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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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四百二十五話 仲間たち

「ただいま」

「シュウヤ! 待っていたぞ!」

 村に着くや否やハイグリアが睨みを利かせてきた。

 黒猫の姿に戻った相棒が、そのハイグリアの脛に頭を擦りつけて甘えている。足の毛と皮に肉付きが気持ち良いらしい、甘噛みを実行すると、ハイグリアが、

「むむ、少し痛いが……気持ちいいかもしれない」

 と笑ったような笑っていないような表情で話す。

 黒猫(ロロ)は、そんなハイグリアに構わず、甘噛みから、ハイグリアの足の匂いをフガフガと嗅ぐ。その具合が面白い、小鼻の孔が広がり窄む。

『この匂いはたまらん、ち』といったような感じだろうか。

 黒猫(ロロ)的に、甘えているというより、古代狼族特有の匂いが気になるのかな。ハイグリアの足に神獣の匂いを移すマーキングの作業をがんばった。すると、ルッシーも近寄ってくる。

「あるじー、おかえり!」

「おう」

 オッドアイの小さいビー玉のような瞳を輝いて可愛い。

 そのルッシーは、ハイグリアの匂いを擦りつけている黒猫(ロロ)の太股に抱き着いて、

「しゅごじゅー、いいにおい!」

 菊門の近くだと思うが、後ろ脚を掴まれた相棒はビクッと体を揺らす。『はなせにゃ――』というように、後ろ脚を数回上下に動かす――が、ルッシーは振り落とされず。

 ルッシーは器用に相棒の太股辺りの長い毛を掴んでいる。

「柔らかい毛はいい匂いか? 日向系の香りかな」

「うん!」

 ルッシーは満面の笑み。振り落とすのを止めた黒猫(ロロ)は尻尾の先でルッシーの頭を撫でていた。しかし、尻尾の根本がピクピクと震えている。太股の毛を引っ張られて菊門のお尻が刺激を受けたな。オナラでもしそうな雰囲気だ。少し前にアドゥムブラリにオナラをぶっ掛けていたことを思い出した。黒猫の太股の黒い毛の群れはフッサフサで柔らかいからな。ルッシーの気持ちはよく分かる。

「……シュウヤ、故郷に!」

「そう焦るな。あとでな」

 ハイグリアとルッシーに応えながら沸騎士たちとイモリザを村に放つ。

「ゼメタス、参上」

「アドモス、参上ですぞ」

 地面から沸き立つ煙と共に登場した沸騎士たち。

 イモリザも第三の腕から黄金芋虫(ゴールドセキュリオン)に戻り、地面に落ちて「ピュイピュイ」と鳴きながら、むくむくっとココアミルク肌を持つ女の子のイモリザに変身を遂げた。その変身を見てからヘルメが「――皆、街作りの活動を手伝うのです! 樹海は空も、内も、外も、地下も、モンスターの勢力がどこにでも存在するのですから!」

 いつになく気合いが入っている。その声に反応した村の子供たちがヘルメの周囲に集まってわーわーと騒ぎだし、沸騎士たちの煙を触ろうとする子供たち。ヘルメから水を受けて喜び騒ぐ子供たちの中に青髪のアッリの姿があった。怪我をしたと聞いたタークはいない。ムーも居ないが、ムーは俺の家がある小山でオークたちと一緒のはずだ。

「――精霊様! お任せあれ!」

「偵察ならお任せあれ!」

 沸騎士の二人はそう宣言すると子供たちから逃げる。

 盾を胸元の高さに持って構えた。そこに沸騎士たちの真似をしたイモリザも沸騎士たちのところまで走り、

「――お任せあれ! わたしもがんばる」

 イモリザは、自身の綺麗な銀色の髪を使って、沸騎士たちと似た骨製に見える盾を作った。

「えいッ、えいッ、おう!」

 イモリザが掛け声を発して、三人で盾の隊列を組みながら進んでいった。子供たちも「えいッ、えいッ、おう!」と、続けて声を上げて楽しむと、あとに続いている。ルッシーはロロディーヌと遊んでいた。

「ゼメちゃん、アドちゃん、どちらが敵を多く見つけて仕留めるか競争!」

「承知した! イモリザ殿には負けませんぞ」

「ヒュレミの大虎殿が居れば確実に勝てるのだが」

 沸騎士たち&イモリザは、そんな会話をしながら門の方に向かう。

 ヘルメは巨乳を持ち上げるように細い両腕を胸元で組んでいた。

 沸騎士たちとイモリザが仲良く行進する様子を見て、満足そうに微笑んでいる。俺はその常闇の水精霊ヘルメの姿を凝視。

 思わず拝む。そう、あまりにも胸元が神々しいからだ。

 岩群青色が綺麗なノースリーブの衣装が包む巨乳さんは素晴らしい。柔らかいし、張りのある究極に近いおっぱいさんに敬礼。

「――ふふ。閣下、わたしも門と隘路の周囲を確認しつつ紅虎の嵐のメンバーと合流します」

「この山から下りて直ぐだな、樹海の森を開拓中の」

「はい!」

 俺の希望をよく理解している常闇の水精霊ヘルメは偉い。

 その場で華麗に横回転。くびれた腰を捻って胸をアピールするヘルメ立ちを魅せてくれた。乳房がプヨヨンと揺れているし、尻の肉の張り具合には女性としての美学がある。ヘルメからはエロさは消えるな、美しすぎる。そのヘルメに、

