五百八十二話 キッシュの新衣装
扉を開けた。キッシュは羽根ペンを持つ。
書類にサインをしながら妖精風の元亜神のゴルと会話をしていた。
シュヘリアとデルハウトの姿はない。
参謀のような両脇の位置に、クナとドココさんとトン爺がいる。
皆の着ている衣裳は少し似ていた。統一感を出しているのか。
キッシュの衣裳だけ、他と雰囲気が違った。
「よ! キッシュ、トン爺とドココさん、クナもただいま」
「待っていた!」
「ふぉふぉ、待ち人来ずではなく、来る。じゃの!」
「シュウヤ様、お帰りなさいませ!」
「はい、シュウヤさん」
机には紐でくくられた羊皮紙の書物に羽根ペンを収める石スタンドが置かれてある。
他にも口が下に開いた麻袋もあった。
口から溢れ出た豆類の野菜が机に転がっている。
豆は魔力を宿し彩り豊かで葡萄のように瑞々しい。
生で豆を食べても美味しそう。挨拶していないゴルは、その袋と野菜に粉状の魔力を振りかけていた。
そのゴルは振り返りつつ片方の腕を上げ、
「――帰ったのだな!」
可愛らしい挨拶を寄越す。
妖精らしい見た目のゴルゴンチュラだ。
その興に乗ったゴルゴンチュラを見て、
「よう、ゴルッち!」
と、気軽に挨拶を返した。
「ご、ゴルッチだと!?」
体を揺らし、びっくりするゴルゴンチュラ。
意外な反応だ。そんな雰囲気だったのに。
「いやか? なら、ゴルバチョフ書記長ってのはどうだ」
「な!? ご、るバちょふ? 名前が変わっているではないか!」
「あはは、すまん」
「ぶ、無礼であろう! 妾は落ちぶれたとはいえ、元上級亜神の一人であったのだぞ! 名も、蝶ゴルゴンチュラである! そのごるばちょふ、ではなぁい!」
『前に妾が突いた、おなごの残骸か! あのような、ちっこい、おなごの名は、ゴで十分だ』
サラテンのツッコミに従うわけではないが、
「俺の知る国を民主化に導いた偉大な人物なんだが……それじゃ、ゴ。で」
「短くなりすぎだ!」
「ならゴルゴサーティーン」
元亜神のゴルゴンチュラは、背後を振り向く。
キッシュは、不思議そうに、そのゴルの様子を見ていた。
きょろきょろとするゴルッちは、再び振り返り、
「……背中に立つな。的な意味があるのか?」
「鋭い。さすがは落ちぶれても元上級亜神だ。では次の候補を……ゴルゴンゾーラ」
「……美味そうな名前だのぅ! しかし、否だ。それならば、ゴルゴンチュラでいいだろう!」
「……ゴルッチも可愛いと思うが」
「ふぬ!? だいたい、名前を変えるなんて、一言も言ってないぞえ!」
「はは、冗談だって」
「ふん、だ。戯れ言に付き合っている暇はなぁい」
「そうかい」
「妾は忙しい。友だと認識しているから遊んでやったのだ」
「そりゃどうも」
「うむぅ! お優しい元亜神ちゃんなのだ! ありがたく思え!」
某蒼炎使いのように、人差し指を伸ばすハイテンションのゴルッち。
彼女は妖精風の小さい翅を羽ばたかせる。
「バイバイだ! あ、ジョディは逸品居で働いている。シェイルの件で用があるなら城下街に来い!」
元気よく喋ったゴルッち、ハチドリの如く翅を動かしつつ宙空ターン。
飛翔しながら窓から外に飛び出していった。
キッシュの横目から少し哀しげな印象を抱いたが気のせいだろう。
翡翠の宝石を思わせる瞳に吸い込まれそうになる。
優し気な笑みを浮かべてくれた。透明感のある肌を見ると、自然と美に対して畏敬の念を抱いてしまう、それほどまでに美しさを秘めた透明感の肌が持つ繊細な笑顔は依然よりも美しく見えた。
キッシュは『うん』とゆっくりと首を縦に振る。
短く頷いた――阿吽の呼吸。
「……やったんだな」
「そうだ」
キッシュは、その言葉を合図に――。
両手の掌で机を突くように立ち上がると、前に来る。
