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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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887/2030

八百八十六話 霊魔院筆頭院生ダンVS武双仙院筆頭院生クレハ

2021/12/25 9:40 修正

 観客席からの歓声が凄い。

 エンビヤとイゾルデが腕を上げて応えていた。

 すると、シガラさんが、


「ノラキ、少し時間をくれ。知己を得た気分なのだ」

「またか、クレハとダンの戦いが控えていることを忘れるな?」


 魔霧にぶら下がっていたノラキ師兄は四神闘技場の外を見やる。

 滝壺の水面に浮かぶ大きな蓮に乗るクレハさんとダンは会釈。


 その二人が、


「わたしは構いません」

「俺もシガラ師範とシュウヤの話には興味がある」


 ダンは俺に向けて片腕を上げて『よぉ!』と挨拶。

 俺も片手を上げて『おう』というように挨拶を返した。


 大きな蓮は控え室的な役割か。

 またはリングサイド。

 そんな背後の蓮に乗りつつ三味線的な楽器を扱うタダツグさん。

 笛と太鼓を鳴らす院生もいた。

 

 エイコさんとメグ師範もいる。


 それらの方々と視線を交わらせるノラキ師兄。

 額の六文銭とツルピカの頭部を輝かせるノラキ師兄の眼光は鋭い。

 

 シガラさんもクレハさんを見て同じ武双仙院同士の絆があるように頷き合う。俺たちの頭上に浮いたままのノラキ師兄は腹筋を活かすように上半身を起こすと、一気に反転し、魔霧の上に磁力の力で浮いているように漂う。


 そして、


「――そうかい。それでは俺も眺めるとしよう。タダツグたちも気分が乗る曲を頼む」


 軽快な口調でそう喋った刹那――。

 ジャジャンと三味線の音が響く。

 三味線を弾き始めたタダツグさんは、太鼓持ちと笛持ちの院生とアイコンタクトしつつ足先と上半身でリズムを刻む。

 俺も自然と体が揺れる。

 

 三味線ロックバンドの静かなビートが心地いい。

 そんな三味線ロックバンドの音をバックに、目の前にいるシガラさんは、


「シュウヤ殿の槍武術の中には玄智武暁流もあったが、他にも様々な槍流派があるように見受けられた」


 頷いてから、


「俺の根幹は風槍流です」


 と発言。

 シガラさんは頷いた。


「風槍流……聞いたことがない。が、一つの槍を戦神の如く扱う槍武術が風槍流なのだと理解した。凄い槍流派だと思う」


 アキレス師匠の風槍流を褒めてくれた。

 嬉しい。ラ・ケラーダの思いを得ながら、


「ありがとうございます」


 シガラさんは笑顔を浮かべて、


「ふ、シュウヤ殿が武魂棍の儀で叩き出した諾尊風槍や仙極神槍の仙値魔力の位に強く納得を得ましたぞ……そこから推測すると、シュウヤ殿は風属性持ちなのか?」


 普通はそう考えるか。

 風槍流のアキレス師匠の持つ属性は風属性だった。


 一度、アキレス師匠が<仙魔術>を見せてくれた時、風を生み出していた。姿も自然の背景に溶け込むように存在感が薄まっていたなぁ。


 風属性を持つアキレス師匠は羨ましく見えた。

 そして、格好良くて大切な方がアキレス師匠だ。


 アキレス師匠の立ち居振る舞いを考えつつ、


「風属性はないんです。その風属性に憧れはありますが。だから武魂棍が叩き出した仙値魔力の諾尊風槍の位は、おそらく、俺の魔力や称号に風槍流の技術を武魂棍が察知したからではないでしょうか」


 シガラさんは頷きつつ、


「そうだったのか。戦神ヴァイス様や風神セード様の魔力を纏ったように移動する歩法は<魔闘術>の熟練度の高さ故か……」


 そう発言。

 頷いて、両手を開くジェスチャーをしながら、


「炎仙槍、雷仙槍という仙値魔力の位も表示されましたが、俺には火と雷の属性はありません。が、とある方法を使い利用ができたりします」

「ほぉ……とあるか……」


 シガラさんは俺が握る無名無礼の魔槍を凝視。


「あ、この無名無礼の魔槍ではないです。この墨の炎は無名無礼の魔槍の自然な効果」

「自然に墨汁で描かれた燃えるような絵が、不思議な機動だな。柄と穂先もシンプルだが渋い……そして、柄の魔法文字は使い手に恩恵を齎す<霊陣>、<霊迅>、<魔印>、<鳳鳴>か?」


