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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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九百三話 鬼魔人ザンクワの真実

 ザンクワはまだ涙を流している。

 掌握察で、周囲の魔素の動きを把握しながら万仙丹丸薬を飲んだ。

 ガムを噛むような仕草をしながら、鬼魔人の気配を探る。出入り口や廊下には気配がないことを確認してからザンクワを凝視した。ザンクワの双眸が動く。

 その虹彩は擬宝珠の光源を受けて綺麗に見えた。

 瞳の反射が綺麗な黒色と黄色のツブツブ感は仙武人にはない。

 ビーサやルリゼゼ、キスマリの瞳に近い。薄い眉毛は女性らしい。

 目は丸く柔らかい印象を覚える。鼻は高い。頬と顎の骨はしっかりとしている。

 唇の色は口紅に見えるがリアルな色なのか。

 ルージュをしているような唇で襞が魅力的。

 肌の基調はアドオミと同じダークエルフのような色合い。

 しかし、<黒呪強瞑>の証拠だろう黒色と黄色と赤色の模様が刻まれていた。

 ま、その模様も芸術性があって美しい。

 肌は迫力があるが、全体的な印象は、おどおどした印象もあるし、十代の女の子に見える。

 俺がジロジロと観察しているからか彼女の視線は泳ぐ。緊張もあるか。

 ま、当然。先ほどまで命の奪い合いをしていた存在が俺だ。

 憎むべき存在の槍使いが俺だったはず。それがいきなりの大変化。

 ……普通は混乱する。しかし、ザンクワは泣いただけで、心が壊れた印象はない。

 魔界王子ライランが、ザンクワの故郷のリルドバルグを蹂躙した惨い話が本当ならば、ザンクワの心は……かなり混乱していると思うが……。

 ま、ザンクワも鬼魔人だし、精神耐性のスキルなどを持つのかな。

 そう考えていると、


「……貴方様の名はシュウヤ様?」

「そうだ。武王院の八部衆」

「他にも光魔ルシヴァルはいるのでしょうか」

「眷属が一人。後は仙武人だ」

「では、私は……」

「先ほどは警告したが、できる限りザンクワのことは守ろう。外の仲間には俺が説明する」

「ありがとうございます」

「しかし……」

「はい、私は鬼魔人。魔界セブドラ側ですからね」


 頷いた。


「魔界王子ライランやアドオミの能力で洗脳されていたと言っても通じないことが多いだろう」

「シュウヤ様のご迷惑に……」

「俺のことは気にしないでいい。鬼魔人傷場まで君を送ると語った言葉は本気だ。しかし、その間、俺の仲間も含めて仙武人たちから色々と責められる覚悟はしておけ」

「……はい」

「過去は過去と簡単に割り切れるモノではないと思うが、努力してくれ」

「……」


 ザンクワは無言で俺の瞳を凝視。その瞳は揺れている。

 微かに頷いてから自らの両手の掌を見ては、


「……わたしの手は血に染まっている」


 ザンクワは辛そうな顔となった。


「洗脳を受けていたとはいえ仙武人を数え切れないほど殺した。仲間も仙武人に殺された。そうした争いの負の螺旋は消えることはない。私は……やはり、この場で散った仲間たちと一緒に死ぬべき……いや、リルドバルグで、私は死ぬべきだった……」


 ザンクワは肩を震わせて泣き始める。

 状況を考えれば泣けるだけマシか。

 が、先ほどザンクワが語った『生きたい』という言葉だけは信じよう。


 その思いから、


「ザンクワ、そう自身を責めるな」

「あ……はい」

「責めるなら俺を責めてくれ。俺が君の仲間を殺したんだからな」

「あれは戦い故。冥々ノ享禄を盗んだのにも理由があるのでしょう?」

「そうだ」

「盗人にも三分の理という言葉を聞いたことがあります。更に言えば、シュウヤ様はアドオミたちへ手を差し伸べた」

 

 頷いた。


「……あの時にアドオミを殺せたはず」

「確かに。だが、交渉……手を差し伸べたのは無駄だったかもしれない」


 そう語ると、ザンクワは涙を拭く。

 

「無駄ではない。あの行為があるからこそ、私は貴方を信じられる……」


 そう力強く語ると、微笑を浮かべてくれた。

 少し照れを覚える。


「……なら、試したかいがあった」


 アキレス師匠に感謝しよう。

 

「ふふ、はい」


 すると、天井の穴から複数の鬼魔人の死体がぼとぼと落ちてきた。


「え?」

「ザンクワ、俺の傍に」

「あ、はい――」


 <仙玄樹・紅霞月>を意識。

 大きな死体を三日月状の魔刃が切り裂いた。

 

 血は吸収できるが――臓物シャワーは喰らいたくない。

 急ぎ<仙魔・暈繝飛動(うんげんひどう)>を発動。霧の魔力を活かすように<白炎仙手>で白炎の貫手を頭上に展開させた。


「この白炎は……白王院の秘技?」


 仙王家の秘奥義の<白炎仙手>と似たようなスキルを知っているか。

 戦いで白王院の院生が使うところを見たのか?


