四百四十三話 新たなる師匠たち、八怪卿との出会い
2021/01/12 15:30 修正
2021/10/09 0:18 魔界ルグファント→魔城ルグファント修正
巨大銀狼は白狼たちを従えるように吼える。
白狼たちを連れつつハイグリアの周囲を回り始めた。
彼女に何か気持ちを伝えようとしている?
さらに、ハイグリアの周りを歩き続ける巨大銀狼と白狼たちは、首振り動作をしてきた。
俺たちを誘っている?
その直後――。
巨大銀狼と白狼たちの幻影はハイグリアの体を突き抜けた。
横壁の中へと消えていく。
「あれは小月様と、わたしたち狼との絆がある槍かもしれない……」
「壁に出現した槍?」
「……そうだ。枠となって消えた方樹槍と同じく……失われたウリオウ様と古代狼族の秘宝だと思う」
「おぉ」
「秘宝!」
エルザとアリスが声を上げた。
「気になるが……」
俺の言葉にハイグリアは頷く。
両手の指から銀色の爪が伸びた。
いつもとは少し違う。
切っ先は丸い。
動揺している?
それも当然か……。
今さっきの双月神たちに続いて巨大銀狼の登場だ。
「しかし、ハーレイア様とその眷属様たちは……声だけか。双月の女神様たちのようにハーレイア様の姿を直々に見たかった」
あれ? 見えてなかった?
俺はその銀狼のことを聞こうとしたんだが。
ハイグリアの周囲をハーレイア様だと思う巨大銀狼と子分的な白狼たちが回っていたのに。
双月神たちの姿は見えて巨大銀狼たちの幻影は見えていなかったのか。
ハイグリアの背後から現れたから……。
てっきり彼女にも見えているかと思ったが。
姿を現した双月神たちが特別だっただけか。
そのハイグリアは……。
双月神たちが出現していた宙を見てから、その女神の指した壁に生えた長柄武器を見つめている。
皆も巨大銀狼たちの幻影に気付いていなかった。
ハイグリアと同様に壁から出現した長柄武器を見ている。
しかし、黒豹は違った。
巨大銀狼と白狼たちが消えた壁の方に頭部を向けている。
そして、四肢を躍動させて壁の方へと素早く移動――。
壁に近付いた黒豹は鼻先を、その壁につけた。
少し小柄獣人の悲鳴が聞こえた。
相棒の触手が捕らえている小柄獣人も移動している。
壁はさっきと同じ。
砂利を含めて石が多い。
が、綺麗な断層模様だ。
凹凸も激しく表面は湿っている。
そんな壁に黒豹は、ふがふがと鼻を当てて匂いを嗅ぐ。
一生懸命なことは伝わってくる。
これといって、壁に変化はないと思うが……。
いや、神獣の黒豹だ。
もしかしたらまた鼻に何かを付着させてくるかもしれない!
と、期待したのも束の間、
『この壁、土臭いにゃ~』
と、考えたか分からないが……。
濡れた鼻をピンク色の舌で舐めながら振り向いてきた。
紅色と黒色の虹彩で俺を見つめてくる。
つぶらな瞳は可愛い。
「鼻が濡れただけか?」
黒豹は俺の問いに、
「ンン」
喉声の返事を寄越すのみ。
黒豹としてのシャープさのある頭部を、プイッと、横へずらした。
そして、横腹から生えた黒毛を自慢するかのようにゆっくりと歩き出す。
走り出した。ストライドの長い走りだ。
無駄のない筋肉が躍動した豹らしい四肢の動き。
反対側の壁に向けての突進だ――。
鼻が濡れたことが嫌だったのかな?
「きゃぁぁ」
黒豹の触手が体に巻き付いている小柄獣人は悲鳴を上げる。
目を回すように瞳が回転していた。
ロロディーヌはそんな悲鳴を無視。
壁に向かって跳躍――。
その壁を前脚でタッチしてから、後脚で蹴った。
三角跳びを行う――宙で身を捻るロロディーヌ。
黒曜石のような黒毛の胴体は艶があって美しい。
長い尻尾でバランスを取り、また身をひねり横回転。
そのまま俺たちの近くの地面に両前足をつけて着地した。
すると、後ろ姿が目立つようなポーズを取る。
太ももから生えている黒毛がモッフモフだ。
ヘルメ立ちかい!
