四百八十一話 新型ウォーガノフ
「うん、待って……」
皮布を受け取ったミスティは涙を拭く。
鼻水もチーンとした。
その鼻水がついた皮布を俺に返そうとしたが……。
俺はいらないと腕を出し左右に手首を揺らす。
すると黒豹が俺の足に頭部を寄せてきた。
黒豹は膝頭と太股の匂いをふがふがと嗅ぐ。
「ンン」
微かな声で鳴く。『ここの匂いはくちゃい! が、たまんち』とかいう感じに鳴いている?
そんな匂いフェチな相棒ちゃんは、両の前足を太股の上に乗せてくる。
今の相棒の姿は黒豹で大きいから重みがあった。
相棒はその前足を上下させて俺の太股をポンポンと優しく叩いてくる。
黒色の瞳は少しだけ散大させて『遊んでにゃ~』といった感じだ。
丸いつぶらな瞳は純粋だ。
両前足の裏にある肉球のアタックは続く。
次第に足先から爪の出し入れを始めた。
子供のように甘える黒豹さんだ。
――その瞳といい肉球の感触はとても可愛い。
そんなたまらない可愛さを持つ黒豹の眉間から眉尻にかけての眉毛を指の腹でなぞった――指の皮膚から、ざらっとした黒毛ちゃんの感触を得た。肌の温もりを楽しんでいく。
根元の毛には少し白が混ざっている。
「ふふ」
ヴィーネは懐かしむように微笑んだ。
「そんな猫ちゃん好きのマスターに、この新魔導人形の性能を見せてあげるんだから!」
ミスティは微笑むヴィーネにウィンクしてから、先生のような口調で威勢よく語った。
猫ちゃんというか。
今は豹だぞ、とツッコミは入れない。
ミスティは『その証拠!』と言わんばかりに……。
腰ベルトに袋と一緒に繋がった小型人形を金具から外して引っ張り、見せてきた。
笑みを意識しながら、相棒の頭部を撫でて、
「それか?」
と、聞いた。随分と小さい。
まさか魔導人形の小型化に成功を?
ミスティは俺の表情を見て「ふふ」と笑い、
「まぁ、見てて」
そう楽しそうに語ると、小型の人形に<血魔力>を通した。
その瞬間――小さい金属人形が膨れて巨大化。
新型の魔導人形に変身した。
相棒の背中の上で見た時よりも、若干スリム化したようだ。
頭部の流線模様は渋い。
二つの手と二つの足も変わらない。
腕と足から小さい雷火が閃く。
内部に大量のギミックが豊富に仕込まれていると分かる。
白砂がちりばめられたように鎖骨もデザインされていた。
前にも増して重厚そうな胸元から背を覆う胴体の鎧。
さらなる改良を施した金属の層は段々に重なっている。
表面の角度がある溝も健在だ。
溝はスラスター的なガスが噴き出そう。
そんな層の奥から白銀色の輝きが見え隠れしていた。
白銀色の魔力か。
特殊セラミック塗料っぽいものが塗られた箇所もある。
肩パッドと胸元に繋ぎ目の金属部位。
肩の脇から背中にかけて湾曲した表面には合成した金属片と金属片を何重にも重ねて圧力を加えたダマスカス鋼を加工したような痕跡があった。
内部から大砲を備えた放列が可能な何かが仕込まれていそうだ。
骨の髄まで鍛えたような鋼の腹部位には見たことのない樹脂と推測できる素材が覆う箇所もある。
北斗七星を意味するようにルーン文字のような魔印が刻む。
その文字の形が薄らとした魔力で投影されていた。
ルーン魔印はX線が発生していそうな魔力だ。
黒豹も紅色の虹彩を埋めるように黒色の瞳を散大させて驚いていた。
これが新型の魔導人形か。
非常に洗練されたマシーンだ。
思わず『ザクとは違うのだよザクとは』と、話をしたくなる。
見た目も作品も違うが『ハヤブサの剣』を持たせてみたい。
やや興奮しながら感心していると……。
ミスティは、他にも小さい人形を浮かせていた。
下の新型と違い小さい人形の方は血色に輝いている。
