四百四十四話 墓掘り人の吸血鬼たち
月狼環ノ槍の三日月の形をした大刀の穂先から狼の幻影が吠えつつ飛び出る。
それら、狼の幻影が中空を飛翔するさまは美しい。
反った穂先の峰の上部には環の金属が均等に並ぶ。
金属音は鳴らない。
九環刀のような感じか。
柄の魔法印字といい、狼の幻影といい、非常に幻想的でカッコいい槍だ。
続いて柄から様々な月の紋様が浮かぶ。
その紋様の群れは大気の中へと滲むように儚く消えた。
魔槍杖バルドークの<魔狂吼閃>とは違う……どちらかといえば、トフィンガの鳴き斧と近いか。
「……名は月狼環ノ槍というのか」
ハイグリアの声だ。
「そうだ」
「やはり、小月様とわたしたち狼との絆がある槍」
「月狼環ノ槍の名を知らなかったのか?」
「地面から突然生えてきた槍と聞いた。槍の文字はだれにも読めなかった。だから、絆のある槍という名しか、わたしは知らない」
「そういうことか」
小月の神様が突然、指を向けた方向にこの槍が生まれたからな。
「うん。旧神ゴ・ラードや白色の貴婦人から小月ウリオウ様の聖杯を守るためとはいえ……自らの身を犠牲とし、呪いの聖杯を逆に作ってしまったアルデルが使っていた槍……だと思う」
彼女は今さっき『悲憤に逸る呪いの聖杯伝説の話か……』と、訳ありふうに語っていたからな。
ハイグリアは、アラハが観念した様子を見て情報を出しても大丈夫だと判断したのかな。
そして、エルザとアリスたちが話をしていた〝アルデル〟とはこのことか。
御伽噺の一つとしてこの地方では、わりとポピュラーな話だったようだ。
小月ウリオウ様が、俺を見て、死んだアルデルと重ねた?
いや、神獣ロロディーヌの力と俺の称号効果による連鎖反応が引き出した奇跡というものだろう。
そう思考したところで、ヘルメが、
「――閣下、月狼環ノ槍の獲得ですね! トフィンガの鳴き斧に近い武具でしょうか」
「そのようだ。ま、武器の詳細は後だ。ロロ、洞窟の先に向かう」
「にゃ~」
俺の背後から新しい槍を見ていた黒豹はすぐに足下に来た。
尻尾で俺のふくらはぎを触りながら、豹の頭を腰元に擦り付けてくる。
黒豹だから鼻息が荒い。
そして、黒豹の首元から伸びている触手群に捕まっている小柄獣人のアラハも、当然、俺の近くを漂っている。
もこもこの羊の毛が少し宙に舞っていた。
「アラハもいいな」
アラハも俺の問いを聞いて、耳を震わせてから頷く。
「はい。潜入している仲間の下に案内します。神獣様、このまま前方の洞穴の先。最初の分岐は右です……」
アラハは神妙な顔付きで喋る。
仲間の潜入先に誘導するつもりだ。
表情から嘘ではないと分かる。
俺の<始まりの夕闇>を味わったからな。
一瞬だったが、アトモスフィアを侵蝕するような夕闇だ。
その夕闇が侵食したかのようなアトモスフィアを這う血鎖の群れ……。
さらに血鎖の衣を羽織った光魔ルシヴァルとしての俺の雰囲気もあるだろう。
アラハは、<大真祖の宗系譜者>を内包した<光魔の王笏>の力を間近で見た。
いや、視たんだからな……。
精神値が下がったことは確実か。
ダックスフンドのような一対の犬耳が、まだ、ぷるぷると震えている。
くっ、可愛い……ギリッと前歯を咬む。
羊毛のような柔らかそうな体毛は触りたい。
だが、我慢だ。
「ガルルルゥ――」
あれ? 黒豹の唸り声だ。
頭を俺の腰にぶつけて甘えていたが……。
なるほど、ぶら下がる魔軍夜行ノ槍業の書物に噛み付いていた。
表紙に牙を立てる黒豹。
魔軍夜業ノ槍業。
その表紙の片方には、魔獣に乗った白靄のマントに身を包む魔族の騎士の二人が悪魔模様の珠玉を争う模様の細工が施してある。
騎士の片方は大柄で四つ腕。
それぞれ特徴ある魔槍を握っている。
もう片方の騎士は、不細工で小柄。
不細工な彼も四つ腕で槍を持つ。