とツッコミを入れる間もなく――。
また、その場で、楽しげに踊るようにくるりと横回転。
「――まぁ! すばらしいポージングダンス! 沸騎士たちを超えています!」
一人、ヘルメだけが興奮している。
いや、二人目がいた。
アリスだ。連続で拍手して、小さくジャンプしている。
ヘルメと一緒になって、はしゃいでいた。
触手に囚われている小柄獣人は……。
激しく揺れていた。
天然のジェットコースター気分を味わっているのかもしれない。
彼女にとっては災難か。
ま、仕方ない。
黒豹に捕まってしまったのだから。
そんなモッフモフのポーズを繰り出していた黒豹さん。
「ンン――」
小さい喉声を鳴らしつつ尻尾を上下左右に動かしてから、俺の足下に戻ってくる。
無言でアピール。
紅色と黒色の瞳で一生懸命に見つめてきた。
俺はそんな黒豹の頭を撫でる前に、
「ウリオウ様が出現させた長柄武器が気になる」
すると、近くにいたアリスは、黒豹を触るふりをしてから反応した。
「――聖杯伝説のおとぎ話の一つに登場する槍かもしれない!」
と、やや興奮気味に喋る。
そのアリスは、俺の顔を見てから洞穴の壁に生えている長柄武器へと小さい指を向けた。
そして、エルザが、
「やはりアルデルが残した書にあった秘密通路なのか?」
「うん!」
エルザは頷く。
アリスとエルザは内輪ネタで頷き合った。
アルデルとは、何だろう。
二人は俺たちと洞窟の様子を窺う。
ぶつぶつと語り合っていく。
アリスは弾んだ口調だった。
それを聞いていたハイグリアは、表情に翳を落とす。
「悲憤に逸る呪いの聖杯伝説の話か……」
そう、訳ありふうに語るハイグリア。
「ハイグリア、何かこういった現象と繋がる話でもあるのか?」
「ある、が……」
視線をツラヌキ団の小柄獣人に向けている。
窃盗団に聞かせたくないようだ。
古代狼族に伝わる宝に関することかな。
「分かった。とりあえず、このノイルランナーの尋問を急ぐとしよう」
長柄武器も気になるがまずは尋問だ。
ロロディーヌに視線を向けて、
「ロロ、そのノイルランナーをここに運んで」
「ンン――」
黒豹は喉声を発し触手を操作。
しなる触手を少しだけ首元に収斂――。
その首元に納まる引き込み速度は、掃除機のコンセントを収納する速度を有に超えている。
「キャッ――」
小柄獣人は悲鳴を上げた。
そんな凄まじい速度の勢いでもって小柄獣人は、俺の足下に移動してきた。
俺は黒豹を見て、
「――さんきゅ!」
と、お礼をしてから、疲弊してそうな小柄獣人を見る。
「……さて、君の名を聞こうか。ツラヌキ団のメンバーさん」
小柄獣人の瞳をジッと見つめていく。
彼女の瞳は揺れている。
「くっ……名はアラハ」
「名前はアラハさんか。ツラヌキ団の仲間は、この洞窟の先、狼月都市の内部に潜入したのか? または、ツラヌキ団の隠れ家に通じていたりするのかな」
「……喋るつもりはない」
普通はそうなるよな。
俺は眼に魔力を込めながら、アラハを睨む。
「アラハ。今は素直に喋った方がいい……」
と、無難に勧める。
その直後、アラハは瞳孔が散大し収縮した。
……このままでもいずれは喋るだろう。
しかし、急ぐ。続けて、
「今、さっきの双月神の導きと神獣の力を見ていただろう……それが、どういうことか理解できていないようだな」
「……」
アラハは沈黙。
瞳を左右に動かし首が少し震えている。
理解はしているようだ。
「ツラヌキ団にどういう理由があるにせよ。潜入していると推測できるお前の仲間を捕らえることに変わりはない。だから、のちのちのことを考えて、普通に喋った方がいいと素直に勧めているだけだ。今、喋らないなら立場がより悪くなるだけだぞ」
これで話をしてくれれば、楽だが……。
喋らなくても……。
ヘルメとジョディも居る――。
前後にある洞穴の先が、もし分岐した道に変化していたら彼女たちに頼もう。
俺の視線を受けたヘルメとジョディは頷いてくれている。
今日のヘルメは真面目モードが多い。
