四百三十三話 リサナの能力と剣精霊たちとの戦い
「――ありがとうございます。気に入りました! 今日からリサナと名乗ります」
魔力の性質を持った涙のような雫を瞳に溜めている。
泣いている?
「……良かった」
リサナは肩を震わせる。人好きそうな笑顔を浮かべた。
可愛らしい小さい雌角の先から零れていく桃色の粒が増大した。
面白い。リサナは喜ぶと角の先端から放出する桃粒が増えるんだろうか。
さて、名前はすんなり決まったから波群瓢箪の中身を聞こうかな。
象の鼻を持つ時獏は、雲錆・天花と語っていた……。
「……雲錆・天花という言葉は聞いたことある?」
「天花……この足下の<血花・喰>というスキルがありますが、覚えはないです」
覚えはないか……。
しかし、波群瓢箪の中央の曼珠沙華のような花はスキル効果だったのか。
今も波群瓢箪の上部は血が滲んでいる。
深紅の彼岸花模様は美しい。
「そっか」
時獏は、偶然に雲錆・天花と名前を付けただけかな?
否、時獏が使っていた時は雲錆系の何かを波群瓢箪に入れていたんだろう。
また時獏の言葉を思い出す。
『俺の頭上に浮いていた雲の源。最初は使い勝手に苦労するだろうが、本人の魔力次第でいかようにも育つ。その可能性は夢幻。がんばって育ててくれ』
本人の魔力次第。
魔力というか<血魔力>が強く影響したことは確実だな。
「……移動はできる?」
「見ての通り、今は足がありません。しかし、移動は――」
リサナが浮かんだ。
周囲に浮かぶカタツムリたちが奏でるバロック風味の韻律が響く。小さい金色と錆色が混じった耳元の瓢箪の髪飾りは金属めいた音を立てた。
なるほど、リサナは浮遊ができるのか。そして、足下の波群瓢箪が植木鉢のように見えてくる。え、波群瓢箪も浮かぶとは思わなかった。
浮いたリサナの上半身から半透明の細い桃色魔線の群れが下へと伸び、波群瓢箪と繋がっていた。そのリサナは空を見て、
「シュウヤ様、空から堕ちてきた剣の欠片はある程度防ぎましたが……乱戦状態の、剣と未知な生物たちは敵ですか?」
当然の疑問だ。
「……暴れている神々しい光を放つ三つの神剣に乗った少女たちは仲間だ。その背後の鼬の姿をした幻想動物も仲間」
「はい」
「その四つは、俺が扱いきれていない暴走娘みたいな感じだ」
と、神剣サラテンの姿を見ながら指摘。
「あの異常な疾さで動く剣たちを暴走娘か。納得だ。シュウヤは秘術と語っていたが、今も勝手に動いているからな」
「キサラ様もシュウヤ様が扱いきれていない神剣サラテンのことを心配してました」
ハイグリアとリョクラインが空を見上げながら、語る。
空ではドンパチ音が響いていた。
神剣サラテンがイターシャを守るように、剣精霊たちと鍔迫り合いを起こしている。
俺は頷きながら、
「……他の幻想的な姿の動物と生物たちに様々な形の剣の精霊たちのすべては、敵と思っていい」
「了解しました。あ、逃げようとしているお腹が大きい生物が居ます」
「敵だ」
「攻撃してもいいでしょうか」
「いいよ」
リサナは俺の許可を得た瞬間――。
「はい! <魔鹿フーガの手>」
女性の声音だが、力強い声を発すると、波群瓢箪の一部が剥がれる。
同時にリサナの半身の骨と血管たちが輝く。
その輝き魔力を纏った骨と血管たちが、半透明な皮膚を打ち破るように突出――。
飛び出た血管と骨たちは筋束となって巻き付くように腕肉と骨に指を作りながら波群瓢箪の剥がれた一部と融合した。
融合したモノは、一瞬で、鹿の角をイメージするような巨大な腕となる。
甲の表面はカーボンブラックの重量感がある鋼素材だ。
表面が滑らかな骨の素材かもしれない。
中手骨の拳をガード風するように盛り上がった骨が近未来的なデザインで拳用の武器にも見える。
そんな腕を、血色と青色の魔力が覆っていた。
新しい巨大な手、魔腕といっても手首までしかない。
だが、その手首の位置も異常なカッコよさだ。
手首の底にはロケットパンチでも繰り出せるような噴射孔と似た部位が二つ存在した。
二つの噴射口から伸びている魔線たちは、リサナの細い両腕と繋がっている。
全体的に骨太。
逞しい漆黒色を基調とした手か。
……凄い! ゴツイ巨人めいた両手を一瞬で、誕生させるとは。
拳骨の尖がった近未来的な部位には魔力を纏ったエフェクトが付いているし。
カッコいい。
リサナの細い腕と合わせると、合計、四つの腕になった。
巨大な手を作った半身から飛び出た骨と血管網は、もう元通りだ。
巨大な手に驚いていると、さらに、半透明色の三角帽子がリサナの頭部に出現。
角の先端から放出する小さい桃色の粒も良い感じ。
さらに、ホルターネック系の首に伸びた二つの紐が魅力的な衣服のフリルに煌びやかな錆色の棘も新しく誕生していた。
鹿の角に合う小さい三角帽子は似合う。
帽子には小さい蛞蝓とカタツムリに鹿の角たちの模様がある。
可愛らしい「シャワードット」と「勾玉模様」に近いデザインだ。
センスを感じる。
魔術師系の能力がメインなのか?
