八百四十六話 クレイン、<筆頭従者長(選ばれし眷属)>となる
2021/09/19 22:23 ロンバージュの魔酒瓶など最後、色々と追加
ペレランドラの処女刃の儀式を終えたと血文字で皆に連絡。
これからクレインの<筆頭従者長>化を行うことを告げた。
キッシュとの血文字連絡で、
『分かった。終わり次第サイデイルに? それとも【幻瞑暗黒回廊】を通じて魔法学院ロンベルジュか?』
『ディアには悪いがサイデイルを先にする。クナとルシェルはまだか?』
『まだだ。もう転移陣の調整は終えていると先ほど連絡があったが、クナとルシェルは、湾岸都市の件で名もなき町にまた寄ったようだ』
『了解した』
『サイデイルに来るなら、顔が見たい』
『おう、俺もキッシュと会いたい』
『ふふ、楽しみだ』
キッシュの透明感のある笑顔が見えたような気がした。
その愛しい友との血文字を終える。
続いて、キサラの血文字が、
『シュウヤ様、先ほど、オプティマスが宝物庫のドラゴンの絵柄が嵌まる魔法の額縁を鑑定してくれました。名前は〝ドアルス秘枢額縁〟。戦闘職業が魔法絵師系ならば、中に封じられた魔竜マナフーヤの使役が可能らしいです。〝ドアルス秘枢額縁〟は伝説級のマジックアイテムとのこと』
『おぉ、オプティマスさんにお礼を』
『はい』
魔法絵師系ならラファエルにあげるかな。それともレベッカが使えたりして?
そのキサラとの血文字を終える。
ペレランドラはニコニコしながら血文字で皆に挨拶中。
一瞬、その様子に、新しいスマホを得た美人OLさんの姿を思い浮かべてしまう。
その美人OLさんの幻影を消すように、ペレランドラに、
「ペレランドラ、クレインの眷属化を上で行う」
「はい。わたしも支度を調えてから向かいます。ペントハウス内で眷属化を?」
「庭園かも知れない」
「まだ魔力豪商オプティマスが上にいるようですが、クレインの眷属化を見せるのですか?」
「状況次第だが、たぶん、ヘルメに大部分を塞いでもらうことになる」
「ならば、わたしの成長した<茲茲血魚>も用いましょう。幻惑作用も強まりました。視界も塞げるはず」
「オプティマスさんに攻撃は喰らわせるなよ?」
「はい。あくまでも周辺を泳がせるだけ」
「ま、その辺りは交渉術が得意な上院評議員に任せるとしよう」
「はい。そして、今後は、わたしの肩書きで【天凛の月】を表と裏から支えましょう。交渉面も、お任せくだされば嬉しいです」
「分かった。では先に行く」
「はい、これを」
と、処女刃を受け取り戦闘型デバイスに仕舞う。
「ありがとう」
「はい」
恭しく頭部を下げたペレランドラ。
頷いてから部屋を出た。
中層の廊下の通路を走る。
バルコニーの様子が見える踊り場に出た。
拱門を潜りバルコニーには行かない。外は昼間だ。硝子の床の中を流れる綺麗な水に反射した陽を見ながら浮遊岩が並ぶ踊り場の大広間で踵を返す。
白い粉の中で立体表現されている魔女っ子のコントロールシステムは前と変わらず。
その浮遊岩の上行きのボタンに指を伸ばしたところで――自然と浮遊岩の前にある扉が開いた。
魔女っ子の名は魔霊塊テフ=カテだったか。
俺を把握しているようだな。
魔霊塊テフ=カテの魔女っ子の幻影が点滅しつつ御辞儀してきた。
可愛い。
その扉が開いた浮遊岩の間に足を踏み入れた。
自動的に背後の浮遊岩の扉が閉まる。
すぐに浮遊岩は上昇を開始――。
このギュィンと上昇する感覚は――。
まさにエレベーター。
踵を返し、正面を向いた。
そうして最上階のペントハウスに到着。
リビングに向かう。
「ワンッ、ワンッ、ワンッ」
「――盟主!」
シルバーフィタンアスと右の壁際に立っていたトロコンが挨拶してくれた。
「よ、トロコン。皆はそのまま――」
そう挨拶しつつ前進。
