八十話 隠し剣・氷の爪
「うぅ……」
メリッサは腰を抜かしたのか壁に背をつけながら、ずるずると下がり尻餅をつく。
呆然としながら、もごもごと呻き声をだしていた。
「メリッサ。怪我はないか?」
「ひぃぃぃ……」
俺が近付くと、悲鳴をあげる。
あちゃぁ、ショックで下腹部が濡れている……。
怪我はないようだが、少し様子がおかしい。
「メリッサ。おい、どうした? ……だめか。ロロ、見守っておいて」
「にゃ」
黒豹型黒猫は俺の言葉を聞くと、素早く四肢を動かし大きなストライドでメリッサに近寄っていく。
その間に敵が発生させていた魔法の光源が次々と自然に消えて暗くなったので、メリッサのために三角形が平面に並ぶ指輪から光源を発生させた。
メリッサは黒猫から顔を舐められているが虚ろのままだ。心配だが、しょうがない。今は尋問を優先させる。
足に怪我を負って逃げようと這いずっている奴のもとへ移動。
「グアァァァッ」
「おぃ、聞かれたことに話すなら、踏むのを止めてやるがどうする?」
「わ、わかったから、足を退けてくれぇ」
怪我した個所を踏みしめていたが離してやった。
「で、誰の命令で俺を狙った?」
「……オゼさんとジェーンさんだ」
また、その名前か。
「その二人は【梟の牙】の幹部なんだよな」
「あぁ、その通り、オゼさんとジェーンさんは【魔鋼都市ホルカーバム】を仕切っている」
「幹部を束ねているボスもいるんだろ?」
「いる。ボスは総長のビル・ソクード様。【迷宮都市ペルネーテ】にいるはずだ」
黒幕はペルネーテか。
「俺の情報はベルガットから買ったのか?」
「そうだ」
「なるほど、それじゃ、どの程度、俺の情報を得ているのか教えてもらおうか」
【梟の牙】のメンバーは覚悟を決めたのか、頷き、口を動かしていく。
「……最初は【ガイアの天秤】を追い詰めていた部隊が突如消えるように全滅したことから始まる。……オゼさんは【ガイアの天秤】の“四腕のデュマ”が居ない敵部隊にそれほどの余力がある訳がない。絶対におかしい。と強い口調で話をしていた。同じくジェーンさんが、敵に雇った“凄腕の用心棒”がいるのでは? と最初に気付いたのがきっかけだ」
そこからか。
ミスティを雇い隊商を襲ってきた奴らがどうなったかは、まだ【梟の牙】は知り得ていないらしい。
「そして、何回か盗賊ギルドから情報を得ているうちにジェーンさんは槍使いお前が怪しいと話していた。そして、独自の情報網を駆使して、お前に注目。領主との一件にベルガットのボスとの面談を高級宿で行っていたのを確認したジェーンさんはただ者じゃないと判断。やはり【ガイアの天秤】に雇われた用心棒の線が濃いと。だから、俺たちが指示を受けて、槍使いを背後から追いかけたというわけだ」
色々と漏れていたと。
まだ【ガイアの天秤】には正式に雇われていないんだけどね。
さて、少し実験を兼ねて……。
微細な魔力をコントロールしながら右手に持った魔槍杖へ少しずつ濃密な魔力を注ぐ……魔槍の表面に魔力の波紋が透き通る。
一瞬にて、紫金属の表面に付着していた細かな血汚れが落ちていた。
だが、俺がやろうとしているのは違う。それは後端にある蒼い綺麗な巨水晶にも見える竜魔石へ微細な魔力をコントロールして集めること。
魔力を慎重に操作……巨水晶に魔力を浸透させた、その刹那、水晶体の中心にある小さい円環のような方位体が魂を得たかのように強く煌いて水晶体を蒼一色に輝かせる。その蒼く輝く水晶体の先端からは俺のイメージ通りである氷の鋒が伸びていき、表面に薄っすら白い靄を宿している蒼氷の広刃剣が生成されていた。
イメージ力は大事だ。
名前的に氷刃剣。
だが、標準武器である紅矛、紅斧刃を最初に相手は注意を向けるはず。
なので、後端の氷広刃剣は伸縮自在の云わば隠し剣と言える。
ギミック的に使えれば、フェイントになるだろう。
ただ、魔力コントロールに癖があるので、少しずつ練習して慣れていくしかない。
「……んあっ、そ、それはなんだ? 助けてくれないのか?」
「……さぁな、聞きたいことは聞いた。お前は、神にでも祈った方が良いんじゃねぇか?」
「か、かみしゃぁまぁ、たすけてぇぇ」
「ま、そんな都合がいい――神様はいないがなっ」
アルカイックな笑顔を餞別に隠し剣を生やす魔槍を下に動かす。
氷の両刃剣はサクッと抵抗感なく這いずる男の胸に吸い込まれていった。
「ガハッァ」
魔力の放出を止めると、魔槍杖の後端から飛び出ていた隠し剣が瞬時に消失した。胸元の傷口だけが露となっている。
傷口からは血が止めどなく溢れ冷たい空気と血の臭いが漂うだけとなった。
さて――こうなると、【ガイアの天秤】に直で接触した方がよいか?
