五百八十一話 悠々閑々
ユイはそう言うが……。
黒猫の腹は心配だ……。
……魔法陣だし。
可愛い乳首ちゃんの肌触りとか変わってるかもしれない。
「ん、シュウヤ、心配しすぎ」
「主の表情が……」
「あまり見たことのない表情ですな」
スゥンさんは渋い口調で俺の表情を指摘してくる。
顔に出ていたか。
そのスゥンさんの特別な指環をサザーとモガが触っている。
彼は特に気にする素振りは見せていない。
対面のユイがジッと俺を見て……。
「うん、珍しい」
「当然だろう。地底神ロルガから強烈な攻撃を相棒は腹に受けた。それを間近で見ているからな。しかも、回復したと思ったら腹に魔法陣だぞ?」
「そっか。凄くショックだったのね」
「……」
「わたしたちが傷を負った時より、ショック?」
「でも、ロロちゃんが攻撃を受けたところを見たら、わたしもそうなっちゃうかも」
「……うん」
「神獣様は幸い元気です」
「ん、ロロちゃんのお腹の魔法陣は別に悪い感じはしない」
エヴァは真顔で語る。
たぶん大丈夫だとは思うが……。
クナにも見せて……。
判断してもらいたかったんだがな。
「エヴァがそう言うなら、大丈夫じゃない? それともシュウヤの神獣なんとかスキルだっけ? 神馬一体とか、さんごくしの英雄、りょふ? に変身できるスキルとか、そのスキルで違和感を覚えたとか?」
「いや、変身はしないし違和感もない。むしろ、相棒からパワーを感じる」
「……なら良いことじゃない! あ、ただ、ロロちゃんの腹を触りたいだけとか?」
「違う。本当に心配なんだ」
と、間があいた。
「……主、我の胸を貸すぞ」
ビア……。
両手を広げた蛇人族の独特の挨拶。
そのビアは、三つの胸に飛び込んでこい。
と言いたいのか?
俺は、おっぱい教として……。
あの三つの乳房に自らの頬を差し出すべきなのか?
両頬を、三つの乳房でビンタを受け続けるという謎の洗礼を浴びるのも……。
それはいやだ。
そんなアホなことを考えていると……。
寝台近くに移動していたレベッカが、
「寝ているダークエルフさん。起きたらどんなことになるのか……」
と、指摘する。
「ん、混乱するかも」
「だよね」
「うん」
エヴァとレベッカは頷く。
両手を組んでいたヴィーネが、
「地上と気付けば慌てふためく可能性は高いです」
そう発言しながら俺の横にくる。
秘書風のスタイルだ。
続けてバーレンティンが、
「地上に出たことのあるダークエルフならば……」
「ヴィーネのようにか? その可能性はないだろう」
「はい、稀の稀ですからな」
と、バーレンティンは語る。
ヴィーネは魔法を使うようなジェスチャーを加えながら、
「ゲートを使える魔術師ならば可能性もあります」
そう呟く。
「それを言ったら、地上と地下を放浪する実力者だったって線もありえる」
「地上と地下を放浪できる実力者が魔神帝国で生贄にされるかな?」
イセスが呟いた。
墓掘り人としての言葉だろう。
「ま、今は起きるのを待つか……」
「わたしとヴィーネ殿が、ここに居れば、彼女が起きた場合の混乱を多少なりとも抑えることは可能かと。しかし、逆に同族を嫌っている可能性もありますので、なんとも……」
バーレンティンの言葉だ。
ふむ。難しい。
レベッカは寝台から離れた。
プラチナブロンドの髪が靡く。
細い腰にムントミーの衣服が似合うレベッカ。
「ンン」
相棒の遊ぶ声が聞こえた。
あの腹の魔法陣を調べたい。
そう考えているとレベッカは俺の顔をマジマジと覗く。
「ダークエルフのことより、まだロロちゃんのことを心配している顔ね」
白魚のような指で俺を突く勢いだ。
まったく、その指を咥えちゃうぞ。
「ん……地味にショックを受けている顔」
エヴァが指摘してきた。
「楽天家のシュウヤ様が……」
