六百六十六話 一対の血の花
「シュウヤ殿、では、先に――」
先に飛翔する亜神夫婦。
「あなた様、行きましょう」
シェイルを抱くジョディが先を行く。
そのシェイルの体には亀裂が多い。
亀裂の間から赤紫色の蝶が木漏れ日のように出ては散る。
そんな儚く散る赤紫色の蝶をジョディの白色の蛾が消えないように寄り添っていた。
「ヘルメ、赤ん坊はビアに」
「はい」
ビアに蛇人族の赤ん坊を預け、
「相棒とヘルメ、俺たちも行こうか――」
「閣下、早い――」
「ンン――」
駆けて、跳躍――。
自然と荒鷹ヒューイも俺の肩から離れて飛翔する。
宙空の足下に出した<導想魔手>を蹴って、空中を前進――。
――側に来た神獣の背中を跨いだ。
触手手綱を掴む。
相も変わらず、太股から得られるフィット感がいい。
「――ピュゥゥ」
近くを飛翔するヒューイが鷹らしい甲高い声で鳴く。
「ングゥゥィィ」
竜頭金属甲がヒューイに挨拶。
同時にヘルメの胸の感触を衣服越しに背中に得た。
「閣下――」
「おう」
相棒は「ンン――」と鳴いて胴体から翼を生やす。
速度を上げたロロディーヌ――。
亜神夫婦とジョディたちを追い掛けた。
一気に神獣ロロディーヌとしての速度を見せる。
――サイデイルの山城と城下町を過ぎた。
――湾曲した地続きの谷間へと急降下。
焦げ茶色と銀色の岩が形作る崖の群れ。
水銀のような清水が、岩と植物の蔦と葉を伝う。
跳ねた水飛沫が射した陽に当たると玉虫色に輝いた――。
霞が虹を帯びて凄く綺麗だ。
亜神夫婦とジョディから迸る魔力の軌跡が、その虹の魔力を吸収するように飛翔する。
美しい――。
匂いがフルーティになってきた。
果樹園のテリトリーが強まったようだ。
地形の高低差が激しい。
サイデイルの南にある【幽刻の谷】もこんな感じらしいが……。
古代狼族の狼将ビドルヌ。
嘗て、ジョディとも戦ったことがある、
古代狼族の将軍の一人。
その狼将が率いる部隊が戦う一帯が【幽刻の谷】。
そこで、旧神ゴ・ラードの勢力と戦っている。
この果樹園も陽が射してはいるが、地底って感じだ――。
更に、空を行き交う魔力の流れがサイデイルと違う。
前にはなかった上昇気流と下降気流の魔力の流れを感知。
魔力が自然と増した感覚を得た。
「ンン――」
相棒もそんな感じを受けているようだ。
季節ごとによるもの?
果樹園のテリトリーとしての意味か?
ルッシーの姿がちらほらある。
光魔ルシヴァルの紋章樹から伸びたであろう巨大な根の一部から出た血が、小さい血の泉を形成しているところもあった。
<霊血の秘樹兵>も周囲を歩く。
蜂も多い。王冠の形をした紋章も近くに浮いていた。
その血濡れた樹木の兵士たちでもある<霊血の秘樹兵>が、手と盾を振るって、挨拶してきた。
盾には蜂と王冠がデザインされている。
キッシュの王冠。
蜂式光魔ノ具冠の力が作用しているってことか。
ここは俺の光魔ルシヴァルの宗主のテリトリーという意味もあるのかな。
あまり俺には実感がないが……。
不思議だ。
リンゴの原生林的な果樹園に到着。
前にも来たことがある。
エンドウ豆っぽい食材を発見。
【戦魔ノ槍師】の又兵衛が家のリビングで斬っていた野菜かな。
詳しく言えば穀物か。
本格的な果樹園に突入。
――極彩色豊かな果樹園だ。
まさに、アダムとイブといった天国の園。
リンゴ、アボカド、葡萄、ヒキガエルの群れが宿る巨大カボチャ。
あ、左には、枝にぶら下がっている不思議な、葉菜類の白菜と緑黄色野菜の人参に、穀物の黒色のトウモロコシ?