リサナは、元々ある細い両腕に魔力を集めながら左右へと伸ばす。
透けた方の腕の内部から骨と血管網を伝う魔力のような血流が流れていく。
豊かな双丘をアピールする形となった。
双丘の揺れ具合といい、肌に密着したキャミソールも悩ましい。
思わず、丘の頂上に実る聖なる櫨豆のような乳首さん! こんにちは! と、敬礼しながら挨拶したくなった。
三角帽子が似合うリサナ。
俺の厭らしい視線を分かっているように、微笑んでくれた。
良い子だ。
そして、両肘の角度を柔らかい機動で傾ける。
そのままイモリザのように、光を帯びた指輪を嵌めた長細い指たちで魔法陣を描いた。
本当に魔術師系の能力もあるようだ。
小さい魔法陣を、鍵盤でも叩くようにつま弾く。
その魔法陣は細かな魔線群となって拡散――。
鍵盤から強引に引き離れたピアノ線のごとく拡散した細かな魔線たちは、桃色と銀色のリサナの髪の近くで浮遊を続けていた小型の蛞蝓とカタツムリたちと繋がった。
バロック風味の韻律が強まる。
そして、魔線と繋がり魔法の活力を得た小型の蛞蝓とカタツムリたちは、列車が繋がるように並びだして、整列した。
規則正しく二列に並んだ小型の蛞蝓とカタツムリは、リサナの二の腕へと向かう――。
彼女の二の腕の周りをぐるぐると凄まじい速度で回るカタツムリたち。
蛞蝓とカタツムリは互いに溶けるようなエフェクトを起こす。
すると、バターとなった虎の有名な童話のように、蛞蝓とカタツムリたちは溶けると、魔力を宿した腕輪とリアブレイスと似た特殊な腕防具と化した。
新しい腕輪防具の表面には髪飾りと似たカタツムリ形の模様がある。
細い腕をカバーするような、特殊防具となった。
リサナは腕防具を得た細い両手を翼のように伸ばして飛翔する。
一対の漆黒の巨大な手も、翼のような両手の横に浮遊していた。
リサナの下半身にも見える波群瓢箪だが、そのリサナが引っ張る形で飛んでいる。
そして、そのリサナの半身の骸骨の表面を刻む宝石模様たちが光った直後――。
巨大な一対の腕をその場に残し――。
リサナ自身が足元の波群瓢箪の中へとくるくると回転しながらの螺旋機動で沈み込む。
――彼岸花の中というか、波群瓢箪の中に沈み込んだ。
――驚き。
そのリサナを取り込んだ反動か、波群瓢箪の花弁から血がドバッと勢い良く噴出した。
俺からは、波群瓢箪がリサナを食べたようにも見える。
噴出した血は、血の膜となって波群瓢箪を覆う。
そして、覆った血の膜をエネルギー源とするように波群瓢箪の金具と象の模様がまだらに光を帯びて蠢いた。
蠢いた金具と象は形が変化する。
ぐにょりと音がなるように蛞蝓の頭部を作った。
続いて鹿の頭部も作る。
最後はまだら模様の龍の頭部もできた。
頭部の生成はそこで止まる。
波群瓢箪の表面に盛り上がった三つの頭部。
リサナの細い腕らしきモノも、頭部の下に出現した。
