表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
槍使いと、黒猫。  作者: 健康


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

475/2112

四百七十四話 勿忘草色の空

 斜塔を軽やかに登るホワインさん。当たるか自信はないが追撃の<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を連続で放つ――。


 ホワインさんは急激に速度を上げた。

 スティレットヒールの足裏に粘着剤が付着しているように斜塔の壁を器用に駆け上がる。

 壁の端から空へ跳び宙に躍り出ると体を翻し、魔弓に魔矢を番える。

 ホワインさんは斜塔を登っていた段階で闇杭の攻撃に気付いていた。

 ホワインさんは魔矢を放つ。

 再びヴィーネのような所作でスムーズに魔矢を番え連続で射出していった。

 ――正確にすべての闇杭を射貫く。弓の技術も高い。

 しかし、ホワインさんは落下中、耳からも血がしとど溢れている。

 すると、右手に持っていた魔矢ではなく。

 スティレットヒールの横に浮かぶ矢のマーク付近から勿忘草色の魔矢を放っていた。

 その魔矢が向かう先は俺の方角ではない。

 ホワインさんの狙いはすぐに予想が付く。鎖と同じ要領で斜塔に戻るんだろう。


 勿忘草色の魔矢は斜塔の壁に突き刺さる。

 その斜塔に突き刺さった魔矢と繋がっている魔線を足に収斂するホワインさん。予想通りだ。斜塔に刺さっていた魔矢へと引っ張られるように斜塔へと戻り、片足の裏が壁に激突していた。

 壁に間抜けな格好の人型マークを作るという流れではない。そのまま足下に存在しない橋があるかの如く、あっさりと誘導機動で斜塔の壁の上に着地していた。

 ホワインさんの足から発せられていた魔矢は<導想魔手>のようなスキルだろうか。

 スティレットヒールが<仙魔術>の技術系統を内包しているとか、あるいは両方か。


 形状も長剣に変化できるようだしな。

 そのホワインさんは鉄棒を色白な足を魅せるように蹴って――斜塔を速やかに登っていく。


 更にホワインさんは魅せた。


 斜め上へと突き出ている遠く離れた鉄棒目掛けて走り幅跳びを行うように高く跳躍する――。


 短いスカートが捲れていた。

 鉄棒に届くか届かないかぐらいの位置から魔弓を迅速に振り上げている。

 何とか、その魔弓の上部の弦を鉄棒に引っ掛けることに成功していた。

 ホワインさんはその引っ掛けた魔弓の弦と鉄棒を使って、体をくるくると回転させる。

 逆手背面車輪から大逆手エンドーのような鉄棒技を繰り出した。


 その回転力と身体能力を生かすように一気に高く飛翔する――。

 風になったように空を舞うホワインさん。

 斜め上の突き出た狭い壁に向かう――。

 見事に、その壁の上に片膝を突けて着地すると素早く立ち上がり走り出し射手状態に移行。


 そのまま魔矢を前方斜め上に射出した――。

 塔の壁に突き刺さった魔矢。


 その魔矢へ向けてホワインさんは再び跳躍する。

 彼女が跳んだ直後――。


 壁に刺さっていた魔矢が黄緑色の剣となった。

 彼女はその黄緑色の剣腹を踏みつけ、蹴って、また跳躍する。


 斜塔の壁に足場としての階段を幾つも作った。

 さっさっさっと軽やかに飛び跳ねるような機動で斜塔の周囲をぐるっと回るように駆け上がっていく。


 右手の魔矢はすべて使い切ったらしい。

 途中で無手になっていた。

 しかし、凄い機動だ。

 パルクールの演者というかオリンピックに出場するような体操選手の機動を超える能力だな。


 ……そう思いながら神槍ガンジスを消去。

 血魔剣も振るってから仕舞う。

 続いて、月狼環ノ槍に向け<鎖>を伸ばす――。

 焦げ茶色の柄に<鎖>を絡ませてから迅速に月狼環ノ槍を手元に引き寄せた。


 月狼環ノ槍を左手で掴む――。

 穂先の金属環たちが震えている。


 勢い余っての偃月刀の穂先が俺の頭部に突き刺さったりは、しない。

 サラテンのツッコミを待ったがナッシング。


 穂先に血は付着していないが……。

 月狼環ノ槍を横に揮ってから――。

 ホワインさんを改めて見た。

 彼女はまだ斜塔を登っている。

 ところどころにあるアーチ状の門のような出入り口はここからでも見えている。


 しかし、ホワインさんは斜塔の内部に入らない。

 天辺を目指しているようだ。逃げているのなら塔の内部の方が隠れやすいと思うが……もしかして俺を誘導している?

