五百九話 氷の女王と魔女の秘曲に魔法絵師
俺はナナを抱えながらツアンを連れて地上に戻った。
ヘルメとママニ&バーレンティンたちが戦っている側をちらりと見る。
樹海に広がっていた火は鎮火した。よかった。
さすがはヘルメだ。
そのヘルメは氷の簡易的な砦を築いていた。
高台に立つヘルメ。
その姿はまさに氷の女王――。
気品を生み出すような佇まいから両手を振るう――。
気品を伴う四肢。
全身から出た魔力と水飛沫の量は凄まじい。
周囲にプレッシャーを与える常闇の水精霊ヘルメ。
腕を振るう度、腕先にフランベルジュのような形をした氷槍が無数に発生していく。
生み出た氷槍は敵に向けて飛翔していった。
その僅かな間にヘルメは氷の箱舟を作る。
ヴェニューが乗っていたような巨大版箱舟に飛び乗って別の氷礫を放る――。
その氷礫は反対側から忍び足を生かそうとヘルメに接近していた冒険者に向かった。
ローグ系の冒険者の額に穴が空く。
敵を華麗に仕留めたヘルメ。
にこやかな表情を浮かべて氷の箱舟を瞬時に消した。
続けて足下に氷の斜塔を造ると、その斜塔をリズミカルに駆け上がっていく。
ヘルメが駆けた斜塔は煌びやかな光を発しながら跡形もなく消失していった。
水飛沫を纏うようなヘルメは斜塔の天辺を蹴り飛翔しながら身を捻る。
水飛沫の翼の羽衣から伸びた両手の付近から、十八番の氷槍を生み出すと――。
巨大な盾を構えブロックを築いた一団に向け、その氷槍を放っていく。
空を舞うヘルメは氷槍の雨を降らせる。
氷槍の連続した攻撃は巨大な盾ごと冒険者崩れたちを圧殺していく。
しかし、宙空に君臨した氷の女王のようなヘルメに対して、敵のヘイトが集中した。
――巨大なバリスタの矢が向かう。
延べ板が連なったような矢。
スキルで生み出した物か?
スキルか特別な武器を持つ射手が居るということだ。
手練れの冒険者か魔族兵士はまだ多い。
だが、常闇の水精霊ヘルメは<珠瑠の花>を用いてバリスタの矢を宙空で止めた。
そんなバリスタの矢を繰り出した冒険者崩れの集団を睨むヘルメ。
左手から十八番の――。
いや、いつもより、大きい氷槍を放つ。
一閃の如く大きな氷槍は飛翔し――バリスタに向かう。
バリスタを貫く氷槍から閃光が走る。
衝撃を受けたバリスタは霞のように消失。
消えたバリスタはスキルと魔道具で生成したモノだったようだ。
そんなバリスタが消えても、各自の判断で、散るように巨大な氷槍から逃げていく冒険者崩れたち。
逃げ足は速いし手練れだ。
矢、投げ槍、巨大な炎の蛇などの反撃がヘルメに向かう。
フォローを考えた、が、どれもヘルメに当たるわけもなく、ヘルメは軽々と対処していった。
常闇の水精霊ヘルメに一切の攻撃は通じず。
しかし、数といい敵は優秀だ。
ここまで生き残っていることからして実力があるし覚悟もある。
白色の紋章で脅さなくとも、洗脳か不明だが、優秀な兵士たちを白色の貴婦人は抱えていたってことだろう。
一方で、すべての反撃を避け弾いたヘルメ。
右手の方に闇の魔力が包む。
いつもの繭のような魔力かと思ったが少し違う。
闇の繭から闇の靄が噴出していた。
闇の靄は彼女の右半身を越えながら広がる。
と、連動した紋章魔法も繰り出した。
瞬く間に――地面に展開した闇の紋章魔法陣。
薄い闇の靄に隠れた状態だ。
一見は地面に闇が這うようにも見えた。
そこに冒険者崩れとは別行動中だったオーク種族と頭部がぬらりひょんのような魔族兵士たちが侵入する。
哀れかな、魔法陣から飛び出た闇の杭たちに、彼らの身体は貫かれていった。
ヘルメの戦いは神がかっている。
この活躍で完全に戦いはママニ側に傾いた。
傷を負っていたママニが返ってきたアシュラムを掴む。
血獣隊隊長ママニは次の投擲をするように構えながら、
「オォォォォォ!」
と、血の咆哮を発した。
凄まじい声量だ。
血のプライドを感じた。俺も身震いする。