俺は一度、そのヘルメたちへと頷いてから……。
再び小柄獣人のアラハを見た。
良し、本格的に尋問といこうか。
左手首に巻き付かせていた<鎖>の先端を少し動かしながら――。
――血魔力<血道第三・開門>。
微細にコントロールした<始まりの夕闇>を発動。
俺の足下から小さい闇が生まれ出る――。
夕闇世界が俺の周りの極狭い範囲を侵食した。
続いて<血鎖の饗宴>を発動――。
着ている暗緑色の防護服の隙間から伸びていく血鎖でアラハを囲む。
「……」
子犬のようなアラハは完全に恐慌した。
白目を剥いて気を失う。
だが、すぐに強く揺らして、起きてもらった。
「……しゃ、喋るから、こ、この、闇をやめてくだしゃい!」
「分かった」
すぐに<始まりの夕闇>と<血鎖の饗宴>を消失させる。
「一人、潜入している仲間が居ます。双月樹の宝物庫にある秘宝を幾つか盗みだしているはず。そして、盗む、我らツラヌキ団にも理由があるのです!」
一人か。
「そんな行動理念は知らないな。で、前と後ろどっちだ?」
アラハは口をもごもごと動かし喋ろうとしたが、
「ンン、にゃ、にゃ~」
黒豹が答えた。
『あそこ、前の洞穴にゃ~』と、いったように鳴いている。
触手の一つを、洞窟の先に向けている。
平たい触手の先端から銀色に輝く骨剣が突出した。
すると、アラハの双眸が揺れる。
俺が事前に『神獣の力』と話していたことが本当のことだと理解したようだ。
愕然としたような面を浮かべた小柄獣人は瞳から涙を零していた……。
諦めにも似た感情だろうか。
仲間への想いがあるような面だ。
……ツラヌキ団の事情が、少し気になった。
しかし、現段階では可愛い女の涙であろうと同情はしない。
「窃盗団の理由か。ま、それは後だ」
そのタイミングで、周囲に視線を配り、
「案内はロロに任せるとして。アリスの言葉じゃないが、俺は槍使い。あの長柄武器を調べたい。槍だったら、俺が貰っても良いかな?」
皆に向けて、そう話した。
「いいぞ。構わない。わたしの武器はこれだからな」
エルザは背中を見せる。
ヤハヌーガの大牙だっけか。
「うん、いいよ。悪者をとらえよう!」
「はい。双月神が閣下に向けてくださった物」
「そうですね」
「もし、失われていた秘宝なら、古代狼族の掟書と合議でうるさい狼将たちが黙ってないと思うが、ま、わたしと番う予定のシュウヤなら大丈夫だろう」
古代狼族の掟書か。
階級を持った兵士たちが居たように、古代狼族たちにも法があるようだ。
戦国時代の分国法に近いのかもしれない。
武田信玄が作った甲州法度は有名だ。
主君でさえ法に拘束される部類だったようだが……。
この古代狼族たちの掟はもっと簡潔かもしれない。
「ビドルヌ。彼がわたしの存在を知れば……黙ると思いますよ」
ジョディがそう話をしてきた。
「ぬ、それもそうか。帽子をかぶってないジョディの姿はもう死蝶人とは呼べないが……過去にダオンの祖父と戦ったことがあったのだったな」
「はい」
「んじゃ、あれを調べる――」
俺は、壁に生えた長柄武器の下に小走りで向かった――。
壁から生えたように後部が突き出ている。
その長柄は、やはり槍だろう。
後部しか見えないが……。
魔槍杖バルドークの金属棒の幅に近い。
この長柄武器は人型生物が持つことを想定した槍系武器だ。
棒の中心は鋼の質感を持った色合い。
その鋼色を焦げ茶色が縁取っている。
鋼を木材がサンドイッチするような感じかな。
枠用のニスを塗った木材にも見えた。
柄頭は小さい月の形。
すると、壁から突き出ている長柄が近付いた俺に反応。
長柄から渦を巻いた魔力の波が出た――。
魔力の波は狼を模る。
その狼の魔力波は螺旋しながら月の形をした柄頭と繋がった。
魔力波と繋がった月の柄頭は月明かりのように皓々と輝く。
輝いた槍はパワーを得たかのように刺さっている根本の壁の上下左右に亀裂を生んだ。
――甲高い音も鳴り響いた。
さらに断層がずれたような地響きも遅れて鳴り響く。
大丈夫か?
