四百二十話 黒豹と戦馬谷の大滝
2022/05/18 22:20 修正
ロロが叱ったエブエは、俺よりも身の丈が高い。
骨太で筋肉質だ。
しかし、商売道具が落ちたっていうのに魔斧を拾おうとしない。
魔斧から闇色の魔力がゆらりと立ち昇る。
そういえば……。
ソロボもエブエが持つ魔斧を見て何かを呟いていたな。
特に気にしていなかったから聞き逃していたが。
オークの小隊長か、優秀な奴が持っていた斧らしいからな。
普通では扱えない代物なのかもしれない。
斧が落ちた川辺には、岩と雑草に野花が咲いている。
野花は黄色の花頭と白の花びらを持つノースポールやハルジオンと似た花だ。
他にも数本の釣り竿も転がっていた。
川には魚の姿もあるからエブエの趣味かな。
蜻蛉と小さい虫も川面には飛び交っている。
その虫たちを捕食しようとしているカメレオンの型のような小型モンスターも居た。
カメレオンは、端から伸びた川を横断するように左右へ分かれた枝の上を走っている。
枝の端で止まったカメレオンは、魔力を宿した紫色の舌を伸ばし、羽虫を捕まえていた。
あの紫色の舌は素材として特別かもしれない。
「ンン」
興味を持ったロロディーヌが喉音に続いて、カカカカッとクラッキング音を響かせる。
思わず、後頭部の黒毛ごと撫でて落ち着かせた。
「ニャオォ」
「ニャァ」
エブエの近くに居た大虎たちは、蜻蛉と羽虫と蝶々に、カメレオンの小型モンスターたちの動きに反応した。
アーレイとヒュレミは岩やら野花の咲いている川沿いを颯爽と走っていく。
浅瀬に向かって太い前足の猫パンチを繰り出していた。
川の真上の枝上に居た小型のカメレオンと似たモンスターは逃げている。
このまま魔造虎たちには遊ばせておくか。
とりあえず騎乗しているロロから降りる。
ロロディーヌの馬首の横をさすってからから降りた。
背中におっぱいの感触を押し当てていたシュヘリアも降りると俺の横に立つ。
俺はエブエを見ながら、
「エブエ。ロロディーヌが俺たちをここに運んできた。何か、ロロとの約束でもあったのか?」
俺の問いにエブエは緊張した面持ちで俺と黒馬の姿ロロディーヌを見つめてから、頷く。
「……はい」
ロロとの約束があったのか。
どういうことだ? と、ロロディーヌを見るが……。
依然としてロロディーヌの紅の光彩の中心にある小さい黒の瞳は、エブエの精悍な顔を捉えたままだ。
褐色の肌を持つエブエからは、黒人らしい気の強さを感じる……。
「ンン、にゃぉぉぉ」
ロロディーヌはそんなエブエを見て、何かをせっつくように訴えていた。
何かを促している?
不満でもあるんだろうか。まさか……。
樵の彼に合うように『新ログハウスを創ったる!』とか偉そうに宣言しながら作った家だったが……内装が気に食わなかったとか?
それか……。
台所の隅っこに、ザ・漢という感じの塾長っぽい頭部を作ったことがバレたか?