同じく特殊そうな矢を全身に喰らっていたロゼバトフさんと魔法の一撃を喰らっていたバーレンティンがママニの指示に従った。
キースさんとイセスもママニの血の鼓動すら感じた咆哮に合わせるように声を発していた。
ここから聞こえないが。
表情から分かる。
それぞれに傷を負い血飛沫を散らしていた。
墓掘り人らしい隊列と連携で敵を追い詰めていく。
皆で、装甲馬車の周辺に展開した敵の防御陣地に迫ろうとしていた。
その様子を確認。
抱えていたナナが悲鳴をあげてしまった。
負の感情が行き交う戦争を見ればそうなるか。
急いでロロディーヌの首を傾ける――。
安全地帯と化していたミスティとレベッカたちと合流した。
ミスティとレベッカは俺を見るなり興奮して駆け寄ってくる。
ナナに視線を向けて、睨むご両人。
そんな彼女たちに向けて経緯を説明していく……。
勿論、ゼレナード戦の感想で埋まる。
血鎖鎧の<霊血装・ルシヴァル>を纏った戦いは凄まじかったからな……。
様々な魔法と槍技を駆使した戦いの感想を寄越してきた。
ツアンともレベッカとミスティは話をしていく。
話はミスティ&レベッカが戦った戦闘メイドたちに移ると……。
めちゃ強かったメイド長。
幅広な魔剣を二本軽々と扱いながら飛び道具をも使ってくる相手だったようだ。
その間に、右手の方に逃げた魔族兵士と冒険者崩れが多いことを聞いたツアン。
そっちの方に歩いていく。
ツアンは振り向くと、
「旦那と皆様、警邏を兼ねて見てきます」
「おう」
「――<甲光糸>」
ツアンは踵を返すと、スキル名を呟く。
光るククリ刃から光糸を出し垂らす。
垂れ光った糸を持つククリ刃とククリ刃を眼前でクロスしたツアン。
一対の光るククリの刀身は、車のボンネットのフードスクープのように盛り上がっている。
刃渡りが広くなったククリ刃から出た光糸は彼の足下にまで垂れていた。
足下に旋毛風が起きたような旋風を引き起こす。
<甲光糸>の威力は増しているようだ。
その旋風を発生させていた光糸を樹木の上部に差し向けたツアンは、幹に刺さった光糸を操作し、幹に光糸を絡ませていく。
光るククリから伸びている光糸を引いて強度を確認した直後――。
光るククリに引き戻る光糸を利用して幹に移動したツアンは樹木を駆けて枝に飛び乗った。
枝の上で体勢を低くしながら手を額に当て周囲を窺う。
そのツアンの様子を下から眺めてから、皆でゆったり会話を続けた。
ナナを<筆頭従者長>たちに預ける。
「分かった。預かるけど、ここも戦場よ?」
「あぁ、だが、ママニたちの激戦区にこの子を連れて乱入するわけにもいくまい?」
「それもそうね、シュウヤなら平気だと思うけど」
「いや、俺だって完璧じゃない。そして、まだ地下も不明なところがあるからな。捕らわれていたナナを戦闘に巻き込みたくはないし」
「うん。ママニたちの背後を守っているここの位置なら比較的に安全かも」
「位置もそうだが、ミスティとゼクスにレベッカが居るからこその安心だぞ? で、キサラが見当たらないが……」
「追撃に出た」
と、レベッカの言葉が気になった。
キサラの姿が見当たらない理由か。
「キサラは誰を追ったんだ?」
「凄い強かった戦闘メイド長を倒してから、すぐに、見知った顔! と宣言をして、逃げた戦闘メイドを追っていった」
「キサラの強さなら大丈夫と思うが……貴婦人の要塞付近は罠が多いからな。少し心配だ」
と、その直後、そのキサラが帰ってきた。
さすがキサラ。
俺と打ち合える四天魔女。
体術の一部と呼ぶべき掌底の技術から新しい魔闘術の師匠だ。
心配は余計なお世話だった。
メイドの格好をしたフルメタルな警棒にも見える長柄を持つ女性をダモアヌンの魔槍に乗せている。
「シュウヤ様!」
「よう」
ダモアヌンの魔槍を跨いでいるキサラ。
少しエロく美しい。
白絹のような髪と黒マスクが似合う。
