四百六十四話 ポポブムとロロ
九紫院か。
賢者ワーソルナ、テルガモットの名は聞いたことがある。
「覚えている。前回話をしてくれたザープの過去を含めた……現在に続く長い戦いの話だな」
エブエの獣貴族の話から、獣貴族も色々とあることを学んだ。
「そうだ」
「その中で……『九紫院は、階梯があり紫と黒の法衣を纏う者たちで構成されている』と、教えてくれた。そして、〝獣貴族〟とか、〝賢者の石〟を作った九人の賢者たちが治めているとか? 魔法都市エルンストにあるとも」
ザープはザープで……。
『血層の浸透系の技を巡って、父と死闘を演じている紅のアサシンはわたしたちと敵対している【髑髏鬼】に所属していますからね? さらに言えば魔人キュベラスの配下が紛れ込んでいる裏武術会とも、わたしたちは争いがありますし、互いに共通項が多い』
と前に、一度、帰還した時に【天凜の月】の副長メルから報告を聞いた。
【髑髏鬼】は鉄角都市ララーブインを本拠とした闇ギルド。
そして、クエマとソロボに繋がる鬼神キサラメの像と書のことがある。
「そうなんです。総長から血文字の報告があったことを父に報告したら、白色の紋章を使う古い賢者の噂を聞いたことがあると」
メルの言葉を聞いて、魔人ザープに視線を向ける。
「賢者か。九人の賢者が白色の貴婦人というわけではないんだな」
「それはまだ分からない。娘から聞いた範疇だが、白色の紋章、古代魔法、時空属性、秘宝と魔力と魂の蒐集……それらの情報を複合的に判断した結果、賢者の石を作ったといわれている九紫院と関わる古き賢者が……白色の貴婦人と推察した」
「賢者の石か……」
前に、
『無数の生きる者たちの生命力、魔力を、生きたまま大量に生贄にする形で集結させた極大魔宝石……一つ、二つ、巨大都市が壊滅した話を知っている。俗に魔神具と呼ばれる物だ』
と、ザープは教えてくれたが……。
「その賢者、元賢者が、白色の貴婦人。で、そいつが樹海の南部に潜伏し、魔神具を用いた古代魔法を発動しようと……巨大都市を壊滅するような極大魔宝石を作ろうとしている?」
「察しが早い」
「そうだとしたら、樹海すべての生物の命が危ないことになるな」
まだ、仮の話だが……。
白色の貴婦人の行動目的が、俺とザープの推察通りなら……。
サイデイル村の戦力も整ったし大丈夫かなと思っていたが……。
キッシュたちの先祖とキストリン爺さんの願いである地底神ロルガの討伐どころじゃねぇな。
キサラとツアンにも悪いが、まだ大砂漠には行けそうもない。
ま、いずれはシーフォのこともあるし、魔界に向かうアイテムも揃えたから大砂漠に向かうが……。
そして、アキレス師匠とレファに会いたいし、大好きな槍を学べる腰の師匠たちの願いもまだまだ先だ。
「そ、そんな……わたしたちがやっていたことって……」
無理もないが、アラハが動揺してしまった。
「アラハ、慌てるな。俺が居る」
「――は、はい」
『ふふ、閣下らしい素敵な言葉です!』
『器よ。漢よな』
「そうよ。目が血走って怒っているシュウヤだけど、わたしたちも居る」
そう喋ったレベッカに頷きながら、ザープに頭部を向けて、口を動かした。
「仮に白色の貴婦人が九紫院の賢者か元賢者だったとして、だ。魔法都市エルンストだって統治機構があるはずだろう? もし九紫院を離脱したような、脱退者ならば、エルンストの追跡機関みたいな存在が追跡すると思うが……たとえば、神聖教会の教皇庁が持つ八課の魔族殲滅機関。未開スキル探索教団、聖ギルド連盟のギルティクラウン、戦神教など、無数にあるはずだ」
