六百話 弔いの儀と影骨刃
◇◆◇◆
<骨影写し>が立体的に地上の光景を天井に映す。
奇怪フィナプルスが消えた!?
どういうことだ、上の連中のほとんどが死んでいる。
一人生きている仲間は、逃げた。
だが、アニュイル人は生きている。
アニュイル人だけではない。
見知らぬ男と巨大な魔力を内包した黒豹?
槍使いの女に、空を行き交う、黒爪の奇怪モンスター?
あの槍使い……の女。
まさかな……。
そして……世界の害悪アニュイル人の一隊か。
角ありの戦士の角槍アルビカ率いる一隊は有名。
角魔法師モリモリも侮れない。
だが、奇怪フィナプルスとウェーズ・ドルライ会のメンバーを、彼らが倒せるとは思えない。
魔骨相秘術に賭けたライメル殿下は、各地で転戦を繰り返し結果を出している傭兵長の骨剣大魔術師ブメロンも雇い、ウェーズ・ドルライ会に組み入れたと聞く。
その雇ったブメロンらしき者もいないが……。
やはり、ライメル殿下の賭けが成功したのか。
霊槍使いの召喚が成功?
あの見知らぬ槍使いの女か、黒髪の男が、霊槍使いなのか?
それとも、俺の感知しえない不都合が起きたか?
奇怪フィナプルスが消えたことが何よりの証拠か……。
ヒミル様に報告するにしても、詳細は上の様子を直に把握してからだ。
そう考えたドルライ人。
漆黒の霧か、影か、不明な、黒い異質なモノを纏うドルライ人。
そのドルライ人は、地下空洞の天井の岩場を這うように進む。
彼の進む天井の後には、漆黒色の霧状のモノがこびりついていた。
そして、動きを止めるドルライ人。
下から見たら、彼は逆さまの姿勢。
だが、彼には関係ない。
「……上の戦いが静まった頃合いを見て、月璃の間に、しこむか……」
この辺りの地下は、朽ちた古代樹ソルフェノスがあって邪魔だが……。
そう思考したドルライ人。
足場の天井の岩に、体から滲み出た影と骨が混ざる触手めいたモノを当てる。
影骨魔術<骨影冊>を実行した。
影か漆黒色の何かは、円の膜を模ると、岩の中に染み込む。
影のような膜は岩と土を削りながら地上に向かう。
◇◆◇◆
お年寄りのアニュイル人は頭を下げてきた。
額の一本角はリャイシャイより大きい。
羽根と黒色のチェーンが付いた角飾りも豪華だ。
黒色のチェーンは耳飾りと繋がる。
胸元には部族マークがあった。
インディアンのシャーマン風と洋風の神官衣裳を合わせた衣装の老人が、
「霊槍使い様、巫女のリャイシャイ様を救っていただきありがとうございます――」
「頭を上げてください。貴方は?」
額を地面に突けた爺さんか。
「……あ、わしの名はモリモリ」
「俺の名はシュウヤ、傍に居る槍使いはミレイヴァル。黒豹はロロディーヌです」
「――シュウヤ様たち。我らに与してくれてありがとうございます。巫女様だけでなく、奇怪フィナプルスを倒し、ウェーズ・ドルライ会のメンバーをも倒してくれたことは我らの心に響きました」
再び、地面に額を突けたモリモリさん。
角があるから、地面に穴ができていた。
「モリモリさん、頭を上げてください。正直に言いますが、あなた方の勢力に加わったわけではない」
「そうです。陛下の行動理念のすべては一環した善意の流れ」
ミレイヴァルがそう宣言。
「善意の行動理念とは、また難しいですな」
モリモリ爺さんの言葉に頷く。
その宣言に同意するように、
「要するに、女好きの槍使いの気まぐれですよ。攻撃を受けたら反撃しますし、意味がありそうなら、一度は警告を発します」
そう告げた。
「にゃお」
相棒も同意する。
ミレイヴァルは聖槍シャルマッハをモリモリに向けた。
「――アニュイル人。肝に銘じて行動せよ」
「ンン」
相棒は聖槍シャルマッハに釣られた。
動きを止めるロロディーヌ。
全身でシャルマッハの動きの真似をする。
「にゃ――」
たぶん、ドヤ顔の相棒だ。
俺からは後ろ姿しか見えないが、ドーベルマン的な光景だ。
黒豹だが、可愛いんだよ、まったく。
モリモリ爺さんは黒豹の動きを見て、びびるが笑う。
傍で浮いていたアルルカンの把神書が、
「だから言っただろう、モリモリよ。このシュウヤは、お前たちの味方をしたわけじゃねぇとな」
