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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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四百二十八話 悪しき冒険者を裁き秩序を保つ


 息の音すら聞こえない静寂が樹海を支配した。


 聖ギルド連盟が、融通の利かない集団だとは思えないが……。

 流れで人質を取る形となってしまった。


 まぁいいだろう。

 一応、もう一度、丁寧に話をするか――。


 ルッシーの影響範囲の<霊血の泉>の血を体内に引き戻すイメージで消去。

 静かだっただけに、皆が唖然としている。当たり前か。

 放射状に俺の両足に血が集結するさまは、あまり他では見れない光景だろう。

 血の晩餐会というか特撮映像の世界だったはず。

 だが、ゼロコンマ数秒も掛からず血は消えたからな、見えてないか。


 そして、皆に向け、丁寧さを意識して、


「――皆さん、興奮しているところ悪いですが、ここに集まってくれますか?」


 と、丁寧に語ったが……。

 俺の口元には、霊血装の新防具が展開している。

 犬歯からの口や牙に、頬と顎に加えて首下まで、かなり厳つい装備……。

 鏡で見たらどんなことになっているのやら。


 そして、今の血の光景に加えて……。

 気を失い頭部をだらんと垂らしているアソル。

 彼女の背中の襟を掴んでいる状態だ。


 当然、『この怪物がぁ!』という気持ちを持つ聖ギルドメンバーは殺気立つ。

 んだが、その殺気を受け入れる。

 俺は動から静を意識。

 冷静な態度を意識しながら<導想魔手>を消し、<闇の千手掌>で作った跡の上に音を立てず着地した。

 

 地に降りたあとも、アソルはまだ気を失っている。

 口から流れていた血は取り込み済みだから綺麗だった。


「アソルさんが、吸血鬼め……」

「糞が! 隊長を人質に取るとは……」

「あれほどの強さがありながら、命を奪っていないのはどういうことだ」

「……もしかして、死蝶人以上の、手を出しちゃいけない相手に、俺たちは……」

「……」

「どうせ、高祖級の吸血鬼だろう? 黒髪の貴公子だったのか?」

「黒髪なだけだろ。外れ吸血鬼が死蝶人と古代狼族たちを従えた? 南のアルゼ街では、そのような重大な情報は聞いたことがない」

「重大だからこそじゃないか? 黒髪の貴公子はSランクだぞ。可能性がないわけじゃない」


 集まった聖ギルドメンバーたちが好き勝手に語る。

 当然だが、しかめっ面を浮かべる者、怒り、憎しみ、鳰の浮巣状態の者、さまざまだ。


 皆、和風ジャケットの衣装を着こむ姿だからカッコいい。

 胸元は衰、死者の襟元に飾るような……。

 専門的な魔除け効果がありそうな組ひもの飾りと似たものを身に着けていた。

 そして、各自特異な武器を持っている。

 それらの武器の切っ先と後端を、俺に指し向けて、いつでも攻撃が可能といったように間合いを確保している。


 そこに、巨樹の枝葉の下で、魔素が反応――。


「ふざけるな!」


 葉叢の陰から飛び出してきたのは叫ぶドルガルだった――。

 彼は引き攣った表情を浮かべている。


 彼の胸ごと、肉と骨を貫いたはずだが……。

 アソルが<投擲>していた回復薬ポーションが間に合ったらしい。

 といっても、まだ胸元の傷は完全には塞がっていない。

 

 胸から血が溢れている。

 そして、その血濡れた和風ジャケットの衣装のあちこちが切れて破れている。


 胸元の衣装は<血穿>と<魔連・神獣槍翔穿>を受けたことにより大穴が開いている状態。


「チッ」


 皆の様子を見て、睨みつけながら舌打ちをしたドルガル。

 彼は腰にぶら下がる巾着から丸薬を取り出し、指にはさみ持っては口に運ぶ。

 ごくりと丸薬を飲むと、喉が朱色に輝いた。


 その瞬間、異常に膨らんだ喉。

 眉間に皺を寄せる。

 劇薬? 喉を震わせると、彼の傷は回復した。

 特殊な丸薬だったらしい。


 その傷の治り方は、デルハウトや、ヴァンパイア級の回復速度か?