「おう」

 ヘルメは俺の言葉を受けてから微笑むとロターゼとキサラが整地活動を続けている村のほうへと跳躍した。宙空で両腕を左右に伸ばすヘルメ。長い足を伸ばし背を弓なりにして頭部を傾ける仕草は華麗だ。水中を泳ぐようなスパイラル飛行に移行すると、くびれた腰と太股と長細い両足に水の輪を生成していく。形から知恵の輪にも見えた。水の輪の煌めきが美しい。更に煌びやかな水飛沫を背中から発生させて小さい翼を模る、翼状の水飛沫が羽ばたくと綺麗な軌跡が生まれた。鮮麗な色彩さは、まさに常闇の水精霊ヘルメだ。水神アクレシス様が身に纏うような太陽の光を浴びてキラキラと輝く魔法衣の裾捌きといい、宙を舞うように飛翔する姿は本当に美しい。キサラと一緒に飛翔したら似合いそうだ。ヘルメの天女のような機動に見惚れてから……エヴァとレベッカの姿を探す。

 <筆頭従者長(選ばれし眷属)>たちは、ここには居ない。役場の方かな。きっと政務室で仕事をしているキッシュの傍だろう。

 村のモニュメントを眺めてから、周囲の家々を見ていく。

 邪界の樹製の家……問題はとくになさそうだ。

 村の確認を続けるようにデルハウトとシュヘリアと共に歩く。

 デルハウトには、この村を守る武人として働いてもらう予定だからな。子供たちは厳ついデルハウトの存在を見て、少し怖がっていた。沸騎士たちは怖がっていなかったが……。

 黒猫(ロロ)は触手を使いルッシーとハイグリアと一緒に縄跳びを跳ぶような遊びをしている。

 家の隅に、見たことのない小さい樹木が生えている。あの樹が、キッシュが血文字で報告してきたルッシーが作ったという悪戯かな……小型の紋章樹か? 幹の左右の枝にはどこかで見たことのある翠色の葉がたくさん生えている。点々とした小さい魔力も宿っていた。随分と変わった魔力だ。デボンチッチも泳いでいるから、そのせいかな。そして、幹の表面には、俺の手首にある<鎖の因子>の梵字マークと似た紋様があった。

 エクストラスキルの<ルシヴァルの紋章樹>に関係するものだと思うが……<鎖の因子>も関係した光魔ルシヴァルの種族から派生した精霊樹ルッシーのマークかもしれない。

 ただの悪戯のマークというわけではないだろう。

 今の縄跳びで遊ぶルッシーの姿からは想像が付かないが……。

 ルシヴァルの聖域が拡大した? という意味もありそうだ。

 そんな感想を持つと、その樹の枝の一つが曲がると、俺に寄ってくる。先端の枝が握手でもするように俺の手に触れた瞬間――。


 ――え?

 枝が赤ちゃんが持つような手となった。

 幹も細まって根も引くと小さい樹はぐにょりぐにょりと蠢く。

 人に近い二つの足を作った。

 更に俺の手に触れた手と同じく、もう一つの腕と手を作る。

 極めて小さい人型の樹木生命体が誕生。

 形はルッシーと少しだけ似ている。ネームス系の種族かもしれない。


「……ネームスとは違うか。これもルッシーなのか?」

「こぶんがふえたー」

 本体のルッシーはそう喜びの声を上げる。

 この小型の樹木赤ちゃんはルッシーの子分か。

 と、思った直後、その小型の樹木生命体は踊り出す。

 キサラの紙人形たちが踊るようなテンポだが、腕の枝がカスタネットのように変形。独自の打楽器音を立てながら、踊ると、伸びていた赤ちゃんのような手は、元の枝に収縮。

 元々の小さい樹木の姿に戻っていく。

「こぶん、もどったー」

 ルッシーがそのままの現象を語る。

 ルッシーは子分を得て何をしたいのか……不明だ。

 聖域が拡大中という意味か?

 ルシヴァルの紋章樹としての結界の証明だろうか。

 ……ま、ルッシーは嬉しそうだし、どちらでもいいか。

 もう一度、小型樹木を見た。先ほどの踊った姿とかけ離れた小さい樹。血を帯びたデボンチッチらしき幻影もいくつか見えた。

 蝶ネクタイをした子供デボンチッチが多い。

 不思議だな……キッシュの面でも見に行こう。

 と、思ったが、今の現象を不思議そうに見ていたドミドーン博士とミエさんから質問攻めを受けた。

 デボンチッチが見えているわけではないが、小型樹木の子供は不思議だったようだ。デルハウトとシュヘリアも俺と一緒に、彼らの質問に答えていく。デルハウトは自己紹介も兼ねているようだ。

 ついでに、エブエのことも聞いてきたので、話をしていった。

 空で活動するロターゼとヘルメが話す様子を眺めてから……。

 エブエの了承を得る。

 そして、博士とミエさんへ異界軍事貴族の間から、エブエが秘密にしていたことを踏まえて場所を表沙汰にしない方向で……博士たちに念を押すように戦馬谷の大滝の場所を教えていった。