机を迂回し、背中にその机を預けたキッシュ。
俺たちを見据えてから「ついにか……」と短く語る。
自らの胸を抱くように両手をクロス。
体勢を僅かに前へと傾けつつ自らの掌で、両肘を撫で擦る仕草を取っていた。
寒いわけではないだろう。
心の震えを押さえている? 豊かな胸が強調されるポーズだ。
そのキッシュは……双眸に涙を溜めていた、泣きそうだ。
よし、見せてあげよう。
蜂式ノ具が宿る魔宝石を持つ片手を持ち上げた。
「分かっていると思うが、これが蜂式ノ具だ」
キッシュは蜂式ノ具を凝視。
肩を揺らし、
「おぉ……」
と、声を震わせた。
片方の目から涙が零れた。
やや遅れて、もう片方の目からも涙が流れる。
拍手が響く。キッシュの隣に立つクナの拍手だ。
クナの格好は、トン爺とドココさんと似ているが、微妙に色もデザインも違う。
彼女の黄金色の髪と似合う黒と紫を基調とした魔術師風の衣裳。
背中に装着した杖の先端を覗かせていた。
穂先に当たる部分は、魔宝石を中心に立体的な9と6の合わさったようなデザイン。
その装備が映えるクナは拍手を止めた。礼儀正しく頭を下げて、
「……地底神ロルガの討伐おめでとうございます。その十字架の魔槍も特別そうです」
「この槍は王牌十字槍ヴェクサード。キストリンの墓代わりだった。ヴェクサードってオーク系の怪人が宿っている」
「まぁ!」
「詳しくは後だ」
続いて、俺の背後から、ユイが、
「血文字でキッシュに報告していたけど、ロロちゃんだからこそ可能だった長い旅。モンスターを倒して、ずっと続いている魂の黄金道を辿る長く険しい地下の旅だったんだ。そして、地下の独立都市フェーンの内部に入った」
続いて、エヴァが、
「ん、その戦いも激しかった……」
地下都市の戦いのことを告げていく。
長くなりそうだから、
「悪いが、その詳しい話は、少し待て」
地下の戦いに関する話を止めた。
キッシュは涙を拭いて、
「本当に蜂式ノ具なのだな……なんとお礼を言ったらいいのか……」
「礼なら、その喜ぶ顔で十分だ」
「……ありがとう」
キッシュは、再び涙を瞳に溜めていく。
俺は微笑みを意識しながら、
「ほら、笑って、司令長官らしく、どーんと構えていればいい」
と、発言。
キッシュは頷いて、涙を拭くと、俺を見つめて、
「……そうだな、優しき友」
そう小声で語ると、すぐに、また涙を流す。
が、すぐに、はにかむキッシュ。
自らの頬を叩いて、気合いを入れたキッシュだ。
そして、オーラのような血魔力を出す。
首筋と背中から血が噴き上がった。
薄緑色の髪も<血魔力>が縁取り、色鮮やかな梅染色と潤朱色のコントラストを美しい髪に生み出すと、その髪が不定形に揺れる。
キッシュの気持ちを表現するかのように靡いた。
美しい髪とは、また少し違うのが可塑性のある<血魔力>のマントも迫力がある揺らめき方だ。
その姿から、一瞬、同じベファリッツ大帝国としてのエルフ血筋でもある【白鯨の血長耳】の総長を思い出す。
そして、<筆頭従者長>の輝く血が衣裳の胸元から下腹部の太股辺りまで縞の傍線を彩ると胸元にある鶴のイラストも変化した。その鶴が翼を広げ衣服の表面を飛翔していく。
アニメーションか。
続いて、ルシヴァルの紋章樹のマークも胸元の衣裳に誕生。
しかも衣裳の平面から少しだけ盛り上がっている紋章樹。
孔雀石で作ったようなルシヴァルの紋章樹。
職人が丹精込めて加工を施したようにも見える。
その衣服の表面の中を、セルアニメ調に飛翔していた鶴が、そのできたばかり紋章樹の天辺に降り立つ。
鶴は上向き、小さい頭部に蜂の冠を抱く。
と、動きを完全に止めた。冠か。格好いいし、リアルだ。
肩章と似た肩のデザインもいい……。