「血を纏う? 小さいが、それも新しい魔導人形なのか?」
新型の魔導人形と小さい金属人形を見比べながら、指摘した。
「新しいけど微妙に違う。錬魔鋼と魔柔黒鋼を使って、魔霧の渦森のモンスターの素材を掛け合わせて造ったの。高度な命令文も刻んでいるから小さいゴーレムかな。ヴィーネとの合作だったりする」
小さい金属製の人形は浮いている。
鎧が美しい新型の魔導人形は地面に立っている状態だ。
俺は浮いている小さい人形を指摘しながら、
「ほぅ、ヴィーネとの合作か。魔導人形ではないのか」
と、聞いた。
「うん。その宙に浮いた人形の方は、ヴィーネの血が必要。そして、魔導人形ではない。技術的に近い物はあるけどね」
「分かった」
微笑むヴィーネは頷く。
「もし、本格的に小型の魔導人形を造ることを目的としたら魔炉の方は兄が残した物で十分だけど……ムンジェイの心臓のような貴重なアイテムと新型の骨格と外装の一部にも用いた虹柔鋼と白皇鉱物が、もっとたくさん必要になる。精錬すれば小さくなるからね。後、グドラの樹と金剛樹も欲しい。鉄水晶コアの数も足りない」
エヴァから貰った白皇鉱物では足りないのかな。
「ふむ……」
「……そして、分かってると思うけど、この下に立つ新型魔導人形の方がメインだし、大事だからね。ムンジェイの心臓岩の実験から得られた一部の素材を使っているし。今だって、体幹の軸を時間差なく調整できる自動コーンアルドの均衡に重要な虹柔鋼と霊魔鋼の調整が凄く難しいんだから……」
専門用語が多く難しすぎてよく分からない。
たぶん……新型の魔導人形の心臓とか背骨の部分を指しているのだろうとは思うが。
「虹柔鋼は王家直属の魔金局も欲しがる金属ですからね。これもミスティが作ってくれました」
ヴィーネは腰ベルトと胸ベルトに繋がる虹色のチェーンを指摘。
お洒落装備ではなかったのか。
すると、左目に宿るヘルメが……。
新型の魔導人形に指をさして、
『――新型の魔導人形ですが……胸元と腕の内部に魔力の塊のようなモノを幾つか感じます。様々な精霊ちゃんたちが呼応するような仕草をとってますね』
『呼応か、魔法系の力もありそうだ』
ヘルメの視界ではそう見えているのか。
そう念話をしてから……。
ミスティの新型魔導人形の見解について素直に、
「分からないが、ま、納得しとく」
と、発言。
ミスティは『うん』と言葉に出すように頷き、
「浮いた小型金属人形の方は簡易的だけど、一度得た技術とスキルは失わないからこそできたってことかな」
「職人らしい言葉だ」
俺の言葉に皆が頷く。
そして、ハンカイが、
「……ミスティは『マスターはこの小さい金属人形を見たら驚くわよー!』と、吼えていたな」
と、ハンカイがミスティの真似をするように変な声で喋っていた。
ミスティは目を細めてハンカイを見た。
そのことは告げず、
「新型の魔導人形を造ったからこそ、このヴィーネの血が必要な小さい方の機械人形もできたってことか」
浮いている小さい金属人形は鋼色と金色が混じっている。
人と竜をモチーフとした人形。
「その通り。ね、ヴィーネ」
「はい!」
ヴィーネとミスティはハイタッチ。
互いの<血魔力>を交換するように掌と掌から出した血を混ぜていた。
「その血が必要なのか」
俺の言葉を聞いた二人は頷く。
ヴィーネの血が浮いている小型の金属人形と繋がった。
刹那――。
浮いている人形の頭部に単眼が生まれ出る。
その単眼の下から金属刃が飛び出ていった。
「兵器の一つか。エヴァのような金属刃という感じかな」
「ううん。エヴァのあの金属群ではない。どちらかといえばマスターの<導想魔手>に近い?」
ファンネルのような遠隔武器?