「白王院とも少しだけ関係があるが、俺のは、水神アクレシス様の<神水千眼>に棲む八百万の眷属と小精霊(デボンチッチ)たちに、白蛇竜大神イン様が見守る中で得たスキルだ」

「な、そ、そんなスキルを……」


 天井の穴は結構大きい。

 火柱が天井をぶち抜いた影響でできた穴……。


 <始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>に魔界王子ライランの大神像から放たれた闇の環が干渉した際に発生した火柱は凄かった。


 更に天井から地響きが響く。


「――ガァアヅッロアガァァァァァァ」


 マジかよ――。

 天井の穴の奥に光魔武龍イゾルデの姿が見えた。

 ――龍言語魔法か。

 派手に暴れろとは言ったが、これは予想外。


 光魔武龍イゾルデの金の角が、百八十度回転。

 そのまま何度も扇の形を描くように回りながら周囲の岩を削り斬る。

 更にその金の角から稲妻が迸った。

 切断された岩や切断されていない岩は雷撃を受けて溶けていく。


 龍体イゾルデの開いた口から綺麗な白銀の歯牙が見えていた。


 更に切断した真っ赤な岩だった溶けたモノを金の角が吸収――。


 穴は急激に横に拡がった。


「しゅ、シュウヤ様……あれは……龍神……」


 俺の背中で縮こまるザンクワ。


「あぁ、龍はイゾルデだ。俺の眷属だから安心しろ」

「え、龍神が、け、眷属……はい……」

「眷属のイゾルデは武人。魔界セブドラの者相手だと融通が利かない場合もある。一応覚悟しておけ」

「え……はい」


 光魔武龍イゾルデの圧倒的な姿は圧巻だ。


 地響きと震動が激しい。崩落の心配をするが、杞憂か。横に拡がった穴の縁はコンクリートの表面のように固まっていた。


 光魔武龍イゾルデの金の角が少し成長。洞窟の岩は魔力が豊富とか?

 天井の穴を拡大させた光魔武龍イゾルデは降下中に龍人へ変化を遂げる。


「わぁ……変身」


 いきなり龍から人だ、驚くのも無理はない。龍人イゾルデの背後にエンビヤ、ダン、クレハが見えた。皆、無事に着地。


「「「シュウヤ!」」」

「シュウヤ様! 鬼魔人はどこだ! そこか!」


 イゾルデは武王龍槍の穂先をザンクワに向ける。


「皆、落ち着け。背後の鬼魔人の名はザンクワだ。俺が保護した」

「なんだと!」

「どうしてです! あ、万仙丹丸薬は飲みましたか? 傷は大丈夫なようですね……」

「大丈夫だ」


 エンビヤは怒っているようだが、優しい。


「敵をかくまうなんて!」

「美形な鬼魔人か。なんとなく状況は理解した。そして、<無影歩>からの急襲を成功させたようだな?」


 ダンの冷静な言葉に頷いた。

 しかし、イゾルデ、エンビヤ、クレハは冷静ではない。

 

