八百二十七話 二十面相の聖魔術師の仮面
2021/08/08 17:22 修正
卵の取っ手に盛大に魔力を込めた瞬間――。
卵の形の魔道具が振動。
低音と高音を響かせる。
卵の形の魔道具は罅割れると、振動と音波を発した。
更に、罅割れた殻が剥けた。
剥け方がお洒落で、サイマティクス原理の模様と似ている。
すると、振動中の中身から金属の液体が湧き出た。
振動した効果なのか――。
液体の表面に極めて小さい眼球、内臓類が現れた。
そして、剥けた卵の殻と共に金属の液体とそれらのモノが流れ落ちた。
小さい眼球と内臓類と金属の液体は床に付着せず。
スライム的に一斉に持ち上がる。
ヘルメ的な機動か?
否、元の卵の形に戻ると、一瞬で大きな卵となった。
その大きな卵の表面がぐわりと蠢く。
と、双眸、鼻、口、耳、手足が、ボッボッボッと音を発して生えた。
ハンプティダンプティ的な卵怪人か?
アドゥムブラリとは異なるが造形は近い。
「ンン? にゃごおお」
黒猫の驚いたような鳴き声が響いた。
「ん、ロロちゃん!」
背後の相棒だ。
その黒猫が俺の足下に来た。
黒猫は、俺の右足に尻尾を絡ませつつ卵怪人に頭部を向ける。
「にゃご」
と威嚇の声を発した。
「ロロ、まだ敵と決まったわけじゃない。前足で叩いてアイスホッケーの遊びはやるなよ」
「にゃ」
相棒の返事が響いた直後――。
卵型の魔道具が嵌まっていた山形の壁が回転しながら奥に引き込む。
「わ、少し驚いた。やはり隠し部屋ね」
「大魔術師ケンダーヴァルか大魔術師ミユ・アケンザの隠し部屋でしょうか」
「隠し部屋は想定通りとして、そこの卵怪人は敵なの? 金属の液体とか興味深いわ」
ミスティは研究スイッチがオン状態。
「敵なら先制攻撃が来るはず……が、ないからインテリジェンスアイテムかな」
「ンン」
「意識あるアイテムと言えば、アドゥムブラリ? ミレイヴァルさん?」
ミスティの言葉に頷いた。
「<武装魔霊・紅玉環>と似た感じでしょう。門番と予想します」
キサラがそう発言してダモアヌンの魔槍を手に召喚。
そのまま卵怪人の横に移動。
ヴィーネとユイも得物を持ってキサラの動きに合わせた。
相棒は姿勢を屈めつつ卵怪人に近付いて鼻先を向ける。
卵怪人の匂いを遠くから嗅ごうとしていた。
「卵魔人、卵怪人は予想外でしたが、やはり壁の奥に秘密の部屋がありました」
「おう」
「邪神シテアトップ像に十天邪像の鍵をさした時を思い出したわ」
「そうだな。邪神シテアトップ像に出入り口ができた時か」
「うん、奥には、あの時のような黄金の扉は、なさそうだけど……」
そうレベッカが指摘した直後――。
奥の三角錐が放射状に分裂――。
放射状に分裂した山形だった部分は、出入り口付近の天井と床と壁に付着し、出入り口付近は盛り上がる。
奥に暗い空間が見えた。
暗い部屋には光源がない。
「ングゥゥィィ! マリョク、アルゾォイ」
ハルホンクの期待する声が響く。
――<夜目>で部屋を把握。狭いが宝物庫だ。
どの大魔術師のか分からないが個人的な秘密部屋とか?
机の上にあるマネキンには顔が無数にあり、その顔の幾つかには魔力を帯びた仮面が嵌まっている。
他には、水晶玉が三つ積み重なっている怪しい魔道具。
蜘蛛の巣に囚われている分厚い魔法書。
水天模様が綺麗な水晶玉が真上に浮いている血濡れた魔法書。
ポーション類が詰まった箱。
大白金貨と魔宝石が入った小箱。
蛸の頭、キュイズナーの怪しい銅像。
シベリアンハスキーの犬、ロシアンブルーの猫、カモシカの石像。
怪しい短剣と怪しい魔剣が納まる台座。
気韻生動なドラゴンの絵柄が目立つ魔法の額縁は芸術性が高い。
他に、鏡などがあった。
あ、あの鏡!