 凄まじい速度だ。

 双眸に活力どころか魔力も得ていた。

 さらに、筋肉が膨れ上がり、ぼろぼろな衣装を破るように吹き飛ばす。


 破れたインナーを着ている上半身の筋肉が肥大していた。

 目尻にヴァンパイア的なハンドベイン的に血管が盛り上がる。

 狂い系の顔付きとなったドルガル。

 

 地面の壊れた剣の柄を素早い所作で拾うと……。


「――さっきの吸血鬼の<凱獣血>を使ったような槍突は見事だった。が、俺は、聖ギルド連盟の刻印バスターが一人、〝五番のドルガル〟だ! このまま、やられっぱなしで、おめおめと引き下がると思うなよ……」


 ドルガルは胸元の端が欠損した四角いタグの表面に刻む文字を光らせる。

 狂ってはいないようだ。

 口調から、どこか厳かな雰囲気を感じた。


『また、閣下に戦いを挑むとは、勇気がありますね』

『だな』

「<刻印・青龍剣>――」


 刻印バスターとしての特別そうなスキル名を語った彼は、剣の柄に魔力を通す。

 すると、蒼い剣刃が魔剣から伸びた。

 蒼色のクレイモア級の太い幅の長い剣身を持つ魔剣となる。


「猪突の勇ドルガル! 待て、アソル殿が……隊長殿が……」

「構うものか! お前たちも聖ギルド連盟の仕事人だろうが!」

「しかし……サーマリアに伝わるリスクのある丸薬まで使うとは」

「ボケカスがァッ、俺たちは悪しき冒険者を裁き秩序を保つ! この言葉と誓いの言葉を忘れたか!」

「何だと、言いすぎだドルガル!」

「知るか! 隊長のアソルが人質に取られようと、弱腰になる気はねぇ! 俺には俺の刻印バスターとしてのプライドがある!」


 猪武者か。が、ドルガルの考えは嫌いじゃない。

 他の聖ギルド連盟の人族たちのように……。

 自らに命の危機があれば、状況を見れば、妥協も考えたくなるもんさ。

 それが普通。命を大事にすることが普通だ。

 Fear of death is worse than death itself.

 そう、死の恐怖は死そのものより悪いからな。


 しかし、ドルガルは恐怖に打ち勝っている。

 彼は他とは違うようだ。

 男として〝五番のドルガル〟と名乗ったように……。

 極めて困難な状況だろうとも……。

 目の前の巨大な存在に対して自分の実力がどうあれ、臆さず、その巨大な存在へと立ち向かう勇気と根性を持っているように見える。


 そうではなくて、本人も語っていたように、無謀ともいえる、ただのプライドかもしれない。

 だが、どちらにせよ……。

 彼は仕事をまっとうしようとする心意気が強いということだ。

 そして、自らが戦い、勇気を示すことで、皆を奮い立たせようとしているのだろう。


 まさに、〝悪しき冒険者を裁き秩序を保つ〟だ。

 正直、俺的には、悪しき冒険者を裁き秩序を保つとか、そんなことはどうでもいいが……しかし、彼の気概というかリスクのある丸薬を使ってでも、戦って勝利を目指すという強い意思には感心する。


 そして、彼には馬鹿にされるかもしれないが、小さなジャスティスに似ていると感じた。

 心が沸き立った俺は、アソルを地に寝かせてから、斜め前に歩く。

 彼はその行為を見て、


「フッ、仲間よりも戦いを分かっている奴が、怪物とはな」


 鬼の表情というか嬉々めいた表情を浮かべながら語るドルガル。

 そのまま、蒼い魔剣の切っ先を、俺に見せるように真っすぐ向かってきた。


 彼の熱い思いに応えようか!

 腰に差す鋼の柄巻に闇炎で燃える手を当てて握る。

 その柄に闇炎の魔力を込めながら、腰から鋼の柄巻を引き抜いた。

 ブゥゥンと音を立てて鳴くムラサメブレード。

 鋼の柄巻を青眼の位置に構えた。

 そして、シンプル・イズ・ザ・ベスト! の機動を取る――。

 風槍流『片切り羽根』の歩法技術だ!