新衣裳を身に纏うキッシュから気品を感じた。
「……その衣服はドココさんが作った?」
キッシュ司令長官は頷く。
「ドココとルッシーとクナにバング婆が協力した。ドココ、説明を頼む」
キッシュは、横のドココさんへと話を振る。
エルフのドココさんは頭を下げて、
「合計四つのアイテムを用いて、皆の協力の下、わたしが最後に仕上げました」
「四つの素材とは?」
「はい」
ドココさんが説明していく。
一つ目はルシヴァルの紋章樹の枝から生えた〝光魔の実〟。
二つ目は亜神夫婦とホームズンの魔樹庭師が果樹園で育てていた生命が宿る〝魔蔓繊維〟。
三つ目はクナが持っていた〝アセントの超実〟。
四つ目はトン爺が採取していた、これまた貴重な〝縦横の実〟。
「を使用しました」
「あるじの、ぶかのキッシュは、がんばっているから、わたし、とくべつな汁皮ぶしゅぶしゅをあげたのだ! クナには、おしおき、べーをした!」
エヴァの足下にいたルッシーがそう叫びつつ、血を出すと消える。
否、血の残照を残し、天井に転移していた。天井すれすれを飛翔するルッシーは半透明になっていく。
すると、トン爺が、
「縦横の実は幻のカレミノ実を、エブエと一緒に探す際に見つけた貴重な木の実じゃぞ」
と説明。
「ありがとうトン爺。で、アセントの超実って……」
クナに視線を向ける。
「はい、ハイセルコーン種族が好む貴重なアイテム」
「あぁ、だからか。前に、ハイセルコーンを捧げると」
「そうです。アセントの超実を餌に……ふふ」
悪魔の目だ。
俺と契約したクナだが……。
やはり魔族クシャナーンとしての地は、色濃く残っている。
ま、とりあえず、スキルのことを聞くか。
「三人はどんなスキルを使ったんだ?」
「わたしは繊維の抽出に<錬金術・解>と<魔砕波の暦>を用いました」
クナがそう発言。ドココさんは頷いた。
そのドココさんは、
「バング婆は<茨魔法>。わたしは、元々サイデイルにあった糸車を使ったほぐし機と叩き台に、スキルの<アームセンの縫織>を使いました」
ドココさんの<アームセンの縫織>。
名前からして、凄まじい裁縫スキルの予感。
「へぇ、それでキッシュの衣服を新調したのか」
「はい、光魔ルシヴァルの血の効果で、防御能力が飛躍的に高まる衣裳防具です」
ドココさんはそう語る。
「クナも協力ありがとう」
「はい~うふ♪」
クナの瞳が黄色に怪しく輝く。
彼女は錬金術も扱える底が知れない魔術師。
それでいてキサラの拳法類にも精通している。
実際には格闘術はあまり扱えないらしいが、そのことは告げずに、
「素材と皆のスキルからして、貴重な衣裳防具か」
と、キッシュの姿をジッと見る。
「はい」
「この衣裳は、わたし専用らしいのだ。すまないな」
「いや、ほしいわけじゃない」
「俺はほしいぞ~剣王の名に相応しい」
「我はいらん」
「……わたしもだ」
ビアとママニはそう語る。
「わたしは、ほしいかも」
「ボクはいらない~」
「ん、わたしも、サイデイルの司令長官様が着る服がいい」
「ドココさんとクナさんとバング婆の合作に、興味ある。ムントミーもお洒落装備だけど、その新しい衣裳防具は、魔法街のクリシュナで売っていそうな魔法のアイテム的で、センスがいい」
レベッカがそう発言。
「そうだな、いい服だ。そして、キッシュ専用。まさに<筆頭従者長>として、お似合いの衣裳防具だ」
皆と俺の言葉を聞いたキッシュ。
ニコッと笑顔を作り、
「そうか! シュウヤの<筆頭従者長>として嬉しく思う」
と、朗らかさのある笑みを浮かべる。
衣裳といい雄麗さを醸し出す。
長耳の翡翠のイヤリングも輝く。
そして、ふふ、と笑うヘルメが、
「キッシュは女王や女帝としての雰囲気が、自然と溢れ出ていますね」
