八百十五話 試作型魔白滅皇高炉
2021/07/11 17:40 修正
扉付近の鋼のポールの先端を片手で触りつつ、
『ユイ、もう気付いていると思うが、魔塔ゲルハットに到着した。今、地下にいる』
『うん。今向かってる――』
ユイとの血文字を速攻で終える。試作型魔白滅皇高炉がある地下施設か。
鋼のポールから左手を離した。その左側の出入り口にある鉄の縁を触りつつ一歩、二歩と前に進む。相棒は肩に乗った。背後から皆も付いてくる。
試作型魔白滅皇高炉がある地下工房に入った。
地下工房は少し薄暗いところもあるが、大きい作業台が並ぶ奥の中心は明るい。
地下工房は一種の製鉄所って印象だ。
床の色合いは鋼鉄色。溝から魔力が迸っている。この辺りは近未来的。床を見ている間に先頭に立ったミスティとディアが博士と助手に見えた。
ミスティ博士はスタイルがいいからつい視線が体に向かう。
そのミスティが細い腕を斜め左上に上げて、
「中央の灰銀色の大きい鍋釜にも見える物が、試作型魔白滅皇高炉の中央部。左右もその試作型魔白滅皇高炉の範疇だけど、スライド式の大きな棚と無数の素材入れにスクロールが納まる巻き魔機械と、スクロールを納める専用スロットもある。そして、試作型魔白滅皇高炉の手前に、専用の魔機械が備わる移動可能な作業台。その上に試作型魔白滅皇高炉専用の操作パネルがある。作業台には階段もあるから」
とミスティ博士が語る。ディアと少し形の異なる眼鏡が似合う。
左目にいる常闇の水精霊ヘルメも、
『大きい試作型魔白滅皇高炉はキラキラ光って素敵です! そして、この地下部屋は狭間が薄いようで濃い部分もある。不思議と精霊ちゃんが沢山いるところとまったくいない場所があります』
と思念を寄越した。精霊の多い少ないは分かるような気がする。
ここは素材を加工する場所でもあるんだからな。
『塔烈中立都市セナアプアでは、神の魔法力、式識の息吹が干渉されるが、ここは干渉が弱いのかな。それとも地下コアの魔霊魂トールンの能力か。量子コンピューター的な、魔塔ゲルハットの他の二つのコアの能力かも知れない』
『はい』
『左奥には金床とハンマーもある。オーソドックスな精霊を用いた金属加工も簡単に行えるのなら、ザガ&ボンも気になるかも知れない。そして、天井付近の吹き抜けは、地上の魔塔ゲルハットの庭に繋がっていると分かる』
『はい。庭にあった煙突のような建物ですね』
そして、皆は、一度この試作型魔白滅皇高炉を見ているから驚いていない。
俺は作業台の先の奥の壁に嵌まっているような試作型魔白滅皇高炉を凝視。
近未来の溶鉱炉と言えるのか?
