六百四十九話 ルシホンクのアミュレットと神虎
運命神アシュラーのことを考えても仕方ない。
現時点ではマルアに血骨仙女の片眼球の移植はできないが、俺には<白炎仙手>を用いたヘルメとクナに対しての治療経験がある。
水場の環境とカレウドスコープを用いつつ<白炎仙手>を実行すれば……。
細胞をつなぎ合わせることはできるかもしれない。小さい<血鎖の饗宴>なら消毒に使えるか? 水場の環境次第ではヘルメの<精霊珠想>orヴェニューにも似たようなことが可能かもしれない。
錬金術なら魔法と組み合わせて使える専門家のクナもいる。
キサラから習い途中だが<白炎仙手>を用いた貫手技の一種で、体の魔穴を指で突く技もある。軍師兼調理人のトン爺も九神鳳凰拳法という名の拳法を使えるとキッシュが前に言っていたが、魔穴を突けるかもな……体の経絡を突く、世紀末の継承者風に言うなら『経絡秘孔』。
そのクナは錬金術師マコトと話をしたことがある。
魔導人形の専門家のミスティも天才だ。
そう思考したところで、貂が、
「神々の愛の罰としての仙妖魔マルアも大いなる因果の流れで、わたしたちと絡むことになったのかも知れません」
幾星霜という月日と経験が俺たちにか。
神懸かっている妖狐風仙女の貂だから説得力はある。
そう喋るとヴィーネが、
「仙妖魔としてのマルアが、大いなる因果の流れだとしたら、ご主人様はマルアを光魔ルシヴァルの眷属に引き入れた。その結果、神界or魔界の神々の因果を断ち切って、神々の意思を削いだことに?」
と怖々語る。同時に俺の左腕に頬を寄せて、おっぱいを押し当ててくれた。
涙目だった俺を見て慰めようとしてくれる優しいヴィーネと視線が合うと微笑んでくれた。その仕種がまた、なんとも……。
小さい紫色の唇が魅力的すぎる。少し唇を動かすヴィーネとキスをしたくなったが、我慢。その愛しいヴィーネに、
「……神々の罰を受けている仙妖魔のマルアを、強引に眷属化したってことで色々と不興を買ったってことかな」
「その可能性があるかと」
「にゃお~」
相棒がヴィーネの腰にぶら下がった神虎セシードの箱に猫パンチ。貂が微笑みながら相棒の尻尾に己の尻尾を当てて、尻尾の遊びをしながら――、
「――わたしもそう思います。神々と仙族の仙王家と仙王鼬族たちが、器様に対して、お怒りになっているかも知れません。因果に干渉できる器様が凄すぎるとも言えます」
と警告してくれたが、それを言ったら俺は運命神アシュラーに傷を付けた神剣サラテンを左手に取り込んだ。<神剣・三叉法具サラテン>に進化を果たした沙・羅・貂たち。
その沙・羅・貂の三人娘は真の姿を取り戻した。貂は、相棒の尻尾と、己の尻尾で遊ぶ。尻尾でジャンケン的な遊びか? 尻尾と尻尾の毛の膨らみ具合で、謎のふさふさ暗号交換を行う。面白い。
その相棒と遊んでいる貂に向け、
「……最初から同じく、だれが怒ろうと讃えようと俺の好きにするさ。しかし狭間の傷はおいといてだな、神界セウロスの一部は規律が厳しいのか?」
と聞くと、神獣が、
「ンン、にゃぁ~」
と伸びのある声で鳴いてきた。
俺の声に返事をしているようで、違う。
貂からヴィーネに標的を変えた相棒だ。『そこの神虎セシードの箱を空けろにゃ、にゃろめ~』といったように、せがんでいる声かな?