そんなリサナと一体化した波群瓢箪は蛞蝓とカタツムリの幻影のような魔力を、その波群瓢箪から放出。
そして、さっき生み出したばかりの巨大な一対の漆黒の手が、波群瓢箪の前に移動。
漆黒の一対の手が空をかき分けるように波群瓢箪を連れる形で、空を駆けていく――。
漆黒の巨大な両手から、錆色の雲を帯びた魔力が噴出。
錆色の魔力か? まさか錆雲・天花? 空を閉ざす勢いで噴出が続く。
蛞蝓とカタツムリの幻影魔力が加わった波群瓢箪。
その姿に錆色の魔力が合わさると……。
巨大な一対の漆黒色の手といい波群瓢箪を胴体とした巨人に見えてくる。
その巨大な漆黒の手が狙う相手は狸の剣精霊。
サラテンから逃げていた葉巻の鼻を持つ狸の幻想動物だ。
その狸の幻想動物を、リサナの生み出した巨人めいた一対の漆黒の手が掴む。
狸を掴んだ一対の巨大な漆黒の手は、波群瓢箪の中へと瞬く間に吸い込まれた。
狸を取り込んだ瞬間、波群瓢箪は唸り声に近い不気味な音を響かせる。
そして、乱回転を始める波群瓢箪。
同時に不気味な音と正反対のキラキラ光る魔力波紋を中空へ撒き散らした。
攪拌するように回転が速い。
そして、リサナの波群瓢箪は、地面に向けて弧を描いたと思ったら――。
波群瓢箪の底を見せつけるように凄まじい速度で地面に向かう。
近くの地面と衝突した波群瓢箪。重低音が響く――。
波群瓢箪は、底の部分が地中にめり込んでいた。
その刹那、震えた波群瓢箪の蓋が開くように、大きい真っ赤な彼岸花が蠢く。
ここからだと、赤い果実の皮が自動的に捲れていくようにも見えた。
そして、花弁と波群瓢箪の身から魔力が波のように噴き出す。
狸だったモノも肉片となって塵のように飛び出ていった。
凄いな。
波群瓢箪の中にタヌキを取り込んで、その敵を取り込みながら……。
「……波群瓢箪の重さを生かす技か」
そう言葉に出すと――。
波群瓢箪の天辺に咲く真っ赤な花が、また奇妙に動く。
その花の中から、リサナがくるくると舞を踊りながら現れた。
巨大な一対の漆黒の手も現れる。
一瞬、樽の中に入った海賊が飛び出す玩具を思い出す。
そのリサナは、手には扇子系の武器を持っていた。
魔力を纏った武器だ。
扇子の武器を構成している一枚一枚は甲羅のような長方形のモノだ。
その表面には、墨汁で鳥獣戯画のような絵柄のカタツムリ、鹿、龍、といった様々なモノが描かれてあった。
三角帽子のデザインに少し近いか。
と、感想を持つと、リサナが扇子を広げ笑う口元を隠しながら、
「はい、<抱き殺し>というスキルです」
抱き殺し、ネーミング的に強烈だ。
巨大な漆黒の手を使った防御不可能の投げ技の一種か。
相手は吸い込まれたくないな。
と、納得したところで……。
今の光景にすっかりと聖ギルド連盟たちは怯えてしまった……。
だが、まだまだ空には剣精霊たちの数が多い。
普通の人族たちにとっては、もっと恐怖を味わうかもしれないが……。
そろそろ、俺も気張ろうか!