「エヴァが言うように、神獣様の様子を見る限りでは大丈夫そうに思えますが」
「不安を覚えることも、また事実」
キサラとヴィーネの言葉に、皆が頷く。
皆、それぞれに思案気な表情を浮かべていった。
壁の横にあるブックシェルフの棚に乗った相棒ちゃんは、皆の会話が分かる。
目を細めたロロディーヌは、
「にゃ?」
と、疑問風の鳴き声を発した。
頭部を横に傾ける。
耳の薄ピンク色の地肌が……。
なんとも言えない。
「――もうたまんないわね、あの魅力ある姿は!」
「うん」
激しく同意。
「ん、可愛い」
「……わたしは、ネームス」
「ネームス、ここで腕を伸ばすなよ?」
ネームスはモガの注意を聞かず。
相棒に向けて腕を伸ばすと、黒猫が乗っていた棚の一つを見事に破壊。
「ンン――」
相棒は跳躍して避難。
触ろうとしたネームスの腕から逃げていた。
ロロディーヌは、一つ上の棚の端から見下ろす。
また頭部を傾げていた。
「また、首を傾げています」
「ふふ、興奮して黒色の瞳が大きくなっています。それも魅力的です」
まっくろ黒すけ出ておいで~と呼びたくなる。
そんな言葉が脳裏に浮かびながら……。
「天邪鬼な相棒だ。仕方なし、腹のチェックは後回しか」
「そうね、キッシュのところに行けば降りてくるでしょ。遊びを優先しちゃうかもだけど」
「相棒も俺たちの会話は聞いているから、大丈夫だろう」
「それじゃ一階?」
「そうだな、サナさんとヒナさんとも情報を共有しないと」
「ん」
「そして、訓練場でムーとも会ってからキッシュの屋敷に行こう」
「了解~。サナさんとヒナさんは、言葉は覚えたのかしら」
「片言は可能みたいだけど、時間は掛かる」
「標準語より、オーク語のほうを早く覚えたりして……」
「ん、ソロボとクエマと一緒だったから?」
ソロボとクエマは、名前を呼ばれて気付く。
「サナさんとヒナさんの言語習得の件だよ」
と、オークの二人に俺が通訳。
「そうですか、正直、言語はあまり分かりません。訓練ばかりでしたから」
「二人の少女と戦いましたが、中々の手練れです」
「ソロボとクエマは標準語の習得は無理そうか」
「……オレは苦手です。少し、標準語を覚えただけです」
「オーク語の翻訳文字は、まだまだ難しい……」
ソロボとクエマが語る。
クエマはキッシュとドミドーン博士とオーク語の翻訳仕事ができそうな印象。
ソロボは無理だな。
その博士を連れて探索に出た紅虎の嵐たち。
早速、血文字を送る。
『サラ、順調か?』
『うん、モンスターを狩って、地図作りは順調。ただ、道は平坦じゃないからね』
『そっか。俺たちは地上に帰還したから』
『了解~』
あっさりと血文字を終える。
すると、異獣ドミネーターが窓に足を掛けて、外を確かめていた。
ルシヴァルの紋章樹でも見ているのか?
エヴァがすぐに、
「ん、異獣ドミネーターさん、そこから外に出ちゃだめ、こっちの階段」
「そ、そうなのか」
異獣ドミネーターは背中の黒衣裳の形を変えつつ華麗にターン。
皆の側に来ながら、階段を見る。
「さぁ、行きますよ!」
「はい!」
ヘルメの声が下に響く。
すぐに一階のリビングから、サナさんとヒナさんの「「おかえりなさーい」」といった声が響いてきた。
俺は相棒に向けて、
「ロロ、一応、ダークエルフはここに寝かせておくから、頼むぞ」
「にゃ~」
たぶん『わかったにゃ~』と鳴いてくれたはず。
すると、
「ご主人様、わたしは念のため、ここに残ります」
「わたしもここに残って、見張りに加わります」
「では、俺もここで休ませてもらいます」
ヴィーネとリサナとキースさんがそう発言。
「分かった。ダークエルフが起きたら暴れるかもしれない。ヴィーネ、昔、敵対していた魔導貴族だったとしても、手を出すなよ?」