 シガラさんは俺の得物、無名無礼の魔槍を凝視。

 無名無礼の魔槍は……元々は無属性の皇級魔法書。


「柄に刻まれた文字には意味があります。が、まだどんな効果が眠っているのかは不明です」

 

 柄の文字……。


「ほぅ……」


 ――無名無礼。


 天下八槍八翔槍、桜花鷹揚、義紫苜蓿、無名無礼。

 天下御免ノ槍商売、ナナシノ権兵衛、無名無礼トハ俺様ヨ――。


 と、刻まれてある。


 ナナシは遙か昔は<グンダルンの神紋の系譜>を持つオーク系魔人ナナシ・グル・グンダルンだった。そんなナナシが魂ごとスキル化した魔槍が、無名無礼の魔槍。


 正直にその話をしたら、エンビヤたちに話をした時のように仰天ニュースとなることはうけあい。


 更に【塔烈中立都市セナアプア】の【ローグアサシン連盟】に加盟している豪商五指の一人、サキアグル・レタンチネスから買った魔法書が変化した魔槍といっても信じられないだろう。


 ここでは、観客に色々な視線があるから避けておくか。


「俺だから扱える魔槍です」


 シガラさんは頷いて更に俺に寄る。

 眉目秀麗な中年さんだが、野郎の顎髭はあまり近くで見たくない。

 そのシガラさんに、


「シガラさんも強かった。<白炎仙拳(はくえんせんけん)>が右腕ごと斬られるとは思ってもみなかったです」


 体を<白炎仙拳>の部分でビクッと揺らしたシガラさんはメグ師範に視線を送りつつ、


「……あれが<白炎仙拳>か。驚きを覚える……そして、仙値魔力の位の白炎仙……実は白王院出身だったりするのか?」

「違います。水神アクレシス様の加護がありますから」


 シガラさんは俺の言葉を聞きつつも、メグ師範を凝視。

 端の蓮の上に佇むメグ師範は無言。

 否、俺を睨むように凝視中。

 当然の疑問だ。

 ステータスに、※仙技系の戦闘職業は数多あれ、水神アクレシスの<神水千眼>に棲む八百万の眷属たちに加え、小精霊(デボンチッチ)たちを通し、視界を共有する水神アクレシスの親戚の白蛇竜大神インが見守る中、【白炎王山】に住まう仙王家の秘奥義<白炎仙手>を獲得するという条件を満たした者は他にいない※


 とあったからな。


 シガラさんは、俺に視線を向け直して、


「……そうだった。注連縄を腰に巻く子精霊(デボンチッチ)もいる。だからこその<白炎仙拳>か。あの時は……」


 シガラさんは納得顔のまま俺を凝視。

 シガラさんの双眸には魔力が宿っている。

 魔力の流れを見る魔察眼?

 それとも鑑定眼?

 

 その魔眼のような力を使用しているシガラさんは、


「シュウヤ殿が<白炎仙拳>を使う前を思い出すと……」


 と語る。

 先手はシガラさんだった。


「……シガラさんは連続した斬撃スキルを使っていました」


 俺は後の先を自然と実行した故の動き。


「そうだ。私に先手を譲ってきたシュウヤ殿に、少し矜持が傷付いたが、<戦境・蛙斬り>と<仙武・風惑斬り>からの<武王・双剣連突>を繰り出したが、物の見事に一つの槍だけで捌かれて、シュウヤ殿の気概を理解した……」


 シガラさんがそう語る。

 少し元気がないようなニュアンスだ。


「……わたしはその時、嬉しさと悔しさが同居していた。更に虚を突いたつもりが逆に虚を突かれ、風牙キジと鉄火ハジの防御も通用せず、驚きのまま後退していた……必殺に近い<白炎仙拳>の右腕を囮にした……虚を活かす戦術は実に見事であった」


 咄嗟の判断故だが、頷いた。

 そして、


「……虚を活かし、虚を作る」


 と語る。シガラさんは俺の言葉を聞いて、目がくわっと拡がると、


「言い得て妙! 虚に乗ずるか」


 そう嬉しそうに語る武人としてのシガラさんと見つめ合う。

 暫し間が空いてから俺は両手を拡げて、


「はい。俺は光魔ルシヴァルですから、不死系の回復能力を活かした戦術の一つです」


 シガラさんは微笑むと、

 