「遠隔攻撃と偵察に使えますが、どうでしょうか」
ヴィーネは懐疑的に話をした。
「うん。あくまでも、ヴィーネとわたしだけが使える素材の簡易鑑定がメインの道具だから」
「はい」
そう仲の良い姉妹のような雰囲気でミスティとヴィーネは語る。
鑑定ができるのか。
スキャナーのような機能を持つ?
「素材鑑定か。その金属刃を敵に飛ばしたり、ママニの武器防具のアシュラムのような<投擲>や盾に使えたりする円盤兵器ではないのか?」
「<投擲>攻撃は勿論可能です。しかし、ご存じのように、わたしには弓がありますから。そして、ご主人様のお話に登場する〝ふぁんねる〟という〝びーむ〟を遠隔から操作して飛ばす兵器ではないのです」
俺の考えを読むヴィーネさん。
さすがだ。
「あーそれ、マスターから聞いたことがある。初めて会った時も研究者が話すような言葉を喋っていたし……魔導人形の研究について報告した血のメッセージの時も、時々、『うちゅうせいき』と『がんだむ』とか、未知の言葉が混じっていたわね」
そりゃ、仕方がないって奴だ。
「……そんなことより、その小型金属人形が持つ簡易鑑定を教えてくれ。もしかしてヴェロニカの傀儡骨兵の技術が生かされている?」
その瞬間、ミスティは目が煌めく。
「そう。さすがに気付いたか、秘密にしてたのに」
「こうやって話をしてれば想像はつく」
俺がそう話すと、ミスティは微笑む。
「うん。実はヴェロニカ先輩と色々相談した時に、わたしも工夫してこの小さい金属人形に生かしたんだ。同じ<筆頭従者長>だし、スキルも<傀儡廻し>を持つからね。後、不思議な金属都市の夢に出てきた物をイメージして造ったの」
ミスティは小さい金属人形を見ながら語る。
「へぇ、夢の知識も役にたったのか」
「うん。でも、ヴェロニカ先輩のように<専王の位牌>は無いから……古代の骨を生かせる強力な傀儡骨兵を造ることは無理。ただ、わたしはわたしで<星鉱鋳造>だけじゃない、金属加工のスキルがあるからね。傀儡骨兵の技術を、自分の培ってきた技術と融合してみたんだ」
「そう聞くと、ヴィーネとの合作の、この、小さいままの金属人形も高度だな」
「うん」
「で、この、小さい金属人形が行える簡易鑑定とは?」
「実は鑑定ってほどでもないんだ。わたしの望んでいる素材の善し悪しを、すぐにヴィーネが理解できるようにしたかっただけ、という」
「はい。地下は手強い敵が多いですからね」
「次から次へとひっきりなしに戦う場所が多い。さすがのヴィーネでも苦戦する相手も居るし」
二人の言葉に、ハンカイは黙って頷く。
俺の後ろで同じく黙って聞いていたデルハウトのことを睨むように
見ていた。
「アイテムボックスもあるヴィーネだけど、モンスターの素材の収集となると剥ぎ取りに時間も掛かるし、容量も限られてくるからね」
ヴィーネはミスティの言葉に返事をしながら……。
血で繋がる小さい金属人形を引き寄せる。
その小さい金属人形の胴体と頭部を分裂させた。
「この人形の胴体と頭部の間に調べたい素材を挟めば、ミスティの望む素材の場合だけ、光るようになっているのです」
へぇ、再び胴体に首をつけると浮く小さい金属人形。
「うん。地下探検にはヴィーネが個人で向かう時が多かったから、これを開発したんだ」
ミスティの言葉に頷くヴィーネ。
「地下に続く遺跡か。呪神フグの眷属たちとの戦いがあったと聞いたが」
俺の言葉を聞いた三人は神妙な表情を浮かべると、目を見合わせてから、
「まずはわたしが話すけどいい?」
「はい」
「うむ」
と、ミスティが話すらしい。
そのミスティが口を動かした。
「……翡翠の蛇弓とガドリセスと蛇剣を使うヴィーネも撤退をしなければならない状況。ラシェーナの腕輪に宿る闇の精霊たちでも足りない、わたしとハンカイが必要なほど、危険な相手が多かった。そして、わたしたちが揃っても、討伐しきれない敵たちとの戦争もあったの」