細長い円筒が、左右の鋼の柱と小さい鍋釜のような物にも繋がっている。
魔力の液体が詰まっているパイプラインも巨大なパイプオルガンに集まるように中央の炉に集結している。節々の金具の部品が小さい人工衛星に見えてくる。
全体的に火力発電所と融合した製鉄所を想起させた。
俺の知る日本の火力発電所は素晴らしい技術力を有していたなぁ。
「圧巻だ……」
「はい、優れた魔機械の施設を有した惑星セラ。選ばれし銀河騎士が辿り着いた星なだけはあります」
「都市ごとに性格が異なるから、この【塔烈中立都市セナアプア】はエセル界と通じて文明力の高い魔機械が流通しているから特別なのかも知れないな」
「たしかに。塔烈中立都市セナアプアでの【白鯨の血長耳】の持つ権益ですね。他の次元界の扉があるとも。エセル語の翻訳者は特別なボディガードが雇われていると、最低でも最高幹部が一人付くと聞きました」
「おう、ビーサもよく勉強したようだな。その下りは俺も初耳だ」
「ふふ、弟子としての務め。師匠のために勉強します。因みに、ユイさんたちが詳しく教えてくれました」
レベッカたちが頷く。
「そのようだ」
「そして、師匠。フォド・ワン・XーETAオービタルファイターが見たくなりました」
「――フォド・ワン・プリズムバッチか」
戦闘型デバイスのアイコンをズーム。
ビーサは、フォド・ワン・プリズムバッチを注視して、
「はい」
「俺も見たい思いは正直かなり強い。が、楽しみは後だ。カボルの交渉の前後に試すかも知れないが」
「分かりました。それは楽しみです」
すると、ミスティが鼻息を荒くして、
「驚いたようね。この試作型魔白滅皇高炉は見た目も迫力あるでしょう」
「ある。放電に硝子に炉にと、怖いぐらいだ。これで試作型とは思えない。しかし、ミスティ、この試作型魔白滅皇高炉を見た時、鼻血は大丈夫だったか?」
ミスティは体をビクッと揺らすと……。
誤魔化すように眼鏡の端に指を置いてから視線を斜めに向けて、
「だ、大丈夫よ」
「ん……」
「う、エヴァ、そんな目でわたしを見ないで……」
「ん」
「わ、分かった。本当は、興奮して大変だったの」
「ふふ、頭部を反らして、二つの鼻の穴から迸る<血魔力>。それは見事な放物線を宙に描いていたわ! エヴァが驚いて拍手していたし!」
レベッカがそう指摘。
エヴァも、
「ん、興奮してた」
「恥ずかしい。ってことで、中央が、試作型魔白滅皇高炉! 左右の魔高炉も白命炉厰と同程度の性能の魔高炉。同時に複数の職人による鍛冶、魔金細工、エンチャントが可能。ドミドーン博士が装備していた鎧もここなら素材があれば作れると思う」
それは凄い。ミスティが前に遠慮しつつ欲しいと語っていた軍が使うような白命炉厰。凄く高価な炉だったはずだ。
大魔術師アキエ・エニグマは、そんな大層な大魔法研究魔塔を思惑があったとしてもくれた。そんな彼女がまだ魔塔ナイトレーンに幽閉中で、シオンたちが手こずっているのなら、俺が魔塔ナイトレーンに向かい、大魔術師アキエ・エニグマの解放を促すか。
そんな思考をしつつドミドーン博士の装備品の素材を思い出して、
「たしか多重茸だったか?」
「はい、エレグラの実も」
聡明なヴィーネが補完してくれた。
中央の円筒形の試作型魔白滅皇高炉を凝視。巨大な鍋釜的でもあるか。
そして、ザガが見たら、
『なんだこれは、わしは知らんぞ、こんな炉は!』
と興奮しそうだ。
俺の魔槍杖バルドークを見たらなんていうだろうか。
<柔鬼紅刃>のスキルも見せたら腰を抜かすかも知れないな。
ボンの場合は『エンチャント!!』とはしゃぎそう。
「ご主人様?」
「あぁ、ザガ&ボンを思い出した」
「……はい」
胸元に手を当てるヴィーネの仕種。大人びていて優しさが溢れている。普段は強い雌としての誇りが出るが、俺に対して見せる優しい一面も見ると、ヴィーネを独占したくなる。
その愛しいヴィーネが、
「優秀な鍛冶屋のザガが、この試作型魔白滅皇高炉を見たら色々と試してみたいと思うはずです。そして、ボンの<賢者技師>ならば、どのような相乗効果を生むか……」
「たしかに」
「うん。ザガさんには偽宝玉システマの件を伝えてあるから」
星鉱独立都市ギュスターブの破壊と偽宝玉システマの件か。
悲懐が籠もるが、それも思い出。
そして、悲しさだけではない。
連綿と続いたギュスターブ族の力を宿すゼクスを見る。