「回復能力の高い仙武人や鬼魔人と戦った経験から、自らの体を囮にする戦術はよく分かっているつもりだったが……シュウヤ殿の風槍流に玄智武暁流と高い再生能力を混合させた戦術は、私の想像を遙かに超えたものだった……」


 シガラさんは見事な腹筋を晒すような姿勢となった。

 その腹の傷はもう癒えている。


 観客席の中から女性の金切り声が響く。


 腹筋の表面には、かさぶたのようなモノが残っていた。

 しかし、見事な回復能力だ。そのシガラさんに向け、

 

「シガラさんも不死系の種族能力、もしくは回復スキルがあるのでしょうか」

「あると言えばある」

「おぉ!」

「名は<玄智緩解>、<玄智健康>。それらのスキル以外にも、<闘気玄装(とうきげんそう)>は魔技(まぎ)三種と連携度が高い」

「なるほど、(おの)ずと回復能力が高まる」


 渋いシガラさんは頷いた。


「そうだ。<魔闘術(まとうじゅつ)>、<導魔術(どうまじゅつ)>、<仙魔術(せんまじゅつ)>の練度が高まるほど使い手の回復力も高まる」


 納得だ。


「シュウヤ殿の血の龍の閃突を腹に浴びた傷も……メアル、皆の回復スキル、丸薬、サデュラの葉が無くとも、回復していたはずだ」


 と、腹の表面にあるかさぶたを指の腹で落としていた。

 ちんちんと下腹部から連なる毛の一部が見えたりしたが、見たくなかった。


 そのことは言わず、


「メアルさんの態度を見るに、そうは思えないですが」

「メアルは……その、すまんな」


 と言いよどむ。

 頬が朱色に染まって、少し恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

 

 観客席の中からファンらしき院生の声が響く。


 メアルさんはシガラさんの恋人さんか。

 俺はシガラさんを派手に倒してしまった。


 メアルさんの、俺に向ける態度と視線にも頷ける。


 自然と美人さんのエンビヤとイゾルデを見た。二人は微笑んでくれた。


 ふぅ……。

 すると、シガラさんが、


「それに、ここは四神柱を有した闘技場。床を構成する極黒仙鋼岩はただの黒仙鋼ではなく、神々の血肉が混じっているという噂もある。更に、周囲は玄智聖水が溜まっている滝壺だ。この場にいるだけでも、私たち仙武人の回復能力は高まるとされている」


 だからこその四神闘技場か。


「納得です」

「あぁ、だからこそ皆本気で闘える」


 笑顔のシガラさんはそう語る。

 思わずイゾルデに視線を向けた。

 イゾルデは頷くと、


「仙武人なら回復はしやすいだろう。龍神でさえ、この玄智聖水を利用したのだからな」


 頷いてからシガラさんに向けて、


「しかし、<闘気玄装>はまだまだです」

「それは些か自戒の念が強い。今のシュウヤ殿の<闘気玄装>は他の院生からは高度に見えるはず」

「それは……」

 

 俺が言い淀むと、シガラさんは頷いて、


「はは、すまん。シュウヤ殿が何を言わんとするかは理解しているつもりだ。シュウヤ殿は<闘気玄装>の質のことを気にしているのだろう?」

「どうもです。はい、その通り。シガラさんは高度な魔察眼系の技術をお持ちのようだ」

「魔察眼系の技術ではなく、スキル。名は<仙宗眼>」


 片目の瞳に薄らと魔印のような梵字が浮かんでいる。


「<仙宗眼>……」

「はい。シュウヤ殿の体を巡る経脈が無数に枝分かれしていることを戦闘中に把握していた」

「なるほど」


 さすがは武双仙院の師範なだけはある。

 シガラさんは話を続けた。


「戦いの最中にシュウヤ殿の経脈は不思議に変化していた。否、成長していたと言えるか……だからこそシュウヤ殿の動きを読むことは難しかった。同時に<魔闘術>の扱いが高度過ぎる故、<闘気玄装>の扱いに苦労しているんだろうと勝手に推測をしていた」


 正解だ。

 