しかも、その額に『肉』と刻んでしまった。
そのことは告げずに、
「……俺が作った家が気に入らなかったとか? 川魚が採れないとか?」
「違います」
エブエは即座に否定した。
漢の塾長っぽい彫刻を刻んだせいではなかった……ようだ。
少し安心。
すると彼は女性が持つような紐に繋がれた合財袋も落とす。
合切袋の中からリンゴが転がった。
袋の口から笹の葉が包む饅頭系の昼飯も覗かせている。
トン爺とリデルが作った料理だろう。
リデルは裁縫をドココさんに教わり、料理をトン爺から教わっているからな。
そして、いつも一緒だったパル爺の表情が印象的だった。
スーさんにリデルが自分の元から離れることが多くなって活動的になっていることを自慢気に語っていた時の顔。
嬉しそうに皺を増やして話をしていたが……。
そんな孫のような存在のリデルを自慢するパル爺の姿は、何処か寂し気に見えた。
リデルの親離れというか爺離れの行動は初めてだったのかもしれない。
そんなことを考えていると、
「神獣様、わたしにも用があったのでしょうか」
そう語るシュヘリアの頬に、ロロは何かの意味があるように長い尻尾を伸ばす。
シュヘリアの頬に尻尾の黒毛が優し気に触れていく。
筆先で、シュヘリアの肌を撫でるように尻尾を動かしていくロロディーヌ。
悪戯という感じではない。挨拶かな。
「ふふ」
と、微笑ましく笑顔となるシュヘリア。
ロロの尻尾の黒毛を触っていた。
その彼女の指は長細い。黒毛が絡む先端の爪も綺麗に生え揃った状態だ。
甲にはオペラグローブと似た手首を覆うような肘まで続く黒布グローブを装着している。グローブの甲の中心部分は層が厚い。
厚い層の表面には、黄色の刃がクロスした双剣のデザインが施してあった。
絵柄はあきらかに魔蛾王とは違うが、魔界騎士専用の装備だろうか。
魔剣と似合う作りで美しい。
まぁ、シュヘリアは魔神ソールの加護を持つからな。
あ、それとも彼女の一族と関係するアイテムかな?
または、師匠という存在を意味するものかもしれない。
シュヘリアは魔人武術に詳しいし、実際に強い。
双剣術の師匠だとしたら相当な二剣を操る技術を持つ強者な魔族だったはずだ。
その武術の源である二振りの魔剣は腰の鞘に収まっている。
サーマリア伝承に伝わる魔剣の柄頭を、思わず注視していった。
魔眼のような眼球の柄頭の形は、初めて彼女と相対したときと変わらない。
今も昔と変わらずに、柄頭は生きているようにギョロギョロと四方を観察するように動いている。
今にも喋り出しそうな雰囲気はあるが、喋ることはないようだ。
そんな曰くがありそうな武器とは、対照的なシュヘリア。
細い指でロロのフサフサな黒毛の尻尾とふれあって遊んでいる。
指と尻尾の遊びは、シュヘリアの指の上に黒毛尻尾が乗ったところから始まった。
微笑んだシュヘリアは自身の指をロロの尻尾の下から引く。
そして、ロロの尻尾の上に素早く指を乗せていた。
この尻尾に乗せた指にロロが対抗。
シュヘリアの指が乗った尻尾を引いては、宙に弧を描くように持ち上げた黒尻尾を、またそのシュヘリアの長い指の上に乗せ返した。
シュヘリアは反抗。
指をロロの尻尾の上に乗せ返す。
尻尾と指を交互に乗せ合う遊びを繰り返していく美女と猫。
ロロディーヌは、時々シュヘリアの顔をくすぐるように黒毛尻尾を彼女の頬に当てていた。
「ンン」
「ふふ」
面白い。
俺もロロディーヌの尻尾を掴んでは、離すといった似たような遊びをする。
だから、シュヘリアの気持ちは良く分かる。
しかし、徐々に神獣と光魔騎士の互いの能力を生かすような尋常じゃない速度となった。
「ほどほどにな」
と、加速する遊びに注意を促してから、エブエを見る。
エブエの胸筋をアピールする如く刻まれていた黒豹の刺青が消失していた。
……と思ったら、また刺青が出現。
僅かに盛ったような刺青? 胸筋がピクピク動く。
褐色の肌を活かすような模様の表面に光沢した凹凸がある。
その陰影と明暗の絶妙さが黒豹の刺青を際立たせていた。
トリックアートのような感じだ。
この黒豹は意味がありそう。
相棒のロロディーヌがここまで連れてきた理由かな。
エブエ特有の能力を示す印のようなモノと想像がつく。
『……閣下、エブエの胸。〝黒豹の刺青〟の紋様が盛り上がり沈んでいます』
『見れば分かる』
『はい……その内部。魔力操作が極めて優秀のようです。凡庸を装った魔力操作の間に速い魔素の動きが……今、初めて分かりました。エブエの黒く逞しい体躯には裏があるのかもしれません』
常闇の水精霊ヘルメも、今、気づいたらしい。
ヘルメに気付かせないとは珍しい。
精霊はエブエなどにも集まっている気配もないようだからな。
エブエを強く見る。
「それで、ロロとの約束とは何だ?」
「これです」
エブエはそろそろと前進してから両腕をクロスした。
ん? 魔力が双眸に集中?