と、語った。
ガルモデウスの書を握るユイの片腕も浮いている。
アルルカンの把神書から魔線が伸びて、その魔線に支えられながら、立ち上がったモリモリ。
モリモリさんとアルルカンの把神書は戦いで仲良くなったようだ。
「偉大なるアルルカン様……たとえそうであっても、我らが救われた事実は変わりませぬ」
モリモリさんは恐縮そうに語る。
礼儀正しいお爺さん。
この辺りで戦うアニュイル人を率いるお偉いさんか、神官さんかな。
すると、アニュイル人たちも集まってくる。
屈強な戦士の方々だ。
「陛下、ご用心を」
「にゃ~」
ミレイヴァルは警戒。
相棒はまったく警戒せず、地面に寝転がった。
「ンンン――」
薄い黒毛が可愛い腹を晒す。
背中が、かゆいらしい。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら、体を左右に揺らして、地面で背中を擦っていく。
すると、大柄なアニュイル人たちの間を割るように、リャイシャイが現れた。
ゴツい男の戦士たちを伴っての登場。
皮膚の病変が変わった兆しは、ここからでは分からない。
リャイシャイは小走りだ。
「――シュウヤ様! わたしたちの味方をしてくださいまして、ありがとうございます」
「リャイシャイ。モリモリさんにも告げたが、正式に君たちアニュイル人の味方をしたわけじゃない」
「そのようですね。そこのお喋りなアルルカンの把神書様から、だいたいのお話を聞きました」
「おうよ、把神書の俺が居たからこそ、この戦いの勝利は得られたのだぞ!」
と、アルルカンの把神書が偉そうに語る。
把神書を留める金具のベルトが開いていた。
「にゃ?」
相棒の声を聞いたアルルカンは震える。
金具のベルトも縮みながら閉じた。
アルルカンの把神書はゆらゆらと動いて、耳元に来ると……。
小声で、
「……シュウヤ、手に入れた奇怪フィナプルスの心臓に魔力を通し、さっさと本契約をしろ。こんな臭いの世界とはオサラバだ」
「まだだ。どんな影響があるか」
「おぃ! 角ありと骨に同情でもしたのか?」
「そりゃするに決まっている」
「……然り、然り、が! グッドウィル過ぎるんだよ! 自身の精神を摩耗するぞ」
「そんなつもりはないが……摩耗とは、このフィナプルスの夜会の中に居る状態でもある?」
「そうだが、そうでもない。俺の力と眷属に神獣と色々とあるが、お前が優秀過ぎるのも問題なのだ」
「そう言われてもな、今ある感覚は大事にするだろう」
「……助けた骨の女だな。気にしすぎるな。たとえ、このフィナプルスの夜会の世界が潰れようと、所詮は魔術書の世界である。俺たちは俺たちの帰る場所があることを忘れるな――」
と、俺の頭部を突くアルルカンの把神書。
「そうか、分かったよ。忠告は素直に受け取る。だがな……魔術書の世界だろうと、今接している方々は個別に意識があるし、愛があるんだ……」
ルエルの表情は忘れられない。
「三次元培養されたオルガノイドでもなく、皆、苦しみながらも、ここでちゃんと生きている。だからこそ、魔心臓とガルモデウスの書に魔力を通す場所は、もっと落ち着いた場所がいい、被害がないように」
「わけわかんねぇことを言うが、優しき光魔ルシヴァルだな……いや、ここだと霊槍使いか?」
「んなことより把神書様よ、海の生物が好きなのか?」
「お、おう、わ、分かるか?」
と、動揺する把神書様。
「では、弔いの儀を実行します」
モリモリさんがそう発言すると、俺たちから離れた。
お爺さんのモリモリさんは、仲間の戦士たちに向け、
「皆、準備はいいか?」
と、渋い声で聞く。
体格のいいアニュイル人たちは隣り合わせの戦士同士の角と角を衝突させた。
そして、動きを揃えて、
「「おう!」」
と、片手を上げて、重厚な声を上げた。
リャイシャイも、
「先に話をしたように、バモットと、その隊の死体で、皆を弔いましょう」
「「はいっ!」」
生き残っている戦士の全員が死者の周りに並び出す。
戦っている時よりも、アニュイル人たちの気合いが凄い。
モリモリさんは満足気な表情だ。
しかし、ここはまだ戦場だぞ?
