八百七十一話 仙王の隠韻洞
2021/11/14 15:10 15:51 修正
2021/12/14 12:51 修正
皆で水飛沫を浴びている綺麗な〝玄智山の四神闘技場〟を眺めていたが、俺は体勢を上げて、
「四神柱は気になります。ホウシン師匠、〝玄智の森闘技杯〟の予選大会はいつ行われるのでしょうか」
「来週じゃ。朱雀の月の初日。武王院の各院の道場や闘技場などで各院生たちが戦うことになる。シュウヤもそれらのいずれかの予選に出場し、勝ち抜けば四神柱に触れられるじゃろう」
来週か。この玄智の森世界にも太陽と月がある。
四季もあると思うが、ま、細かいことは後回し。
「分かりました」
「わたしもがんばります」
ホウシン師匠は頷いて、
「では仙王の隠韻洞に向かおうか」
「はい」
ホウシン師匠は頷くと身を翻した。
背中に手を回して武王院の岩畳の上を滑るように歩き、崖下へと続く階段を下りていく。
なにげない歩き方にも底が知れない武の法があった。
ホウシン師匠は実力が突出している武人だと分かる。
すると、エンビヤが、
「シュウヤ、この先は暗い道が続きます。暗視系のスキルはお有りですか?」
「ある」
「なら安心です」
頷き合ってから武王院の岩棚を歩いて、縁際に移動。
壁伝いに右下へと続く階段があった。
左は滝、その滝から降りかかる水飛沫は、上の岩棚より激しい。
右の階段と壁の一部は滝の水を長年浴びたせいか削れている部分が多い印象だ。
その階段や壁に降りかかる水飛沫を見ながら、
「仙王の隠韻洞は地底湖に通じているとか?」
「あ、はい。よく分かりますね。地底湖は仙王ノ神滝の影響もありますが、神聖な玄智聖水が天井や壁を行き交っているんです。そんな地下の仙王の隠韻洞には、水神アクレシス様の彫像と関連する石像も沢山あるんですよ」
当てずっぽうだったが、地底湖があるのか。
「凄そうな遺跡だ。しかし、仙王の名が付くのは……」
「はい。白炎王山の古代の仙王たちのお墓。また、その神界セウロスの仙鼬籬の関係者のお墓もあるようです。わたしたちの祖先のお墓でもあります」
「ますます興味深い」
そうエンビヤと会話しつつ――。
狭い幅の階段を壁伝いに下りた。
ツルツルしている面が多いから、ウォーターカッターを想起。
続いて、
※白炎の仙手使い※
※神界の〝白蛇竜大神〟を崇める【白炎王山】に住まう仙王スーウィン家に伝わる秘奥義<白炎仙手>を獲得し、竜鬼神グレートイスパルの洗礼を受けて、他にも様々な条件を達成後に獲得する希少戦闘職業の一つ※
のステータスの説明を思い出した。
が、ゴォォォンという鐘の音が響く。
驚いた。壁も振動。
壁や足下の岩階段が崩れないか心配したが、杞憂か。
「シュウヤ、心配しなくても、これは白蛇大鐘の音ですよ」
「そうなのか。大量の水音も混じっていたような……」
「あ、たしかに。そこの仙王ノ神滝の水は激しいですし、地下にも地底湖と水神アクレシス様の彫像がありますから」
「そっか」
階段を右下に進む。
と、今エンビヤが話していたように、左側は仙王ノ神滝の水が凄まじい勢いで洞穴の通路内に流入していた。
水の流れが激しいが、あれ?
俺たちが歩く岩の通路は乾いている。
不思議と滝の水の影響を受けていない。
左右に魔力のカーテンのようなモノは見えないが……不思議と足下は濡れていない。
両側に排水溝はないが水捌けは自然とされている。
中央だけが乾燥しており、自然の通路が洞穴の出入り口にまで形成されていた。
このワクワクする古代通路は非常に面白い。
「ふふ、シュウヤ、楽しそうな顔です」
「おう! 神秘的すぎる。仙王ノ神滝の水が津波のように通路内を襲っているのに、真ん中だけが乾いているから、どうにも水の動きが面白い」
俺の興奮した調子の言葉が面白かったのか、エンビヤは頷きつつ微笑んでくれた。
そのエンビヤが、
「ここは古より風神セードの地下回廊と呼ばれています。足下をよく見ると不思議な魔印が刻まれているんですよ。時々、音の力を宿した文字が浮かんでは消えるんです。それ専用の子精霊も稀に出現するんです。その音の力を宿した子精霊を見ることができれば幸運。〝玄智の森闘技杯〟で優勝できるかも? と言われています」
「へぇ」
あ、足下に風を意味する梵字があった。
卒塔婆、空、風、火、水、地の梵字を思い出す。
サンスクリット語の『ストゥーパ』、『キャカラバア』の意味でもあるんだろうか。
発心→修業→菩薩→涅槃、の言葉を連想する。
前方の出入り口の斜め上には、
『仙王の隠韻洞』
と刻まれている大きな看板が飾られてあった。
「見ての通り、この先が仙王の隠韻洞となる」
「はい」
ホウシン師匠とエンビヤと一緒に足下の乾いている風神セードの地下回廊を進む。
科学的に考えると、俺たちの空間の水素だけを弾く反磁性体的な磁界空間のような仕組みが施されてあるとか?