修道服系だが、その上半身は、おっぱいさんの形の分かるノースリーブ。
そのキサラはダモアヌンの魔槍から降りた。
餅草のような葉を踏みしめながらの着地も華麗だ。
微笑むキサラは美しい。
短丈のシフトドレス系の魅力的な魔女衣裳。
半透明の魔法の衣を羽織る姿は天女って感じだ。
戦場でノースリーブの衣裳はどうかと思うが……。
ま、あの魔法の衣は防御力があるから平気かな。
しかし、いつ見ても魅了される。
メファーラは怖いが姫魔鬼武装は最高だ。
腰の魔導書もきらきらと輝いている。
と、そのキサラは俺に一礼をしてから、背後を見る。
ダモアヌンの魔槍にまだ腰掛けていたメイド服の女性を確認していた。
腰掛けている女性は漆黒色が基調のメイド服が似合う女性だ。
遠慮しているのか、不安そうな彼女はまだ降りてこない。
俺と視線を合わせると丁寧にお辞儀をしてきた。
短い黒色の髪。
額は隠れているから、少しおかっぱに近いかな。
細い眉と黒色の瞳。
目元に陰影があるように鼻は少し高い。
唇は上唇が少し太い。その端にほくろがあった。
一見は人族風だが、左頬にメファーラの髑髏の刺青がある。
ほうれい線は見当たらないし肌は綺麗だ。
キサラは背後のまだ降りてこない女性に視線を向けて「降りて、この方よ……」と小声で話をしていた。
「その子が、魔女教団の生き残りなのか?」
「はい、死んだと思っていた十七高手の一人が生きていたのです!」
そうか、キサラの弾んだ声からして相当な嬉しさがあることは分かる。
「名はジュカ姉です」
と、紹介を受けた。
その直後「――ハイッ」と片手をあげるジュカさん。
魔女の箒のようなダモアヌンの魔槍から飛び降りる。
ボーイッシュの髪がふんわりと少し浮いて前髪が微かに揺れていた。
その際……。
髪に見え隠れしている額のサークレットが見えた。
小さい十字マーク宝石かな? 綺麗だ。
そのジュカさんは片膝を地面に突けた。
武器の金属製の棍を横に置く。
「頭をあげてくれ」
と、促すとガバッと勢いよく頭部をあげるジュカさん。
身を焦がすかのような熱を帯びた瞳だ。
美人な女性。いいねショートカットさんだ。
「――初めまして、光と闇の運び手のシュウヤ様!」
と、いきなりソレか。
キサラは、俺についての考察をジュカさんに熱心に語ったようだ。
「そんな畏まる必要はない。立ってくれていいよ」
「はいッ」
武器の金属の棍を握りながら立ったジュカさん。
髑髏と十字が合体した芸術性が極めて高いピアスをしている。
そして、重要なおっぱいさんが揺れていた。
デコルテの鎖骨さんと双丘さんは悩ましい。
男のロマンシングサガが発動。
揺れているおっぱいさんを凝視してしまう。
中々の大きさと予想。
そんなメイド服を生かす戦闘防護服。
インナーは黒タイツ系かな。
おっぱいさんを注視しているが、それは俺だからだ。
その身なりは清潔感があった。
手首と腕にセンスある数珠と樹で構成した鎖と繋がる皮防具を装備していた。
あの樹は……魔界に関係する樹かな。
メイド服系の下部に鎧にあるようなタセットが付いている。
パニエ系のスカートっぽい。
動きやすそうなスパッツも見える。
装備の見た目はカッコイイ。
パンクファッションに近いかな。
墓掘り人のサルジンのようなヒャッハーなハードコア・パンクではない。
そのサルジンはカルードと共に居る。
エヴァたちとちゃんと合流できるとよいが。
ジュカさんの態度を満足そうに見ているキサラ。
そのキサラと視線が合った。
マスク越しでも分かる蒼色の双眸に熱が籠もっていく。
愛しい表情のキサラ。
彼女との熱い逢瀬を思い出す。
その瞬間、背後から殺気を感じた。
「――シュウヤ?」
レベッカの少しうわずった声――。
背後を見ると、百トンを彷彿とする巨大な蒼炎ハンマーを持っていた!?
グーフォンの魔杖の柄を柄巻きとした巨大な蒼炎の塊という新しい蒼炎武器……。
新技のハンマーか?
