四百七十二話 <従者長>カルード・フローグマン
ユイがシュウヤの血の臭いと魔素を感じ、飛び出すように朽ちた教会の敷地から外に出た直後――。
ある男がその教会の二階の壁に手を当てながら現れた。
眩しい陽を背中に受け現れた男は、
「――よう、カルード」
と、カルードに挨拶。
彼は少し遅れて鴉という名の女性も見る。
カルードと鴉は素早く得物を動かした――。
それぞれ獲得している居合い系技術を用いた武器の扱いはお手のもの――。
最短の軌道で刃は上向く。
浴にいう切っ先上りの構えだ。
太陽の明かりを背にした男に向けられた剣身から僅かな影がカルードと鴉の目元に注がれた。
逆光から逃れるように……。
その細い陰影越しに男を見る二人。
カルードは二階の端に不敵に立つ男を見て、
「……レジー。やはり貴方が追っ手ですか」
そう言葉を漏らす。
カルードは短刀を構えた愛する鴉に視線で合図した。
愛のあるカルードの視線に鴉は薄いベールで隠す口端を上げて妖艶に微笑んで答える。
そして、無手の細い指先から血を垂らす。
その垂らした血で自身の周囲に円を構築した。
縁から血の液体が湧き上がる。
湧き上がった血は薄い膜となって鴉の体と重なった。
鴉は足先から影の中へと染み入るように消えていく。
「……話が早い。始末を付けに来た」
「しかし意外ですね。あのアドリアンヌさんがわたしの襲撃を許可するとは」
「……盟主は知らない。俺と一部の幹部のみの判断だ」
「【星の集い】の武闘派のごく一部だけの動きですか、そうでしょうね。アドリアンヌさんはマイロードと争いを避けるはずですから」
「チッ、知ったような口を、で、ユイの方は仲間が……いや、あいつの場合は期待ができないか」
「……」
カルードは無言。
「ま、消えた女とユイも、俺が後で処分しようか」
レジーの言葉を聞いたカルードは眉頭を突き上げ睨む。
双眸に血を宿し血の筋が眼球を這っていく。
目尻から頬にかけても細い血管群が浮き上がった。
頬に浮かんだ血管たちは蠢く。
吸血鬼らしい相貌となったカルード。
睨みを強めながら口を動かした。
レジーはカルードの吸血鬼としての相貌を見て、
「おぉ、怖ぇ、怖ぇ……」
レジーはそう語るが実際に恐怖しているわけではないことは分かる。
相対するカルードを楽しむように、レジーは唇を尖らせ口笛を吹く。
カルードはそのレジーの態度を見ても激高はしない。
逆に冷静さを取り戻すように<血魔力>を操作した。
彼の能力<血相・紅渚>を発動させる。
自身の頬から顔の一部にフローグマン家に血筋と関係する古い魔族のマークが浮かび上がる。
<従者長>カルードがこの旅の途中に獲得した新しいスキルだ。
共に旅をしている娘のユイは知っている。
しかし、光魔ルシヴァルの宗主のシュウヤは、このカルードのスキルのことを知らない。
<血相・紅渚>を発動しているカルードは、鴉が消えた部分に視線を向けた。
安心したように微笑む。
カルードの安心した表情が物語るように鴉の消えた能力は特別だ。
鴉の使用したスキル名は<血隠・仰角>。
元々得意とする短剣投擲術に<隠身>系の<隠蔽>と索敵効果も加わった複合能力だ。
光魔ルシヴァルの血と、鴉の出に彼女のサーマリアで過ごした経験があるからこそ得られた<血魔力>系のユニークスキルだ。
微笑みからまた睨むように表情を変えたカルードはレジーを見上げ、
「……処分とは、また聞き捨てならん言葉だ」
と、語る。
「仲間を殺したんだ。当然だろう!」
「ふむ。しかし、わたしたちの居所を掴むその情報伝達の速さと行動力は、さすがの【星の集い】の幹部たち……と、普通なら褒めるべきなのでしょうが……」
カルードの言葉を聞いたレジーは片眉を吊り上げた。
そして、彼の癖でもある、細い顎先を斜め下に向ける仕草をした。