貂は尻尾の遊び相手がいなくなって淋しそうな面を浮かべてから、俺を見て、
「大地の神ガイア様、植物の女神サデュラ様、正義の神シャファ様は比較的自由奔放です。ただし、神界セウロスは隣接し合う魔界セブドラの勢力と争いがあります。ですから、神界には神界の規律が必要な面も多々あるのです。神界セウロスの調和を維持するための、『うつほ・かせ・ほ・みつ・はに』などの神事と儀式を重んじる神々と仙族たち。先の八大龍王にも、専門の<古式武術龍ノ理>があるとか。そして、【仙鼬籬の森】で暮らす仙王鼬族と仙人に仙女たちにも掟はそれなりにあります。しかし規律という面を含めれば仙人たちの拠点と呼ぶべき【白炎王山】のほうが多い……仙王家と仙王鼬族にはとくに、上下関係に厳しい掟が……」
と教えてくれた。
貂は、アクセルマギナとガードナーマリオルスの敬礼を見て頭部に疑問符を浮かべてから、俺の左手を見る。
『……』と沈黙、沙の気配を一瞬左手に強く感じたが、沙は黙ったまま反応しない。
貂は視線を上げて、
「……師匠と弟子の掟もあります……ですから、器様の<白炎仙手>の仙技を独自に獲得したことは……驚くべき、恐るべき事象なのです」
貂は尊敬の眼差しを向けてくれるから嬉しいが恐るべき事象か。下界的なセラで、こっそり<白炎仙手>を獲得した俺のような存在は神界の仙王家と仙王鼬族たちにとっては気に食わない存在かもな。師匠と弟子を重視するなら尚のことか。
俺は頷いて、
「……祈祷とお祈りの儀式か……神界の土地の白炎王山。そこに棲まう仙王家と仙王鼬族。仙鼬籬の森という土地にも、仙王鼬族はいるようだが、俺は神界セウロスのことは何も知らない。だから、貂がいてくれて心強いよ。情報も丁寧に教えてくれてありがとう」
「ふふ、器様に貢献できて嬉しいかぎり。それと羅にしか知り得ないこともあるので、機会がお有りでしたが、その羅にも聞いてあげてくださいね」
「分かった。優しい貂」
『ぬぬぬ、羨ましいぞえ……貂や羅は粗野な妾よりも、色々な古式武術に精通している』
意外に素直な左手に棲む沙が思念を寄越す。
「さて、貂と沙ちゃんよ。今度、一緒に剣術をがんばるか」
「はい! リザードマンと戦うのでしたら、貢献します」
『――うむ! 妾もだ!』
『閣下、わたしも、見て学びます!』
ヘルメは環境的にキツイから仕方ない。
「ご主人様、わたしもガドリセスの剣術は磨いていますので、ご一緒したく」
「我は先生とも訓練がしたいが、主との激しい血を巡らせる訓練もしたい! 実戦はこれからもだ!」
ビアはカルードを慕っていると分かるから微笑ましい。
ヴェハノちゃんは、おろおろしていた。
俺を見て「あ、あの、血の訓練とは……」と、何かの儀式と勘違いしているようだ。頬を朱に染める。
細身の蛇人族らしい小ぶりな三つの美乳と腰の流星錘が揺れていた。
「ヴェハノの流星錘の動きは少し見ていたが、憧れる動きだった。好ければ、個人的にレッスンを希望する」
「……はい」
『ぬぬ? 好かれている不穏な空気ぞ』
「……個人的な、れっすぅん!? ヴェハノだけか!」
「ビア、新しい武器を学ぼうとする、俺の志が分からんようだな? それにビアとも個人的なレッスンはしたいぞ? ガスノンドロロクンの剣を用いた剣術の訓練とかな?」
俺がそう告げると、「――ぬぁん、主!」と、ビアは興奮。
長い舌が絡まったような発音が可笑しかった。
膨らんでいる蛇の腹を一段と膨らませて、<血魔力>の蒸気を発した。
「分かったのだ! 協力だ!」
その舌がシュルシュルと動いて元通りになる動きは面白い。
ビアの唇はそれなりに大きいが人に近いところもあるから魅惑的でもある。
「にゃお」
ビアの声に反応した相棒が、ヴィーネから離れてビアに頭をスリスリしている。
そのビアに向けて微笑んだ。
と、ビアはドキッとしたように双眸が散大。
照れたように尻尾を体に巻き付けていた。
蛇人族らしい動きはヴェハノと変わらない。
俺は貂に視線を移して、神界のことを考えながら、
「白炎王山と仙鼬籬の森の他にも神界セウロスの地名はあるのかな」
「……はい、無数に」
無数か。
そして、貂の尻尾の群れが見せてくれたのか不明だが……。
先ほどのクォークの原子で波か振動の揺れを表現するかのような幻影から自然と宇宙の幻影は、神界セウロス的な意味のある光景だったのだろうか? 宇宙的な幻影が<脳魔脊髄革命>を突き抜けたことを想起しながら、
「知っている範囲の地名を教えてくれ」
「はい、【仙王ノ神滝】、【万華鏡山寺院】、【仙鼬籬ノ聖池】、【藤ノ三法具院】、【大光神ノ御園】、【風神ノ蝉丘】、【神雷ヶ原・壱】、【神雷ヶ原・弐】、【霊霧火鏡】、【正義ノ泉魔曲】、【雷臥・アモイ】……他にも無数にわたしも知り得ない仙境があります」
仙境。聞いただけでワクワクだ。
雷臥・アモイとか……。
モアイ像的な巨大な像が並ぶ遺跡の神界都市?
