五百四十三話 ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡
黒猫は触手を収斂。
軽やかな動作で魔法陣が敷かれた地面に降りて、トコトコと歩く。
尻尾で傘の柄を作りつつミレイヴァルの下に歩み寄った。
傘の柄的に、真っ直ぐ伸びていた尻尾を、巻いて、くるっくるっと回してから、前足を上げる。
ミレイヴァルに肉球ハンコの自慢をするような片足の動きだ。
「にゃ」
と鳴いて挨拶。
ミレイヴァルは微笑みながら、
「神獣様、今後ともよろしくお願いします」
優しげに語る。相棒は、微かに頷くと、
「ンン――」
聞こえにくい喉声を発しながらプイッと頭部を横に逸らし振り向く。
黒猫は紅色の虹彩と黒色の瞳を向けてきた。
その黒色の瞳でジッと俺を見つめてくる。
何かのメッセージを込めている?
すると、ピンと立った尻尾を包む黒毛が少し膨らんだ。
お尻をふるふると震わせる。
まさか、ミレイヴァルにオシッコを引っ掛けるつもりではないだろうな。
「どうした?」
と、少し焦りつつ尋ねた。
「ンン」
また、微かな喉声で返事を寄越すロロディーヌ。
膨らませた尻尾を立てたままの状態で、俺を見ながらトコトコと戻ってきた。
よかった。オシッコは掛けなかった。ただ、フェロモンを飛ばしただけかな。
詳細は分からないが。
俺の脛に、頭部を当ててくる相棒。
甘えて、アーゼンの甲の部分に鼻先を突けた。くんかくんかと、ブーツの匂いを嗅ぐ。
すると、猫パンチをアーゼンのブーツの甲に当ててきた。
更に、俺の足を太鼓でも叩くように、ぽんぽこぽんと連続で叩き出す。
と、ブーツの甲に牙を立てて噛み付く。
しまいには、抱きついて、『こんにゃろがぁ』といった勢いで猫キックを喰らわせてきた。黒猫的に、アーゼンのブーツの匂いが気に食わない?
マタタビをやったわけでもない。
黒猫の動機が謎だが……。
暫しミレイヴァルと共に……。
猫らしいの一言で済むが黒猫の奇行を観察した。
まったく、俺の足は、トイレットペーパーじゃねぇぞ。
とツッコミを入れたくなるぐらいに、連続的な蹴りを喰らわせてくる相棒。
紙だったらボロボロだ。
んだが、そんな、俺の脛ごと、足を自分の腹に抱くように両前足で押さえながらの後脚の連続蹴りに飽きた黒猫さん。
俺の斜め横に立つ。
今度は俺に尻を向けながらミレイヴァルを見る。
もしかして……黒猫なりのヘルメの真似か?
お尻をふるふると震わせミレイヴァルを見つめていく。
ミレイヴァルは俺に意見を求めるような面を浮かべた。
だが、猫マイスターを自負する俺でも……。
相棒のすべては理解できない。
触手が触れていれば多少は分かるが。
「それじゃミレイヴァル。一旦アイテムに戻ってもらう」
ミレイヴァルは俺の気持ちを察したのか。
ヘルメの真似をしたか不明の黒猫と、俺を見比べるように視線を巡らせてから笑みを浮かべた。
そして、
「はい」
と、返事を聞いてから……。
俺は二の腕の小さい十字架の<霊珠魔印>を意識――。
ミレイヴァルは瞬く間に青白い色に縁取られる。
小さい金属杭に姿を変えた。
魔法陣の上に落ちたキーホルダー。
いや、小さい金属杭と銀チェーンの十字架。
見た目は夢追い袋から出した時と同じ。
その落ちた小さい金属杭が浮かぶ。
宙を漂いながら俺の手に戻ってきた。
――便利だな。