――同時にピアスが怪しく煌めく。
ピアスは〝安息の赤雷星〟という名前を持つ。
そう名前が宿るように小さい赤光が発せられていた。
「……褒めるべきだと? 娘の身は心配ではないのか?」
「……はい、まったく。ユイの相手が気の毒なだけですよ」
カルードの物言いが本気だと分かったレジー。
『気に食わない』と誰しもが、分かるような表情を浮かべた。
「余裕だなァ、えぇ、おいッ!……」
怒りが滲む言葉をカルードに発したレジー。
彼の得物、鋼色の魔槍キープ・ゼル・ファドアの穂先をカルードへと傾けた。
同時にキープ・ゼル・ファドアを握る手から生成り色の魔紋が浮かぶ。
紋様は柄の表面を波のように伝い走った。
平三角直槍の穂先と柄頭に集結していく生成り色の魔紋。
その瞬間、大身槍と似た鋼色の魔槍キープ・ゼル・ファドアの柄に無数の溝が入る。
柄は割れるような溝ではない。
魔槍自体が僅かに成長し、膨れたような形となった溝だ。
その溝の間から、シアン色と生成り色の輝きが発せられていく。
魔力を強めた魔槍を構えているレジーのポールショルダーも、シアンの青が強まるように光が強まった。
彼が背後から受けている日差しのせいではないだろう。
これは彼の持つ魔闘術系技術の一端<蒼ノ闘法>だ。
カルードもその魔闘術系技術の一端を理解できているだけに……。
その体術だけでなく、レジーの魔槍も相当なモノだと瞬時に理解した。
そう考えながらもカルードは口を動かす。
「……それは当然です。<筆頭従者長>の一人であるユイに手を出す……それはマイロードに対して、刃を向けると同じこと。だから不憫ですよ……わたしの怒りを超えた壮絶なモノが、その者に降り注ぐことになります……」
マイロードは優しい。
わたしの意志を汲み取り 自由にしてくれた。
そして、眷属たちを自らの傍に置こうとしない。
各自、好きなように自由に独立を促そうとする偉大な方だ……。
しかし、愛する者を助ける場合、その時と場合によっては、戦略級の古代魔法を即座に使う容赦のない方でもある。
と、ルシヴァル、君主の前に一人の男として絶大な忠誠を寄せているシュウヤに尊敬と恐怖を滲ませる感情を抱くカルード。
「おぃおぃ、その槍使いが、この都市に来ているような言い草だなァ」
「あぁ、これは失言です」
それは天凜の月の盟主がここに来ているという暗に示した言い方だ。
その言葉を耳にしたレジーは、片方の眉を動かし、
「チッ……アドリアンヌ様が警戒している相手か……それがまた気にくわねぇ……」
「笑止」
カルードはレジーの言葉を聞いて笑う。
「何を笑ってやがる!」
声を荒らげたレジー。
「いえ、気にしないでください」
カルードの笑いは、魔槍使いレジーの行動理由をなんとなく察したからだ。
「……ケッ、余裕な剣士様だなァ? ともかく、仲間を殺した以上、お前とユイと……その消えた女は、俺の敵だ……」
レジーは魔槍キープ・ゼル・ファドアの穂先を傾けた状態で飛び降りた。
着地後の隙も見せず……。
細い顎先を斜めに向けながら、カルードを強く見下すように睨む。
態勢をゆっくりと整えながら……。
魔槍を掴む手の角度を変えていく。
魔槍キープ・ゼル・ファドアの穂先が怪しく揺らめいた。
レジーはカルードと対峙する。
カルードは片頬を上げて、嗤うように応対した。
最初は幻鷺を中段に添えた構えを取る。
続いて刃先を青眼に向けて、臍眼の構えに移行していく。
反対の腕を持つ剣の切っ先も、角度を変えていた。
その手が握る剣は、幻鷺の能力が作る幻刀ではない。
ウェンの流剣フライソーだ。
すると、レジーが、そのフライソーを見て気付く。
仲間の愛用していた剣だと。
「そりゃ、ウェンの……」
レジーの魔槍を握る手が微かに揺れる。
