八百五十一話 パムカレの<幽銀門・壱龍パルパ>と夜王の傘セイヴァルトの新能力
2021/10/02 0:48 修正
パムカレさん。
ツアンよりも年上だろう。
様々な経験を経た人物だと思う。
それだけでリスペクトだから、つい、さんと付けたが。
もうパムカレは【天凛の月】に入ったからな。さんはいらんか。
そのパムカレはカルードと似て渋い男性。
髪形は六四のツーブロックで白髪が交じる。
【天凛の月】の盟主として応えよう。
「パムカレ、あえて聞く。表は美容師集団の【髪結い床・幽銀門】は、盗賊ギルド、暗殺ギルド、護衛ギルドも兼ねているんだよな?」
「はい。色々と請け負います」
「護衛関連はペレランドラの護衛をリツが行っていたことは知っているが、暗殺依頼のことはあまり聞いていない。戦髪結い師たちが、どのように処理をしているのか、簡単に説明してくれ」
「ハッ」
とパムカレは頷き、
「暗殺依頼を受けると、わたしと当日の宿衛、処守、門番、鍵番、戦髪結い師たちが、依頼内容と報酬について協議を行います。その協議で決めた依頼と報酬額を<幽銀門・壱龍パルパ>を通じて他の戦髪結い師へと提示。その提示された依頼と報酬を戦髪結い師たちが自由に選別してから各自仕事に移るという寸法です」
へぇ、鍵番とかも【髪結い床・幽銀門】の中にいるのか。
ここには戦髪結い師たちだけを連れてきたのかな。
そして、結構沢山の暗殺依頼があるのか。
「更に、<幽銀門・壱龍パルパ>はわたしのスキル――」
パムカレは前掛けの一部に魔力を通す。
前掛けの一部がダンボールのような質感に変化した。
「ん、ただのエプロンではなかった!」
「うん」
エヴァとレベッカが興奮。
そのダンボールのような質感のモノが、折り紙的な機動で小さい門を模る。
小さい門の中は小宇宙的な異次元か?
その異次元の中からクイリングの幻影の龍が出現した。
アジア風の紙工芸の龍がペーパークラフト製の門を吸収する。
パムカレの目の前以外にも、リツ、アジン、ヒムタア、ジョー、ウビナンの左腕の真上に小型の紙工芸の龍が浮かぶ。
それらの龍は小さい口からロールペーパーを吐いた。
龍は燃えるように消える。
半透明の小さいロールペーパーは少し浮いた。
ペーパーの中に極めて小さい『【天凛の月】の盟主様、よろしくお願い致します』という共通語の文字が出現。
その文字が記された半透明なロールペーパーは消えた。
「へぇ、一種の召喚系のスクロール? 魔法の手紙を送る魔法?」
「使い魔の類い」
「喋ることが可能な使い魔を扱う存在は、盗賊ギルドの要だから」
「伝達スキルですね。わたしも前に見たことがあります」
ユイとキサラは当然って顔つきと言葉だ。
エヴァとレベッカは驚いているが、機動に驚いただけかな。
パムカレに、
「消えた龍がパルパ?」
「はい。スクロール系スキル、スクロール系召喚スキルとでも言いましょうか。パルパなどを含めて、あまり長時間形を保つことはできません。更に出力範囲も小さい。幽鬼族の血脈<幽鬼血界>がなければ使用もできないですし反応もない。読むほうも魔察眼が必須。極めて限定的です。だからこそ連絡手段に使える」
パムカレの言葉に、リツ、アジン、ヒムタア、ジョー、ウビナンは頷いた。
ウビナン以外の皆の黒を基調とした衣装に銀の小道具が映える。
ウビナンは筋肉が映える?
ズボンと銀のベルトが渋いが……。
筋肉さんが……野郎を見ても仕方ない。
……ふぅ、リツ、エヴァ、ヴィーネ、レベッカ、キサラ、ペレランドラ、ドロシー、ビーサ、相棒、銀灰猫を見てテンションを元に戻す。そして、深呼吸してからパムカレに、
「前掛けが折り紙的に変化したが、幽鬼族特有のスキルと連動する前掛けなのか?」
「そうです。わたしの一族に伝わる<幽銀門>。他にも魔力の痕跡などから魔力の追跡が可能な<喰い跡>と似たスキルも持ちます」
<喰い跡>か。
オセべリア王国の大騎士レムロナから聞いたことがあるスキルだ。
魔界の魔物、モンスターにガルブという名の存在がいることは聞いている。
「パムカレ、重要な機密である連絡手段を教えてくれてありがとう。俺たちも光魔ルシヴァルの種族特有の血文字という連絡手段を持つんだ。眷属たちならばどんなに距離が離れていても次元さえ同じなら連絡が可能となる」
「……血文字。それは素晴らしい能力」
「「「凄いッ」」」
【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】の皆が興奮していた。
「おう。で、暗殺依頼を選ぶ時は、自由にその依頼を選べるのか?」
「はい、各自得意分野があるので」
「「はい」」
「やはり、組織ごとに異なるわね。【暗部の右手】と【ロゼンの戒】の仕組みとは異なる。使い魔の鴉を使役していたエビは元気かしら……」
ユイがそう発言しつつバルコニーの外を眺めた。
ユイの瞳に夕陽が差す。眼に魔塔の群れの景色が反射して綺麗だった。