ペルネーテの迷宮にある邪神像たちを想像してしまった。
「そっか。神界に行くことがあったら行ってみたい」
「ンン、にゃん」
相棒も俺の足下に来ながら鳴いていた。
『神界の空を旅したいにゃ』とか考えていそうだ。
神雷ヶ原・壱は、雷神ラ・ドオラと関係がありそうだ。
そういえば短槍の雷式ラ・ドオラをスロザが鑑定した文言の中に、地上の場所だったが、似たような地名があったな。
「わたしが知る範囲ならご案内しましょう」
貂に頷く。
神界セウロスと言えば、八大龍王の剣も気になる。
「大蛇龍ガスノンドロロクン様はどうして、そんな神界セウロスから堕ちた側の勢力になったんだろう」
ビアの大蛇龍ガスノンドロロクンの剣に絡みついている黒い龍が蠢く。
そのガスノンドロロクン様の黒い龍が双眸を光らせると、
「――魔界セブドラと近い龍王の領域に暴虐の王ボシアド、宵闇の女王レブラ、破壊の王ラシーンズ・レビオダ、恐王ブリトラの諸勢力から侵食を受けたことが原因である」
と、エコー掛かった声で発言した。
「神界側が侵食とは拮抗しているようで負けているのですか?」
「そもそも拮抗など無い。魔界と神界の次元領域は近いと同時に永遠とも呼ぶべき遠い領域もあれば、奈落の黄泉の領域に通じる深さのある領域もあるのだ。セラを挟む狭間とは根本が違う……そして、魔界セブドラの領域を侵食する他の龍王や戦神ヴァイスなどの神界セウロス側の諸勢力も多い。が、他の龍王もヴァイスもシャファもハーレイアも大概は仲が悪いとされる。しかし、魔界の神々のような仲の悪さではない……仲が良い時もあるのだ。神籬や神籠石などの巨石を誕生させるのもガイアであり神酒を創るのもサデュラである。神解を促すのもイリアスである。神火を熾すのもエンフリートであり、神威や神気を起こすヴァイスもまた戦神故である。たとえようがないのだが……霊妙な働きをする神々がいるから仙女が舞う桃紅柳緑の神界セウロスがあるのだ」
……へぇ。
と、自然と拝んでいた。
すると、黒い龍のガスノンドロロクン様は自らの腹板と鱗の境目を晒しつつ収縮と拡大を繰り返しながら、くねくねと動かして剣身の中に染み入るように戻ると姿を消した。
ビアは自らの剣である、その八大龍王の剣を見て驚いている。
ヴェハノちゃんは、ビアを尊敬の眼差しで見つめていた。
ビアは急に胸を張るような仕草をするから可愛い。
下腹部の腹板の境目にある角が少し出っ張る。
蛇らしい腹だ。すると、貂が、
「先の話と同じですが、八大龍王様が仰ったように神界の内部にも無数の争いがあるのです。竜鬼神グレートイスパル様を含めて各龍王様たちは仲が悪く、戦神ヴァイス様にも不快感を示していますから」
「八大龍王と呼ばれる存在同士でも争いがあるのか」
「性格もそれぞれに異なり、神格を持つ故に争いは多いのです」
神界セウロスも一枚岩ではない。
しかし、大地の神ガイア様と植物の女神サデュラ様は仲がすこぶる良かった。
ガイア様とサデュラ様は、
『――フハハハ、構わん構わん。ソナタは面白きことを言う。放っておくもなにも、あれは神とて何もできん。我らは完璧ではないのだよ。我らとて、感情があり哲学が存在する。本質は定命の者たちと変わらんのだ。そして、地上に影響を及ぼせる範囲など、たかが知れている。それに黒き環は魔軍夜行も齎すが、同時に、幸も齎すものなのだ』