オッペーハイマン地方で有名らしいノーラのヴァンパイアハンターの家系もそうだ。
そのノーラとアンジェは再会を果たしていると思うが……。
まだなのかな。後で聞くか。
「わたしが知る魔法都市エルンストは過去。現在もあるとは思うが、なにぶん、遠い都市のできごとだ。そのすべてを知っているわけではない。が、ここまで大それたことを裏で実行する者だ。そのような優秀な者が追っ手にやられるとは思えない。わたしでさえ、すべての追っ手を潰しているのだから……今は【天凜の月】の傘に隠れてだいぶ楽をさせてもらっているが」
と、ザープは娘のメルを見てから、俺に手の内を向けた。
メルは嬉しそうに微笑む。
お父さんと仲が良さそうだ。
自身の掌に集めた血色の魔力を見せてきた。
仮面の奥の双眸が光っている。
「それが、吸血王サリナスが使用したと聞く……」
と、呟いたザープは俺の腰に差すアーヴィンの血魔剣を見つめてきた。
彼は、その代わりというように、わざと<血層>のスキルというか技術の結晶を見せてくれているようだ。
そして、少しだけだが、ザープの扱う<血層>の技術の一端が理解できそうな気がした。
<ザイムの闇炎>を獲得し、キサラから習い途中の魔手太陰肺経を少しだけ身につけているお陰かもしれない。
血魔力を用いた発勁のようなイメージか。
純粋な形ある力ではなく無形を現したような。
瞬間的にそう分析をしながら、
「……なるほど、そりゃそうか」
と答えると、魔人ザープも頷く。
すると、レベッカと遊んでいた黒猫が白猫に挨拶をしていた。
互いの小鼻を突けてからお知り合いの挨拶を始めていく。
『匂いチェックは重要です!』
ヘルメの念話中にも、必死に互いの尻の臭いを嗅いでいく黒猫と白猫。
そして、二匹同時に、俺に頭部を向けて、鼻を膨らませて、くちゃー顔を披露してくれた。
その行動を見て、『くちゃいにゃ』『くちゃいニャ~』と、猫たちの声が聞こえたような気がした。
思わず笑いがこみ上げる。
「……まったりとしたいところだが、すぐにユイたちと合流する。そして、メルとヴェロニカ、天凜の月の幹部会でポルセンが浮かない顔をしていたと前に聞いたが……ノーラと妹のアンジェは再会を果たしたのかな」
「まだですよ」
「ポルセンが浮かない顔だったのは、わたしたちが総長の話を告げたからだよ」
「そっか、ポルセンとアンジェはまだノーラと再会してないのか」
「はい、ポルセンとアンジェは光魔ルシヴァルではないですからね」
「そう。光の耐性がない吸血鬼。昔のわたしと同じ憎きヴァルマスク家と繋がる分家のままだし。ノーラのような特別な吸血鬼ハンター一家に追われて戦ったら、さすがに死んじゃうからね」
「しかし、ノーラさんと総長は……そういう仲と聞きました」
「そう、そうよ! 許せない。そして、ハイグリアさん、ううん、神姫とかいう狼娘よ。なんで番とか? それって結婚みたいなものでしょ? だったら許せない、わたしをさしおいて……」
ヴェロニカが血剣を回りに誕生させた。
アラハが怯えてしまう。
レベッカとエヴァがすぐにアラハを守るように立ち塞がっていた。
「……ヴェロニカ、しまいなさい」
「あ、うん……」
ヤヴァイな。
ノーラとハイグリアに関しても隠さず正直にすべてのことを血文字で伝えていたが……。