すると、クレインが、
「そうさね。【魔塔アッセルバインド】と【スィドラ精霊の抜け殻】と【テーバロンテの償い】は皆連絡手段が異なるさ」
「魔界セブドラ系は、色々な組織、個人で利用されています。嘗てのデルハウトとシュヘリアも、魔次元の紐を使い魔界セブドラの諸侯の一人、魔蛾王ゼバルに連絡していました」
ヴィーネがそう報告。
相棒の背中にデルハウトを乗せて空旅中に、そんな内容の会話があった覚えがある。
すると、クレインは、
「話を変えるが、【ロゼンの戒】には元【影翼旅団】のアルフォードがいるんだろう? 宗主は、この間カリィに協力すると言ったが、サーマリア王国に潜入するのかい?」
「いずれは、潜入するかも知れない。クレインもその時はついてくる?」
「勿論、付いていく」
クレインと共に頷いた。
サイデイルから戻った後か。
ディアとのセンティアの手を使った移動の後かな。
ま、その間に解決しているかも知れないが。
「そのカリィとレンショウですが、下界で浮遊岩と商店街の縄張りを荒らした存在と戦っていると聞いていますが、やけに長引いていますね」
キサラの発言に頷いた。
すると、ユイが、
「カリィとレンショウだけど……」
ユイは俺を見た。
「下界に行くと言っていたからな。任せる」
「うん、任せて」
ユイは神鬼・霊風を上げていた。
「下界かぁ。サイデイルの皆にお土産を渡して亜神夫婦の墓がある果樹園にも行きたい。だから下界は遠慮しとく」
「わたしはユイと共に下界に。キッカと血文字連絡をしつつ暇があれば魔塔ゲルハットの内部も探索しておきます」
ヴィーネがそう発言。
キッカとも口約束をしていたな。
頷いて、冒険者ギルドのことは言わず、
「魔塔ゲルハットの内部の探索か、ペントハウスの二階にも色々部屋があるからな」
「うん、広いわよねぇ。最上階のペントハウスにも謎がある。ふふ、二階の癒やしの寝台と癒やしの風呂場がある部屋と、魔力波動の霧部屋が良かったわ! けど、シュウヤのほうが凄かった……」
と、レベッカが俺を凝視して色っぽく語る。
「ん、シュウヤが一番」
「ぁぁ……宗主の<血魔力>は気持ちいいし、癒やされるさね。宗主は自身が気持ちよくなることよりも、わたしを気持ち良くさせようと一生懸命にイカせてくれることが、すごく嬉しかったさ……今も宗主の顔と腰の動きを思い出すと……」
語尾のタイミングでクレイン自身の腰が少しブレた。
身体能力が高まっているからエロい動きも加速している。
「ふふ、そうですね、傍にいるだけで体が火照ります。シュウヤ様は皆の体を本当に労ってくれる……幸せです」
熱っぽく語るキサラ。
そのままキサラらしくない、フラフラとした酔ったような動きで俺の横に来る。
ノースリーブの衣装を活かすように、肩のヒューイを見ながらも、俺の腕に胸を寄せてくれた。
柔らかい乳房を受けた右腕が、『おら、ぱらいそさ、いくべさ』と天国に召されるように圧迫された。
同時にキサラの温もりを感じた。
そして、<筆頭従者長>の美女たちが怪しい会話を始めてしまう。
正直照れる。
腰を振る冗談も初対面の皆の前ではできない。
黒猫と銀灰猫を見るが……。
俺の足の甲の上に両前足を乗せて座ってしまった。
クレインが俺の表情を見て察したのか、笑いながら、
「ふふ、モテモテ宗主。この魔塔ゲルハットは中層を含めて、まだまだ調べていない部屋ばかりさね。地下にはミナルザンが閉じ込められていた大魔術師ケンダーヴァルと大魔術師ミユ・アケンザが関わる隠し部屋もあったと聞くし、【幻瞑暗黒回廊】を守る魔結界主のヒカツチが管理内包された次元壁があるとも聞いている。宗主に夢中で挨拶していない」
クレインの言葉に数回頷いた。
そのクレインは、拱門と最上階の庭園を指すように腕を上げて、
「他にも、浮遊岩で行ける個別の特殊部屋も魔塔ゲルハットにはあるようだからねぇ」
皆の視線を魔塔ゲルハットに向けていた。
ここのバルコニーも広いからなぁ。
「ん、一階から中層のコアの魔霊塊テフ=カテと、最上階付近のコアの第六天霊魂ゲルハットが納まる特殊部屋もあるはず」
エヴァの言葉に頷いた。
まだ調べていないところばかり。
「エヴァも魔塔ゲルハットに残って調べるかい?」
「ん、ううん。レベッカと一緒。お土産を渡しに一旦サイデイル。キッシュ、ジョディとシェイルに、亜神夫婦のお墓にも行きたいから」
「では、わたしもサイデイルに。がんばるロターゼに会いたい」
エヴァに続いてキサラもそう発言。
「ん、先生は?」
「そうさねぇ、樹海のサイデイルに行きたいが……」
「ヴェロニカの姐さんにも挨拶したいって話していたわね」
「あぁ、ヴェロニカ、そうさね。サイデイルの女王と呼ばれているキッシュにも面会したいさ。が、ヴィーネとユイと行動を共にしよう……」
クレインはなぜか、そこで間をあけて俺を見た。
「なんだ?」
「ふ、宗主の愛さ。正直肉欲に溺れてしまう……」
そりゃすまんと、謝ったほうがいいのか?