巨大キウイフルーツもある。
あ、ナスも、地面から飛び出た芋のような野菜もある。
同じように、大根的な大きさの野菜が……。
赤ちゃん風の神秘さがある叫び声を上げている根野菜がジャンプしては散る不思議な光景が見えた――。
一瞬、赤ちゃん先生でもあるヘルメに聞こうとした。
が、水まきに夢中で気付いていない。
「――にゃご」
相棒は口元から火を少し出していた。
警戒していたから危ない赤ちゃん野菜なのか?
――生きた赤ちゃん野菜が散るエリアは通り過ぎた。
ま、穀物と野菜類が多彩ってことでスルーしよう。
お? 次は銀色と金色のトウモロコシも見えた。
そのトウモロコシに蝶と淡い天道虫が無数に付着している。
ジョディたちが通りすぎると、それらの蝶が舞った。
天道虫は幻想的な光を発して消える。
あの蝶の羽ばたきが、この惑星セラの遠い場所の台風と関係があるかも知れない。
――あのトウモロコシは数が少ない印象。
――貴重?
ペルネーテやヘカトレイルで売れそうだな。
――そうして。
亜神ゴルゴンチュラが封印されていた監獄が見えてきた。
左には、地底神ロルガの勢力が攻めてきた谷間の奥が覗く。
あの先は地下の大動脈に続いている。
たぶん、魂の黄金道があったサイデイルの小山にある地下に続く穴と、どこかで通じているはずだ。
そして、あの監獄蓮華とギリシア雷文のような模様が刻む拝石と芝台的な土台の上に、蒼色の蝶が羽ばたくような巨樹がある。
監獄の扉だった封魔の刻印扉は傷だらけ。
ルッシーと黒猫が爪研ぎをしたからな……。
周囲の樹海の樹木が外柵か地蔵尊にも見えた。
亜神夫婦とジョディたちは、その監獄の前で着地。
相棒も着地。
周囲の短い草花が風を受けて靡いていく。
タンポポのような種と蝶々が舞って、綺麗だった。
そんな光景を見ながら――。
俺とヘルメは相棒からすぐに降りた。
ゴルゴンチュラと亜神キゼレグ。
二人は片手をシェイルの胸元に伸ばす。
もう片方の手はジョディに向けられていた。
赤心臓アルマンディンだ。
その三人の下に素早く近付く。
「……シュウヤ、時の翁を返してくれまいか」
「分かった」
アイテムボックスから時の翁を出した。
ビー玉の大きさだ。
すると、シェイルが反応。
俺の出した時の翁に手を伸ばす。
が、小さいゴルゴンチュラが素早く時の翁を奪取。
「よし――」
ゴルゴンチュラは時の翁を受け取る。
そのゴルっちに、
「俺の<霊血の泉>から実行する、シェイル治療のタイミングを教えてくれ」
「うむ。まずは、妾とキゼレグが、この時の翁の力を利用しつつシェイルの壊れた古い魔心臓アルマンディンに力を注ぐ。すると、すぐに古い魔心臓アルマンディンがシェイルから出る」
そのタイミングで、ジョディと亜神キゼレグは頷き合った。
ジョディも「はい」と呟いた。
シェイルは「あぅぁぁ、ジョディ? ままぁ、ぱぱぁ……」と、初めて、今のタイミングで亜神夫婦の存在に気付いたように震える手を亜神夫婦に伸ばしていた。
ジョディは、
「いいから、ね?」
と、優しく語りかけるとシェイルは微笑む。
亜神夫婦は瞳を震わせて頷くと、俺に視線を向け直し、
「……妾とキゼレグがジョディの持つ新しい魔心臓アルマンディンと、シェイルから出た壊れた古い魔心臓アルマンディンに魔力を注ぐ。そして、<果実の抱擁>を実行する……そうすれば、二つの魔心臓アルマンディンが一つの魔心臓アルマンディンとして融合を果たすだろう」
「俺の治療は、そのタイミングだな」
俺がそう言うと、ゴルっちは頷く。
「そうだ。シェイルと繋がったままの新しい魔心臓アルマンディンにな」
「……」
「本当に理解したか?」