エブエの双眸が猫のように窄まった。
光彩の色合いはブラウンに近い黒色だが、金色を帯びた縦に割れたような瞳となった。続いて、光彩の表面も煌めいた。
それは湾曲したビー玉の中に光が当たり、反射したような光。
エブエの〝黒豹の刺青〟も淡く光る。
黒豹の肌模様の艶が増して見えた。
その瞬間、エブエの猫のような瞳がパパパッと点滅――。
怪光線のビームのような閃光を発した。
驚いた。怪しいコンタクトレンズを備えた新兵器か?
なわけがない。
そんなことアホなことを考えて笑みを意識したあと、胸元の黒豹の刺青が飛び出す。
絵本のように前に突き出てきた。
「おぉぉ」
こちらの方が驚いた。
思わず声に出して反応。
皮膚から飛び出した黒豹の絵!
じっくりと見ようとした瞬間、その豹が爆発――。
さらに驚く。
黒豹だった刺青は墨色の戯画めいた粒となって散った。
それら散った墨が、エブエの褐色の肌と古びた衣装に降り掛かっていく。
墨はエブエの衣装と肌の中に染み入るように消失した。
同時にエブエが着ていた荒っぽい粗末な衣装だったモノが夜光を浴びたような淡い光を持って液体のようなモノに変化した。
その銀色と黒色の液体めいたモノは瞬く間にエブエの全身を包む。
包んだ液体は、厳つい目元を持った精悍な顔と合う漆黒色のユニフォームを纏う姿となった。
エブエの筋肉の造形と合うように、ぬめぬめした黒照りが映えている。
腕をクロスした瞬間に変身とは……。
「その姿を見せることが約束か」
「はい」
「それがホフマン一党のヴァンパイアが捕らえた理由だな」
「そうです……種族の名、部族の名でもあったキルモガー。戦う力となります。この戦闘態勢でしか使えない専用の斧スキルもある。これは〝キルモガー〟種の力の一つです」
エブエはキルモガー族の力を誇らし気に語る。
ということは、俺のハルホンクとかアイテムボックスから展開するガトランスフォームのようなユニフォームを持つ?
ま、能力だから身体能力が力を増す系か。
『強そうです。閣下の眷属に! ペルネーテで魔石回収の任に当たる<従者長>ママニ率いる零八小隊の一員に加えましょう! または、樹海統一に向けた血の闇豹部隊の設立です!』
統一とか、ヘルメの野望をやりすぎだっつうの。
俺は「元朝秘史」の冒頭で有名な蒼き狼の「チンギスハーン」じゃない。
しかし、その内、本当にアジテーターを担いでは国を興そうと画策しそうで怖いぞ。
だが、血の闇豹部隊の名はいい。
ヘルメにしてはいいセンスだ。
血の黒豹部隊でもいいな。
ヘルメとの念話はそこで止めて、エブエを見る。
「キルモガーか。良い部族名だな」
「ありがとうございます」
拱手の礼をしたエブエ・キルモガーは、眼光を鋭くする。
彼の険しい目に相応しい筋骨隆々の体は本当に戦士らしく強そうだ。
ゴルディーバ族のラグレンやマグリグとは違う質。
鎖骨から肩に加えて胸元から脇腹にかけても銀色の牙の飾りが目立つ。
牙だが、爪のような銀装束に近い。
ひょっとして、種族キルモガーとは古代狼族の血も混ざっているのだろうか。
その戦士然としたスタイルから、ある種の誇りを感じ取った。
褐色の肌と黒豹系のコスチュームが凄く合う。
そのエブエに疑問をぶつける。
「エブエ。ロロと約束したということは、ロロの気持ちがある程度分かるのか?」
「はい、少しだけ感覚で分かります」
「獣の心を感じられる?」
「その通りです。キルモガー種は<獣心>を持つ者が多い。とくに戦士の家系に」
やはりそうか。
死んだアゾーラも<獣魔の刻印>を持っていた。
彼女が聖獣パウを使役していたように、エブエは黒豹を従わせる能力を持つのかもしれない。
「……樹怪王の軍勢が攻めてきたとき、エブエが返り血を浴びていた理由も?」
「そうです」
「さっきも言っていたが、その戦士の力を用いて、自分で対処できるほど強さがあったわけだな?」
「はい。キルモガー族の戦士、でした、から」
でした、か。喋っている途中から自信を失ったような表情に変わっていた。
「皆に対して、能力を隠していた理由かな?」
「そうです」
「どうして今になって、俺にその能力を明かす? エブエにとって何か理由があったから隠していたんだろう?」
「……」
間が空いた。
「ガルルルゥ」
ロロディーヌが叱るように声を荒らげた。
珍しい。
「おいら――」
「ガルルゥゥ」
あ、また叱った。
「はい。黒女王様……」
エブエはロロに頭を下げている。
彼の口調に注意したのかな。
「今、〝俺〟が変身している力。これは、代々の祖先から伝わる獣貴族キルモガーの能力。この能力の秘奥を村の人々には悟られてはならないという掟がありました。その掟に従いながら、陰のキルモガー族の戦士として村を守り続けていたのです」
エブエの自称が、おいらから、俺に変わった。
しかし、獣貴族だと?
