四百四十一話 勇壮な吠え声と音楽と窃盗団
掌の<ザイムの闇炎>を消した。
運命を感じさせる団子が好きなジョディとアイコンタクトして、
「お菓子と茶を食べ切ったし、外に出ようか。ハイグリアに紹介しよう」
「承知」
エルザの言葉を聞いてから立ち上がる。
「うん! ごちそうさまでした」
律儀に頭を下げて挨拶するアリスはいい子だ。
ネックレスも揺れている。視界に浮かぶ常闇の水精霊ヘルメが警戒するようにネックレスを注視している。先ほどアリスはネックレスをキーとした魔力の波紋を背中から発生させていたからな、ネックレスの濃密な魔力をナチョラルに操作しているようにも見えた。たぶんアリスが様々な勢力から狙われている理由の一つだろう。そう考えながら、イートインスペースの外へ腕を伸ばす。
「……おう。外に出ようか」
と皆に向けて喋り、誘導した。イターシャは黒豹の代わりのように俺の肩に座っている。猫でいうスフィンクス座りかな? 長細い胴体だから前足と後脚は見えない。
鼬のイターシャの背中の白い毛を指で梳いて撫でたくなったが、我慢。
皆は先に席を離れていく、他のテーブル席へとパフェ風お菓子を運んでいたウェイトレスの仕事が終わるのを待った。その仕事を終えたウェイトレスを呼び止めて代金を支払う。
踵を返し、駄菓子屋のイートインスペースの出入り口で待っていた彼女たちの下に駆け寄り、そのまま一緒に通りに出た。
通りを行き交う獣人たちの数は多い。肩にいたイターシャが降りて、斜め前を歩いていたジョディの足下へと駆けていく。
「あ、イターシャちゃんがジョディちゃんの下に! はやい~」
アリスは小さくジャンプを繰り返す。
ジョディの背中を追いかけるように走る。
素早く地面を走る鼬の動きを見て興奮したようだ。
先ほど指を伸ばして触ろうとしたが、イターシャに触れることはできなかったからな。
イターシャはジョディのドリル型の爪先から長い足を駆け上がる。
くびれのある腰元から小さく横斜め上に跳躍して、腕に飛び移って、そのまま二の腕を駆け肩の上に到達し、動きを止めると、くるりと身を回転させて俺たちに頭部を向けてきた。
小動物のイターシャのつぶらな双眸が小さいビー玉のように見える。シュッと伸びた鼻筋と桃色の小鼻が可愛らしい。
鼬らしい鼻から左右へ伸びた白髭も可愛い。
まさに、森の妖精らしい可愛らしい鼬ちゃんだ。
そんなイターシャの体毛は、白色の毛がメイン。
前の姿は、そのほとんどが半透明だったが……。
サラテンと一緒に、他の剣精霊たちを倒した結果、力を得たということかな?
イターシャの獲得でスキル獲得はなかった。
だからイターシャの使役も、<サラテンの秘術>としての技術体系の範疇内ということか。
今のようにイターシャは自由に動いている。
だが、いざ、直接イターシャを操作しようとなった時……。
じゃじゃ馬のサラテンと同様にイターシャの操作も難しいかもしれないな。
サラテンの操作は……。
ドローンを遠隔操作するより難しい。
「bioSync」のような他者と体性感覚を同調することを超えた……。
他人の脳と腕が直接繋がった奇妙な操作感覚に近いからな。
左手に宿るサラテンは、神剣だから例えることが難しい……。
ま、今は……イターシャとサラテンは、徐々に能力が増えていくスキルと……。
認識しておくか。
「――幼い鼬ちゃんのイターシャちゃんは、サラテン様の眷属ですよね」
<光魔ノ蝶徒>のジョディが俺の思考を読んだように、自身の肩に乗っているイターシャに話しかけていた。