いつ何時、骨種族のドルライ人の襲撃が……。
一本角の飾りが目立つモリモリさんは、俺を見て、
「シュウヤ様も是非、参加してくだされ」
「ここで弔うのですか? ここは戦場……ドルライ人の襲撃があると思いますが」
「だからこそです」
そう語るモリモリさんは、笑顔を見せた。
そして、地面に倒れているアニュイル人の亡骸たちのもとに向かう。
リャイシャイが俺の傍に来る。
「こちらです」
「……」
俺の表情を見たリャイシャイが、
「死んだ直後、その仲間の傍で行うことが重要なんです。普段はあまりできない。だからこそ皆、必死なんです」
と、死体のもとに誘導を受けた。
俺はミレイヴァルと相棒にアイコンタクト。
ドルライ人が、この機会を狙うだろう。
と、警戒を強める意思を伝える。
ミレイヴァルは頷く。
背中を掻いていた相棒はすぐに立ち上がる。
長い尻尾を、俺の片足に絡めた。
そして、鼻先をくんくんと動かして周囲の臭いを嗅いでいく。
モリモリさんは仲間の死体の傍に立った。
神妙な顔を浮かべて両手を胸元でクロスする。
そして、大柄な横たわる死体を見て、涙を流した。
周囲の戦士の方の一部も涙ぐむ。
リャイシャイも双眸に涙をためて、
「……あのバモットは、わたしが連れ去られる直前、わたしを守るために動いた戦士長の一人なのです」
そう教えてくれたリャイシャイ。
涙を流していた。
モリモリさんは死んだバモットという方の傍に寄り添う。
自身の胸元を叩く。
すると、周囲の戦士たちも、自身の胸板を叩く。
ドッドッドッと厚い胸板を叩く音。
心臓の鼓動を骨と肉で表現しているような鈍く重い音。
戦士のプリンシプルを強く感じた。
不思議と高揚感を抱かせる音だ。
戦士たちが心臓音を奏でていく。
モリモリ爺さんは、膝を地面につけ、死んだ仲間たちの顔を見ながら呪文を呟いていた。
すると、腰に差す小刀を少し抜く。
覗かせている刃に親指の腹を当て、指に傷を作った。
一雫の血が刃を伝う。
その血が垂れる指を、死んだ仲間の額に当てる。
額から頭と鼻先に血のマークを作った。
すると、角の付近が光る。
アニュイル人たちのマークだろうか。
周りの戦士たちの胸板を叩くリズムが速まった。
モリモリ爺さんはシャーマンか。
刹那、甲高い声が響く……。
少女のソプラノ……リャイシャイだ。
リャイシャイは歌う。
悲しげな声だが、魔力の籠もった歌……。
……歌詞は、分からない。
<翻訳即是>の理解を超えているようだ。
……アニュイル人たちの戦士の鼓動とリャイシャイの歌。
アルルカンの把神書も興味深そうに側で見ている。
歌声と歌詞から、アニュイル人たちの強い絆を感じた。
一族としての殊死さ。
倫理を越えたモノ、魂を揺さぶるような、死を超越した尊い何かが、あるような気がした。
俺は身震い。
ふと、古代狼族たちの歌を思い出す。
狼たちの遠吠えが混じったような不思議な歌だった。
相棒も頭部を上向かせ、
「ンンン、にゃぁ~」
と、鳴く。
相棒も思い出したらしい。
時々、「ガルルゥ」と、獣の声が混じる。
あまり出さない珍しい声。
同時に切なそうな小声で「にゃ」と鳴く。
その時、周囲の魔素に反応があった。
「……シュウヤ、地下からだ」
アルルカンの把神書も警告。
閃光のミレイヴァルも気付く。
足下に聖槍シャルマッハの穂先を向けた。
ミレイヴァルの薄桃色の虹彩に、蘇芳色が混じっていく。
警戒中だが、魅了される。綺麗な瞳だ。
そのミレイヴァルが俺をチラッと見て、
「……地下から魔力のようなモノが」
「攻撃にしては薄いし、少し変だ。イモリザを呼ぶ――」
儀式は続いている。
イモリザに向けて、と、そのイモリザも地下の魔素というか魔力に感づいていた。
目の前に突き刺さった黒爪がイモリザの手に収束。
「使者様~」
瞬時に、目の前に戻ったイモリザ。
敬礼状態だ。
ココアミルク肌のイモちゃん。
「また地下ですね。地面ごとくり抜きますか?」
「いや、さすがに儀式の途中だからな」
そう俺が喋った直後――。
周囲に黒煙が湧き上がった。
――地面が揺れ、地震――!?
