――。


「ぶは、はは」


 猫騎士の部分で、思わず吹き出す。


 ――相棒は闘技場の大きな舞台の端に向かうのか? 

 このままだと、舞台の上に着地してしまうが――。


 すると、俺を乗せた神獣(ロロ)は体の向きを横に変化させ「ンン――」と鳴きつつ無数の触手を後方に飛ばす。それらの触手は舞台の反対側の太い柱へ向かった。

 太い柱にぎゅるぎゅると触手が絡まると、触手に引っ張られた相棒は、太い柱に引き寄せられるように急旋回を始める――乗っている俺もぐわわんっと移り変わる視界となった。


 揺れ移動しまくる視界の最中、下を見ると、一階の客たちと赤色の絨毯が見えた。

 神獣(ロロ)は複数の触手を体内へと収斂させた。

 体と触手からギュィンと反動の音を響かせる。振動も太股から感じた。


「にゃぉぉぉぉ~」 


 楽しそうな神獣(ロロ)は凄まじい勢いで太い柱に直進。

 ジェットコースター、否、戦闘機のパイロット気分となった。


 太い柱が迫ってくる視界は少し怖い。


 その太い柱に神獣(ロロ)は四肢を付けて着地し、その太い柱を蹴り――反対側の巨大な壁に飛び移った。更にその壁を蹴って斜め下へと急降下――。


 やや遅れて、背後の相棒が蹴った柱からビキッと音が響く。


 神獣の爪と膂力でフクロラウドの魔塔の一部を削ってしまったか?


 ま、頑丈だから大丈夫か。

 床に着地した神獣ロロディーヌは、制動もなく緑色の絨毯の上を疾風怒涛の勢いで駆けた。

 通りの途中で四肢に力を入れて急ストップ、否、急旋回を行う。


 足下の絨毯があまりの勢いと力で撓み千切れてしまった

 ――関係者の方々、ごめん――。


 そのまま走り出したが、目的地は屋台だった。

 神獣ロロディーヌは、その屋台にいた客の最後尾について止まる。


「――にゃぁ」

「「ひゃぁ」」


 並んでいた客の方々は大きい猫に乗った俺の登場に驚いて逃げてしまった。


 しかし相棒よ、美味しそうな匂いに負けたか。

 一瞬、前転から転がりたい気分となった。

 

 が、焼いたトウモロコシのような匂いが鼻孔を刺激する。


 美味そう……女性の眼帯が渋い隻眼の店主に向け、


「上からすみません。他の客の代金の分も払いますから、その焼いて積んである物を下さい」

「はい。名はランターユ焼きですよ。一山四十本ありますが、全部ですか?」

「はい、値段はいかほどで?」

「一つ大銅貨三枚ですが、二つ五枚でお売りします」


 戦闘型デバイスを触りつつ相棒から降りた。

 そして、回収したばかりの金貨を取り出し、


「――おつりは要らないので、金貨五枚を置きます」

「ありがとうございます。では、急いで金貨五枚分を焼きますから――」


 店主は慌ててトウモロコシ、名はランターユか。

 その野菜を箱から取り出していく。


「店主、時間が迫ってるから、その焼けたランターユをもらっていく――」


 素早く二本のランターユ焼きを取ってから、相棒に一本差し出す。

 神獣(ロロ)は、触手で器用にランターユ焼きを掴むと、


「にゃご~」


 と鳴いてから、むしゃむしゃとランターユ焼きを食べる。

 芯を食べず、実だけをちゃんと食べているあたり、グルメなロロディーヌだ。


 食べる様子が面白いから、見ていたくなったが、俺もランターユ焼きを食べた。

 味は完全に塩味の焼けたトウモロコシ――。


 美味い! しゃきしゃきとしていて粒が大きいし、歯ごたえも良し!

 黒く焦げた部分もまた美味しい!


「店主、美味しいランターユ焼きをありがとう――」

「ふふ、とんでもない! 名を聞かせてくれるかい? 槍使いと、黒猫の……殿方」


 隻眼の女性店主は俺と相棒を知っている?