片腕の一つは切断されて血が迸っている。
これは元々ある表紙の絵柄だが、妙にリアルだ。
黒豹も思わず、その血を舐めようとがんばって舌を動かすが、むなしく、からぶるだけで、ツバが周囲に散った。
しかし、魔族の騎士たちが着こむ防具は、立派だ。
そんな騎士たちを穴だらけにしていく黒豹。
立体的な悪魔模様の珠玉は金具の留め金と繋がっている。
黒豹は、その紅玉をピンク色の舌でなめていく。
今さっき……俺の魔力を吸って思念波を寄越してきた魔軍夜行ノ槍業だったが……。
穴だらけという……。
さらに、紅玉のガラス面から飛び出る勢いだった闇の魔力も萎んでいる。
そして、紅玉をなめることを止めた黒豹さん。
――魔軍夜行ノ槍業に牙を立てた。
丁寧に装丁された皮に牙が刺さる。
「ガルルゥ」と、獣声を発して噛み付いていく。
魔軍夜行ノ槍業の奥義書を、食べはしないが……。
黒豹的には、丁度いい歯磨き感覚なのか?
歯ごたえがお気に入りなのか、何回も噛み付いていった。
『ひぃぃぁあぁ』
『あぁぅ』
『ぐぉぇぇ』
魔軍夜行ノ槍業から多数のもだえ苦しむような悲鳴が聞こえた。
「ロロ、槍の師匠となるかもしれない方々が入っているアイテムだ。噛むのはストップ」
「ガゥ? にゃぁ~」
噛むのを止めてくれた黒豹。
魔軍夜行ノ槍業は、相棒の唾でべたついていたが……。
黒豹の歯牙が貫いた穴は自動的に塞がって修復された。
その不可思議な現象を見て、再び興味を得た黒豹。
魔軍夜行ノ槍業におそるおそる近づいて豹パンチを当てようと、前足を慎重に伸ばした。
ピクリと震える魔軍夜行ノ槍業。
黒豹も、びくりと体を震わせて、驚く。
魔軍夜行ノ槍業から離れた。
さっきまで、ロロは噛んでいただろう?
と、ツッコミを入れたくなる動きだった。
驚くところが、黒豹の姿だが猫らしくて、いちいち面白い。
すると、黒豹はネコ科動物らしく、そっと魔軍夜行ノ槍業に忍び寄る。
魔軍夜行ノ槍業は、神獣が来るのが分かるのか、震えが激しくなった。
黒豹は、その震えている魔軍夜行ノ槍業に鼻をつけて匂いを嗅いでいく。
黒豹は、別段匂いの変化はないと認識したのか、鼻を離した。
そして、頭を傾げてから俺を見た。
斜めに向けた黒豹の頭部も、黒猫の時と同じく可愛い。
「……面白く可愛いが、ほどほどにな。それより窃盗団のメンバーを捕まえにいくぞ」
と、黒豹に話しかけてからエルザとヘルメに視線を向ける。
エルザは、黒豹の動きより俺が持つ月狼環ノ槍を凝視していた。
そんな俺の視線に気づくと頷く素振りを見せる。
エルザの首下や項から四方へとフィラメント状に伸びた魔糸群も縦と横に動く。
彼女の意思が宿るインナー防具かもしれない。
キサラのダモアヌンの魔女槍と同じような機構があるのかもしれない。
もしくは単純に左手の蟲の能力か。
エルザは黒い瞳の先を洞窟の先へと向けていた。
マスク越しの視線だが、その意思は分かる。
『ここの洞窟の先を進むのだな』といったニュアンスだ。
そんなエルザの側に居たアリスはヘルメを羨望の眼差しで見つめている。
子供のアリスから注目を受けていたヘルメが、
「閣下、準備はできています!」
そう喋りながら、水飛沫を周囲に飛ばす。
「わたしもです」
ジョディも白蛾を足下から発生させながら語る。
「しかし、地下からの侵入とは……」
「ツラヌキ団が持つスキルか?」
「はい。ツブツブは穴掘りが得意なんです」
アラハがそう喋ってきた。
仲間の名はツブツブなんだ。
「急ごう、シュウヤ!」
ハイグリアの言葉に頷く。
すると「わぁ」と歓声が響いた。
アリスだ。
ヘルメの姿を見ながらの言葉。
常闇の水精霊ヘルメの姿は美しいから仕方ない。
群青色の競泳水着風インナーが、悩ましい体にperfect fit!