……だが、何という新技だよ。
ハンマーの横にレベッカ専用とか文字が浮かんで見えたが、幻だろう。
……あぶねぇ、キサラに抱きついていたら、まず間違いなく蒼く燃えた百トンハンマーを頭部に喰らうところだった。
睨みを寄越すレベッカさんも可愛いが……。
ハハッとごまかすように笑いながらキサラから視線を逸らす。
すると、ジュカさんが、
「胸に刻まれた紋章を破壊してくれてありがとうございます」
消えたってことはゼレナードを倒した証拠だよな。
同時に、エヴァたちの下に居るオフィーリアたちのことを思い出して、心がほっこりとした。
とにかく救えてよかった……。
自然と息を吐く。
そして、ジュカさんを見ながら、
「ジュカさん、ご無事で何より」
「はい、戦いは怖かった……」
ジュカさんは挙動不審だ。
ここは正直に話をして、安心させてあげよう。
「キサラの知り合いが生きていて嬉しく思います。美人の方ですし」
美人と聞いてジュカさんは目元を上げた。
ふふっと微笑むと、
「嬉しい! ありがとう」
俺の言葉を聞いているレベッカとミスティの視線は強まった。
ジュカさんは、その彼女たちの嫉妬のような殺気を感じたのか……。
恐る恐るといったようにミスティとレベッカを見ている。
そして、レベッカの蒼炎の塊と、ホバーリングで浮いているゼクスを見て、ジュカさんは小さく悲鳴を上げた。
どんだけ新型魔導人形は暴れたんだよ。
レベッカもだが。
敵対していた戦い状況だから仕方がないとはいえ、責任を感じた。
怖がっているジュカさんに向けて、
「……すみません」
と、ジュカさんを見て謝った。
「とんでもない! 救って頂いたお相手が、救世主様だったのです。わたしは幸運極まりない! 気にしないでください」
キサラは俺について何の話をしたんだ。
ジュカさんの、俺に対する盲目的な感情を隠そうとしない熱意ある表情に、その語り口調は……。
いっちゃ悪いが少し怖い。
「分かった。気にはしないが……」
「よかった。黒魔女教団の救世主様! ありがとうございます」
勢いあるなジュカさんは。
過呼吸気味に荒い息になって、表情に熱が帯びている。
そんなジュカさんに向けて、
「……少し休まれた方が」
と勧めたが、ジュカさんは頭を振る。
そして、金属製の棍を縮小させた。
へぇ、エヴァが持つようなトンファー系の金属だろうか。
彼女は胸元に両の掌を当て、短く深呼吸……魔の息を発しながら……。
「…………遙場ありテ遠きかな、中道をゆく燻り狂えル砂漠烏……」
――謳か。
キサラの歌声と似ているが微妙に違う。
――ジュカさんの個性がある歌声もいい。
その時、キサラも合わせてきた。
キサラの数珠から紙吹雪が舞う。
同時に、ダモアヌンの魔槍の柄孔からフィラメントが出る。
キサラの腹下に魔槍の柄の中心部が移動した。
そう、ギターを弾くスタイルだ。
同時に彼女とジュカさんと魔線が繋がった。
ステージ立ったような二人は互いに微笑むと、互いに魔力の放射を始めていく。
ギターと三味線が合わさった音楽に二人の音声は素晴らしい旋律を生んだ。
人魚のシャナとも、古代狼族の音楽とも違う。
リズムが激しいが、心地よい音。
癒やされるというか自然とリズムを刻んで踊りたくなる。
スタジアムを満席にした観衆たちを想像してしまう。
その観衆たちと一体化したような素晴らしい音楽だ。
――心がハッピーになるなぁ。
魔力を上げ精神を安定させる効果がありそうだ。
二人の黒魔女教団に伝わる秘曲か、謳の魔法のような旋律がこの場を支配していく。
◇◇◇◇
炯々に燃えゆク槍武人ダモアヌン
暁の魔道技術の担い手<光と闇の運び手>を探し
神ノ恵みを顧みない 魔人と神人を貫きテ
法力の怪物に敗れしも 尚もセラをも貫くさんとすル
◇◇◇◇
謳が終わると思わず拍手。
拍手が止むと、キサラとジュカさんは照れる仕草を取って微笑む。
黒猫はゼクスを見ていたがキサラとジュカさんの音楽に魅了されたようだ。