 その隻眼の女性店主は語尾の語りように妖艶さが出ていた。

 

 怪しい<魔闘術>系統を体から発している。

 隻眼の店主の背後に積まれている素のトウモロコシ、もとい、焼いていないランターユが振動している。


「……名はシュウヤです。あの、店主と俺はどこかで?」

「……初めてですよ」

「俺と相棒を知っているような印象ですが、店主の名は?」

「ふふ、知っていますとも。そして、わたしの名は、センチネル・ヴァルキュリア」


 センチネル・ヴァルキュリア。

 名と顔付きからして雰囲気がある。

 どことなく懐かしさを覚える緊張感……ただのランターユ焼き売りの商人ではないことは確実か。


 あ、フランのような存在か?


「闇ギルドの人員か? あ、工作員か? それともフクロラウド・サセルエルの関係者?」

「うふふ、ここは各国の工作員が集う【塔烈中立都市セナアプア】。とだけ答えておきます。しかし、シュウヤさん。出場者ならば、こんなところで暢気にランターユ焼きなんて買っている暇はないはずですが、もう地下に向かわれたほうが良いのでは?」

「あ、そうでした。では、ヴァルキュリアさん、またどこかで。ランターユはもらっていきます」

「はい」


 ――隻眼のヴァルキュリアさんか。

 なんか強者に見えてきた。アイテムボックスから食材袋を取り出す。

 そして、山なりのランターユを食材袋にブッコミ――その食材袋をアイテムボックスに素早く入れ、会釈してから、相棒に跳び乗った。


 触手の一つが、俺のアイテムボックスを突く。


「ロロ、もう一本食べたいのか。が、後だ。今は地下に急いでくれ」

「にゃお~」


 神獣(ロロ)は直進し、壁際を曲がる。

 フクロラウドの魔塔の内部の構造は、もうそれなりに頭に入っているようだ。

 が、相棒の鼻先がクンクンと動いているから――。


 クナの匂いを探知したか。

 直ぐに斜め下に続く坂道に突入。


 その坂道を一気に下る相棒は速い――。


 またグンッと加速した神獣ロロディーヌは地下空間を走りに走る。

 幸い、通路内には関係者が少ない。坂道が終わり開けた地下空間に出ると、複数の人集りが前方に見えてきた。中央昇降台のある空間に到着だ。


 四階から地下まで時間にして、ランターユ焼きの時間を抜かせば、十五秒ぐらいか?