秘書的に傍に寄ってきたトロコンは、
「盟主、お疲れ様です、何か用事がございましたら、お申し付けください」
「大丈夫だ。ありがとう」
「……あ、いえ、とんでもない!」
トロコンは呆けてから、急ぎ、頭部を下げつつ拱手してくる。可愛い。
すると、「ンンン――」と相棒の鳴き声が響く。
その黒猫が飛び掛かってきた。
「ンン、にゃお――」
肩に乗ってきた。
勢いがあるまま両肩の間を回ると、小さい頭部と胴体で、俺の頭部と首を擦る。
尻尾では、俺の鼻を擽ってきた。
息も荒い黒猫さん。
悪戯娘だ。
そして、
「ンン――」
俺の耳朶が――。
相棒のパンチングマシーンと化した。
首元に時折勢い余って当たる肉球の感触が気持ちいい。
「ワンッ!」
足下のシルバーフィタンアスの頭部を撫でてから、黒猫を肩で自由にさせつつ一緒にリビングに向かう。
ソファで寛いでいた皆が、立ち上がった。
ディア、ミナルザン、ヘルメ、ビーサ、キスマリ、ドロシー、アクセルマギナ、レベッカ、ユイ、エヴァだ。
顔が輝く一名を除き、皆、美人で可愛いが、人数的に少し迫力があった。
「あ、ロロちゃん、かわいい~」
「――シュウヤ、アタラシイ眷属ハ、何処ダ!」
「お兄様~、隻眼のキュイズナーさんは意外に大人しいのですね!」
「ロロちゃんがそれをやるのは、シュウヤだけなのよね」
「ワンッワンッ!」
「ん、愛されてる」
シルバーフィタンアスはエヴァの足下に移動。
お座りしている。
餌を期待している?
エヴァは細長い肉をシルバーフィタンアスに上げていた。
ミナルザンと同じく顔が輝いているキスマリも、
「神獣ロロディーヌ。黒豹も素敵な姿だが、子猫だとなんて愛くるしいのだ」
そう発言。
彼女の前の机には大量の化粧品類が並んでいた。
顔が輝いている理由か。
皆で、キスマリとミナルザンに、セナアプアの最新化粧品をプレゼントしていたようだな。
宝物庫の前にある高い椅子に腰掛けていたオプティマスさんも立ち上がる。
佇まいがダンディー。
一瞬だが、ポルセン的な印象を受けた。
「オプティマスさんもどうも」
「あ、シュウヤさん。滞在許可をありがとうございます」
「いえいえ、オプティマスさんもそのままで」
「そうはいきません、そろそろ帰還します。そして、血文字は便利ですねぇ。ごらんの通り、わたしの改造された魔通貝が反応しない。部下たちの声はここでは聞こえません」
オプティマスさんは種族ソサリーの特徴ある首筋と長い耳を見せる。
【白鯨の血長耳】の魔通貝とは少し異なるのかな。
確か血長耳のメンバーが装備していた魔通貝の中には、イヤーカフのような魔通貝もあったことは覚えている。
「さすがに商業魔塔ゲセラセラスとは離れていますからね。そして、宝物庫の魔法の額縁の鑑定をありがとう。お陰で〝ドアルス秘枢額縁〟のことを知ることができた」
「どういたしまして、わたしの鑑定ならお安いご用。勿論、専門家には負けます。が、わたしには優秀なアイテムがある。ある程度は視ることが可能。そして、シュウヤさんとは、今後も仲良くしたいですから……お役に立てたのなら幸いです」
優秀なアイテムか。
片眼鏡以外にも、何かあるのかな。
その言葉に甘えて、俺が持つアイテム類の鑑定を頼みたいが……ま、今はやることをやってしまおう。
「シュウヤ、早速だけど、ペレランドラと血文字で意見交換中~」
肩に銀灰猫を乗せているレベッカだ。
ペレランドラとの血文字を見せる。
血文字の内容は……。
クレインのフェンロン家のことの考察か。
が、そのレベッカとペレランドラの血文字は銀灰猫の前足で見えなくなった。
銀灰猫の猫パンチが炸裂。
赤ちゃんのような前足だからとても可愛い。
「――メトちゃん!」
銀灰猫はレベッカのプラチナブロンドの髪に悪戯。