キーホルダーのように小さいから失くしやすいかもと思っていたが、こんな風に自動的に漂いついてくるなら紛失することもないだろう。
小さい金属杭こと閃光のミレイヴァルを指で摘まむ。
その小さい金属杭を掌で転がしていく――。
指と指の間にその小さい金属杭を通す。
ペンマジックを行うように手の甲へと移していった。
黒猫も興味深そうに見上げてくる。
「にゃお」
と鳴いて前足を上げる相棒。
俺はそんな相棒を無視し、手の甲で回転する小さい金属杭を槍に見立てた。
大きさ的に短刀や匕首って感じでもないが……
――これも訓練だ。
小さい金属杭のバランスを考えながら操作する。
小さい金属杭とはいえ、やはり槍だ。
ハンドスピナーのようにぐるぐると回す。
銀チェーンと十字架が遠心力で横に伸びた。
自分でいうのもアレだが手品師って感じだ。
ステータスの器用さが上がったことも多少あるとは思うが――と「ンン――」興奮した相棒の声。
狩りの体勢となっていた。
そのままむくむくと姿を大きくさせた。
黒豹の姿に変身し立ち上がった黒豹。
一対の後足で器用に立つ。
上半身を上げた状態を維持しながら――。
『ごはん、お代わり、お代わり』
というように両足を上下に動かしていく。
可愛い。
馬でいう「クールベット」の姿勢だ。
そして、俺の手の上で回し続けている小さい金属杭を叩こうと肉球パンチを繰り出してきた――。
「――相棒よ。そう簡単にミレイヴァルを捕まえられると思うなよ?」
と、ふざけながら相棒に背中を向ける。
回り込んできた相棒をわざと拒否るように、体をプイッと横に向けた。
小さい金属杭を回し続け――。
手元を相棒から遠ざける――。
「ンン――」
黒豹は人に聞こえるか聞こえないかの細い喉声を発しながら走り寄ってくる。
一瞬、屈み、後脚で地面を突いて跳躍してきた。
俺に末脚のような力強さを見せつけるような襲い掛かる機動だ。
が、空中で弓のように反り返った相棒。
俺の手元で回転していた小さい金属杭を分捕るように噛みつき咥えて着地した。
「ンン――」
黒豹は獲物を捕らえた!
と言わんばかりの表情を寄越す。
得意満面な面を寄越しつつの喉声を発した相棒ちゃん。
掻っ攫った気分を満喫するように走り出す。
黒豹として膂力ある動きだ。
魔法陣に光跡の肉球マークが生まれていく。
ロロディーヌは魔法陣の外には出なかった。
狼の像たちの間を縫うように魔法陣の縁の上を走る。
円の縁の外から出たら負けとか、そんな遊びルールがあるような動作だ。
魔法陣の縁の上を器用に走る。
そんな周囲の円を走る相棒の動きを追っていた俺は……目が回りそうになった。
銀チェーンが揺れて、走るう走るうと歌うような相棒の頭部に、その十字架の飾りが何回も突き刺さっているようにも見えたが……。
ロロディーヌは気にしない。
「ロロ、戻ってこい。それとミレイヴァルを返してくれ」
「――ンン、にゃッ、にゃ~」
何回も鳴く相棒。
走り寄ってくると、触手に移した小さい金属杭を俺の手元に運んでくれた。
「さんきゅ~」
と、素直な黒豹に礼をしてから掴んだミレイヴァルの表面を見る。
金属杭の表面にあるダイヤモンドのような凹凸。
魔宝石のような凹凸に指を合わせてから……。
よし、
「ロロ、もう一度ミレイヴァルを呼ぶ」
「にゃお~」
ミレイヴァルを出す――。
<霊珠魔印>を再び意識――。
ミレイヴァル、こい! と、念じた――。