この洞窟……。
不安に思ったが崩れる気配はない。
良し、後部だと思われる月の形はお洒落だし。
早速、この長柄の槍を触ってみよう――。
その鋼色の表面に淡い蛍が光ったような魔力が滲む。
続いて、その表面からルーン的な文字が微かに凹凸を作りながら浮き上がった。
ルーン文字は小さい月と狼の紋様。
リアルタイムに浮き上がり刻まれていく。
タイミングよく魔法印字を刻む紋様たち。
言語的な意味合いも兼ねているようだ。
そして、紋様の一つ一つが俺のことを試すように虚ろにぼやけた。
……ぼやけたが……。
紋様の文字に意味があることは分かる。
だが、なぜ、ぼやけるんだ。
目に力を込めながら……。
俺は右目の側面部位にある手裏剣の形の金属を触る。
指先でつついた。
カメラの焦点が合うようなエフェクトが掛かり紋様が鮮明となった。
良し――文字を翻訳していく。
「……月、環と、あ、前に狼か。なるほど、月狼環ノ槍が名前か。魔槍技として、攻ノ型・<影狼ノ一穿>があるようだ。他にも攻ノ型があるようだが……ぼやけている。仕掛け武器も内蔵していると分かるが……」
古代語でいう月狼環ノ槍が正式名なのもしれない。
「シュ、シュウヤ――」
エルザが突進してくる。
「それは古代文字だぞ。しかも、見たことのない神代文字だ! 読めるのか?」
マスク越しにキスでもしてくるような勢いで驚きながら顔を突き出してきた。
マスクから漏れた息が色っぽい。
目元の僅かな皮膚しか見えないが、無防備すぎる……。
と思った直後――。
彼女の左腕辺りの外套が蠢く。
ガラサスか。
俺のことを警戒しているのか。
そのことは告げず槍のことを見ながら、
「……一部だが読める。月狼環ノ槍が正式名らしい。魔槍技として、攻ノ型・<影狼ノ一穿>も刻まれているようだ。んじゃ手に入れるか」
エルザを退かすように腕を出す。
長柄武器に手を当てようとした。
その瞬間――狼たちの遠吠えが鳴り響く。
さっきと同じ声か?
しかし、銀色の毛が美しかった巨大狼の幻影は見えない。
黒豹は後方に居る。
待機しているからこの狼たちの声に気付いていない。
その刹那、唐突に視界がぐにゃりと湾曲。
『器よ、気をつけろ。取り込まれるなよ――』
サラテンが思念から警告してきた。
同時に俺の腰元の魔軍夜行ノ槍業が反応。
槍の奥義書の装丁された表面を彩る悪魔模様の珠玉を争う魔族騎士たちが、また煌めく。
立体的な珠玉が俺の魔力を吸い取る――。
前は閻魔の奇岩から魔力を吸ってきたが……。
直に吸ってきやがった。
すると魔軍夜行ノ槍業を装丁していた一部の皮と羽毛がめくれるように剥がれ落ちた。
落ちていく皮と羽毛たちを自然と闇炎が包む。
皮と羽毛が剥がれ落ちて燃焼する度に珠玉の湾曲面から出る渦を巻く黒い魔力が増大していった。
そして、前と同じく騎士たちが握る魔槍たちが……。
前よりも激しく嗤うように湾曲を始める。
魔槍たちが独自に意思を持って蛇が踊るように盛り上がった。
同時に不細工な悪魔騎士の片腕からも血が迸る。
次の瞬間、魔軍夜行ノ槍業が、
「ドクンッ」「ドクンッ」「ドクンッ」
と、前にも増して連続した心臓の鼓動音を轟かせてきた。
さらに八本の魔槍たちの内部から書物から轟く心臓の鼓動音と合わせるようにバスめいた重低音で歌声を響かせてくる。
われら、八大、八強、八怪、魔界八槍卿の魔槍使い。
われら、八鬼、八魔、八雄、魔界八槍卿の魔槍使い。
われら、魔城ルグファントの八怪卿の魔槍使い。
われら、かつての異形の魔城の守り手!
われら、唯一無二の魔界八怪卿なり!
復讐の怨嗟に燃え滾る、異形の魔城の守り手!
われら、ルグファントの八怪卿なり!
われら、魔界八槍卿の魔槍使いなり!