横のキサラは数回頷いて、体を更に寄せておっぱい圧を高めてくれる。
ヒューイがそんなキサラの頬に頭部を寄せていた。
ヴィーネとレベッカの視線が段々キツクなってきたから、癒やしのキサラから離れた。
クレインは、そんな俺を見て、「ふふ」と笑うと、
「……【魔塔アッセルバインド】の会長との話もあるさ。リズもどうせカリィとレンショウと連んでいるはずだからねぇ。そのことでちょいと遅れるが、魔塔ゲルハットの調査&キッカ・マヨハルトと面会予定のヴィーネとユイに合わせるつもりさ」
そう発言。
クレイン、ヴィーネ、ユイは微笑む。
キッカとの面会を兼ねた裏ギルドの仕事か?
この凄腕の三人と敵対する存在は……。
そして、三人と戦ったら、俺も負けるかも知れないな。
臨機応変な戦いには自信があるから分からないが……。
しかし、ヘルメ、<神剣・三叉法具サラテン>、<シュレゴス・ロードの魔印>、マルア、アドゥムブラリなどを抜きにしたら倒されるかもなぁ。
「はい、裏仕事関連にユイの冒険者カードのこともあります」
「冒険者ランクAへの昇級もあるし、キッカさんの<血魔力>を活かす剣術も直にみたい」
ユイがそう発言。
すると、ペレランドラも、
「シュウヤ様、冒険者ギルドマスターの<筆頭従者長>のキッカとは、わたしも直に話をしたいです。かなり忙しいようですが……」
「あぁ」
「シュウヤ様たちが三つの浮遊岩の乱を鎮めた話ですね。本当に凄い」
ドロシーの発言だ。
皆が頷く。
色々とあったが、ディアとシウと一気に仲良くなってくれてよかった。
「え、浮遊岩の問題は解決されていたのか」
「「おぉ」」
【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】の皆がペレランドラと視線を合わせながら発言していた。
皆が感心。
すると、クレインが、
「――で、宗主」
「ん?」
「吸血鬼関連は省くとして、【天凛の月】の最大の脅威は、【闇の八巨星】グループなどと下界の連中に、城郭都市レフハーゲンの豪商五指の【ミリオン会】に【不滅タークマリア】と連動する【狂言教】の連中なんだろう?」
頷いた。
【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】の皆もクレインから情報を得る形だ。
皆、頷いていた。
そのクレインに、
「そうなる」
「サーマリア王国の【ロゼンの戒】などの軍産複合体も敵よね?」
「あ、国もあったか」
「そう。ここから逃げた元上院評議員ドイガルガとその取り巻きも関わってそうだし」
レベッカがそう発言。
クレインも数回頷いていた。
時々レベッカは鋭い意見を放つ。
皆、ネドーVSペレランドラの争いは知っているだけに、シーンとなって頷いていた。
「そうね。サーマリア王国の【ロゼンの戒】! 父さんと行動を共にしている鴉さんにも追っ手はあったから、キツイお返しがしたいところよ、あの連中……」
ユイが怒りを滲ませて語る。
カルードからはあまり委細は聞いてないが、カルード&鴉さんの新婚的な雰囲気を壊すような追っ手の攻撃があったのかな。
ユイを怒らさせたらいかんぜよ。と、鉄のヨーヨーを掲げたくなった。
そんな冗談は皆には言わず、
「……【ロゼンの戒】とも俺達は敵対する関係か」
俺がそう発言すると、パムカレが頷く。
ナミを含めた【夢取りタンモール】の面々も頷いた。
「でも、【ロゼンの戒】は父さんと鴉さんの追跡を諦めたっぽい。ホルカーバムにいる父さんから特に連絡はない。【ロゼンの戒】もロルジュ公爵筋とラスニュ侯爵筋で派閥があるし、ラスニュ侯爵は【黒薔薇の番人衆】を持つ。きっとサーマリアの王族が絡む権力争いなど、いざこざがあるんでしょう」
サーマリアの王族か。
魔族の血が濃いとか聞いている。
サーマリアには、濃厚な吸血鬼ハンターの一家もいらっしゃるから、その辺りはどうなんだろう。
「ん、サーマリア王国はオセべリア王国と戦争中でもある」
そうだった。古都市ムサカ、別名豹紋都市ムサカでの争いは酷かった。
そして、ユイと俺は、塔雷岩場の地下で、クレイン、リズ、カリィ、レンショウに遭遇したんだったな。
ヴァンパイアの十二支族の一つもいたか。
「いやーな、古都市ムサカの争いは体感済み。まだ続いているようだし、王国同士忙しいから、わたしたちに追撃はないと思う」
「そうですね。【天凛の月】は塔烈中立都市セナアプアで勢力を拡大しています」
「そうさね、三カ国が囲う深い毒沼を掘り起こして掃除中」
クレインの冗談的な言葉に笑う。
少し前にクレインが言った『毒沼を余裕で泳ぐダイヤの肌を持つクロコダイル的な商人がいたんだねぇ』といった言葉が脳裏に浮かぶ。
そこで【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】の面々を見てから、
「で、皆、話を戻すぞ?」
「「はい!」」
「うん」
「「了解」」
「ん、少し内輪の会話だった。パムカレさんと【夢取りタンモール】の皆さん、ごめんなさい」
「いえ、とんでもない!!」
パムカレがエヴァに向けてそう発言。
エヴァは少し驚いて、キョトンとした顔を俺に向けた。
【夢取りタンモール】の面々も、
「気になさらず、【天凛の月】のことを知るいい機会です。貴重な会話と分かっています」
「分かった」
エヴァは頷いてから、俺を見ると、微笑む。
そんな魔導車椅子に乗るエヴァに寄る黒豹と銀灰猫。
シルバーフィタンアス、ハウレッツ、イモリザ、黄黒猫、白黒猫は、ディアと一緒にペントハウスか?