 軽やかな基本ステップを意識した、前傾姿勢での突進――。


 走りながら、鋼の柄巻を握る右腕を真っすぐ伸ばす。

 腕の延長線の如く、光刀のムラサメブレードの鋭い切っ先の突き――。


 ――宙で、ドルガルの蒼い剣突と俺の青緑色の剣突(ムラサメブレード)が正面から衝突した。

 切っ先部分からシュッとした変な蒸発音が鳴る。


 音は変だが、闇炎の握り手から、剣と衝突した硬い感触はある。

 蒼い魔剣と俺のムラサメブレードが、再び、宙で激突――。


 互角の勢い。

 また、互いに振るい合う。


 今度はドルガルの持ち手がぶれる。

 蒼い剣刃が少し遅れる形でムラサメブレードと衝突した。


 青緑色のムラサメブレードの光刀と衝突した蒼い剣刃から閃光が迸る。

 同時に擦れるような音が響いたが、互いの剣刃に刃こぼれはない。


 そして、鍔迫り合いに移行――はしなかった。


 互いに剣を手前に引きながら、後ろに跳ぶ。

 そのタイミングで、間髪容れず、俺たちは反転――。


 地面を潰す勢いで、前に踏み込みながら袈裟懸けを狙う。

 ドルガルも脇構えから振り上げた蒼い剣刃――。

 再び、ムラサメブレードと蒼い剣刃が衝突。

 互いに連撃を叩き込む。

 ドルガルは俺の脇から胸に――。

 俺はドルガルの右肩から左わき腹へとムラサメブレードを送り込む――。


 数合打ち合った。剣術は互角か。

 ――ユイとカルードを参考にした居合系を真似たが、弾かれた――。

 閃光と金属の不協和音が鳴り響く。


 続いて、迅速なタイミングの連続<水車斬り>を意識――。

 ドルガルの頭を狙ったが、ずれたか、顎か首辺りを撫で斬るようなムラサメブレード(光刀)だったが――。

 彼はあっさりと屈んで光刀を避けた。

 避けられたが、リズムに乗った俺は返す刀でドルガルの手首へと青緑色の刃を向かわせる――。

 が、ドルガルは大柄に見合わない動きで、一歩、二歩下がって、半身を退く――。

 俺のムラサメブレードの青緑色の刃を避けた。

 再びムラサメブレードの光刃を反転させてドルガルの腕を引き切るイメージで、柄巻を引く。

 ドルガルは蒼剣の鎬のような箇所で、俺の光刀を払うと体を反転させて反対側に退く。

 俺のスキルからの連斬りを見事な剣術とステップで避けてきた。


 ドルガルは剣術の歩法がなんたるかを示すように、交互に片足の踵を軸とする横回転を行った。

 途中から爪先を軸に変えて、側転機動か? 

