四百七十七話 <闇水雹累波>
俺は左手にもった月狼環ノ槍の柄を地面に立て――。
<鎖>でカルードの下半身にモザイクを作ろう。
と、ふざけたことを考えた直後――。
大地が震動を起こすように揺れる。
古びた教会の一部が崩落し天辺の十字架が傾いた。
地面に幾筋もの亀裂が走る。
亀裂は少し拡がった。
なんだありゃ、拡がった内部は紅蓮色に輝く地獄のようなモノだ。
狭間が薄まっているのか、セラと魔界を繋ぐ直通ルートを意味するものなのか。
無数の骨の手たちが突出していった。
骨の手はピラニアのように槍使いの肉塊だったモノを喰らっていく。
そんな激しい骨の手たちは周囲の血も吸い取った。
だが、急に方向を変える骨の手たち。
そのまま亀裂の中へと列をなして時間が巻き戻るように戻っていく。
地面にはまだ血飛沫が残っているが……。
カルードの血かな。
「ん、シュウヤ――」
顔色を変えたエヴァが黒トンファーの先端を伸ばす。
トンファーの先端が差すのはカルードの投げ捨てた槍使いの頭部だ。
浮いている頭部というか……。
デスマスクでも作るように血の滴る頭部に骨の手が覆っていた。
関節が外れた骨の指たち。
生首の部分を喰らう蟲のように蠢く。
キモい。
「レジー、生きているの?」
ユイが魔刀の神鬼・霊風を構え喋りながら前に出る。
カルードと戦っていた槍使いの名はレジーか。
ユイは、黒色の瞳の双眸が変化した。
雪が降るような小さい斑模様を虹彩に作りながら白銀色へと眼球を染めていく。
彼女特有の能力が一つ<ベイカラの瞳>だ。
さっき発動していたがまた発動させたようだ。
白色と銀を帯びた白銀色に変化した靄は、両手握りの神鬼・霊風と繋がった。
蒼炎を身に纏うレベッカもその能力を発動させたユイの隣に立ちながら、
「死んでるはず。でも、折れた魔槍も――」
と、指摘しながら両手に蒼炎の塊を宿す。
蒼炎を纏うレベッカも戦闘態勢だ。
ムントミーの衣服が綺麗だ。
そんなことより、そのレベッカが指摘しているように魔槍は浮いている。
槍使いの血肉が付着した折れた魔槍は……。
ゆらりゆらりと不自然に蠢いている。
その折れた魔槍から魔力を内包している血肉が垂れていた。
しかし、折れた魔槍にこびり付いている血肉に対して、骨の手たちは触ろうとしなかった。
あの血肉はカルードの血、光魔ルシヴァルの血が混じっているからだろう。
すると、地面の亀裂から魔法陣が形成。
魔力が膨れ上がる。
「閣下、沈めますか?」
「おう」
そう許可した瞬間――。
俺の頭上に居た常闇の水精霊ヘルメは両腕を先に伸ばし両手を組む。
彼女の指先から伸びた<珠瑠の紐>が螺旋状に絡まり伸びていた。
「――<闇水雹累波>」
ヘルメは俺の知らないスキルを躊躇なく発した。
彼女の両手に組んだ先の<珠瑠の紐>を起点に閃光が生まれ出る。
<珠瑠の紐>を生かした能力か?