和製英語なら、just fit!
纏う水を帯びた衣も煌びやかな仙女風の衣だからな。
キサラとサラテン娘たちが着ているような衣と似ている。
そして、指先の球根から咲く花から伸びている輝く紐もある。
女の子のアリスにとっては、たまらないモノがあるはずだ。
さっきも、ヘルメは、その輝く紐をハイグリアの尻尾に絡ませて、楽しげに遊んでいた。
アリスはヘルメの鑑賞の直後――。
黒豹の触手にぶらさがっているアラハの体毛を触り出す。
悪戯を開始していた。
「ンン――」
「あうぁ~」
黒豹が、そのアラハの体毛で遊んでいるアリスの身を黒触手で絡め取った。
そのまま、黒触手を自身の背中の上に運ぶ。
「――わぁ、こっちもふかふか~♪ モッフモフ~♪」
黒豹の背中に跨がったというか、抱き着いたアリスは子供らしく喜んだ。
遊園地の遊具に乗った気分なのかもしれない。
「――神獣様! あっちだよ! わるものを捕まえよー!」
「ンンン――」
「――ひゃっ」
そのままアリスが指した方向へ向けて、ロロディーヌは駆け出していく。
触手に捕まっているツラヌキ団のアラハの下半身から水分が撒き散った。
「ロロ速いな! 目印を用意しとけよ――」
「にゃおおおお―――」
猫声だが、神獣らしい声が耳朶を揺らす。
「んじゃ、二人とも準備はいいか?」
「うん!」
「わたしは大丈夫なんだが、シュウヤの優しさに甘えよう」
エルザの声音は穴に降りる直後と同じ感じの女性らしい口調だった。
ハイグリアは、その視線と声音を理解しているのか……。
エルザのことを睨む。
だが、すぐに溜め息を吐いて……。
尻尾を地面に垂らして諦めの表情を浮かべている。
俺は少し微笑ましく思えた。
「……もっと甘えていいぞ?」
「ふっ」
ハイグリアが、その言葉に嫉妬したようで、
「もう、ばかシュウヤ!」
「あはは、ロロを追うからな――」
そう、笑いながら<鎖>と<導想魔手>を発動。
月狼環ノ槍を握りながら――。
洞窟に降りてきた時と同様にハイグリアとエルザを抱き寄せる。
「ヘルメとジョディも行こうか」
「はい」
「行きましょう」
そうして、掌握察を用いながら前進開始した。
三角形が平面に並ぶ指輪から出していた光源を伴い走る――。
アラハが残しただろうアンモニア臭が漂うが気にしない――。
同時にモンスターのような魔素をそこら中から感じ取った。
ま、先を行く黒豹が仕留めるだろう。
数が多かったら沸騎士&リサナの波群瓢箪&アドゥムブラリを召喚かな。
ポケットから黄黒猫と白黒猫を出してもいいだろう。
強いモンスターだった場合、月狼環ノ槍を試す。
神槍ガンジスとの二槍流にも挑戦だ。
雑魚はできるだけ無視だ。
――前方に分岐が見えてくる。
左の方から人の集団のような形の魔素の感覚があった。
一瞬、ペルネーテの迷宮に挑んでいる気分となる。
――懐かしい。
迷宮都市で魔宝地図に挑む生活もなんだかんだいって楽しかった。
今まで出会ってきた様々な仲間たちの表情が、脳裏に浮かんでくる。
さて、人の集団だと思う魔素は無視だ。
右の道を進む。
すると、左右の穴からムカデのモンスターが出現した。
仲間が反応する前に、両手に抱くエルザとハイグリアを地面に置いて――。
すぐさま<鎖>を伸ばし対処。