すぐに金属杭は青白い色を発して塵状に散る。
その散った塵たちは目の前でミレイヴァルを形作った。
瞬く間にミレイヴァルが出現。
足下に聖槍シャルマッハが置かれていた。
片膝を地面についた状態だ。
前にも増して黒髪に艶がある。
片方の膝頭に置く手の甲の十字架は光を帯びていた。
「陛下――」
カッコイイ姿だ。
まさに英雄召喚だな。
「にゃお~」
「お帰り、自由にしていいよ」
「――はい」
立ち上がったミレイヴァル。
相棒に目配せをしてから微笑む。
聖槍シャルマッハを握る自身の手を見ていた。
「アイテムに戻った時と今、召喚を受けた時の感覚に違いはあるのかな」
「特に違和感はないかと、試してみます――」
ミレイヴァルは身体に馴染ませるように聖槍シャルマッハを回転させていく。
――聖槍の三角錐の穂先で卍から十を瞬時に描く。
――迅い。
網のような孔から煌めく雷模様。
宙に綺麗な黄色い閃光を生み出していく。
そのまま槍使いらしい歩法を見せてから……。
緩急のあるシザークロスオーバーのステップを行いながら聖槍を斜めに振るい身体を横回転させていく。
――ブラジャーのような長い赤紐が揺らめく。
その赤紐が華麗なステップワークを見せる彼女をより美しく見せていく。
聖槍を扱うミレイヴァルは華麗な光の騎士だな。
足の感覚も確かめているのかもしれない。
俺の斜め横の位置に移動してきたミレイヴァル。
雅を感じさせる笑みを讃えながら俺を見つめてきた。
その華やかさと美しさを合わせ持つ笑みを見て、一瞬、ドキッとしてしまった。
十字架が宿る片手を胸元に当てるミレイヴァル。
俺に敬礼するようなポーズから、
「――聖槍と動きに変わりなしです」
と、光の騎士らしく報告してくれた。
俺は頷くと笑みを意識して、
「了解した。俺もミレイヴァルと連動したスキルを試す」
「ハッ、お任せを――」
ミレイヴァルは聖槍シャルマッハを縦に振る。
下ろした聖槍を素早く切り返すと、その三角錐の穂先を前方に伸ばし構えた。
破迅槍流か。模擬戦がしたくなったが、我慢。
「にゃんお~」
黒豹も新しい槍武術と理解したようだ。
破迅槍流と分かるのか。
彼女の構えを触手と前足で真似する。
豹の姿だし無理だろうと、思ったが、すぐに顎下と胴体を魔法陣の床にペタッとつける。
そして、その胴体を左右に小刻みに揺らしていく。
さっきと同じだ。
ネコ科特有の狩りの姿勢だ。
破迅槍流を見て興奮しちゃったらしい。
双眸は確認できないが、きっと……。
お目目が『まっくろくろすけ』状態になっていると予想した。
俺はそんな相棒とミレイヴァルを見て……。
「準備はいいかな」
と、発言した。
どんなスキルなのか予想はついたが……。
「お構いなく――」
それじゃ<召喚霊珠装・聖ミレイヴァル>を発動――。
その瞬間、彼女の甲にある十字架が赤く光る。
俺の二の腕の十字架も赤く光った。
魔力消費が激しい――。
仙魔術のような胃が捻れるような感覚ではないことが救いか。
彼女の周囲に小さい赤い十字架たちがパッパッパッと連続的に出現しミレイヴァルの二の腕と肩を覆う。
瞬く間に、朱、黄、白の三色に変化しながら正三角形に並ぶ新防具となった。
おぉ――。
これが<召喚霊珠装・聖ミレイヴァル>。
更に、右手の甲にもカーボン系グローブを装着した。
一つの十字架に小さい赤い十字架たちが突き刺さる新しい模様だ。