博士のミスティがヴィーネの装備品を見ながら語る。
「呪神フグの眷属たちとはそれほどに強いのか。しかし、敵たちとの戦争?」
俺の疑問の言葉にハンカイは頷く。
両の掌を見ている。
その甲の位置に嵌まった黄色い宝石は輝く。
ハンカイも地下の探索を手伝った際に起きた戦いを思い出しているようだ。
すると、ヴィーネがミスティとハンカイに了承を促すように視線を巡らせる。
ハンカイとミスティは頷いていた。
ヴィーネは自身の頬の銀仮面を指でなぞるように触ってから魅力的な紫色に近い唇を動かす。
「はい。最初は地下都市グドーンから遠征してきた地底神キールーを信奉しているオークキングが率いる集団と巨大蟲鮫の集団との争いに巻き込まれました」
「それは聞いてなかったな」
「すみません。巻き込まれましたが、対処は余裕でしたので。まだあります。次は、鎧大蟻の亜種にも追われ逃げた広い場所です」
「蟻か。ヴァライダス蟲宮のような?」
「そうですね。わたしは蟲宮を知りませんが、たぶん」
このニュアンスだと……。
大蟻から逃げたが、それも対処が可能だったか。
「その広い場所で、また違う敵と?」
と、ヴィーネに話を促した。
「そうなのです。そこで、地底遺跡で取り逃がした呪神フグの眷属たちに追いつきました、が……」
間があく。
「……そこでは地底神ロルガの勢力と推測される魔兵士たちと地底神セレデルを信奉しているスケルトン風の戦士たちが争っている地下の魔鋼金属が宿る場所でした。魔力の資源を巡る争いと思います。わたしと同様に追っていたフグの眷属たちもそれら無数の兵士たちの襲撃を受け……大乱戦に発展したところに、それら無数の兵士を喰らう目的と推測する……超巨大な地底怪物が出現しました……地底が揺れるほどの大混乱に……」
「うは、超巨大……それは名前とかあるのかな」
「名は大鳳竜アビリセンと呼ばれてました。その怪物に喰われていたフグの眷属たちは口々に叫んでいました。鳳竜アビリセンの親のようなモノらしいです」
今、喋っているように……。
そんな状況でも生きているヴィーネはさすがだ。
しかし、血文字で俺に報告がなかった。
大鳳竜アビリセンとは『ゾイド』風の巨大竜かもしれない。
「凄まじい経験だ。そして、生きているヴィーネも凄い」
「――ハッ! ありがたき幸せ。地上でもまだ報告していない敵たちやモンスターたちが居ますが、いい経験でした」
他にもありそうだ。
「地底では他にどんな者たちと遭遇した?」
「門番のようなダークエルフの遠征集団を幾つか見かけました」
「それは魔導貴族エンパール家の?」
「はい、【第三位魔導貴族エンパール家】の【闇百弩】か、もしくは、第八位魔導貴族サーメイヤー家の交易集団かもしれません。しかし、接触はしていません」
「そっか。バーレンティンたちのような墓掘り人のグループは特殊だとしても地下都市の交易で利益を上げている他の魔導貴族も居るだろうからな」
「はい。ご主人様からバーレンティンの話を聞いていましたので、調べようとは思いましたが……わたしはアウトサイダーなダークエルフ。問答無用で攻撃を受けると判断し素材回収を優先し、ミスティたちの下へと帰還を急ぎました」
それが正解だろう。
今、思えば……。
転生し地下で放浪を続けていた時に……。
初めて会った知的生命体がロアで幸運だった。
「ヴィーネは<密偵>を含めて<隠身>技能が高いからね。一人の方が戦いやすい場面も多かったと聞いたわよ」
「はい。【グランバの大回廊】のように広く平坦気味な場所や溶解した土が蠢くといったように環境は様々ですが……基本、髑髏が山のように積まれている場所が多いです。そして、なにより地下の戦いには慣れてますから」
ヴィーネの言葉に自負を感じた。
ダークエルフの故郷は地下だからな。
「そんなヴィーネの修業&素材集めに協力はしていたけど、新型の魔導人形作りで素材を求めていたように、わたしはあまり地下に行けなかったからね。兄の残した魔高炉と開けられない扉もある」