 それにしては逃げる速度が速いが、どちらにせよ追い掛ける――。

 そう考えながら<導想魔手>から飛ぶように跳躍――。

 跳びながら再び足下に<導想魔手>を展開。その<導想魔手>を蹴ってはまた高く跳ぶ――。

 跳んだ先で<導想魔手>を足下に展開――ホップ・ステップ・ジャンプ。

 といったように天を駆け上る機動の三段跳びを行う。

 ホワインさんの後ろ姿を追い掛けていく。

 斜塔の天辺付近に足をかけていたホワインさん。

 宙空に展開した<導想魔手>を蹴り、斜塔ごとホワインさんを飛び越えるイメージで高く跳躍した。

 そのままホワインさんに向けて下降して、空から近付いていく。

 下降しながら足場にしていた<導想魔手>を左手に寄せて手相でも見るようにパーとした。

 その広げた、<導想魔手>の歪な魔力の手で月狼環ノ槍を握る。


 これは一の布石だ。


 そして、端から見たら……。

 歪な魔力の手が持つ月狼環ノ槍が不自然に浮きながら俺に付いてくるように見えているだろう。

 

 ――視界にホワインさんの帽子が近付いてくる。

 そのホワインさんの頭部を狙う。

 背筋と大腰筋を意識して魔槍杖バルドークを振り上げ大上段に構えた。 

 反った力と重力を加算した勢いを魔槍杖バルドークに込めるように一気に魔槍杖を振り下ろす。

 <豪閃>の発動だ。


 ホワインさんは俺の方を振り向き、


「――やはり来たわね!」


 待っていた! とでもいうように叫ぶホワインさん。

 彼女は魔力を纏わせた魔弓を掲げる――。

 俺の振り下ろした<豪閃>紅斧刃とホワインさんが頭上に上げた魔弓が衝突した――。

 

 手応えは分厚い大岩を叩いたような固い感触だ。

 魔槍杖バルドークの振り下ろし攻撃を防いできた。


 炎を纏った衝撃波が彼女の足下の壁を吹きさらす。

 俺はそのまま着地。

 つばぜり合いに移行した。


 紅斧刃を押さえている魔弓越しにホワインさんは


「重いし熱い……これが噂に聞く紅色の斧刃……」 


 ある程度は予想をしていたと思うが、予想以上に重かったらしい。

 紅斧刃を畏怖しながら語っていた。

 紅斧刃と魔弓が触れている部位から火花が散っている。


 その火花の影響を受けた衣服が少し燃えていた。

 しかし、魔槍杖バルドークの<豪閃>なら魔弓を溶断できると思ったが――甘かった。


 彼女自身が纏っている勿忘草色の魔力は薄まり魔弓のリム部位も削れてはいるが……。

 渾身の力を込めた<豪閃>を防いだことに変わりはない

 先ほどの耳飾りといいハイヒールの靴といい……

 この魔弓も……特別か。

 魔毒の女神ミセアからヴィーネが貰った翡翠の蛇弓(バジュラ)のようなアイテムなのか?

 