血が滴る十字架にもルシヴァルの紋章樹を再現しているようにも見えた。
左手の甲に紫色と黄色の紋のような痕がある。
真上に紫色と黄色の炎で出来た髑髏があった。
左手だけを見ればアドゥムブラリの闇炎と似ていた。
左手は暴神ローグンの力を取り込んだ効果かな。
俺は<光神の導き>も得た。
しかし、その光系スキルだけではミレイヴァルが暴神ローグンの力を取り込むことはできなかったかもしれない。
彼女の右手の甲に浮かぶ血が滴る十字架のマークからしても、俺が闇と光を持つ光魔ルシヴァルの宗主だからこそ、彼女が暴神ローグンの力を取り込めたんだろう。
光と闇の騎士と言えば……。
紋章樹にも刻まれた光魔騎士となったシュヘリアとデルハウトか。
契約した元魔族だったクナとも近いかな。
イモリザ&ツアン&ピュリンの<光邪ノ使徒>とは、また違う。
あの三人は同じ精神世界を共有しながら個性ある一人に変身が可能。
邪神の力もあるかもしれないが光魔ルシヴァルの特別な三人の眷属たちだ。
ま、ミレイヴァルの基本は小さい金属杭と銀チェーンに十字架のアイテム。
俺が持つ指環魔道具の闇の獄骨騎のような……。
神界の沸騎士バージョン。
黒沸騎士ゼメタスと赤沸騎士アドモスの神界版といったところか。
そんな風に簡潔にミレイヴァルを見ながら考えつつ、
「その状態から何か特別な技とかある?」
と、質問。
「幾つか、あります」
「んじゃ、自信のある技を見せてくれ」
「はい」
ミレイヴァルは聖槍シャルマッハを両手に持つ。
両手に持った聖槍の長柄を首下の位置でキープし続けながら右足を前に出す。
三角錐の穂先で前方の標的を見据えるような動きかな。
右足は伸ばしたまま、後ろに動かした左足で力を溜めるように、やや腰を沈める。
両手で握る聖槍シャルマッハも引いたように下がった。
右手の肘は曲がり聖槍の柄の中部を握っている。
左手の肘は左方向に伸びて柄の後部を握っていた。
投げ槍の体勢に近いミレイヴァルだ。
「<光迅闘法>……」
魔闘術系のスキルを呟いた直後――。
「<迅穿>――」
と、技名を発した瞬間――。
紫と黄の炎が煙のような魔力オーラがミレイヴァルの体の各所に纏わり付く――。
聖槍シャルマッハの穂先も紫と黄と赤と白の魔力を纏う。
それらの煙染みた魔力が体に纏わり付くことも技の一環なのか?
彼女は構わず――刹那の間に、右手を横に回し――勢いよく左手を前方に伸ばす。
当然、両手持ちだった聖槍シャルマッハも前方に突き出た――。
三角錐の穂先に稲妻のような閃光が迸る。
それは雲間から射す一条の神々しい光の槍にも見えた。
レンブラント光槍、いや『レンブラントの光線』という感じか。
無数のオーラが瞬時にミレイヴァルの体をも眩い光で包むと――。
ミレイヴァルごと聖槍シャルマッハが消えた。
再び前方にワープし再出現したミレイヴァル。
いや、ワープしたようにも見えた迅速な突き技か。
彼女の通った直線状に聖槍シャルマッハの色彩豊かな軌跡が残っていた。
ミレイヴァルは零コンマ数秒も掛からず魔法陣の縁まで移動したことになる。
凄い技だ。
真正面から受けてみないと分からないが。
俺の<紅蓮嵐穿>と似た直線上に向かう突き技か。
もしくは、アルデル師匠の攻ノ型・<影狼ノ一穿>のように微妙にタイミングを狂わせつつも重い一撃か。
武器としての特性を生かす突き技かもしれない。
「にゃおぉぉぉ~」
黒豹も興奮したのか狼のように頭部を上げて声をあげた。