<筆頭従者長>たちと頷き合う。
そして、パムカレに、
「パムカレ、報酬と暗殺を提示してくる依頼者は【髪結い床・幽銀門】で髪を切りたい普通の客だったりするのかな。それとも客を装った仲買人が依頼を聞いてパムカレさんたちに交渉してくるとか? どちらにせよ、噂が噂を呼んで利害関係が増えそうな印象だ」
パムカレは頷いた。
「どちらも正解です。依頼主は普通の客の場合もあります。他にも、仲買人、幇間、闇のリストの情報屋から依頼が持ち込まれることもあります」
「闇のリストか。暗黒のクナのような存在が他にもいるのか。で、幇間? 芸者、客引きのような存在か」
「幇間はその通り、芸者。そして、闇のリストの情報屋〝ミント〟は優秀です」
へぇ、初耳。
ヴィーネ、キサラ、ペレランドラに視線を向けた。
ヴィーネとキサラは頭部を左右に振るが、ペレランドラは頷いた。
そのペレランドラは、
「はい。情報屋として聞いたことがあります」
「へぇ」
上院評議員ペレランドラはさすがだ。
で、パムカレに、
「幽鬼系種族が多い大手の【幽魔の門】との関係は?」
「血脈としては、わたしも幽鬼系種族の血が入っていますから幽鬼族が多い【幽魔の門】と繋がりがあるとは言えます。しかし、組織としての【幽魔の門】とは繋がりはありません。揉めていないので、繋がりがあると他からは思われているかも知れませんが」
と、パムカレが発言。
リツ、ヒムタア、アジン、ジョー、ウビナンは頷いていた。
「そっか」
俺がそう発言すると、ウビナンは二の腕を曲げて力瘤を作る。
肉弾戦が強いと分かるが、無難にリツとアイコンタクト。
リツはエヴァのように微笑んでくれた。
そして、リツはウビナンに小声で注意していた。
ウビナンは、
「【天凛の月】の総長も、俺の施術は受けたいはず」
「そりゃそうかも知れないけど……」
「そうに決まっている! 筋肉が倍増される以外にも、手先が器用になるのだ! <槍組手>などにはない<髪式・力寝技>も学べるはずだ」
へぇ、ウビナンの施術か。
「分かったから、わたしに筋肉を向けないでよ」
周囲は、そのやりとりに笑う。
和やかな雰囲気の【髪結い床・幽銀門】の面々に、
「上界の繁華街エセル、七草ハピオン通り、天狼一刀塔、帰命頂礼通り、荒神アズラ通りは、けっこう広いと思う。その上界に拡がる縄張りのしがらみを聞いておきたい」
「はい。本店、今はもう支店ですが、【髪結い床・幽銀門】の店の地下にはカードと裏闘技の裏賭博場もありますし、闇ギルドと大商会に商会とは利害関係が多数あります。しかし、幸い盗賊ギルド大手の【幽魔の門】と繋がりがあると思われているふしもあり、大規模な争いには巻きこまれていません」
裏闘技に裏賭博場も経営していたのか。
そりゃ揉め事もあるだろうな。
「それらの暗殺ギルド関係は、俺たちも手伝えることが多いだろう」
「はい、嬉しいです」
パムカレは安堵の表情だ。
【髪結い床・幽銀門】の総長なだけに、状況が悪くなるところだったのだろうか。
【髪結い床・幽銀門】の他の面々も、
「本当に良かった」
「そうですね。わたしたちだけでは正直……【天凛の月】に入ることができて良かった」
ヒムタアがそう発言。
北欧系の美人さんだ。
リツに負けず劣らずの、素晴らしい施術があるんだろう。
すると、パムカレが、
「リツがペレランドラ様側に与していたことは仲間内でも承知済み。不利な状況だろうと仁のあるペレランドラ様に付くとわたしたちは決めていましたから。その流れから、ネドー勢力との戦いを制した【天凛の月】の存在はまさに、闇夜の灯火……でした」
そう発言。
【髪結い床・幽銀門】の総長の重い言葉に、皆が頷く。
その中でヒムタアとアジンと視線が合った。
頬が朱に染まる二人を見るとドキッとする。
が、ヴィーネに感づかれた。
ササッと視界を塞ぐように俺の横に移動してきたヴィーネ。
その彼女に微笑んでから、パムカレに、
「了解した。その暗殺ギルド関連は後に回すとして、【髪結い床・幽銀門】の支店から本店への移行はスムーズなのか? 髪結い床としての固定客などもかなりいると思うが」
「はい。スムーズに行います」
「了解した。不招請勧誘には十分に気を付けてくれ」
パムカレは胸元に手を当て頭を下げてから、頭部を上げて、
「固定客には、『新規開店する本店へと戦髪結い師たちが回ることが増える』とだけ伝えます」
と答えてくれた。
頷いた。
その総長らしいパムカレはリツと戦髪結い師たちに視線を巡らせてから、視線を俺に戻す。
そして、
「しかし、リツ、アジン、ヒムタア、ジョーは人気が高い。固定客は何も言わず、この本店についてくるはずです。同時に、固定客同士は横の繋がりが強いので、他の客も、ここに集うかも知れません」
「ペレランドラの〝一定の情報網がここに集約できる〟の発言に繋がる理由か」
「はい」
パムカレはチラッとペレランドラを見ると、
「さすがは上院評議員様……」
と呟いた。
「ふふ、様はいらないですわ。パムカレと立場は同じ、【天凛の月】の衆の一人です」
と発言すると俺を見る。
そのペレランドラの瞳には熱が籠もっていた。
すると、ヴィーネが、
「魔塔ゲルハットに商店街のようなコミュニティが生まれるのだな」
そう発言。
キサラが頷き、
「横の繋がりは拡大し続ける。魔塔ゲルハットは一種の街となる」
魔導車椅子に座っているエヴァが、
「ん、魔塔ゲルハットは広い。【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】に、ペレランドラの大商会も店として利用できる」