でも、それは明日以降だ。
今はベルガットの本拠地に行かないと……。
魔槍杖を回転させながら仕舞い、メリッサの姿を見る。
彼女はまだ呆けているようで、ぼうっとしていた。
まだ、だめか。
こうも長く心神喪失状態だと、ただの心的外傷ストレスでもなさそうだ……とにかく、多少強引にでも彼女には正気に戻ってもらう。
「メリッサ、メリッサ、おい、起きろっ」
「にゃ、にゃ」
両肩を持って、激しく揺さぶった。
黒猫ロロも触手を伸ばし、一緒になって揺らす。
「……は、はぃ……」
「よかった。気がついたか。立てるか?」
「は、はぃ。……ぁ、い、いえ、駄目みたいです……」
メリッサは完全に腰が抜けて足がふらついてダメらしい。
じょびじょば状態のアンモニア臭がするが、しょうがない。
「わかった。なら――」
メリッサを強引に抱く。
お姫様だっこしちゃお。
「あ、ぁぅ、ダメですよ――」
「ほら、もう大丈夫。それで、ベルガットの本拠地に行こうと思うんだが……メリッサ、その格好で大丈夫か?」
「えっ、えぇぇ……こ、これは、その、嫌ですね……すみません。臭いますよね、コレ……」
彼女は自分の下半身がじょびじょば状態だと認識すると、恥ずかしいのか頬を紅く染め身を縮ませている。
「構わんよ。一旦、俺が泊まる宿に戻るか?」
「い、いえ、あ、わたしの家、この辺りなんです。連れていってくれませんか?」
「わかった。道順を指示してくれ。ロロ行くぞ」
「にゃっ」
「はい」
メリッサに声で指示されながら細かな路地を案内される。
お姫様抱っこされている彼女はどこか恥ずかしげだ。
きっと、ぷーんと匂うアンモニア臭を気にしてるのだろう。
黒猫は先を進んでは、振り返り、ちょこんと座ってメリッサを運ぶ俺を待つ。追い付くと尻尾を振りながら、また先に進んでいた。
暫く、メリッサの声に従い黒猫の後ろ姿を見ながら路地を進む。
「あ、ここです、鍵は掛かっていませんので」
「了解」
メリッサの自宅に到着。
木組み格子で作られた小さい家だ。
彼女を抱え持ちながら、早速、玄関扉を開ける。
「あれ、お姉ちゃん?」
そこには平絹のワンピース服を着た女の子が立っていた。
「あ、エリカ、この人はお客さん。わたしは助けてもらったの、今は奥に行くから後でね?」
「え、う、うん」
妹か、メリッサによく似てる。
「シュウヤさん、あっちの奥です」
「あぁ、わかった」
玄関口に妹を残し小部屋へ誘導され入った。
所々に女性らしい小物類があるので、ここが彼女の部屋なのだろう。
少し緊張しながら、寝台の上にメリッサを優しく乗せてあげた。
「動ける? 大丈夫か?」
「はい。だいぶ落ち着きました」
確かに、安心しているようだ。
彼女の張っていた頬が少し弛んで見える。
「そのようだな。何か手伝うことは?」
「大丈夫です」
「それじゃ部屋から出てるよ」
「あ、はい」
部屋から出ると、妹さんが見に来ていた。
「あ、どうも」
「はい、こんばんわ。です」
「お姉さんは部屋の中だよ」
「うん。そうですね。ひょっとして、お姉ちゃんの彼氏ですか?」
「えっと、違うよ。ふられた? 感じかな」
「あれれ、そうなんですか?」
そこで、着替えを終えたメリッサが部屋から飛び出てきた。
「エ、エリカ~、シュウヤさんに変なこと言わないのっ」
「あ、お姉ちゃん。さっき、助けられたと話していたけど……」
「うん。そうなの。わたしの仕事は知っているでしょ? だから、その関係でね」
「そっかぁ、もういい加減、【ベルガット】の仕事は危険なんだから辞めた方がいいよ」
「ううん。そういうわけにはいかないの。危ない目にあったりするけど、わたしの情報で助かる人だっているんだから」
「……はぁ、いつもそれ。腕っぷしが強かったら安心していられるのに……」
「フフ、エリカ。ありがとね」
そう言って、妹を抱き締める。
「あ、お姉ちゃん……ん、何か、おしっこ臭いよ?」