元はといえば、降りかかる火の粉を払った俺が原因だ。
そう考えながら、ハイグリアと沸騎士たちを見て、
「……沸騎士とハイグリアたちは大剣の魔剣素材の回収を終え次第、ヘルメとアソルたちの下に合流しろ。守りを意識するんだ」
と、指示を飛ばす。
「承知!」
「お任せあれ!」
「分かった。シュウヤ、空は任せたぞ」
「おう」
片手を上げた挨拶。
ハイグリアは頷くと、先頭に立つ。
沸騎士たちを連れてヘルメたちの下に向かった。
俺は相棒に視線を向ける。
「ロロ、ジョディにリサナも、これから空の敵の掃討を開始する」
「にゃおぉ~」
ロロディーヌは嬉しそうだ。
さっきから興奮が抑えられない感じだったからな。
狩りがしたくて、たまらないんだろう。
「あなたさま、フォローはお任せを」
「わたしも神獣様とジョディ様の邪魔にならないように貢献したいです!」
「リサナ、遠慮はするな。眷属として臨機応変に戦え」
俺がそう語ると、ロロディーヌが一足先に走り出す。
黒触手を前方に伸ばし樹木と地面に突きさす。
そして、その突き刺した触手を体に収斂しながら加速したロロディーヌ。
瞬く間に、宙へと跳躍しムササビの如く飛翔した。
空を飛んだロロディーヌは胴体の左右から大鷹の翼のような漆黒の翼を拡げる。
艶のある漆黒毛が靡く。
神獣が飛ぶ姿は美しい。
頭部を傾けたロロディーヌ。
その際、標的たちをロックオンしているような紅色の双眸が輝く。
続いて、ふさふさした黒毛の胸元から黒触手が上下の空へと突き出ていった。
さらに、背中のたてがみの黒毛をかき分けるように無数の黒触手たちも生まれ出る――。
その背中側の黒触手たちは、先に突出した胸元の黒触手たちを追いかけるように、ぐんっと音を立て、加速しながら標的に向かった。
俺から見ると、黒触手群の動きは数千本の矢が降りかかっていくようなイメージだ。
銀に輝く骨剣ライフル弾を持ったガトリングガンを超えた凄まじい連射機動が、剣精霊たちに襲い掛かる。
瞬く間に、数十の剣精霊たちが身を貫かれて悲鳴も上げられずに消失。
いつ見ても、凄い……。
圧倒的な光景というか惨劇を目にしながら<導想魔手>を発動。
足場としての<導想魔手>を蹴り、宙を飛翔――。
空中で、身を捻り右手と左手をクロスした。
――<ザイムの闇炎>を意識。
紅玉環の指輪に魔力を送りながらのエブエポーズだ。
指輪のアドゥムブラリの紅玉環はぷっくりと膨れず。
珍しく空気を読んだのか?
そんな疑問を考える間もなく、闇の炎が瞬く間に俺の両拳を包んだ。
その瞬間、「ゴォォォッ」とした音が両手から響く。
険悪さを感じさせる闇竜のザイムの頭部が、顎を広げて吼えていた。
そんな両手を持つ俺に対して、あまたの剣精霊と幻想動物たちの中から、臆せず近付いてきた敵の幻想動物を視認――。
鎧を着た白兎の姿。
しかめっ面の兎だ。知能は高そうに見えない。
大柄な兎といえば、黒兎。
悪夢の女神ヴァーミナ大眷属シャイサードを思い出す。
ま、白兎は大柄とはいってもシャイサードのような武器も持ってないうえに迫力もない。
所詮は幻想動物系の剣精霊だ。
そして、多分、長剣か曲剣か分からないが……、
革鎧の下に白兎の体内に剣でも内包しているんだろうか。
その白兎は突進してくるが、剣精霊らしい剣がここからじゃ見えない。
ま、いいさ。
魔法の遠距離も使う気はしない<鎖>の先制もなし。
右手の魔槍杖バルドークは血を欲しているが――。
最初は<ザイムの闇炎>で高まった敏捷性を生かすとしよう――。
魔闘術を全身に纏いながら<導想魔手>を強く蹴った。
闇の炎を纏う左手を剣のように真っすぐ伸ばす機動!