カルードはその微かな動揺から、レジーとウェンの間に、絆があったことを推測した。
……カルードもフライソーの柄頭に結んだ血濡れたスカーフを見て……。
凄腕の剣士でありながらも……快活で、女たらしのウェンのことを思い出していく。
ユイを口説こうとしながらも、何人もの女を抱いていたウェン……。
だが、そこに悪意はない。
常に女たちのことを考えて彼女たちのために行動した優しさに溢れている男だった。
この都市に来るまでも、道中、色々と世話になったウェン……。
ユイを口説いたことは許せないが……。
どこか憎めない男だったからこそ……わたしは彼を誘った……。
そう考えたカルード。
彼は血の涙を双眸に溜めていく。
そのフライソーからレジーに視線を戻し、
「……そうです。どうしてわたしたちがバリオスを殺したのか。貴方なら理解できるはず」
カルードの言葉を聞いたレジー。
フライソーの血濡れたスカーフをチラッと見たレジーは瞳を揺らす。
が、すぐに頭を振った。
そして――カルードを見る。
同時に、握り手の魔槍がレジーの感情を映したように強く反応を示した。
「だからどうだってんだよ! 俺たちゃァ闇ギルドだぞ! しゃらくせぇ――」
レジーは強く叫ぶ。
カルード目掛け前傾姿勢で吶喊した。
耳元から赤い涙のような閃光が発せられる。
――安息の赤雷星から魔槍キープ・ゼル・ファドアへと魔線が繋がった。
それはピアスが魔槍へ力を与えるような閃光。
赤の軌跡を耳元から発生させながらの吶喊。
――安息とは対極の動きだ。
レジーは自身ごと槍の穂先となったような速度で、加速する。
鮮烈な突き技だ。
微かな赤雷を纏う魔槍キープ・ゼル・ファドアの穂先がカルードに迫る――。
カルードは流剣フライソーで、その魔槍の穂先を斬るように上方へと弾いた。
――互いの立場を現すかのような強烈な火花が、それぞれの衝突した刃から散る――。
――不協和音が朽ちた教会内に木霊した。
レジーは上に弾かれた魔槍キープ・ゼル・ファドアの反動を逆に利用する――。
その魔槍を握る手首の角度を落としつつ魔槍キープ・ゼル・ファドアの穂先をカルードの頭部目掛けて振り下ろそうとした。
だが、動きの速いカルードの体勢を捻った蹴りのモーションを見たレジー。
自らの胸元に魔槍キープ・ゼル・ファドアの柄頭を当てるように手前に戻し、ピアスの発した光を自ら飲み込むような速度で、素早く退いた。
だが、蹴り動作を途中で止めたカルード、その動きを見たレジーは瞳を散大させる。
「フェイントかよ――」
レジーの言葉に答えないカルード。
そのカルードはレジーと間合いを詰めるように前進しながら追撃の幻鷺を斜め下から振るい上げる――。
いや、その掬い斬りはフェイント斬りを兼ねた横回転だった――。
カルードの足の指の付け根を生かす爪先回転だ――。
「またか――」
引いたレジーは唾を吐くように、そう言葉を投げかけながらもカルードの足先を注視した。
足先の重心を微妙に変えたカルードのフットワークは軽い。
カルードの血を纏う足先を見て、そのカルードの顔を強く睨んだ。
そして、
「……チッ、胴体を貫いてやろう――」
と、言葉を投げかけながら素早い踏み込みを見せるレジー。
鋼色の魔槍キープ・ゼル・ファドアを、その軽やかな機動を行うカルードに向かわせた。
「食らえ――」
一段階加速したレジーは、スキルを発動。
<刺突>系連撃スキル<赤雷ファドア>を用いた。
赤き魔槍の穂先が連続でカルードの身に迫る――。
カルードは、体勢を低くしながら、足を基点とした軸を変える。
回転から反転を、また、反転を素早く繰り返す――。
蝶のように舞うカルード。
――この旅の経験はわたしをより強くした。
――勿論、マイロードの爪先回転技術を参考にしたからこその、この回避技だが!