と、語っていた。
感情があり哲学が存在する。
本質は定命の者たちと変わらない。
だからこそ、神々にも愛があり憎しみがある。
納得だ。
そんなガイア様とサデュラ様はひさしぶりのようだったが、ホルカーバムの空で、壮大なセックスを敢行していた。
あの時、祭りだ、祭りだ、と『よさこい祭り』風や『パプリカ』のパレードにあった『ショーターイーム』的なテンションで踊ればよかったのだろうか。
今思えば、とんでもないことだが……壮大なイチャイチャを楽しんでいたなぁ。
が、大事な秘宝を、玄樹の光酒珠を作ってくれた愛の行為。
ほおずきの形に入った神酒を創ってくれた。その神様たちの力を宿した愛のエキスの塊を黒猫は飲んで、念願だった神獣の姿を取り戻したんだ。
――なぁ? 相棒。
足下にいる相棒は俺をじっと見ている。紅色と黒色の虹彩は無意識の双眸ではない自意識がある。
この大切な黒猫との約束を果たせて本当によかった。
ありがとうございました、と、強く大地の神ガイア様と植物の女神サデュラ様に感謝する。
加護してくれている水神アクレシス様にも感謝だ。
いつも傍にいてくれる相棒にも感謝――片膝で地面を突いてから、黒猫の頭部を撫でて、耳を引っ張る。相棒は目を細めつつ頭部を傾けていく。気持ち良さそうな顔つきだ。
魔霧の渦森に鎮座する呪神ココッブルゥンドズゥ様にも、感謝しないとな――。
プレゼントとした祭司のネックレスにパワーは順調に溜まっているのだろうか。
同時に師匠がくれたネックレスの鍵を触りながら、ラ・ケラーダを想う。
その思いのまま、立ち上がってから、
「デュラートの秘剣とマルアはどう考える?」
と、貂に向けて質問。
その間に相棒は、アクセルマギナに向けて猫パンチ。
貂はその行動を見て、笑いつつ、
「未知のアーゼン朝に関わる剣精霊と似たような秘剣として生きることが可能な黒髪を操れる仙妖魔は珍しいと分かります」
と、発言すると、デュラートの秘剣のマルアは意識があるように柄の内部から『貞子』顔負けの勢いで黒い髪の毛を出してきた。
これはこれで怖い、もとい、応用が色々と可能か。
長い名前の、黒髪なんたらスキルを用いれば……。
ヘルメの<精霊珠想>と<シュレゴス・ロードの魔印>の桃色の蛸足に俺の<血鎖の饗宴>と似たような運用は可能と推測。全身を髪の毛装備で纏めて強化髪鎧とか可能かも知れない。
「不思議な武器生命体の機構ですね。トッデルル生命体と似た反応もあります。この惑星の魔精霊と分析しますが属性は闇属性と光属性もある。その秘剣を使いこなせれば、選ばれし銀河騎士の新しい銀河剣術に組み込めるかもしれません!」
と、アクセルマギナが<光魔ノ秘剣・マルア>のデュラートの秘剣を分析。
――ま、そのデュラートの秘剣は今後だな。
デュラートの秘剣を意識すると、黒い髪の毛は柄に格納。
その格納される間際に黒い髪の毛でハートマークを創っているマルアちゃんだ。
秘剣の剣術には髪の毛を使った剣術でもあるのか?