 と、思いながら魔槍杖バルドークに力を入れた。

 つばぜり合い状態のホワインさんに向けて、


「――この固い魔弓は神話(ミソロジー)級か?」


 と、質問していた。

 その時、魔槍杖バルドークが反応を示した。

 紅斧刃に浮かぶ髑髏模様たちが煌めきながら出現し微かな音を立てた。


 先ほどとは違う。

 ホワインさんの武を褒めるようなニュアンスだった。


 メファーラ系かザガ&ボンの魔力たちが反応しているか不明だが……珍しい。

 と思いながらも魔槍杖バルドークに力を込めていく。

 彼女は魔弓を持つ手を震わせながら……。

 俺の力に抵抗しようと無理して苦しみの表情を浮かべているホワインさんは、


「……いえ、伝説(レジェンド)級よ。でも、わたしは自身の魔力を、このストロベリーに纏わせているからね――」


 そう語った直後――。

 ストロベリーという名の魔弓を回転させるホワインさん――。

 魔槍杖バルドークを取り込むように近々距離戦を挑んできた。


 なんて機転だ――ここは斜塔の天辺。

 狭い足場となった場所をホワインさんは生かすつもりのようだ。 

 魔槍杖を彼女に取られる前に、その魔槍杖バルドークを右手から消去。


 あえて誘いに乗るように近々距離戦を挑むと見せかけた形だ。


「え?」


 驚くホワインさん。

 俺は無手となったところで布石を実行した――。

 <導想魔手>に握らせていた月狼環ノ槍で<刺突>を繰り出す。


 偃月刀や九環刀と似た月狼環ノ槍の穂先をホワインさんの頭上へ向かわせる。

『天誅』といった勢いを持った<刺突>だ――。

 片目をめまぐるしく動かすホワインさんは即応した。

 足下の隙間にスティレットヒールの底を当て――。

 器用にも斜塔の外へと飛び出すように斜めの体勢を維持しながら――ぐわらりと急回転を行う――。

 ホワインさんは頭上から迫った月狼環ノ槍を蝶にでもなったような機動で避けた。

 一瞬、彼女が眷属でもある光魔ノ蝶徒ジョディのように見えた。


 月狼環ノ槍は天辺の床の石壁を貫く。そのまま振動を石床に引き起こした。

 端の一部の壁が崩れていく。突き刺さっていた月狼環ノ槍は石壁が崩れて、壁の一部と一緒に落下していった。

 後で回収すればいい――と思ったが無くしちゃ古代狼族たちとアルデルにヒヨリミ様に申し訳ない。

 即座に<鎖>を下に伸ばした。

 月狼環ノ槍の月の形をした柄頭に<鎖>を何重にも絡ませる。


 一方で、目の前のホワインさんは、足場が急に減った状態だ。

 体勢を崩している。このチャンスを生かす――。

 <魔闘術の心得>と、キサラから習い途中の<魔手太陰肺経>の技術を意識する。

 体幹、丹田を起点に魔力を内と外の全身へと巡らせながら――左足の踏み込みから狭い足場を前進した――。


 ――ホワインさんとの間合いを瞬時に零とした。


 近々距離戦となった俺とホワインさんの胸へ右肘の打撃を仕掛ける。

 ホワインさんは冷静に片目を動かし、最小の腕の動きと連動した魔弓を回転させた。

 俺の肘打撃を魔弓の回転技で防ぐと俺の勢いを利用する形で体勢を持ち直してきた。


 そして、


「<絶星・理力相>――」


 スキルを発動した。どういうわけか、片目を瞑る。

 両目とも瞑っていた。


「――理力、理力、狙うは一時、されど時に非ず、わたしに組手は悪手よ、槍使い――」


 両目が塞がった状態のホワインさんは、先ほどと同じ言葉を喋った。

 さらに……最初からこの状況を狙っていたように笑みを浮かべていた。

 ……そうだとしたら、その周到さに戦慄を覚える。


 もう魔力はかなり消費しているはずだがホワインさんは戦い慣れている。


「その恐怖を抱かせる面頬防具を裂いてあげる――」


 盲目状態だからこその弓組手でもあるのか?