ムカデの身を貫いたが、まだ生きている。
「タフなムカデだ」
ハイグリアが呟く。
俺は、「そうだな、対処は無用、俺が処分する――」と、話しながら、すぐに<夕闇の杭>を発動。
無数の<夕闇の杭>で、ムカデの全身をすり潰すように瞬殺。
続いて斜め前方の螺旋した洞穴から、トカゲの頭部を持った槍持ち兵士たちが現れてきたが、無視して、黒豹が先を行く洞穴を急いだ。
次の分岐は、上下に分かれた変わった洞窟。
上から、ランプを持った骸骨たちが漂ってきたが、ヘルメの十八番の氷槍がその骸骨たちを貫く。
バラバラになったが瞬時に復活する骸骨。
ランプも再生。
だが、ハイグリアとエルザが飛び掛かり、袈裟斬りにランプを斬ると、骸骨は消失。
「へぇ、今のモンスターはランプが弱点なのか」
「そうだ。百迷宮では中層に出るタイプだな。スケルトンランプ。あのランプを放っておくと、骸骨がとんでもなく強くなる」
「……百迷宮でも樹海近辺に現れるのと同じモンスターがでるのだな」
エルザがそう語る。彼女も知っていたようだ。
冒険者Bランクだからな。
それより重そうなヤハヌーガの大刃を片手で軽々と扱う技量が凄い。
ハイグリアと同じような速度で前進しながらの剣速は疾かった。
すると、
「――にゃおぉ~」
姿が見えないが下の方から黒豹の声が響く。
まだまだ上の方からモンスターの魔素を大量に感じたが……。
下か――。
近くの側面の壁に、乱雑な爪跡と肉球マークが岩壁にあった。
肉球アートか。
ばらばらになっていた骸骨の残骸が無数に転がっている。
どうやら、黒豹が仕留めたモノらしい。
そして、壁にできた肉球アートが可愛い……。
肉球の彫刻として欲しいかもと思ってしまった。
そんな壁のアートを見ながら、ハイグリアとエルザに手を伸ばした。
「行こう。下だ」
「うん、シュウヤ――」
「あぁ――」
二人の肉体の感触を脇腹に味わう。
ハイグリアは銀式の鎧をわざと外して密着してくる。
エルザの方は、まだ遠慮がちだったが……。
外套越しに感じる女性がもつ柔らかい肉体を感じた。
左腕のガラサスは反応してこない。
どうやら、蟲さんこと、ガラサスの性別は彼か彼女か分からないが、俺を信用してくれたようだ。
「んじゃ、下に潜る形で斜面を降る――」
速度をつけて、斜面に突入した。
「ふふっ」
「――ふっ」
俺の左右後方に居るヘルメとジョディの微笑み声だ。
どうやら滑るように降っているようだ。
可憐な姿だろう。
その姿を見たかったが――。
今は黒豹の後を追うことを優先だ。
両手に抱くハイグリアとエルザを振り落とさないことを気を付けて降る。
すぐに彼女たちの足場となっている<導想魔手>と<鎖>を意識した。
俺は<鎖>の一部を慎重にイメージ。
<鎖>をスケートボードのデッキへと変化させた。
車輪もしっかりとベアリングのようなイメージをしたからスムーズだ。
エラストマーのような弾力はないが一気にヒャッハーな気分となった。
そのまま斜面を降りる――。
この斜面に残った黒豹の痕跡が――。
また、いい感じのステアとなった。
すると、ステアというか上に弧を描く縁石が目の前に――。
<鎖>製のスケートボードの位置を調整してから重心を下げ、タメを作る!