突進しては、彼女たちの足に頭部を擦りつけていく。
そのジュカさんは黒豹に挨拶。
ジュカさんは顔をぺろぺろと舐められていた。
そのジュカさんは立ち上がりながら、俺に視線を寄越す。
そして、月狼環ノ槍を見て、
「……キサラから聞きました。わたしが聞いた槍とは少し違うようですが、まさに神威ある魔槍使い。まさにダモアヌンの再来です」
そう言われても、俺にはさっぱりだ。
正直に言う。
「槍使いと光と闇も関係があるとは思うが……救世主ではないぞ、たまたまだと思う」
「えぇ!?」
話が違うと、キサラを見るジュカさん。
キサラは視線を逸らして、俺を一瞥してから、また俺を悩ましく見て、「シュウヤ様のいじわる」と呟く。
「……なんでそうなるの!?」
と、片手でチョップしながら叫んだ。
「楽しげな会話だけど、シュウヤ、地下の探索をした方がいいんじゃない?」
ミスティの言葉に頷く。
彼女はゼクスに<血魔力>を向けて、ゼクスを遠隔操作している。
周囲の警戒を続けていた。
動きを見りゃ分かるが、ゼクスは強そうだ……。
頭部に一本角を持つゼクス。
血魔剣は決めてないのに、ゼクスと名をあっさりと決めた新型魔導人形。
局地戦の戦いだが『圧倒的じゃないか我が軍は』を、ゼクスの機動を見て言いたかったかもしれない。
「……さて、地下に向かうか」
「あ、待ってください!」
ジュカさんは必死に懇願するような表情を浮かべている。
「何でしょうか」
「……はい、【ダモアヌンの魔女】を再集結させて、ダモアヌン山に黒魔女教団を再結成させると聞きました」
「それは……」
キサラを見ると、否定はしない。という強い意志を宿した蒼い双眸で俺を見る。
目元だけのアイマスクの黒マスク越しだが、蒼い双眸から哀愁の色を感じた。
そして、ジュカさんは話を続ける。
「メファーラの祠を再建し犀湖都市を取り戻すと! 犀湖の覇権をかけた八星白陰剣法を巡る十侠魔人には後れを取りましたし……姉妹たちを含めた者たちの無念を晴らして頂けると! そのキサラの言葉を信じていいのですね!」
ジュカさんは涙目だ。
彼女の想いは分からない。
だが、その想いを糧にジュカさんは独り生きていたことは十分感じ取れた。
真剣な表情を浮かべていたキサラも涙目だ。
犀湖都市を取り戻す。とは言っていないが……。
ま、いいか。俺の存在を知るキサラだからこそ、希望を与える言葉を話したのだろう。
レベッカも深刻そうな表情を浮かべている。
百トンハンマーは消えていた。
彼女は深く深く、数回、頷いている。
レベッカの気持ちは分かる。
古の星白石の繋がりもあるし……親戚の件だ。
ハイエルフの従姉かもしれないアーソン・イブヒン。
放浪を続けている魔女教団たちのことは気になるだろう。
ゼレナードがどういった経緯でジュカさんをメイド軍団に引き入れたのか謎だが。
ま、後々だとして、正直に話をする。
「レベッカとキサラの顔を見たら頷くしかないな」
「ふふ」
「さすがは救世主様!」
「しかし、やることは他にもある。ということで今は今。話はここで一旦終了。地下で戦う沸騎士たちとサラテンの回収を兼ねたユイのところに合流してくるとして――」
黒魔女教団のメンバーを探すにしても……。
ゴルディクス大砂漠にある犀湖か。
マハハイムの北に向かう際には師匠とも会う予定だ。
宗教国家で、ツアンの妻、聖王国の関連の魔界に向かうと北の用事はまだまだ先だな。
宗教国家ヘスリファートの歴史と関わりがある地下のハーデルレンデの聖域を牛耳っている地底神ロルガの討伐もある。
他にも八怪卿の方々の願いもあるし、シェイルの治療もある。
――そこで、ポケットから黄黒猫と白黒猫の魔造虎を出す。
<筆頭従者長>のミスティとレベッカにキサラも居るし、必要はないが……。
ここの守りを強化し、魔造虎たちにナナを守らせる。
ママニたちの背後に当たる位置であり、ここは、戦場であることは変わりないのだから。