「皆、ザンクワの命は俺が預かった。手出し無用。そして、アドオミを倒し冥々ノ享禄を獲得した」


 竜頭金属甲(ハルホンク)を意識。


 ポケットから冥々ノ享禄を出した。


「「おおおお」」

「やった! 凄いです!」

「これで、残りは白炎鏡の欠片のみ!」


 冥々ノ享禄を仕舞う。


「冥々ノ享禄は仙武人が触れたら呪われるようだ。溶けるように朽ちるか燃えるとアドオミが言っていた」

「そんな秘宝を……」

「凄すぎる!」

「あぁ、シュウヤだからこそ奪取できた。あ、だから水神アクレシス様が直々にシュウヤに頼んだのか」

「はい……ですが、鬼魔人の女性を保護とは……どうしてなのです」

「シュウヤ……」

「ぬぬ、鬼魔人の美人だからか! シュウヤ様を、あの憎たらしい女子から救出するぞ!」


 少しおかしいイゾルデは側転しながら俺の背後に回る。


 俺は半身に移行しつつ、ザンクワを守るように右手を拡げた。


 イゾルデは武王龍槍の穂先をザンクワに向けてきた。エンビヤとクレハも正面から詰め寄ってくる。


 ダンは両手を拡げて我関せず。


 ザンクワは「あぁ……」と震えが止まらない。


「イゾルデ、武器を降ろせ。皆も落ち着け、ザンクワは大丈夫だ」

「……シュウヤ、ザンクワは仙境側に寝返った鬼魔人ということか?」


 と発言。

 ザンクワは頷いていた。


「そうなるが……」


 と呟きつつザンクワを見る。

 一方、エンビヤとクレハとイゾルデは、まだザンクワを疑っている。


「大丈夫と言われても、大丈夫とは思えないのです!」

「鬼魔人、美人だからか! 黒仮面を被っているから安心していたが、ぬかったわ!」

「しかし、鬼魔人にも美女がいるんだなぁ」

「ダン……美女がいるんだなぁ、ではないですよ……」


 怒るクレハの横顔もエンビヤに負けないぐらい素敵だ。


 小さい唇と細い顎が魅力的。


 ダンは広げていた両腕を少し上げて『What?』的な動作を繰り返す。

 そのダンは、少し笑ってから、


「皆、興奮しすぎだ。まずは素直にシュウヤの勝利を祝おう」


 と発言してくれた。

 エンビヤも落ち着いて、頷くと、俺に笑顔を見せつつ、


「あ、はい! 大勝利です」


 と発言。

 クレハとイゾルデも頷いた。


 そのイゾルデは、


「勝利は勝利だが……解せぬ……」


 と言いながら俺とザンクワのことを睨み続けてきた。が、最初に怒っていたような勢いはもうない。


 ダンはそんなイゾルデの様子を見てから半笑いで、


「しかし、シュウヤ、あらゆる意味で強者すぎる。武王院の女子だけでなく、鬼魔人の女子の心までも奪うとはなぁ?」


 冗談を飛ばしてきた。


「ふっ、またソレか。奪ってないから」

「はは、どうだか~」


 笑うダンは好青年そのもの。


 はにかむ姿は女子たちに人気が高いと分かる。


 そして、一気に空気が和む。

 イゾルデは俺を見て笑みを見せると溜め息。


 そして、武王龍槍の穂先を降ろした。


 ダンはザンクワを見ながら、


「鬼魔人と落ち着いて会話をするのは、何気に初めてだ……俺の名はダン。武王院の霊魔仙院の筆頭院生だ。よろしく頼む」

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「で、ザンクワのことが知りたい」


 ザンクワは頷く。

 俺に視線を寄越した。

 ダンたちも俺を見て頷く。


 まずは俺からザンクワの説明をするか。


「ザンクワの故郷は魔界王子ライランに蹂躙されたらしい。多数の鬼魔人と仙妖魔が、その影響で兵士にされていたようだ」

「なんだと! 故郷が蹂躙!? そんな鬼魔人たちが我らと……」

「ほぉ……だからか」

「……それが事実なら……」

「はい。今までの戦いは……」

「あ、敵の動きが急激に鈍ったのは……」


 クレハの発言に、皆は顔を見合わせる。アドオミと巨大神像を倒した瞬間かな?


「俺がアドオミを倒した影響だろう。アドオミは、魔界王子ライランの力が宿っているような巨大神像を扱っていた。だからもっと早く、アドオミを倒し、巨大神像もぶっ壊していれば、状況はもっと違ったかもしれない」


 と、ザンクワを見る。ザンクワは俺の表情を見て……。

 頭部を少し左右に振って微笑んでから、


「シュウヤ様、お気になさらず。アドオミは集団戦を得意としていた。そして、そんなアドオミと巨大神像を同時に倒したことが良かったのかもしれません。それに元々が魔界側の私たちです。吸血神ルグナドの大眷属としての立場で、アドオミと巨大神像を倒していたのなら、それはそれで結果はまた違ったかもしれませんが……もう過去のこと」

「あぁ」


 ザンクワは優し気に頷いた。そのザンクワが、


「皆様、シュウヤ様の言葉は本当です。私たち鬼魔人の言葉は信じられないかもしれませんが……」

「たしかに。しかしだ、ザンクワには悪いが信じられない」


 ダンが真顔で発言。

 ザンクワはショックを受けたように「え……」と小声で呟く。


 ダンは直ぐに『安心しろ』と語るようにニヤッとしてから、


「が、シュウヤの言葉なら信じられる」


 と発言。エンビヤも、


「正しき心を持つシュウヤ。そのシュウヤが信じるならザンクワを信じます」

「はい、信じましょう。そして、鬼魔人の降伏は初めてです。それとダン、ザンクワの反応を楽しむなんて悪趣味です」


 クレハもそう発言。

 ダンは『そんなことはしらねぇよ』といった顔付きでクレハとザンクワを見る。

 