ヴェロニカの嫉妬が……。
ところが一転、そのヴェロニカは俺の表情を見て、ニコッと微笑む。
薔薇の髪飾りが綺麗だ。
「エロ総長! べーだ。引っかかった!」
「少し本気だったろ?」
「当たり前でしょう。少しじゃないけど……」
血に染まる双眸。
エヴァが操るような金属剣の群れを彷彿とする血剣の数といい……。
彼女の背後から血色の粘着を帯びた血魔力が後光を帯びて凄まじい……。
まさに女帝……。
「シュウヤの言葉でよく聞く、本気の血文字が見えた?」
「ん、マジ。という言葉もある」
レベッカとエヴァが解説。
「ということで、ノーラさんとポルセン関係でややこしいからね。でも、その総長が持つアーヴィンの血魔剣の柄にある髑髏の杯をポルセンたちに使って契約しちゃえば? と、思ったけど……剣の柄と合体しちゃったんだ」
と、アーヴィンの血魔剣を見るヴェロニカ。
一瞬で、自身の能力で発動した血剣たちを消失させる。
「契約をしても、光の耐性を得られるわけではないと思うが」
「そう聞いたけど、吸血王の総長と繋がることができるって重要よ? 力やスキルが違う系統だとしても、遠巻きにわたしたちと家族になるってことだしね」
俺はヴェロニカの言葉を耳にしながら――。
黒インナーと暗緑色を基調とした半袖の防護服と化していた神話級防具服を意識。
皆と距離を取るように少し歩いたあと……。
腰ベルトのように変化していた白銀の枝模様を操作した。
ムラサメブレードの鋼の柄巻きと一緒に白銀の枝ベルトが絡まっているアーヴィンの血魔剣を持ち上げる。
その目の前に持ち上げたアーヴィンの血魔剣を左手で掴んだ――。
右手に月狼環ノ槍を、左手に血魔剣を持つ。
一槍一剣状態。
「カッコイイ……」
「素敵……総長、槍使いというより剣士に?」
ヴェロニカとメルが頬を朱色に染めながら語る。
「勘違いするな、俺は槍使いだ」
「ンン、にゃ」
「そう、槍使いと〝黒猫〟だ。な? 相棒」
「にゃぁ~」
呼ばれたと思って飛び掛かってくる黒猫。
マギットの尻につけていた、むあーんと匂いがするような小鼻の頭部を寄せてくるから――。
思わず避けた。
と、反対の位置に着地した黒猫は振り向きざまに、
「――ンン、にゃ!」
不満げな鳴き声を発し、俺の足に猫パンチを食らわせてくる。
……思えば、魔槍杖バルドークと魔剣ビートゥでも訓練を続けていた。
足下で、白猫のマギットと一緒になって俺の足を叩き出した黒猫は放っておく。
俺は左手に握る血魔剣を意識し血を注ぐ――。
柄元から勢い良く吸血鬼たちの血脈と俺の血が合わさった血が噴出した。
……前と同じく血の炎にも見えるプラズマのような十字系の柄だ。
握り手から、ムラサメブレードの光る刀のように、ぶうぅぅんと音が鳴る。
『……名前を早く決めろ』と響いたようにも聞こえた。
頭上からそんな不気味な音を聞いた白猫と黒猫は即座に反応。
その場を離れて寝台の上に移動した。
そんな猫たちの軽やかな機動を見ながら……。
髑髏の柄からアーヴィンの髑髏の杯を取り外すことを意識した瞬間――。
剣の柄に嵌まり込んでいた髑髏たちが奇妙な音を立てる。
頭蓋だけが捲れた。
頭蓋は、髑髏の杯を象りながら柄から突出。
突出した髑髏の杯は柄元から離れる――。
宙に浮かぶ髑髏の杯。
前より、縁回りの飾りが豪華になっている?
吸血王としての髑髏のリキュールグラスか。
おしゃれ感が増したか?