「うん、ザフバンの店もあるし、丁度いいと思う」
「では、【天凛の月】だけの魔塔ゲルハットではなくなる?」
「そうなるわね」
ヴィーネ、キサラ、エヴァ、レベッカ、ユイがそう発言。
階層ごとに浮遊岩の関係で詳細は異なるが、水道と魔力に換気設備も十分だ。
「ペレランドラの大商会の店が出せる形態ならば出店すればいい」
「はい。既に準備は進めていました」
「ペレランドラは魔塔を持っていたからね」
「ん、管理はお手の物?」
ペレランドラはエヴァに対して頷く。
そして、
「崩壊したわたしの魔塔よりも、この魔塔ゲルハットは大きいですが、色々な面で皆さんの役に立てるかと」
「下界でペレランドラは準備を重ねていたからねぇ」
「倉庫の確保と商会の会合の他に?」
「はい、お母様は、主資材と副資材の確保を無事に終えました」
ドロシーがそう発言、資材とは商売の準備か。
倉庫に在庫とかがあったのかな。
さて、【夢取りタンモール】のこともあるし、
「その話は暗殺ギルドの仕事と一緒に後ほど聞こう。パムカレ、仲間たちに紹介を頼む」
「はい、皆――」
「「はい!」」
パムカレと【髪結い床・幽銀門】の戦髪結い師たちは皆の近くに移動して、それぞれに挨拶。
「わたしの名はヴィーネ、よろしく」
「ん、わたしはエヴァです。前にリツさんに髪をみてもらったことがあります」
「我はキスマリ」
「「おぉぉ」」
「六眼の種族の魔族か、一度見たことがあるが……」
「魔族でも珍しいはずだ」
キスマリは頷いて、
「この地方にトゥヴァン族は少ないか、南にはシクルゼ族がいると聞いたが……」
その部族名は四眼ルリゼゼの部族。
そして、南と言えば、魔国イルハークのヴァーレーズ・ホロウを思い出す。
あの魔国の方々は四眼。
ホロウを退治する際に、メジームと部下たちから、
『顔は人族系だが、義に厚い吸血鬼。魔侠客の方なのだろう……』
そんなことを言われた。
「六眼のトゥヴァン族か……」
「知らなかった」
「魔族の者の場合、闘技関係者でもあまり会話はしないからな……」
「四眼の魔族なら見たことがあるが」
「あぁ、魔族をも受け入れるのか、【天凛の月】は……」」
「差別をしないのだろう」
と、キスマリのことで盛り上がる皆。
エヴァが、
「ん、アジュールを見たら、皆どんな反応を示すか」
「たしかに、キスマリも驚くかもね」
「いいから、自己紹介を続けろ」
「あ、うん。わたしの名はレベッカ。仲間になってくれてありがとう。友達にもなれたら嬉しいです。あと、髪薬はエヴァの効果を見て羨ましいなって思っていたんです。だからとっても嬉しい!」
快活なレベッカらしい言葉だ。
続いて、キサラがダモアヌンの魔槍を右手に出現させた。
「――キサラです。皆さんと仲間になることができて嬉しい。【天凛の月】の前に、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>の一人として歓迎します」
周囲から拍手が出る。
続いて、
「ドロシーです。リツさんから皆さんのお話は聞いています。またお母様と一緒に髪を見てもらいたいです!」
リツは頷いていた。
次はユイが、
「名はユイです。美肌効果以外にも戦闘能力が上がる髪形が気になります」
と皆挨拶していく。
俺は【夢取りタンモール】の方々を見る。
すると、ナミが前に出て、
「盟主、こちらが、【夢取りタンモール】の長のギンガサです」
「おう、ギンガサ、よろしく頼む」
「はい、わたしを含めて【夢取りタンモール】の幹部の五名、よろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」
そのタイミングでヴィーネが【髪結い床・幽銀門】の面々と挨拶を終えて傍にきた。
「【夢取りタンモール】の幹部たち。名を聞いておきたい」
「はい。ナミの紹介はいいとして、ペイジから、盟主たちにご挨拶を」
「はい」
ペイジと呼ばれたローブ姿の方が挨拶しつつ、前に出た。
ペイジは痩身の男性。
頭巾を脱いだ。
右顎の一部が削れているが薄い顎髭が渋い。
そのペイジが、鏡を出す。
「戦闘職業は<夢取鏡師>。夢取とありますが、ナミと同じく夢を望む顧客に夢を与えることも可能です」
そう発言。
続いて、ペイジの背後、背が小さい魔術師が前に出た。
雰囲気があるが左腕を失っているのか。
左側の袖が悲愴を奏でるように揺らぐ。
細い右手が持つ小さい杖を消した。
その右手で頭巾を脱ぐと、右手に手鏡を出現させた。
「わたしの名はサーモ。戦闘職業は<夢鏡言送師>です」
サーモの両目には瞳に合う大きさの魔法陣が浮かぶ。
魔眼で男性か。
続いて、サーモの右から一歩前に出た魔術師。
皆と同じく頭巾を脱ぐ。
黒人さんで、長い顎髭を持つお爺さんか。
その顎髭が特徴的なお爺さんは、
「わたしの名はマベベです。戦闘職業は<魔鏡・写り師>」
マベベも魔眼を持つ。
背中に巨大な鏡を出現させていた。
鏡の中にはマベベと瓜二つの存在が出現している。
続いて、もう一人のローブを着た人物が、頭巾を脱ぐ。
またお爺さんで、肌には鱗がある。
鱗人の魔術師お爺さんは、杖を消すと、盾のような鏡が備わる魔剣を右手に召喚。
「名はパトク。戦闘職業は<夢飲魔鏡剣師>」
鱗人のパトクは前衛もできそう。
その【夢取りタンモール】の面々に向けて、
「皆、自己紹介をありがとう。ナミから聞いているが、タンモール語の解析を行い、夢を扱える方々が【夢取りタンモール】と聞いている。俺とペレランドラは【天凛の月】の人員と魔塔ゲルハットの精神防御を頼めるのではないか? と、先ほど話し合っていた。ギンガサ、改めて説明を頼む」