閃光は暗黒の闇と綺麗な水色の波となった。
同時に太陽光が暗黒の水面を覗く常闇の水精霊ヘルメを煌めかせる。
上空へと昇る軌道を描く波――。
太陽の光を受けた波は星々のような明かりを内部に生み出す。
同時にそう反する闇属性が、その水属性の中へと溶けるように波の色を歪めた。
岩群青色と黝色のグラデーションを生み出した波。
虹の色も加味した波となってうねり横に拡がった。
空を仰ぐような波頭を一つ、二つ、三つと誕生させながら閃かせる。
すると、波頭にデボンチッチのような人型が誕生した。
ヴェニューと似た小精霊たちだ。
その波頭を伴った極彩色のコントラストさが際立つ闇と水の大波は指向性を持ち下降する。
ヘルメの<闇水雹累波>は地面の亀裂と魔法陣から、その上に浮かぶ骨が絡みデスマスク状の頭部と二つに折れた魔槍を、一気に飲み込む勢いで襲いかかった。
衝突した直後――。
凄まじい衝撃音を轟かせた。
亀裂の表面に浮かんでいた禍々しい魔法陣は消失。
地面から悲鳴の声が轟く。
――王級規模と推測する水魔法か。
「凄い、精霊様!」
「皇級規模!?」
「ん、もっと上かも」
「はい……神級がどんなモノか分からないですが、凄まじい。地面の亀裂もまた……」
エヴァの言葉に頷いた冷静なフー。
彼女は地面の亀裂を指摘した。
そのフーは土礫の柱を<血魔力>で囲ったモノを血獣隊の周囲に誕生させている。
亀裂から伸びている魔法を浴びた弱々しい骨の手は、酸のダメージでも受けているように蒸発したような音を立てながら魔力の粒を宙に散らしていた。
ヘルメはおっぱいを震わせるように片腕を上げると、
「ヴェニューちゃん、今です!」
何かを仕掛けた。
魔法陣を打ち消した大波こと<闇水雹累波>も消え掛かっているが。
その消えかかっている波の上に小さい箱船に乗ったヴェニューが現れた。
どんぶらこ、といったように波の上を移動していく小さい箱船。
そのヘルメの<闇水雹累波>の魔法の波が消えると、妖精ヴェニューが乗っていた箱船も消えた。
ヴェニューは飛翔しながら宙に漂っていた折れた魔槍を掴むと、瞬時に液体と化す。
液体となったヴェニューはヘルメが放っている液体の色とは微妙に違う。
ヴェニュー色の液体が包む折れた魔槍は螺旋しながらヘルメの下へ向った。
ヘルメは片手を眼前に掲げた。
スパイラル機動で戻る折れた魔槍を迎えるらしい。
その掲げた片手の中にヴェニューの液体が吸い込まれた、その瞬間――。
シャキーンとした効果音が鳴るようにヘルメの両手に魔槍が出現した。
折れた魔槍はヘルメの手に突き刺さるように戻っていたが、ヘルメはしっかりと握っていた。
片方の手が握る穂先は平三角直槍。
凄いな。折れているとはいえ魔槍を取り込んだらしい。
すると腰にぶら下げている魔軍夜行ノ槍業が震える。
魔造書と呼ぶべき書物、奥義書。
その魔軍夜行ノ槍業の赤い宝石といった装訂の具は外れなかったが、
『……シュウヤ、あの魔槍を』
『魔槍の使い手はお主だ』
と八怪卿の方々の一部が俺に思念を寄越してくる。
ホワインさんとの戦い途中では黙っていた八怪卿の方々だったが――。
とりあえず八怪卿の方々は無視。
目の前のダメージを受けている亀裂を凝視した。
魔法陣は消えたが、まだ魔力を秘めている……。
あの亀裂の下は……。
魔界か、冥界か、不明だが……。
亀裂の奥からマグマというか煉獄を感じさせる光を放っていた。
独特なプレッシャーを感じる。
……魔界の神か?
しかし、まっ昼間だし、ここは教会の跡地だというのに……。
狭間が薄まっているのか?
すると、その弱々しい骨の手が勢いよく、その亀裂の内部に戻っていく。
「ぐぁぉぉァぁァァ――」
凄まじい痛みを浴びたような叫び声が響く。
一瞬、魔界の神と思われる幻影の頭部が見えた。
こぇ、怒っていたような感じだ……。
「ぐぅぁ、契約と違うぞ……アドリアンヌよ。すべての血肉は我のモノとなるはずではなかったのかァァ――」
そんな言葉と共に、魔力を伴う巨大な岩が出現した。
物質化とは驚きだ。
血肉の触媒は成功していたのか。
その代わり地面の亀裂は消失していた。
地面があった場所は萎むというか、えぐられたように陥没している……。
宙に浮かぶ巨大な岩が周囲の栄養素を取り込んだ?