「兄の残した秘密扉だな。鍵が必要とかだったよな。一応、前にも話をしたようにクナの鍵を試してみようか」
「やった。待ってたかいがあるわ」
「まだ、鍵が合うか分からないぞ」
「そうね。後、メリアディと関係する魔法陣の研究もあるけど、それは……」
ミスティは語尾のタイミングで俺の指を見る。
「だな。アドゥムブラリも乗り気だった」
「車軸のようなマークの中心にある玉を嵌め込む窪んだところに……」
「あぁ、もしかしたらこの指輪がキーとなる魔法陣かもしれない」
「うん。この間、血文字で話をした元魔侯爵だったアドゥ? さんの指輪の形が面白いわね」
「姿と能力を見たら……」
アドゥムは、新型の魔導人形を乗っ取るとか言いそうだな。
「ヴェロニカ先輩の傀儡人形のことでしょ? 勿論、この新型魔導人形〝しゅうやん〟には、息も、指も、触れさせないつもりだからね!」
「ちょっと待った、名前はしゅうやん、なのか?」
「そうよ、可愛いでしょ。マスターの名前を元にしたんだ」
……思わず、ヴィーネとハンカイを見る。
二人とも黙って視線を逸らしている。
渋いデルハウトは眼光が鋭い。
彼は頭部から背中側へと柳の枝のように垂れたモノの先端を光らせて、待機中。
相棒のロロディーヌは、ヴィーネへの匂いつけ作業に飽きたのか、スフィンクス体勢で空を見ていた。
ま、いいかと、俺も空を見たが。
一瞬、空間が歪んだ?
分からないが……。
時々、黒豹はあるんだよな……。
猫だけが見えている存在は前世の時にもよくあった。
だれも居ないのに、そこに何かが居るようにジッと視線を向け続けているとか……。
そんなことを考えながら、皆に視線を向け直し、
「……そっか。名前のことはおいておくとして、アドゥムブラリはメリアディ様が好きだったと聞いた。そして、ルビアに見せたらどうなるか……」
と、アドゥムブラリが宿る紅玉環を見る。
「ルビア?」
「ザガさん&ボンさんと一緒に住む……」
「祭りの時に居た子か。シュウヤの古代竜の剣を扱い、無詠唱で回復魔法が使えるという」
「あの子ね。【蒼い風】の癒やしのルビア。可愛い子よね……」
と、睨みを強めるミスティさんであった。
さて、その魔法陣とクナの鍵を使ってゾルが隠していた扉を調べる前に……黙って沈黙を続けているデルハウトを紹介するか。
再びデルハウトに視線を向ける。
彼は待っていたように微かに首を縦に傾けた。
俺も微かに頷くと、皆に視線を向け直し、
「ところで、魔法陣と鍵を使う前に紹介しておこう。既に血文字で何回も伝えているように、彼がデルハウトだ。俺の光魔騎士となった」
と、腕と一緒に魔槍杖バルドークの紅矛を向ける。
左手の月狼環ノ槍の柄頭は地面に当てたままだ。
「は、ご紹介に与りました。シュヘリアに遅れて光魔騎士となった、ゼバルの元配下で地上に放逐を受けた元魔界騎士。名はデルハウトと申します!」
「デルハウトさんね、聞いてる。よろしく。わたしはミスティよ。見ての通り選ばれし眷属の一人。金属の研究が好き、武器はゴーレムもある。そのゴーレム作りとさらに強力な魔導人形作りが得意。<血魔力>を生かした技もある」
最後の技とは……。
あの血の池から飛び出す虹色の金属刃群だな。
ホクバたち、猫獣人三兄弟戦の時に使っていた。
魔霧の渦森でも華麗に使いこなしていた。
武術は光魔ルシヴァルとしての力があるとはいえ、あまり期待できないが。
こと、魔法というか金属に関しては本当に凄まじい。
続いて、ヴィーネが丁寧に頭を下げて、秘書風な動作で頭部を上げてから、
「――わたしの名はヴィーネ。第一の<筆頭従者長>です。魔毒の女神ミセア様より頂いた翡翠の蛇弓と伝説級の古代邪竜ガドリセスの牙を用いて作られた魔剣をメインに、蛇剣をサブとした二剣流を扱います。よろしくお願い致します」
「俺の名はハンカイだ。ブダンド族出身である」