 一方、ザンクワは見上げて俺を凝視してくると、切なそうな表情を浮かべては視線を逸らす。

 皆を見ると深呼吸を行っていた。

 息をゆっくりと整えていたが、すぐに不安そうな表情に変化。無難に笑みを送る。

 微笑みを返してくれたザンクワは、再び、皆を見てから一礼。

 そして、頭部を上げると、意を決したような表情を浮かべつつ、


「皆様、改めましてご挨拶を。私の名はザンクワ。よろしくお願いします」

「よろしく。わたしの名はクレハ。武王院の武双仙院の筆頭院生です」

「……わたしの名はエンビヤ。よろしくお願いします。武王院の八部衆です」

「はい、クレハ様とエンビヤ様」

「様はつけずともいいですよ」

「わたしも、クレハと」

「はい、エンビヤとクレハ」


 エンビヤとクレハは受け入れてくれたようだが、イゾルデは、


「……魔界セブドラの者の言葉はどうにも信じられない……」

 

 と発言。ザンクワを睨む。と、ザンクワはブルッと体が震える。

 イゾルデの龍体をもろに見ているから当然か。怯えたザンクワは俺を見てきた。

 ザンクワの怯えた瞳を見ながら……。

『お前を信じている』という意思を込めて頷いた。

 ザンクワの瞳に涙が溜まる……その瞳を微かに揺らしつつ、微かに頷いていた。

 イゾルデはザンクワを睨んだままだ。


「イゾルデ、少しザンクワに話をさせる」

「ふむ」

「ザンクワ、自分の状況の説明をもう少し頼む」

「……はい。故郷のリルドバルグは魔界セブドラの〝陰蛾平原〟と〝大いなる滅牙谷〟の左奥の窪地にあります。自然と魔宮の上等兵士が生まれでる変わった骨塚が幾つかあるところです。そのリルドバルグは、魔界王子ライランの軍勢に蹂躙された……父、母、妹、家族と親戚と全員が離れ離れに。わたしは魔界王子ライランが率いる魔族バージデランの手勢に捕まりました」

「魔族バージデラン? それは魔界王子ライランの軍勢の一つ? 他にも軍勢がいるのか」

「はい、いました」

「魔界王子ライランは、どんな種族の軍団を率いていた?」

「悪魔族、影狼獣族、牙魔族、陰蛾族など、上等兵士の大勢力です」

「ってことは、俺たちはザンクワたちをリルドバルグ人と呼ぶべきなのか?」


 皆、ダンの言葉と視線に乗るようにザンクワを注視。ザンクワは思案顔、少し間を空けてから、


「私の正確な種族名は魔族リルドバルグ……しかし、故郷の城や街は燃えて焼け野原。それに目、肌、角、腕の数の違いで名が異なります。ですので、一括りの鬼魔人でいいですよ」


 まぁ当然か。六眼キスマリの六眼トゥヴァン族。四眼ルリゼゼのシクルゼ族。

 怪夜魔族、怪魔魔族、惑星セラの地上にも魔族の血は流れている。

 エヴァ、ユイ、ミスティもそうだ。


「了解。そして、魔界王子ライランの洗脳か。リルドバルグが占領されて徴兵されたわけではないんだな」

「はい。捕まり、直ぐに靄がかかったような視界となったのですが、自然と魔界王子ライランを崇拝していた。故郷を滅ぼした憎い相手なのに……今なら分かります。魔界王子ライランに精神を操られていたと。これは……仙妖魔も同じはず。そこから鬼魔人と仙妖魔の一部、私は、長い間、偽りの記憶を植え付けられながら、魔界王子ライランを信奉し続けていたことになる」