そして、陰影的に歪な頭部か?
目のような位置の岩が、岩の粒を零し散らしながら、ぎょろりと動く。
同時にミシミシと音を立てながら口を模る巨大な岩……。
やはり、頭部か。
巨大な岩の口が動く。
「……うぬらか。我の楔を屠ったモノ共……」
岩の頭部が喋った。
あのたらこ唇というか、フランクフルトのような唇は……。
『ぶるるぅ』としたシュミハザーの唇を思い出した。
「……マイロード。レジーは手足が普通ではなかったです。ですから、この岩は」
「レジーの力の源だと思う。今の巨大な岩頭が喋ったアドリアンヌとの言葉があったように、この岩に宿る本人の一部か、魔界のだれかと契約していたようね」
カルードとユイが教えてくれた。
魔法、<鎖>の先制攻撃を視野に入れながら、
「なるほど」
と、応えて仲間たちに視線で『前に出るな』と、合図。
「ンン、にゃ」
「はい、閣下」
眷属を含めてロロディーヌにも後退させながら、俺は右手に魔槍杖を召喚させて構える。
「精霊様の魔法攻撃でダメージは受けたようだけど……」
「ん、巨岩の頭部は元気そう」
エヴァの言葉の後、巨大な岩の頭部が、
「応えぬとは、無礼者めが……うぬらの魂を貰うとしよ――」
攻撃を受ける前に、憎たらしい物言いに俺が反射していた。
そう俺は<鎖>を繰り出していた。
巨大な岩の唇に<鎖>が突き刺さっている。
「もう喋らせねぇよ。魔界だか、何だか知らねぇが、眷属に手を出す奴はぶち殺す――」
続いて右手からも<鎖>を射出し――。
揺れて、教会の天辺から落ちてきた十字架を利用。
<鎖>で十字架を掴むように絡ませる。
その際、俺の胸元の<光の授印>が光ったような気がしたが――。
気にせず<鎖>を絡ませた十字架を巨台な頭部に差し向ける――。
光を帯びた十字架が、側頭部に突き刺さった。
「ウガァァ――」
巨大な岩の頭だが内部に痛覚があるようだ。
最初に唇をぶち抜いた<鎖>を引き抜く。
その引き抜いた<鎖>を操作――。
宙に弧を描く<鎖>は巨大な岩頭部の側面部に向かう。
俺の狙いは十字架が刺さっている反対だ。
狙い通り――その側面分に<鎖>の先端が突き刺さる。
巨大な岩の頭部は<鎖>と十字架に挟まれた。
内部が圧迫でも受けたのか、
「――ゲアァ」
と、巨大な岩の頭部が、また叫ぶ。
構わず、その頭に突き刺さっている<鎖>を上向くように操作した。
振り子時計の振り子のような動作で巨大な岩の頭部を持ち上げる。
そのまま巨台な岩頭部を上空へと運んだ――。
そして、
「――皆、すぐに帰れるように纏まっておけ。空に運んでいる頭部は異質な魔力量を内包していた。だから、この象神都市の権力機構にも知れただろう。そして、さっき会ったばかりの魔術総武会の魔女たちが戻ってくるかもしれない」
と、皆に警告。
カルードを含めて、<筆頭従者長>の彼女たちには一々俺からの指示は要らないが。
まぁ、一応はな。
最悪、暴れても帝国側に恩はない。
美人さんの魔女さんは知り合いかもしれないから、争いは避けたいが……。
「「はい」」
「了解しました」
「ん、分かった」
「うん、さっきの蛇のような怪物たちを纏った魔女は怖かった」
エヴァとレベッカはそれぞれ頷く。
ユイとカルードは互いに顔を見合わせてから、暗号めいた言葉を呟いていた。
「帝国の騎士団も来るのか!」
「ビア、さすがに騎士団は来ないわよ」
「そうだ。興奮を抑えろ。まずはミグッシュの列!」
ママニがフーの言葉に同意してから血獣隊の面々に早速指示を出す。
その血獣隊の動きを見ていたカルード。
目を細めて頷いている。
彼女たちの成長を一瞬で感じたらしい。
彼も先生として嬉しい思いを得ているのか?