ゴルゴンチュラの表情は厳しい。
「分かっている」
「ふむ……新しく再生した魔心臓アルマンディンにも、シュウヤに対しての誓約の印は残ったままとなる。だからこそ妾の<果実の抱擁>と時の翁に亜神キゼレグの力を以ってしても長くは持たないのだ。だからこそ、治療という眷属化を、そのタイミングで素早く行うことが重要なのだぞ……躊躇したら、せっかくの努力も水の泡となる。他を気にしていたら……シェイルは救えないことを知れ……優しき、光魔ルシヴァルの宗主よ!」
「分かった、一つの魔心臓アルマンディンとなった直後の最後だな」
「そうだ、最後の最期だ」
ゴルゴンチュラの言葉に亜神キゼレグも頷く。
そのキゼレグが、俺を見て、
「シュウヤ殿。我、いや、俺とゴルゴンチュラの姿を見ても、構わず、シェイルの治療を優先してください」
「……分かった」
「……」
キゼレグは笑顔を見せつつ頷いた。
イケメンなだけに、いい笑顔だ……。
が、その覚悟は受け取った。
『器よ、気にするな』
『分かってる』
さすがにサラテンの沙も気付いたか。
キッシュもジョディも亜神夫婦も俺に喋ろうとしないリスク。
二人は死ぬ覚悟でシェイルを治療するつもりなんだろう。
それを俺が知れば止めると判断したからこその、皆の黙り。
壊れながらも、賢明に生きるシェイルを見ているからこその黙り。
亜神夫婦がしてきた、サイデイルの皆に対しての行為を知るからこその黙り。
んだが……。
実は先ほど止めようとした。
が、ゴルっち……。
いや、亜神ゴルゴンチュラ様としての言葉で止められてしまった。
『なんのためのアルマンディンか? なんのための、行動か? オマエの行為は、そんな感傷のためのモノであったのか? すべては、シェイルを救うための行動だったのだろう?』
俺に有無を言わせない。
迫力ある言葉だった。
彼女はジョディとシェイルという眷属を生んで、夫のためとはいえ……その二人の眷属の命を吸い取ってしまった。
そして、サイデイルでは、どんな思いで過ごしていたか……。
その心中は計り知れない。
が、シェイルを治そうと、サイデイルに貢献しようとしていたことは確実。
強い愛があることは分かる。
だから二人の覚悟の上での行動は止めない。
「閣下、見守っています!」
「にゃ」
「おう。ヘルメと黒猫、何かあったら頼む」
「はい!」
「ンン」
黒猫は喉を鳴らすと、ヘルメの足下でエジプト座り。
側に荒鷹ヒューイが着地。
「ピュイ」
「ンン、にゃ」
相棒はヒューイの頭部を舐める。
額の∴マークが輝く。
その∴マークがあるヒューイは、お返しのつもりか、嘴で相棒の黒毛を優しく梳いていた。
黒猫は片足で『分かったから止めろにゃ』的な感じで、すぐにヒューイの頭部を肉球パンチで退かしていたが、ヒューイはしつこく嘴を当てていく。
面白いグルーミングだ。
俺はシェイルの手を握り続けるジョディを見て、
「ジョディ」
「はい、あなた様。シェイルを頼みます」
「おう」
ジョディを安心させるように微笑みを意識。
「あぅあぁ、ジョディ?」
「シェイル。痛いかもしれないけど、我慢よ?」
「ジョディ……ジョディ……」
ジョディはシェイルを抱きしめる。
そして、シェイルの頬にキスをしていた。
「ジョディ?」
シェイルは頬に手を当てて不思議そうに語る。
その様子を見てから亜神夫婦に視線を向けて、
「始めてくれ」
「分かった。キゼレグ……」
「ふむ。ゴルゴンチュラ……」
「うん……」
二人は魔力を放出。
ゴルゴンチュラが持っていた時の翁が銀色の粒子状の魔力に変化すると、亜神キゼレグとゴルゴンチュラの体に、その魔力粒子が染み込んだ。
刹那――。