「はい、委細お任せを」
「主、わたしも残ったほうが?」
「いや、バーレンティンは、俺と一緒だ。キッシュに説明をする時に、色々と補足してくれると助かる」
「はい」
「んじゃ、リサナとキースもヴィーネも、あとでな」
階段に足を向けた。
常闇の水精霊ヘルメは頭上で浮きながらついてくる。
ヴィーネを寝室に残し、皆で階段を下りた。
階段を下りる途中。
一階のリビングで音が響く。
サナさん&ヒナさんだ。
たぶん、椅子から立ち上がった音。
俺たちの姿が見えたのか、
「シュウヤさん~」
「お帰り~」
挨拶する声が響く。
二人の姿を確認。
階段を途中でカット――。
一階のリビングに着地した。
二人は異獣ドミネーターの姿を見た途端。
驚いた表情を浮かべる。
異獣ドミネーターも身震い。
二人が何者か察知した、ような面を浮かべる。
身構えた異獣ドミネーター。
体毛のコスチュームが少し変化。
色合いに艶が生まれた。
その異獣ドミネーターは、十二名家の魔術師の力を把握できるんだろうか。
魔察眼か掌握察系の能力とかありそうだ。
俺は一応、
「……大丈夫だぞ。二人とも俺が救出した」
「……そうか」
「その方は……」
サナさんが質問してきた。
彼女は戦魔ノ英傑の、音なしの又兵衛を出せる。
その能力ではなく、爪が輝きを発していた。
美爪術系の魔術か。
警戒して魔術を出す前に、フォローを続ける。
「名は異獣ドミネーター。嘗て、君たちと同じ異世界日本で、十二名家の皇吹雪に使役を受けていた経験を持つ」
と、紹介。
「えええ?」
「な!?」
丸眼鏡がずれるヒナさん。
「同じ、世界に転移を……しかもトン爺さんが語っていた皇家……」
「召喚技法の魔獣召喚か……戦魔ノ英傑を扱える特異な魔術師」
「たぶん……」
「是非は道によって賢し」
異獣ドミネーターは日本語でそう語る。
どっかで聞いた諺だ。
「……皇家でよく使われている家訓ですね……」
「申し遅れましたが、わたしは、東日本国十二名家の鳳凰院家の次女、名は紗奈です。魔術師が一人」
「わたしは、雛。鳳凰院家に仕えている一族の者。同じく魔術師の一人。サナ様の侍女です」
「ふふ、卑下しないのヒナ。貴女は、護衛を司る者と同じ存在だったんだから」
「……はい」
頬を赤らめたヒナさん。
そこから、二人は、この異世界の惑星セラに転移した経緯を説明していった。
……改造した旅客機、北カリフォルニア……。
異世界地球のアンカレッジからアリューシャン列島を越えた範囲で散発的に起きた戦争については……。
異獣ドミネーターは理解が及ばないようだ。
一角機関、なんとかソーサラー、とか話をしているが、正直、分からない。
国連系の謎組織とか、イルミナティとか、東日本の組織なんだろうか。
種子法に関することで争いがあったようだ。
利権に繋がる大事なF1品種を大企業が握る構図はどこも変わらないか。
種を制するものは世界を制するをいく大企業。
しかし、東日本国では、農業の競争力を下げずに、種苗を扱う企業だけでなく一農家へと特別に種を支援する制度を作って大企業に抵抗したようだ。利益優先ではなく、栄養のある野菜や穀物を国民にできるだけ安い値段で提供する政策を実行する政治家と企業が多いとは、愛があるね。戦争が多い異世界地球でもいい話はあるようだ。
内実は、その愛のある政策のせいで、他にしわ寄せとか、ありそう……。
ま、貧乏でも皆が元気に生きていられる生活ならいいと思うが。
異獣ドミネーターとサナさん&ヒナさんは、そういった小難しい話し合いを続けていく。
俺たちは、リンゴパイと果樹園で採れた新鮮な葡萄を、つまみながら、まったり談義。
異獣ドミネーターと二人の日本語会話が適度に落ち着いたところで……。