数々の悲しい出来事を力に変えたミスティが造り上げた現時点で最高の技術の粋で作られた魔導人形のゼクス。
彼女がコツコツと努力していたことは知っている。
素晴らしいゼクスを造り上げたミスティを素直に尊敬しよう。
その想いを込めて、
「……魔導人形のゼクスの進化にはザガ&ボンも関わっているんだな」
「勿論。ザガさんは忙しいから、素材の調整をお願いした程度だけど、嬉しがってくれていたわ。『日日是好日……これもシュウヤのためになるんだな』ってね」
ザガ……。
「ふふ、シュウヤったら、泣きそうになって!」
「当然だ。ザガは友。そして、俺の大事な魔槍杖バルドークと竜頭金属甲が取り込んだ魔竜王装備を作ってくれた偉大な鍛冶屋だからな」
「うん、ってもう、そんな顔をして! わたしまで涙が出てきそうじゃない!」
怒っているようで泣きそうなレベッカが面白い。
笑いながら左腕で流れた涙を拭いた。
レベッカも涙を拭いてから頷いて、「会いたくなった」と呟いた。
『そうだな』
と思いながら、その表情を誤魔化すように――。
巨大な試作型魔白滅皇高炉を凝視しつつ前進。
階段が備わる作業台から少し離れた。
試作型魔白滅皇高炉の中央部に近付くと、巨大な胸甲か盾にも見えた。
鍋釜風の縁の天辺は丸みを帯びている。
そして、試作型魔白滅皇高炉ならば大規模な冶金が可能か。
烈戒の浮遊岩の大量の鉱脈にも、めどが立ったことになる。
メルが本拠を魔塔ゲルハットに移すと言った件にも繋がるのか。
一時帰還したペルネーテで会話した時、メルは、クナの大型転移陣次第と言っていたが……。
鉱脈がある烈戒の浮遊岩のことを聞いた上での判断だってことだろう。
そして、泡の浮遊岩も解放した。泡の浮遊岩は温泉に塩もある。
大規模な〝泡の浮遊岩の塩〟として商品化も狙えるか。
<従者長>上院評議員ペレランドラには商会との太いコネがある。
ナミさんとリツさんのところの組織も【天凛の月】に加わる予定だ。
【白鯨の血長耳】と【魔塔アッセルバインド】も連携できる。
これから会合予定の魔力豪商オプティマスは不透明だが……。
それらの相乗効果は高いだろう。
販売ルートは南マハハイムの黄金ルートがある。
副長メルが敏腕を振るう黒猫海賊団が使えるか。
センティアの部屋を用いた輸送なら、これはちょいとずるいか。
しかし……。
メルはもうとっくに大商人の道を突きすすんでいるが、俺も本格的に異世界立身出世Ⅵがついに始まるのか!
「シュウヤ、鼻血?」
「まさか鼻血のリアクションとは、予想外!」
「ちょ、まてや、鼻血ではない。<血魔力>だ。つうか、なんで俺の顔を皆で凝視中なんだ」
筋肉アピールをしろと?
竜頭金属甲を意識して、相棒と一緒に裸芸をしろと?
「え……」
「あ、うん……」
「ん……」
エヴァの視線を追うと……。
紫の瞳が見るのは、試作型魔白滅皇高炉の真下?
鋼の扉が二つに木製の扉があるが……。
その上か。
あぁ、皆め……分かったぞ。
太いパイプで繋がる鉱滓がたまっている分厚い巨大硝子瓶か。
その巨大硝子瓶の形が男性と女性の性器と似た作り。
しかも、絶賛ハッスル中に見える巨大硝子瓶だ。
巨大硝子瓶の上部は砂時計風で非常にアート的だが……。
外観が、な。
だからか。
このえっちな巨大硝子瓶を見て、俺のリアクションを予想していたな?
面白いモノボケを行えと?
迷っていると、ヴィーネが、
「……ご主人様、素敵な試作型魔白滅皇高炉ですね」
「あぁ」
助け船を出したヴィーネと恋人握り。
素敵の部分のイントネーションについては指摘はしない。
「ふーん、負けた」
「ん、勝った」
「銀貨一枚、エヴァの一人勝ちね」
と楽しそうなミスティとレベッカとエヴァが喋る。
彼女たちは、俺がどんな反応をするかで賭け事をしていたようだ。
ヴィーネは賭け事には加わっていないようだ。
血文字でコミュニケーションを行った時、ヴィーネは魔塔ゲルハットの地上の庭だったな。
俺たちに嫉妬しながらも、手に入れたばかりの烈級:雷属性の《雷魔外塔》の実験をしていた。
すると、ヴィーネは
「では、ご主人様、秘密にしておいたイザーローンを使います」
「おう、秘密か」
ヴィーネは「はい!」と返事をしつつ一回り大きくなった金属鳥を放つ。
竜のような鱗の鎧が渋いミニシルバードラゴンって印象の金属鳥は飛翔。
<荒鷹ノ空具>の白い翼が似合うヴィーネと同じか。小さいが、白銀の翼を拡げて飛翔する姿は、シルバーフォックス的!