白鼬のイターシャは上半身を上向かせて、聞いてきたジョディに対して頭部を向ける。
人族とさほど見た目が変わらないジョディは微笑み、
「シュウヤ様が使役した精霊様の幼子という感じでしょうか。ルシヴァルの紋章樹に住まうルッシー様のように……」
イターシャは、そのジョディの呟きと似た言葉を聞いて、小さい頭部を傾げる。
その何気ない仕草は、オコジョ風で凄く可愛らしい。
胸元から小さい剣の切っ先が飛び出ている。剣精霊の証しだろう。
剣というか、銀色の爪楊枝だろうか。
一寸法師が持つような針のような切っ先。
そんな銀色の爪楊枝を囲う黒毛の小円を作る模様が胸元にあった。
「頷いているのですね。しかし、喋れない?」
白毛が綺麗な鼬姿のイターシャは、ジョディの言葉を聞くと、何回も可愛く首肯する。
「俺の左手の中なら、イターシャも思念の会話が可能だった。訛っていたけど」
「そうなのですね。しかし、胸元の黒毛が可愛いです」
「小さい蝶ネクタイにも見えるからな」
俺たちの会話を聞いていたアリスが小さい腕を上げて、
「イターシャちゃん! モフモフしてそう~触りたい~」
幼い足をクロスするように、スキップしながら歩くアリスは、ジョディの肩に居るイターシャ目当てにジョディへと近付いていく。
一方でエルザは俺の手を凝視しながら、
「小動物も驚いたが、その左の手の内にある傷のような紋様は……瞼か?」
と、聞いてきた。
「シークレットウェポン、秘術だ」
「……秘術系のシークレットウェポンとは恐れ入る。武神寺の秘技、南王術の秘技、仙王流の秘技、等が何処かに存在すると噂を酒場で聞いたことがあったが……」
武神寺の秘技か。南王術とは初耳か?
水槍流が存在したように各地方には色々な流派があるんだな。
俺は自分の左手を見ながら、そう考えていると、
「掌の秘術スキルは、他の武器も秘匿している。ということか」
「そうかもしれない」
エルザは、笑みを意識して喋った俺の顔を、目を細めながら睨んでくる。
そのエルザの黒瞳と視線が合うと、少しドキリとした。
エルザも同じように感じたのか不明だが……。
視線を少しずらす。
そして、また、俺の顔を見つめてくると、瞬きを数回、繰り返してから頭を振る。
アウトローマスクを揺らしながら、自らの外套に付着していた黄色い粉を右腕で払った。
「……ふふ、可愛らしい吐息ですね?」
ジョディの声だ。
そのジョディの頬の近くに小顔を寄せているイターシャが居た。
イターシャは、小さい鼻をくんくんと動かしている。
小動物だが、鼻息は荒いらしい。
「イターシャも、ジョディが気に入ったようだ」
「わたしと同じ白色だからでしょうか?」
「たぶんな。胸元に黒いマークもあるが」
『うんうん』と、視界の端で頷いていた小型のヘルメが、
『ハートちゃんのような胸マークですね! とてもキュートな剣精霊ちゃんです。水を飲ませてあげたい!』
興奮して喜んでいる。
そして、全身から竜巻を起こすような水飛沫を発生させていた。
『ぐぬぬ、妾は……』
不満そうなサラテンが念話を寄越してくる。
子分が注目を浴びて、気に食わないのか。
『サラテン。外の状況は分かるだろう? ここは戦いの場じゃない』
『フン! 馬鹿にするな。妾をなんだと心得ておる! この地域の地下にありそうな神々の残骸を見つけてやろうと思ったのに!』
神々の残骸か、サラテンの神剣が刺さったままだった岩、ハンマーヘッドか。
あの岩はサラテンの神剣でも貫けず、不思議な石模様だった。
あのような岩の塊が、この狼月都市の地下にあるというのか?