 と、視線と行動のフェイクを繰り出す。


 ドルガルは、靴の裏を削るように地面を強く蹴る――。

 直線機動だ――動きを急激に変えてきやがった。

 変則的な動きはオゼを思い出す。

 角度を下げた蒼い剣の切っ先で、俺の手首を突くか斬るか、あわよくば鼠蹊部を斬るか、微かに(・・・)剣刃をずらしながら流れる機動の剣技を繰り出してくる――。

 俺はオゼの足捌きを行いつつ、腕の角度を変えたが、脇腹から臀部を薙ぎられた。


 ――衝撃を受ける。

 ハルホンクの暗緑色の厚革が蒼い剣刃を防いだかに見えた。

 しかし、暗緑色の厚革が珍しく切断される。


 小刻みな機動か。薄皮が斬られた――痛いッ。

 痛いが、冷静にムラサメブレードの持ち手を変えた。


 調子を良くしたドルガルは下段払い軌道の、回し斬りを敢行。


 俺の足を斬ろうと蒼い剣刃を繰り出してくる。

 急ぎ、爪先回転を駆使――。


 ――痛ッ。また、僅かに切り傷を受けた。

 アーゼンのブーツで覆われていない太股に血が伝う。

 が、躱すことはできた。


 腹と太股の薄皮が斬られて、痛いが、別段動揺はしない。

 しかし、一応は間合いを取る。


 すると、


「――槍使いだと思ったが、剣術も深い。飛剣流系の所作があるかと思いきや、サーマリアの介者剣術のような特異な居合術も混じっている。複数の剣を学んでいる?」


 お? 俺の剣の師匠でもあるカルード、ユイ、ヴィーネ、偉大な猫獣人(アンムル)の八剣神王第三位レーヴェ・クゼガイルとオゼ・サリガンから盗んだ技術を指摘してきた。


「そうだよ」


 俺は口元に<霊血装・ルシヴァル>を装備中。

 独特のエコー音を響かせる声音で同意した。


 戦った相手はだれであろうが、尊敬する。

 声音は恐怖を抱かせるだろうが、槍も剣術も体術も皆の『顰に倣う』気概で答えていた。


「……そうかい――」


 口調は沈み、気まずそうな表情を一瞬作ったドルガルだったが、前進してきた。

 彼は踏み込みざまに「<惰・月斬り>――」とスキル名を発する。


 自らの腰を巻き込むように、わざと体勢を崩す。

 そんな崩した体勢からの、回転斬りを繰り出してきた。


 疾い――し、鋭い。

 俺は手の甲を下げつつ左斜めに体勢を傾けながら後退――。

 初撃の蒼い剣刃が、目の前を通り過ぎていく。

 風を切るような鋭い剣閃を避けることができた――。

 

 が、「これならば!」と叫ぶドルガル。


 次の気合一閃の気魄が篭った連撃は、相手を威圧するような振り降ろす斬撃だった。

 ドルガルの背中に神々しい影が見えるが、あまり見たことのない質の魔力。


 俺はそう分析しながら――。

 視線と僅かな挙動で飛び込み胴でも狙うフェイクを入れる。


 続けて、蒼い剣刃を受け持ったムラサメブレードを素早く持ち上げた。

 ドルガルの蒼い剣刃を跳ね上げることに成功。


 大柄のドルガルは、蒼い剣刃ごと、自身の両腕が上方へと運ばれて腋毛を晒す。

 彼の胴体は、がら空きだ。


 チャンス、胴抜き!

 を繰り出すフェイクで、さらに、混乱したドルガル。


「な!?」


 ――驚く声を発した大柄な彼に向けて、そのまま、近近距離戦の<槍組手>に移行。

 右肘をドルガルの左肩に喰らわせる――。


「ぐお」


 と、声と鈍い打撃音を耳朶に感じながら、間合いの狭さを利用――。

 コンパクトに引き戻していた左手一本に握るムラサメブレード。

 ――その光刀を前に伸ばす!

 槍でいう<刺突>の剣突だ。

 光刀によるプラズマの剣突が、ドルガルの着る黒インナーを突き破った。

 彼の、がっしりとした骨太の右肩を貫いた――。


 貫いた箇所からジュバババッと奇妙なゴムを押し潰し溶かしたような音が、周囲に響く。


 ムラサメブレードが肉を焼く音だ。

 ――が、まだだ!

 地面を蹴るような踏み込みから、師匠仕込みの、爪先を軸に回転。

 ――右肩と背中の一部を前に押し出す打撃技――。

 そう、<槍組手>〝右背攻〟だ。

 

 ドルガルの頭部に強烈な肩の打撃を喰らわせた――。

 ドッと鈍い衝突音が響く。


「――ぐォアッ」


 ドルガルは吹き飛ぶと、背中から一回転して地面を転がった。

 

 この光景に皆が、塑像と化した。

 俺は転がったドルガルに向けて、無詠唱の魔法を念じた。


 上級の《水癒(ウォーター・キュア)》を発動する。


 透き通る水の塊はいつもより大きい。

 巨大な水の塊は水の波を幾つも作ると、崩れて小さい波となり、ドルガルの全身を飲み込む。

 彼が、溺れないか一瞬不安を感じた。

 戦いの影響で魔力を込め過ぎた。


 だが、まぁ大丈夫だろう。

 ドルガルの体は光を帯びるように回復している。


 そこに戦いの一部始終を見学していたハイグリアたちも歩み寄ってくる。


 銀色の爪剣を伸ばしたハイグリアは先頭に立つと、


「おい、人族たち! シュウヤは完全な闇の種族ではないぞ! そして、わたしたちは操られてはいない! まったく、失礼な奴らだ!」

「宣言しておきます。わたしの名はジョディ。死蝶人ではありません。今はそこに立っている槍使い様の新しい眷属の末席に加わることなった<光魔ノ蝶徒>です」


 古代狼族たちの頭上に浮かぶジョディも名乗りを上げる。

 戦いを止めろといった俺の言葉を素直に受け取った彼女は、手に持っていた大鎌を横に振るってから消失させている。


 しかし、足先はドリルのままだ。

 そのドリルの先から血が滴り落ちると、その血は、白蛾に変身。

 血を纏った白蛾たちが彼女の足元で舞った。

 すると、視界が暗くなる。

 