リサナも使うこともできたが……。
波群瓢箪は俺の武器にもなるし、精霊のような存在のリサナは強力。
ヘルメはここで活躍しているし、もうじき片もつくだろう。
だから、リサナは俺の秘密兵器として運用する。
そう思いながら……。
猫の陶器人形に魔力を込めて地面に置いた。
すぐに、その二匹の魔造虎たちは猫の陶器の姿から大虎の姿へと変身を遂げた。
大虎たちは駆け寄ってくる――。
肉食獣らしい必死な表情を浮かべている黄黒虎と白黒虎たちだが、可愛い大虎たちだ。
自然と両手を広げていた。
二匹は飛び掛かってくる――迫力があるが逃げない。
ドシリとした重さを感じながら二頭の大虎を抱く――。
巨大な虎だけに……本当に重い。
しかし、毛は柔らかくて、肉厚で心地よい。
そして、日向ぼっこをしていたような、いい臭いが漂う。
思わず二頭を強く抱きしめた。
黄黒虎と白黒虎も、ハルホンクの胸元の釦と金具ごと食べるように、俺の臭いを勢いよく嗅いでいく。
ふがふがと荒い息だ。
「よしよし~。アーレイとヒュレミ。幻獣を得たようだな?」
「ニャアァ」
「ニャオォ」
と、二匹の間から小さい雷を纏ったレッサーパンダの幻影が見えた。
同時に大虎たちの毛に電気が走っていく。
びりびりとした電流を手から感じた。
デンキナマズの攻撃に近い。
その流線のような電気の流れは獣用の専用な鎧にも見えた。
今の掌に感じた電気といい、ハルホンク越しでも分かるが、電磁気の力もあるように二匹の大虎はパワーアップをしていることが分かる。
そんな大虎たちを離した直後――。
「ンン、にゃ~」
ロロディーヌが、とことこと歩き寄ってくる。
二匹の親分というか母親のような立場のロロディーヌ。
そんな相棒と二匹の大虎たちを含めて……。
この場の全員に向けて、
「二匹共、挨拶をしながら聞け、ロロディーヌと俺は地下にもう一度向かう。お前たちはミスティの指示に従え。そして、ナナというそこの少女を守るんだ」
と、指示を出す。
「ニャア」
「ニャオ」
二匹の大虎は返事のつもりか。
雷撃めいた気を周囲に発した。
ビリビリとした空気が震動し、ナナとジュカさんは悲鳴をあげる。
ナナの口から黒色の液体のようなモノが飛び出て、ジュカさんは失神しそうになったが、キサラが支えた。
「幻獣ハンターが狙っていた物を取り込んだようね」
「雷撃の幻獣さんを獲得する魔造虎ちゃんたちってことね」
「元々が伝説級のアイテムだからね、興味深いわ、毛を採取して、新しい防具に生かせるかもしれない」
レベッカの言葉に頷くミスティは素早く羊皮紙にメモっていく。
一方、ロロディーヌはその電気を浴びてもへっちゃらだった。
だが、鼻孔が刺激を受けたのか、くしゃみをくり返す。
二匹の大虎は急いで電撃を止めていた。
くしゃみを止めた黒豹は、その二匹の魔造虎たちの健康状態を調べるために近寄る。
鼻をくんくんと動かしながら、頭部を突き出した。
二匹の大虎も頭部をロロディーヌに向ける。
三頭は何かの誓いでもするように三つの鼻を突き合わせた。
「にゃ」
「ニャア」
「ニャオ」
何の話をしたのか、まったくもって分からない。
たぶん、劉備、関羽、張飛の「桃園の誓い」のようなもんだろうと認識。
「紅茶の誓い?」
レベッカが俺を見ながらそう聞いてくる。
ヴィーネとエヴァの時を思い出しているんだろう。
「そうだな」
と、笑いながら答えて、黒豹を見た。
その黒豹は黄黒虎と白黒虎の背後に移動する。
尻の臭いを嗅ぎ出す。
「にゃ、にゃ~おん」
黒豹が何を語ったのかは不明だが……。
思わず……。
痔の検査をするお医者さんの姿を想像してしまった。
「ニャア」
「ニャオ」
もう幻獣の姿はないが、魔造虎の二匹は、尻を向けながら、一瞬だけ雷のような魔力を発した二匹。
鼻先にびりびりっとしたモノを味わったロロディーヌは一瞬びっくりして、黒毛が逆立っていた。
雷撃の放屁か?