 <魔闘術の心得>や独自の<魔闘術>系統の<水月血闘法>などを獲得している俺の<魔闘術>は、<経脈自在>と<闘気玄装>のお陰で、更に強まった……。


 体内の魔力操作をより繊細に行うことが可能となっている。


「その通り、鋭い分析力です」

「シュウヤ殿に褒められると自信が付く。しかし、シュウヤ殿の龍たちを纏ったような<魔力纏>が強まると……動きを読むことは更に困難となった。戦いながら畏怖を覚えた次第」


 畏怖か。


「恐縮です。シガラさんは武王院の防衛部隊【武双仙・鉄羅】の隊長か副隊長なんですか?」

 

 シガラさんは半歩退いて半身の姿勢に移行しつつ腕を背後に向けた。腕の先には、大太刀を背負う侍のような方がいる。


 ハルサメさんか。


「隊長は――背後の蓮で待つ武双仙院長のハルサメです」

「――そうじゃ。わしも玄智山を下りて玄智の森に出る場合がある」


 ハルサメさんの言葉にシガラさんは頷く。

 そのシガラさんは、


「私はケブロー、イスラ、クレハを率いた警邏では小隊長と呼ばれることが多いです」


 シガラさんはケブローさんとイスラさんとクレハさんに目配せ。三人とも会釈をしてくれた。


 俺もアイムフレンドリーを意識した会釈を、その三人に返した。


 すると、ノラキ師兄が、


「なぁ、興味深い話だったが、もうそろそろ退け」

「あ、そうだな」

「はい」

「良し、クレハとダンの試合を行う。客も次の試合を待っている」

「では、八部衆シュウヤ殿、楽しい戦いをありがとう」

「こちらこそ」

「魔界王子ライランの勢力との戦いには、メアルたちを連れて参加するつもりです」

「はい」


 シガラさんは千切れた衣服を整えると礼を行う――。


 俺も礼をした。

 武人としての笑顔を浮かべたシガラさんは素早く踵を返す。


「クレハ、私は観客席から見守ろう!」

「はい!」


 二槍を扱うクレハさんも美人だ。

 シガラさんは四神闘技場の端から滝壺に向けて跳躍。


 滝壺に点在中の大きな蓮の一つに片足の爪先で着地した。

 その蓮の上に着地した武双仙院のメンバーたちと声を掛け合ったシガラさんたちは、観客席のほうに駆け出していく。

 武双仙院の方々は観客席と近い滝壺側の蓮をトランポリン代わりに利用して軽々と跳躍を行い、観客席に跳び移る。



 観客席は人の体重を受けて少し揺らいでいるが、壊れることはない。

 『仙魔造・絡繰り門』の技術で作られた建物は頑丈だ。


 クレハさんの友は蓮の上に残っていた。

 

 エンビヤとイゾルデに向けて、


「じゃ、俺たちも下りよう」

「はい」


 エンビヤとイゾルデと一緒に四神闘技場から下りた。俺たちも出場者用の蓮の上に着地。


 すると、闘技場の真上に漂うノラキ師兄が、


「クレハとダン、上がれ」


 と声を掛けていた。

 その二人は「「はい!」」と声を揃えつつ反応すると、跳躍して四神闘技場に着地。


 クレハさんとダンは得物の穂先を互いに向ける。

 早速構えを取った。


 そして、ノラキ師兄が、


「それでは、クレハとダンの試合を開始する!」

「はい! ダン、いきます!」

「おう。霊魔仙院の誇りを懸ける!」


 ダンとクレハさんの勝負が始まった。

 クレハさんの得物は二槍。

 ダンの得物は大きな筆。

 

 ダンの筆の毛先はかなり太く頑丈だ。

 モンスターの毛が使われているんだろうか。

 柄は白銀色の鋼。

 柄頭にシークレットウェポンがありそうな雰囲気だ。そんな思考をした直後、いきなり、ダンは隠し技を繰り出す。


 左腕の袖が閃く。

 

 前腕と手首の表面を這う墨の紋様が宙に拡がる。その拡がった墨色の紋様はダンの体と重なると、ダンの体がブレだした。

 