と、考えながらも、さらに動きを加速させるカルード。
――魔槍キープ・ゼル・ファドアの<赤雷ファドア>はカルードに掠りもしない。
華麗なカルードは、レジ―が繰り出したすべての連撃を躱す。
レジーはカルードの身のこなしを見て、尊敬の念を抱くが、表には出さない。
舌打ちを、わざと発して――。
自身のスキルの加速を、殺すように、斜めにわざと移動した――。
回転して避けているカルードを視線で追いながらも――。
レジ―は自身の加速運動を殺すイメージで、片膝を地面へと突けた。
床に当てた膝頭を基点として、全身が駒のように回転していくレジ―。
視界が移り変わる光景をレジ―は楽しみながらも、急ぎ――次の攻撃態勢へと移行しようとした。
一方、無事に、間合いを外したカルード――。
レジーはそのカルードの行方を確認するように頭部を上げた。
回転しているレジーは手にしている魔槍キープ・ゼル・ファドアの柄頭で床の石を突く――。
床に亀裂という跡を残しながら、強引に自らの動きを止めた。
「――外かよ。この狭い場所の方がお前には有利だろうに」
と、叫ぶ。
カルードは、レジーの投げた言葉に応えず。
背中を晒しながらも、朽ちた教会の出入り口から外に脱している。
建物の外に出たカルード。
片方の膝を地面に突けながら、自分が出てきた朽ちた教会を見た。
――灰色の削れた壁のある出入り口。
その朽ちた灰色の壁に手を当て……。
のっそりとした動作で、出てきたレジー。
彼はニヒルに嗤っていた。
反対の腕が握る魔槍キープ・ゼル・ファドア。
重い柄頭が床を削っていた。
レジーは、その魔槍キープ・ゼル・ファドアを持ち上げる。
その魔槍キープ・ゼル・ファドアを上下斜めに回転させていった。
レジーは魔槍を回転させながら、再び、カルードの足下を見つめて、
「……素早いな。その足に纏った血の効果か」
「そうだ」
カルードはそう肯定した直後、全身に<血魔力>を纏う。
レジーは、その<血魔力>を見て
「ほぅ、血、ブラッドマジックの<血魔力>か。【天衣の御劔】の血剣士のテングンを思い出す」
【天衣の御劔】と血剣士テングンの名を聞いたことのあるカルードは眉をひそめた。
……そして、
「行動範囲が広いようですね」
「アドリアンヌ様は色々と忙しい」
「そうでしょうとも……では、勝負――」
そう言葉を投げかけながら前進していた。
「おうよ」
カルードは、レジーの了承した言葉を耳にしながら、あるスキルを発動――。
そのままヴィーネの剣突技に近いモーションを見せる。
動きは古代邪竜ガドリセスを用いた動きに近い。
しかし、ヴィーネのような技とは違う。
カルードの血魔力が虎の造形を模る。
そして、右手に持つ幻鷺の切っ先と、血の虎が同化するように重なった。
これは剣突系スキル<血猛牙>だ。
魔槍使いレジーは、その技を繰り出したカルードを見て、瞬時に片足に魔力を込める。
そう、アドリアンヌが魔界王子の一人メイドーガから獲得した魔の足だ。
アドリアンヌの魔手術によって移植を受けたレジーは、その魔界王子の足を使いこなしていた。
その魔足から破裂したような音が響くと、同時にドッとした鈍い音も轟く。
レジーが地面を蹴った音だ。
魔人の足によって振動した古びた教会から塵が舞い落ちていった。
レジーは凄まじい速さで、カルードを迎え撃つように前進している。
そのレジーが居た場所には、魔界王子の足と分かる足跡ができていた。
さらにレジーは――。
俺も魔人の端くれだ。
<赤雷・鋼穿>――。
と、魔槍キープ・ゼル・ファドアを生かすスキルを発動。
レジーの魔槍キープ・ゼル・ファドアの<赤雷・鋼穿>と幻鷺の<血猛牙>が衝突する――。
こうして、光魔の剣士カルードと魔人槍使いレジーの本格的な戦いが始まった。
天上の神々もこの二人の熱い戦いを見守るように烈日とした陽を送る。
朽ちた教会も天上の神々の想いを察知したかの如く。
天辺に聳え立つ神聖教会の象徴である十字架は力を得たように煌めいた。
そして、強い光を帯びた十字架は、強い反射光を、下で戦う二人へと注いでいった。
◇◆◇◆
ユイを助ける――両手首から<鎖>を放った。
<鎖>の大盾は生成しない――。
<鎖>を操作しながら、
「ユイ、攻撃だ。左右後方、矢だ――」
「えっ――」