「よっし。そろそろ、ムーのところに行こう」
と、話を切り上げた。
そして、玄関の縁に手を当てながら、
「ヴィーネとリサナにキースさんも留守番を頼むぞ~」
二階でダークエルフを見守るヴィーネたちに声をかける。
自宅の玄関から出た。
紋章樹が聳え立つ広場は訓練場でもある。
出入り口の柵を右にずらし、柵の扉を開けた。
その広場でもある訓練場に足を踏み入れる。
光魔ルシヴァルの妖精ルッシーと仲良く訓練しているムーを見る。
「……っ」
「よっ、ただいまだ。ムー。元気にしてたか?」
ムーは振り向き、ニコッと笑顔を見せてくれた。
そして、仲間たちを見てから視線を止める。
「!」
視線の先は、エヴァだ。
ムーは、急に感情でも高ぶったような面を作ると、樹槍を捨てて、走り出した。
いや、樹槍は走りつつも器用に義手から伸びた糸で回収する。
片腕と片足の付け根から出る魔糸。
魔糸を操る技術は上達していると分かる。
その魔糸と一体化している義足と義手を振るい寄ってきた。
「主の弟子か」
「ん」
「ムーちゃんの目的は、わたしではないわね。蒼炎で抱っこしてあげるのに」
「エヴァは子供たちにモテるからな」
エヴァも恥ずかしそうに少し顔を俯かせた。
そして、ニコッと微笑むと、弟子のムーを出迎えるように前に出る。
そんなエヴァの胸元に飛びつくムー。
「っ――」
ムーは気持ちよさそう。
「ん、ムーちゃん元気?」
胸元に埋まるようなムーを優しく抱くエヴァ。
母性ある表情を浮かべている。
ムーはコクコクと頷いてから、エヴァから離れた。
「……っ」
そして、義手から出た魔糸と繋がる樹槍を手で握る。
ルッシーもエヴァに抱きついた。
ムーは、樹槍を使った訓練の成果を、努力の成果を自慢するように見せてくれた。
義足だと感じさせないリズミカルな動き……。
――はは。
樹槍は一つ。
一の槍を体現する風槍流の動きだ。
……ムーの動きから、アキレス師匠とゴルディーバの里の修業の日々が蘇ってくる。
自然にラ・ケラーダのハンドマークを胸元に作った。
そこからまったりとした時間を過ごす。
今は昼過ぎぐらいか。
保育士エヴァ先生。
そのエヴァを中心に女性陣全員が保育士になったようにムーを囲う。
サザーはアラハ&ツラヌキ団のメンバーと合流。
小柄獣人の姉妹同士で抱き合っていた。
オフィーリアも混ざると微笑ましい。
ツブツブを含む小柄獣人たちはムーと一緒に駆けっこを始めていった。
ツラヌキ団とその家族たちの幸せな表情だ。
彼女たちはポロンのことを話す。
シュヘリアが率いるエルザ&アリス&ナナと一緒に水晶池の調査&冒険に出たとか。
ダブルフェイスも居ないから一緒か?
少し気になる内容だ。
ま、警邏活動&サイデイル近辺の地形の把握だろう。
その会話も含め……。
皆が楽しそうに話をしていく様子を眺めていくと……俺も楽しくなった。
隣で俺の手を握っていたキサラも同じ気持ちだったらしく……肩に寄り添ってくる。
綺麗な白色の髪が靡いて、イイ匂いが漂った。
ヴィーネの白銀に近い色合いの髪とは、また少し違う。
白絹を彷彿とさせる綺麗な髪だ。
触りたくなった。
が、女性の髪をむやみに触るもんじゃない。
尊敬の意思を込めての、親しき仲にも礼儀あり。
「シュウヤ様……」
「キサラ……幸せか?」
「はい、とっても……いい雰囲気ですから。そして、この光景を守るために、シュウヤ様は一生懸命になるのですね」
「まぁな」
「ふふ、照れずとも……でも、その照れも、とても素朴で素敵です。眩しいぐらいに……」
そう語るキサラさんも眩しいぞ。
キサラは、ご褒美のつもりなのか、巨乳さんで、俺の腕を挟むし……。
修道服を変化させたノースリーブの装束。
櫨豆さんのダイレクトアタックが、たまらない。
女性の極み……。