 縄跳び遊びを止めて、黙って話を聞いていたハイグリア。

 その途中で、我慢できなくなった古代狼族の彼女。

 可愛い尻尾を揺らしながら……。

 背中に両腕を回して、その両手の指の銀爪を地面に向けて弧を描くように伸ばしていた。

 その銀爪の先端で、器用に「シュウヤ、や、く、そ、く」と、いった文字を地面に書いていく。その行動に思わず笑う。

 ハイグリアは必死な表情を浮かべているが、それが可愛かった。

 そのタイミングで『暫し待て』と、ニュアンスを込めてアイコンタクトしながら指でジェスチャーを作る。

 俺とエブエは……博士たちに『逃がすまいよ?』『そうですよ』といったように手を握られた。そのまま博士の家へと移動することに……溜め息を吐くハイグリアも付いてくる。

 デルハウトはそんな溜め息を吐いたハイグリアを見て……。

 気まずそうな視線を向けていた。どうしてだろう。

 デルハウトは、俺たちに話していないことがあるのかな。

 ルッシーと子猫姿のロロはハイグリアの足元を回って遊んでいた。

 しかし、ルッシーは皆から離れていった。


 エブエと共にドミドーン博士の家に入った。


 巨大な机に地図を広げた博士。そこで正一時間……。

 戦馬谷の大滝の場所に向かうルートに印をつける作業を手伝わされた。

 エブエは自身のキルモガー族のことを告げてくれた。

 戦士の石筒がある戦馬谷の聖域のことも詳しく教えてあげていく。

 俺は、


「ロロディーヌがいるからこそ、行けた秘境の難所ですよ?」

 と念を押すが、

「構わん! むしろ嫉妬する。わしも神獣が欲しい!」

 と興奮冷めやらぬドミドーン博士。そのまま地図に印をつける作業を手伝いながら秘境についての話をしていくと、目が吸血鬼(ヴァンパイア)並みに血走っている。ヤヴァいから、その興奮に応えようと、俺なりに興奮はせずがんばった。気持ちは分かる。樹海の遺跡探索は、博士にとっては、生涯をかけた研究だからな。海の冒険卿と同じく強い尊敬の意思を持って接した。ミエさんが用意してくれたお茶のようなミルクティーが美味かったし、考古学者との仕事も案外楽しい。

 何でも、レベッカが紅茶の淹れ方講座を開催したらしい。

 さすがは紅茶好きのレベッカ。

 ただの売り子ではない。



 ◇◇◇◇



 博士たちとの仕事のあと、ハイグリアを見る。

「やっとか!」

 と期待を寄せる表情を浮かべるハイグリアちゃんだが……。

「まだだ」

 と告げる。ハイグリアの故郷にはまだ向かわなかった。

 論争している博士&助手たちにエブエを預けてから、キッシュたちがいるだろう政務室へと向かう。

 ハイグリアとデルハウトにシュヘリアも付いてきた。

「マイロードについていきます」

 先ほどは陛下だったが、俺が『陛下はいやだな』と言ったらマイロードに変えてきたようだ。傍で控えたシュヘリアが気まずそうな表情を作る。俺は咳をわざとしてから「好きにしろ」と照れ隠しをしながらデルハウトに告げた。その間に、相棒と一緒に遊んでいたルッシーは離れ樹の枝に飛び移った。村中に作った樹から枝を伸ばして、宙に階段を作ると、その枝の階段を利して俺の家がある小山のほうへと向かう。ルッシーが空を通り過ぎると、自然と宙に伸びた枝は小さく収斂。その機動に感心しながら歩く。片付けられた農具に注連縄が掛けられた壁を見てから……政務室の扉の前に到着した。柊の小枝の飾りが綺麗だ。掛け金を外して、木製扉の取っ手を捻って押す。

 部屋の中へと足を踏み入れた。

 いい匂いが漂う。ラグと机の上には樹の欠片の束がある。

 樹の欠片には文字が刻まれてあった。

 左の壁には夕暮れと蜂の形をしたタペストリーの飾りがあり、容器に家具も並ぶ。オークの貴重な戦利品も置いてある。

 テーブルの奥には、キッシュとエヴァにレベッカもいた。

 彼女たちはゴブレットに入った紅茶を啜る。

 俺がサイデイルの村の各地に作った水車と木製の洗濯機と盥の機能についての話をしている。

「意外に内政の技術もあるのよねぇ、シュウヤって」

 とか、なんとか、そんな美人の皆に、デルハウトを紹介した。

 血文字でも報告済みだが……船の残骸から回収した酒樽の件。

 ゼリウムボーンの金属の骨の件。大熊の肉が美味かったことや、珍味の熊の手の件を告げる。そして、飛行機が鉄を喰うモンスターに喰われて消えてしまったことについても話をした。

「ん、銀水晶鋼鉄と少し色合いが近い」

「そうか。ゼリウムボーンとは価値が違うかもしれない」

「ん、見たことのない色合い。たぶん価値は高い。精錬しないと分からないけど魔力の浸透度は高いと思う。硬いし武具の素材に使えるとも思う。でも……魔宝地図の白銀の宝箱から得たレア金属群の方が使える」

 そりゃそうだ。とエヴァの言葉に頷きながら、

「それもそうか。んじゃ、キッシュにあげよう」

「ありがとう。消えてしまったことは残念だが、飛行機という乗り物の話は面白い。近くで見たかった!」

「ん、残念。樹海にはさまざまなモンスターが居る」

「そうだな」

「だから、地下オークションで売っていた車? という特殊な金属塊は貴重だったのね」


 レベッカの言葉に頷きながら、


「確かにそうだ。それと樹怪王の兵士の素材も置いておく」

「ありがとう。それと船の残骸から手に入れた酒樽はシュウヤに返す。表面のマークはどこの商会か分からないし、美味しい酒ならアイテムボックスを持つシュウヤが保管すべきアイテムだ。ここの村には、アイテムボックスはないからな。一応、地下室という貯蔵庫があるが、完ぺきじゃない」

「了解した。迷宮都市ペルネーテでアイテムボックスを買うか?」

「いや、ただでさえシュウヤに甘えているんだ。これ以上はわたしの体も持たないからいい」


 冗談を交えてやんわりと断ってきたキッシュ。

 

「それよりも、金属と素材の方だが、エヴァは本当にいいのか?」

「ん、要らない。リンゴの方が大事。店の商品。たなか菓子店に勝つ!」

「了解した。要らないのなら村用の備蓄としてありがたく貰う。ゼリウムボーン系の金属は優秀な鍛冶師が村に住んだ場合、有効活用できるからな。または隊商ルートが確立できればオークの戦利品と同様に村の利益となるだろう」