ちっこい両前足でレベッカの髪を掴むと、その髪を噛み始めていた。
「あ、髪はだめぇ」
レベッカが頭部を振るうと銀灰猫が余計に興奮して、「きゃぁぁ」とレベッカの悲鳴。
レベッカの首筋をペロペロと舐めている銀灰猫。
レベッカは壇を降りて窓硝子を開く。
庭園に走る。
その走る姿は乙女走り。
可愛いが、なんか面白い。
「ははは」
と笑いながら――。
バリアフリーの坂を少し上がる。
「シュウヤ、我ノ顔ガ温カイ! 不思議ト魔力ト活力ヲ得タゾ! シカモ、魔力ガ減ラナイ! 凄イ!」
肌が輝いているミナルザンがそう発言。
口元の触腕は消えているから、人族っぽい印象だ。
ディアが興味を抱いて、眼鏡の端を持ちつつ、顔をミナルザンの輝く顔に向けて凝視中。
「化粧品の効果だろう。キュイズナーと六眼キスマリには、皆と違う輝くような効果が生まれているようだ」
そう無難に発言。
キュイズナーの顔に化粧を施す一団は多分、ここにいる皆だけだと思う。
さて――。
パレデスの鏡の両隣に置いた黄黒猫と白黒猫がいない。
ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡の近くにもいない。
鏡の守りを任せたが……。
レベッカが走る庭園か。
動物たちはどこだと探すと、いた。庭園には、沙、羅、貂、ヴィーネ、クレイン、キサラ、ミスティ、ハウレッツ、黄黒猫、白黒猫の姿が見えた。
近付いていたレベッカとハイタッチをするキサラも見える。
レベッカはそのままキサラと抱き合っていた。
キサラの肩に銀灰猫が跳び移る。
シルバーフィタンアスはさっきのまま俺の近くにいるエヴァの前だ。
そのまま皆がいるソファ付近に近付くと、エヴァがゴブレットを差し出してくれた。
優しいエヴァ――。
「ん、お帰り&お疲れ様」
「ありがとう――」
と、ゴブレットを受け取る。
エヴァは天使の微笑を見せてくれた。
「ん」
「ペレランドラはさすがに時間が掛かったようね」
ユイの言葉に頷いた。
「あぁ」
「ん、処女刃は結構痛い。だから、痛みに慣れてないとキツイと思う」
「光魔ルシヴァルとはいえ、痛いもんは痛いからな」
「うん」
皆、頷く。
「ん、先生はヴィーネたちと庭園」
見えているから、『分かってる』と頷いた。
皆、俺の視線に釣られるように外の庭園を見た。
外の庭園を見ていると、
「ナミさんとリツさんたちは、まだ魔塔ゲルハットに来ていない。【天凛の月】の兵士たちは一階でザフバンたちの手伝い。ペグワースたちは二階の部屋で休んでいると思う」
「もう準備は万全かな」
「ん」
ゴブレットに入ったフルーツミックスジュースを一気に飲む。
「――美味い! よし、行こうか」
ゴブレットを机に置く。
「ンン、にゃ~」
机に降りた黒猫は床に飛び降り、壇も降りると先に庭園に向かう。
シルバーフィタンアスも壇を駆け下りた。
「――ワンッ!」
「ん、行こう~、先生の大事な眷属化は見たい」
「わたしも見る。カットマギーたちは一階だけど呼ぶ?」
「いや、必要ない」
「わたしも見ます!」
ディアに頷いた。
すると、背後から、
「シュウヤさん、わたしはそろそろ帰還します」
「あ、分かりました。下まで送りますよ」
「結構、必要ないです。一日の間、皆さんから色々と持てなしを受けましたから。エセル大広場から普通に歩いて帰ります。近くにわたしの手の者がいれば寄ってくるはずですから」
「そうですか。では、トロコンを傍に付けます」
「はい! オプティマス様」
「分かりました。では、外までお願いします――」
と歩くオプティマスさんはトロコンに紳士的に会釈。
帽子はかぶってないが、帽子を被っていたら、脱いで挨拶してくれそうな印象だ。
その紳士なオプティマスさんは、振り返り、