といった感じを抱かせる艶が彼女のさり気ない動作から溢れ出る。
そして、このおっぱいさんを守る戦いでもある。
「……ありがとう」
……鼻の下を伸ばしながら礼を述べる。
キサラの細い眉を見て……。
蒼色の少し揺れている瞳を見つめる。
彼女の双眸に俺の顔が反射していた。
その蒼色の瞳は、俺の唇を見た。
ご要望通り、キサラの唇を奪う。
新しい口紅を塗るように、愛くるしいキサラの唇を、俺の唇の襞で労ってあげた。
上品なキスを心掛ける。
そして、そそり立つ城壁をキサラの下腹部に押しつけながら、掌中にメロンを収めることは、しなかった……皆も居るからと、唇も離す。
「あ……」
と、切なげな表情を浮かべるキサラ。
やや遅れて、微笑む。
その直後、膨大な魔力を検知。
「ンンン」
と、相棒の声的なニュアンスを発声した魔力を発しているレベッカが真横に居た。
小さい唇を窄まして、細い顎を突き出している嫉妬のレベッカさん。
可愛く面白い顔だ。
その窄んだ蒼炎を宿す唇へと、本当に、キスしてやろうと思ったが、止めた。
だしぬけに――ささっと指を――。
レベッカの唇に置く。
目を瞑っていたレベッカは、キスされたと思ったのか、ドキッと震えたような仕草をとった。
可愛いが、指なんだな、ごめん――。
心で、謝りつつも、指の腹で、ツンツクツンと唇を突いた。
そこで、気づいたレベッカさん。
「あぁ~! わたしにも、ちゅっと、してくれてもいいじゃない!」
蒼炎ハンマーを華麗にスルー。
「ふはは、回避は伊達に鍛えていないのでな!」
と、俺が発言すると、皆が笑う。
「もう、えっちなくせに!」
と、怒らせたところで――。
<魔闘術>を全開にしてターン。
いきなりレベッカとの間合いを零とした。
「え――」
レベッカの唇を奪う。
そして、逃げた。
「ぷはっ、って――もう強引で、放胆でキュンとさせるのが上手なんだから……」
レベッカは微笑むと追ってこない。
俺は訓練場の木柵に向かう。
端に背中を預けつつ、背伸びをするような姿勢で、紋章樹を見上げた。
壮観なルシヴァルの紋章樹。
葉末から輝きを放つ血が滴り落ちている。
その紋章樹の高い所付近では、雷火が閃いたようにも見える軌跡が起きていた。
不思議な形のデボンチッチが消えては現れる。
一見は吸血鬼のシンボル。
しかし、なんとも言えない神聖な雰囲気がある。
あの時と近い感覚……か。
フォルトナの街にあった水神アクレシス神殿。
やはり、アクレシス様の力も加わっているのだろうか……。
デボンチッチたちが至る所に飛んでいる。
その左の上が『蜂たちの黄昏岩場』の小山。
俺たちが地下に進んだ天然の滑り台があった穴だ。
その光景を楽しみながら……。
<ザイムの闇炎>のためにアドゥムブラリを発動。
指環の表面がぷっくり膨れる。
いつものクレイアニメ風の姿だ。
そのアドゥムブラリの可愛い額に指の腹で、Aの文字を素早く刻む――。
そして、指先に出た闇炎で魔煙草を吹かす。
「――主、戦いは終えたか」
アドゥムブラリが喋る。
小さい半円のアドゥムブラリ。
口の形が、指環の湾曲に沿う形で、奇妙な三日月に見える。
「おう、無事に帰ってまったり休憩中だ。アドゥムブラリも外に出るか?」
アドゥムブラリは、左手の掌をチラッと見て、
「主よ、俺は主に使われる武装魔霊なんだぜ?」
「それがどうした? 元魔侯爵様よ、何が言いたい」
「……元アムシャビス族の力は、いつでも優しき主の物なのだぞ! と言いたかっただけだ――」
瞳を揺らすアドゥムブラリは紅玉環の中に戻る。
何か理由があるのか、分からんが、アドゥムブラリの指環は沈黙。
すると、遠くの空を漂うロターゼの姿を視認。
サイデイルと離れた場所を飛翔している航空黒鯨母艦。
警邏活動の一環か?