「えぁ、そ、そんなことないわ。気のせいよ」
「そうかなぁ」
「にゃ?」
そこで、黒猫が興味深そうに下から俺たちの様子を窺っていた。
「わぁぁぁ――、かわいぃぃ」
エリカはあどけない笑顔を見せると、子供らしい素早い動きで黒猫を捕らえて、抱き締めていた。
「そいつは俺の相棒だ。名前はロロディーヌ。ロロと呼んでやってくれ」
「へぇ、ロロちゃん、かわいいね」
「ンンン、にゃにゃ」
黒猫は嫌そうに鳴くと、身を捩ってエリカの抱っこから脱出。
走って逃げだした。
「あぁ、ロロちゃん、はやいぃ」
エリカは黒猫を追いかけていく。
「ふふ、もう、エリカったら」
「あはは、ロロが必死になってる」
メリッサは笑顔を取り戻した。
さっきは心配したよ……。
おしっこを漏らし、惚けていたし、何かしらの原因でもあると思うが。
聞きにくい話題だけど……
「……メリッサ、その、さっきはどうしてあんなことに?」
「そうですよね。理由をお話しします。部屋に来てください」
彼女に手を握られ、部屋に連れられた。
扉を背中越しに両の手で閉めたメリッサは顔を俯かせている。
……その仕草、顔色から、何か重大な事を話そうとしていることには感づいた。
彼女は顔を上げて、勇気を振り絞るよう目に力を入れると、唇を動かす。
「わたしが……あんな風に、反応してしまったのは……」
鳥の羽根が擦れるような、か細い声で話しながら服を脱ぐメリッサ。
彼女は上半身を露にして、ある事実を晒していた。
えっ……あ、そういうことか。
俺は彼女の上半身を見て、納得した。
胸には酷い傷痕があり、片方の乳房が無かったのだ。
脱いだ服には偽乳があるように見せ掛けの品が入っていた。
「……この傷のせいです。昔、【血印の使徒】トトグディウスの狂信者に拉致されてしまい生け贄の儀式に……十層地獄の王トトグディウスのためと言われて、心臓を奪われかけて胸を抉られたのですっ、その儀式の最中に盗賊ギルドのボスに助けられまして、治癒魔法により命を救われたのですが、それ以来――」
最後まで喋らせたくなかった。
俺は床に落ちた服を拾いメリッサの身体に重ねるように服の上から抱き締める。
「わかったから、この服を着ろ」
「は、はい」
俺に抱き締められた彼女は腰に手を回して紫鎧に顔を埋めてくるように抱き返してきた。
「……ですが、少し、このままで、最後まで話をさせてください」
「あぁ」
「魔法により命を救われて以来、男の人に近付かれるのと血を見るのがどうしても苦手で、恐怖を過度に感じてしまうんです……さっき、失禁して呆けてしまったのも、そのせいです」
あれ? 今は……。
「でも、不思議と今は大丈夫なようです。こうやってシュウヤさんに抱きしめられています。シュウヤさんなら、平気みたい……胸がどきどきしていますが……」
そうは言っても、少し体は震えてる。
勇気をださせてやるか。
「大丈夫か? 俺で良かったらいつでも抱きしめる練習を手伝ってやるよ」
「――本当ですか? わたし、胸が……」
メリッサは不安そうに俺を見上げてきた。
おっぱい研究会は無限の園だ。全てを受け入れる。
くさすぎるが……俺も勇気をだそう。
「……馬鹿、そんなのは関係ねぇよ。お前の心を抱いてやる」
「シュウヤさん……」
彼女の瞳の奥に色情が漂う。
「メリッサ……」
互いに視線を唇へ向けていた。俺は自然とメリッサを抱えるように持ち上げ魅力的な上唇を奪い、柔らかい唇の表面にある溝を貪る。
互いの舌が重なり絡み、唾液を交換……自然とメリッサの体を強く抱きしめていた。
「――痛い」
しまった、興奮しすぎた。
急遽、顔を離す。互いの口からは唾の糸が引いている。
「ご、ごめん」
俺は謝りながら持ち上げるように抱きしめていた彼女を離して床に降ろす。
「ふふ、良いですよ。今度は優しく抱きしめてください……」
「あぁ」
そんな良い時に――
「お姉ちゃん~、お客さんはぁ?」
「あうあっ」