メルの父の魔人ザープの言葉が過る。
輪の真理とか、知恵の神を崇める集団。
ミスラン塔を本拠にした九人の賢者たち九紫院。
さらに、無数の魂を集めた賢者の石。
そのあとに、
『……一方で、獣貴族とは名前があるように、異界の軍事貴族と契約し使役できるという特殊な召喚器具だ……』
と、魔人ザープは教えてくれたが〝獣貴族〟とは召喚器具ではないタイプもあるということか?
「獣貴族キルモガーとは?」
「胸の刺青模様が印です」
俺の獣貴族に関する予想は、あたらずと雖も遠からず。かな。
「黒豹の刺青か。良かったらもっと教えてくれないか? エブエの秘密を」
「はい。黒女王様のとの約束ですから、お話しします」
戦士然としたエブエの態度は清々しい。
「ンン、にゃお」
ロロディーヌは可愛い声で鳴く。
俺は思わず、首筋を撫でてあげた。
顎を上げて気持ちよさそうに目を瞑るロロディーヌ。
ゴロゴロと喉声を鳴らしてくる。
たまらなくなって抱き着きたくなったが、我慢した。
すると、エブエの声が、
「……幼い時からキルモガーの紋様は胸にあったのです」
「へぇ、キルモガー族の戦士の証拠か」
エブエは俺の言葉に頷く。
「死んだ父から『その胸の刺青はキルモガー族の戦士が代々胸に宿す力の源を意味する』と、教えを受けて育ちました。そして、正式に変身能力を獲得するには……〝獣貴の魂〟という試練の儀式を乗り越える必要がありました」
「当たり前だが、エブエはその獣貴の魂という試練の儀式を乗り越えたんだな?」
「はい」
「獣貴の魂というと、どんな儀式なんだろう。専門の施設か、何処か神聖な場所とかあるのかな?」
「場所はサイデイル村の周囲に広がる茨の森を越えた先。緑に絶壁が囲う渓流の奥地。名は【戦馬谷の大滝】です」
大滝か。
樹海は、背丈の高い樹木の多いジャングルのような大森林が多い。
同時にゴルディーバの里から南下した旅の隘路と似たような環境が続く地帯でもある。
バルドーク山と関係がありそうな小さい山々から流れてきた支流も無数だ。
ハイム川からの支流もあるだろう。
さらに神剣サラテンを止めたようなハンマーヘッドな岩場の群れもある。
サラテンを止めた岩は小さい部類だったが、空からだとよく見えた。
それはもう凄い景色だった。
馬の背どころか斜め上やら横へやらと……。
巨大な龍とか「ゴジラ」の背中を彷彿するような……巨大渓谷地帯。
日本でたとえると、妙義山の「丁須の頭」が連なる場所か。
これは前に思ったことだが……。
中国だと、崋山とか、漢中の険しい山々が囲う「石門桟道」と似ている場所はたくさんある。
サイデイル村に向かう岩壁を削ったような隘路の道やゴルディーバの里に続く難所の道も、その点を考えれば、優しい道なのかもしれない。
サイデイル村の真下の土地は平らだったし。
あ……これは違うか。
平らとなった原因は、神獣ロロディーヌが打ち倒した巨大な樹木たちだ。
根が土を掘り起こして、地形を変えていたからなぁ……。
そして、潜水艦というか、航空母艦的な存在の闇鯨ロターゼ。
今も、巨大な図体を生かすように、掘り起こした地面の整地を頑張ってくれているはず。
ロロディーヌに乗って帰った時にも、少しだけその作業が見えた……。
頑張っているというか、子供たちやネームスにモガの指示を受けて、ゴロゴロと楽し気に地面を転がっていた。
と先ほどのできごとを瞬時に思い出したところで、大滝の場所を聞く。
「……その渓流の奥地にある大滝は、樹海の中だよな?」
「勿論です。その大滝の裏に巨大な洞窟があります。洞窟の奥には、キルモガー族ゆかりの異界軍事貴族の広間があるのです。そこで獣貴の魂の儀式を行いました」