と、推察した。
「シュアァァ、了解した」
ビアがセボー・ガルドリの魔盾を上げながら了承する。
大柄の元蛇人族としての身長を生かすように彼女の背後に移動していく血獣隊の面々を確認してからロロディーヌを見て、
「ロロ、アラハを頼む」
「にゃ~」
黒豹の相棒は紅色の瞳を散大させて『まかせろにゃ~』といったように鳴く。
神獣のような姿ではない、黒豹の姿だ。
しかし、凜々しさとふさふさな胸毛を見ると黒獅子に見えた。
やはりロロディーヌは立派な黒女王だな。
「きゃ――」
今の可愛い声を発したように黒豹は胸元から伸ばした触手でアラハを包む。
すぐに人形を抱き寄せるように背中の上に乗せてあげていた。
サザーが羨ましげに、ロロディーヌと姉のアラハを見ている様子がおかしかったが――。
俺はそれを見てから上空に跳躍していた――。
すぐに<導想魔手>を足場に展開する。
その歪な魔力の手を蹴って高く飛翔した。
<鎖>と十字架が突き刺さった岩頭部を追う――。
上昇しながら<鎖の因子>マークへ<鎖>を引き戻す――。
手首に収斂していく<鎖>をリアルタイムに眺めながら飛翔を続けた。
俺は左右の槍を交換。
魔槍杖バルドークと月狼環ノ槍を持ち替えた。
二槍流だが金斗雲に乗った孫悟空を意識――。
<導想魔手>を利用しながら飛翔する速度を強めた。
上空の位置で<鎖>から逃れようとしている岩頭部を視界に捉える。
梵字に光っている<鎖>に貫かれている状態だからか、消耗したのか、少し岩の幅は小さくなっていた。
しかし、魔力はまだ健在だ。
何かの斥力を得ているように落下をしていない。
「ウゴァァァ、放せぇぇ」
声も元気だ。
その岩の頭部を狙う――。
巨岩のおでこの位置に足裏で踏み突けて着地――。
「――別の岩の口を作ったのか?」
と、喋りかけるが、
「グァァ」
足裏の着地が痛かったらしい。
さらに痛みを味わうと思うが眷属の魂を欲したような動きをした巨大な岩だ。
始末する思いで、頭部の内部に侵入している<鎖>の先端を、より、めり込ませるイメージで操作していく。
空を飛翔する速度が上がった岩の頭部。
まだ元気か。
俺は加速するGを身に感じながら<鎖>を支えに岩の頭部の天辺を歩いた。
左手の魔槍杖バルドークで、まだ岩頭を斬らない。
頭部の内部深くへと<鎖>を浸透させていく。
巨大な岩の頭部が壊れても別に構わない。
しかし、今、俺の様子を端から見たら……。
この岩頭部を操る怪人に見えるかもしれない……。
「アァァァアァ」
と、口の岩を自ら崩壊を促すように叫ぶ。
壊す前に、この岩の名前と目的だけでも聞いておくか。
両手から伸びている<鎖>先端を止めてやった。
すると、飛翔を止める岩の頭部。
「で、お前の名を聞こうか?」
「……」
巨大な岩の頭部はエルザの左腕のようにチンモクする。
「そうか。ま、名乗るつもりがないなら……あの巨大な鯨に突入してもらうかな?」
巨大な鯨と争う竜さんも居る。
空で行うボーリング競技を楽しむのも良いだろう。
と、思ったところで、
「我、我の名はメイドーガ……」
明日も更新予定です。
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