尋常じゃない速度を生かそうか!
お椀の内側を駆けあがるイメージだ。
スケートボードが縁石を飛び越える瞬間――テコの原理『オーリー』の技でテール部分を蹴って上半身ごと真上に飛び上がった――。
俺たちは宙へと飛翔!
デッキは平行だ。<鎖>製だからイメージにより形は常に変化する。
翼はないが――――ヒャッハー!
「ひぃっ」
「あぅ――」
両脇の彼女たちは悲鳴を上げる。
済まんと思いつつも、彼女たちの腕の力が強まったから少し嬉しかった。
足の力を抜いて着地――。
<鎖>製のスケートボードの速度を落す。
「シュウヤ、この足下の小さい車はなんだ」
「スケートボードという物だ」
「小型の木車と似た物か……しかし、不思議だ」
「うむ……両手首から伸びている<鎖>が、元だな……」
エルザとハイグリアが、俺の両手首から伸びている<鎖>製のフットペダルのような足場と、俺が乗っている<鎖>製のスケートボードを見て語る。
しかし……急に上向くと、少し混乱する……。
黒豹が作った跡とは違う、細かな洞穴が上下左右に大量にあるからな……。
素人だと方向感覚が狂うだろう。
こりゃ完全に地下迷宮だな。
そんなことを考えながら、上へと続く坂のような洞穴を上っていく。
両脇で抱えているハイグリアとエルザは、昇っていく感覚を楽しむように周囲を観察していた。
すると、遠い上の方から凄まじい震動音が轟いてくる――。
その影響からか、岩や砂の欠片が落ちてきた。
黒豹が残したマークが近くにある。
だから、あの音の正体は黒豹が作り出しているのか?
また掘っているのか、それとも削っているのか?
そんな考えを抱きながら、やや反りぎみの洞穴を進む。
長い上りの道だ……。
その瞬間、モンスターの魔素の反応――。
ハイグリアとエルザも視線を向けた直後――。
「――お任せを」
ジョディが右から瞬間移動を行うように白蛾たちの軌跡を生み出しながら宙を前進。
そのジョディは分身したかのような不可思議な動きを繰り出した。
そして、襲い掛かってきた土竜を鎌の刃で真っ二つ。
灰色の土を纏った強そうな中型竜をあっさり仕留めたジョディは、そのまま洞窟の一部を大きな鎌の刃で切断しながら体を回転させて、横壁にドリル足を突け反転――。
飛翔しながら俺たちの近くに戻ってきた。
ジョディの活躍もあったが、全員で、対処しながら崖のような洞穴を上っていく。
崖のような岩を削り蹴りながら、上がりきったところで、上りの道は終了。
辿り着いたところは、平坦な広場だった。
視界は洞穴と違い、明るい。
吹き抜けの回廊か。
――風が涼しい。
海蝕洞窟のような雰囲気を持つ。
左右に空洞があるが……。
ずいぶんと先の方まで見えた。
その手前の中央では黒豹に乗ったアリスの姿が見える。
黒豹の背中に乗っているアリスは興奮していた。
勿論、触手に捕まっているアラハの姿もある。
彼女は、捕まっている触手の上で、ころころと転がされていた。
人形のように遊ばれている。
やはり黒豹はサザーと同じで、彼女がお気に入りか?
