九百十六話 夕べの陽に子孫を愛す
2022/03/10 17:29 修正
夕陽が目立つ。玄智の森にも宇宙があることが不思議だ。
そして、俺たちが攻城兵器を下りても鬼魔人と仙妖魔たちは勝利を祝い続けている。
そんな勝利の祝いから逸早く抜けて近付いてきたのは、魔将オオクワの副官ディエ。
ディエは、二剣、棍棒、長柄などの武器を色々と扱えるようだ。万能型か。
続いてザンクワ、ド・ラグネス、ヘイバト、ガマジハルも寄ってきた。
すると他の兵士たちも騒ぐのを止めて整列を始める。
訓練された軍隊って印象だ。傍にいるイゾルデが感心したような表情を浮かべて、
「夕陽の黄昏を浴びている兵士たちを見ていると、我らが勝ったと実感できる」
「あぁ、勝ったさ。イゾルデの望みも、もうすぐだ」
「ふふ。神界セウロス……我の故郷……」
微笑むイゾルデは、片方の目から一粒の涙を零す。
そんな涙を隠すように片手で涙を拭くイゾルデは、
「……しかし、魔族たちを率いる立場になるとは思わなんだ」
イゾルデの言葉にエンビヤたちが頷くと、
「ふふ、何かそわそわして、心が躍ります」
「はい」
喜ぶエンビヤとクレハが可愛い。ダンも笑顔だ。皆の役に立てたことが凄く嬉しい。
が、まだ喜びを噛みしめるのは早い。まずは副官ディエに、
「ディエ、魔界騎士ド・ラグネスから話は聞いたようだな」
と告げた。ディエは頷いて、ド・ラグネスと視線を交えてから、
「……彼は頼もしい味方。しかし、まだ完全に信じてはいません。その能力と現状の結果から、今の行為は信じますが……」
ディエは勇気がある。
強面のド・ラグネスに、面と向かってはっきりと信じていないと言うとは。
ド・ラグネスは頷いた。当然といった顔つき。
そのド・ラグネスからディエに視線を向けてから、
「つい先ほどまで敵の傭兵だった存在が魔界騎士ド・ラグネスだ。ディエが信じられないのも分かる。しかし、もうド・ラグネスは鬼魔人と仙妖魔には重要な仲間だぞ」
魔将オオクワと同じ要となる器だろう。
「はい、敵を倒した以上はある程度は信じられます。しかし、心情は読み取れませんから、すみませんが」
「構わぬ。我はシュウヤ様に信服した。シュウヤ様がお前たちを信じているなら、お前たちが信じずとも、我はお前たちを信じよう」
「ブルルルゥ」
ド・ラグネスの言葉にマバペインが荒い息で応える。
思わず笑顔で巨大な鹿のマバペインを見た。
「魔将オオクワにもド・ラグネスが俺の配下になったと伝えてくれ。鬼魔人と仙妖魔の強い味方だと。そして、射手も捕虜にした。名はアラ」
「……ド・ラグネスの件は受け入れる者も多いかと思いますが……その射手は……」
ディエはアラを睨む。
スナイパーが敵に捕まったらただでは済まないのはどの世界でも道理か。
普通の歩兵と違い、安全圏から引き金を引く存在は同情されない。
「アラの命は俺が預かった。手出し無用」
ディエはアラを睨み続けていたが、溜め息。
そして、
「分かりました。では早速――」
踵を返し、皆に向けて、
「皆、閣下の話は聞いたな? ド・ラグネスとアラは此方側、もう仲間だ。許せない者もいると思うが、我らの立場、今の状況、今後のことを考えろ!」
「「「「はい!」」」」
「そして、アラに手を出した者はシュウヤ様に命を奪われることになるだろう。肝に銘じておけ!」
「「「「はい!」」」」
副官として立派に語るディエは頷いた。
振り返ってから敬礼したディエは、
「皆も自分たちの状況を理解している強者たち。その皆が信じているシュウヤ様……偉大な導きし者の行為と言葉を信じます」
「分かった。俺もディエたちの自制心を信じよう」
ディエは誇り顔。
いい面だ。美形や女性である前に、一人の将官として信じられる。
そのディエは、