 キッシュの言葉に頷く。鍛冶師か……。

 一瞬、友のザガ&ボンのドワーフ兄弟を思い出した。

 だが、彼らには彼らの商売がある。

 ここに呼び寄せて一緒に暮らそう、とは、言えないな。

 側には、彼らの家族となっているルビアもいるし。

 ペルネーテにふらりと戻った際に、この村の存在を話してみるか。

 もしかしたら、遠足気分で、このサイデイル村を見学したいというかもしれない。

「……エヴァが使っている金属は、ミスティも強化を促した特別な金属。白銀の宝箱から手に入れた金属だからね」

 レベッカがエヴァの骨の足に同化している金属製の両足を見ながら語る。

「ん、地下二十階層の旅は面白かった。邪牛グニグニも美味しかった」

「うんうん。ラグニ村の人々といい不思議な旅だった」

「イノセントアームズの活躍話だな? 話に聞いてはいたが……」

 キッシュの言葉を受けて自慢をするわけではないが、魔石の収集依頼を思い出しつつ、

「ペルネーテの迷宮も魔石が採れるし、有益な場所だ」

 と、喋った。

「しかし、ペルネーテの迷宮の十五階層。その十五階層に存在するニューワールドの発見や地下二十階層の到達は、他の冒険者クランの追随を許さない絶対的偉業だぞ。その偉業を成したイノセントアームズを率いているシュウヤは、本当に凄い男(・・・)なのだな」

 キッシュは翡翠色の瞳を輝かせながら熱く語る。

 翡翠色の瞳の奥には欲情の気持ちが見えていた。

 あからさまな視線は、少し照れる……。

 シュヘリアとデルハウトは驚きながらも、互いに視線を合わせて頷く。

「マイロード……ならば当然か」

「あぁ、戦神教の神官たちを退ける陛下の実力ならば当然」

 と、小声で話し合う元魔界騎士たち。

「……十五階層には実際には突入していないぞ。俺たちは二十階層のみ。十五階層は、過去にクラブアイスというクランが到達していたらしい」

 俺のはぐらかすような素振りと言葉を受けたキッシュは、大人びたお姉さんといったような雰囲気を醸し出しながら微笑む。

 そして、小さい唇から舌をちょろっと出してから、

「ペルネーテの拠点である屋敷の中庭に設置した墓石だな? シュウヤの魔力を、その墓石に注ぎ続けていけば……いつかは、その墓石の中に封じられているクラブアイスのメンバーたちが解放できると聞いた」

 そうなんだよなぁ。

 クラブアイスのメンバーたちには悪いが……。

「そうだ。しかし、俺は天然の魔力電池じゃない。今は墓石に魔力を注ぐ時間はない」

 この世界にも有名な科学者『ニコラ・テスラ』が開発したワイヤレス発電網のようなシステムがあれば……。

 その作りを応用して、自身の魔力を遠くから墓石へピンポイントに転送できるかもしれない。

 しかし、そんな便利な物はない。

 新魔導人形(ウォーガノフ)の改良を続けているミスティなら……が、魔法の基本大全にも色々と載っていたように……。

 魔力に関することだけでも、神々の魔法力から別次元の作用を含めると……宗教学を含めて、専門的な分野は多岐に亘っていることだろうしなぁ。素粒子の値から物理法則までも違うとなると、俺の知る雑学も多少は得をする程度の範囲でしかない。

 だが、ハンカイは自身の手の甲に嵌めた魔宝石と金剛樹の斧をリンクさせて、ブーメランのように斧を飛翔させて、金剛樹の斧を遠隔操作するような技を使っていた。だから墓石に魔宝石を埋め込んで、それ専用の魔法陣を作れば……。

 俺の想像通りに魔力を遠方から送ることは可能となるかもしれない。しかし、下手したら墓石ごと壊れてしまう可能性もある。

 いや、この世は不思議に満ち溢れている……。

 魔力を送るだけの魔道具が何処かに存在する可能性の方が高いか。

 迷宮には宝箱という物があるし。

 洗濯機や冷蔵庫もあるんだ。俺の想像を超える代物だってあるはず。といっても、そんなアイテムを見つけることは、至難の業だが……。

「……それは仕方がない。わたしも同じだろう。むしろ墓石は立てず、何もしなかった可能性の方が高い」

 キッシュの言葉の後、レベッカとエヴァが頷きながら、

「クラブアイスの件はおいておくとして、その墓石を含めて迷宮都市の十五階層や二十階層に進出できたのも……」

「ん、地下五階層の邪神像たち。転移のクリスタル」

 頷いた。鍵を使わないと入れない邪神像の奥。

 そこに特殊な空間の真ん中に長方形というか歪な水晶の転移装置があった。

「十天邪像の鍵だな」

「うん」

「ん、わたしたちは邪神の使徒と同じ?」

 エヴァが胸元に両手を当てながら聞いてきた。

 ムントミーの衣服の上から羽織った薄紫色のカーディガン越しだが、巨乳さんの膨らみは分かる。俺はチラッと巨乳さんを見てから、彼女の綺麗な紫色の双眸を見る。

 そして、エヴァのその問いに同意するように、

「……あまり使徒だと認識したくはない。が……俺という光魔ルシヴァルは、邪神シテアトップの力を吸収しているからな?」

「うん」

「……だから、エヴァの疑問は当然だと思う。この樹木の力も邪神シテアトップが居たからこそ獲得できたようなモノだ」

 エヴァは神妙な表情を浮かべて頷く。少し不安そう。

「十天邪神たちの鍵か」

「うん。邪神シテアトップ、邪神ニクルス、迷宮都市ペルネーテが内実は邪界ヘルローネと繋がっている証拠って奴ね」

 レベッカが蒼炎を纏った人差し指で宙を突きながら語る。

 キサラのような貫手の技術ではないが、影響を受けたらしい。

「……他の邪神の使徒もペルネーテを拠点に活動を続けて暗躍している……」

 キッシュは司令長官といった厳しい顔付きを浮かべながら呟く。

 その言葉と視線を受けたレベッカとエヴァは<筆頭従者長>としての『戦いは常にある』という気持ちを表すように、互いの顔を見て、頷き合っていた。

「……そういうこった。弱点を持つ邪神の使徒も居るが、ペルネーテ以外にも進出しているかもな。魔界、神界、邪界。地下も含めると多種多様だ」

「難しいことを考えても仕方ないでしょ。わたしたちにはわたしたちの目的がある!」

「ん、レベッカ、いいこと言った! でも、レベッカの目的は……」

「う……な、なによ。その可愛い紫色の目を細めちゃって!」

 レベッカとエヴァは互いに微笑む。

「二十階層の死に地図?」

「ば、ばれた! そ、そうなのよ! わたしの目的! ふふふふふ」

 レベッカはやはりレベッカのままだった。 

 拳に蒼炎を纏ったレベッカは興奮気味に、

「魔宝地図もいつか、また挑もうよ! 金箱とかが出るかもしれない。出現する守護者級モンスターはとんでもない強さかもしれないけど、<筆頭従者長>となったキッシュさんや、デルハウトやシュヘリアが仲間となった今なら、戦力的に申し分ないと思うし、ママニたちもいる!」