ゴルゴンチュラが元の姿に戻った。
羽根はない。
が、大人の亜神ゴルゴンチュラだ。
二人の手が触れたシェイルの胸元から閃光が迸る。
亜神キゼレグの羽根のような翼が、完全に萎れて消失してしまう。
その背中から亀裂が走った。
更に、背骨の一部が出る。
放射状に血飛沫が散った。
「んが……」
キゼレグから苦悶の声が出た。
ゴルゴンチュラのほうも瞬く間に妖精の姿に戻る。
発している魔力も微かな量。
「――キゼレグ」
「まだ、大丈夫だ」
シェイルに腕を出している亜神夫婦は微笑み合うとゴルゴンチュラの体が半透明になった。
すると、
「あぁぁ」
シェイルの胸元から魔心臓アルマンディンが露出――。
崩壊間近という印象のアルマンディンだ。
シェイルの体も崩壊。
赤紫色の蝶の群れが周囲に散った。
その壊れかけのアルマンディンに、ジョディとキゼレグとゴルゴンチュラが持っていた新しいアルマンディンと重なった。
真新しい魔心臓アルマンディンの周囲に、赤紫色の蝶の群れが漂う。
半透明の妖精ゴルゴンチュラと亜神キゼレグから、
「「今です」」
と、声が掛かったところで――。
俺は赤紫色の蝶の中へと突進――。
赤紫色の蝶ごと、その魔心臓アルマンディンを掴む。
赤紫色の蝶の一部が散るが――。
構わず<霊血の泉>を発動――。
全身から血を出す。
痛みもある――。
しかし、我慢だ。
小さいルッシーも出現。
「――あるじ、おおえん!」
全身から広がった血に飛び込んだルッシーは瞬く間に周囲を輝くルシヴァルの血に染めた。
亜神の監獄も血に染まった。
皆も俺の輝く血を浴びていることだろう。
同時にシェイルの赤い魔宝石に<血魔力>を盛大に注いだ。
瞬間的に俺の<血魔力>を吸収したアルマンディン。
そのアルマンディンは俺から離れて放射状に閃光を発した。
閃光の色合いは白光色、黒色、青色、灰銀色と移り変わる。
周囲の景色を変えるような勢いだ。
浮いたアルマンディンの表面を刻む蒼色の文字も輝いた。
蒼色の文字はルシヴァルの紋章樹と同じように古代文字に変化。
そして、アルマンディンの魔宝石の表面が粘性を帯びる。
柔らかくなった表面は熱されたガラスのように波を打つ。
と、撓みながらめくれて心臓のような形に変形。
魔心臓アルマンディンは、脈打つ心臓の鼓動音を響かせる。
そのアルマンディンから血流のような魔力の波紋が迸った。
更に、周囲の赤紫色の蝶が……。
俺にも集まってくる。
『誓約をありがとう』と、シェイルの温かい心が伝わってきた。
すぐに仙魔術を意識――。
足下から沸き立つ血の蒸気に白炎が混じる。
――<白炎仙手>を発動。
俺の周囲にある血の煙か、血の蒸気か、血のオーラ的なモノから――。
無数の血炎の手が伸びる。
『誓約をありがとう』の思いに応えようと――。
赤紫色の蝶の一匹一匹を丁寧に優しく掴んでいくことを意識した。
そして、浮いた赤心臓アルマンディンを手で掴む。
刹那、『この身を』と、シェイルの声が響く。
赤紫色の蝶を掴む<白炎仙手>で――そのアルマンディンに、赤紫色の蝶を送り込む――。
『焼いて』
同時に<霊呪網鎖>を発動させた。
刹那――。
俺の手から出た光を帯びた鎖。
それは妖精たちの指。
または触手のような霊の糸にも見えるだろう。
その<霊呪網鎖>の群れが、赤心臓アルマンディンの中に侵入。
続いて、血の間欠泉が、赤心臓アルマンディンを下から突き上げた。
――<霊血の泉>の、輝く血の激流を浴びた赤心臓アルマンディン。
蓮華のような血花が咲き乱れる。
蝶となる美しい幻影が出現。
シェイルの懐かしい笑顔が背景に浮かぶ。
同時に慈しみの愛を感じた。