驚いたユイだったが――。
さすがに襲撃慣れをしている。
瞬時に双眸を白銀に染めるユイ。
神鬼・霊風を鞘から引き抜くと、つま先を軸とした動きで、華麗にターン。
彼女の持つ神鬼・霊風から靄のようなモノが発生していた。
そのユイへと迫る黄緑色の魔力を纏った魔矢に――。
俺の射出した<鎖>の先端が突き刺さった。
へし折れた魔矢。
――ところが折れた魔矢は幻影のように崩れ幻想的に消えていく。
消えたと思ったら、同じ黄緑色の魔力を纏った長剣の姿に変身していた。
再び、ユイに、その魔剣が向かい始める――。
『剣とは、妾の出番か!』
サラテンの思念には応えず<鎖>を操作――。
弾丸のような速度で飛翔する<鎖>はユイを攻撃しようとした矢のような魔剣の腹を捉える。
<鎖>は魔剣を貫き、宙を突き進んだ。
即座に<鎖の念導>を生かす。
――<鎖>を操作した。
宙に弧を描く軌道でターンした<鎖>の先端は魔剣の柄を捉え、柄を砕く――。
『ぬぬ、妾も……』
サラテンは破壊衝動が抑えられないようだ。
しかし、左手の掌は開かない。
ヴェニューの<魔鯛>の封印は強い。
そのまま魔剣を粉砕していく<鎖>。
だが、魔剣のような矢は、雨のように現れ続けてきた。
今度は矢と剣が半々。
エヴァの金属群を思い浮かべたが、大盾にはしない。
すべてを迎撃して粉砕する――。
ロックオンするように、視界に入る魔剣と矢の群れを捉えていく。
そういった意気込みが<鎖>に伝わったのか――。
梵字の煌めきが強まった<鎖>を操作した。
――縦横無尽に宙を舞う<鎖>。
その動きは、多頭を持った蛇の王に見える。
ユイは、俺の<鎖>が、空にそんな軌跡を生み出している間に――。
俺の背中に回り込んでいた。
駒のような機動は変わらず速い。
「シュウヤ、ありがと」
「気にするな。いつものことだ」
「うん……はは、もう……」
背中を合わせたユイは、一瞬、言葉を詰まらせている。
そんなユイを、猛烈に抱きしめたくなったが、
「……ユイ、カルードは、まだ朽ちた教会の中か?」
と、背中に居るユイに語りながら攻撃してきた射手を探す。
同時に片方の<鎖>を消去――ヘルメの空の機動を確保しつつ、
『ヘルメ出ろ――俺たちを狙う奴らの処理を頼む』
と、指示を出す。
『はい』
「うん。わたしたちがバリオスを殺したからね。この都市も安全じゃない。追っ手はもう少し時間が掛かると思ったけど、星の集いも優秀――」
ユイの喋る言葉と同時に左目から螺旋したヘルメが突出する。
ユイも自然とその動きを追った。
「綺麗」
と、ユイが呟いたように、美しい機動で宙を螺旋回転するヘルメ。
足下から発した水飛沫が小さいな翼のようにも見えた。
ヘルメは、零コンマ数秒もかからず人型となる。
そして、左右の細い腕先から水を放った。
尋常じゃない攻撃を繰り出してきた射手の位置を確認しようと周囲を警戒しながらも、一瞬で水の防御幕を張り巡らせてくれた。
さすがは常闇の水精霊ヘルメだ。
と思いながら、ユイに向けて、
「そのバリオスって奴はカルードを嵌めた奴だな」
少し前に血文字で聞いていたが……。
「そう」
「となると、今の遠距離攻撃を繰り出した射手は、星の集いのメンバーか」
「うん、たぶん――」
ユイがその相手の名前を喋ろうとした時、
「居ました。右手の高台に隠れています」
凄い、ヘルメが発見してくれた。
右辺の古びた斜塔に視線を向けたヘルメ。
そのまま、斜塔に移動しようとした。
ところが、
「――あ、移動しました。降りて、速いです」
射手が移動したようだ。
ヘルメは視線を下げた先、通りの奥だ……。
そこに……片目を瞑った射手が現れた。
俺たちを攻撃しようとした者。
帽子をかぶった女性か。
飛翔していたヘルメは屋根に着地。
俺はそのヘルメに
「ありがとう」
礼を述べてから視線でも『攻撃のタイミングは任せる』といったアイコンタクトを続けながら、
「ユイ、あいつを知ってるか?」
と、ユイに聞いていた。
「うん。ホワイン・レッカート。ウェンから凄腕の弓術の使い手と聞いたし【ゼーゼーの都】の幹部たちと戦う際に話もした」
すると、目の前の帽子が似合う女性はお辞儀してきた。
「――その通り。弓剣星のホワインよ。初めまして槍使いさん。それとも天凜の月の盟主と呼んだ方が良いのかしら……」