「オオクワ様にも伝令を飛ばしてあります」
「了解。そこの鬼魔人傷場の管理は暫し、オオクワとディエに任せよう。ザンクワたちもいいな?」
「はい」
この場にいる皆に向けて、
「いずれは鬼魔人傷場を消すことになる。だから、魔族の皆はできるだけ早く魔界セブドラに帰還したほうが良いだろう」
「「「「はッ」」」」
少しざわついた。
武将のように左右に並ぶ独鈷コユリ、カップアン、イゾルデ、エンビヤ、クレハ、ダンに向けて、
「これから白炎鏡の欠片の獲得に向けて動くとして、その前に、ノラキ師兄へ俺たちの状況を伝えておく」
「了解、当然だ」
「「はい」」
「うむ」
「承知したよ、ノラキの坊主も役に立っているようだねぇ」
皆の顔色を見ながら黒独鈷に魔力を込めた。
『ノラキ師兄、鬼魔砦の鬼魔人と仙妖魔たちと合流した俺たちは、魔界王子ライランの軍隊を鬼魔人傷場の周囲の戦場で撃破しました。鬼魔人傷場と鬼魔砦を、玄智の森の勢力が確保したと言える状況です。この状況をホウシン師匠と武仙砦の総督に伝えてください。更に、独鈷コユリと零八小隊の副隊長カップアンも共に戦いました』
『独鈷コユリに武仙砦からも魔族側に与した人材が出撃したことは驚きだが、嬉しい報告だ。そして、状況は了解した。で、これからシュウヤはどうするんだ?』
『白炎鏡の欠片の獲得のために白王院に向かいます。しかし、会合は延期されたようですが、その理由は掴めていますか?』
『分からないが、それがどうもオカシイんだ。特別な料理を振る舞うから、直ぐにでも武王院と白王院の学院長だけで、特別な会合をカソビの街の黄金遊郭で行いましょう。と、先ほど、また白王院側から連絡があったんだ。伝令の仕方も不自然で、今までと作法が異なった。ホウシン師匠は『好機』と発言し、すぐに了承したが……』
『罠だとしても、ホウシン師匠をわざわざ嵌める理由が不透明ですね』
『そうなんだ。魔界王子ライランの眷属が倒された今となってはな』
たしかに、多少の諍いはあると思うが……。
白王院にとっても、玄智の森が神界セウロスに戻ることは大義だろう。
『……そうですね。武王院のホウシン師匠が、ゲンショウ師叔には重要な存在で、『良い仲の小さい諍い』の範疇だと思いますが……』
『あぁ、たぶんな。シュウヤのことは伝えてある。水神アクレシス様の化身のような存在が玄智の森のために活動しているとな。だからこそ、のらりくらりと、ゲンショウ師叔らしくない……普通は、シュウヤに協力することが俺たち玄智の森に住まう者たちの使命だと考える』
ゲンショウ師叔は普通ではない? ヒタゾウこと、ウサタカのこともあるから……きなくさいか。そのことは言わず、もう一つの可能性を、
『……今から伝えることは単なる予想ですが、よろしいでしょうか』
『いいぞ、聞かせろ』
『はい。鬼魔人と仙妖魔の洗脳が解けた以上、玄智の森にいる魔族は仙武人と無駄な争いは避けると思いますが……白王院のゲンショウ師叔にわざわざ絡みにいく鬼魔人や仙妖魔がいた? その魔族の影響を受けたゲンショウ師叔は操られて、ホウシン師匠を罠に嵌めようと画策中? ま、これは少しぶっとんでますね、すみません』
『はは、分からんぞ。が、ゲンショウ師叔も一つの仙境を率いる長老で学院長だ、強い。そう簡単に鬼魔人や仙妖魔に負けるわけがない。洗脳を受けてしまう柔な存在でもない。魔界王子ライランの眷属アドオミを超える存在も考え難い。更に『火で火は消えぬ』を知る方。頭も良いはずなんだ……ホウシン師匠は『喬木は風に折らる』と仰っていたが、俺にはその意味は分からん』
少し間が空く。ゲンショウ師叔は穏便な方法を選択できる賢人でもあるが、ホウシン師匠に嫉妬している?
それが本当なら、男の嫉妬を元にした諍い?