「シュウヤさん、この魔塔ゲルハットは素晴らしい施設ですね。魔術総武会との関係性も確かなものだと理解できます」
「元々は魔術総武会の大魔法研究魔塔ですから」
「はい。大魔術師アキエ・エニグマの一派との関係から、この魔塔を?」
「その通り」
「理解しました。では、また今度。魔力豪商オプティマスに用があれば、ユイさんに渡した〝泡の鈴〟を叩いてくださいな」
ユイがキーホルダーにぶらさがる鈴を鳴らす。
魔力の波動が周囲に伝わった。
オプティマスさんの胸元のブレスレットが振動。
「このように知らせが直に伝わります」
「了解しました」
「それでは――」
オプティマスさんは踵を返す。
トロコンはリビングにいる皆に向けて拱手して頭を下げてから上げると、急ぎ、オプティマスさんを追い越して、
「こちらです――」と発言しては浮遊岩の前まで誘導。
共に浮遊岩に乗り込む。
浮遊岩の前の扉が閉まる間に――。
俺たちに向けて会釈してくるオプティマスさん。
礼儀がある方だ。
自然と身が引き締まる。
そして、
「さて、庭園に行こう」
「「はい」」
そこに、浮遊岩から上がってきたペレランドラがペントハウスに入ってきた。
俺たちの姿を見たペレランドラは、
「今行きます――」
共にクレインが待つ庭園に足を踏み入れた。
庭園に光が点点と付く。
異色な玩具の光源と一緒に出現したのは、アギト、ナリラ、ナリラ、フリラなどの多数の管理人たち。
デボンチッチのような動きで周囲に散る。
が、その目映い視界は一瞬で終了。
そんな中を低空飛行で寄ってきたヘルメ。
「――閣下! オプティマスは帰還を?」
「にゃおお~」
「ワォォォン!」
低空飛行するヘルメの足下で走ってきた黒猫とシルバーフィタンアスはヘルメの水飛沫を浴びている。ハウレッツは前方でミスティの傍だ。
「今しがた、トロコンと一緒に浮遊岩で下りて行った」
「そうですか、ならば、《水幕》は必要ないですね」
「おう、左目に来い」
「はい――」
飛来するヘルメは液体となったままスパイラルしつつ左目に突入してくる。
シュパッと音を立ててヘルメが左目に入った。
フレッシュな感覚を左目に得る。
そのまま相棒とシルバーフィタンアスを足下に連れて、皆と駆けた。
中央で暇そうにしていたクレインの前に移動。
小型のヘルメが視界に出現。
小さいヘルメは指先をクレインに向けている。
そして、左斜め前にいるヴィーネが、
「ご主人様、お待ちしていました」
「おう」
「では、下がります」
「ンン――」
右にいたキサラの言葉と同時に皆、下がった。
「ワンッ」
子犬のシルバーフィタンアスと黒猫のロロディーヌも下がる。
俺とクレインは庭園の中央。
少し床が窪んでいる辺りだ。
そして、クレインは素っ裸。
スタイル抜群の女性のクレイン。
乳房は巨乳ではないが極めて美しい乳を持つ。
乳輪も絶妙すぎる。
――思わず、合掌!
クレインに恥じらいはない。
俺から離れて、斜め後ろにいるエヴァは心配そうに、
「先生、痛いのは大丈夫と分かってるけど……」
「ふふ、大丈夫さ。シュウヤとわたしを信用しろ」
「ん」
エヴァは微笑んだ。
隣にいたレベッカに近付く。
俺はレベッカとアイコンタクト。
頷き合った。
レベッカの気持ちは『エヴァのことはわたしに』だろう。
レベッカはエヴァの背中をさするように肩を合わせる。
と、エヴァも応えてレベッカに身を寄せた。
姉妹や家族、なにかそれ以上の強い絆を二人から感じた。
少し、胸が竦むような、二人は微笑ましいのに、そんな不思議な感覚を受けたが……。
「さぁシュウヤ、見ての通り素っ裸。さっさと済ませてくれ。そして、一緒に【テーバロンテの償い】を潰そう……」
力強い言葉だ。
クレイン・フェンロン。