 神獣(ロロ)は相変わらず凄い機動力だ。

 人馬一体を超えている<神獣止水・翔>。


 様々なGを体感させてくれる相棒ロロディーヌの乗り心地は最高だ。


 俺が操作中の偵察用ドローンの共有視界の端に直進中の俺たちが映った。

 毎回だが、少し混乱を覚える。

 が、実況生中継を見ているようで面白い――。


 そして、実際の視界の先に月霊樹の大杖を掲げているクナが見えた。


 〝輝けるサセルエル〟持ちの強者が集結中の中央昇降台も見える。

 その壇の一部には燕尾服と似たフォーマルウェアを着た方々がいた。

 壇にはコントロールユニットのような台がある。


 テンセグリティの球体を模るような幻想的な魔力が、その台の上に浮いていた。

 中央昇降台の操作パネルかな。


 クナの近くに移動しよう――。

 大きい黒猫と呼べるかもしれない相棒の胴体をトントンと掌で叩いて、


「先に降りる――」

「ンン――」


 飛び下りた。

 肩の竜頭装甲(ハルホンク)を意識――。

 黒革の剣帯の素材がハルホンクの防護服と一体化している胸ベルトは変化させず――。

 牛白熊のワイシャツ系の軽装にチェンジ。


 〝輝けるサセルエル〟

 〝魔竜王バルドークの短剣〟

 〝蒼聖の魔剣タナトス〟

 〝古の義遊暗行師ミルヴァの短剣〟


 は、いつでも取り出せる。


 続いて<闘気玄装>と<仙魔・暈繝飛動(うんげんひどう)>を発動し強めた――。

 体を背後から押されるような推進力を得て加速。


 腰下に出現中の青白い炎のような魔力が結ぶ玄智宝珠札と棒手裏剣が視界にチラついた。

 フキナガシフウチョウの飾り羽根に見える飾りだ。


 宙を滑るような機動でクナに近付いた。


「ングゥゥィィ」

「にゃおお~」

「あ、ふふ、シュウヤ様、格好といい、渋い動きで素敵です!」


 クナは両手を拡げながら褒めてくれた。

 先に降りていた【剣団ガルオム】の方々もいた。


「あ、シュウヤ様!」

「シュウヤ様!」


 前にいるのは槍使いのコナタさんと剣師のドエツさん。

 

 隊長と分かるワッペンを胸に付けている方がカイトさんとキキアンさんだろう。


 とりあえず、クナの手前で着地。

 相棒は大きい黒猫から、いつもの黒豹の姿に戻る。


「ただいま。助けた【剣団ガルオム】の方々と皆はまだか」

 

 クナは残念そうな表情を浮かべて、


「もう! 抱きしめてはくれないのですね……あ、はい。皆はまだです。ロロちゃん様は素早い」

「にゃ~」

「ふふ」


 褒められた黒豹(ロロ)は、お礼を言うように頭部をクナに寄せている。

 クナは月霊樹の大杖を浮かせつつ――。


 腰を落とした悩ましい体勢で黒豹(ロロ)の頭部を片手で撫でていた。


「ふふ、元気なロロちゃん様! 魔力と体力が増える魔狂厳靱丸丸を食べますか?」

「にゃお~」


 黒豹(ロロ)はクナに向けて口を開けてスタンバイ。


「その魔狂なんとかガンガンってのは食べても大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫。名は、〝まきょうがんじんがんがん〟です。食べたら魔力や体力などが上昇します。副作用は少々興奮してしまうぐらいです。そして、神獣様ですからその副作用も出ないと思います」

「ンン」

「副作用がその程度なら大丈夫かな。しかし、カソジックとササミに加えて、焼いたランターユを先ほど食べたばかりなんだが、相棒よ、それでも丸薬を食べたいのか?」


 黒豹(ロロ)は頭部を俺に向ける。

 つぶら瞳で俺を凝視。

 

 瞼を閉じて開く親愛の感情を示す。可愛い。


「ンン、にゃお~、にゃ、にゃお~、にゃはは~」


 と鳴いた。最後のほうの発音は初めて聞いたような鳴き声だ。

 

 白い髭の角度もあまり下がっておらず。

 猫語を翻訳すると『たべたい、にゃお~、うまいにゃお、相棒もたべろにゃお~』だろう。


「なら、もらっとけ」

「にゃ~」

「ふふ~、では、出します――」


 楽しそうなクナは踊るような仕種で腰にアイテムボックスを出現させる。

 そのポーチ状のアイテムボックスに指を突っ込みその指を抜き出した。

 その指先には梅干し、じゃなくて、丸薬の魔狂厳靱丸丸が挟まれている。


 出し方が手投げ手裏剣を出すようなポーズだから渋い。


 そのクナは、


「はいどうぞ~」


 と、人差し指と親指で摘まんだ魔狂厳靱丸丸を黒豹(ロロ)の口に近づけた。


 鼻の孔が拡がり窄む黒豹(ロロ)さんは、


「ンンン、にゃ~」


 と鳴いて少し興奮。


 その魔狂厳靱丸丸を持つクナの手に前足を当てながら、クナの指を食べるように――。


 口を拡げたまま頭部を出し、魔狂厳靱丸丸を食べた。


 クナの手元から離れた黒豹(ロロ)