「はい、精神防御も可能。まずは――」
杖を魔力で浮かせたギンガサ。
鏡を出す。
サーモが出した手鏡とは違う。
魔法の額縁のような印象だ。
そして、手首の硝子製の腕輪から大きい鏡を出した。
硝子製の腕輪には魔力が内包されているから、アイテムボックスだろう。
出現した魔法の鏡には赤い光玉が無数に浮かんでいる。
【髪結い床・幽銀門】の面々と話をしていた皆も凝視。
【夢取りタンモール】のギンガサが、自身の顎髭を触りつつ、
「この魔法の鏡の名は〝魔鏡・夢冥加〟。わたしの表の職は皆と同じく鏡研ぎ師ですが、戦闘職業は<魔破・夢取鏡師>。そういった夢関連の夢魔世界の事柄を追う組織が【夢取りタンモール】です」
「タンモールか……」
ステータスを思い出す。
※怪蟲槍武術の心得※
※すべての高水準の能力と<光神の導き>と<魔雄ノ飛動>が必須※
※王牌十字槍ヴェクサードを地面に刺すことで、<魔雄ノ飛動>に呼応した攻防一体の魔力波動が使い手から自然発動し、他武術との連動性が飛躍的に高まる。槍武術の場合は、器用と敏捷が、より強化され、槍の交換がスムーズとなる※
※怪蟲槍武術とは、蟲使いの狂戦士ヴェクサードが、巨大魔消水晶、魔白金王プレムなどで作られた王の位牌を武器とする怪狂流を源流とするオーク古代武術とタンモール語をアレアガニムの地下街で学ぶことにより、獲得できた※
※オークの狂戦士ヴェクサードは地底神キールーを崇拝するアブ・ソルンの一人と呼ばれている※
更に<火焔光背>を調べた時にもタンモール関係はあった。
※火焔光背※
※獲得条件にライヴァンの世と関わる装備品及び魂、<光の授印>、<光神の導き>、<ルシヴァルの紋章樹>、<光闇の奔流>、<怪蟲槍武術の心得>、<戦神グンダルンの昂揚>、<水神の呼び声>、<水穿>、高度な魔技三種系統、希有な魔法系戦闘職業などが必須※
※様々な魔力を吸収し燃焼力を高めることが可能であり、使い手の意識or魂or魔力を触媒とすることも可能な<火焔光背>の燃焼する魔力の炎は、物理属性、水属性、火属性、光属性、闇属性などへの性質変化が使い手の思念で可能であり、また、高度な<導魔術>や<仙魔術>などを用いて様々に応用発展が可能。特に水属性と親和性が高い※
連打して、
※無名無礼の魔槍と同時に<炎焔光背>を使い続ければ、無名無礼の魔槍に宿るナナシを、〝領袖魂兵〟のような鬼神系のスキルとして具現化できるようになるだろう。また、使えば使うほどオーク八大神に気に入られる可能性が高まる。特に鬼神キサラメが注視中※
前はここで連打を強めると、
※要塞アレアガニムの大神ライヴァンと戦神グンダルンと鬼神キサラメを奉る大戦鬼ライヴァン・グンダルン・キサラメ大神殿の大神官長ギャン・グル・ドドンは、<火焔光背>系スキル系統を獲得した者はライヴァンの世に繋がる八大神のお導きを得た狂戦士を歩む者であり、オーク八大神の戦神と鬼神が認めた証しであると、宣言したことがある※
※類似したスキル<漸漸光背>を獲得した怪狂流武王術開祖アブ・ソルン・グル・アレアガニムは、独自の武装魔霊を纏わせることを可能とし、地下世界で義気の精神の元大暴れした※
と地下とタンモール関連の情報を得ることができた。
<脳魔脊髄革命>の能力を活かすように、一瞬でステータス関連を思い出していると、
「盟主、タンモールの遺物をお持ちなので? もしお持ちなら我らなら解析が可能です」
「持つかも知れない。俺は恒久スキル<怪蟲槍武術の心得>に<光焔光背>を持つ。そして、王牌十字槍ヴェクサードと無名無礼の魔槍を持つんだ――」
魔槍杖バルドークと王牌十字槍ヴェクサードを交換。
「「おぉ」」
【夢取りタンモール】と【髪結い床・幽銀門】の面々が驚く。
続いて<召喚魔槍・無名無礼>を使用、無名無礼の魔槍を召喚。
<血想槍>で無名無礼の魔槍を浮かせた。
肩にいたヒューイが驚いて羽ばたいて、上空に移動する。
「ヒューイ、すまん」
「ピュゥゥ」
ヒューイの鳴き方は『気にすんな』だろうか。
「その魔槍がタンモールの遺物?」
「王牌十字槍ヴェクサードは、オークの狂戦士ヴェクサードが使用していた。無名無礼の魔槍も魔人系オークのナナシ・グル・グンダルンが使用していた。そして――」
同時に無名無礼の魔槍に魔力を込める。
<血魔力>を吹き飛ばすように、無名無礼の魔槍から水墨画風の魔力の炎が迸った。その炎の中からにゅるりとナナシの仮面が出現。
右手の甲の真上に、ナナシと関係があると思われる家紋が浮かぶ。
ナナシの仮面と家紋が淡い水墨画風の炎で繋がった。
「「おぉ」」
「魔力の炎!」
「――鬼の仮面が!」
その鬼の仮面のナナシが、
「よう、見知らぬ魔術師共……」
「「おぉぉ」」
「にゃお~」
黒猫が黒豹に変身。
上半身を上向かせていた。飛び掛かる前に――。
俺が『止せ』と手を伸ばす。
と黒豹ロロディーヌはエジプト座りに移行してくれた。
賢い。
「――神獣! 神獣にはびびるが、皆にびびるのは十年はえぇ! 天下八槍八翔槍、桜花鷹揚、義紫苜蓿、無名無礼。天下御免ノ槍商売、ナナシノ権兵衛、無名無礼トハ俺様ヨ――」
「「なんだぁ」」
【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】の皆が、鬼の仮面ナナシの歌声というか口上を聞いて驚いていた。
「ナナシ、この際だ。少し過去を踏まえて皆に説明しろ」
「承知!」
ゴォォッと水墨画の炎が大きく揺らぐ。
鬼の仮面のナナシが少し拡大した?