と、そんなことを想像しつつ――。
仙王の隠韻洞の出入り口を潜る。
一気に冷たい風が体を突き抜けた。
天井が拱構。
右に続く狭い通路は巨大な岩をくり抜いた感が強い。外とこの仙王の隠韻洞の中の空気感は、若干異なる。
気圧の差だと思うが……。
耳や頭部に柔い感覚を得た。
と、耳を右手で払うと半透明な子精霊が俺の右手に吸い付いていた。
触り心地はこんにゃく的な感触。
シリコンとか?
そして、子精霊の形は小人で人形的だが、体内の透けた血管模様がリアルすぎて少し怖い。
「え! 子精霊に触れているんですか? 珍しい……」
「あぁ、<水神の呼び声>効果かも?」
「そうかもしれません……」
子精霊の双眸はくりくりとして可愛いから安心感がある。
エンビヤが子精霊に指を伸ばすと、その子精霊は跳躍。
飛翔して離れていった。
「あぁ~、触れるかと思ったんですが……」
と、残念がるエンビヤ。
しょぼん顔と指と指を交差させる仕種が可愛い。
残念そうな表情のエンビヤは、ニコッと笑顔を見せてから身を翻す。
ホウシン師匠の背中を追い掛けた。
俺も続いた。
洞穴の天井と壁を這う水流が跳ねる。
そして、不思議と、俺達にその水がふりかかることはない。
足下も先ほどと同じく乾燥しきっている。
ここに常闇の水精霊ヘルメがいたら、
『閣下、真ん中だけ精霊ちゃんがいない! そこ以外は闇蒼霊手ヴェニューのような水精霊ちゃんがいっぱいです!』
と興奮した念話を寄越してきただろう。
子精霊も無数に飛び交っているし、天井や壁を行き交う水流は個別に跳ねている。
そんな魚にも見えた水飛沫の動きを見ているだけで、水系の妖精や精霊を身近に感じることができた。
これも<水神の呼び声>効果か。
さらに先に進むと、ホウシン師匠は、
「<光子玉>」
と、光子魚雷もとい、魔法の光球をあちこちに<投擲>――。
光子魚雷だったらここは吹き飛ぶな。
と自分にツッコミを入れつつ周囲を見ながら歩く。
<夜目>の効果を得ているから仙王の隠韻洞の様子は見えていたが……。
ホウシン師匠の丸い光源のお陰で、内部が分かりやすくなった。
仙王の隠韻洞は広い。
丸い魔法の光源にデボンチッチたちが寄った。
ホウシン師匠とエンビヤは石畳を駆けた。
俺も二人を追いかけ、広い仙王の隠韻洞を数分間駆け続けた。
するといきなり幅が狭まる。
岩の通路となった。
斜め下からジグザグに変化した地下道が続いた。
その地下道を直進。
足下以外の壁や天井は水が行き交う。
左右に石灯籠が見えた。
石灯籠を過ぎると、弧を描くように左側に螺旋する階段となる。
その階段を下りるたびに、ゴォォという振動音と水気が増してくる。
下にも滝がある?
また直線的な通路となった先に階段が見えた。
その階段をホウシン師匠とエンビヤと一緒に下りると……左斜め下の視界が一気に開けた。
左下の空間は地底湖だった。
「おぉ――」
「ふふ」
「驚いたであろう。ここが仙王の隠韻洞の中心でもある」
「はい」
驚きつつ階段を下りながら、左下の空間を注視。
楕円の地底湖を囲うように壁画がある。
左側は地底湖か。
右の岸辺を挟んだ窪んだ岩壁には大きな水神アクレシス様の彫像が彫られてある。
水神アクレシス様が抱える水瓶から大量の清水が放物線を描いて宙空へと放出されていた。
――神々しい清水。
その天井付近には白蛇と植物が絡む巨大な鐘があり、清水と激突して霧が発生していた。
あれが白蛇大鐘か、その鐘と衝突した清水はゴォォォという音を響かせながら地底湖にふり注ぐ。
仙王ノ神滝の滝の水の勢いと似て凄い迫力の水飛沫。
地底湖から逆に上昇しようとしている何匹もの龍に見えた。
地底湖から噴水、聖水が湧いてでているようにも見える。
ふと……。
逆さま視点で見たら、また違った意味のある光景になっている?