 そう、巨大化した神獣ロロディーヌが、ジョディと古代狼族たちを守る形で、覆いかぶさるように登場した。


 皆を威圧するように口を広げる。

 巨大な口蓋から炎の息吹の欠片を吐いている。

 炎の粒子が渦を巻くように鋭い牙歯の間から漏れていた。


 ロロディーヌは熱を帯びた息を僅かに吐きながら、


「ガルルルァァ――」

『あぅ』


 と、暴風めいた魔息を繰り出し、唸り声を発した神獣ロロディーヌ。

 皆、俺を含めて、強烈な風を受けて体勢を屈めている。

 ヘルメは俺の左目の中だが、驚きの声を上げて恐慌してしまった。


 姿が小さいヘルメは頭を抱えるように、姿をさらに小さくして震えている。

 

 しかし、この場の皆には強烈なインパクトを与えた。

 古代狼族たちはダオンさんもリョクラインもロロディーヌに向けて、平伏。

 聖ギルド連盟の方々も戦いを諦めたようだ。


 武器を落とし怯えている。


「ロロ、もう大丈夫そうだ」

「にゃ?」


 フサフサな長耳をピクピクと動かしながら俺を見る巨大な神獣ロロディーヌ。


 紅色の光彩と黒い瞳はつぶらだ。

 巨大な姿でも可愛い。


 ロロディーヌは嬉しさを表すように「ゴロゴロ」と大きな喉声を響かせる。

 そして、ムクムクと音を立てるように子猫の姿へと縮小した。


 喉声も子猫の姿に戻る過程のせいか、蜂の羽がバタつくような変な音に聞こえた。面白い黒猫(ロロ)はトコトコと歩いて俺の足元に戻ってきた。


 ――そのまま小さい頭を俺の足に衝突させてくる。

 可愛い頭部の感触だ。


 夢中になって、自分の頬と髭を、俺の足に擦りつけては……。

 片方の耳と薄毛の頭部を何回も擦り当ててくる。

 そのまま前転しそうな勢いで脹ら脛側に移動しつつ素早くターンしては、また、俺の足に自らの頭部を衝突させてきた。

 前に移動した黒猫(ロロ)はくるっと回りつつ、両前足を上げた。

 そのまま後脚でジャンプでもするように、頭部から胴体までもを……俺になすりつけつつ、また俺の背後に移動する。


 脹ら脛に、再び、小さい頭を衝突させてきた。

 

 そのまま地面に自らの小さい子猫の体で八の字でも描くように……。

 何回も俺の脛と脹ら脛の間を行き来していく。


 ゴロゴロと喉音も鳴らしているし「にゃあ~」と鳴いてたまらない可愛さだ。

 甘えん坊な黒猫(ロロ)


 そんな甘えた行動に満足した面を見せる黒猫(ロロ)さん。

 その場で、小鼻をくんくんさせると、近くの地面に双眸を向ける。


 視線の先には絶妙な形で窪んだ地面があった。

 なるほど、あの窪みが気になるんだな。

 

 その窪んだ場所へと、そそくさと移動した黒猫(ロロ)は窪んだ地面に小鼻を突けた。

 くんくん、と臭いを嗅ぎだす。

 

 小鼻の孔を拡げて窄めているだろう黒猫(ロロ)さんだ。


「ンン――」


 『臭いはだいじょうぶにゃ』といったように、俺に振り向きながら鳴く。

 俺にそんなことを知らせる必要はないが……。

 ウンチするわけじゃないよな?


 すると、その窪んだ場所に体を寄せて、窪んだ地面に身体を嵌めた。

 良かった。ウンチしなかった。

 いわゆる、香箱スタイルという奴だ。

 うむ。猫は自分の体が妙にフィットする場所が大好きだからな。

 

 紅色の虹彩と黒い瞳を俺に向けてくる。

 タペタム層が少し収縮していた。

 

 そのネコ科特有の視線は、どことなく……。

 俺に『窪んだ地面に来てほしいにゃ』とか『一緒に嵌ってほしいにゃ』と、語っているようにも感じられた。

 