そのナナシが、皆に向け、
「主に忠誠を誓った俺の名はナナシ!! 今は仮面だが、無名無礼の魔槍に棲まうオーク系の魔人が大本だ。魔族とオークのハーフって言えばいいか。父方の魔族の名はレヴァンティル。消失した魔族三十支族の一つだったようだな。が、過去は過去」
「「おぉ」」
魔族三十支族とか、何気に初めて聞いた。
魔界セブドラにも行ったことのある魔人の言葉だ。
「ほぉ……」
とキスマリが声を発した。
鬼の仮面ナナシが、キスマリを見て、
「六眼トゥヴァン族か。欲望の王ザンスインを信奉する魔族」
「嘗てはだ」
魔界セブドラでも戦いまくっていたナナシは六眼トゥヴァン族と戦ったこともあるのかな。
その関連でキスマリに、
「元魔侯爵アドゥムブラリは知っているか?」
キスマリは俺の言葉に驚いたように四眼の瞳を散大させて収縮させる。
そのキスマリは、
「知っている。地獄火山デス・ロウの近辺を支配していたアムシャビス族」
「そうだ」
<武装魔霊・紅玉環>を意識。
指輪の紅玉環からアドゥムブラリがムクッと出現。
「よう、主!」
「た、単眼球に背中に翼を持つ? 使い魔か。アムシャビス族は確かに翼があったが……」
「トゥヴァン族の生き残りキスマリよ、我がアドゥムブラリだ」
アドゥムブラリがそう喋ると、
「「おぉ」」
「……え、な!?」
皆驚くが、キスマリは素っ頓狂な声。
膝が揺らぐ。
膝からくずれて柔道の受け身を行う気分かも知れない。
「驚くのも無理はないが、六眼の魔族か。ソルフェナトスなどの魔族が多いからいるとは思っていたが……まさに魔窟だな、セナアプアは」
「だれが上手いこと言えと」
その間にも【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】の皆は驚き中。
「盟主の使い魔か……神獣様もおられるのだ」
「盟主は色々な戦闘職業をお持ちのようだな」
「魔術総武会との繋がりも深いと聞く。大魔術師の戦闘職業もお持ちなのかも知れぬ」
「「素晴らしい」」
【髪結い床・幽銀門】と【夢取りタンモール】の面々は、アドゥムブラリは初めてだから、当然驚く。
そのアドゥムブラリに驚いているキスマリは、
「元魔侯爵は本当だ。で――」
仮面のナナシと同時に無名無礼の魔槍を仕舞う。
そして、王牌十字槍ヴェクサードを翳す。
「【夢取りタンモール】の皆には無名無礼の魔槍より、こちらのほうが説明しやすいか。王牌十字槍ヴェクサードは地底神ロルガ討伐を目指していた地下の大動脈を巡る大冒険の時、とある洞窟で、異獣ドミネーターを助けた際に入手したんだ。その異獣ドミネーターは仲間になって今はサイデイルだ。で、この王牌十字槍ヴェクサードに宿る狂戦士ヴェクサードさんは、アレアガニムの地下街でオーク古代武術とタンモール語を学び、怪蟲槍武術を獲得できたらしい。だからタンモール語は読めると思う」
「「おぉ」」
「素晴らしい! タンモール語を学んだ存在が宿っている神話級の武器をお持ちとは――」
【夢取りタンモール】の面々は片膝で床を突く。
王牌十字槍ヴェクサードを浮かせたまま、
「皆、敬う気持ちは十分だ。立ってくれ」
「「はい」」
【夢取りタンモール】の方々は全員が立った。
「セナアプアでは成功するか分からないが試す――」
夜王の傘セイヴァルトを出現させる。
その漆黒の長柄傘に素早く魔力を込めた。更に<血魔力>を展開。
――<血想槍>も発動。
体から放出した血が真上に迸った。
滝が逆流するような血の流れとなる。
その血の流れに昇竜の如く乗った夜王の傘セイヴァルトの傘が開くや瞬く間に回転を始めた。
露先の飾りが遠心力で伸びる――。
回転する漆黒の長柄傘は輝く。
その美しい夜王の傘セイヴァルトを強く意識。
「美しい傘槍! 師匠の夜王の傘セイヴァルトは宇宙でも通じる!」
黙っていたビーサがそう発言。
同時に<光魔ノ奇想札>を発動。
夜王の傘セイヴァルトの内側に――。
二十二のカード模様が浮かんだ。
二十二のカードから三つ選択可能。
俺が選んだ絵柄のカードは一つ――。
水衣を羽織る魔術師のカードだ。
すぐにカードの名が<水瞑の魔印師>と理解した。
俺が過去に獲得した戦闘職業の一つ。
同時に、その<水瞑の魔印師>のカードが夜王の傘セイヴァルトから飛び出た――。
宙空で乙の字を描くカード。