ここで異界軍事貴族の名が出たか。
大滝の奥の洞窟は、地下の大動脈のようなペルヘカライン大回廊と繋がっていたりして。
少し興奮しながら、
「……獣貴の魂の儀式の詳細も頼む」
「洞窟で育つ黒授草を主に、樹海の生えるメメント毒草、ムクの葉、イチジクの葉、レグの実、幻のカレミノ実を煎じた薬を飲み。その戦士の筒に入ることが儀式です」
毒薬入りか。何かの幻覚作用を引き起こす薬かな。
「そうして、その儀式を経たエブエはキルモガーの戦士となって村を守っていたのか」
「……はい。しかし、樹怪王の軍勢に気を取られている間に……強い吸血鬼たちが……」
エブエの双眸の奥底から、深い悲しみを感じた。
同時にやるせない感情の渦があるように、蒼色に包まれた小さい黒豹の魔力が、瞳の内部を駆けてから瞳が濁る。
「……なるほど」
そういう理由か。
「村の守り神としての実力を示せなかった……」
エブエは双眸から涙を零す。
誇りある姿と違う。俺に助けを求めていた時のような表情だった。
エブエ……。
「陰の戦士としての伝統を守れず、何が戦士でしょうか。何が、キルモガーでしょうか? 俺は、俺は、生き恥を……オウビ、ルアエ……済まない。蝶よ花よと……育ててきたが、俺は……娘を……助けられなかった……」
オウビが妻で、ルアエは、エブエの……子供か?
「俺は、樵ですらない! 自分で死ぬこともできない。ただの情けない、生ける屍だ……」
両手を震わせて慟哭するエブエ。
双眸は血走っていた。
「ガルルルルルゥ――」
ロロディーヌは今日一番の怒り声を上げる。
だが、そんな怒った声とは違う優しい動きでエブエと間合いを詰めたロロ。
そのままエブエの頬に優しく自分の頬を寄せていく……。
エブエの頬を撫でるように頭部を上下させていた。
ロロ……。
エブエを慰めているんだな。
その行為には『これ以上自分を苦しめるな』という意識が込められていると分かる。
「……黒女王様……ありがとうございます」
エブエは神獣の抱擁を受けて、落ち着きを取り戻す。
俺に双眸を向けてくると、
「……皆も同じように住んでいた場所を追われた過去を持つことは知っています……ですが、俺は……」
「自責の念が強かったんだな」
「はい、だからこそ……皆に話す勇気がなかったんです。ドココには告げようとしたのですが…………」
「そういう理由なら仕方がないだろう。話せるようになったら話せばいい。皆も受け入れてくれるはずだ。俺も受け入れるぞ。いや、もう既に受け入れているが」
勇気を出して話をしてくれたエブエの姿を見る。
「……ありがとうございます。しかし、黒女王様こと神獣ロロディーヌ様は、一目見て、わたしのキルモガー族の力を見抜いていたようです」
炯々とした豹の目を取り戻したエブエ。
彼は静かな口調で語りながら尊敬の意思を込めてロロディーヌを見つめていた。
エブエは胸元で腕をクロスすると、そのロロに向けて頭を少し下げている。
「さすがはロロだな。そして、これでロロも満足か?」
馬と獅子のような姿の神獣ロロディーヌ。
俺の問いに、頭部を俺の方に向けてきた。
紅色の双眸に黒い点のような瞳。
ロロディーヌは頷くように頭部を上下に振る。
そして、
「ンンン――」
喉声を鳴らして、胸元から黒触手を伸ばしてきた。
俺の腰に触手を絡ませると、いつものように、背中の上に運んでくる。
また何処かへと向かう気のようだ。
「今度は何処に向かう気だ?」
と、喋りながらロロディーヌの希望通り、フサフサな黒毛の背中を跨ぐ。
太股の裏からくるロロディーヌの背中の筋肉は柔らかい。
黒毛のフサフサした感触もいい!