 だがしかし、気まぐれな猫ちゃんらしく……。

 耳をピクピクと、動かしてから、眠っているアソルの様子が気になったのか立ち上がった黒猫(ロロ)さん。


 両前足を『よいっしょっ』といったように前方へと伸ばす。


「ンンン」


 と、『起きたにゃ~』と喉声で鳴きながら背を伸ばしては、アソルの側へとトコトコと歩み寄る。

 相棒は首元から出したお豆型の小さい触手で、アソルの首と肩を、ポンポコポンと、リズム良く叩いていく。


 アソルの黒髪はそこまで長くない。

 ミディアムの髪を、耳の横に流している。

 そして、古代文字が光っている髪留めがお洒落だった。


 黒猫(ロロ)は、項から生えた色っぽい黒髪が気になったようだ。

 シュヘリアやヴィーネのようなポニーテールではないんだがな。


「……黒猫……さきほどの大きさは神獣。もしや、ハーレイアとかいう古代狼族の神か?」


 体が震えているドルガルだ。

 俺と黒猫(ロロ)の姿を何回も見比べるように見ていた。

 デルハウト級の大柄な体で、その体を何故か震わせているが……。


 肩の傷は塞がっている。

 俺の上級の水魔法の回復は通じたようだ。


 そこで、黒猫(ロロ)を見ながら、


「……神獣だが、ハーレイアじゃないな。俺の相棒、ペット、大事な愛しい友だ」

「にゃぁ~」


 俺の言葉を聞いた黒猫(ロロ)は飛び上がる機動で、俺の肩の上に登ってくると、いつものように俺の頬の近くに来たが、「ガルルゥ」と唸り声を発した。


 ロロディーヌは『これは邪魔にゃ、普通に戻れにゃ、吸血ばかにゃ』、最後のは、俺の完全な妄想だが、そんな感じで怒っているんだろう。


「済まない。<霊血装・ルシヴァル>は解除した」

 

 血鎖の首と顔の防具である面頬を消失。

 その直後、俺の顎と首下に流れていた血を掬うように舐めていく黒猫(ロロ)

 舌のざらついた感触が何ともいえない。


 その光景を見ていた他の聖ギルドメンバーの一人が、


「……アソル隊長をどうする気なんだ……」


 そう聞いてきた。


「どうもしない。返す。できれば話を聞いてくれると助かるんだが」

「え?」

「返す……」

「なぁ……この方は怪物だが、人族? 本当に冒険者なんじゃ?」

「お前、何を喋っているのか、分かっているのか?」

 

 俺の行動と言葉と姿を見て、混乱する聖ギルドメンバーたち。


 正直に言えば、口元を覆う顎と首筋の新防具<霊血装・ルシヴァル>から生えている牙を使い、黒髪の女性のアソルに噛み付き<吸魂>もできたが……やらない。

 血は戦闘の最中にたっぷりと頂いたからな。

 ま、聖ギルドメンバーたちは戦意を失ったようだし、戦いになることはないだろう。


 ドルガルも、俺の行動に驚く。

 肩の位置から黒猫(ロロ)が跳躍して、ドルガルの足下に移動。


 頭を衝突させるのかと思ったら、猫パンチを当ててから逃げるようにアソルの方へと向かう。


 ドルガルはそんな黒猫(ロロ)の行動を見てから、


「……俺たちは……ありがとう」


 と、素直に語りながら頭を僅かに傾けると、俺に対して礼をしてきた。

 彼はアソルの下に駆け寄って片膝を地面に突ける。

 そして、アソルの細い首へとごつい指を当てて脈拍を測る仕草を取った。


 傍にいた黒猫(ロロ)は駆け寄ってきた大柄の男、ドルガルの行動を受けて、黒豹の姿に変身――。


「ンン、にゃっ!」


 何か、気持ちを込めたような強い声音を発した。

 紅色の光彩でドルガルを睨む。

 一度、牙を見せるように口を広げてから、プイッと頭部を逸らすと、横歩き状態で、ハイグリアの方へと向かう。


 そこに、


「わたしも……」


 この声はさっき吹き飛んでいたリーンだ。

 <魔連・神獣槍翔穿>の攻撃で彼女の特別そうな武器を破壊した。

 ドルガルと同様に胸元を貫いたが、アソルが投げた回復薬ポーションによって命は助かったらしい。


 しかし、その傷は癒えていない。

 

「ぐふぁ」


 と思ったそばから、再び血を吐いて倒れてしまった。

 うつ伏せ状態の彼女。


 胸の傷がどれくらい回復したのか、その判断はここからじゃ分からない。


 元々、茶色髪のリーンは細身だ。

 体力があるとは思えない。

 それに自負するわけじゃないが……。

 俺と神獣(ロロ)が協力した合わせ技が<魔連・神獣槍翔穿>だ。


 ハイクラスな高級回復薬ポーションだったとしても、かなりの重傷は免れないはず。

 俺が持つ聖花の透水珠か、

 昔メリッサが語っていたエリクサーとか、神級規模の回復薬ポーションとかなら一瞬で回復はするだろうけど。


 ま、回復魔法をかけておこう!