「……そういう話を聞くと、わたしの冒険者の心が疼く」

 <筆頭従者長>となったキッシュ、熱いレベッカの言葉に影響を受けたか。全身から魔力が自然とあふれ出ていた。

 彼女も光魔ルシヴァルとなった今、剣士系の力は数段跳ね上がっている。剣術も彼女だからこそ覚えられる専用スキルを獲得するだろう。<血魔力>を活かす血道系は……。

 他の<筆頭従者長>たちと同様に簡単じゃないと思うが。

 俺のような成長を促進する称号やエクストラスキルがないからな。

 だが、<血道第四・開門>で<霊血の泉>を獲得した今なら……<霊血の泉>に関するステータスを思い出すと……。


 ※ルシヴァル神殿がある範囲内にだけ本人の周囲に聖域と化す霊気を帯びた血湖の作成が可能。霊気漂う聖域内は、眷属たちの能力がより活性化。初期段階において既にルシヴァルの紋章樹精霊と連携が可能となる※注※さらなる発展の兆しあり※

 ※聖域では、あらゆる事象がルシヴァルの眷属たちに有利に運ぶ※


 といったことが記されていた。これはルシヴァル神殿がある、このサイデイル村に限ってのことだ。ルッシー自体がルシヴァル神殿と同じ鍵ならば……色々と工夫はできるかもしれない。

 今も眷属たちの成長速度は増している。

 だから、すぐには無理だとは思うが、いずれは……だれかしら<血道第二・開門>を獲得するはず。しかし、この間も途中で『ちゅかれた』といってルッシーは帰還してしまったしな。

 皆の成長を促せる可能性はある。俺自身も、<血道第四・開門>、略して第四関門を獲得できたということは……。

 第五関門も存在する可能性が高い。ナズ・オン将軍と戦った時に身に纏っていた血鎖鎧の質もパワーアップしたような感じだったし……期待はできる。と思考してから、キッシュを見て、

「……キッシュはサイデイル村の司令長官だろう?」

「分かっている。冗談だ」

「……わたしは冗談じゃないんだけど」

「レベッカ、地図は将来だな。デルハウトもシュヘリアもこの村の防衛目的で仲間に引き入れたんだ」

「シュウヤの言う通り。村の再建はまだ道半ば。ハイグリアとの古代狼族との同盟話もある。だから、その魔宝地図を巡る旅の詳細は……血文字か、ここで話を聞くとする」

 魔宝地図のことはあまり知らないハイグリアはキッシュの言葉に頷いていた。

「うん。けどさ、そうは言うけど……わたしたちはルシヴァルなんだし、いつか遠い未来、キッシュさんもペルネーテの地下に一緒に行けるかもしれないわよ?」

「うん。楽しみにしたい……」

 キッシュは俺を見つめて優し気に微笑む。

 翡翠色の瞳の奥では、希望の光が宿ったように見えた。

「遠い未来より、近い未来の話をするぞ。ヴィーネとミスティにハンカイたちと合流し、地底神ロルガが奪ったハーデルレンデの聖域に挑むことが先となるだろう。蜂式ノ具が地下の聖域に残っているかは不明だが……キストリン爺さんの墓場も見つけてあげたい」

「うん」

「分かってる」

「ん」

 そこからエブエの話に移行。

「エブエさんの変身には驚きね。シュウヤから聞いていたけど、ここにも存在していた神具台って建物にも驚きよ。そして、ロロちゃんの過去話を考えると不思議と泣けてくるし」

「ンン、にゃ?」

 黒猫(ロロ)が触手をレベッカに向ける。

 レベッカは指先で、お豆型の触手の先端をタッチして遊んでいく。

 それを見て微笑むエヴァが、

「ん、シュウヤ、ドミドーン博士が呆れてた」

 エヴァの言葉に同意するように頷くレベッカ。

 そのまま黒猫(ロロ)の触手と指を絡ませながら、

「未踏の地だと!? わしの立場はぁぁ! と、興奮して喋っていたわね?」

「あぁ……さんざん聞かれたよ……。んじゃ、デルハウト、儀式を行うとしよう」

 黙って俺たちの話を聞いていたデルハウト。

「あ、そうね。シュヘリアさんと同じくシュウヤの新しい部下! 光魔の騎士」

「ルシヴァルの紋章樹に名前が刻まれるのだな」

「ん、わたしたち(選ばれし眷属)とはまた少し違うけど、同じルシヴァル!」

 皆は喜ぶが……シュヘリアの儀式を思い出して、彼女と同じことを厳ついデルハウトにしなきゃならないと思い……少し憂鬱な気分となった。だがしかし、ここには美人さんたちが居る!

 レベッカ、エヴァ、キッシュ、シュヘリアの美人さんたちを見て我慢だ。可愛い黒猫(ロロ)もいる!