「あの鏡、パレデスの鏡か?」
「え!」
「あああ!」
「うん!」
「では、ここは……」
ヴィーネの言葉に頷いた。
十八面のパレデスの鏡から見えたところだ。
「閣下、予想外の大当たりです!」
「十八面の鏡だろう。確認する。卵型の魔人を見といてくれ、相棒もアイスホッケーの遊びは禁止だ」
「にゃ」
「うん」
「ん、もしパレデスの鏡なら、昔から、魔塔ゲルハットに来ることができたってこと?」
「そうなります」
「はい、本当にパレデスの鏡なら不思議な縁です」
「うん。二十四面体の鏡なら、シュウヤが旅した先に置いとけば、宗教国家ヘスリファートのベルトザム村の教会にあるパレデスの鏡のように遠くに転移が可能」
「そうね。空島の鏡と大瀑布の鏡も気になるわ。でも、その卵の魔人は生きているの?」
皆の言葉を聞きながら、二十四面体の十八面をフリック操作。
二十四面体は折り畳まれるとゲートが起動した。
奥の鏡が光った!
よっしゃ、パレデスの鏡なことは確定だ。
光のゲートには、暗い宝物庫と左側にいる俺たちの姿が少し映った。
「わぁ、凄い! 光った! パレデスの鏡を発見とか! なんか嬉しい!」
「おう、やったな! パレデスの鏡の十八面だ」
「うん、凄い。ここで鏡と繋がるなんて。あ、パレデスは時空属性持ちの大魔術師の名前ってこと?」
「たぶんな。二十四面体の製作者の名か、使い手の名か」
「そのパレデスさんがまだ生きている? それとも【魔術総武会】の大魔術師が鏡を発見して、ここに保管していた?」
「大魔術師なら生きている可能性はあるが……」
神獣ローゼスの黒き環の過去話……。
吸血王の血魔剣、<ソレグレン派の系譜>を獲得した際、血外魔の大魔導師アガナス、血内道の中魔導師レキウレス、血獄道の大魔導師ソトビガ、血月陰陽の魔導師ゼノンなどによるソレグレン派の吸血鬼たちによる魂喰らいの儀式の時に見えた幻影には、ゲートを使う大魔術師らしき存在はいた。
そして、
『ロロを知る魔導師たち。吸血神ルグナドの理を弾く者の末裔と聞きましたが、黒き環と関係が?』
『そうだ。神獣を従えている新しき吸血王よ。我はその代表たる存在。外魔アーヴィンの父。アガナスである。黒き環から到来した末裔なり――』
と思念の会話があったことは覚えている。
「ん、どちらにせよ大発見!」
エヴァもソファから離れて近付いてきていた。
「うん、他のお宝も凄そう」
「それで卵怪人、卵魔人は敵なの味方なの? わたしたちをジッと見ているけど……」
ユイの言葉に頷く。
「卵怪人、卵魔人、どっちでもいいが、卵の小人怪物は、この部屋の門番ってことかな?」
「たぶん、大魔術師ケンダーヴァルが使役していた最上階の門番とか?」
「それにしては小さいと思う」
皆の意見を聞きつつ狩り姿勢の相棒が、体の後ろを揺らし始めた。
卵魔人にちょっかいを出しそうだから、ゲートを出したまま、
「ロロ、狩りはダメだ。アイスホッケーの遊びも、まだだめだ」
「ンン、にゃ~」
姿勢を下げて狩りの体勢の黒猫さんは、少し、きかんぼう的な印象の返事を寄越す。
卵魔人を凝視している黒猫は、尻尾を上下させて、不満そうに床を叩いていた。
「ロロ、あとで大好きな、カソジックと鳥肉の特別なごはんをあげるから、今はがまん」
「にゃ!」
元気のいい声を上げた黒猫さん。
振り向いて、姿勢をエジプト座りに変更した。
黒い瞳が少し拡がってキラキラ輝いている。
この辺りは実に猫らしい。
その相棒を見てから卵魔人に近寄った。
言葉が通じるか分からないが、共通語で、
「卵さん、こんばんは。喋れますか? 俺の名前はシュウヤです」