触手の平たい肉球の一部がアラハの脇腹をくすぐっているし。
しかし、そんな遊びを実行しながらも黒豹は同時に、岩を削る作業をがんばっていた。
複数の触手をマシンガンから連射している弾のごとく放ち続けている。
凄まじい連射だ……岩盤ごと削りぶち抜いている。
霧のような細かな土砂が……周囲に弾け飛ぶ。
巨大な岩や土は、芥子粒のように蒸発していく。
一瞬で、巨大な孔というか空洞を創り上げていた。
消えていなかった大量の土砂と岩の残骸は黒豹の左右に積み重なっている。
それは新しい壁や柱のようにも見えた……。
地面が不自然に窪んだところも多数ある。
大量の残骸のような岩や土が埋まっているようだった。
黒豹が無数の触手を使って、土砂を使い埋め立てたのかな。
こりゃ、完全に洞窟の地形は変わったことだろう。
やはり神獣ロロディーヌ。
やることが本当に凄まじい。
掘っている途中で、炎でも吹いたのか……。
溶けて固まっている岩の残骸もあった。
砂のままだと崩れるからか?
その形は、もう、めちゃくちゃだが……。
穴をちゃんと掘っていることは凄い。
ドワーフ顔負けの掘削作業といえた。
勿論、アリスとアラハが側に居るから、炎も全力は出してないと思うが……。
ちゃんと指向性のある小さい炎に徹していたことだろう。
ま、黒触手の数も尋常じゃないからな。
さらに黒豹の神獣としての仕事っぷりに感心したように、喜んでいる双月神の幻影たちが現れていた。
大月の女神様の姿は相変わらず傷だらけだが……。
黒豹が岩壁をぶち抜いた先に、小月神様ことウリオウ様は腕を伸ばしていた。
「ここは狼月都市の真下なのか? 不思議だ……」
ハイグリアが広場のような形となった洞窟の様子を見ながら呟く。
さっきと違って双月神の幻影は、俺にしか見えていないようだ。
すると、壁を掘っていた黒豹の動きが止まった。
壁が崩れた先から眩しい明かりが零れると同時に「きゃぁぁ」と、悲鳴が聞こえる。
掘削作業をしていた触手を瞬く間に収斂する黒豹。
迅速な速度で、前進――。
「宝物庫か!」
抱いているハイグリアが腕を伸ばして、叫ぶ。
どうやら本当に要塞の真下についていたようだ。
反対の手で抱えているエルザと、その叫んだハイグリアを、その場に降ろして、明るさが漏れている宝物庫に向かう。
綺麗な宝物庫だっただろう中は岩や土で汚れてものが散乱していた。
先に入っていた黒豹は、アラハと同じ衣装の小柄獣人を捕まえている。
例によって、触手が全身に絡んだ雁字搦め状態だ。
「ンン、にゃおぉ~」
黒豹は自慢げな表情だ。ドヤ顔はゆるす!
「偉いぞ、ロロ!」
「にゃ、にゃぁぁ」
黒豹も嬉しそうな鳴き声を上げた。
「新しいもこもこ~」
と、アリスが触手にぶら下がっているツラヌキ団のメンバーに手を伸ばしているが、黒豹は触れさせないように動かしている。
同じく触手に捕まっているアラハは、
「ツブツブ……」
申し訳ないとった表情を浮かべて捕まっている仲間の名を呟いた。
「どういうことだ。せっかく侵入できたと思ったのに!」
アラハを責めるようにツブツブと呼ばれたツラヌキ団のメンバーは叫ぶ。
彼女の足下に、熱を帯びたドリルの魔道具一式が置いてあった。
その特別な道具を使い掘っていたようだ。
そこに黒豹の触手の締め付けが強まったのか、ツブツブは沈黙した。
散らかった宝物庫の様子を見たハイグリアは、
「……良かった。神狼ハーレイア様が祝福した白狼の宝玉は無事だ。呪いの聖杯もある。双月樹の銀袋もある。死者の百迷宮から獲得した死者の宝玉も! キズィマンドの羽根、レブラの枯れ腕! 雷石血塊の結晶! ウラニリの血十字架、吸血王サリナスの血剣もちゃんと――」
その瞬間、俺たちの背後から魔素が近づいてくる。
姿は蝙蝠たち?