「神威の高い術法なら強力だ」

「<精神操作>系の上位系統などもありそうです」

「<多重憑依>系などもあるだろう」

「<精神破壊>なども聞いたことがあります」

「はい。魔神級の魔界王子ライランは邪悪な諸侯の一人ですから、それら強力なスキルを超える能力を持つかもしれない」


 ザンクワの言葉に皆が頷く。ダンは、


「今も洗脳状態の時の記憶が在るのか?」


 結構酷なことを聞いている。ザンクワは瞳が散大し収縮。恐怖、怒り、絶望を瞳の動きだけで表している。可哀想なザンクワ……そのまま視線を傾けて俺を見てきた。


 微笑みつつ少し頷いた。ザンクワは、


「うぅ……はい」


 とダンに返事をした。ダンは、


「辛いことを済まん。しかし、記憶の植え付けか。なんてことだ……」

「それが本当なら……なんという悲劇……」

「許せない、魔界王子ライラン……」


 エンビヤの発言に皆が頷いた。

 クレハも怒りの表情だ。

 俺に視線を向けてくると、力強く頷いてきた。


 自然と笑みを浮かべつつ頷いた。

 『玄智の森を神界へ戻す』という想いは通じている。


 エンビヤは口を手で覆って、泣きそうな表情を浮かべていた。ザンクワの心情を考えたら、な……皆、ザンクワを凝視。

 イゾルデも悲しそうな表情のまま俺に視線を合わせてきた。

 俺は『あぁ……』と心で応えつつイゾルデに笑みを送る。

 と、イゾルデも微笑みを返してくれる。


「……俺たちの今までの戦いは、魔界王子ライランにとって、魔界セブドラの戦力を拡充するための強化の一環でしかない可能性もある」

「はい、悔しいですが……そうですね」

「玄智の森が魔界王子ライランの餌……」

「俺たち側からしたら、敵側に変わりはないが……鬼魔人と仙妖魔たちは被害者でしかない。更に、玄智の森を征服するための捨て駒兵士の可能性もある」

「はい……」


 少し間が空いた。


「現在のリルドバルグがどうなっているか気になるな」

「玄智の森ができて幾星霜と時が経っていますので……もしかしたら……」


 当然だが、ザンクワは悲観的だ。


「大地が割れるような事象を受けている可能性もあるか」

「はい……」

「しかし、影響は少なく、落ち延びた魔族リルドバルグが魔界セブドラの何処かにいるかもしれないぞ?」


 俺がそう告げると、ザンクワはパッと明るい笑顔を作る。


「もしそうなら、微かな希望です」


 前向きな言葉だ。

 その希望は先ほどザンクワが語った『生きたい』に通じる言葉。


「だからシュウヤ様は、このザンクワを見て同情したのか」


 イゾルデがそう発言。

 ダンは、


「シュウヤはザンクワの背景を一瞬で推し量ったわけか」

「ダン、そんな推量はできないさ。大技をアドオミたちにぶち込んで、複数の鬼魔人ごとアドオミを倒した直後、ザンクワにも武器を向けた」


 ザンクワを見る。


「……はい。死を覚悟しました」


 頷く。そして、


「このザンクワに対して、戦うなら戦おうと発言した俺だ」

「はい……」

「ザンクワの命を奪っていた可能性もある……だからこそ、懺悔の気持ちが強い」


 ザンクワがすべて承知して死を望み、俺に立ち向かってきたら……俺は……。


 ザンクワは、そんな俺をチラッと見ては直ぐに視線を逸らす。


「シュウヤ様……敵対している私たち鬼魔人に対して、そこまで……」


 顔に出ていたか。


「勘違いするな。俺の甘さでもある」

「は、はい……」


 ザンクワは恐縮したような表情だったが、目力は強い。

「分かっていてもな……」

「そうですね、矜持は互いにありますから」


 そんなザンクワから皆に視線を向け直し、


「……だからこそ、ザンクワに、鬼魔人傷場まで送ってやる。という口約束をした」

「理解したぜ。ったくよ、強いのにクソ優しい野郎だ……そして、鬼魔人に対して恨みのない武人シュウヤらしい発想だな……」

「シュウヤらしいです。戦いの螺旋を分かっていての言葉、深い……」


 そう話をするエンビヤは涙ぐむ。

 クレハとイゾルデは頷いて、


「ならば我も、鬼魔人傷場までザンクワに何もしないと約束しよう!」

「イゾルデ、ザンクワを守ると約束するんだな?」


 と発言しつつ視線を強めた。


 イゾルデはビクッと体を揺らして、鼻息を荒くしつつザンクワをチラッと見てから、


「ま、守る……」

「ありがとう、イゾルデ様……」


 ザンクワはそう発言。 

 イゾルデは逆にあたふたとして、


「ふふん! わ、分かれば良いのだ、鬼魔人めが!」


 と、なぜか怒る。そして、俺の横にきては小声で、


「ほ、本当にザンクワは鬼魔人で魔族なのか……?」

「当たり前だ。顔の紋様と角の数からして、どう考えても魔族だ」

「ふむ。そうだと分かるが、どうも……」


 イゾルデが数回ボソボソと呟いてから、ザンクワは礼儀正しい会釈をしつつ、


「イゾルデ様の白銀の龍の姿は圧倒的でした。素敵な龍神様に従うことができてとても光栄な想いです……」


 と褒め殺し。

 すると、イゾルデの双眸がくわっと動いては胸を張り、


「う、うむ!! ふふふ、ザンクワを守ってやる! そして、我はイゾルデ。光魔武龍イゾルデとなれる、シュウヤ様の大眷属である!」


 と調子に乗って発言。

 腕を上げてポーズを決めていた。


 巨乳さんが魅力的すぎる。


「はい――」


 ザンクワは片膝で床を突いた。

 イゾルデに忠誠を誓うようなポーズ。

 