 頭部を少し傾げて――。

 魔狂厳靱丸丸は少し堅いのかカリカリッと噛み砕く音を響かせる。

 と、ゴクッと丸薬を飲み込んでいた。


 次の瞬間――。


 黒豹(ロロ)の体から橙色の魔力が迸る。


 その魔力はプロミネンスのような軌跡を宙に描いてからゼロコンマ数秒も経たない間に体内へ戻った。

 が、体毛の一部に淡い橙色の魔力炎を纏わせた状態となる。


 相棒の<魔闘術>系統が強まったように見えた。


 その黒豹(ロロ)は俺たちを見上げて――。

 尻尾を立てながら後脚で足踏みを繰り返し行う。


 太股がプルプルと震えて振動していた。


 ネコ科の豹はオシッコを飛ばし、己のフェロモンを散らすなどの臭い付けのマーキングを行う習慣があるから、それに近い動きだとは思うが、可愛い。


「大丈夫そうだな」

「はい、あ、それよりも総合上闘役キルヒスは説明を開始しています。中央に急ぎましょう」

「おう」


 クナと黒豹(ロロ)と一緒に中央昇降台へ向かった。


 そこでは〝輝けるサセルエル〟を掲げている者が次々と前に出ていた。


 【十刻アンデファレウ】の猫獣人(アンムル)が二人。

 

 片方は地下で魔族を倒した猫獣人(アンムル)

 偵察用ドローンを潰してきた魔槍使い。


 もう一人の猫獣人(アンムル)の魔槍使いは、偵察用ドローンには映っていなかった。


 四階の廊下で【十刻アンデファレウ】の幹部のズマコイが語っていた二人だろう。

 百人隊長と盟主か。

 その二人の凄腕槍使いの猫獣人(アンムル)は、体の外に<魔闘術>系統の魔力が漏れていない。

 

 外套が優秀か、技術か。

 戦闘靴は厚底。

 革と鋼が素材に混じっているような印象で、ギミックが仕込まれている? 

 

 かなり動き易そう。


 その猫獣人(アンムル)の二人が持つ魔槍の形は無名無礼の魔槍と聖槍アロステを彷彿させる。


 大柄の槌使いは軽装だが、強そうだ。

 頭頂部に髪を纏めて、横は刈り上げ。

 眉毛と双眸が大きい。

 鼻も耳も大きい。

 口は少し小さいか。


 顎髭がダンディだ。 

 盛り上がった背中と肩の軽装の間から体毛が飛び出ていた。体毛が針鼠のように武器になる?


 ゴツい野郎だから、あまり近寄りたくない。


 長髪の魔銃使いもいる。

 銀色の片目と黒色の片目。

 鼻は低く、唇は少しアヒル口。

 顎はシャープで美形。

 胸元は少しだけ膨らんでいる。

 その胸ベルトに納まっている魔銃は〝セヴェレルス〟と似ている。


 聖櫃(アーク)ならベレッタ的だが、FNF2000と似た未知の銃へと変形が可能か?


 美人の魔銃使いさん。


 近くから見たいが……。

 近付いたら、


『……それ以上わたしに近付くと撃つ!』


 と脅されそうだ。


 女性の風精霊を扱う魔法使いの男性もいた。

 リアルな女性の風精霊は浮いている。

 下半身の一部が薄まって風を周囲に発生させていた。


 その周囲には風の魔力が形成しているだろう小さい三日月状の魔刃が複数浮いていた。

 女性の風精霊はヘルメのような印象。

 ヘルメとは顔は異なるが美形だ。

 

 男性の魔法使いも端正な顔立ち。

 身なりは鋼と革を合わせた鎧。

 左手に魔杖を持ち、杖から剣状の魔刃が伸びている。

 鎧からして一見は戦士にも見えるか?

 

 その男性は女性の風精霊とキスを行い、風精霊と離れると、周囲に笑顔を振りまいている。


 特に魔銃使いの女性に目が向いていた。


 知り合いか?