びっくり……そういえば妹さんがいた。
「エリカ~そこで待ってなさい」
急ぎ取り繕うように服を着ていくメリッサ。
服を着ると、俺に向けて笑顔を浮かべ可愛らしくウィンクをしてから扉を開ける。
そこには胸に黒猫を抱えた、邪魔っ娘のエリカがいた。
「えへへ、ロロちゃんを捕まえたよ~」
黒猫は紅い眼を散大して髭が下がりぐったりとしている。
「そうか。ご苦労。エリカちゃん」
そう言って、黒猫の首根っこを掴んで俺の肩へ乗せてやった。
黒猫はやっと解放されたかと、ぐったりしながら頭巾の中へ潜っていく。
「お客さんの名前は、シュウヤさん?」
「そそ、よろしく可愛いエリカちゃん」
「はい。よろしくです」
「エリカ、ロロちゃんを苛めちゃだめよ? 実はとっても強い使い魔なんですからね」
「えぇぇ、本当?」
「その通り。それで、俺は冒険者」
「へぇ、冒険者かぁ、シュウヤさんは強そうな感じするし、かっこいい――」
エリカはそう言って、抱きついてきた。
んおっ、この子、結構胸があるぞ。エリカ君! 良いね、匂いも良い!
「あら、嬉しそうな顔……」
乾いた声だった。
「ハハ……まぁね」
冷静なふりをしながら、笑う。そして、乾いた声の主を見た。
――ひぃあ、冷えた空気が漂うメリッサがいる。
笑っているが、笑ってない顔だ。
「シュウヤさん? さっきは、いつでも抱きしめてやると語っていましたが、誰にでも抱きしめられているんですか?」
「いや、今のこれは不可抗力という奴です」
「ふ~ん」
「あれぇ、ふふ、お姉ちゃん。怒ってる?」
メリッサは頬を若干膨らませているので、丸わかりだ。
「べ、別にぃ、お、怒っていないわよ」
妹のエリカもなんか、したり顔を浮かべているし……。
「そっかぁ、嫉妬しているかと思った」
うはぁ、何か熱いんですけど、姉と妹の視線がかち合ってますよ。
ここはフォローしとこう。
「なぁ、そろそろ、夜もあれだし二人とも寝た方が良いんじゃないか?」
「あ、うん。そうだね」
エリカは子供らしく素直に俺から離れる。
「エリカは自分の部屋に戻りなさい」
「うん。シュウヤさんも来る?」
エリカはあどけない少女から女の顔を浮かべて誘惑してきた。
「こらッ、エリカ、調子に乗らないのっ! 駄目です」
「へへ、わかってますって、部屋にいきますよ~」
エリカは唇から舌をぺろっと出してから隣の部屋へスキップしていく。
「はは、元気な妹だな?」
「えぇ。はい。本当に」
メリッサは笑顔で頷く。
……しかし、この綺麗な笑顔を魅せる彼女を巻き込んでしまった。
今、思えば、最初の頃は酷いことをした。
謝らないと。
「メリッサ。俺は謝らなきゃいけない。済まなかった」
「え? 急に何でですか?」
「最初だよ。情報のやり取りをしてる時、武器を出しメリッサに近付いて怖がらせてしまった。ごめんな?」
情報を引き出そうと駆け引きに夢中になっていた。
目が潤んでいたとか、完全に泣きそうになっていただけじゃないか……あの時の俺を殴ってやりたい。
「……あぁ、そのことですか。いえ、そんなことは気にしてませんよ。良いんです。こうして“色々”と助けてもらいましたし……ベルガットの仕事では危険は付き物ですから」
メリッサは細い手をふりふりと左右に動かして、全く“気にしてません”といったように笑って答えてくれた。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、闇ギルドの争いにメリッサを巻き込んでしまった手前もある」
「しょうがないですよ。何度もいうようですが、わたしの“仕事”ですから。でも、そんなこと言ったら、わたしが悪いんですよ? シュウヤさんの情報を【ベルガット】で流したのは“わたし”が最初なんですから」
眉を寄せ、厳しい表情を作り彼女なりのドヤ顔を決めてくる。
最後はニコッと微笑んでいた。
「はは、それもそうか。ならお互い様だな?」
「ふふ、そうですね」