 分身か。

 ダンは大きな筆を振るいつつ――。

 宙空に墨の紋様を描きながらクレハさんの二槍の突き技を筆先で器用に往なし続けていく。


 穂先と柄が衝突する度に、その衝突箇所から散る火花が激しい。


 互いの<闘気玄装>がその火花を吸収しているようにも見えた。


 強いな、ダン。

 武魂棍の儀で強そうな生徒を窘めていただけはある。


 そのダンの本体と分身の見分けは付きにくい。墨の魔力は無名無礼の魔槍の魔力と似ているが……スキル名はなんていうんだろう。

 

 分身を従えたようなダンは加速してクレハさんの側面に移動するや大きな筆を振るう。


 墨のような液体が筆先から迸る<豪閃>的なスキルか。


 その筆先ではなく柄頭がクレハさんの胴体に向かう。


 ユイと同じぐらいの大きさの胸が魅力的なクレハさんは、銅色の槍の柄を斜めに掲げた。


 ダンの<豪閃>的な薙ぎ払いの柄を見事に防ぐ。


 衝突しあう互いの柄と柄から、またも激しい火花が散った。火花が散る中、先に動いたのはダン。


 一歩、二歩、身を退きつつ、大きな筆を左の前腕で回転させながら肘辺りにまで柄を移動させる。


 その回転する大きな筆の機動が蛇が腕に蜷局を巻くようにも見える。


 その大きな筆は左腕の肘辺りで輪の防具となるように回転を強めた。


 そこから半歩前進したダンは右腕で打撃を繰り出す。


 腕が撓る機動は蛇が得物に襲い掛かる蛇拳のような動き。


 ダンの手の甲から肘の打撃がクレハさんの頭部と上半身に向かった。


 クレハさんは<刺突>を繰り出そうとしていたが、ダンの蛇拳の打撃に半身の姿勢で反応するや横回転を行った。


 細い腰と少し大きい尻も魅力的。


 クレハさんは左右に二回、三回と横回転を繰り返す。

 頬と胸元を抉るような蛇拳の連続打撃と、大きな筆による<豪閃>的な薙ぎ払いを避け続けた。


 本体のダンが、今までと違う魔力を発した。


 大きな筆先の毛先一つ一つが別々に蠢くと、それらの無数の毛先が鋭い刃となる。


 それらの無数の刃で、クレハさんの槍防御を崩す狙いか。

 

 ――ダンは気合い一閃。

 無数の刃を活かすような<刺突>系スキルを発動。


 ダンの分身も同じ行動を取る。 

 千手観音を彷彿とさせる、

 凄まじい槍衾、<刺突>の連撃を繰り出す。


 神槍ガンジスの蒼い纓が刃物と化す攻撃と女帝槍レプイレスさんの<女帝衝城>を想起。


 が、さすがに本体の背後で同じ行動を繰り返すダンの分身が持っている大きな筆先には物理攻撃能力はないようだ。


 ダンの無数の刃の槍衾を二槍で弾きまくるクレハさんも凄い。


 ダンはクレハさんよりも速く横回転を行いながら大きな筆の毛先を元の形に戻す。


 その大きな筆を振るい続けた。


 二槍で、防御から反撃の<刺突>を流れるように繰り出すクレハさんだったが――。


 ダンは、大きな筆を首の裏に通しつつ横回転を実行。


 風槍流『案山子通し』風の薙ぎ払いを繰り出す。

 

 クレハさんの脇腹にダンの振るった筆先が衝突するかと思われた。


 が、クレハさんは顔色を変えず、鋼色の槍の柄を少し傾ける。


 大きな筆先に鋼色の穂先を衝突させて、大きな筆を斜め下に強く弾いた。

 