と心理学の実験の絵を想起。
水の大眷属の動植物たちの彫像もあった。
〝神仙鼬籬壁羅仙瞑道譜〟的な印象を抱く。
ここからでは見えないが、氷皇アモダルガの造形もある? 神遺物の王氷墓葎を試せば、ひょっとしたら反応するかも知れないな。
ま、近くにいかないと分からないが……。
彫像の下には、モンスターと戦い、楽器を奏でて、五穀豊穣を願い神事のために踊っているような仙剣者や仙槍者の石像も立つ。
先祖や遺族の心を慰める意味もある仙剣者や仙槍者の石像もありそうだ。
ひょっとこ面をかぶり、すててこ衣装に足袋を身に着けている仙剣者や仙槍者の石像もある。
民俗芸能の雰囲気があって面白い。
仙剣者や仙槍者、モンスターの石像は様々。
鬼霧入道ドンシャジャもいた。
角を生やした魔人タイプもいる。
それらのモンスターの石像と仙剣者や仙槍者の石像は、水神アクレシス様の彫像が彫られた岩壁の下には少ないか。
仙剣者や仙槍者の石像は向かいの地底湖の岸辺の前後に大量に並ぶ。
お地蔵さんのような姿の石像もある。
地底湖の浅い部分にもモンスターの石像や仙剣者や仙槍者の石像が並んでいる。
もしかしたら地底湖の底のほうにも仙剣者や仙槍者の石像が並んでいるんだろうか。
地底湖に降り注ぐ大量の清水を眺めてから、芸術性の高い彫像や壁画を見ながら長い階段を下りていく。
この古代遺跡について年代測定をしたらどれくらいの年月とか分かるかな。
仙剣者や仙槍者の石像を見て――。
ふと、始皇帝兵馬俑坑を思い出す。
始皇帝と言えば、始皇帝や徐福伝説は古代日本と関係があったと聞いたことがある。始皇帝が実は日本人だったなんて話もあった。そして、三国志の魏や呉が古代の日本人、大和人と関わっていたなんて歴史は覚えている。魏志倭人伝は史実として認識しているが……闇に葬られた歴史や簒奪によって歴史が歪められることは多々あるからな。タルタリア帝国などが存在したかも知れない歴史、二百年前の地層から核爆発の影響を受けた地層が出現なんて話もあったことを想起しつつ階段を下りたところで、エンビヤが、
「シュウヤ、祖先の仙剣者や仙槍者の石像に興味が?」
「あぁ、石像によって武術の構えと魔力の質が異なる。連携した武術もあるようで深い」
「ふむ。さすがじゃ。武王院の各院で学び得た構えじゃ」
頷く。ラ・ケラーダの思いだ。
「さあ、行こうか。右側の階段を上るぞ。水神アクレシス様の彫像が彫られた岩壁にシュウヤを意味するだろう碑文も刻まれておる」
「はい」
「水神アクレシス様の彫像に大眷属様などの彫像が並ぶ踊り場は訓練場であり、闘技場とも呼べる。その訓練場では滝行をしながら組み手、<玄智・明鬯組手>の修業を行うこともできる」
「分かりました。地底湖の天井の太い植物の蔦にぶら下がっている鐘は白蛇大鐘でしょうか」
「そうじゃ、植物の女神サデュラ様も関係しておる」
へぇ。植物の女神サデュラ様の太い蔦が出ている天井の根元には土もあるように見えるから、大地の神ガイア様も関係している?