「ふふ~」
と、俺の頭上でダンシングポーズを披露していたヘルメさん。
すると、その踊るヘルメの眼前に血色の靄が出現。
「まぁ! ルッシーちゃんの聖域は綺麗です~」
血の霧のようなモノは確かに綺麗だ。
ルッシーの能力だろう。
しかし「ミスト」というホラー映画を思い出す。
あの血の霧が街を覆う時「遊星からの物体X」的な展開が起きるかもしれない。
そのルッシー本人は血の霧のことに気付いていない感じだ。
レベッカからもらったカステラ菓子を食べながら、エヴァと話をしている。
一方、目の前の広場では、クエマとソロボが気合いを入れていた。
演武に続いて模擬戦が始まる。
ソロボが突然、右フック。
いや、魔笠を振るう――。
いきなりの急襲に驚き、目くらましの魔笠に気を取られたクエマは、その右フックをもろに喰らう。
殴られたクエマは吹き飛んだ。
彼女が持っていた槍も転がる。
おぃおぃ、いきなり激しいな……。
「――クエマ様、主の親衛隊に入ったつもりなのでしょうが、まだまだですな! オレの<拳刃口>は、ぬるい一撃でしかない!」
気合いが入っているソロボ。
ガチムチの筋肉が揺れまくる。
銀太刀、銀色の刃が煌めく妖刀ソエバリを使っていないから、ただの挨拶のつもりか。
転ぶクエマはその反動を生かすように、両足をクロスさせながら華麗に立ち上がる。
しかし、顔は顎が……。
美形のオーク姫なクエマだったが、ハイグリア顔負けの血塗れな形相を作る。
カルードのスキルのような感じだ。
クエマは、
「ソロボ! いい拳だ! だが、元トトクヌ氏族の鬼神の一党を率いていたプライドがある!」
と、興奮した口調で話して全身に魔力を巡らせる。
そのまま細い足裏で地面を捉え、蹴り――。
槍を手にした前傾姿勢でソロボに向かう。
<刺突>系のスキルか?
片手握りに移行した槍を突き出す。
左手をフェイクにした突き。
それをあっさりと弾くソロボ。
まぁ、二人とも<従者長>としての実力は確かだと分かる。
とくにソロボの剣術の妙は唸るものがあった。
ユイも褒めている。
時々、二人の動きに頷いてから、神鬼・霊風を振るって、型を確認する。
二刀も抜くと演武を始めていた。
アキも動いていた。
ルシヴァルの紋章樹に糸を発して、太い枝にぶら下がりつつ、ユイの剣舞を凝視していた蜘蛛娘アキ。
メイドキャップを手で押さえている。
「アキちゃん、模擬戦する?」
「はい~」
ユイVSアキが始まった。
さすがに魔刀のユイが押していたが、多脚で鋏角亜門と剣腕の手数が豊富。
ユイのフェイクを交えた剣術と体術に対応するアキも強い。
俺はオークコンビを注視。
強襲前衛の動きはトップクラスだろう。
クエマは槍使いとしての動きもいいが、やはり後衛向きか。いや、そうとも言えない槍の扱いだ……。
戦いながら骨笛を吹くタイミングも絶妙。
自身の能力を引き上げることが可能なスキルもあるようだ。
――あ、ソロボの太刀の上に乗った。
軽功を生かすような、細い棟につま先で乗っているクエマ。
両者の見た目的に弁慶対牛若丸って感じだ。
嗤うクエマは、そこから槍を振り下ろしている。
……強いな、クエマも。
<従者長>としての<血魔力>のお陰か、呪術系の能力も上がっている。
更に、身体能力もルシヴァル効果で上がっているようだ。
すると、ハンカイが片笑みを作りつつ、
「オークたちか。実にいい動きである、シュウヤよ」
「ん?」
「デルハウトといい、サイデイルに優れた武将が揃ってきたなァ、ええ? おぃぃ」
と血が滾ったハンカイ。
黄色い魔力を丹田から放ちつつ、金剛樹の斧を構え持つ。
「そうだな。戦力は整いつつある。ハンカイも居る。トン爺という軍師も居る。だから俺がいなくても、樹怪王軍団、オーク帝国、女王サーダイン、旧神ゴ・ラード、オセべリア王国、戦神教、未開スキル探索教団といった諸勢力に対抗できるだろう」
「ガハハ、俺か。嬉しいことを! そして、地底神ロルガと白の貴婦人を撃破した融通無碍なシュウヤだ。まさに、勇将の下に弱卒なし!」
ハンカイはそう語ると、手首を上げ金剛樹の斧を手前にくるくると回す。