『……何だ? 歌? ルグファントの八怪卿?』
俺は聞くような思念波を――。
防護服の紐に繋げて腰にぶら下げている魔軍夜行ノ槍業へと飛ばす。
その途端、ぴたりと歌声は止まった。
『そうだ。使い手よ。わたしは、雷炎槍のシュリ』
鈴の音のような女性の声だ。
『俺は、塔魂魔槍のセイオクス』
平坦さを感じる男の声。
『我は、悪愚槍のトースン』
厳つい感じだ。
『オレは、妙神槍のソー』
男性の声だ。
『妾は、女帝槍のレプイレス』
お? 姫様っぽい。名前的にお偉いさんか。
『俺は、獄魔槍のグルド』
ヤンキー系か?
『わたしは、断罪槍のイルヴェーヌ』
え? シュヘリアに近い声音だが、少し渋いか。
『わしは、飛怪槍のグラド』
渋い、爺さんの声と分かる。
幻影は浮かんでこないが、八人の特徴ある声が聞こえてきた。
『……魔城ルグファントの守り手だった八怪卿。魔軍夜行ノ槍業に棲んでいる列強の方々と、お見受けしましたが……俺に何の用でしょうか。今はこの新しい槍を貰おうとしたところで、用事が他にもあるのですが……』
そう、失礼のないように思念を飛ばす。
<光の授印>を超えてくる奴らだ。
慎重に相手をしなければ……。
その魔軍夜行ノ槍業から、
『その曰くの槍は……双月神と神狼かァ? 神界に部類した獣ノ槍だろう? そんなしけた獣ノ槍なぞ、捨て置けよ! 俺の獄魔槍を学んだ方が、のちのち得だぜェ!』
ヤンキー系の声だ。
名はグルド。
『双月神と神狼の下りは賛成ね。でも、わたしの雷炎槍の方が、使い手には合うと思うの! 俊敏さをもった槍歩法は、魔界で随一だったからね! かの闇神アーディンと、ボシアドも、わざわざ魔眼を用いて模倣した自慢の槍歩法なんだから! その分、厳しい修行を経てもらうことになるけどね……イヒ』
鈴の音のようなシュリの声だ。
いいかもしれない。
俊敏さをもった槍歩法を使っていた雷炎槍の使い手だったらしい。
『こぇぇ笑い……だ。しかし、魔槍技と魔人武術は、はぇぇだけではな? 昔、狂眼の野郎にも、古の歩法だとか……言われて、馬鹿にされていただろう。その点、俺の獄魔槍の<破豪>系統の槍技は強烈だ。特に、魔人武王の弟子ラスアレの右腕を穿ったこともある魔槍技が一つ<獄魔破豪>は破壊力が抜群だぞ!』
『ふん、あんたは、魔壊槍のような技の自慢話ばっかり』
グルドとシュリは仲が悪いようだ。
『……また喧嘩を始めるつもりか……使い手よ。そんな二人より妾の女帝槍を学ぶのだ。自身を触媒とする特別な魔槍技を教えてやろう。魔神、荒神、呪神、旧神、神界の神々、その眷属、兵士たちを多数屠れるぞ。魔城ルグファンドがどうして異形の魔城と呼ばれたか教えてやろう』
レプイレスさんか。
最初はお姫様っぽい声だと思ったけど。
威厳さを感じる。やはり偉い女性の声かもしれない。
『あら、喧嘩ではないからね。使い手が誤解しちゃうから、ちゃんと伝えておくけど、わたしを馬鹿にしてきた狂眼トグマは、わたしと戦って負けたからね? 悔しくて馬鹿にしてきただけよ』
シュリは狂眼トグマを負かしたのか。
俺もペルネーテの二十階層で、その狂眼トグマと戦った。
四眼ルリゼゼや、轟毒騎王ラゼン、アムシャビス族のスークといった魔族たちは、魔界の神々たちが争った結果、ペルネーテの二十階層へと集団転移してしまった。
と、ルリゼゼから聞いた。
その迷宮都市ペルネーテの二十階層は異世界だ。
十五層もまた違うニューワールドという異世界。
邪界ヘルローネという広大な異界と繋がっている。
そんな異界の地で、邪界勢力や神界勢力たちと争っていた魔族たちを思い出す。
そして、友のルリゼゼ。俺の眷属の<従者長>のカルードもそうだが「艱難汝を玉にす」を実行しているだろう。
彼女は四つ腕の武人であり侍だった。
と、思い出したところで、
『くだらんな。オレ様の妙技の方が、この黒髪の兄ちゃんには合うと思うぜ? 二槍流も学んでいるようだしな』
このソーという名の男性の声はチャラい感じだが……。
イケメン声かもしれない。
『いや、ソーの武術は癖が強い』