 その野郎極まりない筋肉を持つデルハウトさんは表情を変えない。

 思わず、さん付けしたくなる気分となった。

「……承知。魔界騎士の証明を晒そう。<魔心ノ槍>を見てくれ」

 と、渋い口調で答えると、彼は鋼の鎧の金具を外して脱ぐと、両膝を床に突けた。そして、勢い良く頭部を持ち上げた。筋骨隆々とした漢らしい胸元を俺に強調する形だ。お、お、おう……と、思わず、身を引いてしまったがな。

 額当てのような皮膚が目立つ目尻から伸びた触角が左右に揺れている。デルハウトの胸元から蛾の魔印が浮かぶ。すると、蛾の魔印から螺旋状の黒い蛾の模様が皮膚を伝い太い首と彼の頭部の額当てのような皮膚と繋がった。同時に額当ての魔宝石が煌めく。胸の蛾の魔印が消えて額当てが蛾の形に変化。皮膚ではなかったらしい。キサラのアイマスクのような形を変える防具だったか。そして、中央の魔宝石から半透明な槍が出現した。これが<魔心ノ槍>……。

『魔界騎士たちそれぞれに、その魔界騎士の個性と合うモノに変化している』

 とシュヘリアは語っていた。これがデルハウトの魔界騎士としての特有の証明か。その瞬間、ぷゆゆを胸に抱いたヘルメが政務室の木窓の上から現れる。

「デルちゃんの儀式をやるのですね!」

「お、おう……そのつもりだ」

 窓にぶら下がっていたヘルメは胸元で抱っこしたぷゆゆを離さずに回転しながら、部屋に入ってくる。

「ぷゆゆ!」

「ぷゆゆ。その怪しい杖の先から蝶とか虫とか、恐竜とかも飛ばすなよ?」

「ぷゆ? ぷゆぅ~ん、ぷゆ!」

 ぷゆゆは、腰を捻っては左右に揺らす。

 尻を揺らそうとしているらしい……。

 毛むくじゃらの小動物だ。尻が揺れているのかどうかは分からない。ヘルメ立ちの真似をしているようだ。

「ぷゆーん……ぷゆ。ぷゆーーーん!」

 目がくりくりしている小熊太郎こと、ぷゆゆは、『どうだ、ぷゆ!』といわんばかりの態度で『グリコポーズ』に移行した。

 はは、面白い。一方、額から半透明な槍を生やすデルハウトはぷゆゆの存在というか謎の踊りを見て、目を見開いていた。

 動揺を示している。珍しい。ぷゆゆの存在は初めて見るのか?

 シュヘリアはそんなに驚いていなかったが……。

「さて、デルハウト、やるぞ」

 と、言った直後、今度は亜神たちが窓から現れた。

「シュウヤ殿、お邪魔する」

 更に驚いた。このタイミングで亜神たちが来るとは。

「お、おう、びっくりだな」

「シュウヤ殿の使役している精霊殿がここから入る姿を空から見たものでな」

「うん」

「あなた様。シェイルを連れてきました」

「アァァ――」

 ジョディの傍にいたシェイルだ。抱き着いてきた。

 よしよしと、背中を撫でてあげると「アゥァー」と小さく声を上げて微笑む。ひび割れた体から、赤紫色の蝶々が儚く散っていた。

 早く治してあげたい。

「……ジョディもよく来た」

「はい」

 そこからシェイルをエヴァとレベッカに預けて、亜神たちをキッシュに紹介。シェイルの変わらない様子を見てからキッシュは、

「……良く来てくれた。話は聞いている。経緯はどうあれご近所同士ということで仲良くしたい。そして、眷属となったジョディ共々、このサイデイル村の守りを頼む」

 亜神キゼレグはキッシュの言葉を受けて頷く。

 そして、「挨拶が遅れた」と、拳を胸元で包む。

 拱手の丁寧な所作だ。キゼレグは、キッシュに対して頭を下げていた。端正な顔を持つ男なだけに似合う。更に、

「こちらこそ頼む立場だ。礼を言う、ありがとう。そして、今日はそのことを含めて、土産もある――」

 態度もイケメンなキゼレグは、にこやかな表情を浮かべながら語る。すると、リンゴ、キューイ、バナナ、パイナップル、イチゴーン、アボカドと似たフルーツ類がたくさん入った樹木製の鞄を用意してくれた。すると、キゼレグの肩に乗る小さいゴルゴンチュラが、

「これは妾が見繕ったのじゃぞ!」

 と、可愛いそぶりを見せながら語る。

「……ありがとう。これは果樹園の恵みを甘受しても良いということかな?」

 キッシュはフルーツ類を見てから、亜神夫婦に聞いていた。

「緑髪の眷属よ、当たり前だ。妾たちこそシュウヤ殿に許可を得て住まわせてもらっている立場ぞ?」

 小さい姿のゴルがそう話す。

「その通りだ。果樹園はシュウヤ殿の領域。だから俺たちの許可なんて必要ない。自由に採っていいぞ」

「それは嬉しい。ジャム作りの話も出ていたところだったし」

「ん、ディーも喜ぶ」

「やった。リンゴをたくさん貰うわね。また、リンゴの紅茶も作れる!」

 エヴァとレベッカがハイタッチ。

「シュウヤ殿は命の恩人! 友である。その友の大切な緑色の眷属たちが守る村の防衛だ。俺たちは喜んで力を貸そう」

「妾もシェイルやこの村を守る! と言いたいが、妾は弱い……だから、綺麗な緑髪を持つシュウヤ殿の眷属よ。妾のことを頼む……」

 ゴルゴンチュラは内股でもじもじとしながら語っていた。

 キッシュは頷きながら、

「ゴルゴンチュラと亜神キゼレグ。昔はどうあれ、今は今……時間は流れている」

 そう物静かに語り、少し間をおくキッシュ。彼女の双眸は厳しい。

 司令長官という立場の視線だ。キッシュのアイコンタクトの意味はすぐに分かった。亜神夫婦の考えが、どうであれ『わたしはお前を信じている』という意思が込められていると。黙って頷く。

 キッシュも頷いてから、亜神夫婦に視線を向けた。

「……改心したのなら、この村に居る間は守るさ。それに……ゴルゴンチュラは、シェイルのために弱い立場にありながら自らのリスクを冒して<時の翁(ファーザータイム)>という大事なモノをシュウヤに預けた」