「だけど、襲われたことはボスであるディノさんには報告しといた方が良いだろ? それに俺と仲良くなると、【梟の牙】に狙われることになる」
メリッサは神妙に頷き、考えている。
「……はい。明日には報告します。確かにシュウヤさんの情報はもう軽々しく流せませんね。【梟の牙】の部隊が全滅したとかなら流せますけど」
「そんなことしたら、【ベルガット】自体が争いに巻き込まれてしまうのでは?」
「その辺は大丈夫だと思います。【ベルガット】の本拠地が襲撃されたら、人員は地下に潜り“潜伏”しますし。何より【梟の牙】には争っている他の闇ギルドもありますし、ましては闇ギルドではない【ベルガット】を襲っても、色々と複雑に絡み合う敵を作るだけで、自ら評判を落とすだけですから」
ベルガットが襲われる可能性は低いのか。
「そっか。少し安心」
「あ、わたしのこと心配してくれたんですか?」
「そりゃそうだろう……」
頬をぽりぽりと指で掻きながら答えていた。
「――ありがとう」
メリッサは感謝の言葉を述べながら、これでもかっというぐらいに抱きついてきた。
紫の鎧越しでも、なんとなく柔らかい女性の感触は伝わる。
……感触を楽しみたいが、【梟の牙】と敵対している【ガイアの天秤】に接触したいので情報を貰う。
「メリッサ。少し情報が欲しいのだが」
「えぇ、はい。何ですか?」
メリッサは俺に抱きつきながら上目遣いで聞いてくる。
「【ガイアの天秤】の事務所。今の本拠地は、何処にあるか知ってるか?」
「はい。知っています」
「教えてくれ」
「わかりました。少し待ってください。皮布に地図を描きますね」
メリッサは俺を抱いていた手を離して、居間にあった机に向かう。
【ガイアの天秤】の店がある位置をおおまかに、描いてもらった。
「地図ありがとな。中央大通りの裏路地の先か。商店街の圏内で【ガイアの天秤】が守り続けている最後の縄張りね」
「はい。【ガイアの天秤】へ向かわれるのですね」
「あぁ、少し前に“美人な女性”と“中年の厳つい男”を助けてあげたんだ」
「それは、“火球のミア”と“鉄槌のビクター”では?」
メリッサの目付きが仕事モードに切り替わっていた。
キリッとした吊り上がった細眉と青目が鋭く光る。
さすがは【ベルガット】、推察するのが早い。
でも、美人と言えばすぐに該当するか。
「……さすがに分かるか」
「そりゃそうですよ」
メリッサは腰に細い手を当て語りだす。
「何しに行くかは聞きません。でも、わたしが、この【ホルカーバム】の裏社会で新しく巻き起こる一ページに参加しているのは確実ですね」
「……はは、そんな大袈裟なもんじゃないよ。それじゃ、夜も遅いし、俺はそろそろ帰る」
「え、あっ、今日は、と、泊まっていかないのですか?」
正直泊まりたいが、妹さんいるんじゃな……。
恥ずかしそうに俯くメリッサを抱き寄せてから耳元で囁いた。
「狼になるのは、また今度」
「――あ、はい」
メリッサは顔を紅くしている。
俺は僅かな息の余韻を残しメリッサから離れた。
「んじゃ、明日の朝にでもベルガットの本拠地に案内してくれれば良いから。忙しかったら指名しながら気長に高級宿で待ってる」
「はい、仕事が忙しくない限り、朝になったら向かいます」
玄関を出て、
「じゃ、また明日――」
と、話している途中、またメリッサから抱き締められた。
「今日は本当にありがとうございました」
背中越しだが、彼女の気持ちが伝わってくる。
「あぁ、いいって」
「にゃっ」
黒猫は頭巾から顔を出して返事をしているようだ。
「ロロちゃんもね、ありがとう」
「ン、にゃにゃ」
そこで名残惜しくメリッサと別れた。
高級宿に戻る道を辿っていく。
だが、かっこよく彼女の家を出たのは良いものの……<夜目>を使用しても路地で迷ってしまい、細かな道を行ったり来たりとしてしまう。
そんな調子で、やっと夜中すぎに高級宿に到着し、部屋に戻ることができた。