 ホワインさんは、煌びやかな魔弓を傾けた。


 肩で息をした状態だが、迅速な動きだ。

 宣言通り、魔弓の弦で俺の頭部ごと切ろうとする――。

 この魔弓を両手に持った技術は、槍組手に通じるところがある。


 互いに一手二手と打撃戦が続く。

 両目を瞑ったホワインさんは俺の位置を完全に把握している。


 魔弓と打撃をスムーズに巧みに使い分けた格闘術を繰り出してきた。

 俺は素手と体躯で対応していく。

 <鎖>で拳を覆うこともできたがしない。

 だが、腕で打撃と防御を行う時にちらつく……。


 この紅玉環に棲む武装魔霊アドゥムブラリは使うかもしれない――。

 ホワインさんの右手の拳を往なす。

 やはり、右手の武器だった魔矢はもう無くなったらしい。


 それとも、わざと俺に合わせているのか。


 彼女の武器は魔弓とスティレットヒールだけだ。

 しかし、ホワインさんの扱う魔弓の両端には、剣が備わっている――。

 その刃を避けつつの、気をつけながらの槍組手だ。


 魔弓の突きと膝の打撃を払いながら右手に回る。


 その時、タンザの槍を持った師匠の姿をホワインさんに重ねた。

 無手を想定し、槍組手の激しい訓練を行った頃を思い出す――。


 あの頃は満足に師匠の槍を掴めなかった――。

 だが今は違う――右手で魔弓のリムを掴む。


「――強い……」


 息が荒いホワインさん。


「貴女も強いぞ! ラ・ケラーダ!」


 尊敬の意思を込めて、その魔弓を握った右腕の肘で、彼女の脇に打撃を喰らわせる。


「ぐッ――」


 くぐもった声を発したホワインさん。

 まだだ――。

 俺の槍組手はここから始まる――。

 掴んだ魔弓ごと彼女の左腕を上向きに、腋を見せるように持ち上げ捻る。


 同時に左足のアーゼンのブーツで、彼女のくるぶし辺りを右方向に押し出した――。


 柔道でいう送り足払いだ。

 彼女は咄嗟に左手で魔弓を回転させて、持ち直そうと、反対の足で着地。


 一歩、二歩と後退する――。

 彼女の鉄壁に近い格闘術の接地を僅かに崩すことに成功。


 その瞬間を狙った。

 まずは、ホワインさんが愛用している魔弓からだ。


 俺は強引に左手で魔弓の弦を掴んだ。

 痛ッ――激しい痛みが左腕に走る――。

 掌が、魔力を伴う弦によって切れた。


 左腕が七分袖のハルホンクの位置まで切断されたが構わない――。


(わらわ)は斬られ――』


 サラテンの声が響くが。

 そのまま強引に裂けた左手ごと彼女の顎先を狙う。


「ぎゃ――」

『うぎゃ』


 裂けた左手に挟まる魔弓ストロベリーごと打撃を受けたホワインさんは、よろける。

 魔弓は弦ごと、再生していく左腕を切り裂きながら外に出た。 


『妾にも衝撃がきた!』


 しらんがな!

 と、サラテンにツッコミの思念は送らない。

 その瞬間――。

 体勢を完全に崩したホワインさんは、今の今まで瞑っていた反対の目を開く。


 ここでか!