断罪槍のイルヴェーヌさんの声だ。
シュヘリアに近い。
『そうは言うが、臨機応変さは大事だ。槍においての花である戦場の環境は、一定ではないのだからな』
二槍流のソーは、魔界の戦場で活躍していたようだ。
『……それでも、わたしの吸血神ルグナドの身体に傷を与えた断罪槍の方が、いいだろう。実際に、わたしの型と動きの質を見れば、魅力的に映るはずだ。そして、断罪流槍武術は、古の魔皇に仕えたこともある魔界騎士グレナダも模倣した秘技。魔力消費も大きいが……縦横無尽な動きは神獣を使いこなしている使い手とも合う』
イルヴェーヌさんの口調は堅さがある。
女騎士風の声音だ。
『……塔……』
塔? 念話なのに、分かり難いとはどういう……。
『わしの飛怪槍はどうだかのぅ……』
グラド爺さんは分かりやすい。
それぞれに特徴ある音程を響かせながら念話を繰り出してくる。
どうやら、俺に槍技とか武術を教えてくれるらしい。
そんな声音の者たちへ失礼がないように意識して、
『槍歩法、魔槍技……皆様方が、俺にわざわざ武術を教えてくださると?』
『そうだ』
『そうよ』
『ただ、ではないがな』
『カカカッ』
『……その条件とは何でしょうか』
しかし、ラビウス爺さんは奥義書と語っていたが、そういう意味だったのか?
ま、リスクはありそうだけど。
すると、俺の思念を受けた魔軍夜行ノ槍業は、閃光を発した。
魔軍夜行ノ槍業から飛び出てきた鏃の形をした魔法文字が視界に浮かび散る。
その瞬間、
『魂だ』
『……セイオクスの言葉は本気にしちゃだめよ。普段からこの調子であまりしゃべらないからね』
『おい、使い手の魂を得てどうする! おれたちを裏切る気かよ。意味がないだろうが』
『……塔……』
『カカカッ、口が魔糸で覆われているセイオクスは、放っておけい。各々方……わしが代表して使い手に思念を送ろう。よろしいか?』
この、八怪卿たちのまとめ役はグラド爺さんか。
『いいわよ。一応は、魔城ルグファントの八怪卿の頭目だからね。でも、使い手。爺の言葉を呑む前に、雷炎槍が一番だ、ということを認識して? チュッ』
ぬお、思念なのに何か息を感じた!
『チッ、投げキッスかよ! 色仕掛けか? シュリめ、使い手が男だと把握してやがる』
『ま、野郎なら女の見た目に流れる気持ちは分かるからな。そして、オレもグラド爺が代表で説明するなら賛成だ』
グルドとソーが笑った質で念話を寄越す。
『承知した。爺に任せる。だが、獄魔槍が一番だからな。そして、シュリはだまれよ』
『はいはい~』
『妾も、色仕掛けをした方がいいのか?』
レプイレスさんの色仕掛けはいいかもしれない。
『ゴッホン、皆、そこまでだ』
『シュリが――』
『黙らんかい! 神魔石を喰らわすぞ! このままでは説明できんだろうが! ということでわしが説明しよう。使い手よ。条件とは、第一に八大墳墓の破壊だ』
八大墳墓は前に聞いた覚えがある。
『第二の条件は?』
『わしたちを殺した者に<死突>を! わしたち魔城ルグファントの八怪卿を潰し、わしたちの肉体を奪った者に復讐を! わしたちを封じた者に死を! ルグファントの戦旗を取り戻せ!!』
『そうだ。魔人武王とその弟子たちのすべてを討ち、穿て!』
『『――魔人武王ガンジスを討ち果たせ!』』
凄まじい思念波たちが、俺の脳内に木霊した……。
鐘が鳴り響く。
『……魔人武王の名は、何回か聞いたことがあります。その者を倒せば……奥義を教えてくれるのですか?』
『そうだ。第二は簡単ではない。長期間となろう。だから魔人武王の弟子と戦うか、第一の条件である八大墳墓を破壊すれば良い。ま、これはあくまで前提の話だ。その前に……使い手のおぬしが、わしたち八怪卿の中から好きな者を師匠として選び、弟子入りの〝宣誓〟をするのだ。そこから、すべてが始まる……」
グラド爺さんたちを師匠に……。
だが、俺には風槍流のアキレス師匠が居る。
『師匠として選ぶ……』