 ――筆先は床を突く。

 と同時にクレハさんは銅色の槍で<刺突>系の反撃を行った。


 ダンは咄嗟に――。

 首を傾けヘッドスリップ――。

 頬と耳を切られたダンだったが、<刺突>を避けることに成功。


 同時に筆の柄を爪先で蹴り、柄をクレハさんに向かわせる。


 クレハさんは胸と顎を上げながら顎砕きの攻撃を避けきった。

 仰け反った感のあるクレハさんの長髪が上下に舞う。


 ダンは大きな筆を振るって、そんなクレハさんの頭部を再び狙った。


 クレハさんは姿勢を元に戻す。

 冷静に二槍を盾にするように頭上でクロスさせて待機。

 槍の柄と柄が合わさる×の中央で硬そうな筆先の<豪閃>系の攻撃を防いだ。


 クレハさんの防御の槍武術は高度だ。


 そのクレハさんは×を開放するよう両手で三角を描くように槍を振るう。


 防御から攻撃に移行。

 流れるような動作の槍武術から<刺突>系統の連続攻撃を繰り出した。


 クレハさんの二槍の柄から放出されている魔力は<闘気玄装>の他にも蒼い魔力と赤い魔力が存在した。


 ダンは守勢に回ると自身の足下から発生させていた墨色の魔力を盾代わりに利用した。


 あの影のような能力は……。

 仲間たちから聞いた【大鳥の鼻】の影使いヨミの能力を想像してしまう。


 クレハさんは盾のような墨色の魔力ごとダンの体を突き刺すように連続的な<刺突>を繰り出した。


「あれは<玄智・連刺突>です」


 エンビヤがそう指摘。


 クレアさんは<玄智・連刺突>でダンの墨色の魔力の盾を粉砕すると、ダンへの足下を掬うような水面蹴りを繰り出した。


 ダンはミニジャンプで後方に跳躍。

 クレハさんの水面蹴りを避ける。

 クレハさんは蹴り終わりの機動が速い。

 

 前傾姿勢のクレハさんは着地際のダンとの間合いを詰めていた。

 クレハさんの穂先がダンの胸元を貫くかと思われたが、ダンは大きな筆の柄を盾代わりにして穂先を受け止めていた。


 防御も上手いダン。

 柄越しに鋭い視線をクレハさんに送っている。


 ダンは端正な顔立ちだからモテるだろう。

 しかし、クレハさんの声援に比べたら声援の数は少ない。


 ダンは口が悪いから人気がない?

 そのダンが筆先から墨色の魔刃を放出するが、クレハさんは側転を行い墨色の魔刃を避けた。


 素敵な太股とお尻さんが見え隠れ――。

 エンビヤの機動が目に焼き付いているだけに、エンビヤの動きとクレハさんの動きが重なった。


「シュウヤ?」

「あ、いや、なんでもない」

「ふふ」


 傍にいるエンビヤは、俺がなにを考えていたのか悟ったような表情を浮かべている。


 少し恥ずかしい。

 エンビヤとイゾルデを見ていると、歓声が強まった。直ぐに四神闘技場に視線を戻す。

 

 反転し攻勢に出たクレハさん。

 銅色の槍を振るう。

 <豪閃>のような薙ぎ払いか。

 ダンはスウェーバックを行う。

 そのクレハさんの<豪閃>系の攻撃を見るように避けると――。


 くるくると回した大きな筆先に魔力を送る。

 すると――。


 筆先の形が変化して柄が伸びた?

 ダンは、その間合いが変化した大きな筆を握る右腕ごと槍と化すような<刺突>スキルを繰り出した。


 クレハさんは一瞬動きを止める。

 が、速やかに右手と左手が握る槍を交互に前へ出しつつ――。

 ダンの<刺突>系の筆先と柄を連続で弾きながら後退した。


 その直後――。


 クレハさんの体が両足の踵を起点にブレた。

 クレハさんは消えるような動きからダンの側面に速やかに移動する。


 二槍の構えは中段。

 巧みな二槍武術の歩法から、二槍流の真髄的な<豪閃>風の振り回しと<刺突>風の突きを連続的に繰り出す。


 一撃、二撃、三撃、四撃の穂先と柄の攻撃を大きな筆で防いだダンだったが五撃目で反応が遅れる。


 大きな筆が削れたわけではない。

 脇腹に鋼色の柄頭の打撃を喰らった。


 ダンは、たじろぐように退く。


 と、頭部を振るって強い声を発しつつ、墨色の魔力を両肩と背中から放出する。


 大きな筆を宙に放って吶喊。

 無手のダンを見たクレハさんは驚き顔。

 

 そのクレハさんは待ちの態勢か?

 ダンは迅速な下段蹴りを繰り出す。


 格闘もできるダンは無手に移行したのかと思ったが、浮いている大きな筆は<導魔術>で操作しているようだ。


 大きな筆はクレハさんの胸元に向かう。

 胸元に迫った大きな筆先を銅色の槍で払うクレハさん。


「ダンは大きな筆を浮かせて操作しているが、<導魔術>系のスキルだよな」

「はい。<影導魔>系統だと思います」


 エンビヤの言葉に頷く。

 イゾルデも「ダンは意外に強い」と発言。


 すると、観客の一部がざわつく。


「――魔能印を使ったのか! ダンめが!」


 霊魔仙院長のハマアムさんがダンに対して怒っていた。


 否、怒っているようで、怒っていない。

 ダンにはリスクが高いスキル?