黒豹は、鼻をピクピクと動かして、
「にゃ、にゃーーッ」
と鳴いている。
黄黒虎と白黒虎はそんな黒豹に振り返り、ごろにゃんこ――。
腹を見せて『ごめんなさい、ニャ~』とかなんとか鳴いていた。
母親のようなロロディーヌに対しての行動だ。
柔らかそうな枕となる魅力的な内腹は、ヤヴァイ。
黒豹は、
「にゃ~、にゃにゃ、にゃ~お、にゃ!」
と、黒豹も俺と同じくヤヴァイと思ったようだ。
両前足をあげて、興奮しながら鳴く。
腹を見せている二匹に襲い掛かった。
黒豹は二匹の腹に頭部を擦りつけては、二匹の腹から背中までを、ペロペロと優しく舐めてあげていく。
三匹のグルーミング合戦が始まった。
神獣と雷属性を身に纏う魔造虎たち、か。
ほのぼのとして楽しそうだ。
正直、写真に撮りたいが、今は戦い。
「……相棒、そろそろ仕舞いにしろ。下に向かう」
「にゃ――」
即座に二匹から離れたロロディーヌ。
身体を大きくしながら走り出すと、俺に触手を絡める。
一瞬で、俺を背中に乗せると、触手手綱を目の前に用意しながら上空へと跳ねていた――。
キサラたちの声が背後から響いた。
バーレンティンたちが敵を押さえ込み始めていたところが一瞬だけ見えたが、もう穴に突入していた。
速い――探索したゼレナードの実験室を通り過ぎる。
数々の部屋の内部にあったアイテム群や死体を確認しながら穴を降りていく。
急降下中に、
『ユイ、どうなっている?』
と、血文字を送る。
沸騎士たちが戦っていただろう地下が見えてきた。
サラテンは突き刺さったままだ。
あれ? イターシャが居た。
『あ、大主さま! サラテュンさまがたいへんなんでヒュ! おしっこ、ウウン、血が漏れてマヒュ!』
サラテンは泣いているように根元から血を流していた。
しかし、イターシャはジョディから離れたようだ。
身動きが取れない神剣サラテンを掘り出そうと、周囲の神々の残骸を、必死に、小さい爪楊枝の剣で突いている。
健気な白色の鼬ちゃん。
啄木鳥に見えた。
だが、爪楊枝が刺さるわけもない。
神剣サラテンだからこそ、刺さった部類の鉱石だ。
すると、ユイの血文字が浮かぶ。
『うん、ロンハンとダヴィはわたしが仕留めた。ケマチェンはジョディが倒した。短い間だったけど、強者同士の一戦はそんなモノよね』
あのケマチェンを。
俺も苦戦するかも思った相手を……。
ま、ジョディなら当然かな。
白色の蛾を周囲に発生させてから、スイング式DDTでも喰らわせたとか?
ま、シンプルな鎌の一閃だろう。
そして、ユイの語ることは真実だ。
強者だからこそ、刹那の間で、すべてが決まることがある。
師匠も〝<刺突>に始まり<刺突>で終わる〟と、大事なことを教えてくれた。
『フェウはわたしが、そして、ご主人様ゼレナード討伐おめでとうございます』
ユイの血文字が浮かんだ直後、リアルタイムにヴィーネの血文字も浮かぶ。
『……おう。そうか、フェウは倒されたか……』
五番のドルガルを殺した相手。
彼の魂が安らかに眠らんことを……祈ろう。
『ご主人様、すみません、仇を取ろうとしていたことは察していましたが』
『いや、当然だ。ありがとうヴィーネ。これは真剣な生きるための戦いだ。誇らしいぞ。そして、ジョディにも褒めといてくれ』
『はい』
こういった血文字はマルチタスクで行える。
MR技術やホログラム技術を超えている。
ヘッドマウントディスプレイもグローブも特別な部屋も必要ない。
血文字は優秀だ。
裸眼としての立体的に筆感のある血文字が浮かんで、メッセージのやりとりできているのだから。
まさに複合現実を超えた「超現実」だ。
この血文字でリアルタイムな動画が載せられたらいいんだけど。
絵文字らしいモノで我慢するか。
ミスティならヘッドマウントディスプレイとか、開発しちゃうかもしれない。
それとも<霊血装・ルシヴァル>が進化すれば……。
と、考えながら、
『今捕らわれていたナナって名前の少女を救出した。そして、地上の戦いは優勢だ。俺はこれから再び内部の探索を開始する。敵を蹴散らしながらそっちに向かうと思う』
ヴィーネとユイに血文字を送った。
『うん。地下は何があるのか、まだまだ不明だから、気を付けてね。今、敵側だった生きている幹部を尋問するところだから』
『了解しました。こちら側でも古代狼族の秘宝を探すことになるかと思います』
尋問? 生きている?
と疑問に思うが、とりあえず、
『おう、そっちも用心しろ。その幹部クラスは絶対に強者だ』
余裕があるからこその態度だと想像した。
しかし、ユイとヴィーネとジョディに囲まれている状況での尋問だろう?