その金属鳥は宙空で静止。
バチバチ音を立てて放電し出す。
一瞬、周囲に稲妻が見えた。
室内に放電中だった魔力を体内に取り込んでいる?
試作型魔白滅皇高炉が放出中の魔線と関係しているのか?
金属鳥はブルブルと体を震わせる。
放電も激しくなった。
サキアグルの店主のパンタグリュエルの溶液を取り込んで雷を放出している時を思い出す。
「金属鳥が壊れそうに見える」
「大丈夫です。ミスティとの協力で、金属鳥は体内に雷属性の魔力をかなり溜めることが可能となったんです。そして、この試作型魔白滅皇高炉の近くですと、より雷属性の魔力を溜められる」
ヴィーネがそう喋ると、ミスティも、
「うん! ここで、パンタグリュエルの魔宝石を取り込んだ金属鳥を少し分解して、弄ったの。ま、この試作型魔白滅皇高炉の効果の一つね」
へぇ、驚いた。
ミスティとヴィーネは近付いてハイタッチ。
続いて、皆もおどけるようにハイタッチ。
相棒もビーサの後頭部から迸る桃色の魔力粒子に飛び掛かる。
ミスティとヴィーネは互いに微笑み合いながら、
「わたしたちもただ嫉妬していただけではないのよね?」
「ふふ、そうだ!」
手をぎゅっと握り合う二人。
【魔霧の渦森】で仲良くなった繋がりは結構深い。
そして、俺には内緒にしていたことか。
ミスティと離れたヴィーネと目が合った。
ヴィーネはちょろっと舌を出す。
珍しいエヴァのような態度だ。
可愛い。
そんなヴィーネを見ながら、
「知らなかった。金属鳥に雷属性の魔力をかなり溜められるってことは、雷属性の魔力の応用が可能に?」
「はい。さすがはご主人様、鋭い。この金属鳥を出したままガドリセスの<血饌竜雷牙剣>を使用すると、速度と威力が増したのです」
ガドリセスの鞘を掲げる。
赤鱗が目立つ渋いガドリセス。
古代邪竜ガドリセスの剣だ。
そのガドリセスを扱うヴィーネと一騎打ちをした強者の空戦魔導師を思い出す。たしか、名はキレイス。
「【亀牙】の空戦魔導師キレイスを屠った必殺技か」
「ふふ、ご主人様のような<魔槍技>系までとはいかないですが、はい」
喜ぶヴィーネを見ると嬉しいな。
「そうか? あの時よりも強化された<血饌竜雷牙剣>なら、<血道第二・開門>、略して第二関門のスキル獲得も近いかも知れないぞ」
「もしそうなら嬉しいです。訓練を続けます」
「おう、俺とえっちな模擬戦をしつつ訓練をしようか」
「はい!」
その直後、背後で蒼炎の気配。
やはり。
「なんでえっちな模擬戦とか、さり気なくえっちを混ぜているん?」
レベッカの鈍った声が可愛い。
振り向くと――。
レムランの竜杖を活かした蒼炎ハンマーを頭上に造り上げながら近付いてきた。
「甘いなレベッカ――」
笑いつつ――。
ヴィーネから離れて走る。
試作型魔白滅皇高炉があるから室内の空きスペースはそんなに広くはないが、まぁ、逃げる!