 続いて、四神闘技場の周囲にある蓮に乗っていた霊魔仙院の師範ラーメリックさんと霊魔仙院の仲間たちが、必死な表情を浮かべてダンに向けて何かを伝えている。


 ダンは「構うな――」と大きな声を発しながら両腕の真上に浮いた魔印を活かすように魔力を両腕に通す。


 その瞬間――。


 前腕から朱色と墨色が混じる魔剣が伸びた。


 レベッカのジャハール的な魔剣を両腕から出現させたダンは分身を吸収しつつ加速する。


 二つの魔剣と墨色の魔力で操作する大きな筆を用いて連続的な攻撃乱舞をクレハさんに浴びせていった。

 

 ダンには<血液加速(ブラッディアクセル)>的な加速技でもある?


 二振りの魔剣の迅速な突きと払い。


 その攻撃を往なすクレハさんの背中に大きな筆が向かった。


 <導魔術>は厄介だ。

 アキレス師匠やカリィの扱う<導魔術>を思い出す。


 そして、クレハさんは肩を下げて膝で床を突く。

 クレハさんはダメージを負っていた?


 否、違った。

 クレハさんは、背中をダンに見せつつ、その背中側に鋼色の槍を回して、大きな筆の柄攻撃を、鋼色の槍の柄で見事に防ぐ。

 

 体勢がカッコいい。


 が、その防御重視のタイミングを逃さないダン。


 前傾姿勢から魔剣の逆袈裟斬りを実行。

 

 クレハさんは上半身を反らしつつ後方に跳躍して避ける。


 否、避けきれていなかった。

 クレハさんの上半身に斜めの傷が発生。シュッとここまで音が聞こえるほどの血飛沫が迸った。

 

 刹那、互いに<闘気玄装>を強めた。


 クレハさんの体に誕生したばかりの斜めの傷は瞬く間に回復を遂げる。


 凄い回復能力。

 吸血鬼(ヴァンパイア)並みだ。先ほど語り合ったシガラさんの言葉通り。


 仙武人も様々だとは思うが、<神剣・三叉法具サラテン>たちと同じ仙鼬籬(せんゆり)の森出身だしな。強い者はとことん強いだろう。


 両者の<闘気玄装>は凄まじく高レベルだと分かる。


 同時に<魔闘術>と<導魔術>と<仙魔術>も高レベルだということだ。


 切られた制服がヒラヒラと動いて少しエッチだ。

 

 そこからダンの凄まじい連続攻撃は続く。

 

 防戦一方となったクレハさんの体には無数の傷が生まれていった。


 あぁ……衣装は散り散りだ。

 丈夫そうなインナーも切断されていた。


 乳房の一部が見え隠れ。

 なんてこったいパンナコッタ!

 が、羞恥心どころではないだろう。血飛沫が激しい。


 ダン! やりすぎだ!


 女性を……。

 が、男と女の前に互いの武の誇りを懸けた勝負か。


 しかし、いかんせん俺は女性が大好きだ。だからどうしてもクレハさんを応援してしまう。

 

 が、さすがに勝負ありか?

 エンビヤとイゾルデに、


「エンビヤとイゾルデ。ダンが両腕から出した魔剣は皮膚から飛び出ているが、あれは?」

「両腕の真上に浮かぶ紋様は禁忌系のスキルだと思います。霊魔仙院で封じられていた魔界セブドラの書物を読んでいたのでしょう。あれは<魔能印・双剣ソール>……」

「双剣の魔神ソールの魔印と能力を獲得しているとは……」


 イゾルデの表情が怖い。


「禁忌に部類する大技スキル。筆頭院生ですから許可は得ていたはず」

「イゾルデ、怒って乱入は禁止だぞ。全員でファイヤープロレスリングのバトルロイヤルも楽しいかもしれないが」

「……ふぁいやーぷろまてるん? ばとるろろんが? 意味がわからんが我は怒ってはいない。敵の能力を得たことは我もあるのだ」

 