そのカードから水の衣を羽織る魔術師が立体的に出現するや、意識があるように<水瞑の魔印師>の魔術師は両手を拡げて、
「是空霊光――魔印瞑道――<水瞑・光冠ノ纓印>」
俺と似た声を響かせた。
と、その<水瞑の魔印師>の魔術師は消えた。
が、代わりに水の冠が真上に出現。
その水の冠は折り紙が畳まれるように変形を繰り返すと、ジェルと繊維の布が合わさったような薄い防御膜となって周囲に拡がった。
『閣下、魔法かスキルを覚えていたのですか?』
『覚えていない。これも<光魔ノ奇想札>の効果、<水瞑の魔印師>の能力か』
『《水幕》を使用できる<水瞑の魔印師>を扱うことが可能な夜王の傘セイヴァルトなのですね!』
『そうなる。二十二の戦闘職業を使役できる夜王の傘セイヴァルトだ』
『ふふ~、素晴らしい! 閣下専用の武器が夜王の傘セイヴァルト! 夜王の傘セイヴァルトも進化して夜帝の傘ルシヴァルに変わるかも知れませんね』
『あはは、さすがに魔槍杖バルドークのような能力はないだろう』
『ふふ』
魔槍杖バルドークは……。
魔竜王バルドークの巨大な脳から生成された武器だからな……。
「「おぉ」」
「ん、シュウヤ、凄い! 初めて見る水の魔法!」
「……光と闇の属性も加わっている?」
「光の粒を内包した水の結界魔法でしょうか」
と【夢取りタンモール】のギンガサが発言。
レグホン色の魔法玉が膜の中を走っている。
「おう。試しに使ったが、成功した。この状態ならば――」
王牌十字槍ヴェクサードに魔力を注ぐ。
怪人ヴェクサードさんの幻影が王牌十字槍ヴェクサードに浮かぶ。
お、消えずに残った。早速、
「ヴェクサードさん。この魔術師たちは仲間です。タンモール語を研究しているとかで」
「研究か。我はアレアガニムの地下街でタンモール語を学んだから、ある程度は読み書きできるぞ」
「「おぉ」」
【夢取りタンモール】の方々に向けて、
「今なら怪人ヴェクサードさんにタンモール語の解析を頼めると思うんだ。聞いてみたら? それと、魔力や<血魔力>などを色々と消費中。長時間は無理だ」
「「おぉ」」
【夢取りタンモール】と【髪結い床・幽銀門】の方々はまたも歓声をあげる。
顎が外れるような顔付きの【夢取りタンモール】の方々には悪いが、面白い顔だ。
お爺ちゃんの二人組も驚いていた。
「アブ・ソルン……古いタンモール語でも読めるのでしょうか」
恐縮しながら聞いたのはギンガサだ。
怪人ヴェクサードさんは頷いた。
その怪人ヴェクサードさんは、王牌十字槍ヴェクサードからランプの精の如く出現中。
幻影ではあるが、アドゥムブラリと違って、もの凄くリアリティのある姿だ。
その怪人ヴェクサードさんは体が徐々に薄まりつつある。
「それは見てみないと分からぬ」
怪人ヴェクサードさんはそう発言。
ギンガサは頷いた。
「では、八人の者たちの意味があるアブ・ソルンに関わる夢魔の遺物を見て下さい――」
鏡から丸い半透明な物質を出現させた。
エアロゲル?
その無色で透けたゼラチンのような異質なモノの中にはミトコンドリアのようなモノが無数にあり、光を帯びて、表面には細かな古代文字がビッシリと刻まれてあった。
古代文字は神代文字?
シュメール文字のような印象だ。
「不吉なアブ・ソルンの印でしょうか」
『精霊ちゃんは見えませんが不思議です~』
俺の知る日本でも、シュメール文字と似た古代の岩刻文字はあちこちの神社などの聖域とされてきた場所で見つかっている。下関市彦島八幡宮のペテログラフ秘境の岩は有名だった。実は日本が最古の文明だったりするんだろうか。
「ふむ……一部は読める」
「「おぉ~」」
怪人ヴェクサードさんはそう発言。
が、【夢取りタンモール】の面々には悪いが、俺の魔力が持ちそうにない。
「読めた部分だけでいいから翻訳を頼む」
「八人の天と地を穿つ力ある者、死神テンハオウスと荒神ペイサルを打ち倒すが、夜明けのタンモールの地にて眠る――」
と、怪人ヴェクサードさんが読んだ瞬間。
エアロゲルのようなアブ・ソルンに関わる夢魔の遺物は散った。
その瞬間――。
続きは明日を予定。
HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。16」今月発売予定。
活動報告に16巻の表紙を載せました。
コミックファイア様からコミック「槍使いと、黒猫。」1~2巻発売中。