黄色の魔力を纏った状態のミレイヴァル。
閃光のミレイヴァル。
技名は<迅穿>だが閃光とはよく言ったもんだ。
アイテムの名前通り。
閃光のミレイヴァルらしい技じゃないか。
ミレイヴァルは片手に持った聖槍を横に振るいつつ、足先で、魔法陣に半円の印でも描くように振り向く。
そして、反対の足で魔法陣の床を蹴ると横回転しながら身を捻り、ターン。
彼女が握る聖槍シャルマッハの軌道は綺麗だ。
ここに敵はいないが……敵の幻影たちが聖槍により切断されるか吹き飛ばされていく残像が目に浮かぶ。
そして、一見は普通の振り向き動作だが……。
俺には分かる。
その普通の動作の中にミレイヴァルの培ってきた武の秘奥があると。
自然と槍使いとして、心にラ・ケラーダを抱く。
感心しながら傍に戻ってきたミレイヴァルに向け、
「素晴らしい技術だ。その<迅穿>は<召喚霊珠装・聖ミレイヴァル>用の技かな」
「ありがとうございます。その通りです。破迅槍流と<光迅闘法>を用いた技です。そして、主様の<霊珠魔印>のお陰でもあります」
そう語る仕草が、また、いいな。
ユイとエヴァと同じ黒髪の美女。
ペルネーテで過ごしているだろうミアを思い出す。
薄桃色の双眸も美しい。
鼻筋も高く陰影にメリハリもあるし、顎の輪郭線も非常に美しい。
「……分かった。槍技も見せてくれてありがとう。んじゃ、アイテムに戻ってもらう」
模擬戦をしたいが……。
やることは多々あるからな。
「――はッ」
胸元に手を当て敬礼するミレイヴァルは瞬時に小さい金属杭となった。
銀チェーンに付属する十字架が赤く煌めく。
すると、その銀チェーンが俺の腰に自然と巻き付き結びついた。
しかし、腰の魔軍夜行ノ槍業が抵抗。
閃光のミレイヴァルを否定するように横にズレて逃げようとする。
その動作は少し滑稽で面白い。
と、魔軍夜行ノ槍業の表紙にある悪魔模様の珠玉のような美しい紅玉さんが煌めく。
更に魔軍夜行ノ槍業は怒ったのか装丁の金具が外れた。
だが、すぐに嵌まる。
いや、また、外れてすぐに嵌まる。
不気味な音を立ててきた。
その時、
「にゃご!」
と黒豹が鳴いた瞬間――。
魔軍夜行ノ槍業は縮こまるように震えて閃光のミレイヴァルの隣で大人しくなった。
「はは、面白い」
『……くぅ、神獣には噛ませるなよ』
『わたしは噛んでほしい』
『……さっさと八大墳墓に向かえ小僧……』
『八大墳墓の破壊……』
と、思念を寄越す魔軍夜行ノ槍業に棲まう八怪卿たち。
「……八怪卿の槍師匠の方々、願いは覚えていますが、すぐには向かいません」
俺がそう発言すると、思念はパタリと消えた。
よし、次はサイデイルに一旦帰還だ。
「ロロ、帰るぞ」
俺に呼ばれたと思ったのか黒豹は跳躍しながら戻ってくる。
このままだと相棒に押し倒されるかもしれない。
が、宙の位置で黒猫の姿に戻った相棒は肩に着地した。
触手を器用に俺の背中側と腕に回し引っ掛けながらの小さな体操選手のような着地だった。
そのまま勢い余って前に落ちることはない。
だが、少し前に勢い余って胸ポケットの中に入ったこともあった……。
ポケットから見上げてくる黒猫も可愛かったな。
少しだけ期待したが転けることはなかった。
その相棒の可愛い体重を肩に感じたところで壁画があった場所に視線を移す。
――神狼ハーレイア様とアルデル師匠、失礼します!
またの機会に!