 その目は光の渦が集積していた――。

 血も流れている。


「――く、<天無光>」


 ホワインさんは、切り札らしいスキルを叫んだ。

 血を流した魔眼から――眩しい光が生まれ出る。


 一瞬、世界が反転。

 歪なデボンチッチ群が見えた。


 目眩ましか――。

 ルシヴァルの回復速度を上回る魔眼効果を受けて真っ暗闇となった。

 ――俺の視界を奪ったと判断したホワインさんは打撃を繰り出してくる。


 もう彼女には魔弓はないはずだ。

 魔弓に向けて魔線を飛ばす余裕もないはずだ。


 そう思考している間に、顎と胸に打撃を喰らった。


 だが、俺の顎はガスマスク系の<霊血装・ルシヴァル>で守られている。

 戞と音が響いた。


 刃物らしき物が折れた音が響く。

 微かな衝撃も感じた。


「帽隠針が……」


 ホワインさんは続けて拳でも突き出したのか、


「痛ッ――」


 と、逆に痛みを味わったホワインさん。

 続けて胸元のハルホンクに向けてパンチの打撃を喰らわせてきた。


 衝撃の痛みはあるが、彼女の体重は軽い――。

 先ほどのような、不可思議な力強さもない。この打撃こそ致命的だ――。

 そして、この暗闇だからこそ感覚が研ぎ澄まされる。

 邪霊槍イグルード戦の経験を活かす。

 ホワインさんの打撃軌道を即座に読んだ。

 同時にここで<脳脊魔速(切り札)>を発動した――。

 そのホワインさんが繰り出した腕を、再生していた血塗れた左手で掴んだ。

 月狼環ノ槍が絡む<鎖>がじゃらりと音を立てた。


 構わずカウンター気味にホワインさんの胸に、師匠ゆずりの、風槍流の槍組手『右背攻』をぶち当てる――そのタイミングで視力が回復した。

 ホワインさんは血を吐いてゆったりと吹き飛び途中――。

 勿忘草色の髪が舞う。俺は<脳脊魔速(切り札)>中だからな……。

 突然の加速に、対応は不可能だろう。

 といっても、ホワインさんに意識があるか不明だが……


 彼女がかぶっていた帽子は反対方向に飛んでいる。

 その帽子から刃が飛び出ていた。

 仕込み刃があったようだ。


 ホワインさんの片目が開く。

 気付いたようだ。


 俺は太極拳の虚領頂勁(きょりょうちょうけい)から站椿功(たんとんこう)を意識。

 続いて『勇気、度胸、肝っ玉』を心に決める。


 魔力と心と水神様に感謝の念を込めた拳を用いよう。


 ホワインさんの、突きの所作を参考に――。

 肘と脇をコンパクトさを維持。

 そして、呼吸を整えながら両の掌で光魔の陰陽を模るように魔手太陰肺経と魔闘術と仙魔術を意識した。


 そのまま軸をぶらさず――流れる雲の如く、前進――狭い足場を蹴って跳ぶ――。


 吹き飛び途中のホワインさん目掛け……。 

 体幹の流動した力を腕に伝える。

 そして、流星をイメージしながら迅速に拳を前方へと突き出した。


 右腕から電気か水の茨めいた紫電が幾筋も走る――

 俺の紫電を纏う拳が彼女の衣服に触れる瞬間、彼女の上服を破った。


 その刹那、魔矢を持っていた腕ごと、肩を吹き飛ばす――。


 ※ピコーン※蓬茨・一式※スキル獲得


 ――おお、格闘系のスキルを得られた。

 片腕を失った彼女は血をまき散らしながら錐揉み降下。


 あのまま落下したら死ぬな。

 自分でやっておいて、なんだが……命を奪うは惜しい。


 彼女の武は尊敬に値する。

 そして、下の門下生を見ているだけに状況だ。


 宙の位置から<導想魔手>を蹴って跳躍――。

 彼女の吹き飛んだ腕を掴む。

 そして、<導想魔手>を足場にして、落下中のホワインさんの下へと降下した。


 血塗れの彼女の体を抱く。


『器よ。驚かせるな! 出入り口ごと自らの左手を裂くとは、妾は死ぬかと思った……』

『悪かったな』

『ふむ……しかし、あの魔弓を引き離す手段としては、いい作戦であった』


 そのまま螺旋を描くように回転しながら<導想魔手>を足場にして跳ぶ。

 宙空で視界が移り変わる中、ぶち抜いた腕が再生するか不明だが……。

 上半身の肩にその片腕を付けながら上級:水属性の水癒(ウォーター・キュア)を唱えた。


 そこで、<脳脊魔速(切り札)>が終わる。

 同時に斜塔の表面に向けて<鎖>を射出――。


 <鎖>の先端を斜塔の表面に突き刺し固定――。

 <鎖の因子>マークへと、その<鎖>を収斂していく。


 そして、ラペリングの要領で斜塔を下りながら……。

 アイテムボックスから回復ポーションを出した。


 彼女の再生途中だった腕と肩に向けて振りかけていく。


 ……筋と骨は幾つかくっついたが……。

 こりゃ、元通りになるのは不可能か。


「――ぐぇ」


 血を吐いて気を取り戻すホワインさん。