「円を縁取るように、魔力の波動が周囲に……広範囲の攻撃?」
ミレイヴァルが喋るように、下からの魔力。
この一帯ごと円状に削る気か?
「地面ごと地下に誘導か」
「そのようだ、回りくどいことをする」
アルルカンの把神書は俺の言葉に同意。
沈む地面の形は円形状。外側は岩。
その表面は滑らか?
黒色のカーテン状の魔力だ。
半径三十メートルは超えている。
やはり、広範囲の岩を削っての地下に誘導だろう。
たんに崩落を狙った攻撃かもしれないが。
天然のエレベーター、神具台に乗っているような感覚で落ちていく。
当然、儀式は中断された。
「イモリザ、沈む地面が崩壊しないように、銀髪を張れ」
「はい――」
左右の手首から<鎖>を射出。
アニュイル人戦士団を<鎖>製の盾で囲う。
イモリザの銀髪が円形の地面を銀に染めていく。
地面は銀色の盤の形となった。
下降していく速度が緩やかになる。
ドンッと強い振動――。
周囲に地響きが木霊する。
土煙で視界は悪いが、洞穴だ。
先に、人の形をした大きい魔素の気配が一つある。
大きい魔素が動く。
即座に魔闘術を全身に纏った。
「何かが来る、ミレイヴァルとイモリザはアニュイル人を守れ――」
と、発言しながら銀盤の縁に向かった。
俺の動きに呼応するように、縁の向こう側に――。
影を纏う骨種族のドルライ人が出現――。
足を止めつつ、その存在を凝視。
出現したモノは、影のような……。
ドルライ人か。
当然だが、ルエルさんとは違う。
双眸は真っ赤で、彫りが深く鼻が高い。
だが、決定的に違うのが、全身だ。
顔は人族系だが、全身は黒霧か影か。
黒霧のような影が覆っている。
マントか、ポンチョか、不明だが……。
装備ではない、天然の星屑のマント風の体とか……。
ホフマンの能力を思い出す。
その揺らめく影の中に点在している骨の一部のような細かなモノが蠢く。
影か黒霧の内部は、人骨のような骨の群れが、彷徨っている……。
随分と変わった能力者だ。
【大鳥の鼻】との闇ギルド戦でのポルセンからの報告にあった影使いヨミを思い起こさせるが……。
その赤い双眸が白目を剥く勢いでギョロリと俺を捉えた。
「……アニュイル人に与する者」
そう発言してくる黒霧のドルライ人。
影か不明だが、不気味だ……。
「だからなんだ?」
と、その直後――。
体の黒霧がぶれる。
と、そのぶれた黒霧のようなモノから、不意打ちの影の線が出た。
影か、黒霧か、一条の黒線が俺に迫る。
真っ直ぐなその黒線を鼻先で避けた――。
やや遅れて背後から衝突音が響く。
……頬に傷を受けた。
黒線は洞窟の奥に衝突したようだ。
見た目は一条の黒霧だったが……刃物か。
「影骨刃を避けたか……」
続きは来週。
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