と、ラ・ケラーダの挨拶。
二十四面体をポケットから取る。
十六面を指でなぞる。
光の小さい扉のようなゲートが起動した。
そのゲートに入りサイデイルの鏡にワープした。
ぷゆゆはいない。
一階の居間にサナさんとヒナさんの気配を感じた。
ソロボ&クエマは外か。
皆に挨拶する前に実行しちゃうか。
「ロロ、ここで待っててくれ」
「にゃ」
ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡を試すとしよう。
素早くアイテムボックスから西洋風の鏡を取り出す。
床に置く。
鏡には俺の姿が映った。
厚手の半袖服で色合いは暗緑色。
ベリーズのような爆乳を生かすV字の胸元ではない。
が、少し開いた胸元だ。
銀色の蔦と枝模様が暗緑色に映える防具服。
小さいアクセサリーのような釦と金具もある。
二の腕を鏡越しに確認。
赤十字架の<霊珠魔印>はある。
二の腕の袖は肩まで捲れ裏地の柄が見えていた。
裏地の模様なんて今の今まで意識していなかったが……これはこれでファッションを感じさせる柄模様だ。
その裏地の袖を引っ張り――。
模様をよく見ると……。
魔法の古代文字が密集したような……。
『喰エ、喰エ、螺旋ヲ、司ル。深淵ノ星……』
とか一部の文字が読めてしまった。
エクストラスキルの<翻訳即是>効果か。
ハルホンクの意思か?
前……魔槍杖と血鎖鎧を用いた時にも聞こえた。
微かな声だったが、今もはっきりと覚えている。
しかし、ハルホンクの『ングゥゥィィ』は聞こえない。
また『ングゥゥィィ』の声を聞きたいが……。
まだ、その機会ではないということだろう。
さて、
「――ロロ。この鏡へと直に魔力を送る。また後でな」
「にゃ~」
鏡に魔力を送る――。
ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡が光った。
二十四面体を用いたゲートと違う。
鏡の表面は光っただけか。
二十四面体を用いるパレデスの鏡とは違うようだ。
先の光景は映らない。
キズユル爺の鑑定だと……。
『これは階級は不明。名はゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡。時空属性が必須。名のように大魔術師ゴウールが所有していたアイテムじゃ、もう一つ、お揃いの鏡がどこかにあるようじゃ。そこに転移が可能となる。珍しいアイテムじゃの!』
だから、この西洋風の鏡を潜れば……。
もう一つの鏡の先に転移するのは確実だが……。
パレデスの鏡は土に埋まっていた前例もある以上、不安だ。
「ロロ、この先に何があるか分からない」
「ンン、にゃ」
黒猫は寝台の上で跳びはねる遊びをしながらこっちを向いている。
転移先に興味はないようだ。
すると、
「ぷゆ?」
「お、ぷゆゆ――」
小熊太郎の声を確認しようと上を見る。
キャットウォークにぶら下がって、逆さま状態のぷゆゆだった。
目をくりくりとしたぷゆゆはニカッと嗤う。
「寝台は汚していないようだな」
「ぷゆ! ぷゆゆ~ん――」
キャットウォークを華麗に降りてくるぷゆゆ。
寝台の上で遊ぶ黒猫と混ざる。
というか、その寝台上に、虫の死骸と石を置き始めた。
「おい、ぷゆゆ、止めろ」
「ぷゆぅ? ぷゆ!」
と、杖を向けてくる。
はぁ……と、溜め息をつくが、そのぷゆゆの杖先に黒猫が肉球アタック。
杖は弾かれて、俺の足下に転がった。
俺は即座にその杖を蹴る。
ぷゆゆの杖は階段の下に転がっていった。
「ぷゆゆちゃん~シュウヤさんの部屋を荒らしちゃだめよ~」
と、二階の騒ぎを聞いたサナさんの声だ。
ぷゆゆは階段を下りていく。
「それじゃ、相棒よ。血鎖を使う」
「にゃお~」
寝台の上で遊ぶロロディーヌは俺を見ずに返事を寄越してきた。
肩の竜頭金属甲に衣服ごと身に着けている物を吸わせる。