白兎の剣精霊に向けて、俺は突進した――。
俺は瞬く間に、白兎の剣精霊との間合いを零とする。
狙いは胸元だ――。
闇の炎を纏う左の貫手が、白兎の胸元を襲う。
カウンター気味に白兎の左胸辺りを闇の炎を纏った貫手が貫いた――。
「――ガッ、シュッ」
空気を漏らすような音を上げた白兎の剣精霊。
その際、左手が穿った白兎の体内の傍から突き出た長剣らしきモノを視認。
ここにあったのか。
しかし、その、白兎の胸元から飛び出ていた剣は、ひび割れた。
粉々に折れる音も同時に耳朶に響く。
俺は白兎の体内から闇の炎を纏った左手を瞬時に引き抜いた。
左手を引き抜いた孔から血が噴出。
その返り血を、全身に浴び吸いながら右回し蹴りを、その白兎の頭部へと喰らわせる。
白兎の幻想動物を纏った剣精霊は身を翻しながら吹き飛ぶと、あっさりと姿が消失した。
血は普通の味。
だが、姿が瞬時に消えるのは不思議だ。
普通に、血肉を乱雑に撒き散らす幻想動物も居るし魔石を持っているわけでもない。
サラテンによって、粉々に砕かれたボス級剣精霊も居た。
あのドラゴン殺しの巨大な剣精霊は特別だったんだろう。
魔神めいた影を映していたしな。
今、吹き飛ばした白兎の剣精霊も含めて、この戦っている剣精霊たちのすべてが、他のモンスターとは違う。
ま、当然か。リーン杖の破壊と、俺の混沌を意味する血が重なった結果だろう。
不可思議な現象を齎すのは当たり前か。
そう瞬時に思考した直後――右辺の位置、掌握察に反応があった。
遠くから短剣群が飛翔してくる。
あの短剣群は俺を狙っている?
単なる遠距離攻撃なら、避けるか――。
急ぎ、魔脚を用いて<導想魔手>を蹴る。
視界を確保するように飛翔した――。
短剣群の反対の方向へ飛びながら、逆さま視界となったところで――。
<導想魔手>を発動。
また、その歪な魔力の手を魔脚で蹴る――。
そして、跳び上がった先の宙空で、再び<導想魔手>を発動させて、足場に発動した。
宙を舞う機動の俺をしっかりと短剣群は追尾してきた。
剣精霊たちも本当に色々と変わっているな――。
良し、このままついでに<導想魔手>での飛翔を続けよう。
視界が移り変わる光景を楽しむ。
その足場を蹴り、宙の上で、ダンシングを行うように、避ける機動を取った。
同時に、左の手首から<鎖>を射出――。
遠くから<鎖>を使い、確実に短剣の一つ一つを撃ち落としていった。
しかし、短剣の群れは速い、そのうえに、分裂してきた――。
<鎖>を追い越し俺を追尾してくる短剣群の一部が身に迫る。
<導想魔手>を足場に、魔槍杖を回転させて対処。
紫色の柄の握り手を変えながら、魔槍杖の回転を急いだ。
短剣と衝突した魔槍杖から火花が散った。
同時に、短剣を弾く硬質な音を響かせながら群がってくる短剣群を打ち落としていく。
すると、嵐雲の形をした紅矛に衝突した一部の短剣は、矛に魔力でも吸われたか、魂でも吸われたのか不明だが、俄かに勢いを失うと、弾かれた中空の位置で爆発していた。
不思議な挙動に少し唖然とするが……。
すべての遠距離攻撃の短剣を弾き、打ち落とした。
弾いた短剣群は生きているのか、俺と離れた宙の一か所に集結。
その短剣たちは意思でもあるように、不自然な動きを繰り返しながら、人の幅を持った巨大な鼠の姿となっていた。
推測すると、弾いた短剣たち自体が一つの剣精霊だったいうことかな?
細胞の一つ一つが意思を持つように、あの短剣たちは、ある種の社会性昆虫の生態系を持つ剣精霊たちかもしれない。
さっきの爆発した短剣も奇妙だった。
魔力か魂を吸ったのなら、魔槍杖バルドークも喜んだことだろう。
さて、そんな短剣さんたちが一つに纏まっているなら好都合――。
俺は宙を翔けていた――。
槍圏内に入った直後、魔槍杖による<刺突>のモーションを取るフェイクを行う。
剣精霊たちは身を凍らせるように動きが固まった。
掛かった! とは叫ばない。すぐに紋章魔法を意識。
――凍刃乱網を発動。
水の魔法陣を瞬時に形成した。
凍った氷刃が魔法陣から無数に生まれ出る。
氷刃は縦と横に重なり合った。
画一化した巨大な網目模様となった氷刃たちは、巨大な鼠の姿となっていた短剣群を捕らえた。
凍刃乱網の凍った大網と短剣群の鼠が衝突だ。
短剣群の鼠は、網目に捕まるどころか、凍った大網に触れた瞬間、本当に凍る。
鼠の姿は瞬時に短剣ごと消失してしまった。
さらに、凍刃乱網は他の剣精霊たちを巻き込むように衝突を繰り返す。
次々と凍刃の大網が剣精霊たちを捕らえて凍らせていく。
魔法の威力に驚いたか、衝撃を受けたか、分からないが……。
まだ残っていた剣精霊たちは動きを止める。
ここは空だ。動き回られるよりはましだ。チャンス。
俺は<導想魔手>を足場に突進。
まずは手前の鳥の形。鋼の色合いを持つ妖鳥か。
大柄な妖鳥だ。ハルピュイア、ハーピーに似ている。
こいつも剣精霊なのか?