いや、一瞬で、人の形に変身した。
ヴァンパイアたちか。
燕尾服を身に着けた紳士集団?
一瞬、ポルセンとかホフマンを思い出す。
古風なヴァンパイアか。
そのヴァンパイアたちの一人が両腕を左右に伸ばす。
爪から髪と同じ赤い爪が生えていた。
古代狼族と同じような爪剣か。
<従者長>のユオと同じような剣の使い手ということではないようだ。
赤髪のヴァンパイアは両手を振るうと、喋り出す。
「ハハハ、お宝があるぞ!」
赤爪を生やした燕尾服の男がそう喋る。
「地下の狩りついでにオカシナ震動音を辿った先がこんなお宝の場所とは……」
そう呟く男だけ、青白い肌だ。
そして、耳が長い……。
元ダークエルフか。
彼だけが黒装束に紅色の靴を履く。
「ガハハハハッ、墓掘り人はこれだから、辞められねぇ!」
赤爪の男が、喜ぶ。
「しっかし、この地下は古代狼族の領域だろう? はやいところ頂いて消えないと、狼たちに追われるぞ……」
「あぁ、臭いを辿られるのは、厄介だ……」
禿げた男が仲間の言葉に同意するように呟く。
「だが、お宝が目の前だ……。こんなチャンス、めったにない。オレ、もう地下をさすらうゴミ集めはしたくなかったんだ……」
「とはいえ、墓掘り人の仕事は、時々こんなことがあるからな……」
墓掘り人の仕事か。そう喋ったダーフエルフ。
彼も蝙蝠から人型のダークエルフに変身した。
だからヴァンパイアらしい。
短い金髪に金眉。眉間に黶がある。
青い目。整った顔立ちだ。
そして、青い目の、この中心に立つ金髪ダークエルフは他と明らかに違う。
全身に身に纏う魔力の質が高い。
口元と丹田の位置で連鎖しているような妙な魔力操作を行っている。
ヴァンパイア独自の呼吸法だろうか?
キサラとは違う魔手太陰肺経のような魔闘術系の技術と推測したが……。
足元の<血魔力>も地面に吸い付いている。
その青い目の彼が持つ武器は刀。
……太刀か。刃渡りが太い。
波紋から紫色の魔力が浮き上がる。
防護服はヴィーネの男版といった感じだが……。
ユイのような和風の刀とは……。
「……そうだな……バーレンティン。墓掘り人の冥利って奴だろう?」
「あぁ、すべてを、滅し、すべての宝を頂く……」
刀を持つダークエルフヴァンパイアの名はバーレンティンか。
「……んあ? サルジンとバーレンティン。視ろ!」
左手前の禿げている渋い男が、ハイグリアを見て動揺した。
「なんだ? スゥン。慌てて……」
サルジンは、ヒャッハー! な髪型だ。
はっきりいって……薬でも決め込んでそうな面だ。
「……そこの古代狼族は、普通じゃねぇぇぇ! 銀毛、銀色の鎧……銀爪式獣鎧だぞ!! そして、槍使いが持つ武器を視ろ!!」
スゥンはハイグリアを見て叫ぶ。
そして、俺と月狼環ノ槍を見て注意を促す。
「……おぃおぃ、お宝の門番が神姫だとでもいうのかよ」
「神姫とは聞いてねぇ! 逃げたいが、逃がしてくれる相手じゃないか」
「しかし、お宝だぞ。黒髪の人族が持つ槍は……え!? 鑑定を弾く?」
「……サルジン、おせぇよ」
「……黒髪の槍使いか……」
バーレンティンが呟く。
勿論、俺たちはすぐに戦闘態勢を取っていた。
そして、黒豹はもうこの場に居ない。
アリスと小柄獣人のツブツブとアラハを連れて宝物庫の入り口の方に避難していた。
相棒は、戦うところと退くところを理解している。