 そのザンクワに手を差し伸べた。


「ザンクワ、もう頭を垂れる必要はない」


 俺の手を握るザンクワ。


「はい……」


 ザンクワの手は震えていた。彼女の心情を思えば当然だろう。掌の感触は女性そのもの。

 小さい肘を反対の手で持ちつつ彼女の体を引き上げた。


「――ありがとう、優しいシュウヤ様……」


 笑顔を送る。


「ぬぬ? 心がざわめく……」

「シュウヤ……」

「はい、少し嫉妬を覚えます」

 

 イゾルデ、エンビヤ、クレハがそう発言。ダンに視線を向けると、『知るかよモテ野郎』と言うようにベロを出してきた。


 中指を立てたい気分だろう。そうなる気持ちは分かる。無難に笑顔を皆に送っといた。そんな空気感を察したダンが、



「はぁ、モテモテなシュウヤさんよ、先ほど少し聞いたが、その大技を使う前後、アドオミたちとの決戦のことを詳しく聞かせてくれや」


 投げやり感がある口調だが、親しみがある言葉だ。


 面白いダンの言葉に頷いた。


 皆も注視してくる。

 ザンクワにも視線を向けた。


 胸元に両手を当てている仕種はエンビヤと似ている。


 そのザンクワを見ながら、

 

「アドオミは魔界王子ライランの巨大神像を操作しつつ、<神像力眼>というスキルで俺の<無影歩>を見破ると、<ライランの魔波動>という名の魔力の飛び道具で攻撃してきた」

「あの<無影歩>をか……」

「ここまで忍び込めた<無影歩>を」

「わたしには見えなかった。シャンフィとアドオミは見えていたようです」

「そうだ。他にもシャンフィという棒術に髑髏の波動を飛ばす強者も<無影歩>を見破ってきた」

「へぇ」

「……生意気だ」


 巨乳を持ち上げるように両手を組んでいるイゾルデが怒っている。


 怒っているが、可愛くて面白い。


 真面目な顔を意識して、


「……その戦いの最中に<始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>を使用して、鬼魔人たちの感覚を狂わせながら戦いを続けた。が、アドオミから闇の環の攻撃を受けた。その闇の環と衝突した<始まりの夕闇(ビギニング・ダスク)>は一部が崩壊し、魔線が無数に迸っては火柱も発生。その火柱は空間を貫く勢いで天井を突き抜けた」


 間を空けながら上を見た。


「穴が空いた理由。火柱か……」


 ダンの言葉に頷いた。

 天井の穴は、光魔武龍イゾルデのお陰で、更に大きな穴となっている。


「火柱発生にはそんな理由があったのですね」

「我には火柱が昇り竜に見えた! シュウヤ様の『イゾルデ! ここに突っ込んでこい!』という熱いメッセージも感じたのだ! 皆も同じであろう?」


 イゾルデらしいテンションで力強く語る。


「「「……」」」


 ダン、クレハ、エンビヤは微妙な間を空けてから互いに見合い、笑顔を浮かべてから俺をチラッと見て、少し頷く。


 ダンが、


「……地響きは凄かった。そして、火柱の影響で岩が飛んでくると、鬼魔人たちの慌てふためきようは凄まじかった」


 クレハは、


「わたしも慌てていました……イゾルデのような感覚はなかったです」


 エンビヤは、


「はい、わたしも。しかし、武威のあるイゾルデの動きは信じていましたよ。強かった」


 そう語ると俺の傍に来てくれた。

 イゾルデも頷きつつ、俺の傍にきて、


「うむ。我の背中に皆はスムーズに乗っていた」

「はい」


 すると、傍にいるザンクワが、


「シュウヤ様、発言しても?」

「おう」

「シュウヤ様に対してアドオミが使ったスキルは、たぶん、<ライランの大環闇炎落>だと思います。環は徐々に狭くなり、狭くなるごとに威力が増す。対集団における必殺技の一つ」

「へぇ」

「……アドオミやアオモギがいる中での激戦にザンクワはいたわけか……ひょっとして、紙一重だったのか?」


 ダンの言葉に頷く。


「あぁ、この場にザンクワがいないことも十分にありえただろう」


 ザンクワは、


「……はい、運が良かった。そして、シュウヤ様がアドオミを倒すまで、魔界王子ライランの声が聞こえていました。それまでは、シュウヤ様を……神界と魔界に通じた憎い槍使いとしか考えられなかった」


 <闇穿・魔壊槍>を用いた直後……悲鳴を上げて武器を落としたザンクワは魔界王子ライランの声が聞こえなくなったと語っていた。


 しかし、洗脳系はどうしても、邪神ヒュリオクスの蟲を思い出す。

 が、魔界王子ライランに洗脳されていたのなら、その段階で邪神の可能性は排除されるか。

 