どういう相手だよ……
人族ではないだろう、魔族か。
人族だとしたら相当な修羅場をくぐり抜けているはずだ。
と、黒馬ロロディーヌから降りた。
地面に着地。
『器! 戻ってきてくれたのだな!』
イターシャはサラテンから離れて相棒の近くに戻ってきた。
『おう、今取ってやる』
と、告げながら<サラテンの秘術>を意識。
神剣の柄巻に、そのサラテンの出入り口がある掌を当て握りを強めた。
同時に<サラテンの秘術>の出入り口でもある運命線のような傷から直接、血と魔力をどっぷりとサラテンに注ぐ。
『――アン! ァゥゥゥン、器ン、気持ちイイ――』
神剣サラテンから悩ましい声が響いたが、構わず、サラテンを引き抜く。
じゅぽっとした厭らしい音を響かせながら、神剣サラテンは抜けた。
血を帯びたサラテンの切っ先が、ミルフィーユのように分裂し厚くなっている。
よし、ついでに試すか。
サラテンの剣身の上で踊る三人の衣を纏った少女たちも居る。
きらきら光る天女のような羽衣はお似合いだ。
血に染まっているが……。
そんな血濡れた少女たちの手には血色の剣傘が握られている。
そんなサラテン娘たちごと、神剣サラテンを使う――。
<水車斬り>を発動――。
袈裟斬り気味に振るう――。
気をよくした神剣サラテンは切れ味が増したようだ。
壁をくり抜くように、デボンチッチの残骸たちを斬り取っていく。
よし、回収。
<サラテンの秘術>を意識して、サラテンとイターシャを左手の掌に何も言わせず回収した。
ロロディーヌに視線を向けながら跳躍した。
「ンン――」
相棒は動きを合わせながら、背中を見せて跳躍する。
宙空で合体するように、相棒の背中を跨ぎながら触手手綱を掴むと、ロロディーヌが作り上げた洞窟を駆けて、ゼレナードに先制攻撃を仕掛けた地下部屋を通り抜けていく。
沸騎士たちが暴れた証拠の死体が散乱している。
こりゃ、闇の獄骨騎で直に魔界経由から呼び出した方が速いか。
ま、どこで暴れているにしろ、沸騎士たちなら大丈夫だろう。
やられたらやられたで、魔界の戦争が待つ身だ。
<血鎖探訪>を発動――。
同時に血鎖探訪へと、ユイとヴィーネを探れ……。
と命令を出す、瞬時に血の碇がユイたちを追う――。
ロロディーヌと人馬一体と化した。
迷宮を進んでいた頃を思い出す。
――立体軌道を駆使しながら迅速にユイたちの方向へと向かう。
幾つか階段を降りたところで――。
ふと魔素の揺らめきを感じた。
気のせいか?
と思ったら、相棒も魔素に感づいた。
階段の踊り場から出た通路で急ストップ――。
ロロディーヌの両前足が、固い床にめり込む。
左に扉がある。魔素はあそこからだ。
閉まっているが……逆に怪しい。
馬と豹が合わさったようなシャープな鼻先を、そこの扉に向けている。
相棒は嗅覚でも敵の場所を掴んだようだ。
よしよし、と後頭部と首を撫でていく。
耳も少し動く黒馬。
音でも気配を探ろうとしているんだな。
一方、ユイとヴィーネの方角を示す血鎖探訪は別の方向を指している。
馬のロロディーヌから降りた。
急いで扉を<鎖>でぶち抜く。
部屋の様子は暗いが、壁が見える。
魔力の反応は左の方からだ。
「相棒、中は狭そうだ。俺がまず突入する」
「にゃ」
返事をきくなり、俺は右手の月狼環ノ槍を握りながら部屋の内部に突入した。
部屋の左奥に魔力の揺らぎがあったが……。
ないな……しかし、怪しい。
凝視を続けた。黒豹が来る。
相棒も俺と同じ方向を見続けて、触手を繰り出した。
すると、触手から飛び出た骨剣が途中で止まる。
「にゃ?」
と、相棒は鳴くと触手を引っ込める。
その触手を止めたモノが揺らぎながら出現した。
大柄な人の姿を保っているが翳のような塊が浮かんでいる。
――新手か。
魔法から月狼環ノ槍の<投擲>をするか?
と思ったが、翳のような塊は攻撃はしてこない。
大柄な翳は横にずれた。
そこから現れたのは、魔眼を発動している、あの青年だった。
手には魔法絵師としての証拠の額縁を持っている。
クナがいうには〝闇のリスト〟の一人だとか。
青年が使役しているだろう、その大柄な翳はのっそりと動く。
「アヒーム。大丈夫。でも、隠蔽を見破るなんて、お手上げだよ。さすがはゼレナードを倒すだけはある。特別な看破スキルでも用いているのかい?」
と青年はにこやかに喋りかけてくる。
イケメンだな。
続きは来週です。
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