しかし、今は左手のサラテンを外へ出すつもりはない。
ジョディの肩へ腕先を伸ばし――イターシャへ指を向けた。
イターシャはアリスと違い、俺の指が顔に迫っても逃げない。
やや寄り目になりながら……俺の人差し指の先端に小鼻をつける。
鼻息の微かな風が可愛い。
鼻孔を拡げ、窄めの、ピンク色の小鼻が忙しなく動く。
クンクンッといったように俺の指の匂いを嗅ぐイターシャ。
すると、指の匂いに満足したイターシャは、指先を舐めてきた。
この舌の感触は黒猫と違う。
ざらつきが少ない。
そして、俺の指を飴玉とでも思っているのか……。
勢い良く、一生懸命に、指を舐め続けていく。
俺の指を舐めるのを止めたイターシャは、ジョディの肩の上で、楽しそうにくるくると回り出すと、その勢いをもってジョディの長細い首へと飛び付いた。
イターシャは尻尾から長細いオコジョのような胴体をジョディの首に絡ませていく。
最終的にジョディの首に巻き付いたイターシャ。
新しい白マフラーにも見えた。
ジョディは銀髪に白っぽい衣装だから、余計にお洒落さが増す。
買って上げた蝶の飾りが、綺麗な髪飾りとも合う。
一見、白マフラーにも見えたが、使い魔のような式神系の管狐のようにも見えてくる。
ま、妖怪も剣精霊も似たようなもんか。
そして、そのイターシャは、俺に何かを伝えようとしているらしい。
ジョディの首に胴体を巻き付かせた状態で、身を反らして、細長い頭部を俺に向けてきた。
「どうしたイターシャ。ジョディと友達になったか?」
身を反らしていたイターシャは器用に頷く。
そして、自身の尻尾の先でジョディの首下を優しく撫でていた。
その瞬間、ジョディが「あぅ、くすぐったいですよ」と色っぽい声を発しながら、微笑んで、
「わたしと友達ですね?」
「――きゅ」
ジョディに対して、イターシャの返事の声が可愛い。
共通語は喋れないが、微かな声は出せるようだ。
「んじゃ、イターシャの鑑賞会は終了だ。ロロのとこに行くぞ」
「はい」
「うん!」
元気良く声を上げたアリス。
「無事に済めばいいが……」
エルザはそう心配そうな声を漏らし、アリスを見る。
「しんぱい?」
「うむ」
アリスはエルザと俺を交互に見て、
「……神姫様だもんね。でも、シュウヤ兄がなんとかしてくれる!」
子供の期待には応えてあげるのが、大人だ。
少しドヤ顔を意識しながら頷く。
しかし、心配しているエルザの気持ちは分かる。
彼女にしてみれば、古代狼族を代表するような神姫との対面だ。
古代狼族に捕まってしまうリスクは、当然に、捨てきれていないだろう。
そのリスクを背負ってでも、エルザとアリスを狙う相手は強い?
そうではなくて、この都市の近辺で活動したい強い理由が、追われていること以外にもあるのかもしれない。
アリスは最初……。
遺跡と聖杯のことをエルザに対して報告していた。
と、考えたところで、
「……エルザ。ここは俺を信用してくれ」
「……分かった」
エルザは黒い双眸を輝かせるように虹彩に蠢く幽体たちの数を増やしていく。
何回も思うが、見ていて飽きないし、不思議な魔眼だ。
青白い幽体、ユイの<ベイカラの瞳>のような感じなんだろうか。
左腕の蟲のことを重視していたから、まだ、彼女の魔眼のことはあまり聞いていない。
……ま、魔眼どうこうより、彼女のことを信用する。
短い間だが、色々と話し合えた。
と、考えたところで、エルザの言葉に頷きながら、ハイグリアたちの方を見ていく。
古代狼族を代表する神狼。
品のある銀色の爪鎧と同じ銀色お体毛は、遠い位置に居ても分かる。
相棒の黒天鵞絨のような四肢を持つ黒豹の姿も確認。
――皆を連れて、ハイグリアと相棒の下に近づいていく。
商店街が続く大通りの脇から進む。
相棒とハイグリアの姿が大きく見えてくる。