 あ、その魔界versionって可能性もあるか。

 

 しかし、カレウドスコープはないからザンクワの言葉を信じるしかない。俺の<血魔力>を飲んでもらえば、闇属性が濃厚な魔界versionの蟲を溶かすことはできると思うが……。

 ザンクワ自身の光耐性が弱かったらとんでもないことになる。


 ま、ただの記憶操作や洗脳スキル系統だと、今は認識しておこうか。


 ダンは、


「アドオミが扱う魔界王子ライランの巨大神像が及ぼす影響も、ザンクワたちには影響があったと思うか?」

「はい、たぶん」


 ザンクワは肯定。

 暫し間が空く。


「最後に使ったスキルは<闇穿・魔壊槍>だ」


 壊槍グラドパルスが造り上げた一種の芸術作品にも見える傷痕に視線を向ける。皆も見た。


「だから、壁に大穴が……」


 イゾルデ、ダン、クレハ、エンビヤが<闇穿・魔壊槍>で貫いた場所に向かう。


「……魔界側の大技の一つ」

「螺旋状の巨大な物が通り抜けた跡か。凄まじい威力だな」

「削られた壁はまだ熱いです」

「……触れば火傷しそうだ」

「アドオミと複数の鬼魔人に、巨大な魔界王子ライランの像を派手にぶち抜いて、破壊、否、消し飛ばしたと言える」


 そう発言しつつ――。

 <闇穿・魔壊槍>が破壊した祭壇の右側から左側へと視線を巡らせた。


 祭壇の左側はまだ残っている。

 鬼魔人の彫像もまだ数体あった。

 魔力が宿る彫像はもしかしたらもしかする?

 

 魔力を宿した擬宝珠もあった。

 烈戒の浮遊岩の事象を思い出すなぁ。魔軍夜行ノ槍業が反応した魔人の像。


 トースン師匠から『悪愚槍譜』を学んだ地。


 『――我は魔城ルグファントの守り手が一人! うぬらのような悪神の眷属なぞには、負けはせぬ!』


 と叫んでいたトースン師匠。

 グリズベルに姿を偽装した悪神デサロビアの眷属と戦う幻想修業を展開してくれた。あの時に……。



『骨魔槍と魔氣練』

『霊迅と煌魔』

『先天魔槍勢――悪愚槍・鬼神肺把衝』


 の文字が浮いて、


『槍が来たりて、魔が来たりて、骨魔人となり、悪愚槍の『戒骨』と『霊魔』が宿る。反躬自省のまま『霊迅煌魔魂秘訣』を獲得し、『悪愚槍王門把』を得るに至り、悪愚槍の絶招に繋がる』


 などの文字も浮いてから……。

 <悪愚槍・鬼神肺把衝>を学ぶことができた。


 しかし、<魔闘骨血襲技>と<愚練烈把槍>に<悪愚骨擬刃>、<闇神式・練迅>は未だに学べていない。


「皆、回収する物があるなら回収しようか。俺はその彫像などをもらう」

「了解、鬼魔人の残骸から価値がありそうな物を頂くか」

「ザンクワ、宝物庫のような部屋はありますか」

「あ、あります。行きますか?」

「はい。残党と戦うことになるかも知れませんが……」

「わたしが矢面に立てば平気かと、それに皆様は黒仮面をお持ちです」

「あ、そうでしたね――では、シュウヤ、宝物庫の探索をしてきていいですか?」

「おう、気を付けて。俺もここに着く前に人形やら札が入った宝物庫らしきところは調べたが」

「え、あ、<無影歩>ですね」

「おう、鬼魔人たちの会話も聞いた」

「ほぉ……」


 と言いながら回収しているダン。

 クレハも回収していたが、エンビヤとイゾルデとザンクワの傍による。


「では、ザンクワ、案内を。シュウヤとダン、合流はどうしますか」

「ザンクワ、宝物庫は遠くないだろう?」

「はい」

「なら、ここの祭壇か、そこの出入り口で」

「分かりました」

「我も一緒が良いだろう」

「はい、わたしも行きます」


 クレハも廊下に出た。

 さて、ハルホンクを意識。

 竜頭金属甲(ハルホンク)が出た。


「彫像などを仕舞うことは可能か?」

「ングゥゥィィ、喰イタイ、ゾォイ」

「悪いが保管を優先だ。スキルを覚えられる可能性が大」

「ングゥゥィィ」


 そもそも最初はスキルを獲得できる夢を選んだことから始まったからな。


 一つの鬼魔人の彫像の前に移動。

 そして、竜頭金属甲(ハルホンク)を寄せると、一瞬で、鬼魔人の彫像を吸い込む竜頭金属甲(ハルホンク)