 上級の《水癒(ウォーター・キュア)》を発動。


 瞬く間に透き通る水球が、リーンの頭上に完成した。

 水球は一瞬で弾けて散った。

 シャワーが降りかかるようにリーンは水塗れに。


『閣下! さっき貫いたナメクジの精霊ちゃんと剣の精霊ちゃんたちの様子が変です。闇の性質を得たような……針のように鋭い囁き声を発して蠢いています!』

『え? どういう……』


 その瞬間、本当に蛞蝓(ナメクジ)と剣の精霊が、物質化した。


 蛞蝓は巨大だ。

 精霊の剣たちは歪な剣身を持つ。

 そして、幻想的な動物を纏っていたり、幻想的な動物が剣と一緒に並ぶ形で出現していたりと、様々だ。


 ずるい(イタチ)のような形の動物。

 (タコ)が尾をはためかせるような機動を取るモンスターめいたモノ……。

 ちょこちょこと動く(ねずみ)のような動物。

 ムササビのような動物の体内に宿した一対の剣の姿もある。


 時々、体内から突出する形で一対の剣が飛び出ていた。


『茶色髪の女性へ……あ、彼女の身体を狙うようです……』


 本当に倒れたリーンに襲い掛かっていく。


「まじか!」

「にゃごぁ!?」


 黒豹の姿でハイグリアたちを守っていたロロディーヌも驚きの声を上げる。

 皆、聖ギルドメンバーたちも古代狼族たちも、驚いていた。


「蚯蚓風ピクミーと剣霊オーの反逆だ!」

「おぃぃ、リーンだからこその精霊怪物たちだぞ!?」

「……そういえば、今の戦いで精霊法杖が壊れていたな」


 と、聖ギルドメンバーたちは俺を責めるように俺に視線を向けてくる。

 思わず、大御所コメディアンのポーズを取り、ボケようとしたが、止めといた。


『ついに妾の出番か』

『いや……』

『ふん! 器よ。妾を押さえられるとでも? ふふ』


 怪物対怪物だ。ちょうどいいかもしれない。

 と思ったが、サラテンは俺の左手の運命線、もとい、瞼のような線を、強引にこじ開けて外に出ようとしてきた。


 そんな堕ちた神剣サラテンに『させるかよ!』という意思を込めながら濃密な血と魔力を直に叩き込んだ。


『わ、わら、わ、ん、ァ!? ……ァァン』


 左手の内部、異空間かもしれない<サラテンの秘術>のサラテンが混乱した。

 その瞬間、その魔力を生かすように左手の<ザイムの闇炎>を強める。


 といったことを、ゼロコンマ数秒の間に行う。

 そして、一差し指を立て、『燃えたろ?』と、指先から闇炎を発して、ヘルメ立ちとは違うポーズを取りながら――。


『ヘルメ、彼女を助けろ!』

『はい!』


 即座に左目から突出するヘルメ。

 すぐさま上半身が女体化。

 ヘルメの半身は液体のままだったが――。

 リーンを両手で掬い上げる形で物質化した巨大蛞蝓と歪な形の剣たちの攻撃からリーンを救っていた。


 だが、そのリーンは傷を新たに負ったのか体から血が溢れている。


「おおおお」

「またもや、アソルやドルガルに続いて、リーンも助けてくれたぞ」


 聖ギルドメンバーたちから歓声が上がる。

 俺はその救出劇を見ながら、指に嵌めている闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを触り、沸騎士たちを召喚。