帽子をかぶったホワインか。
彼女は自己紹介をしながら、得意とする間合いを自ら潰してきた。
射手だが……どういう了見だ。
そのホワインだが、勿忘草色と黒色が混じった前髪が少し見えている。
耳に椿の花をモチーフとしたピアスもあった。
人族と推測できる。
しかし……魔人かもしれない。
可愛い形の帽子の形といい髪色は少しアンジェに近いか。
ホワインは矢を番えず。
その矢と弓を両手に持った状態で、さらに寄せてきた。
「……ホワインさん。よろしく。と、挨拶したいが、今、ユイを攻撃したのは貴女だろう?」
「そうよ」
躊躇せず即答か。
しかも足下はぶれてない。
呼吸も安定している。
……かなりの強者。
ヘルメは<珠瑠の紐>を発しながら尋常じゃない速度で彼女の背後に回る。
その行動を受けても、狼狽えないホワインさんは歩いてくる。
「どうして自ら間合いを詰める?」
「……どうしてかしらね?」
そこに、
「ん、ユイ!」
「ユイ! 懐かしい魔刀! あ、能力を発動? 相手はその弓使い?」
レベッカたちが合流。
ホワインは逃げようとしない。
「うん、というか。ただいま? かな」
「あ、ふふ、そうね。お帰り?」
レベッカとユイは腕を前に出して、互いの掌を叩く。
そして、一瞬で魔導車椅子から金属製の足となったエヴァも――。
「ん、わたしも――」
ユイとレベッカの手に自身の細い手を重ねていた。
三人とも笑顔で頷く。
美人三姉妹。絵になる光景だ。
ヴィーネたちとペルネーテの屋敷で団欒していた頃を思い出す。
改めて、<選ばれし眷属>たちの存在感が増したような気がした。
すると、周囲の水の幕を確認したエヴァが、
「ん、ユイ、カルード先生は?」
と、聞いていた。
「あ、父さんは教会の中よ。けど、わたしに襲撃があったから、もしかしたら」
「襲撃者か」
「「カルード先生に!」」
「我の先生に襲撃とは!」
我の先生って、というかビアが怒った。
投げ槍を目の前のホワインに投擲している。
そのホワインは無造作に、と、一瞬で避けた。
魔力を一瞬で纏うか、その練度と質は……キサラを思い出す……。
「我の投擲をあっさりと避けるとは!」
興奮したビア。
「ビア、ご主人様の指示を待て」
ママニが静かな口調でビアに語りかけながら、そのビアを押さえている。
隊長としてのママニだ。
サザーは居ない。
たぶん、ロロディーヌとアラハのところだろう。
その血獣隊は、カルードから稽古を受けていたことを思い出しているようだ。
皆、顔を見合わせて頷く。
「ご主人様。この射手は敵ならば、やりますか?」
フーが<血魔力>を全身に纏いながら聞いてくる。
そこに相棒の気配が、
「ンン、にゃぁ~」
遅れてきたロロディーヌの鳴き声だ。
アラハとサザーを乗せている。
首下から伸ばした触手で俺の頭部と胸を小突いてくると、
「にゃお~ん」
『先に行くにゃ~』という風に鳴いて、俺たちを置いて古びた教会の跡地に入っていった。
どういうことだ? ホワインは相棒の邪魔をしなかった。
まったく、興味がないという感じだった。
彼女は片目を瞑ったまま、俺をジッと見てくる。
彼女の動機が今ひとつ理解できない。
ロロを見逃したように、戦いを望むようで、望んでいない態度だ。
相棒に乗っているアラハとサザーは俺たちに向けて遠慮がちに頭を下げていた。
「ごしゅさま、先にいってますー」
と、サザーの声が響く。
「俺たちも行くか?」
「だめよ」
ホワインはそう言ってきた。
「何が、ダメなのよ……」
レベッカは皆を代表するように怒りを滲ませながら語る。
すると、二、三歩、前に歩きながら、左右の腕に装備する格闘系装備のジャハールを動かした。
あれ? 空手のポーズじゃない。
切っ先で、宙に無数の円でも描くような軌道。
歩法も静かに踊るような感じだ。
見たことないぞ。
体勢を低くしたレベッカ。
そして、ジャハールの刃で突くように、左手を前に突き出す。
右手に嵌めたジャハールを上にした。
その特徴的な動きをした両手は蒼炎に宿った。
ジャハールの銀色の刃が蒼色に変化したようにも見える。
ジャハールが宙を斬るように動いている時、白魚のような指たちは揃っていた。
手刀ができそうなぐらいに……。
中国拳法で例えると、八卦掌か?