「そうなのだ!」

 ゴルゴンチュラはキゼレグの肩の上ではしゃぐ。

「……内実はシュウヤの甘さという優しさにつけ込む形。自らの命とキゼレグの保身のためでもあることは分かる」

「……」

「だがしかし、無駄な争いを避けて生きようとする意志を感じる。愛に執着がある、ということだ。だからこそ、亜神夫婦たちの行動は信用できる!」

 キッシュは司令長官というより重騎士のような力強い口調で語った。そのゴルゴンチュラだが……。

 次元を裂いて飛行機ごとキゼレグの召喚を行った。

 混沌の夜に、飛行機の乗客たちの命が散った原因を作り上げた張本人。このゴルは、愛する人を呼ぶためとはいえ、シェイルとジョディだけでなく、他人を犠牲にした。普通なら許されることではない。サナさん&ヒナさんは到底納得はしてないだろうな。

 シェイルのためとはいえ……復活なんて。それが当然だろう。個人の思考だ。とやかくいうつもりは毛頭ないし、俺だって気に食わない……戦ったうえで消滅させたといっても気に食わない。

 しかし……キゼレグを愛する気持ちは信じられる。

 だからこそ、利ではなく情で動く。

「……ありがとうぞ! 無論、命を賭す覚悟だ」

 ゴルゴンチュラは一対の翅のような翼をバタバタと動かして鱗粉を飛ばす。そして、何回も頭を下げていた。

「……頭が切れる。友が愛する眷属なだけはあるようだ」

 イケメンのキゼレグはキッシュを褒めた。

「選ばれし眷属だからな」

 すると<筆頭従者長>たちの全員が微笑むと俺を見つめてくる。少し、照れたので、

「キゼレグは亜神だ。力が回復したらゴルは守れるだろう?」

 と発言すると、亜神キゼレグは首を左右に動かした。

 違うらしい。そのままキゼレグは肩をすくめつつ自分の両の掌を見つめる……すると、肩でその様子を眺めていた小さいゴルが、

「昔は、拳を開けば銀剣を生み出し、それは七色の輝きを持つ銀星宝剣セイビサーを彷彿とする、いや、超えた物だった! 蝶族出身の亜神たちの中でも、特別な銀剣使いだったのだ!」

「昔のことはいい。亜神とはいうが……この通り、羽は封印されている。力を失っているのだ。そして、魔力を回復出来たとしても、全盛期の力を取り戻すことは、未来永劫ない……」

「……」

 キゼレグの言葉を聞いてゴルは黙った。その彼女も肩をすくめてしまう。キゼレグの言葉に嘘はないということだろう。

「それは知らなかった」

 あの歪な口が集合した八本腕のナズ・オン将軍の攻撃をそんなギリギリの状態で凌いでいたんだな。結構ギリギリだったのか。

「……友よ、お人よしだな。今ごろ分かったのか?」

「そうだよ。自分なりの愚考は重ねるが、分析する魔眼はないからな。正直、もっと力を秘めていると思っていた」

「ははは。愚考と自らはっきりと語るその明快な思考こそが強さの源なのだな? 友よ」

 キゼレグはフォローのつもりらしい。

 イケメンなだけに、笑顔が爽やかだ。

 「強さの源か。野蛮人ともいえるけどな」

「清貧を持った野蛮人だろう?」

「いや、私利私欲は捨てていない。質素でもない。金はある。軽いノリで、清らかなスタイルは風槍流の目指すべきスタイルではあるが」

 キゼレグは顔色を変えて俺を凝視した。

「……犀利無比な言葉の質だ。今、この一瞬の閃きの中で、そう無謬染みた思考を持つ柔軟さよ。その言葉を生む根底の思考……ただの野蛮人ではない。神性を帯びていることに気付いているか?」

「気づけと言われてもな……そのまんまだが」

 髪の毛を掻きながら答えた。

「柔軟を通り越した先。〝海はいかなる川をも拒まず〟、広大な海を懐に内包した男。豪放磊落、比類なき、剛勇の槍使いがシュウヤ殿だ……相対した相手は、シュウヤ殿の掌に乗ってしまう感覚を覚えるだろう。まさに、心胆を寒からしむることになるはずだ」

 ラビウス爺も同じニュアンスの言葉を話していたな。

 この亜神キゼレグも永く生きているだけはある。

「……真顔で語るな。こそばゆいからやめてくれ」

 皆を見ると、真剣な表情を浮かべながら俺を見ている。

 シュヘリアは片膝の頭を床に突けて頭を下げてきた。

 「はは、だからこそ、だ。力を失った妻のゴルゴンチュラと永く一緒に生き残るために、俺を友と呼んでくれたシュウヤ殿の言葉に甘えるつもりなのだ……」

 キゼレグは語尾のタイミングで、キッシュに視線を向けた。

「そう。まさに、さきほどキッシュ殿が語っていたことが真理。生きるための保身でもある」

 そこから……団欒めいた話になったところで……。

 眷属であるジョディに大鎌の技から血文字のことを聞いていく。

 処女刃を彼女に渡して<血魔力>の実験をしてもらったが、結局は無理だった。白い蛾で構成された体だからな。

 腕輪の内側から伸びた刃が腕に刺さっても血色の蝶として散るのみ。続いて、フムクリの妖天秤についても質問。

「フムクリの妖天秤は、ゴルゴンチュラ様から頂いた物。元々は、埃及妖魔神王フムクリが持っていた物らしいです」

「その通り。フムクリと対決し妾が勝ったさいに頂いた」

「へぇ。正直、知らない名の神か妖怪だが、その天秤が持つ魔力の内包量からして相当なマジックアイテムだ。太っ腹だな」

「その通り、神話(ミソロジー)級の代物ぞ! 妾の<果実の抱擁>で作った領域! その領域維持のためぞ。ジョディの強さが上がれば、連携もしやすくなるからの」

 ゴルが偉そうに語る。

「その妖天秤は、どんなことが可能なんだ?」

「〝第七天界の力と太陽の渦巻き〟を用いて、〝善と悪のカルマの魂を量れる〟とフムクリは語っておった。が、亜神としての力を持った妾であっても、使いこなすことは難しく、できなんだ……」

 魂を測るか……真実の羽根といった絵はない……。

 だが、フムクリの妖天秤の表面にはオシリス法廷の絵と似たモノが刻まれている。

 ……埃及妖魔神王フムクリか。まさか、アヌビス神?