 髑髏指輪から二つの魔線が直線を宙に作りながら地面と繋がる。

 沸々とした煮え立つような音が響き渡る。と煙がもくもくと立ち昇っていく。

 煙の中から沸騎士たちが現れ出た。


「――閣下、ゼメタスが今、ここに!」

「左辺はこのアドモスが担当! 敵はいずこに!」

「敵はあの蛞蝓お化けと動く剣たちだ。ヘルメをフォローしろ」

「承知しましたぞ! 敵は灰に! 敵を魔素に!」

「承知! 敵は灰に!」


 沸騎士たちは気合いを入れるように口々に語りながら突進。

 フランベルジュ型の骨剣を伸ばしたゼメタス。

 そんなゼメタスの骨方盾と合わせるように、アドモスも盾を合わせる。


 ゼメタスが巨大蛞蝓と正面からぶつかった。

 アドモスが、複数の剣の乱撃を方盾で防ぎつつ骨剣を上下に振るっては次々と、歪な剣たちを折るように撃ち落としていく。

 撃ち落とされた歪な剣は不気味な光を帯びる。

 半透明になったり物質化したりを繰り返すが、すぐにアドモスが重厚な骨の足を使い、ストンピング。

 

 歪な剣を踵で踏みつけると、踏まれた剣は粉々に砕け散って消失した。

 が、まだ剣型の精霊の数は多い。


 宙から蝶というか鷹のような機動で急襲を繰り返すジョディ。

 翼を広げた大鷹を彷彿する巨大な鎌を振るい、剣精霊と同じ精霊の幻想的な動物を切断。

 次に、スパイラル軌道で巨大な蛞蝓に向かった。


 そして、鎌の刃を器用に持ち上げるように、細長い出目の一つを切断した。

 だが、一瞬で細長い出目は新しく生えてくる。


 そこに、ダオンさんが前進。


「狼襲・六牙!」


 ダオンさんは頭上に爪剣を立てて、オリジナルの戦術名を叫び、皆に指示を出す。


「おおおおおぉ」

「隊長!」


 古代狼族の兵士たちが、巨大な蛞蝓お化けに向けて突進を開始。

 ハイグリアとダオンにリョクラインたちも攻撃に加わった。

 古代狼族の集団はゼメタスの斬撃の合間に爪剣の連撃を繰り出す。

 ゼメタスの突剣から、ハイグリアの爪剣の突剣にリョクラインの薙ぎ払い。

 ダオンさんのダブルバスタードのような打ち下ろしの斬撃に加えて、ゼメタスの方盾をジャンプ台にした古代狼族の兵士たちが、巨大な蛞蝓に襲い掛かっていく。


 カッコイイ。そんな折、アドモスから離れた鼬型の剣がハイグリアに向かう――。

 俺がフォローしよう。


 と、魔法か<鎖>を意識した瞬間、ロロディーヌの姿が見えた。


 宙に跳んだ黒豹のロロディーヌが、その鼬の剣に噛み付く。

 そして、鼬の剣を咥えたまま着地すると「ガルルゥ」と唸り声を上げながら、鼬の肉を喰らうように剣を噛み砕き、むしゃむしゃと咀嚼し美味しそうに食っていく。

 それはまるで、豪勢な鼬料理のオードブルを楽しむような勢いだった。


 ロロディーヌは凄いと、思わず拍手するが……。

 その前で戦う皆の連携が正直……素晴らしい。


 サイデイル村の防衛は彼らの力でもあったわけだな。


「沸騎士たち、いいですね。アドモス――」


 空からフォローに回ったヘルメが氷槍を射出。

 アドモスの周囲を飛び交う歪な剣たちに向けて、腕の幅を持った氷槍を喰らわせていった。

 ジョディもフォローに回るが、剣型の精霊は数が多い。


「精霊様! 我を守ってくださり、ありがとうございます!」


 アドモスがお礼を叫びながら、シールドバッシュで、歪な剣型の精霊を吹き飛ばす。


 すると、アソルを介抱していたドルガルが立ち上がり、


「……リーンの精霊が暴走か!」

「そのようだ」


 ドルガルは、俺の闇に燃えた手を見て、


「あ、シュウヤ殿――俺たちの非礼をお詫びします。そして、アソルとリーンを、俺の命を救ってくれてありがとう!」


 今度は豪快に頭を下げたドルガル。

 すぐに頭を上げると、その表情からすっきりとした気持ちが窺えた。


 心に清々しい思いが流れているようにも思えた。


「いや、いいさ。俺も成長できた。それで〝悪しき冒険者を裁き秩序を保つ〟の範疇からは外れたと思っていいのかな?」


続きは来週です。

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