大柄な妖鳥と間合いを詰めた。見た目は完全にモンスター。
大柄な妖鳥は、魔霧の渦森によく見かけたタイプじゃない。
膨らんだ胸元には、大量に乳房がある。
――いやな予感。
そして、背中から卑猥な形の長剣が無数に飛び出た造形だった。
そんな卑猥なモノたちを背後に、後光のように煌めかせる大柄妖鳥は、近づく俺に気付いている。
――またもいやな予感。
「ガッ、ジンゾク! ワレヲトジコメヨッテ!!」
こいつも知能があるのか!
背中の一部の羽根たちを長剣群へと瞬時に変化させてきた。
卑猥な形の長剣に混ざる形で、刃の群れを百八十度の前方へと突出させてくる。
剣の数に加えて、練度が高い鋭いカウンター攻撃。
<ザイムの闇炎>を纏う左手で視界に迫る無数の剣刃を払う――。
ハルホンクが大半の剣刃を弾くッが、足と首が穿たれた――痛いッ。
すべての防御は間に合わない――
<霊血装・ルシヴァル>があれば、首の傷は防げたかもしれないが……。
今は<霊血の泉>は使わない。
傷を受けた箇所から、血が噴出して、大量に舞う。
剣刃も俺の体に食い込むがッ構わず身を沈めるように――魔槍杖を撃ち抜く。
大柄の妖鳥の胸元に向けて<刺突>を喰らわせた。
嵐雲形の紅色の矛が、妖鳥の乳房群を穿ち内臓ごと骨を穿つ。
まさに「肉を切らせて、骨を断つ」。
喉が、呼吸が困難なほど凄く痛い。
普通の人族なら回復魔法をかけなきゃ死ぬな。
だが、大柄の妖鳥からは、しっかりと手応えを感じた。
そして、痛みの元、俺の首を刺している剣精霊の体と思われる剣刃を左手で掴み折る。
……大柄な妖鳥の剣精霊。何をしてくれるか予想外だった。
血肉と骨があるタイプで強敵だった。
「ぎゃぁぁ」
悲鳴を上げているように、まだ生きている。
タフだ――。
突き刺さっている魔槍杖バルドークは喜ぶように、この妖鳥の形をした剣精霊の血を吸っているだろう。
そこで<邪王の樹>を発動。
樹木で大柄の妖鳥の一部を覆いつつ<刺突>の孔を視認しながら――。
右手から魔槍杖を消去し、水の生活魔法で周囲に水をばら撒く。
そして、全身に魔闘術を纏い直し、腰を捻りながら体幹を生かすフェイクを入れる。
中級:水属性《氷矢》を近距離から連続で放った。
氷矢たちが樹木で覆っていない部位へと鈍い音を立てながら突き刺さっていく。
俺はそのタイミングで、下半身の魔闘術を強めた――。
<導想魔手>の歪な魔力の手を潰すように蹴る。
そのまま前屈みの姿勢で宙を突進し、あるスキルを発動。
足で宙に弧を描く、下から上へと、掬い上げる機動の蹴りを繰り出した――。
そう、それは<水月暗穿>の最初の蹴り、初段モーションだ。
垂直蹴りを、妖鳥の下腹部へぶちかました。
樹木で覆われた大柄な妖鳥は、蹴りの衝撃で上に持ち上がる。
アーゼンのブーツの甲からは肉を衝く感触を得た。
ここから<水月暗穿>の水月を描くような斬り技や<豪閃>を繰り出すタイミングだ。
しかし<水月暗穿>はキャンセル――。
右の手の内に魔槍杖を呼び戻す――。
呼吸を整えるように、
「基本で行く――」
と、喋りながら、<豪閃>でもなく槍本来の直進機動の<水穿>を真上に繰り出した――。
水が蒸発し霧を纏ったようにも見える嵐雲の矛が、樹木ごと大柄の妖鳥を胸元を貫く。
妖鳥の心臓部を貫いたのか、爆散した。
妖鳥は大柄だったから、血肉の量が多い。
大量に血の雨でも降らすがごとく、血飛沫を周囲へ撒き散らす。
血の惨劇に、魔槍杖バルドークが喜びの唸り声を上げた。
魔槍杖バルドークだけに吸わせん――。
周囲と自身に降りかかってくる血を吸い上げる。