そこに再び『誓約をありがとう』と、シェイルの言葉が俺の心を打つ――。
俺の魔力が光粒子の鎖触手を通じて魔心臓アルマンディンの中に吸い込まれた。
ここでも魔力を仙魔術以上に消費した。
打楽器に近い、心臓音が魔心臓アルマンディンから鳴り響く。
その魔心臓アルマンディンに光の網紋が刻まれた。
『……刹那の定め……きまぐれな命、あなたさまへと、永遠に捧げます。ワタシを救ってくれて、生きる力をありがとう……』
<光魔ノ蓮華蝶>が作用したと分かる。
ジョディと同じ。
赤い魔宝石の赤心臓アルマンディンから赤紫色の蝶が迸る。
それらの赤紫色の蝶は、瞬く間にシェイルの体となった。
そして、<霊血の泉>の中に、そのシェイルは倒れていく。
小さいルッシーたちがシェイルを支えるが、ルッシーたちは血飛沫となって消えていた。
その倒れたシェイルを労るように、血の蝶と赤紫色の蝶が、周囲を漂う。
「シェイル!!」
ジョディが、その倒れたシェイルに駆け寄った。
シェイルを抱えたジョディ。
そのシェイルが、
「あ、ここは、あ、ジョディじゃないの。涙を流して……どうしたの?」
「いいの――」
と、シェイルを抱きしめるジョディ。
そして、そのジョディを強く抱き返すシェイルは、ジョディの肩越しに俺を見た。
「あぁ、あなた様……」
とジョディと同じように俺を見て呟くと、泣いているジョディの背中を撫でながら、ジョディと一緒に立つ。
そして、周囲を見るシェイル。
「やったな、シェイルの治療に成功だ」
「閣下、お見事です!」
ヘルメとハイタッチから握手。
そのヘルメから頬にキスを受けた。
シェイルは相棒の姿とヒューイを見ては驚いて、再び俺を凝視。
パッとした明るい表情になると、ジョディと手を繋ぎつつ飛翔してきた。
片膝を突くシェイル。
手を引っ張られる形で、やや遅れてジョディも片膝で地面を突いた。
「――あなた様」
「あなた様!」
「シェイル、復活だな! ジョディと同じく死蝶人という種族ではないんだろう?」
「はい! 赤紫色の蝶の力はもう殆どありませんが、今は、シュウヤ様の眷属の<光魔ノ蝶徒>です。<蓮華蝶>もあります」
「わたしと同じ。シェイル……よかった」
「うん、ジョディ……でも……」
と、亜神夫婦を見る。
分かってはいたが……。
ゴルっちと亜神キゼレグは、力を失っていると分かる。
半透明となった体にはもう残り僅かな魔力しかない。
その二人は力なく歩いて……。
まだ残っている監獄に手を触れて寄り掛かった。
俺は急いで二人に近付く。
――《水癒》を発動。
二人に水飛沫が降り掛かる。
が、回復魔法は意味がない。
更に二人に触れて<霊呪網鎖>も実行する。
が、血を内包する霊の糸か小さい鎖の群れは、亜神夫婦に絡みつかない。
ヘルメも亜神夫婦に水を振りかけていく。
が、意味がないようだ。
戦闘型デバイスの中の聖花の透水珠ならば――。
だが、ゴルゴンチュラは、
「そのナーマの足を治した貴重なアイテムも無駄に終わるだけ。もう時の翁はない。いいのだ、シュウヤ……」
「シュウヤ殿と精霊殿。回復も眷属化も、今の我らは時の翁も大本の生命力も失った。俺たちには何も効かない」
「だが……」
無駄と言われても、使ってみないと分からない。
聖花の透水珠を二人に振りかけた――。
が、本当に効かず、二人の魔力粒子と混ざり合った聖花の透水珠。
黄金色の水だったが、ただの水のように地面に付着。
地面の草が輝いて、二つの茎と茎が伸びて重なり合いながら筒部が長い花冠の血の花が咲いた。
やけに縦に長いが、タツナミソウと似た花。
「……閣下……ゴルゴンチュラと亜神キゼレグが……悲しいです」
「シュウヤ、無駄と言ったろう……」