「覚悟はいいんだな? ベファリッツ大帝国の皇帝の庶子……」
俺がそう発言すると……。
クレインは、片方の眉を上げた。
「あの時の言葉を繰り返させないでおくれ! わたしはもう英雄の女になると決めたんだ! 亡国のベファリッツ大帝国皇帝の血筋よりも、女の道のほうが大切さ!」
裸ってことを忘れさせる、凄い言葉。
いつもの鎧服を着ているような印象だ。
腰には銀色と金色のトンファーがないが、見えたような気がした。
そのクレインを尊敬の眼差しで見つめながら、
「女の道、良い言葉だ」
頷くクレインは<魔闘術>系の魔力を体に纏う。
同時に、クレインの頬に古貴族フェンロン一族の証明が浮かび上がった。
それは、朱華と深緋を基調とした火の鳥。
そのクレインが、
「シュウヤ! わたしを<筆頭従者長>としてもらってくれ!」
頷いた。
「分かった! クレイン、お前を<筆頭従者長>に迎え入れよう。<光魔の王笏>――」
刹那、大量の血が体から放出。
俺の光魔ルシヴァルの大量の血は大海の荒波を彷彿とする勢いでクレインを飲み込む。
ぐぁ――。
もの凄く血を消費した。
半径数メートルは俺の血の海と化した。
更に血の海の領域は拡大中。
クレインは、俺の光魔ルシヴァル宗主の血の海の中で溺れることなく浮き上がり、体を縁取るように大量の空気泡が発生した。
そのクレインは体が震える。
体を振動させながら俺の血を取り込み始めた。
体から放出されている泡は消えたが、血の海に放出された大量の泡は白銀色の輝きを発しつつ拡がると、大きな子宮か心臓の形となった。
その心臓の形の中で立ち泳ぎをしながら血の景色を不思議そうに見ていた。
が、苦しむように表情を強張らせる。
クレインの口から空気の泡が大量に漏れた。
そして、俺に助けを求めるように腕を出してきた。
『大丈夫だ』と、心で伝える。
クレインは『分かった』と伝えてくるように頷いた。
更に血の海の中に――細かなルシヴァルの紋章樹が誕生。
同時に一条の陽が射す。
と、その一条の光は黄金色と白銀色となって輝く。
更に、一条の光の上を七福神が乗るような船が走った。
船には血妖精ルッシーたちが乗っている。
不思議な船の真上を水鴉も飛翔していった。
皆も、この光魔ルシヴァルの血の海の中で、立ち泳ぎとなっている俺とクレインの姿が見えているだろう。
そして、体中が痛い。
『……シュウヤ、痛いのかい?』
と思念が響く。
クレインは自身も痛いはずなのに、心配してくれた。
『大丈夫だ』
と思念を送る。
クレインは笑顔を返してくれた。
そのクレインは目を瞑る。
すべてを受け入れるように両手を拡げてくれた。
すると、周囲の血の流れが急加速してクレインの体の中に吸い込まれる。
――血の海の周囲に渦が発生。
急流となった血の流れに合わせて細かなルシヴァルの紋章樹がクレインの背後に集結するや――。
それらの細かなルシヴァルの紋章樹は大きく成長。
半透明だが、くっきりと鮮明になった太い幹。
太くなったルシヴァルの紋章樹の幹は、隆起しつつ、更に横へと拡大してはクレインを食べるようにクレインと重なった。
クレインとルシヴァルの紋章樹は同一化。
クレインの頭上からはルシヴァルの紋章樹の枝が大量に四方八方に伸びていく。
枝は、クレインの新しい髪の毛にも見えた。
それらの無数のルシヴァルの紋章樹の枝は突起するのを繰り返し、銀色の葉と花を誕生させながら、太陽を縁取るような屋根となった。
実際に陽を浴びているルシヴァルの紋章樹とクレイン。
陽を浴びる度に葉と花から銀色の魔力が溢れた。
ルシヴァルの紋章樹と一体化しているクレインは神々しい。
そのクレインの体を縁取るように、また泡が発生。
泡は輝くや、極彩色豊かな植物に変化して散りつつ魔線に変化。