 【闇の八巨星】のどこの組織なんだろう。


 他にも強者は多い。

 鼻提灯をこさえた中年の男性。

 虹色の魔力を放つ革鎧を着てマントを羽織る。

 無手だが、胸元の金具と鎖で繋がる剣帯は背中に続く。肩越しに剣の柄頭が見えていた。

 大きな台に乗っていて浮遊中。

 当然、<魔闘術>系統が巧み。


 切断痕が目立つ深編み笠を被る侍風の男性も強そうだ。

 笠の切れ目から鋭い眼が見えた。

 片方の目から赤色と紫色の魔力を放つ。


 魔眼か、魔法陣はなかったが不気味。

 得物は大太刀に見えるが直刀の魔刀。


 衣服は革鎧で軽装。


 最初に見かけた金髪に銀色の瞳でローブを着た方がいる。

 さきほどの侍風の男性と同じく<魔闘術>は極めて優秀。


 大きい卒塔婆を肩に担ぐ武芸者。


 大柄と小柄の禿の武芸者もいた。

 相輪の魔槍を担いでいる。


 軽装の体から点々とした花模様の魔力を散らしている女性もいた。

 無手で腰や手に武器を出していない。

 アイテムボックスらしきネックレスと腕輪を身に着けている。

 武器は直前まで晒す気がないようだな。


 この者たちが、違う者もいるかもしれないが、【闇の八巨星】の【八指】とか【八本指】とか言われている殺し屋連中か。

 が、その殺し屋連中の【八指】も入れ替わり立ち替わりがあるようだからな。

 ……もう既に前哨戦で死んでいる存在もいるかもしれない。


 すると、深編み傘を被る者たちと視線が合う。

 皆、外套のようなマントを羽織っている。


『あ、あの一流の魔力操作は……』


 ヘルメは覚えがある?


 たしかに、小柄のエルフの女性のほうは見覚えがある。

 まさかな。

 中心の長身の女性の笑顔が美しい。


 顎のEラインが綺麗だ。


 その長身の女性は魔力を外に放出したのか、銀色の魔力が外套の外に出ていた。


 先ほどの侍風の男性のような不気味さはない。


 ん?

 銀色の魔力か……。

 しかし、どこかで……って、長耳、あ! レザライサ!


 では小柄のエルフの女性は、やはりクリドスス。

 ファスに軍曹メリチェグさんもいる。


 レザライサとファスはいつ帰還してたんだよ!


 偵察用ドローンと有視界では分からなかったが、【白鯨の血長耳】のメンバーもここで活動していたのか。少しはその可能性も考えていたが……。


 レザライサは、銀色の魔力で文字を宙に作る。


『ぶ・じ・か・や・り・つ・か・い・こ・べ・つ・に・は・な・し・が・あ・る・ど・う・い・す・る・な・ら・ま・ば・た・き・を・し・ろ』


 ペルネーテの会合時を思い出して、思わず笑う。

 瞬きを繰り返した。


 レザライサも笑った。


 そのレザライサは視線と顎先で俺の視線を促す。


 そこには――。

 なるほど、魔剣師の暗光ヨバサがいた。


 【白鯨の血長耳】も当然、【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】との戦争は把握済みか。

 

 暗光ヨバサは人族か魔族か、身長は俺よりも低い。

 髪形は短髪、黒髪。耳に傷があるが、エルフではない。

 双眸も黒色。鋭い目付き、頬と顎に傷がある。

 男か女か不明。

 美形で中性的か。初めて会った時のユイを思い出す。

 紺を基調とした半袖の武道着に鎖帷子のような装備を身に付けていた。腰に魔刀を差す。


 黒色の革ズボンに地下足袋のような戦闘靴。


 ここで暗光ヨバサに攻撃を仕掛けてもレザライサたちがいるから大丈夫だとは思うが、今は様子を見ようか。

 

 レザライサたちに視線を向ける。

 レザライサは微笑むのみ。


 すると、茶色の髪の男性が、〝輝けるサセルエル〟を持つ出場者に向けて、


「――ありがとうございます。では、その〝輝けるサセルエル〟を持つ方のみ、わたしたちがいる最上段まで上がってきてください。最上段に皆様が集まり次第、中央闘技場への上昇が開始されます。そして、上闘役の指示があると思いますが、出場者の関係者の方々は、横の昇降台を利用してください。その横の昇降台も中央昇降台と同じく上昇して舞台の横に浮上し、専用の席になります。開会のセレモニーの後、出場者と合流も可能です」