周囲には、土の残骸のようなものが散らばっていた。
通りだから、道路工事でもしている感じに古代狼族や獣人たちから視線が集まっている。
そんな中、黒豹姿のロロディーヌは、首元から伸ばした無数の黒触手を一人の小柄獣人に絡ませて、自慢気に持ち上げていた。
そのぶら下がっている小柄獣人の衣装は……。
先ほど通り掛かった盗賊というか忍者集団と同じだ。
身に纏う黒を基調とした服の形からして、女性かな。
「ロロ、その捕まえたノイルランナーはどうしたんだ?」
俺がそう聞くと、黒豹は頭部を向けてくる。
紅色の虹彩を埋めるように、黒瞳が少し散大していた。
やや、ドヤ顔気味だ。
「ンン、にゃぁ」
『捕まえたにゃ~』と、いったような感じだろうか。
「うぅ、離して……」
小柄獣人が声を震わせながら呟く。
解放して欲しいようだが。
「神獣様! その窃盗団のメンバーの体をくすぐって楽しんでいたようですが、身体を離してはだめですよ! これから警邏の兵に突き渡すのですから」
ハイグリアは凛々しい黒豹姿のロロディーヌに対して、敬語気味に話す。
「ハイグリア。この獣人を知っているようだが」
「うん。神獣様が捕まえたノイルランナーは有名なツラヌキ窃盗団の一味だ」
「窃盗団か……他に仲間が?」
窃盗団……。
先ほど通りがかった集団の言葉と符合する。
双月樹と秘宝とか、黒い獣に邪魔されたとか、そんなことを話していた。
「そうなのだ。古代狼族の縄張りや樹海の外。とくに南方のハイム川の支流を含めて、各地方に出没しお宝を盗んでいると聞く。そして、今の今まで、そのメンバーを捕まえたことがなかったのだ!」
ということは黒豹が、治安に貢献か。
黒豹が掘った穴も確認。
底は深い……横にはガリガリと削ったような爪跡が残っている。
無数の触手骨剣を地面に向けて撃ったかな?
ガトリング・ガン風に触手骨剣を連射したのかもしれない。
底には……地下道があるようだ。
落下していく輝く枯れ葉が光源となって綺麗だった。
――え?
その輝く枯れ葉の一部が、神々しい女性のような幻影を暗闇に作り出した。
幻影はある方角を指した瞬間――消失。
消えてしまったが地下道を指した?
道しるべ? 不思議だ。ここからだと地下道の幅も光源の範囲しか見えないが……それなりにあるようだ。
人は二人か、三人は通れそう感じだろうか。
大通りは硬い岩盤の上にあって、下は洞窟と繋がっていたのか……。
「……ロロの目的がどうであれ、穴を掘っていたら地下通路に到達し、そこに居た窃盗団に所属するノイルランナーの一人を、遊びながら捕まえたと……」
そう、笑みを意識しながら黒豹へと視線を向ける。
黒豹の両前足は、土と葉が混じったように汚れていた。
「にゃぁ」
黒豹は笑みを浮かべるような表情を浮かべて鳴いた。
「巨大ミミズを見つけたわけじゃなかったのか」
「にゃ」
なるほど。
しかし、黒天鵞絨のような黒毛が美しく大人びている姿だろうと……。
素直に返事をするロロディーヌは、可愛い。
「神獣様は地下ミミズもたくさん食べていたぞ。しかし、神獣様の嗅覚は凄い! 地下で活動していた窃盗団のメンバーを捕らえてくれたのだからな!」
そのハイグリアのリズムを持った褒める口調と同調する黒豹。
長い尻尾をハイグリアの尻尾に差し向けた。
「ふふ、虎獣人並みに鋭いわたしの<嗅覚列>をも超えている! ハーレイア様もきっと褒めてくださるはずだ!」
ハイグリアの力ある言葉の後――。
黒豹は口を尖らせるように頭部を上向かせている。
「にゃぁ、にゃぉぉぉぉん、にゃあ、にゃおぉぉぉぉ~ん」
狼のように吼える黒豹。
勇ましいが、雌らしく口元がシャープだ。
――黒女王、ここにありと、誰かに魅せつけているようにも見えた。
その光景を見ていた周りの古代狼族たちが、口々に感嘆めいた言葉を叫ぶ。