金剛樹の柄から手を離すハンカイ。その直後――。
離した斧の柄頭に、反対の手が握る金剛樹の斧刃を衝突させた――。
ぶつかった金剛樹の斧は火花を散らし円運動の勢いを増す。
ハンカイの両手の甲に嵌まる大地の魔宝石も光が強まった。
黄色の魔線と繋がる金剛樹の斧。
甲から漸増する黄色の魔力線が、金剛樹の斧を操るようにも見える。
大地の魔宝石を使う<導魔術>系の能力だろう。
ダモアヌンの魔槍の柄孔から細い線が放射状に出るフィラメント能力みたいだ。
無数の光線が火花と混じり交差する。
乱雑にネオンを搔き消してアートを描くさまは、非常に美しい。
ハンカイは迅速に金剛樹の斧の柄を振るう。
跳ねて火を讃えるように踊る金剛樹の斧に、再び、金剛樹の斧を衝突させていた。
回転する駒に駒をぶつけて、勢いを加算させる要領だろうか。
ハンカイの前で凄まじく回転する金剛樹の斧。
まさに、斧先生ハンカイ。
と、形容したくなる斧技術だ。
ハンカイ先生は、その場で短い足に力を入れつつ屈む。
――と、膝頭と脹ら脛にバネでも仕込んであるように高々と跳躍。
宙空で、サザーのように身を捻る。
柔軟性のある体術から金剛樹の斧の柄に片腕を伸ばし、あっさりと回転が激しい金剛樹の斧を掴む。
そのまま一対の金剛樹の斧を上下左右に振るう。
宙空にZの字を黄色の魔線で描きつつ着地――。
前屈みになって右肩を突き出しながら、金剛樹の斧をかち上げる。
続いて、反対の金剛樹の斧を振るい下げた。
リズミカルに、左右の位置を変える斧たち。
ハンカイはドワーフとしての身長の低さを利用。
体重移動の速さ、体幹を軸とする動きの妙さを随所に出して、急激に、動きを止める。
左右の腕が、ゆらりゆらりと、柳の枝のように揺れながら、動いていく。
同時に金剛樹の斧が、左右の手で入れ替わる。
そして、両手の動きを止める。
歌舞伎役者風のポーズ……。
斧を構える仕草は、移り変わる。
流れるような姿勢の変化だ。
四季を表現した型なのか、分からないが……。
……異常に格好いい。
「――ガハハハッ! 血のオークたちよ、楽しそうだ!」
格好いいハンカイが吼える。
野太い割れ鐘のような声だ。
「え?」
「鬼神キサラメの戦士長のような動きだ……」
「……優秀な兵士を超えている?」
二人はハンカイの全存在を受けて、恐慌し、たじろぎ、おののく。
「オーク語はわからん! 俺も模擬戦に混ぜろ!」
二人は、一歩、二歩、退く。
興奮したハンカイの気迫に押された。
ハンカイも、黄色の魔力を全身から発している。
……うん、あれはびびる。
二人の激しい訓練に参加しようとするハンカイ。
そのハンカイに悪いが……。
「まて、ハンカイ。地下から戻ってきたばっかりだ」
「ぬ?」
ハンカイは足を止めた。
イラッとしたような表情を浮かべた。
「はは、そう怒るなって、要らぬ世話だと分かるが、まぁ、今は休んでくれ。そして、俺に付き合え」
俺は、その滾ったハンカイに笑顔を向けた。
魔煙草を差し出す。
「ふ、そうだな……」
弛緩するハンカイ。
「……休むこともまた戦力回復。訓練である。心腹の友よ、付き合おう」
いい言葉といい笑顔だ。
しかし、さっきのハンカイは……。
やはり……羅将軍ハンカイと呼ばれていた頃の雰囲気があった。
特殊黒授千人隊とは、強者揃いだったのだろうか。
サルジンも訓練に混ざりたそうにしているが、トーリから氷礫のツッコミを浴びて喧嘩に発展。
喧嘩する二人は置いといて……。
スゥンさんとバーレンティンに魔煙草を渡す。
彼らにも付き合ってもらおうか。
そして、第三の腕のイモリザに指示を出す。
『ツアンを出せ』
「ピュイ♪」
黄金芋虫は一瞬でツアンに変身。
そのツアンに魔煙草を渡す。
「旦那、どうも、イモリザが三槍流に貢献できてよかった~と喜んでいましたぜ」
「そうか、イモリザも個人で戦いたかったと思うが、よく我慢してくれたと、伝えてくれ」
「はい」
寄り目になるツアンの表情を見ながら、魔煙草を吹かしつつ……。
レベッカからもらったカステラ菓子も食べていく。
――美味い!