あまり考えたくないが……。
すると、
『で、シュウヤは白王院の敷地に無断で侵入するつもりか?』
『はい。鬼羅仙洞窟に潜入した際に使用した<無影歩>があります。その<無影歩>なら白王院の優秀な師範や院生たちに気取られず探索は可能なはず。しかし、<無影歩>を用いた侵入は最終手段。会合があるなら会合に俺も出席したいです。人数制限などはないんですよね』
『ない』
『はい、では、出席したいですが、ホウシン師匠から許可は出ますか?』
『出るというか、出席してほしいだろう。魔界王子ライランの眷属アドオミを倒した存在がその場に居れば、交渉もスムーズに進む。今、ちょいとホウシン師匠に話をする』
少し待つと、
『了承をもらえた。シュウヤが来るなら楽しみじゃ。そして、良く戦ったな、わしの誇りじゃ。と仰った』
『そうですか。ホウシン師匠が喜んでくれて嬉しい。そして、ゲンショウ師叔に冥々ノ享禄と玄樹の珠智鐘を見せましょう』
『おうよ。二つの秘宝を見たら師叔も納得するはずだ。頭を垂れる勢いだろう。が、どうもなぁ……普通なら、水神アクレシス様と繋がりが深い存在が玄智の森の皆のために動いていると知れば、白炎鏡の欠片を差し出し、大義に殉じることが自然な流れだと思うんだが……師叔なら鬼魔人や仙妖魔の変化にも気付いているだろうし……どうにもオカシイことだらけだ』
頷いた。
玄智仙境会も一枚岩ではないが、あまりにもな。
ゲンショウ師叔以外にも、白王院で何かが起きている?
そう予想しながら、
『では、先に皆で黄金遊郭に向かいます。ホウシン師匠にもよろしくお伝えください』
『了解。俺は残りの八部衆の一部と武王院の守りに備える。ホウシン師匠とソウカン師兄とモコも黄金遊郭に向かう予定だ』
『分かりました。ホウシン師匠たちにもよろしくお伝えください』
『分かった』
念話を切り、皆に向けて、
「俺たちの状況はある程度伝えた。ホウシン師匠たちは白王院のゲンショウ師叔との会合をカソビの街の黄金遊郭で行う。そこに向かおう」
皆、頷いた。すると、イゾルデが、
「我の出番だと思うが……新手がな」
「たしかに、新手の可能性は色々ある。魔界セブドラに通じているんだからな」
「そうだ。魔界王子ライラン以外の勢力の可能性もあるのかと考えていた」
そうイゾルデが発言すると、アラが頷いた。
魔界騎士ド・ラグネスも頷くが、
「魔界王子ライラン側の戦力は当分はないと愚考しますが、魔界セブドラには色々な存在がいますので、はい、その通りかと」
と発言。頷いた。
「そこは、魔将オオクワとディエとザンクワに、魔刀ヘイバトたちもいるから、皆に任せるとしようか」
「……わたしたちにお任せを――」
「お任せください――」
ディエとザンクワが片膝で地面を突いて、頭を下げてきた。
横にいたアラも「シュウヤ様に従います――」と、片膝で地面を突いて頭を下げる。
更に「シュウヤ様に忠誠を誓う――」と魔界騎士ド・ラグネスも続いた。
マバペインまで両膝を突いてきた。
頭部が地面と衝突、巨大な鹿だから地面が震動。
驚いた。まさかマバペインまで。
お利口さんな鹿ちゃんだ。
そのマバペインと皆に俺に頭を垂れる必要はない。
と喋るように、立ってもらおうと前進したら、
「「「「導きし者――」」」
「「我らの導きし者――偉大なシュウヤ様――」」
「偉大な閣下に――」
「「閣下――」」
ヘイバトとガマジハルに近くの鬼魔人と仙妖魔が片膝で地面を突くと、俺に向けて頭を垂れてきた。
途端に、背後の鬼魔人と仙妖魔の皆が片膝で地面を突いて頭を下げてきた。
一気に君主的な気分となった。
壮観だが……俺には似合わない。
ヘルメがいたら興奮していただろうな。
「皆、良く戦った。誇っていいだろう。が、俺に対してそんなに畏まる必要はない。さ、立ってくれ。そして、喜ぶのは魔界セブドラに渡り、安堵できる立場を得てからにしろ!」
「……」
「何度も言うが、俺よりも隣り合う仲間たちを尊敬しろ……大義も大事だが、大義がすべてではない。今隣にいる勝利を祝える戦友たちのためにがんばろうか! そう考えれば、どんな状況に陥ろうと希望を持って戦えるはずだ。そう、たとえ独りになったとしても、その心意気一つあれば、きっと、夕べの陽に子孫を愛すとなるまで生きられるはずだ」
「「……」」
「「「……はい!」」」」
「うぅ……俺は、俺は……」
「シュウヤ様……」
「あぁ……なんて言葉だ……涙が止まらねぇ……」