「凛々しい黒豹様だ!」
「わぁ~」
「凄い声だ。新しい狼の狛犬様?」
「ハイグリア様が、お連れした偉大な神獣と聞いたが……」
「道中の活躍は、凄まじかったらしいぞ」
「道中を共にしたある小隊長は、体中を舐められてしまったらしい」
「聞いた聞いた。神獣様のお気に入りらしいな」
「……しかし、あのポーズは! 神農の宴だろうか」
「確かに、似ている。かつての狼狛犬様に……」
神農の宴? 狼狛犬様が居たらしい。
そういったように至るところから黒豹を褒めていく言葉が聞こえてきた。
調子に乗った黒豹が……何回も吼えていく。
凛と張った胸元から発せられたような鳴き声は……悠々と宙を飛翔する。
そして、神獣の誇りを持った勇壮な吠え声へと変化を遂げた。
古代狼族たちは声が響く度に独特な歓声と拍手で応える。
とんがり帽子を被った樹海獣人たちが通りを行き交うように踊り出す。
そして、楽器を持って歌い出す――面白い……。
神獣ロロディーヌの勇ましい声と連動した古代狼族の声と、樹海獣人たちが楽し気に踊り、歌い、楽器を奏でていった。
ある種の類い稀な舞台音楽みたいだ。
そう、チャイコフスキーのくるみ割り人形の『こんぺい糖の踊り』のような……。
すると、輝く枯れ葉が上から落ちてきた。
枯れ葉は付随音楽の風に乗ったようにふわりふわりと漂いながら相棒に向かう? 舞台音楽の中心として活躍するように吼えていた黒豹の鼻先に落ちた。
輝く枯れ葉が黒豹の鼻先を優しく触るように付着した。
「――ンン、にゃあ~?」
鼻先に葉っぱが付着した黒豹は吼え声を止めて鳴く。
『これは、にゃんだ~?』と鳴いた感じか。
ここからでは横顔しか見えないが寄り目を浮かべていそう。
「神獣様、どうしたんだ? おかしな顔を浮かべて!」
黒豹の近くで歌っていたハイグリアは、歌を止めて、心配そうに黒豹を見て騒ぐ。
その黒豹は、鼻先の葉っぱを取ろうと、頭部を激しく上下させていったが取れない。
当然だが、触手に囚われている小柄獣人は、激しく揺れていた。
「アワワワワッ」
小柄獣人は目を回すように混乱めいた声を上げていく。
空中ブランコを楽しむどころじゃないだろうな。
「ンンン、にゃ~ァ――にゃぉ」
黒豹は『それどころじゃないにゃ~』といったように鼻に付着した枯れ葉を取ろうと、今度は頭部を左右に動かし始めた。
だが、鼻に付着した枯れ葉は、輝きを増して離れない。
黒豹は、
「にゃぁぁーンンン――」
『これ取ってにゃ~』と、俺に助けを求めるような鳴き声を上げて走り寄ってくる。
「――うひゃぁ」
黒豹触手によって体が雁字搦め状態の小柄獣人も、勿論、一緒に移動してきた。
その忍者風衣装を着た小柄獣人は無視。
……よし。
黒豹の鼻に付着している枯れ葉を取ってやろう。
すると、アリスが、鼻に付着して取れずに困っている黒豹の側に駆け寄っていった。
「あはは! おもしろ~い。神獣さまのお鼻に綺麗な葉っぱが、のってる! そして、この獣人さんはワルモノ?」
自身のネックレスに触れていた幼い手を黒豹に伸ばしながら語るアリス。黒豹の姿を見ても、怖がってはいないようだ。
「アリス、そのノイルランナーには触れるなよ?」
エルザはアリスに注意を促す。
アリスの指先は確かに禍々しい魔力が漂っていたが……。
「あ、うん、だいじょうぶ。<闇蠍の誘い>は発動しないから」
意味がありそうな言葉を呟くアリス。
「そこの子供。その窃盗団のメンバーは警邏隊に渡すのだから、触ってはだめだ」
「は、はい!」
ハイグリアから注意を受けたアリス。
しかし、その耳を凹ませたアリスは黒豹を近くでも見ても平気のようだ。見た目は鼻に輝く枯れ葉を乗せているが、野性味溢れる黒豹だ。だから多少は怯えてしまうかもしれないと思ったが杞憂だった。