振り向きつつ横歩き。
小走りにツッコミを入れようと近付いてくるレベッカが見えた。
「――はは、そんな遅いツッコミは喰らわんぜよ!」
「――なんで口調が変わってるん!」
レベッカの細い腕を見ながら――血魔力<血道第三・開門>。
<血液加速>を発動。
サッと足に<血魔力>を纏う。
迅速な加速を実行――。
レベッカの蒼炎ハンマーを避けつつレベッカの体を抱きしめた。
「ぁぅ――」
レベッカの微かな声が可愛い。
素早く、そのレベッカの脇腹を擽りつつ――。
背に右腕を回した。
レベッカの細い体を片手で支えつつ横回転を実行。
やや激しい社交ダンス。
を行ってから体の動きを止めた。
レベッカの心臓音が高まったと分かる。
双眸はうるうるしている。
そのレベッカの長耳に息を吹きかけながら小声で、
「……レベッカにジャハールに蒼炎を灯してもらって、個人的な訓練をしてもよかったんだが、この分では、ヴィーネとのえっちな特訓を優先かなぁ……」
「きゃふ、わ、分かったからぁ、耳に息を吹きかけながら、あぅ――」
と脇腹を擽ったら、ストンッと乙女座りで床に座るレベッカ。
プラチナブロンドの髪が揺れる。
「ンン――」
そんなレベッカの頭部に相棒が頭部を寄せて甘えていた。
プラチナブロンドの髪を喰おうとしているような気がするが、指摘はしない。
エヴァとミスティはディアとビーサと会話。
「ふふ、ロロちゃんはシュウヤと違っていいこ~」
乙女座りを崩したレベッカは、黒猫を追うように右手を伸ばして、その黒猫の頭部と背中を撫でていった。
相棒も尻尾をおっ立てて、気持ち良さそうに背筋を伸ばす。
ゴロゴロ音がここまで響いた。
が、急に相棒は猫らしく天邪鬼機動。
姿勢を素早く下げてレベッカの手から逃げるや、「ンン」と喉音を発してターン。
駆けた。
「ンン――」
相棒が走った先は分厚い巨大硝子瓶。
俺が、卑猥な形を見て、ボケようとした巨大硝子瓶だ。
中身の詰まった素材は凄く綺麗なんだが、外がなんとも。
その分厚い巨大硝子瓶は、試作型魔白滅皇高炉と繋がっている。
「ん、ロロちゃん、悪戯は禁止~」
「ロロ様が夢中になるのも分かります。外はさておき、巨大硝子瓶の中身は非常に美しい」
キサラの言葉に自然と頷いていた。
ミスティが、
「うん。中身は、溶融した魔金属から分離した魔力が濃厚な滓。でも、貴重な素材でもある」
「ん、芸術家が作る絵のように見える」
「はい。魔法学院ロンベルジュの芸術教室でオセべリア芸術大賞五九〇にノミネートされた絵画と似ています」
ディアがそう指摘。
オセべリア芸術大賞か。
ヘカトレイルでも見かけた覚えがある。オセべリアは建国されて、五百九十年経っているってことか。
「にゃ、にゃ、にゃお~」
黒猫は皆の声に返事。
試作型魔白滅皇高炉の真下に移動していた。
その黒猫さん。
硝子の表面に両前足を当てて、その巨大硝子瓶の中身を覗く。
硝子の中に沈殿した素材はフラクタル図形の『マンデルブロ集合』を繰り返しているような芸術的な不思議さを併せ持ち、とても綺麗だからな。
黒猫的にも面白いだろう。そして、巨大硝子瓶の内側から黒猫を見たら……きっと、可愛い黒猫の顔を見ることができるだろう。
桃色の小鼻を拡げては窄めて、くんかくんかしてそう。
その可愛い顔を見るために偵察用ドローンを、使用しない。
ここから少し距離があるが、俺も硝子瓶の中を凝視。硝子瓶の中身は液体的、皮膜的。鉱滓だから、一種のスラグウールなのか?