てっきり、腕を切り落として……。
その腕の断面にデュラートの秘剣の柄を埋め込んで使うとか……。
痛い思いをしなくては学べない部類かと、少し想像してしまっていたが。
そして、剣精霊か。
聖ギルド連盟の聖刻印バスター六番のリーンは生きていた。
冒険卿の孫の彼女とアルゼの街で再会できた時は嬉しかったな。
片腕を失っていたが、無事に秘宝を返せた。
「……剣精霊か。精霊使いリーンが使っていた能力、戦いではサラテンに活躍してもらった」
「はい、覚えています。もし聖刻印バスターとの戦いで波群瓢箪を用いていなかったら、マルアに対して使用していたら、どんなことに」
「また違った精霊が誕生していただけの話だろう。考えすぎるな」
「そうですね」
剣精霊を吸い取った波群瓢箪。
今もアクセルマギナの周囲に立体的なアイコンの一つとして浮いている。
――デュラートの秘剣を腰に差して、その波群瓢箪のアイコンを指でタッチ。
すぐに波群瓢箪は出現。
リサナは出さず、床に置いた波群瓢箪の上に腰掛けた。
ヴェハノは波群瓢箪を見て、また驚く。
造形が巨大な鉄鐘&瓢箪が合体したような感じだからな。
すると、
「ンン――」
黒猫が波群瓢箪の端に着地。
その波群瓢箪を踏み台にして、俺の肩に戻ってきた。
頬に頭部を擦りつけてから、俺の耳朶と<夢闇祝>に向けて猫パンチ。
爪は出していないから痛くはない。
が、俺の首を夢中になって叩く肉球ボクサーと化した黒猫さんは面白い。
その肉球パンチが<夢闇祝>に当たると独特の魔紋が弾け飛ぶ。
悪夢の女神ヴァーミナからの悲鳴は聞こえないが、何か衝撃波を受けているのかもしれない。
そんな微笑ましい黒猫の首根っこを掴んで止めさせようとしたが――相棒は俺の首の裏をペロッと舐めてきた。
「ロロ、くすぐったい」
「ンン、にゃお~」
黒猫は俺の言葉を聞かず。
俺の首に、自らの頭部から頬を押し当てて頬を擦りつけつつ――。
ゴロゴロ、ゴロゴロと喉を鳴らす。甘えん坊ちゃんとなった。
そのまま勢い余って頭部がずれて背中側に落ちそうになった黒猫だったが、首下から出した触手をロープの輪でも作るように操作しつつヒョイッ――と、その触手を俺の首に引っ掛けると、体をクルッと回しながら俺の鎖骨を後脚で突いて肩に戻ってきた。後脚の爪が少し出ていたのか、鎖骨が痛かったが可愛いから許す。
そんな黒猫さんは、また――。
小さい頭部と頬を俺の首裏に擦りつけてくる。
んだが、飽きたのか、反対側の肩へとトコトコと歩く。
「ンン――」
と、鳴いてから、鼻先を貂に向けた。
ムズムズ、クンクン。
ふがふが、ほむほむ。
と、貂か宙空の匂いでも嗅ぐように小鼻と鼻孔を広げ窄める。
「にゃ」
片足を上げて肉球判子の挨拶だ。
貂は匂いフェチ感溢れる相棒の姿を見て、微笑むと、
「――神獣様。空旅は楽しかったです」
と、発言しながらレベッカがよくやるように、人差し指を相棒の小鼻に伸ばす。
黒猫はツンツクツンと自分の小鼻を突く貂の指をじっと見てから、
「にゃおお~」
同意するような声を発して、貂の人差し指に自身の頬を擦りつけていた。
その一心不乱に頬を擦りまくる相棒の姿を見て、皆が微笑む。
同時に、その黒猫は、尻尾で俺の頬と鼻先を叩く悪戯を繰り出してきた。
――ふさふさだ。可愛いがくすぐったい……。
が、日向の匂いを寄越したから、好し、とした。
振り返った相棒は、肉球をほっぺにタッチしてくる。
ぐりっと前足を押し当て、
「――にゃ」
見た目の構図は、相棒の左肉球のストレートパンチが俺の頬を突く構図だろうか。
別に黒猫にキスをしようとしたわけではないのだが、相棒はツッコミを入れたいのか?