「よぅ、起きたか、まだ闘うか?」


 と、彼女を抱きながら語りかけた。

 すぐに頭を振るホワインさん。


「……いえ、負けたわ。でも命を取らないなんて……」


 アイテムボックスから長布を取り、


「闇ギルドらしくないか? まぁ、そうだな。下の門下生の顔を立てたでも思うがいい」

「……素直に武威に服するけど……それでは甘いわよ。【天凜の月】の盟主……」

「分かってるよ。下に降りるぞ。まだ痛むと思うが我慢しろ――」

「きゃっ」


 と、彼女を左肩に乗せて、斜塔を駆けるように降りていく。

 反対の腕から伸びている<鎖>が絡む月狼環ノ槍を右手で掴み直しながら地面に向けて跳躍――。


 着地した。

 そして、路地の一角にホワインさんを下ろした。

 彼女は痛そうに魔弓を持ちながらも、不自由な腕を押さえていた。

 その上半身を晒している彼女に布をかけて上げた。


「槍使い……」

「何だ?」

「わたしと戦ってくれてありがとう」


 礼か。自然と笑みを意識した。

 どこか花の香が漂った気がした。


 そこに、


「お師匠様――」

「吸血鬼め、お師匠様を殺したな!」


 と、ホワインさんたちの弟子たちが集まってきた。

 弟子たちは、俺の口防具を見て、怖がっていく。


「あぁ、ジュヒ! 皆、下がりなさい! わたしは生きています。 大丈夫です」


 ホワインは叫び、立ち上がろうとするが魔力を使い切っている。

 上手く立ち上がれず、背を壁に預けてずりずりと両足を踏ん張りながら立とうとしていた。


「「あぁぁ! 生きていた!」

「「お師匠様――」」

「うう、でも、傷だらけ……良くもお師匠様を!」

「槍使い……お師匠様に傷をつけた……許せない」


 弟子たちは納得がいかないようだ。慕っている師匠の姿を見れば、わだかまる思いが抑えられないはずだ。

 アキレス師匠だったら俺は発狂している。武張った骨格を持つ弓使いの弟子もいるしな……。

 その爺さんは黙って、怒りの顔色を現している子供を押さえているが……。

 挑みたくなるのは当然だ。


「……手出し無用! 今のわたしと槍使いを見なさい……」

「しかし……お師匠様……腕が……」

「耳も……」

「黙りなさい! この状況の寓意が理解できないのならば……破門にしますよ」


 ホワインのキツイ言葉を聞いた弟子たちは、両目から涙があふれ出る。


「うぅ……」

「手を出してはいけません……それに、わたしは掉尾を飾れた。一人の武人として満足です」

「はい……」


 ホワインさんの言葉から寂寞とした思いを感じた。

 そして、弟子たちを見る片方の目は慈愛に満ちている。

 もう片方の目は瞑っているというか、血が流れていた。


 俺から受けた傷ではない。

 何か、リスクのある技だったのか?


 持っていた月狼環ノ槍が、少し震えて微かな金属音を鳴らした。

 すると、金属環の一つが自動的に外れた。

 その金属の環は少しだけ狼の姿を模ると瞬時にホワインさんの血が流れて瞑っていた片目に向かう。


 狼の金属環はホワインさんの瞼の上から目の中に沈み込んでいく。

 刹那、銀色の閃光が発生――。

 月狼環ノ槍が震えると、さらに、穂先の金属環たちから幻狼たちが現れた。

 ホワインさんの周囲に幻狼たち集まると、彼らは瞼を閉じて開くを繰り返す。

 大人から子供まで、幻狼たちのグループか?

 子供の幻狼は尻尾をフリフリして、ホワインさんの弟子たちに遊び掛かっていく。


 そして、一つ、二つ、三つと遠吠えが始まった。

 いや、それは遠吠えではない。歌だ。


 不可解な金属音も混ざった幻狼たちの歌だった。

 歌と共に暖かい風がホワインさんを包むと、ホワインさんの目から流れていた血が止まる。

 その直後、瞼から眉毛と頬に掛けて月と狼のマークが刻まれた。


 ※月狼ノ刻印者※恒久スキル獲得※


 スキルを獲得した。

 刻印者か。

 魔印的な祝福? 


 詳細はすぐに分かるタイプではない。


 狼たちは消えていく。

 ホワインさんの耳は再生していないが、幻狼たちが目の治療を施したのだろうか……。


「こ、これは……」

「お師匠様、天無光の傷が消えている?」

「す、凄い……どういうことでしょうか……」


 刻印が刻まれている片目を触るホワインさんは俺を見る。


「さぁな?」


 と、月狼環ノ槍を見ながら答えた。


「槍使いの持っている神槍の力でしょうか……なら、槍使いはお師匠様を助けた?」


 頭の良さそうな弟子の一人が語る。


「「え?」」


 弟子たちは驚愕して、俺と月狼環ノ槍を見る。

 というか、俺も驚いたんだが……。


 本当に治療したのなら……。

 金属の環にそんな効果があるとは……。


 今まで攻撃にしか意識していなかったからか?