ジュピターのような表面の模様は本当に綺麗だ。
タイガーアイのパワーストーンを作製できたりするのだろうか。
そんな万華鏡を思わせる色彩模様を相棒の横でジッと見ていたくなったが――。
真上の試作型魔白滅皇高炉に視線を移す。
灰銀色の巨大な鍋釜にも見える試作型魔白滅皇高炉。
表面には幾何学模様の溝も多数ある。
マハハイム共通語の黒い文字で『試作型魔白滅皇高炉』と書かれてある。
表面の溝を光る魔力が走るたびに、放電が溝の周囲で起きている。
漆黒色と紫色の魔力が周囲に散った。
放電の大本は青白い。
その試作型魔白滅皇高炉から迸る青白い放電は……。
高周波電流的な魔線の束、触れたら火傷しそうだ。
放電的な魔線の束が繋がる背後の作業台の真上にある巨大黒板的な魔機械からはバチバチ音が響く。
「ミスティ、試作型魔白滅皇高炉の手前の作業台に上ったら、大きなパネル類と天井からぶら下がるメーターと魔道具から放電を受けそうだぞ? あの作業台から試作型魔白滅皇高炉を操作したのか?」
「うん。不思議とケガはしないの。むしろ癒やされて、疲れが取れたような印象」
まさに『ニコラ・テスラ』的だ。
メドベッドと呼べるか?
「試作型魔白滅皇高炉の魔力は使い手の職人のことも考えられた作りなのか」
「そうかも知れない。大魔術師用とも呼べるから要研究事項」
そう言えば、ペルネーテの自宅の中庭にあるクラブアイスの墓石。その墓石に遠距離から魔力を送り込めるシステム的なことでワイヤレス発電網のことを考えたことがあった。
その墓をクナ、ルマルディ、ルシェル、キッカ、大魔術師ケイ・マドールに見てもらえば解放の手段に目処が付くかも知れないな。
「マスター、作業台の上に、試作型魔白滅皇高炉を操作できるパネルがあるからね。操作するんでしょ?」
「分かった、上がる」
ミスティは「なら、こっち」と先に右側の作業台の階段を上る。
俺も戻って階段に足を付けてから、背後を見て、
「相棒、作業台に上がるからな」
「ンン」
喉声を鳴らして尻尾を揺らす黒猫。
巨大硝子瓶に沈殿する素材に夢中か。
作業台の階段を上がった。
短い階段を上がった先には――。
黒い魔機械があった。
――この魔機械が試作型魔白滅皇高炉の操作パネルか。
試作型魔白滅皇高炉から出ている魔線の束が、目の前の操作パネルの背後に密集していた。
下からは、巨大黒板にも見えた部分だ。
その操作パネルの表面には魔印や文字がたくさんある。
青白い放電が降りかかるが、癒やし効果で温かい。
ミスティが、
「これで、試作型魔白滅皇高炉を操作できるの」
操作パネルの上下左右にはインスツルメントパネル的なメーター類の魔機械が並ぶ。それらの魔機械から水蒸気的な魔力が放出中で水蒸気満載のスチームパンクのような部品が多い。
チョーク素材の立体模様も幾つも浮かんでいた。
クリスタルの魔機械の上には、モンスターの素材と、魔金属類のホログラム的な画像が映る。
「へぇ、あの素材の模様は、試作型魔白滅皇高炉の内部に納まっている素材とか?」
「え、よく初見で理解できるわね」
「まぁありがちだろ」
「驚かせようと思ったのに! もう、物知り男! で、ここを押すと――」
声が可愛いミスティ。
細い指でパネルにある一つのボタンをポチッと押す。
すると、驚き桃の木……ではなく。
パネルと連動した試作型魔白滅皇高炉の素材を格納できる棚が降下してきた。
金属を型に嵌める鋳造機も部屋の横から出現。
「ミスティ、ボタンはすべて調べたの? わたしは見てない棚が降りてきた!」
「うん」
そのボタン付近に↑↑↓↓←→←→のマークがある。
BAのボタンを想像した。
無敵モードにチェンジする試作型魔白滅皇高炉か?
そんな冗談は言わず、
「複数の素材を入れることが可能か。下のほうには鞴もあるし、オールドな鍛冶から最新の魔高炉製鉄法を用いることも可能か。鋳造もできるなら、まさにスペシャルワンな高炉が、試作型魔白滅皇高炉か」
「うん」
すると、右下の扉から見知った魔素の気配が、
「シュウヤ、センティアの部屋ってどこ!?」
ユイだ。
続きは来週を予定。
HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。」1~14巻発売中。
コミックファイア様から漫画版「槍使いと、黒猫。」1~2巻発売中。