エルザに視線を向ける。
いつも一緒に居るだろうエルザの左腕には蟲のガラサスが棲んでいる。
相棒なんて可愛く見えるほどの存在だ。
魔防具のガントレットの内側から飛び出すような眼球も持っているし……左腕という蟲の本体もあるんだからな……。
本体のガラサスとしての姿はまだ見たことがないから……なんともいえないが。
あまりガラサスの本体としての姿を想像はしたくないが……。
総筋力値:103
エレニウム総合値:18324
といった、カレウドスコープの値も見たし……。
そして、二段階、三段階と変身した邪神ヒュリオクスの眷属の新パクス触手体と戦ったことがあるから、エイリアン級の知的生命体を想像してしまう。
が、蟲の生物の妄想は止めておこう。
エルザは美人とアリスが教えてくれたし、と考えたところで、アリスに視線を向けて、
「……アリス。鼻に葉が付いているが、これが相棒。神獣のロロディーヌだ。エルザもよろしく」
「うん! よろしくおねがいします! 神獣さま!」
「……名はエルザ。凛々しい黒豹の姿を持つ神獣様……よろしく頼む」
明るいアリスとは違って、エルザは少し声音が震えていた。
緊張しているようだが……。
彼女はアウトローマスクを身に着けているから、表情は分からない。
「ンン、にゃお」
鼻に付いた輝く枯れ葉を取ることを諦めた黒豹も、二人に挨拶するように鳴いていた。触手の一つを伸ばす。
その二人に触手で挨拶するのかと、思ったが、違った。
<光魔の蝶徒>のジョディの肩に移動していた白鼬のイターシャに触手を向かわせていく。
和風ジャケットを着ているジョディの肩に居たイターシャも「きゅっ」と可愛い声を上げながら小さい前足を伸ばす。
イターシャは黒豹の平たい黒触手の裏側にある肉球と、自身の小さい前足の裏側を合わせていく。
互いに獣版『ET』ではないが肉球タッチングをしていた。
リズムのいい、面白い動き。剣精霊だが、鼬の姿だ。
獣と獣だし波長が合うのか?
その微笑ましい様子を見てからハイグリアへと視線を向ける。
「ハイグリア。触手にぶらさがる窃盗団のことと、穴の先の地下道で重要な話があるが、ひとまず彼女たちを紹介しよう――」
そう喋りながら、腕をアリスへと向けた。
「ネコ耳を持つ、可愛らしい獣人少女がアリスだ」
褒めると照れるような仕草を取るアリス。ハイグリアは頷く。
続いて、アリスに差し向けていた腕を外套姿のエルザに向け、
「隣の外套を着ている方がエルザ。背中にあるように大剣使いだ。彼女たちと友となった。だから、仲良くしてくれると嬉しい」
ハイグリアは、エルザとアリスのことを凝視。続いて、ジョディの肩に居る小動物のイターシャが黒豹と遊びを様子を見て、羨ましそうに眺めていく。
途中からエルザとアリスのことを忘れたようにイターシャを笑顔で眺めていた。
肉球タッチング踊りに交ざりたいようだ。
俺も交ざりたい、アリスも交ざりたいような視線でイターシャを見上げている。
ハイグリアは『はぁ~いかんいかん!』といった面持ちとなってキリっと表情を整えると、
「――いいぞ! シュウヤの友ならば、今日、今から、わたしの友となる! アリスとエルザ。よろしく頼む!」
笑顔のハイグリアは素敵だ。
チャームポイントの犬歯かな、その牙がキラリと光る。
片腕を伸ばしてサムズアップ、親指を立てた『お~けぇい!』と、明るい意味がありそうなサムズアップ的な動きを見てボンのことを思い出した。
「わーい。神姫様ありがとうー! よろしくお願いします!」
「よろしく頼む」
ハイグリアはアリスとエルザに向けて頷いていた。
さて、この触手にぶらさがる窃盗団メンバーの身柄と、地下道ハイグリアに伝えるか。
「その新しい友は気になっていた店で知り合ったのか?」