なぁ、相棒よ。と――尋ねるように顔を黒猫に近づける。
「ンン」
喉声を鳴らす相棒は『わたしに顔を近づけるにゃ~』という意思表示をするくせに、俺の肩から逃げないという天邪鬼。
気にせず、
「しかし、マルアが仙女だとはな……キズユル爺の鑑定に強い反発の力を宿しているという言葉があった。反発とは、てっきり武器的な効果かと思っていたが、元は神界セウロスに棲まう仙女となると、マルアの精神力が高いことにも通じるのかもな」
「はい。〝反発〟という仙女の力が残っているからゼレナードの侵食を防いだ?」
「ルシヴァルの血の支配にも〝反発〟が作用しているのかもしれない」
「単に、あらゆる事象で〝反発〟しているだけとか?」
「実は闇と光が〝反発〟している?」
ジョディがそう呟く。
「ルシヴァルの<血魔力>を吸ったマルアは光に親和性があったから、ただ全方位に反発しているわけじゃないだろう」
「それもそうですね。どちらにせよ、あなた様の眷属。<光魔ノ秘剣・マルア>としてルシヴァルの紋章樹を宿したのですから」
「そうだな。<麻痺蛇眼>で麻痺させて<始まりの夕闇>で精神に揺さぶりをかけ、最後の<光魔の王笏>に<霊血の泉>と<霊呪網鎖>のトリプル発動があったからこそ……」
「あの時は凄かった。ご主人様とビアの一瞬の判断は見事。わたしの想像を超えています」
離れたヴィーネは胸元に両手を当てて潤んだ瞳を寄越す。
すると、近くにいるジョディが「あなた様――」と発言。
頭を下げつつ片膝で地面を突く。
続いて細身の蛇人族のヴェハノも遅れて腹を地面に突けようとしている。
ジョディは、
「……咄嗟のビアとの連携に嫉妬しましたが、優れた機知の持ち主があなた様の本質と、わたしの心が訴えています」
「そんな畏まらんでも」
「うぅ、あなた様はそう言いますが<光魔ノ蝶徒>としての光の網紋と一緒に魔宝石アーゴルンが高鳴ってしまい……」
ジョディの横に浮かぶフムクリの妖天秤からも異様な魔力が漏れている。
「はは、ジョディ頭を上げてくれ。ここはママニが先に言ったようにリザードマンが多いんだからな。高鳴った鼓動は戦闘か偵察に活かしてくれ」
「はい!」
「……では新しい眷属とデュラートの秘剣を得たからハルホンクに喰わせるのはキャンセルだ。皆、いいな?」
「ングゥゥィィ!」
「承知」
さて、次のアイテムをハルホンクに喰わせるかどうするか。
「んじゃ、続きだ。夢追い袋に入っているのは、コツェンツアの魔槍、デルカウザーの魔除け、暁の墓碑の密使ア・ラオ・クー、ゴッデス金枝篇、髑髏の指輪、茨の冠、虹のイヴェセアの角笛、センティアの手とある。髑髏の指環か、デルカウザーの魔除けを喰わせるか?」
「髑髏の指環は、鑑定が不可能だった品。そして、呪いのあるデルカウザーの魔除けですか?」
「覇王ハルホンクならば……呪いも大丈夫そうですが、髑髏の指環は沸騎士のような騎士の可能性もあります」
ヴィーネとジョディの言葉に頷く。
黒沸騎士ゼメタスと赤沸騎士アドモス。
闇の獄骨騎と同じ部類のアイテムならば、どんな騎士が……。
が、それはまた今度だな。
「鑑定で分かっているデルカウザーの魔除けについてだが、キズユル爺は……『階級は不明。身につけたら首に嵌まり外れない。身体能力引き上げ、物理防御上昇、魔法防御上昇効果がある。そして、魔界王子デルカウザーと契約するためにデルカウザーの祠に向かうよう誘導精神波の干渉を受け続ける。干渉を拒めば魔除けが巨大化するようじゃ。重さに耐えられなければ体が潰れ死ぬことになる。儀式と契約をすませば魔界王子デルカウザーの力を行使できるようになるようじゃ』と語ってた」
「巨大化するであろう魔除け。主ならばそれすらも武器に変えることも可能か」
「魔界王子デルカウザーと契約……」
細身の蛇人族のヴェハノは小声で呟く。
驚きの連続で表情筋が麻痺しているのか、あまり顔色は変わらないが声のトーンは細身と合って細々しい。
――デルカウザーの魔除けを取り出した。
「ンン」
相棒は足下に着地。
尻尾をふりふりと振る。
「主、魔界王子デルカウザーと魔人キュプロの主である魔界王子ハードソロウは関係があるのか?」
「敵対しているんじゃないか?」
「王子がいっぱいいるのか」
「さあな? デルカウザーとハードソロウは同じ魔界王子と名が付くが、魔侯爵と同じように無数にいる魔界の諸侯ってだけだろう。そんな魔界セブドラでは十層地獄に封印されている魔神たちの復活も始まっているとか聞いたが……」
「諸侯と言えば、勇者ムトゥが討伐した堕落の王魔トドグ・ゴグの話は有名です」
本が好きなヴィーネが語る。
西に帰る前に、デートを兼ねて東の都市で本を買いつつ探索するのも……いや、その時間はないか。
「淫魔の王女ディペリルという名も」
ジョディがそう発言。
悪夢の女神ヴァーミナがコンタクトを取ってきた時に、その諸侯の名があった。
アドゥムブラリも語っていたっけ。
「……魔界セブドラには暴虐の王ボシアドが有する死海騎士、魔界騎士シュヘリアとデルハウトを擁していた魔侯爵ゼバル。悪夢の女神ヴァーミナと争う魔公爵ゼンと魔界騎士ホルレイン、魔公爵アゾリンといった勢力など無数だ。そのホルレインとアゾリンとは沸騎士たちが争ったと聞いたからな」
銀仮面を頭部にかけているヴィーネは頷く。
その厳しい表情が冴えるヴィーネさんが、
「はい、そういった魔界の神々と神格を失った諸侯たちを含めると、魔界の勢力は膨大です」
「むむ、主……魔界セブドラの争いは、いっぱいあって我では把握が難しい……我にはリザードマンを倒すことしか分からぬ」
リザードマンは魔界の神々を信奉しているのか?