零コンマ数秒も経たず、肩の竜の口に吸い込まれるアイテムたち。
しかし、魔軍夜行ノ槍業の書と血魔剣たちが抵抗を示すように竜の口元で止まった。
だが。ハルホンクの魔竜王の片眼が輝きを発すると、止まったその二つのアイテムを吸い込む。
『ぐあぁ』
と、何か悲鳴が聞こえたが大丈夫そうだろう。
パレデスの鏡とゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡に俺の裸が一瞬だけ映る。
構わず<霊血装・ルシヴァル>も発動。
ガスマスクのような面頬の首防具を装着。
第一関門こと<血道第一・開門>を意識。
血を全身から出す。
<血鎖の饗宴>を発動した。
血の兜も即興でイメージ。
眉間とおでこは鬼瓦風。
ミレイヴァルの精神世界で戦った暴神ローグンの一部を思い出しつつ覇王道と勝手に名付けた造形の一部を頂こうか。
ま、あくまでイメージだが。
陰影のある彫りを作る。
頬の部分はシャープに首防具のルシヴァル宗主専用吸血鬼武装と合わせた。
そうして、血鎖の鎖が全身を覆う。
これで鏡の先が土の中や海の底だったとしても大丈夫だろう――。
ゴウール・ソウル・デルメンデスの鏡を回収しに向かう。
鏡の中へと血鎖を纏う足先から突入――。
――いきなり蒸発する音が出迎えた。
視界は真っ暗だ。
空気圧的なモノを感じた。
が、強い締め付けられるような圧力はない――。
だから土の中ではないと分かる。
――臭いは<霊血装・ルシヴァル>だからあまり感じない。
掌握察で感じる魔素の数は多い?
すると、視界を真っ暗にさせていた原因だったモノ、黒色の霧めいたモノが、どよどよとした動きで退いていく。
黒霧が覆っていた地面が露出した。
曲がった幅木と剥げた床から地面が覗く。
壁と床は穴だらけだ。廃墟か。
それらの傷たちがここで激しい戦いが、嘗て行われていたことを物語っている。
ハシバミの杖が転がっていた。
剥き出た刃の形をした石の塊に白骨化した遺体。
ボロボロな紫と黒色の法衣だった物も落ちている。
黒く変色した壁に石材の階段も確認。
薄汚れた母屋と裂けた天井からは陽が射していた。
俺から逃げた意思を持っていそうな怪しい黒霧は五メートルぐらい離れた位置で動きを止める。
あの黒霧は俺の血鎖鎧に触れたようだ。
陽が射している部分の黒霧はどす黒く厚みが増している。
スズメバチが威嚇するような音を立てていた。
俺の血鎖鎧から逃げたようだが……。
太陽の光には抵抗力があるようだ。
そのまま上向きに軟性を帯びた動きで弧を描く黒霧。
巨大なカマクラでも作るように、俺を囲う?
そんな動きをする黒霧の向こう側にも魔素の気配が複数あった。
人か馬のような形の魔素もあるな。
掌握察で魔素を探りつつ背後を確認――。
俺が入ってきた西洋風の鏡はちゃんとあった。
その下には票が纏まった物と黒布が散らばっている。
あの鏡を回収し二十四面体で、さっさと撤退するか?
しかし、この地方も気になる。
せっかくワープしたし探検はしたい。
それに黒霧の向こう側の魔素たちも気になるし。
その気になる魔素たちのほとんどは人の形をした魔素。
外の連中は魔族か人族か。
ゴブリンかオークか。
または樹怪王たちのような鹿系種族たちかもしれない。
とにかく二足歩行の知的生命体だ。
状況的に俺を囲っている黒霧を外から監視していた連中だろう。
早計だが……。
ゴウール・ソウル・デルメンデスと関係する人族の魔術師たちか?
人族だと仮定するのは危険かもだが、危なくなったら逃げればいいか――。
「――外の連中の方、聞こえるなら返事を頼みます」
あ、俺は<霊血装・ルシヴァル>中だった。
エコーが掛かって不気味な声に。
明日も更新です。
HJノベルス様からノベル「槍使いと、黒猫。11」が2020年6月22日に発売。
コミックファイア様からコミックス「槍使いと、黒猫。2」が2020年6月27日に発売。