「――わっ、剣も格好良かったけど、素敵なグラスね! それが、バーレンティンたちの吸血鬼の血を受け入れたソレグレン派たちの秘宝! わたしもコレクションがあるけど、いいなぁ」
ヴェロニカが指摘した。
俺の頭上を二十四面体と同じく周回しながら浮いている。
これはこれで周囲を守るバリアになるかもしれないが視界的に邪魔だな。
ま、今はいいか。
と、ヴェロニカの言葉に頷きながら、
「前と形が違うが、そうだ。ということでポルセンとアンジェのヴァンパイアとしての血も、この杯の中に古くから生きめく血脈螺旋の中に入ってもらうとして、だ。そのポルセンとアンジェはどこに居る? 縄張り維持の仕事中だと思うが……」
メルとヴェロニカに尋ねる。
「ポルセンとアンジェはロバートとルル&ララと一緒に南の郊外に出てるはず、よね? メル」
「はい。闇ギルドの仕事も多岐にわたってますから。ルシヴァルの一員、ヴェロニカの直系<筆頭従者>のベネットも単独で仕事中です」
「単独で任務か」
「はい、不死は便利。戦闘能力が飛躍的に向上しましたから。だからもう〝影弓〟とは呼ばれないかもしれません」
「そうよ~。双月店の店も繁盛しているし、ゼッタも蟲を使った薬作りに夢中だし、闇ギルドの仕事は順調。ちょっかい出してきた【ベイカラの手】も動きはなし」
ヴェロニカの言葉に頷いたメルは続けて、
「はい、ベイカラの手を飼っているラングリード侯爵の方は理由があるようで大人しいですね。戦争で結果を残したファルス殿下の影響力が増した効果もあると思いますが……大騎士レムロナと【幽魔の門】のフランも居ますからね」
「戦争はどうなったんだろう。前と同じかな」
「はい、特に変わっていません」
王子の側に近付いたメルから直に聞くか。
「詳細を頼む」
「はい、フロルセイル湖の西方サキュルーン王国に集団転移してきた元日本人のキリエさんの貴重な厳秘に付するような帝国の機密情報を得てオセベリア平原に展開していた三十~四十の特陸戦旅団を撃破。押されていた戦争は有利に運び、ドラゴン丘とグリフォン丘の領土はオセベリア王国が取り戻しました。ガルキエフの派兵は成功。この功により、大騎士の位が上がると王都で噂になっていると聞きました」
エヴァも絡んでいるようで、頷いていた。
「ただ戦線はグリフォン丘とドラゴン丘を越えた辺りで膠着状態に移行しているのは変わっていません」
「そりゃそうだろうな」
互いに戦力がある以上、長引くだろう。
「そして、前にも血文字で連絡しましたが、第一王子派たちを含めてサーザリオン領を救う形となったファルス殿下の第二王子派は機宜を得て勢力を内側でも急拡大。ペルネーテ近辺の反抗的な貴族は詰め腹を切らせ中央貴族たちへの根回しも順調です。王位継承権争いで有利になると共に女侯爵シャルドネ様の使いがファルス王子のもとに来る回数が増えたようですが……」
シャルドネらしい。
彼女の野望は……もしかすると……。
「カザネ&ミライのアシュラー教団との友好関係も持続しています。アシュラー教団も東部で反乱があったようで、大変なようですね。ただ、カルードさんとユイさんのことで【星の集い】のアドリアンヌが何かカザネに話を通したようですが……現状の【血星海月連盟】は健在です」
メルは【天凜の月】の副長。
だが、俺の総長代理としての仕事をしっかりと務めてくれているようだ。
「けど、同盟は同盟。名声があっても争いはなくならないのよね。都市の南で【髑髏鬼】と、港の倉庫街近辺で魚人海賊たちとの散発的な戦いは続いているから。わたしはわたしでアメリちゃんを見守ってる。そのことで、この間報告した続きの話があるんだけど……今日は止しておくわ」
神聖教会側が、盲目の聖女アメリに接触してきたことか。
それも一波乱がありそうだな……。
「了解した。ポルセンとアンジェは南の郊外か。ペルネーテの南というと墓地かな」