 単に、神狼ハーレイアの眷属か、ハーレイア様か。


 この月狼環ノ槍に棲む幻狼たちの気まぐれかもしれないな。

 戦っている最中も、ホワインさんのことを気に入ったような感じで吼えていたし。


「その槍は一体……ジュヒの言うとおりなら、わたしは……助かる……?」

「うあぁぁぁん、お師匠様ぁ」


 そして、泣いている弟子たちを抱きしめるホワインさん。


 ……さて、うるさくなる前に退散かな。


「ホワインさん。闇ギルド云々の前に戦いは楽しかった。んじゃ、急ぎの用があるから、またどこかで」


 と、回復ポーションを彼女の足下に転がしてから教会の方に向けて駆けていく。


「あッ――」


 ホワインさんの女としての声が響いたが、弟子たちの叫び声も背後から聞こえてきた。


 彼女の声と武術にある種の情感を抱いたが……。

 今は、白色の貴婦人討伐という目標がある。


 勿忘草色の空を見てから<鎖>を射出――。

 前方へ足を滑らせるように駆けていく。


 角を曲がり、壁を越えたところで、すぐに朽ちた教会の建物が見えてきた。


 皆の気配もある。

 同時に<霊血装・ルシヴァル>を解除。

 ガスマスク系の防具はもう必要ないだろう。


 エヴァとレベッカにユイの魔素を確認しながら壁を足場にして高く跳躍した。


 壁を越え――宙の位置から中庭らしき場所を俯瞰。

 ん? ぼろぼろな防護服となっているカルードが誰かの生首を持っていた。


「マイロード!」


 そのカルードは俺に気付くと、その生首を打ち捨てた。

 吸血鬼らしい相貌が一瞬で、俺の知るカルードの表情になった。

 武器を仕舞う端厳な姿……懐かしい。


 あげた武器を愛用してくれていることは嬉しい。

 見たことのない武器もあったが。

 俺はゆっくりと着地し周囲を確認――。


「シュウヤ、少し長引いたわね――」

「ンン――」


 ユイと相棒が一足先に寄ってくる。

 ロロディーヌは俺から血の臭いを感じたのか、鼻を膨らませて足の臭いを嗅ぎ出す。

 そんな頭部を撫でていく。

 手を舐めてきたロロディーヌ。

 触手を俺の首下に当ててくる。


『血』『心配』『カルード』『ちんちん』『血』『勝った』


 と、気持ちを伝えてきた。

 カルードのあそこにじゃれなければいいが。


「あぁ、かなり強者だったよ」


 と、ユイに答えた。


「ご主人様!」


 ぼろぼろな服のカルードも含めて、皆が駆け寄ってくる。

 近付いてくるカルードと再会の握手。

 と、いきたいところだったが……。


 彼の下半身から、あまり注視したくないモノが見えていた。 


 新しいズボンはちゃんと用意して欲しい……。

 そんな激戦の証拠だと分かるカルードから視線を逸らす。

 しかし、凹凸が激しい地面だ。


 カルードのぼろぼろな装身具からも分かるが……。

 どうやら、今の今まで、かなり激しい戦いが行われていたようだ。


 古びた教会の一部も破損している。

 砂礫が舞っているし……。

 その近くに、折れた魔槍のようなモノが二つ転がっていた。


 あの地面に転がる頭部の槍使いが使っていたモノか?


 地面に真新しい穴が幾つもあるし、血飛沫だらけだ。

 カルードと皆に向けて、


「……よう、カルード。ユイが話をしていたが、客が来ていたようだな」

「はい」


 そう物静かに語るカルードは渋い。

 だが、皆はあまり視線を向けない。


 娘のユイは微妙な表情を浮かべていた。

 指摘はしているはずだが、父が激戦を繰り広げた直後だから話はしにくいか。


 ユイの隣にいる鴉さんは、口元を黒ヴェールで隠しているが、微笑んでいると見て取れた。

 血獣隊のママニが鴉さんに挨拶していた。

 サザーとアラハはそんなママニと鴉さんの様子を見ている。


 さて、一応……皮布を出すとして……。

 <鎖>でモザイクを用意しようか。

HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1~20」発売中。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