 そう説明を終えていた。

 フォーマルウェアの燕尾服が似合う彼が、総合上闘役キルヒスかな。


 暗光ヨバサは後回しにしよう。


「クナ、フォーマルウェアを着た彼が、総合上闘役キルヒスか?」

「はい、茶色の髪の男性ですね。隣の紳士服を着た方々も上闘役のようです」

「そっか。そして、【白鯨の血長耳】の盟主、総長のレザライサがいるんだが、知ってたか?」

「え、どこです?」

「あそこだ」


 視線をレザライサたちに向けた。


「あ、本当です! 帰還していたとは……」

「あぁ、驚いた」

「レザライサたちも〝輝けるサセルエル〟を持つのなら戦うことに?」

「そうなるかもしれないが、分からない。では、先に相棒と中央昇降台に上がるとしよう。クナはヴィーネたちと【剣団ガルオム】の方々に説明を頼む」

「にゃお~」

「はい。あと念のため、シュウヤ様にも魔狂厳靱丸丸を――」

「おう、さんきゅ」


 肩の竜頭装甲(ハルホンク)を意識。

 魔狂厳靱丸丸が入った袋を胸ベルトの一部に付けると、黒い革の一部が膨らんで魔狂厳靱丸丸が入った袋を吸収、胸ベルトの一部に丸い膨らみができた。


 その膨らみを押すと自然と魔狂厳靱丸丸が出る。


 真空パック的な仕組みか?

 かなり便利だ。

 

 すると、背後から、


「ふふ、上半身の白系の衣装上着と黒革のインナーと融合を遂げた胸ベルトの造りは見たことがないです。長剣が納まる機構も、ハルホンクならではと推測します。そして、腰の孔雀か鳳凰の尾のような防具衣装も特別な効果がありそうです……総じて、ハルホンクの防護服は素晴らしいと分かります」


 クナの言葉に応えるように。

 胸ベルトに魔狂厳靱丸丸を戻し、〝輝けるサセルエル〟を胸ベルトから引き抜いた。

 半身の姿勢で振り返り、掌で回転させた〝輝けるサセルエル〟をクナに見せながら、


「ハルホンクは魔竜王素材など、無数の素材を取り込んでいるからな」

「ふふ、覇王ハルホンク……魔界セブドラで様々な物を取り込んでいたようですから……」

「あぁ、独自のメタマテリアル技術を内包した未知の金属繊維も食べているようだ。それによって引っ張り強度が異常に増大しながらも繊維質の柔らかさを保っている」

「素晴らしい」

「おう。じゃ、行ってくる」

「はい、がんばってください!」

「おう」


 そうして、〝輝けるサセルエル〟を見せながら、総合上闘役キルヒスと他の上闘役と〝輝けるサセルエル〟を持つ強者たちが集まる最上段に上がった。


 すると、金髪でローブ姿の方が俺の近くに来て、銀色の瞳を輝かせながら、


「……もうじき戦いとなるが、よろしく頼む」

「あ、はい、こちらこそ」


 女性の声だったが、挨拶されるとは、意外だ。

 〝輝けるサセルエル〟を持つ【白鯨の血長耳】のレザライサも最上段に上がってきた。

 

 すると、


「ご主人様――」

「「シュウヤ様――」」

「あちきのデュラート・シュウヤさまぁぁぁ」

「シュウヤ様~~」


 ヴィーネたちも来た。

 背後のクナと【剣団ガルオム】の方々がいる所に合流している。

 魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスは目立つ。

 

 手を振ろうかと思ったが、


「では、出場者の方々が上昇後、フクロラウド・サセルエル様から挨拶がありますので、ここからは暫しの休戦です。もう戦わないようにお願いします。行きます――」


 パンッと音が鳴ると、足下が地響きを立てる――。

 一気に中央昇降台が上昇を始めた。

続きは明日を予定。短いかもしれない

HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。18」発売中。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レザライサ達も来てたか。シュウヤ達の騒動の裏でも動いてたりしたかな。 [気になる点] 「黒髪の魔界九槍卿でもあるのか【天凜の月】の盟主は……」 師匠が八槍卿で、九人目だからシュウヤが九槍卿…
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