そして、まだ、敵はいる――魔素の反応は右の下。
小麦色の茸を体の表面に生やしている毛虫のような巨大な幻想動物がいた。
その毛虫は、シックルのような剣を体のあちこちに伸ばし始めた。
続いて、ヘルメの水幕に向け、不凍液のような液体を吐き出した。
紺碧の海を彷彿するヘルメの水幕の一部が浸透されて、傷が発生してしまう。
皆が動揺を示し、沸騎士たちは盾を掲げている。
――ムカつく毛虫の剣精霊だ。
その毛虫に、突進する勢いで間合いを詰めた。
宙空から魔槍杖バルドークを振るって、<豪閃>を毛虫の背中にぶちかました。
胴長の毛虫は中心から折れ曲がりながら両断。
だが、毛虫の形をした精霊は消失しない。
生きている。
両断した片側毛虫の多脚に向けて<牙衝>を繰り出す。
多脚の爪を弾くように、複数の脚を貫いた。
下方へ向けて突き出した魔槍杖を消去すると同時に右手を引く。
ゼロコンマ数秒の内に、腰を捻り、引いた右手の掌に魔槍杖バルドークを再召喚。
<導想魔手>を足場に利用――。
まだ生きていた両断したもう片方の毛虫に向かう。
そして、その移動した勢いを魔槍杖に乗せる。
捻った腰と右手の捻った分も多重に乗った魔槍杖バルドーク。
空間を穿つ、異世界を穿つような、<血穿>を繰り出した。
血を纏った嵐雲の形の矛が毛虫を穿つと、毛虫は爆散した。
爆散は血が収縮しながらおかしなエフェクトを残す。
「閣下ぁぁありがとうございます!」
「「閣下は偉大な魔君主!!」」
ヘルメの声だ。
それに、ゼメタスとアドモスは互いの骨方盾を突き合わせて宣言している。
「「おぉぉ」」
古代狼族や聖ギルド連盟の皆の歓声が耳朶を震わせる。
穂先はレンチのような二つの厳つい金属武器を持ったアソルも、何か叫んでいた。
だが、敵の反応はまだある。
下の皆には応えず、その場で周囲を確認――。
桃色髪のリサナに群がる蛇たちを視認するや否や<夕闇の杭>を発動した。
闇杭たちは、蛇の幻想動物の身を貫く。
カタツムリ防御膜を張っていたリサナのフォローは成功。
リサナの角からピンクの粒が出ている。
大鎌を扱い、無双状態のジョディの方は大丈夫そうだ。
一振り、二振りと、笑いながら大きな鎌を振るう。
小熊の身に長剣が密集したような、歪な怪物をあっさりと倒している。
使い手は<光魔ノ蝶徒>だから、勿論だが……。
あのサージュという名が付く巨大な鎌刃の武器はやはり特別か。
柄には魔力の文字が浮かんでいるのは伊達じゃない。
そこに、舞うように戦うジョディに急襲しようと向かう大きな狸が見えた。
狸にしては精悍な顔を持つ。
急ぎ、<光条の鎖槍>を発動――。
光槍が、大きな狸の剣精霊の腹を突き刺さる。
すると、他の毛虫の形をした剣精霊たちがフォローに回る俺に群がってきた。
両手から<鎖>を近距離から伸ばす。
無数の穿つ傷を毛虫の体に作ったところで――。
魔力を消費するが<闇の千手掌>を意識――。
闇の杭刃の群れが作る巨大な掌が、毛虫の剣精霊を潰すように圧殺した。
左辺はこれで、片付いたか――。
<導想魔手>を作り、消しを、瞬時に繰り返しながら、三百六十度の空を確認。
サラテンとイターシャが右辺の空を駆けている。
リサナと共闘するジョディの姿も近くで見えた。
そのリサナは、漆黒の巨大な手で、巨大なカモシカ足を掴んでいる。
そこにジョディが大鎌を縦に揮いながら、瞬時に近付き、蛇とカモシカが合体した幻想動物の剣精霊の股に大鎌の刃をぶち当てていた。
蛇とカモシカの剣精霊の体を両断して倒している。
連携したリサナとジョディは、ハイタッチ。
互いのおっぱいさんが揺れていた。
素晴らしい。