「……喋れるに決まっておろう。名は卵ではない。トレビンである。大魔術師スプリージオ様の下僕である」
お、通じた。
大魔術師スプリージオか。
「大魔術師スプリージオの下僕のトレビンさん。この部屋の中に入っても?」
「止めても入るのだろう? 自由に入れ」
「入るつもりですが、トレビンさんはこの部屋の門番では? 部屋には罠がありますか?」
「罠はない。あっても敵なら罠があると言うわけがないだろう。そもそも主の封印を、シュウヤの魔力で強引に解いたのだ。最低でもシュウヤは主と同級、或いは超えている存在である。我に勝ち目はない。更には、あの鏡が光るのは初めて見た。鏡の持ち主が出現したことも驚きだ。そして、アギト、ナリラ、ナリラ、フリラ、アギトナリラ、ナリラフリラなどの管理人たちがシュウヤたちを認めている。止める理由はない」
「了解、んじゃ、入らせてもらうとして」
皆に目配せ。
ユイたちは頷く。
「俺が最初に光のゲートから入って鏡を利用して中に入る。皆も部屋に入るなら、俺のあとにしろ」
「にゃ――」
相棒は俺の肩に来る。
一緒にゲートを潜るつもりだな。
「シュウヤ……うん。トレビンは見とく」
「ふふ、はい」
ユイとキサラは笑顔を見せる。
頷いた。
その美人なご両人は、それぞれの得物をトレビンに向けて警戒モード。
ヘルメは俺の真上を浮遊しつつ付いてきた。
卵型トレビンはヘルメを見て驚く。
そして、ミナルザンを見て、更にギョッとした顔を作ると、溜め息を吐いて、
「キュイズナーとか……」
と少し困ったような顔付きとなる。
が、すぐに両手を拡げて、『俺は何もしねぇぞ』って表情を浮かべた。
そのトレビンの顔付きが憎たらしい。
ハンプティダンプティ的な丸い卵で、アドゥムブラリとは違うコミカルさを持つ。
そして、トレビンの主は大魔術師スプリージオ。
俺の魔界四九三書のフィナプルスの夜会を盗もうとしてきた大魔術師だ。
フィナプルスに迎撃されて腕を斬られていた。
盗賊のような印象だったから、その下僕となると怪しい存在だ。
「では、わたしも、トレビンを見張ります。部屋の出入り口で――」
「ん、わたしも――」
ヴィーネとレベッカがトレビンを退かして部屋の前に移動。
「うん、わたしも、あ、でも、三人分のスペースはないか。シュウヤと一緒がいいけど」
「レベッカ、俺のあとに入ってきたらいい、が、なにがあるか分からない以上、今は見ていてくれたほうが安心する」
「うん、分かった。ユイたちの傍で見てる」
頷く。
「マスター、宝箱の中に金属がありそうだから、わたしも入るわよ」
「おう」
「え、宝箱もあるの?」
「うん、左の隅、肌色のカーテンの下に」
「あ、紫色と銀色の箱ね」
「そう」
「え、あ、本当ですね。では、鍵が掛かっているかも知れないですし、わたしも安全ならば、中に入って、鍵開けを……」
「そうだな。ま、俺が入って安全か確かめてからだ。そこの卵、トレビンもいるからな」
「はい」
ヴィーネと頷き合う。
そして、皆の顔付きを見て、トレビンの変顔を見てから、
「相棒、行こうか、見えている鏡の先で一瞬だが」
「ンン、にゃ」
相棒は前足を上げて了承。
肉球を横目に見てから頷く。
その相棒は返事に、俺の耳朶を、その前足でパンチしてきた。
まぁいいやと、そんな黒猫さんを肩に乗せたままゲートを潜った。
一瞬で、十八面のパレデスの鏡から出た。
宝物庫の内部だ。
「やったわね!」
「ん、罠もなさそう」
「はい、パレデスの鏡をゲット!」
「高位魔力層の一族たち、心配のしすぎだ。罠はない。が、主はもう気付いた頃か」