「はい。先ほど、ヴェロニカが話をしましたが、ポルセンたちは墓地の近辺にある集落街に縄張りを作り荒らしている集団の対策に出向いているはずです」
「おう。皆、聞いていたな? 血獣隊は中庭で待つとしよう。外に出る」
視界にチラついていた二十四面体を掴む。
ポケットに入れた。
血の髑髏の杯も浮いているが、これはそのままでもついてくるか試してみよう。
「うん」
「了解」
「にゃ~」
「にゃんお~」
「では、わたしたちは【天凜の月】の仕事に戻ります」
「わたしも戻ろう。あまり長居すると裏武術界の連中が、ここの屋敷を標的にしてしまう」
ザープは情報だけか。
直接、白色の貴婦人討伐を手伝ってくれるわけじゃないらしい。
彼も魔人キュベラスとの戦いがあるからな。
俺はザープとメルに頷いてから寝室の部屋を改めて確認。
パレデスの鏡を設置した場所は変わらない。
しかし、部屋の左が前よりも豪華な棚となっていた。
棚の中にしまわれたアイテム類と金庫に半透明の素材製の箱に入ったバニラビーンズの瓶を確認した。
ちゃんと保存されている。
その際、天使の微笑を浮かべたエヴァが、
「ん、シュウヤに貰った瓶」
と、バニラビーンズの瓶を頬に当てながら見せてくれた。
前に、ディーさんとリリィの店にあげた瓶。
作り方は簡単だしな。
「冷たいバニラは順調?」
「ん」
頷く、可愛いエヴァ。
「農家と契約したフルーツも、凄く美味しいのよ。この間の果樹園で手に入れたフルーツ類には負けるけどね」
「ん、あれは特別、レベッカはすぐに食べちゃったし」
「う、自分の分だけよ!」
食いしん坊のレベッカさんは健在だ。
そうして、肩に黒猫を乗せて、ひさしぶりに廊下に出た。
螺旋階段のある廊下。レベッカとエヴァたちが暮らしていた部屋もある。
二階には上らないが様々な思い出が蘇ってきた。
「ご主人様だ! 精霊様は……」
「お帰りになられた!」
「わぁ~」
イザベルたちが挨拶してくる。
「よ、皆。元気そうで良かった。ちゃんとおっぱい体操をしているようだな」
「「はい!」」
冗談で話をしたが、メイド長たちから元気な声が炸裂した。
調理場からも続々とキッチンメイドたちが駆け寄ってくる。
調理道具、調理食材を手に持っていた。
急いで料理を作ろうとしていたらしい。
笑顔で出迎えながらリビングに向けて廊下を歩きながら、彼女たちに、
「集まってきたところ悪いが、料理も食べたばかりで無用だ。そして、俺たちはまた違うところに向かう。だから、皆、ここの家を頼むぞ」
「「――ご主人様、行ってらっしゃいませ!」」
と、堅苦しい挨拶を寄越す皆。
俺は、無難に片手を泳がせる。
しかし、フルチンで廊下を駆け抜けていた頃はもっとフレンドリーだったような気がしたが……。
メルとザープが居るからか?
そんなことを考えながら、玄関口に向かう。
すると、皆の集合場所でもあったリビングの横が……。
また、ヘルメの居場所がより豪華に……。
『燭台の質が上がって祭壇が増えてますね……』
『んだな。小さいヘルメの姿と似た人形といい飾られている造花の花々といい……ヘルメよ。本気で彼女たちの教祖になるか?』
『お尻ちゃん教なら考えます』
『はは、面白いなヘルメは。俺のおっぱい教とどっちが上か!』
『閣下、勿論、おっぱい教の方が上ですよ!』
「ん、シュウヤ、変なこと考えてる?」
エヴァの方を見て笑ってたら、
「ばれたか」
「もう! わたしのヲ、見なさいよ!」
ヲが強烈な音程となったレベッカさん。
『閣下、冗談ですからね』
『わかってるよ。しかし、皆、ヘルメのことも見たいようだな。しかし、今回は急ぐ』
『はい』
そんなやりとりをしながら玄関から外に出ると、懐かしい中庭が出迎えた。
気持ち良い風が全身を撫でていく。
『ふふ、風の精霊ちゃんたちです――』
確かに……。
このペルネーテに住む風の精霊が俺たちのことを懐かしむようにも感じた。
前はよく分からなかったが……。
ヘルメとの融合が進んだ効果か?