グルドン帝国の親玉に脅迫か洗脳を受けているかと思ったが、ま、これは後々だな。
「とにかく、その魔除けには呪いがある、ということですね」
ジョディの問いに頷くと竜頭金属甲が、
「ングゥゥィィ……」
と、眠そうな声を出して金属音を鳴らす。
「ハルホンク、眠るのか?」
「ングゥゥィィ、マダ、ゾォイ」
「眠ったら、また起きるのに時間が掛かる?」
「ングゥゥィィ、ウシクマ、喰ッタカラ、チガウ、ゾォイ」
おお、違うのか。
「『ドラゴ・リリック』のゲームフィギュアだった牛白熊の怪物は凄かったってことかな? いい変化だ。で、このデルカウザーの魔除けなんだが、呪いがあるんだ。ハルホンクが喰ったとして、俺に害はあるか事前に分かる?」
「ングゥゥィィ、ソレ! オイシソウ! マリョク、ガ、タクサン! マズク、ナイ、ナラ、ゼンブ喰ェル!! ゾォイ!!」
興奮した竜頭金属甲。
金属の上下に生えた歯牙が衝突しカチカチとした音を超えて口の中と外でライド=シンバルサラウンドを轟かせつつ放電染みた烈火をスパークさせると――。
激しい火花の影響で顎と髭の金属が溶けたゴム紐のようにだらりと溶けて垂れた。
その溶けた金属を鼻水でも吸うかのように、ジュルル――と音を立てつつ口と鼻の穴に吸い込むハルちゃんが圧巻過ぎて面白い。
んだが、呪いに関してはハルホンクが分析できるわけではないし分かるわけもないか。
色々なリスクを考えると怖いが勇気を出すか!
「よし! 喰ってもらうとする」
「ご主人様……見届けます」
「にゃ、にゃお」
「主……」
「あなた様、呪われて胸元に大きな玉をぶら下げることになっても、永遠にお側にいます」
ジョディさん、さり気なく怖いことを。
首に大きな玉をぶら下げたくはないが……。
俺の魔力と無数の魑魅魍魎の魔力と魂を吸収し成長が続く魔槍杖バルドークと一体化しているような覇王ハルホンクの力ならば信じられる……だとしても姥蛇ジィルは絶対に喰わせないが……。
「あぁ……」
と、一呼吸。
竜頭金属甲にデルカウザーの魔除けを当てた瞬間――。
ピカッと竜頭金属甲のすべてが輝くとデルカウザーの魔除けを吸い込んだ――。
魔竜王の蒼眼が虹色にキラリと光る。
「ングゥゥィィ! オイシイ!!!」
元気のあるハルホンクの声が響く。
肩の竜頭金属甲の下に小さいアミュレットがポコッと誕生した。
その小指ほどの大きさのアミュレットが拳ほどの大きさに膨らむと、そのアミュレットの歪な飾りから煌びやかな魔線が宙へと卑猥な火花を発生させつつ飛翔していく。
「にゃご」
相棒が少し怒った声を響かせる。
『ヒィァァァァァ』
膨れたアミュレットから叫び声が聞こえた。
その膨れたアミュレットから出た魔線から半透明の膜のようなモノが拡がった。
膜の表面に映るのは魔族。アシンメトリーな歪な角を額に持つ魔族だ。
あれは魔界王子デルカウザーの力の欠片か?