デルハウトは魔界式の敬礼ポーズを取る。
そして、ハンカイを見て、
「さきほどの斧の<投擲>は実に見事。金剛樹製とお見受けした」
ハンカイはニヤリと片頬を上げた。
その相貌は武人としての顔つきだ。
「ありがとう。その通りだ。しかし、すぐに見て分かるとは、さすがはシュウヤに臣従している騎士だ。噂に聞く神王位クラスの槍使いのようだな。熱風のような煙を出す沸騎士のような騎士ではないようだ」
と、静けさを持つデルハウトを表した武人ハンカイ。
「……陛下あっての俺ですから」
「そうか。俺は眷属ではないがシュウヤを主として、友として、斯道を征く武人として誇りに思っている」
言葉は嬉しいが、照れる。
デルハウトは頷いて、俺の顔を見て魔槍杖と月狼環ノ槍の二つの槍を見ては……一対の左右に垂れる触手器官の先端が、また光る。
「陛下……」
と呟いたデルハウトはハンカイに視線を移した。
ハンカイも頷き、
「俺は大地の魔宝石を身に宿した秘術体を持つドワーフだ。異質なドワーフだろう。寿命も不明だ。そして、クプルンの根野菜が好物だ。熊鳥鍋も好きである」
ハンカイはハンカイなりの友好の意思を示す。
玉葱風の髪形を崩している。
ブダンド族に伝わる挨拶とかあるのかもしれない。
デルハウトは愛用の魔槍を地面に刺すと両手を広げて頭を下げてから、勢い良く、頭部を上げた。
「ハンカイ殿、よく分かりました――皆様方も……俺は陛下と共に覇業を成す思いです。以後、お見知りおきを!」
デルハウトが身につけている鋼の鎧は似合う。
戦馬谷の大滝の付近で拾った鎧。
樹怪王の兵士が身につけていたアイテムだと思うが。
そこに、船の残骸があったんだよな。
その船の中にあった未知の酒樽はアイテムボックスの中だ。
ヴィーネに聞こうと思っていたが、これは後でいいか。
――すると。
デルハウトは、自身の能力を見せるように……。
地面に刺した紫色の魔槍を握り、引き抜く――。
そのまま魔槍を縦に振るって掬い上げ、上下に回転させていく。
魔槍の握り手を変化させて、左右の手を交互にクロスしながら、魔槍を移し替えていく。
デルハウトは槍武術の演武を始めていった。
皆、黙って見ていく。
魔人武術の一端か。
「なるほど、マスターが気になるわけね」
「魔界騎士……演武ですが槍技の質は分かります。ご主人様と同じように、底が見えないところは背筋に寒気を覚えました……」
「ふむ……」
「特にあの一回、間をとったところでしょ?」
「はい、構えですね」
ミスティとヴィーネがそう話すと目の色を変えたハンカイが強く頷いていた。
――間か。
ヴィーネの言うとおり……。
デルハウトが一瞬止まったところの構えだな。
<魔雷ノ愚穿>と同じか。
デルハウトは、闇神アーディンの加護があるから、皆、何か恐怖めいたモノを感じたらしい。
俺も受けた時は怖かった。
「デルハウト殿。その構えと型は……」
「はい、武槍技に入る構えです」
「凄まじい武術を持つことは容易に分かるぞ。シュウヤはこれほどの使い手を相手に……」
「ありがとうございます」
「わたしたちが見てない間に色々と経験しているようだしね」
「ご主人様がデルハウト殿を引き入れた理由。彼が知遇を早々に得たことはすぐに理解できました。わたしも戦馬谷の大滝で行われた戦いをお側で見ていたかった……しかし、そんな甘えた考えでは、皆に後れをとります。ご主人様の側に立てる資格を失いたくはないですからね」
ヴィーネは自らを叱咤激励するように語る。
ミスティは強く数回頷いていた。
「陛下は本当に強かった。最後の一矢を報いてやりたいとも思わず、生まれて初めて、胸を穿たれましたからな……心底、負けたと、思えた相手が陛下でした」
そこで空気を変えるため、手を叩く。
刹那、ロロディーヌが「ンン――」と鳴きながら俺の下に来た。
俺の足を小突く相棒の頭部を優しく撫でてから、頬をワシャワシャしてやった!