『そうだ。厳しい修行があるとはいえ、わしら魔城ルグファントの八怪卿に弟子入りできるのだぞ。ありがたいことだと思え。そして、いくら優秀な使い手であっても、わしら八怪卿の奥義のすべてを学べるとは……到底、思えんがな? カカカッ』
グラド爺さん……怖い嗤い声を含んだ、思念波だ。
アキレス師匠とは、根本的に異なる爺さんだな。
しかし……。
『学びたいですが、お断りします』
『え!? な、なんだと……』
『もう、俺には偉大な師匠が居るんで……』
さて、月狼環ノ槍を回収するか。
『ま、まてぃ。魔城ルグファントの八怪卿の弟子となれば、各々の魔人武術から奥義も学べるのだぞ……各諸侯からも厚遇を受けるはず。さらには、魔人武術大会議にも出席が可能となろう。各地にある魔界都市の大市場の催しにも……まだ残っているのなら魔城ルグファントの正式な後継者に……魔君主に……』
『槍技には興味がありますし、学びたい。ですが、名声に興味はありません』
『このような誘いを断るとは……頼む。わしらの弟子になってくれまいか……』
グラド爺さんの声音が弱まってしまった。
逆に、頼まれると……。
断り難いな、仕方ない。
これも縁。
新たなる師匠たち、八怪卿との出会い。
槍を学べるし、師匠になってもらうか。
だが、風槍流の基礎は変わらない。
今後も発展させるつもりだ。
だから槍武術が強くなるなら……。
アキレス師匠も許してくれるだろう。
剣を含めたら師匠は一杯いるし……。
『……分かりました。学べるなら学びたいです』
『『おぉぉぉ』』
八人皆が、喜び、叫んだ。
魔軍夜行ノ槍業が震えている。
『使い手! 良く言った! わたしの弟子になったら、ご褒美をあげる!』
『妾も色仕掛けを……したほうがいいのか?』
おぉ、俺も震える。
『――だまらんかい! す、すまんの、使い手よ』
『いえ、八大墳墓がある場所に行けたら行こうかと思います。破壊もそこで考えます』
『承知した』
『では、月狼環ノ槍を回収したいので、弟子の宣誓については、また今度――』
俺は、強引に心の内部で鳴り響く鐘の音を、引き延ばすようなイメージで腰に備わる魔軍夜行ノ槍業へと、自らの濃い魔力をぶち込んだ。
――その瞬間、魔軍夜行ノ槍業は静かになった。
外れかかっていた金具も自動的に収縮する形で紅玉に絡まり本としての装丁が整う。
ふぅ……揺らいでいた視界も元通り……成功。
内心、かなり焦ったが……無事に済んだ。
そして、今のできごとはコンマ数秒か。
微かに魔軍夜行ノ槍業が震えているが、皆、気付いていない。
しかし、ルグファントの八怪卿の一人のセイオクスという方は……。
俺の魂を欲していた。
回りはフォローしていたが……。
その思念波は、冗談とは思えなかった。
だから、この魔軍夜行ノ槍業をペルネーテのスロザが鑑定したら……。
第二種どころか……。
第一種危険指定アイテムに分類されるかもしれない。
いや、鑑定能力を弾く可能性の方が高いか。
さて、不安を感じても仕方ない。
目の前の、月狼環ノ槍が待っている。
ハイグリアが言うには、狼たちと月の女神様との繋がりを持った槍らしいが。
この月狼環ノ槍を回収してツラヌキ団の小柄獣人の仲間を捕らえてしまおうかと月狼環ノ槍に手を当てる――。
その途端、月狼環ノ槍は〝俺の存在を待っていた〟と語るように掌に柄自らが吸い付いてきた。
そんな月狼環ノ槍の期待に応えるように掌に力を込めて握る。
一気に月狼環ノ槍を壁から引き抜く――。
槍の穂先が露出。
その矛は、朴刀と杭が合わさったような小型の剣の形。
厚みがある剣刃だ。上部に金属環が均等に並んでいる。
しかし、青龍偃月刀のような刃を持つ魔槍グドルルのように長くはない。
すると、握っている月狼環ノ槍から魔力が伝搬してくる――。
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13巻が、2021/01/23日に発売しました。
最新刊の16巻が、2021/10/19日に発売予定。
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