魔線はクレインとも繋がりつつ半透明なルシヴァルの紋章樹とも繋がった。
両者を繋ぐ魔線はプロミネンスを意味するように揺らぐ。
刹那、クレインの頬から――。
大量の朱華と深緋を基調とした火の鳥が飛び出た。
火の鳥は血の中を進む。
クレインとルシヴァルの紋章樹を繋ぐ魔線を切り裂き、血の海の中を縦横無尽に行き交う。
と、光と闇を意味するように光と闇の炎を発した。
不思議だが、血の中で轟轟と燃えている。
その<光闇の奔流>の意味があるような火の鳥は、俺の光魔ルシヴァルの血を吸い取りつつ拡大。
『不思議です! ベファリッツ大帝国の皇帝の血筋の意思表示でしょうか』
『そうかも知れない』
その光闇の炎を得て大きくなった火の鳥は、半透明なルシヴァルの紋章樹と一体化しているクレインの胸元に突入――。
刹那、クレインの上半身が消し飛ぶ。
否、そう見えただけだった。
クレインの足下が暗い色合いの月のようになって輝く。
クレインの頭上が太陽の如く輝いた。
光魔ルシヴァルの幹と枝は、陰陽なら陽。
光魔ルシヴァルの根は、陰陽の陰。
キサラとキッカと似た印象だが、微妙に違う。
細かいが、光魔ルシヴァルの血の多彩さが表れているようにも感じた。
半透明でクレインと一体化しているルシヴァルの紋章樹だが、くっきりとよく分かる。
そのルシヴァルの紋章樹のクレインの臍あたりを凝視して、太い幹を注視。
そのルシヴァルの幹には二十個の大きな円が刻まれている。<筆頭従者長>としての二十個の大きな円だ。
毎回思うが……。
ルシヴァル占星術、ルシヴァル数秘術のようなモノが存在するかも知れないな。
そして、<筆頭従者長>を意味する大きな円はこれからも増え続けることになる。
そんな二十個の<筆頭従者長>の大きな円は魔法陣的に揃い、並ぶ。
そして、それらの一つ一つの大きな円には、<筆頭従者長>として、ヴィーネ、ユイ、レベッカ、エヴァ、ミスティ、ヴェロニカ、キッシュ、キサラ、キッカの名が刻まれてあった。
ヴェロニカの大きな円と魔線のような溝の線で繋がる小さい円がある。その小さい円はヴェロニカの家族を意味する<筆頭従者>の円だ。
その小さい円の中にはメルとベネットの名が刻まれてある。
ルシヴァルの紋章樹の屋根の枝の表面にも小さい円が存在する。
その小さい円には――。
<従者長>のカルード、ママニ、サザー、ビア、フー、クエマ、ソロボ、サラ、ルシェル、ベリーズ、ブッチ、カットマギー、ペレランドラの名がある。
すると、俺とクレインの呼吸と心臓音が連鎖。
クレインの体の色合いが、桜色、血色に輝く。
そのクレインの頬のベファリッツ大帝国の皇帝の血筋を意味する朱華の鳥のマークが点滅。
ルシヴァルの紋章樹は薄まった。
同時に俺とクレインの<血魔力>と魔力が連動してルシヴァルの紋章樹が揺れる。
心臓も高鳴る。
ドクドクッドクドクドクと、心臓の音が激しい。
音と同時にルシヴァルの紋章樹の銀色の葉がそよぎ、葉が落ちた。
その銀色の葉が血の海の流れに乗り渦の中に吸い込まれていく。
苦しくなった。
が――気合いを込める。
<血魔力>を放つ。
眼前で血妖精ルッシーたちが駆け巡る。
すると、クレインの足下が輝いた。
更に血の渦と化していた銀色の葉と銀色の花が凝結して固まり、大きな棒となった直後――。
俺は体が刎ねるように再び血を放出した。
それらの血は大きな杖と小さい杖となる。
それらの杖の意味は<光魔の王笏>の意味だろう。
キサラとキッカの時と同じ。
成長すると、この<筆頭従者長>に伴う血の儀式も目まぐるしく変化するようだな。
大きな杖と小さい杖は棒と合体するや、二つに分裂。
銀と金のトンファーの意味か?
一対の棒の先端には、金と銀の布帛が無数に付く。
一対の祓串の棒は光魔ルシヴァルの魔槍?