いつにも増してフィット感を強く感じた。
そんなフィット感を味わっていると、シュヘリアも背中に乗った。
太股から味わうロロディーヌの感覚とは違う、シュヘリアのほどよいおっぱいさんの感触を味わう。
……うむ。
背中のおっぱいセンサーは健在だ。
彼女の胸の造形を瞬時に把握した。
鼻の下がエローく伸びているだろう俺の顔。
そんな鼻息を荒くした俺を訝しむシュヘリアを乗せたロロディーヌは、エブエの方へ頭部を向けていた。
「にゃおぉぉ~」
「はい、黒女王様。〝戦馬谷の大滝〟に移した。あの騎士の下に案内するのですね――」
戦馬谷の大滝に移した騎士?
腕をクロスしたエブエは、瞬時に黒豹の姿へと変身を遂げた。
黒豹から立ち昇っている無数の黒糸のような靄には、濃厚な魔力があった。
「まじか」
「え?」
シュヘリアも俺と同じく驚く。
闇のオーラといい、雄らしい気高さを感じる黒豹姿となったエブエ。
ユニフォームだけではないのかよ。
実際の闇の魔力を漂わせる黒豹とは、驚いた。
いや、よく見るとロロディーヌと同じく、黒豹の姿とはまた違う。
少し大きめか……。
キルモガー族とは凄いな。
古代狼族だけでなく豹獣人の変異体とか特異体の血筋も入っている可能性もある。
『このような動物形態に変身をする特別な能力も持つとは……素晴らしい。閣下、これは決まりですね』
『その件は、あとでな』
黒豹エブエの立派な姿を確認したかったが……。
黒豹と化した彼は、下に落ちていた魔斧を素早く口に咥えると走り出した――。
その力強い膂力ある走りに同調するように、川辺で遊んでいた魔造虎たちもエブエのあとを追って走り出す。
俺とシュヘリアを乗せたロロディーヌも走り出した。
神獣ロロディーヌは速い。
あっという間に先を走る黒豹エブエの横に並んだ。
しかし、黒豹エブエの姿は素直にカッコいい。
雄としての気高さを感じる。
前足と胸元から胴体にかけて、銀色の牙をモチーフとした武器を備えていた。
『ふふ~速いです!』
視界に端に居る小型のヘルメは平泳ぎしながら宙を泳いでいる。
ロロディーヌも駆けているから、俺の左目から微風を感じているようだ。
といっても、あまり風は感じないが。
すると、わずかに先頭を走っていた黒豹エブエが「ガルルゥ」と低めの音で唸り声を上げて止まる。
『道はこっちです』と意志を込めたように、頭部を横にずらしていた。
エブエは、その頭部を差し向けた方向に足を向けると、一気にその獣道を駆けていく。
右か。俺たちを乗せたロロディーヌもエブエの方に足を向けた。
馬蹄を響かせるように、獣道を進む。
二馬身ほど先頭を駆ける黒豹エブエは素晴らしい機動を魅せる。
樹木の間からの漏れる神の吐息のような遮光ごと邪魔な葉を切るように、口に咥えた魔斧で素早く葉を切り刻んでいた。
スキルか?