卵の形をしたトレビンがそう発言。
ユイが、
「主の大魔術師スプリージオがここに来ると?」
「来るかも知れない」
「空に消えた大魔術師スプリージオ、他の大魔術師たちと共に魔塔ナイトレーンだと思いましたが」
「では、大魔術師スプリージオを警戒しましょうか」
「うん、下から普通に上がってくることはないと思うから、そこの屋上かな」
ユイが中央を越えた先にある巨大な硝子窓を指摘。
「んじゃ、皆、警戒を続けてくれ。俺たちは早速調べてみるか」
「外は任せて」
「大丈夫そうだから、わたしも中に入る」
「わたしも」
「閣下の傍に――」
レベッカとミスティとヘルメが宝物庫に入ってきた。
三人に対して、宝物庫の何かが反応することはない。
パレデスの鏡の上部から外れた二十四面体が頭部付近を回る。
その衛星のように回る二十四面体をほっときながら――。
机の上のアイテムを凝視。
マネキンは魔法の仮面を納めるアイテムか。
白銀にコチニールレッドが少し混じる仮面は渋い。
面頬と似た形でもあるか。
魔人風。魔力もかなり内包されていた。
『器よ、ここの品はすべて怪しい。だが、シャワールームほどの嫌な予感はない印象だ』
『了解、沙の予感は結構正解が多い印象だから、アイテム類は大丈夫そうだな』
『ふむ。が、妾のはスキルではないからな』
『おう』
「禍々しさはないし、白銀の仮面を触ってみる」
「うん」
マネキンの顔の一つに嵌まる白銀の仮面に触れた。
魔力と皮膚が吸着したような感覚を得たが、それだけだ。
「なにもない」
白銀仮面の金具を外して取った。
魔力をかなり内包している。
「ングゥゥィィ、シロイノ、マリョク、アル、ホシイ……」
「この白銀の仮面が優れた防具なら竜頭金属甲に食べさせるのも手か」
「うん」
「とりあえず、白銀の仮面をかぶってみる」
「うん。魔人的、男物に見える。<霊血装・ルシヴァル>の見た目に近い?」
「はい、閣下に似合いそうです」
「おう。今の軽装だと、少し違和感があるが――」
白銀の仮面を装着。
すると、キュッと音を立てて俺の顔にフィットした。
――おぉ、かなりの魔力を得た。
脳幹と背筋がまた熱く、<脳魔脊髄革命>関係か?
※ピコーン※<魔装天狗・聖盗>※スキル獲得※
おお、スキルをゲット。
「わ、素敵だけど、シュウヤよね」
「マスターが別人になって見える……。軽装の上着に重なって、白銀の衣装が仮面から展開とか、驚き……」
「うん」
「ご主人様、光っていましたが……その白銀の仮面と白銀の衣装は……」
出入り口付近にいるヴィーネは驚いて俺を見ている。
そんなヴィーネが、普段付けている白銀の仮面とは、今装着中の白銀の仮面は形が異なるとは思うが、色合い的にお揃いかも知れない。
「……俺は俺のままだ。スキルを獲得した効果もあるだろう」
「え、スキルを得たの?」
「あぁ、<魔装天狗・聖盗>のスキルを得た」
「「おぉ」」
「衣装防具の魔道具の名前に魔装天狗の名があったことは知っているけど」
「うん」
「マジかよ! その二十面相の聖魔術師の仮面に認められたのか……」
卵のトレビンが驚きつつ呟く。
「<魔装天狗・聖盗>とは、<瞑道・霊闘法被>とはまた違う、変身効果があるアイテムと連動したスキルってこと?」
「そうなるか」
「ングゥゥィィ、ピカピカ、ヒカル、マリョク、アルノ、オオイ!」
他にも食いたい品があるハルホンク。
右肩の金属の口から、よだれがこぼれる勢いだ。
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