腰に差す魔杖が寂しげに揺れていた。
「ん、レベッカ、アジュール先生から習った新しい武術!」
と、セグウェイ状態の紫魔力を体から発しているエヴァが楽しそうに解説してくれた。
そんなエヴァだがトンファーを両手から出している。
そして、少数の白色の金属刃たちをレベッカの周囲に浮かせていた。
優しいエヴァだ。
紫魔力で包む金属刃たちで、ちゃんとレベッカのことを守っている。
すると、
「悪いけど、貴女たちには興味ないの――」
ホワインは弓の一部を俺に差し向ける。
彼女の目的は俺らしい。
「……そうか。戦うなら戦おう、サシで戦いを望むのか」
<導想魔手>をすぐに用意――。
右手の月狼環ノ槍を横に振るい、止めてから、
「――聞いたな? ヘルメもユイも、エヴァも、小柄拳法の蒼炎継承者も、教会に行け。俺もすぐに追い掛ける」
と、皆に向けて喋ると、
「あら、すぐとは、わたしも舐められたモノね」
平然と語るホワイン。
彼女は、俺の腰にある魔軍夜行ノ槍業と血魔剣を見つめてくる。
そのホワインの自然体のスムーズな足の動きは……確かに質が高い。
通りの道を、皆に譲るように端に移動する際の歩き方は隙がなかった。
風槍流の歩法『風読み』と似た歩法かな……。
何か、彼女の態度から、彼女の背後にアキレス師匠のような影を感じ取れた。
「了解。わたしは構わない。けど、ユイは攻撃を受けたけど、いいの?」
「うん。シュウヤが守ってくれたし、父さんの方にロロちゃんたちが向かったけど、誰と戦っているか気になるから急ごう」
「ん」
「分かりました」
「はい、急ぎましょう」
俺は最後に喋ったフーに向けて頷く。
「カルードを頼む」
と、フーを含めて皆に告げると、エヴァが、
「ん、任せて――」
皆、エヴァに続く。
教会の建物の方に向かった。
さて、
「……やるならやろうか」
「噂に聞いた、魔傀儡人形イーゾンが扱うような紅色の斧刃を持つ魔槍ではないのね」
魔槍杖バルドークか。
そして、たびたび耳にするイーゾン。
腰の奥義書と呼ぶべき魔軍夜行ノ槍業が震えて魔力を発した。
『八大墳墓に行け……』
『八大墳墓の破壊……』
と、声が聞こえたような気がした。
イーゾン山脈は、象神都市レジ―ピックに近いからな……。
まぁ、いい。
最初は基本に忠実。
『槍を生かす歩きの中にこそ武の法があると心得よ』
と、アキレス師匠の言葉を思い出す。
月狼環ノ槍の一槍を主軸とした、俺の土台、師匠ゆずりの風槍流で戦おう。
前方に伸ばした左足で地面に小円を描いた。
左足を半歩前に出す。
態勢を半身へと移行……<導想魔手>を解除。
魔闘術を全身に纏う。
<血道第一・開門>も意識して、足に血を纏う。
<血道第三・開門>の略して、第三関門、第三開門と呼んでいる血液加速は、まだ使わない。
前に突き出す形となった左手の掌を返す。
そして、攻撃を誘うように指先を手前に数回動かした。
魔力を全身に纏うホワインは、俺の掌の動きを見ても微動だにせず。
小さい唇を動かした。
「滂沱の闇を感じさせる視線か……」
風槍流の動きを兼ねた挑発を無視か。
俺の瞳を指摘してきた。
「……ふふ、アドリアンヌ様は手を出すなって、きつく言われたけど――」
笑みを讃えた彼女は、そう語った直後、無色の薄い魔力を全身に纏った。
そのまま前方へ跳ねるような機動で前進してきた。
持っていた矢と弓を突き出してくる――。
同時に彼女の纏う魔力が色づくように淡く煌めいた。
弓剣星の渾名は接近戦もできるということか――。
7巻に載せる迷宮都市ペルネーテの地図の調整があるので、続きは来週です。