そんな相棒の鼻を指でタッチングしてから、皆を見る。
「――んじゃ、まずは魔法陣からチェックだ。前に片付けを手伝った納屋に行こうか」
「うん」
皆を連れて行った納屋の床に魔法陣が見えた。
確かに納屋の床というか土の中心に窪みがある。
車軸のような不思議なマークはアドゥムブラリと同じ。
供物がおけるようにも見えるが……。
と、紅玉環の指輪に魔力を注ぐ――。
アドゥムブラリを起こすように、呼び出した。
一対の小さい翼が蠢きいつものように一瞬で指輪の表面が膨れる。
「主!」
単眼の貴族衣装が似合うアドゥムブラリだ。
「よう、さっきぶりだが、あそこの魔法陣に嵌まってみないか?」
「何だ? はまるとは……おぉ! その魔法陣は!」
宙に浮いたアドゥムブラリは即座にその魔法陣の中央に向かう。
窪んだ位置にある車軸マークに単眼を向けていた。
魔法陣はアドゥムブラリに反応するように点滅をくり返す。
「ンン――」
喉声を鳴らしたロロディーヌも追い掛けていく。
俺たちも魔法陣に向かう。
魔法陣に俺たちが足を踏み入れる。
すると、足下の魔法陣は足の型を取るように足形の光となって、点滅をくり返した。
点滅の色合いは赤と黒と白。
近未来的な感じだ。
『……閣下、これほどの魔法陣が隠されていたとは!』
『びっくりだな』
俺、ここで寝たのか、ユイも。
俺の背後に居たデルハウトが「これは……」と、何か理解したように呟いた。
ミスティはデルハウトの様子をチラッと見て、首を傾げてから、
「……反応しているようね。やはりアドゥムブラリさんと関係が?」
とアドゥムブラリに聞いていた。
その丸いモンスターにも見えるアドゥムブラリは「あぁ」と、間の抜けた言葉を返す。
窪んだ中央部の魔法陣を覗いている状態だ。
その魔法陣を見続けているアドゥムブラリは、
「……関係といっても、昔だ。何故か、今もこの魔法陣は反応を示しているが……」
疑問があるように語る。
丸い彼の後ろ姿は、小さいマント。
そして、マントから一対の翼が飛び出て可愛い。
しかし、下の魔法陣の明かりを受けた彼は、悪神デサロビアの眷属のように巨大な丸いモンスターにも見えた。
「アドゥム、詳しく教えてくれ」
「……古いが何かしらの魔界に関わるモノと契約が行える……特別な中規模魔法陣だと思う」
「契約だと? 魔界に楔を打ち込めるというモノか? この俺が持つ指環魔道具、闇の獄骨騎のような」
「見ての通り、アイテムではないが、そういう類いのはずだ」
「へぇ」
「そのような魔法陣だったのですね……」
ヴィーネの言葉に頷く。
「楔。しかし、どっちが主導権かは不明だ。俺様が知らない相当古い術式も……ある。だが、たぶんそうだろう……」
そう語るアドゥムブラリが渋く見えた。
丸い単眼球体なのに。
デルハウトは、その丸くて、可愛い姿にも見えるアドゥムブラリの背中を見ながら、
「……本当に魔侯爵級だったのですね……」
と、話をしていた。
「ふ、運命とは、最もふさわしい場所へと己の魂を運んでいくものだ、とは聞いたものだがな……」
あれ、今一瞬だが、アドゥムブラリの背中にイケメン俳優が見えたような気がした。
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