「そうだ。だが、このエルザとアリスは色々な組織から追われている。詳しい理由は後で話すとして……」
ぶらさがっている小柄獣人と穴を見る。
「急ぐのか? しかし、そこの窃盗団のメンバーを警邏隊に引き渡そうと思うのだが」
「ハイグリア、そのことだが……」
触手によって洗濯物を干すように、宙にぶら下がっている小柄獣人を見ながら、
「ロロが捕まえた、この窃盗団のノイルランナーだが、身柄を俺に預けて、いや、裁く権利をくれないだろうか」
「な、どうして盗人を……」
「ふふ、あなた様は、頭の回転が速い」
頷いているジョディは笑っている。
「何か考えがあるのだな……」
ハイグリアはジョディの表情と俺の表情を見比べる。
すると、視界の端で頷いていたヘルメが。
『ジョディも閣下の考えを読んだのですね』
『ヘルメも分かったか』
さすがは、常闇の水精霊ヘルメ。
今日は、真面目モードだ。
『はい。この小柄獣人のお尻ちゃんをチェックするのですね』
残念、分かっていなかった。一瞬エコーが掛かるスローモーション付きの横受け身や前回り受け身を披露したくなったよ、地面を豪快に叩くような、見事な柔道の受け身を!
と、そんなことは告げずに、
『……違うがな。先ほどの大通りで、この小柄獣人の仲間と推測できる集団を見かけたんだ。双月樹と秘宝がどうとか話をしていた』
『はい、分かりました! この窃盗団のメンバーから色々な情報を得て、ツラヌキ窃盗団のアジトに突入し、窃盗団を殲滅するのですね」
『戦いを望むなら殲滅するまで戦うが、まずは接触だ』
『なるほど! 首魁と交渉し、そのツラヌキ窃盗団の戦力を、まるごと懐に取り入れようと……』
『……その通りといいたいが取り入れる……は、気が早い。何事も交渉次第だ』
『はい。しかし、ロロ様が捕まえた成果とはいえ、ノイルランナーの身柄を閣下が得た場合。ハイグリアちゃんは大丈夫として、他の古代狼族の防衛機構が黙っているでしょうか?』
『……黙ってはないだろう。まだ誰も捕まえたことのない情報源だからな。だから、ここから先は、あまり目立たず裏から迅速に実行する。地下道から古代狼族の要塞内部に侵入しているだろう窃盗団のメンバーも、俺が先に捕まえよう』
『今、捕らえているツラヌキ団のメンバーと同じく、侵入しているメンバーが重要な人員だった場合、首魁との交渉時に利用ができそうですね』
『命を大事にしているリーダーだった場合だな』
捕らえられるか、まだ不明だが……。
ま、何もしないよりは行動する。
『はい。早速、地下から狼月都市の内部に侵入している窃盗団のメンバーを捕まえに行きましょう!』
『おう。地下がどんな構造になっているのか、まだ分からないが……』
視界に浮かぶ小型ヘルメは、微笑む。
そして、全身から水飛沫を発生させてから、独特のポーズを取り、
『大丈夫です! 先鋒はわたしにお任せを! わたしにしか、できないこともありますから!』
ヘルメしかできないことか。
もし、枝分かれした迷路だった場合、複数に分かれて探索した方が速いからな。
道が分かれていなくてもスライムのような液体状の移動は素早くステルス性能も高い。俺の<隠身>よりは効果もあるだろうし、向いているか。沸騎士よりは確実に向いているだろう。
アドゥムブラリも翼があるし、偵察はできるかもしれない。
『ならば良し、暫し待て』
『はっ』
ヘルメとの脳内念話をコンマ数秒も掛けずに終了させる。
臨界期を無限に引き起こすエクストラスキル<脳魔脊髄革命>の思考力と判断力のアップを噛みしめながら、ハイグリアに視線を向けた。
「そうだ。ハイグリアのいう通り……様々に考えがある」
明日も更新予定です。
HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1-20」発売中。