リサナの波群瓢箪も揺れていた。
「……にゃご、にゃ~」
左辺を掃除していたロロディーヌが獲物を噛み砕いてから近づいてきた。
「ロロ――」
ロロディーヌに飛び乗ってから、サラテンとイターシャの下に向かう。
首元に一対の触手が張り付く。
ロロディーヌと感覚を共有。
そして、魔槍杖を消去してから、縦にした左手を眉間に当て、左肘に右手の掌を置く。
神へ祈るポーズを取り、精神を集中させた。
<サラテンの秘術>を強く意識。
『サラテン来い!』
サラテンは分裂していた剣を一つに集結した。
そして、急に動きをストップ。
イターシャとぶつかっている。
『器! 急に思念波を寄越しよって! 痛いではないか!』
『いいから戻ってこい。もう敵は空にいないだろう』
『ふん――妾を』
『――サラテュンさまぁ、大主さまのもとにもどりまちゅ~』
思わず、その幼げな声音を聞いて、乗っているロロディーヌからこけそうになった。
サラテンとぶつかったイターシャは反転して、俺の下に飛翔してきた。
可愛い鼬姿のイターシャだ。
姿はまだ鼬の姿だったから、撫でたくなったが、俺の左の手の中に納まる。
『わ、わらわの子分をぅぅぅ――ぁぁン』
ショックを受けたサラテンは俺に操作を委ねたらしい。
操作を確認するように指先に力を入れる。
人差し指と中指を重ねた二本指で右辺を指す――。
すると、サラテンは瞬時に右方向へと直進した。
続いて、俺はその二本指を左へと十字を切るように移動――。
サラテンも指示通り、左方向へ飛んでいく。
良し、サラテンを自由に操作が可能になった。
ま、今更だな。そのサラテンを左手に吸い込ませる。
「ロロ、下に戻るぞ。ハイグリアたちの故郷に向かわないとな。そして、聖ギルドたちのメンバーとも話をしよう。彼らの拠点アルゼ街にも興味がある。サイデイル村と交易ができるかもしれない」
南だとすると、ララーブイン。
東の方だとタンダール。
東南がノイルの森だと思うが。
ま、この辺りはオセベリア王国の範疇だとは思うが。
その言葉を聞いたロロディーヌは、
「にゃ、にゃ、にゃおぉ~」
分かったのか、分かってないのか、首に付着している平たい触手から……
『おおかみおおかみ』『いいにおい』『あそぶ』『にく』『おいしい』『たび』『そら』『あそぶ』『にく』『かたい』『あそぶ』『おおかみたち』『いい匂い』
そんな気持ちを伝えてきた。
ロロディーヌの首元を撫でながら、皆が集まっている地上に降りる。
ジョディとリサナも俺の隣に舞い降りてきた。
聖ギルドメンバーのリーダー格、アソルへ視線を向けてから、ロロディーヌから飛び降りた。
すると、ヘルメが水飛沫を発しながら、俺の側に来る。
そして、ポーズを取って
「――閣下! 闇の巨大な手の圧殺は痺れました」
ヘルメ、満面の笑みだ。
「素晴らしい血湧き肉躍る。このゼメタス、活力を得た思いでありまする」
「おうおう、ゼメタスに同意! 我も心が昂りました! 閣下の戦いは純粋に美しさがありまするぞ! 一緒に空で戦いたかった!」
ヘルメと熱い沸騎士たちに笑顔を向け、
「分かったから……煙をこっちに向けるな」
そう言いながら、沸騎士が繰り出す興奮した黒と赤の煙を払った。
ジョディは赤と黒の煙を器用に避けて、リサナは手に持った扇子で風を起こし、煙を払う。
「にゃぁ」
神獣ロロディーヌが興奮した沸騎士たちの頭蓋骨を平たい触手でぽんぽんと叩いている。
続きは来週!
HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。」1巻~18巻発売中。