確かに……と、俺も頷いた。
その瞬間――。
蜂式ノ具を内包した魔宝石が反応。
蜂の針が飛び出る――。
針は避けることはできない速度で、俺の掌に突き刺さった――注射針ってか、頗る痛い――。
俺の血と魔力を勢いよく吸い取っていく。
「閣下!?」
「これは……」
キッシュも驚く。
『妾は吸い取られていないからな!』
『主、我は、少し吸い取られた』
『大主さまサラテンしゃまが、守ってくれましゅた!』
シュレゴス・ロードの魔力と俺の魔力に血を、吸い取った蜂式ノ具か。
俺は大丈夫と、片手を上げ、
「ヘルメ、大丈夫だ」
と、告げる。
しかし、血と魔力を勢いよく吸い取った蜂式ノ具を内包した魔宝石か……。
少し、ふらつく量だ……。
すると、窓から射していた光が急に屈折をくり返し足が三本ある大きな烏を模った。
大きな烏は金色の光を蜂式ノ具に放つ。
俺の魔力と血を吸い取った蜂式ノ具と、その金色の光と繋がった大きな烏は、プロミネンス状に蠢く血を纏う。
更に、蜂式ノ具から光の魔力が溢れ出た。
その光は蜂と天道虫の姿に変化を遂げる。
大きな烏の元となった外からの光は、依然と、宙の位置で屈折をしながら俺と天道虫と蜂たちを照らしていた。
俺の胸元も反応。
……<光の授印>か。
腰の魔軍夜行ノ槍業は震えて縮こまる。
血魔剣は微動だにしない。
閃光のミレイヴァルは銀チェーンが微かに揺らぎ、鋼の柄巻に当たる。
しかし、八咫烏のような烏といい不思議だ。
鏡もないのに、宙の位置で曲がる光条?
太陽の光とは思えない特別な光。
そして、魔法のようなスポットライトを浴びている天道虫たちは、意味でもあるかのように点滅を繰り返す。
ひらりひらりと回転を続け独自の歓娯を表現しながら宙を舞っていく。
その様子は、可愛さがある。
どことなくデボンチッチたちやヴェニュー的な気配を感じた。
刹那、握っていた魔宝石が自然と手から離れた。
宙に鎮座する蜂式ノ具を内包した魔宝石。
皆、唖然としている。
『ご主人様、極細い光が……天空から下りてます。その近くを、半透明に近い光条を身に纏った金色の烏と鳩たちが舞っています。烏といえばヴァルマスク家ですが……ありえませんね』
ヴィーネが血文字で報告してきた。
彼女が待機している場所は、高台の家だ。
城で言えば、天守閣。
二階の窓も結構大きい。
そこでダークエルフを見ているヴィーネも空の状況の変化に気付いたんだろう。
『そうだな。状況的にヴァルマスク家ではない。戦神教の連中でも、神界勢力もいないだろう?』
『はい、金属の環を頭に持つ方々はいません』
『なら、ヴィーネはそのままダークエルフが目覚めるまで、そこで待機していてくれ、キースとリサナにサナさんとヒナさんにも、伝えておくように』
『分かりました』
側にいる皆も
「ん、シュウヤ。大丈夫よね?」
「シュウヤ様……」
「……シュウヤ?」
「大丈夫だ」
と、聞いてきた直後、蜂式ノ具が、また光を発した。
先ほどよりも濃密な光の魔力。
秘宝としての力を示すような感じだ。
濃密な光の魔力。
一瞬、地底神ロルガを倒した後の巨大な光のカーテンが展開されたことを思い出すが違った。その濃密な光の魔力はあの時のようなカーテン状ではないし、小さい。中身は濃いが、半透明のハンカチの大きさだ。
光のハンカチとしての襞が靡いて綺麗は綺麗だが……。
あの時のような……ハーデルレンデの祖先たちの映像はない。
キッシュの家族たちが喜ぶ光景が、ここで映ることはないということか。キッシュに見せてあげたかった……。
相棒がいたら同じ反応を示すはず。
「ンン、にゃぁ~」
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