 イゾルデは冷静に語るが、ちゃんと聞き取れていない。

 

 少し面白い喋りだったイゾルデは優し気に微笑む。


 イゾルデの双眸にはヘルメのような美しさがある。

 小型の龍のカチューシャは見えない。


 その間にもクレハさんとダンは打ち合いを続けていた。


 押されて、危機一髪かと思われたクレハさんだったが、盛り返している。


 素肌の露出が多いが勇ましい姿。


 そして、いつのまにか蒼い炎を片腕に宿しつつ二槍を振るっていた。


 蒼い炎は銅色の槍の穂先にも発生していた。


 蒼い炎を宿していない槍と蒼い炎を穂先に宿す槍はクレハさんの掌と甲の間を凄まじい速度で行き交う。


 その二槍の穂先と柄でダンの魔剣の斬撃と大きな筆の攻撃を払い退けていた。


「――<魔能印・双剣ソール>敗れたり!」


 クレハさんの気合い声が俺たちにも響く。

 

 クレハさんは全身から魔力を放つ。


 そのクレハさんの気概を受けたダンは墨色の魔力をクレハさんの足下に向けつつ後退。


 ダンは魔力を多大に消費したようだ。肩を上下させて息を吐きながら、両腕から伸ばし迅速な剣術を繰り出していた二振りの魔剣を消去。


 <導魔術>で操作していた大きな筆を目の前に引き戻す。


 両手を斜めに向けてから両の掌を合わせた。


 合掌から指を組む。

 九字を切る?

 

 一方、クレハさんは足下に這い寄る影のような<導魔術>を穂先に炎を宿す槍で振り払うと、


「やらせない――」


 観客席にも届く気合い声を再び発した。


 前傾姿勢で前進。


「「クレハ、いっけぇぇぇ!!」」」

「「「クレハッ、クレハッ――」」」


 観客の院生たちのボルテージが凄まじい。


 ダンは大きな筆を浮かせたまま、フリーの手で九字の(じゅ)を唱えるような印を作りつつクレハさんから素早く逃げた。


 四神闘技場の端での移動を繰り返すダン。

 

 同時にヴィーネの<銀蝶の踊武>のような印を作り続けていた。


 両手に魔力が集中していく。


 墨色の繭のような魔力の塊を両手に生み出した。その墨色の繭を大きな筆に魔力を込める。


 大量の魔力を得た大きな筆から墨色の礫が大量に発生した。<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>のような杭刃が、ダンを追っていたクレハさんに向かう。


 そのクレハさんは体をダンに向けたまま銅色の槍を翳して真横に移動――。


 更にアイススケート選手が氷を捕らえ蹴るような両足の機動でジグザグの移動を実行。


 同時に自身に飛来する礫を、蒼い炎を灯す銅色の槍ですべて弾く。


 機動力が高く、礫を弾く槍の動きが凄い。

 勿論、加速するクレハさんに正確に向かう礫も凄い。

 

 両方ともかなり強いと分かる。

 

 クレハさんは更に魅せた。

 指と指の間を行き交う二槍の柄から放出されている魔力が糸のように見える。


 ダンとの間合いを詰めたクレハさん。

 迅速な踏み込みから掌の中で縦回転していた鋼色の槍で、ダンの大きな筆を下から叩く。

 

 <導魔術>で操作されていた大きな筆は魔力が切れたように上方に弾け跳ぶ。


 次の瞬間――。


「<武王・炎鉄穿>――」


 がら空きとなったダンの胴体に蒼い炎を灯す銅色の槍の穂先が突き刺さった。

 

 クレハさんの<刺突>系の<武王・炎鉄穿>、大技か。


 銅色の槍の穂先はダンの腹を貫通。

 蒼い炎がダンの背中から飛び出ていた。


 ダンは「グアァァ」と悲鳴を発しながら滝壺に落ちる。

 

「――勝負あり、クレハの勝利だ!」

続きは明日を予定。短い予定。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 闘気玄装。 「そうだ。<魔闘術>、<導魔術>、<仙魔術>の練度が高まるほど使い手の回復力も高まる」 ルシヴァルの再生に加えてそっちでも回復出来るのか。不死性が高まりそうですね。 所々、ク…
[気になる点] クレハとダンの闘う直前に、クレハさんの得物は2剣、とありますが、それ以降は槍である表現がされてます。
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