「ングゥゥィィ」

「喰ってないよな?」

「クッテナイ、ゾォイ」

「よし、どんどん行こうか」

「ングゥゥィィ」


 と、擬宝珠も吸い込ませる。

 合計三体の魔人の彫像をゲット。

 擬宝珠は一個回収して、もう一つあるが、ハルホンクに喰わせるか。


「ハルホンク、そこの擬宝珠は喰っていい。大きな丸い玉だ」

「タマタマ! ミドリノ魔力ガデテイル! 魔力アル!」

「おう、近付くぞ」

「ングゥゥィィ!」


 竜頭金属甲(ハルホンク)は、名作『ど根性ガエル』ではないが、そんな勢いで前に向かい右肩が前に出る。

 そのままショルダータックルで緑色の魔力を噴水のごとく放出していた擬宝珠と衝突。一瞬で擬宝珠を吸い込んだ竜頭金属甲(ハルホンク)は光を帯びた。


「ウマカッチャン、ゾォイ!」

「おぉ、良かったな」


 すると、ダンが寄ってくる。


「タックルを魔道具にぶちかましているのかと思ったが、ハルホンクに喰わせたのか」



 頷いて、


「彫像などは粗方仕舞った。最後のはハルホンクが食べた」

「食べたお陰で、お肌がツルツルってか。ハルホンクの輝きというか、点滅している部分もあるし、ネクタイのような物が首に出現する時もあるのか。色々と面白いな……」


 竜頭金属甲(ハルホンク)が、


「ングゥゥィィ、ピカピカ、ヒカル、ハルホンク、ゾォイ!」

 

 と言いながら艶の良い金属の肌、否、甲を輝かせるように、魔竜王の蒼眼をぐわりと回す。


「はは、本当に光ってるから面白い。そして、防護服はスマートなままか。ハルホンクの胃袋は底なしか?」


 ダンも粗方回収を終えている。

 袋をぶら下げていた。

 アイテムボックスは容量があるタイプか。


「ングゥゥィィ、底ナシ!」

「らしいが、ポケットは少し膨れていた」

「ングゥゥィィ……」

「はは、不満気だと声が小さくなるんだな」

「のようだ」

 

 と、魔素の反応を得る。

 エンビヤたちが戻ってきた。


「俺たちも廊下に出るか」

「おう」


 エンビヤたちと祭壇のある部屋の出入り口の前で合流。


「シュウヤ、宝物庫から玄智宝珠札が数千枚入った宝箱、魔剣、魔槍、魔酒瓶、棒手裏剣と手裏剣が詰まった箱、大きい十字手裏剣、手甲鉤を回収しました」

「おぉ、大量だな」

「我のカチューシャの武器と似た物があったのだ」

「手甲鉤か」

「うむ!」

「クレハとエンビヤのアイテムボックスは満杯か」

「はい」


 皆の足下に荷物がある。引きずった跡もあった。

 荷物をイゾルデの力で強引に運ぶつもりか。


「ザンクワ、案内ありがとう」

「いえ、当然です」

「他の鬼魔人はどうしている?」

「はい、それが、【鬼羅仙洞窟】の前の広場に集まっている者たちがいます」

「戦う様子か?」

「武器は持っていないのです」

「へぇ。ん? ここの洞窟は鬼羅仙洞窟というんだ」

「はい」


 鬼羅仙か……。

 <神剣・三叉法具サラテン>の三人娘の一人、羅を想起。


 鬼魔人たちと近い種族?

 羅は<瞑道・瞑水>など、多種多様な羅仙瞑道百妙技を扱う羅仙族や仙羅族の一族。羅の双眸は沙と貂とはかなり異なる。


 細かな魔線が集結したような異質さ。魔人っぽい印象もあったが……。 

 さすがに違うか。

 見た目は仙女で、三人とも女神的だったし、たまたまか。


 さて、


「外の鬼魔人たちも気になるが……ザンクワ、聞いておきたいことがある」

「はい、なんでしょう」

「ザンクワを鬼魔人傷場に送ると偉そうに語ったが、実は、その傷場に行ったことがない。そして、直ぐに行けたとしてもまだ向かわない」

「え、は、はい」

続きは明日予定。

HJノベルス様から小説「槍使いと、黒猫。17」2月19日発売予定。

コミックファイア様からコミック「槍使いと、黒猫。」1~2巻発売中。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「……あの時にアドオミを殺せたはず」 「無駄ではない。あの行為があるからこそ、私は貴方を信じられる……」 まぁ、話し合いをせずに問答無用で戦闘してたらこうはならなかったでしょうね。 鬼魔…
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