後で、たっぷりとご褒美をあげよう。
しかし、宝物庫の入り口の方だよな……衛兵とかが居るとは思うが……。
まぁ黒豹なら大丈夫だろう。
そこで、仲間の位置を確認。
左にヘルメとジョディ。
やや右の後方にハイグリアとエルザだ。
そのエルザは左腕を晒していた。
俺に見せていたような眼球は出ていない。
ガントレットの一部が変形している。
甲の部分と繋がった小型盾とその盾から三本の爪の刃のようなモノが伸びていた。
ガラサスの能力だろう。
右腕一本で背中に装着してあったヤハヌーガの大刃を引き抜き、構えている。
金髪の青目を持つバーレンティンは強者。
だが、強者とはいえ相手がヴァンパイアなら一掃は楽かもしれない。
いや、そう安易に考えるのはよくないな。
そして、素直に襲い掛かってこないことが、何よりの証拠。
言動で頭が悪そうな奴がいるが、それはフェイクだろう。
少し、退いて退路を確認しているし、パーティのような役割があると感じる。
確実に優秀な部類の集団だ……。
バーレンティンは経験豊富なダークエルフらしく刀の穂先の向きを変えながら、状況が有利な場所はどこか探すように、視線を巡らせて俺を注目している。
用心深いからこそ、話し合いに応じる気配はあると見た。
「シュウヤ、ツラヌキ団とは……」
このヴァンパイア集団がツラヌキ団の可能性は正直分からない。
「違うと思うが……」
ハイグリアにそう話す。
「閣下、一掃するならお任せを、ジョディちゃん」
「はい、精霊様。ですが……」
俺はジョディの流し目の視線に頷く。
彼女も俺と同意見だろう。
元死蝶人としての勘が、いや、もう死蝶人と呼ぶことは失礼か。
ジョディはもう<光魔の蝶徒>だからな。
その彼女の能力と、鋭い勘が、彼らと交渉の余地が〝ある〟。
と思ったからこその、無手で、あり、俺への視線だ。
そこで、ヴァンパイアたちを注視。
ヴァルマスク家、パイロン家、ローレグント家、ハルゼルマ家……。
高祖十二氏族だとして……。
トップの<筆頭従者長>ではないだろう。
その下の<筆頭従者>かな?
地下を放浪しているとしたら、その下の<従者長>クラスが妥当か……
あとは妥当なところだと……。
黒の貴公子のような滅んだとされるハルゼルマ家の生き残り?
単なる、支族、外れヴァンパイアたちの集団?
等、疑問は無数にあるが、まぁ聞いてみるか。
何事も、アイムフレンドリーは、変わらない。
俺は一歩前に出ながら、
「あなた方は、どこのヴァンパイアでしょうか」
「どこか、か。俺たちは……墓掘り人って奴さ」
「この槍使いは、十二氏族としての名を求めているんじゃねぇか?」
サルジンという名前のヴァンパイアが、皆に聞いている。
「ハルゼルマから逃げた者だ。元は人族だぞ、昔の名はヒレカン」
「……俺も人族だった。遠い昔、ヴァルマスク家の連中から接触をうけたが……分家って奴か」
「俺は獣人の血を引く。オッペーハイマンの吸血鬼ハンターから逃げた」
そして、気になっていたダークエルフは、
「わたしの名はラシュウ。かつて、第三位魔導貴族エンパール家に所属していた」
エンパール家……。
続きは来週を予定してます。
そして、8月25日にHJノベルス様から「槍使いと、黒猫。」1-10巻が発売中。
活動報告に1~10巻のカバーと口絵が載っています。
興味がある方はどうぞ! コミックスの槍猫もよろしく!