そんな天井を含めた左側は奥行きが広い地底湖が大半だ。
その地底湖と白蛇大鐘を見やるホウシン師匠。
渋く格好良いホウシン師匠から直に<玄智・明鬯組手>の手ほどきを受ければ<闘気玄装>の基礎を学ぶことができるはずだ。
相性とキサラの<魔手太陰肺経>のことを考えると……。
いや、<召喚闘法>は学ぶことができたんだし、水神アクレシス様の清水もある。それに白蛇竜大神イン様の白蛇聖水インパワルの水と組み合わさっているだろう玄智聖水だ。
そして、『水到りて渠成る』という言葉もある。先の〝玄智闘法・浮雲〟の修業も初めてだったんだ。
基礎の積み重ねが大切。
きっと<闘気玄装>を学ぶことは可能なはずだ。
エンビヤの顔を見て不安を一掃してから、足下の不思議な紋様の石畳を歩いて右奥に向かう。
右側の岩壁に彫られた水神アクレシス様の彫像は、仙王の隠韻洞の天井を支えているようにも見えてきた。
今歩く石畳と隣接している岸辺に点在する仙剣者や仙槍者の像たちにも、水神アクレシス様の水瓶から放出されている清水は降りかかっている。
地底湖と、そんな仙剣者や仙槍者の像を見ながら右へと移動。
岩壁と地続きの幅広い階段を上った。
水神アクレシス様などの彫像が並ぶ踊り場は高台。
階段を上りきれば天井の白蛇大鐘や地底湖を眺望できそうだ。
階段を上る際に――。
エンビヤの魅力的な太股がチラッと見えた。
が、エロ紳士を貫く。
エンビヤの向こう側、彫像や仙剣者や仙槍者の石像をズームアップするように踊り場を兼ねた広場に上った。
ホウシン師匠とエンビヤは先に踊り場から右の岩壁のほうに走る。
水神アクレシス様の彫像の足下に移動していた。
碑文も気になるが、やはり水神アクレシス様が持つ水瓶は注視してしまう。
偉い勢いで放出されている清水――。
一部の清水は滝の如く訓練場と広場にも降りかかっていた。
高台としてテラスのように地底湖に出ている訓練場は雰囲気がある。
先の四神柱が囲う闘技場といい、水が共通項か。
宙空では子精霊たちが踊る。
盆踊りを踊る子精霊。
まさに水の神殿の神聖な訓練場って印象だ。
水飛沫の影響か子精霊が多い。
仙剣者や仙槍者スタイルで戦う子精霊。
宴会を開く子精霊。
お立ち台の上で説教を繰り返しているようなお爺さん子精霊。その説教を聞いているような赤ちゃん子精霊。
子精霊たちは衣装や姿などが微妙に異なるから面白い。
そして、懐かしさと同時に強い感動を覚えた。
水神アクレシス神殿の内部も子精霊が多かったなぁ。
エンビヤたちに近づきつつ床をチェック。
石畳は四角形。
四角の中には、水神アクレシス様と水の眷属たちの絵柄が刻まれてあった。
人を癒やすとされる周波数を意味しているだろう水や氷の結晶の形をした模様も多い。
「シュウヤ、碑文はよまんのか?」
「あ、今行きます!」
地底湖をチラッと眺めてから――。
水神アクレシス様の彫像の前に向かった。
横の壁には碑文が刻まれてある。
碑文の部分だけ銀。
不思議な岩盤だ。
その銀の枠の中には漆の色合いで碑文が、
『あの戦いで、我らの仲間は幾千万も散り果て、玄智の森も仙鼬籬の森から離れて一つの迷いの世界となったが、これもまた一つの〝セウロスに至る道〟であろう。であるからして、水神アクレシス様を信奉する証しとして、ここに彫像たちを造り上げた。その刹那、我の命は枯れたが、最期に、水神アクレシス様からお告げを授かった。それは、無碍なる水神ノ超仗者の存在が新たに生まれ出ると……その者は、水の相即仗者であり水の即仗を持つ存在なり、と。その者、水を知り闇を知り光を知る、一即多、多即一を理解する希有な者と。その水の者ならば大眷属たちの復活も夢ではないであろう、と。であるからして、仙武人よ、心して待つがいい……調和を齎す一即多、多即一を実行しえる……水鏡の槍使いの存在を……』
色々と繋がる碑文だ。
「だからホウシン師匠は……俺を見て」
「そうじゃ。あのシュウヤが現れた瞬間に、な……が、現象が現象なだけに……」
「はい」
「だからこそ、シュウヤから水の即仗の言葉を聞いて確信したのじゃ」
納得だ。
「この碑文を残し、水神アクレシス様の彫像を造り上げた方は……」
「わしらの祖先サギラ・スーウィン。仙王スーウィン家の方と考えられておる」
「はい、ここは古代の仙王たちの墓と聞きました」
「ふむ。そして、仙王槍スーウィンは……」
と、ホウシン師匠は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ言葉を濁らせた。