キスの件で怒ったレベッカだったが……。
パンの耳系の形をしたカステラ風の菓子を皆に配っていた。
キサラとイセスとエヴァはルシヴァルの紋章樹の影響範囲について語り合う。
レベッカは少し距離を離す。
エルフとしての耳をピクピクと動かしつつ、高台の端から城下町を眺めている。
プラチナブロンドの髪が揺れて、その髪を片手で押さえる仕草は美少女そのもの。
少し、魅了されてから、ムーに視線を移す。
「ムー、こっちにこい」
元気よく頷いたムー。
「っ――」
タタタタッと元気よく走ってくる。
そして、胸元に片手でハンドマークを作ってくれた。
ラ・ケラーダのマークのつもりらしい。
ったく……お前は俺を泣かせるつもりか。
「ムー、義手と義足の点検だ」
「……っ」
糸魔術で外そうとしたが、「いいから、じっとしとけ」と、ムーの義手と義足を外してあげていく。
ムーは恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。
可愛いやつだ。
義手と義足は擦れている箇所が多いが……あ、武器を受けている部分はひびが入って、壊れかけている。
早速、<邪王の樹>を意識。
いや、恒久スキル<破邪霊樹ノ尾>を意識して使う。
補修ではなく、真新しい、光属性を強く帯びた義手と義足を造り上げた。
完成したばかりの義手と義足を点検。
「……っ」
と、少し息の荒いムーの片手と片足に、その完成した義手と義足を嵌めていく。
ムーは、ぺこぺこと頭を下げて、また胸元にラ・ケラーダのマークを作った。
「あはは、気持ちは分かったから落ち着け、で、訓練をやるか?」
「っ!」
ムーは元気よく頷く。
俺も微笑んでから、ムーと訓練を実行した。
「……っ」
ムーは楽しそうだ。
そして、さっきエヴァに見せていたように、風槍流の技術を披露。
――これは嬉しい。
アキレス師匠の教え通り……基礎通りの槍だ……。
一の槍。風槍流のムー。
アキレス師匠のところに戻る時は、ムーを連れていこう――。
レファがなんて言うかな。
◇◇◇◇
訓練のあと、バーレンティンと会話をしていく。
「……エンパール家の【闇百弩】。ラシュウとしてですか……分かりました」
骨喰厳次郎を細い目で眺めながら語るバーレンティン。
……俺は、ダークエルフの物語を堪能。
『すべてを滅し、すべての宝を頂く……』
どころじゃない凄まじい話だった。
そして、ゼルウィンガーとの秘話に展開。
感動だ……。
バーレンティンの命を救い代わりに死んだとは聞いていたが、その話以外にも……。
主のために行動していたゼルウィンガー……。
「……そうか、そうだよな……」
と、泣いていた。
『……ときめきトゥナイトな運命だったのだな』
左手の運命線の中に格納されているサラテン。
彼女もバーレンティンの秘話を聞いて泣いていると分かる。
相棒に聞かせたくなる物語だった。
……ロロディーヌは何してんだ。
縄張り作りか、ぷゆゆとどっかに遊びにいったか。
そうこうして……悠々閑々。
数十分後。
訓練場の端に移動し、階段を下りていく。
この階段は俺の家に繋がるルートでもある。
前に俺が丁寧に<邪王の樹>で舗装した。
ただ、ロロディーヌとアーレイとヒュレミは柔らかい斜面を駆け下りるほうが好きだから、あまり利用してくれない。
「逸品居には、まだ行かないのか~」
「キッシュに報告が先だ」
皆の屋敷が建ち並ぶ光景を見ながら下りていく。
キッシュの屋敷に向かう。
そして、階段を下りる最中に軽い喧嘩が始まった。
ヴィーネが居ないってのもあるが、俺の隣の位置を巡る争いは、いつにも増して熾烈でもある。
同時に微笑ましさもあるから妙に楽しい。
エヴァとレベッカとキサラにイセスと異獣ドミネーターも混ざる。
イチャイチャが激しくなったところで、ヘルメが注意してくれた。
七色の水飛沫を浴びた皆。
一斉に俺から離れて階段の前に整列。
結局、偉そうなヘルメが「よろしい! 神聖ルシヴァル大帝国の幹部たち、重に理解していますね」と、語る。
お尻を輝かせて横に立った。
「お水がピュッピュですよ」
とか聞こえてきたが無視。
そうして、子供たちがいつも遊ぶサイデイル城の中心に付く。
モニュメントが鎮座する通りは賑やかだ。
その目の前にキッシュの屋敷がある。
足早に向かった。
続きは来週。
HJノベルス様より、9月、そう今月に「槍使いと、黒猫。9」が発売予定です。
活動報告にもちょろっと書きましたが、新しい部分が多いです。
ご期待ください!