「導きし者のシュウヤ様に従う……離れると分かっていても、どんな状況でも、俺はシュウヤ様と、今の言葉を忘れない……」
「あぁ……俺もだ」
一部の魔族たちは泣いていた。
「聞こえなかったか? 立て!」
「「「「はいッ」」」」
一切にザッと立ち上がる魔族たちは胸元に手を当てた。
壮観すぎて武者震い。
皆の声が心の臓を衝く勢いだった。
期待と希望が宿る声か……心に来る質の声だ。
皆の心意気を感じながら、
「イゾルデ、龍体化を頼む。そして、アラ、お前は俺と来い」
「は、はいぃ」
なぜかアラは動揺している。思わず、エンビヤたちに視線を向ける。
エンビヤとクレアは微笑んで応えてくれた。
ダンは両腕を少し斜めに上げながら『俺に聞くな』という顔つきを浮かべていた。そんなダンに無難に笑顔を送る。
そして、ド・ラグネスに向け、
「ド・ラグネスは鬼魔砦にいる魔将オオクワと話を詰めろ。魔界セブドラ側の状況を伝えたらいいと思う。ディエとザンクワも皆を頼む」
「はい」
「シュウヤ様、お待ちしています」
ザンクワは涙目だ。
頷く。
「「「おぉぉぉぉ」」」
歓声は光魔武龍イゾルデの姿を見た味方兵士たちだ。
すると、独鈷コユリとカップアンが、
「わたしたちは一旦武仙砦に戻るよ。ノラキから総督に情報は伝わると思うが、現場を知るわたしたちの生の情報を、総督ウォーライと副総督ドンボイに聞かせたほうが良いはずさ」
頷いた。情報源は多いほど判断材料が増える。
カップアンも、
「はい。鬼魔戦場零八小隊隊長キライジャには、わたしが伝えます。鬼魔人と仙妖魔たちと無駄に争う必要はないと。わたしたちの任務も……今までの戦いから解放される。武仙砦が必要なくなることを皆に伝えたい……」
カップアンはそう語りながら、涙を流していた。
そうだよな。今まで武仙砦で、玄智の森を守るために鬼魔人と仙妖魔と戦い続けていたんだ。
それがもうじき終わるとなれば、気持ちは抑えられないだろう。
「了解した。カップアンと独鈷コユリ、武仙砦の皆にちゃんと現場の状況を伝えてくれ。そして、玄智の森から武仙砦を越えようしている鬼魔人と仙妖魔がいたら、攻撃せず、武仙砦を越えさせてやるようにしてくれると嬉しい。まぁ、いたらの話だが……」
「分かっている」
「はい」
独鈷コユリとカップアンも笑顔を浮かべて話をしてくれた。
自然と頷く。そして、
龍体イゾルデの背中に乗っていたダンとクレハを見て、傍にいたアラとエンビヤを見る。
「シュウヤ、カソビの街に行きましょう」
「おう。カソビの街にこんな形で向かうことになるとはな」
「はい。黄金遊郭で女遊びはしないでくださいね」
「し、しないから、ははは」
エンビヤからのプレッシャーが強いから、焦りながら喋ってしまった。すると、アラが目を見開き、俺を凝視してきた。
更に、龍体イゾルデが口を広げながら頭部を向けてきて、
「『……龍言語魔法を吐きたくなったぞ!』」
「ガァアヅッロガァァ? 喉が痛い」
「『ぬぬ、青龍の力を使い、青龍に変身するつもりか!』」
龍体イゾルデの口が拡がって少し怖い。
「しないから。さて、アラとエンビヤ、乗ろうか」
「はい。アラさん、一緒に」
「はい、では、シュウヤ様、お先に、お龍様に乗らせて頂きます……」
「遠慮しないでいいぞ――」
と先にイゾルデの背中に乗る。
アラとエンビヤも跳び乗ってきた。
イゾルデはすぐに上向くと、凄まじい勢いで宙空を上昇し、視界が逆さまとなる――。
「「「キャァァァ」」」
「うあぁぁ」
アラとエンビヤとクレハの悲鳴だが、可愛い悲鳴だ。
野郎のダンの悲鳴はゴツい。
夕陽がさす鬼魔人傷場が凄く綺麗だ。
が、一瞬で、戦場だった鬼魔人傷場周辺を通り過ぎた。
大河の森と呼びたくなる、絶景の玄智の森だったが――。
龍のイゾルデは凄まじい推進力の加速で前進を続けているから――。
光陰矢の如し、タイムマシンに乗っている気分で武仙砦を越えていた。
そして、もうカソビの街が見えてくる。
Gはあまり感じないが、風で髪の毛がオールバックと化している。
が、髪形なんて気にしない。
結構楽しい加速感、しかし、相棒の神獣ロロディーヌと空を駆けっこしてもらったら……。
いったいどっちが勝つかな。相棒や皆にも会ってもらいたいが……。
そんな寂しさを覚えていると、龍体イゾルデは速度を緩めた。
が、いきなりの急降下――。
カソビの街の壁際に沿うように地面の上を滑って止まる――。
続きは来週を予定。
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