と、幻影の頭部と煌びやかな魔線は瞬間的にぐわらりと歪み割れる。
幾重にも畳まれつつアミュレットの中に吸い込まれた。
アミュレットは縮みながら小さい蝶ネクタイのような金属飾りに変化。
ハルホンクは『喰ッタ、喰ッタ』と言うように金属のカチカチとした音を奏でる。
そして、徐に、その金属の口を開けてゲップ的な音を鳴らした。
「ングゥゥィィ! デル、ナンタラ、チッコイノ、喰ッタ! ゾォイ!」
「にゃおお~」
「おおぉ」
「えっと……」
「デルカウザーの呪いと契約自体を喰ったということですか?」
ヴィーネが驚いている。というか皆か、相棒も背筋の毛を逆立てて、驚く。
ただのゲップに反応しただけかもしれないが。
「ングゥゥィィ!! 喰ッタ、ゾォイ! マリョク、ナカナカ! カカカ!」
ハルホンクがご機嫌だ。おもしろ。
『閣下、魔力が上がりました』
『おう、身体能力と魔力が上がったことは確実か。だが、物理防御は上がった気配をまったく感じない』
『ハルホンクがデルカウザーの呪いを食べちゃったせいかもしれませんね』
『そうかもしれない』
ヘルメの念話にそう答えながら、
「ハルホンク、デルカウザーの魔除けの能力は使えるか?」
「ングゥゥィィ!」
刹那、竜頭金属甲の魔竜王の蒼眼が輝く。
俺の首に魔除けが出現した。
魔除けは飾りが小さい長方形の宝石に変わっている。
宝石には鶏冠と頭の両側に角が生えた竜の頭と、凜々しい巨竜と絡むルシヴァルの紋章樹?
あ……。
「これは、魔竜王と片方のルシヴァルの紋章樹に絡む巨竜は、ハルホンクがモデルか?」
「ングゥゥィィ!」
いつものングゥゥィィだが、返事は『そうだ』と分かる。
「主、呪いは?」
「これといって何も感じないどころか、魔力が上がったから、呪いは消えているようだ」
「「おおお」」
魔除けを意識すると、首にある魔除けは消えた。
師匠からもらった神具台の鍵が揺れる。
相棒も喜ぶ。
ジャンプしている。
「にゃ、にゃ~」
「デルカウザーの魔除けではなくなったと……」
「光魔ルシヴァルと覇王ハルホンクの魔除け?」
「名は両方からとって、ルシホンクの魔除けという感じでどうだろう」
「いい!」
「はい、ルシホンクの魔除け!」
「素晴らしい! 新しい装備品を生み出すなんて、覇王ハルホンクは解呪師でもある?」
「そんな戦闘職業があるのか。ま、たんに、呪いを喰っただけだろ? ハルホンクちゃん」
ハルホンクに気軽に話しかけると魔竜王の蒼眼が光って点滅。
「ングゥゥィィ!」
どことなく笑った感じか?
「ンン――」
黒猫も反応。喉音を響かせながら俺の肩に戻る。
ハルホンクに向けて「にゃお~」と話しかけながら金属の髭と魔竜王の蒼眼に肉球タッチをくり返していた。
黒猫的に『はるちゃん』『すごいにゃお』『あそびたいにゃ』『ぴかぴかにゃ~』という感じかな。
ハルホンクは、
「シンジュウ、ハルホンク、クエナイ、アルヨ」
となぜか黒猫にびびっているハルホンクが面白い。
「にゃ? にゃにゃ~にゃ~ん」
相棒は両前足で肩の竜頭装甲を叩いていた。肉球タッチでリズムよく。ルンルンと、肩の竜頭装甲も金属音を響かせながらリズムに乗ると、
「ピカピカ、ヒカル! ハルホンク! 喰エ、喰エ、螺旋ヲ、司ル、深淵ノ星、ゾォイ!」
「にゃ、にゃ、にゃ~♪」
とラッパー的なリズムで相棒と音頭を取る。
右腕の肉肢のイモリザも独りでにリズムを取った。
「ロロ様、この神虎セシードの箱は開けないでよろしいのですか?」
「――にゃお」
とヴィーネに振り向く黒猫さん。
俺の顔に勢いよく尻尾ちゃんアタックを繰り出してきた。
「相棒よ、開けてやろう」
とヴィーネから受け取り、開けると「ガォ……」と威嚇する声が……その声の主は、ちっこい虎? ミニマムな神虎だった。
「……」
「にゃ?」
「ガォ?」
「にゃ?」
「ガォ?」
と、頭部を傾げまくる黒猫さん。
に合わせて、頭部を傾げまくる小さい神虎セシード。
神虎には見えないが、箱の名は確か……。
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