布帛にある魔印の中には、クレインの頬と同じ火の鳥を連想させる家紋が多い。
――畏怖を覚える。
家紋のマークを擁した魔印の群れは、ベファリッツ大帝国で代々続いていた偉大な血脈の家紋なのかも知れない。
そんな魔印を無数に宿した二つの光魔ルシヴァルお祓い棒の魔槍を左手と右手で握る。
途端に、クレインの体が跳ねた。
『あぁぁ』
と感じたような思念が俺の心に伝わってきた。
その半透明のルシヴァルの紋章樹と一体化しているクレインに近付く。
左手と右手が握るお祓い棒的な魔槍を振るう。
先端の布帛でクレインの体を撫でた。
クレインは撫でられるたびに体がビクッと跳ねる。
俺自身も体が痺れる感覚を受けた。
撫でる度に、光魔ルシヴァルの棒は小さく縮む。
『あぁ……』
恍惚とした表情で感じ入るクレインは体を震わせつつ――。
俺の光魔ルシヴァルの血を大量に吸い込んでいった。
そして、布帛の一つ一つに刻まれている魔印がクレインの眼前に浮かぶ。
と、それらの魔印はクレインの体の中に取り込まれた。
周囲の血も吸い込むクレイン。
クレインは半透明なルシヴァルの紋章樹も取り込むように吸収。
血は浅瀬のように彼女の足下に残るだけとなった。
足下で輝くルシヴァルの紋章樹は根だけとなる。
その根は月を意味する輝きだろう。
「あぁぁ……」
クレインは弓なりに体を反らす。
太股付近から輝いている液体が怪しく伝う。
むぁぁんと、汗ばんだ女の匂いが煩悩を刺激してきたが、我慢だ。
刹那、足下に残っていた半透明なルシヴァルの紋章樹の根が消える。
一対の光魔ルシヴァルの棒と周囲の血のすべてを取り込んだクレインは倒れた。
急ぎ駆け寄って、
「大丈夫か」
と、クレインの手を握る。
「――先生!」
エヴァも寄ってきた。
「クレイン!」
「シュウヤ様」
「シュウヤ!」
「「――大丈夫?」」
皆も走り寄ってきてクレインを凝視。
そのクレインは目を瞬き、双眸に血が走る。
吸血鬼顔のクレインは、
「……大丈夫と言いたいが、シュウヤとエヴァに皆……これが血の力……光魔ルシヴァルとなった証明、<筆頭従者長>なんだねぇ。あぁ、シュウヤの存在が眩しい……血がホシイ……」
クレインの目の焦点がずれる。
そのクレインの双眸をジッと見つめ続けた。
クレインの目の焦点が元に戻ると、
「あん!」
と感じた声を発したクレイン、下半身をもぞもぞと動かした。
熱い液体が太股に伝っていた。
クレインは恥ずかしそうな表情で俺を見て、
「……シュウヤ様と呼ぶべきか?」
「好きなように呼べばいい」
クレインは俺の声を聞いて体がビクッと震えた。
そして、恍惚の表情を浮かべて、
「……ぁぁ……」
体を弛緩、ビクビクッと痙攣。
少し待つと、クレインは目に力が戻る。
「ふふ、シュウヤか、宗主と呼ぶことにする。そして、皆の存在が分かるさ……」
「先生、目がとろんってなってる!」
「そりゃ、ねぇ……って、エヴァの声がよく聞こえる……聴力が凄いねぇ。音の感覚、嗅覚もか。すべての感覚が研ぎ澄まされた……あ、進化か。<血業ノ八感>? これで感覚が研ぎ澄まされているのか……」
クレインは俺の手をギュッと握り返してから、
「宗主、わたしは大丈夫――」
と、一人でサッと立つ。
<血魔力>を出しているが、止まらない。
そりゃそうだ。クレインは元がエルフ。
あ、ベファリッツ大帝国の皇帝の血を引く存在だ。
もしかしたら、レベッカのように……。
ハイエルフ系でもあるのかな?
そして、怪夜魔族と怪魔魔族の子孫でもある吸血鬼だったキッカ・マヨハルトではない。
処女刃がなければ<血魔力>は学べない。
「ん、先生、<血魔力>はまだダメ!」
「悪い、酒をくれるかい?」
「ん、言うと思った――」
と用意していたらしいエヴァは、素早く下着と皮布に酒瓶をクレインに手渡す。
「お? この豪華な硝子細工の魔瓶……まさか」
「ん、ロンバージュの魔酒瓶。先生のために大金を使って買っておいた」
「……くぅぅ、実は豪商五指だったポルなんたらの店だね?」
「ん、『ポル・ジャスミン』」
「そうそう。そのポルポルだ! ふふ、エヴァっ子! さすがはわたしの弟子だねぇ!」
「ん、先生、いいから早く」
「あぁ、そうさね、ありがたく飲むさね!」
そのクレインは腕と足から血がダダ漏れ中。
クレインは下着をさっと着ると、酒瓶の先を口に当ててラッパ飲み。
豪快に酒を飲み干すと、
「ふぅ――」
と、血が止まる。
面白い、酒で<血魔力>をコントロールか。
が酒に強くなったわけではないのか、頬は赤くなっていた。
「よし! 宗主、<筆頭従者長>として一発勝負、いや、これからもよろしく頼むさね」
酔ったか。ま、笑窪がチャーミングなクレインだ。
続きは来週を予定。
HJノベルス様から小説「槍使いと、黒猫。15」発売中。
10月に最新刊、16巻が発売予定。
コミックファイア様から漫画版「槍使いと、黒猫。」1~2巻発売中。