覇槍ノ魔雄とやらに称号が進化した効果かな。
そんな感覚を得られた。
屋敷の手前、中庭の左右に、二つの大樹がある。
中央の広間は変わらない。
稽古に励む警備隊長のアジュールの姿もあった。
頭部が環状で、眼球が複数ある。
四腕と太い体幹。
そんな体躯で滑らかな体術を繰り出す凄まじい動きはハンカイとの模擬戦を思い出した。
地下オークションで売られていたのを買った。
極めて珍しい種族のアジュール。
腰に差したままの俺があげた魔界六十八剣の一つランウェンの狂剣を視認。
四つの腕に握られた剣を上下に素早く振るう。
続いて、宙に八の字を描くように剣を振るっていく。
迅速な剣術だ。歩法も見事……。
まだ彼は眷属ではないが、強い彼がここの屋敷を守ってくれているなら安心できる。
同時に、剣の先生ヴィーネ、ユイとカルードとの稽古の日々や八槍神王第七位桃色髪のリコとの槍勝負……武術街の友、八剣神王三位四剣のレーヴェ・クゼガイルとの修行を想起する。
会いたいな、皆に。
テラスの横に揃う植木たちと変な声で歌う千年植物に水をあげている使用人のミミの姿も見える。
邪界ヘルローネ製の樹木で作ったバリアフリーを意識した坂を下りながら中庭を確認。
洗濯物を干している使用人の姿もあった。
中庭の左下には厩舎小屋。
その前に居たポポブムが走り寄ってくる。
「にゃぁ~」
「プボプボォォォン」
肩から飛び降りて先を走っていく黒猫。
白猫も続く。
ポポブムの愛しげな法螺貝の音だ。
黒猫を出迎えるように走りながら涙を流している。
可愛い奴だ。
俺もポポブムに向けて走った。
「プボプボォォ」
「にゃ、にゃ~」
ポポブムの後頭部に乗った黒猫。
俺もポポブムの頬を撫でてあげてから……。
何かを語り合うような素振りのポポブムと黒猫。
……暫く黒猫とポポブムだけにしてあげるか。
と、振り返り仲間のところに戻る。
鍛冶の作業場と鍛冶道具が外に置かれた状態のミスティの工房が見えた。
ママニたちが暮らしている中庭の左にある大部屋も変わらない。
大きな盥が増えて、物干し竿が増えているのは些細なことか。
そのままアジュールのもとに向かう。
玄関口の俺が作ったアジュールの家が見えてきた。
警備員の家には見えない一軒家風。
一緒に歩いていたメルと魔人ザープは「では」と、頭を下げてから颯爽と走って玄関から外に出ていった。
ヴェロニカはマギットの方に歩いていく。
「よう、アジュール」
「主人! 帰還したのか!」
複数ある眼球たちが、蠢きながら、皆と俺のことを注視。
一つ、二つ、三つの目玉たちが、走るメルと魔人ザープを捉えて、俺の腰にあるアーヴィンの血魔剣の近くを回っている髑髏の杯を見ていた。
果たして、どんな視界を彼は体感しているのだろう。
そんな素朴な疑問を抱く。
そして、剣の柄から分離した髑髏の杯はちゃんと宙を漂いながら俺についてくる。
「おう、今帰った。血獣隊を連れてユイのところに向かうからすぐに離れるが」
「そうか、我は主人の役に立っているのだろうか」
「役に立っているさ。武術街とはいえ何が起きるか不明だからな。紺碧の百魔族であり剣士のアジュールが居るだけで、どれだけ安心できるか、ありがとうな」
「……主人、我はがんばる」
百個以上はありそうな眼球たちから涙が溢れていたが、気にしない。
すると、玄関口に見知った者たちが。
元虎獣人のママニ。
ピレ・ママニ。
元蛇人族のビア。
グリなんとか、スポーロ、いやストロー? 長すぎる。
元耳長のフー。
フー・ディード。
そして、ボクっ娘の小柄獣人のサザー。
サザー・デイル。
血獣隊の面々だ。
いい面構えに成長しているようだな。
俺の<従者長>たち。
「サザー!」
涙を流していたアラハが叫びながらサザーの下に走っていった。
サザーは驚き、
「え?!」
続きは来週です。
HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。」1~6巻発売中!