「そうだが……」
「二人とも涙を拭いてください。気持ちはありがたく受け取りました」
「妾を助けようとする気持ちは嬉しい。が、シュウヤよ。妾は永く生きた……そして、短い間であったが幸せでもあった。なぁ? 愛しいキゼレグ……」
「あぁ、ゴルゴンチュラ……」
と、見つめ合う亜神夫婦。
キゼレグは半分の体が石化するように硬直していく。
「「あぁ!」」
「ゴルゴンチュラ様とキゼレグ様!!」
「ゴルゴンチュラ様ァァ、キゼレグ様ァァァ」
シェイルとジョディが叫びながら駆け寄ってきた。
ジョディはフムクリの妖天秤を使うが、意味はない。
ゴルゴンチュラの半分の体も消え掛かる。
「……ふふ。声が聞こえるぞえ、妾の娘たちの声が……」
もう視界は失われているのか。
「今、そこに来ている」
「そうか? シェイルの復活は成功したのだな……」
と、朧気な表情となったゴルゴンチュラは視線をシェイルとジョディに向ける。
「シェイルは隣です! 成功です」
「ゴルゴンチュラ様!! 元気出して。わたしに魔力を、生命力をずっと送っていてくれた!」
シェイルはそう語る。
逸品居での生活の時か。
だから亜神夫婦は……。
ゴルゴンチュラは微笑む。
「……よかった。妾を、ゆるして、シェイル、ジョディ…………」
「許すもなにも、許しています!」
「そうです!」
「「ゴルゴンチュラお母様!!」
「ふふ、母か。いつ以来かの……お前たち、ありがとう。そして、キゼレグ……どこ?」
そう聞いた直後、ゴルゴンチュラの半身が消えた。
「……俺はここだ」
まだ残った顔の半分を、そう発したキゼレグに向ける。
キゼレグの半身は石化。
「……キゼレグ……妾の、わがままに付き合わせてしまった……」
「ゴルゴンチュラ、言うな、もういいんだ。楽園はできたんだからな」
「そうです。キゼレグ様は皆に生命力を与えようと食事を振る舞って……ゴルゴンチュラ様もシェイルだけでなく、果樹園とサイデイルの畑にも……」
ジョディは涙を流しながら語る。
「ふふ、そうであった。サイデイルに蝶の楽園が……妾は満足ぞ……」
ゴルゴンチュラはそう語ると俺を探すように半身を反らす。
ゴルゴンチュラの瞳にもう力はない。
「シュウヤよ。妾は友であるか?」
「あぁ、友だとも!」
「ならば良し……友よ、妾たちを救ってくれて、本当にありがとう……」
ゴルゴンチュラは、魔力粒子となって消えた。
「「ゴルゴンチュラ様がぁ!!」」
すぐにキゼレグが「……サイデイルは俺たちの楽園だった。そして、シュウヤ殿……ありが――」
喋りかけていたキゼレグも――。
ゴルゴンチュラの魔力粒子を追うように監獄の墓場と一体化しつつ石化。
もう監獄としての姿はない……。
二人は石像となっていた。
足下のタツナミソウが二人の像に絡み合う。
綺麗な一対の向かい合った花冠に淡い魔力が宿る。
「「アァ、キゼレグ様!!」」
ジョディとシェイルは泣きながら二人の石像に頬を寄せた。
「皆……」
「にゃおおぉ」
相棒も悲しげに鳴いた。
「……あなた様」
「あなた様」
「閣下……」
「皆、石像を見ろ」
と、皆で石像を見ると……。
凄く幸せそうなゴルゴンチュラとキゼレグの表情が刻まれていた。
「はい、幸せそうなゴルゴンチュラ様とキゼレグ様です」
「あぁ」
すると、ピュゥゥッと荒鷹ヒューイの鳴き声が空から響く。
いつの間にか空を飛んでいたらしい。
樹海の隙間から覗く青空に……。
笑顔の亜神ゴルゴンチュラと亜神キゼレグが料理を楽しんでいる姿が映った……。
続きは明日を予定。
「槍使いと、黒猫。」1~10巻発売中。
最新刊11巻、6月発売予定。
コミック版2巻、6月発売予定。