 死者の書にあるような絵を想起。ヒエログリフの文字で構成された冥府と繋がるような意味があるのだろうか。地球の古代エジプト神話と関係が?

「扱いが難しいのか」

「うむ。ある程度は魔力で使える。ジョディが使えるようにな?」

「はい。主な能力は周辺の魔力探知です」

 ジョディの言葉に小さいゴルも同意しながら、

「そして、使い手の魔力気配を絶つことが可能な<魔絶>が使えるぞ」

 そこから……その妖天秤の話から皆を交えたこのサイデイル村に関する談話が続く。

 黒の甘露水を出して、和みながら、暫しの団欒のあと、

「んじゃ、デルハウトを正式にルシヴァルの光魔騎士として迎え入れる」

 額から半透明な角、もとい槍を突き出させているデルハウトも頷く。しかし、ハイグリアを一瞥してから、

「……待ってくれ。俺を眷属に迎え入れてくれる前に話しておくことがある」

「……何だ?」

 デルハウトはハイグリアを見つめながら、

「俺は古代狼族と戦ったのだ」

「何だと! どこのだれと戦った?」

 ハイグリアは両手の指から銀色の爪を伸ばし剣のような形を作って構えた。

「確か、ドルセル様と若い古代狼族が語っていた」

「狼将ドルセルか……。ドルセルはどうなったのだ!」

「若いのは俺が倒した。そのドルセルは黒髪の吸血鬼を追った」

「ほぅ……ドルセル族には、まだ生き残りが居たのか……」

 キゼレグの肩に座っていたゴルゴンチュラは呟く。

 過去に戦ったことがあったようだ。歴史を感じるが、今は今。

「吸血鬼だと?」

「そうだ。黒髪の外れ吸血鬼。さらに神界の戦士たちが加わった乱戦となったのだ……」

 激戦のバトルロイヤルか。

吸血鬼(ヴァンパイア)VS神界の戦士VS魔界騎士VS古代狼族か。そりゃ、とんでもない乱戦だ。そんな中を、さすがはデルハウト。タフだな……」

 とはいえ、片足を失うほどの戦いだったわけか。

 ロロディーヌたちが、デルハウトを見つけなければ死んでいたかもしれないな。

「……俺もそれなりに自信はあったが、正直、黒髪の吸血鬼は強かった。雷属性と独自の血の技は凄まじく洗練されていた……古代狼族と神界戦士に囲まれつつも余裕で突破したからな。俺が足を失いつつも命が助かった理由でもある」

「へぇ。デルハウトにそこまで言わせる黒髪のヴァンパイア、気になる。そいつはキゼレグの銀箱を狙った奴かな? エヴァと戦い無事だったうえに、退き際を知る強者」

 キゼレグは金色の眉をピクリと動かして反応を示す。するとエヴァも、

「ん、あの時、余裕の態度だった……」

 思い出したのか、少しショックを受けたような表情を浮かべているエヴァ。

「その<筆頭従者長>級の強さを持つ吸血鬼は、ハルゼルマ家の生き残りらしい」

「え? マジか。ミレイと同じ一族とは驚きだ」

 ハルゼルマ家の放浪者がここにもいたとは……吸血神ルグナドの十二支族の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>の家族、一族の吸血鬼(ヴァンパイア)集団の生き残り。

「ミレイ?」

「あぁ、北、遠い北西のゴルディクス大砂漠を超えた先の先にある迷宮を営むダンジョンマスターの友がいるんだが……その友の配下が元ハルゼルマ家の<筆頭従者>だったんだ」

「それは驚きだ。他にも生き残りがいようとは」

 デルハウトの言葉にハイグリア以外が、頷く。ハイグリアはデルハウトを睨んでいた。そりゃ、仲間と対決した男だ、許せないだろう。が、俺の視線を受けると、ハイグリアは尻尾を揺らして、気持ちを抑えてくれた。

「ハイグリア、彼はもう俺の仲間だ」

「わ、分かっている。とやかく責めるつもりはない」

 納得はしていないだろう。俺との関係がよほど大事らしい。

 なら、俺も、番という決闘をがんばるか……。

 だがしかし、メランコリックな儀式をしなきゃならん……。

 デルハウトの額当てのような防具の中心に浮かぶ魔印から出ている<魔心ノ槍>という名の半透明の槍に魔力を注がなければ……。

「ということで、儀式を行う」

 そうして、詳細は省略するが、シュヘリアの<魔心ノ双剣>と同様なことをした。途中、闇色の槍を持つ幻影の姿が登場したことは不思議だった。

 その幻影は魔槍のようなモノを持つ。闇神アーディンだろう。

 <夢闇祝>は反応しなかったから、ヴァーミナではなかった。

 そして、魔槍の穂先を俺に指し向けて『我ガ認めよう、槍使い……』という声が最後に響いて儀式は終了。

 正式に光魔ルシヴァルの騎士となったデルハウトの誕生だ。


 ◇◇◇◇


「素晴らしい。<光魔ノ蝶徒>としてデルハウトを祝福します」

「わたしも閣下の水として祝福しましょう!」

 常闇の水精霊ヘルメから洗礼のような水飛沫を浴びるデルハウトは目を瞑りながら、紫色の魔槍を頭上に掲げていた。

「新しい眷属はめでたい! が……」

「分かっている。待たせたな」

 と手をハイグリアに差し伸べる。途端、ハイグリアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 古代狼族の故郷か。番の儀式をがんばらないとな……。

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