今、一瞬、黒豹エブエの姿がぶれたぞ。
あまり注視したくなかったが、金玉と菊門が増えて見えた。
樹海に生えたキノコではない。
樹海の葉が持つ飛沫が混ざる冷たい風を頬に感じながら――。
黒豹エブエの後ろ姿はあまり見ずに、人馬一体となって駆けていく。
俺の腰に両手を回していたシュヘリアの力が強くなった。
ヴィーネのように怖がってはいないようだが、まぁ、神獣の加速中だからな。
◇◇◇◇
背丈の高い樹木を踏みしだくように蹴っては加速をつけて斜面を下る。
鳥のさえずりを楽しむ。
――樹海の旅もいいもんだ。
とか呑気に考えていると、湿った御影石のような巨大岩の表面に、足を滑らせる機動を取ったロロディーヌ。
珍しい――。
だが、しかし、その滑った勢いを逆に利用しながら紫電のような爆発的な末脚を繰り出した――。
御影石を後脚で粉砕しながら跳躍するところは、さすがの神獣――。
その飛んだ先の着地際で、左手にハイム川の支流と推測する川を確認。
ホルカーバムで採れるような乳白色の瓦礫岩場を点々と飛び移りながら、渓流を上がる。
美しい曲線を描くエルフの頭部らしき輪郭の石像頭が突き出た場所に出た。
気にせず、飛び越えながら、草原の場所に移る。
この間、戦った達磨兵こと、何処かの某探偵のような名前の種族兵士モンスターたちのように、ロロディーヌは触手を縦横無尽に伸ばしては骨剣をぐるぐると回して、下高い草を無数に切りながら灌木を蹴って跳躍。
そのまま地中から、紫色靄を噴き上げている裂け目を突破した。
この呪いを受けそうな地を躍動するロロディーヌの鼓動。
風を運ぶ樹海の葉が織りなす葉の旋律。
それらが、独特のハーモニーとなって俺の心臓から発する脈うつ音と共鳴する。
この感覚は特別だ――。
ひとしきりの天籟の息吹を感じた瞬間――。
神獣ロロディーヌは動きを止めた。
到達した地は、前方に大滝が見える見晴らしのいい場所だった。
天辺の稜線は馬の背のような形をした岩。
大瀑布とはいかないが、岩と岩の間から勢いよく流れ落ちる水の量は豊富だ。
突き出た岩と衝突して宙に儚く散った水飛沫。
その連なった水糸のような水飛沫の煌めきが、ダイヤのネックレスが宙に散らばって消えていくように見えた。
魚もそのダイヤのルアーを追いかけるがごとく岩に衝突。
その魚はひょろひょろと力なく宙に弧を描きながら墜落していく。
ここがエブエのいう〝戦馬谷の大滝〟か。
その天辺では戦いが起きていた。
青肌を持つ巨大な人型の怪物と鹿系のモンスターが戦っている。
人型の方は腹がぶよぶよ揺れていた。
「樹怪王の水凄モンスターと戦っている大柄の怪物はトロール系の亜種かもしれません」
「あれがトロールか。迷宮都市で遭遇したトロールの姿とは、あまり似てないな。腹の揺れ具合だけは似ているが……あの大柄のトロールが、サイデイル村で鳴き声を響かせて、ヒノ村では隊商を襲ったんだろうか」
他にも、水飛沫が激しいところに船の残骸も見えた。
だが、こんな樹海の奥地の滝の上に、なんで船の残骸が?
少し興味が出た……が、今は滝の裏側が目的地。
あ、船といえば……。
サナさんとヒナさんを転移してきた飛行機と一緒に転移したビジネスジェット機の存在を忘れていた。
エヴァが運んでくれた飛行機。
機内の中を調べないとな……。
異世界日本の品が何かしらあるだろう。
サナさんとヒナさんも、まだ心細いだろうし。
他にも座席とか利用できるだろう。
ハンドルとかまだ残ってたら外して持って帰るのもいいかもしれない。
小さい冷蔵庫とか、中にビールとかあったらご褒美かも……。
スナック菓子でもいいな。
……「しみチョココーン」は大好きだった。
ま、回収は忘れなきゃの話だ……。
「……モンスターの戦いが気になりますが、ここが、戦馬谷の大滝なのですね。キルモガー族の……」
滝を形成している突出した岩には仏龕のような穴が点々とある。
「そのようだ。戦いの影響か、不明だが、魚が落ちていく光景もなかなかに迫力がある。マイナスイオンの空気はいいもんだ」
「まいなすいおん?」
「気にするな。いい匂いという感じだ」
「いい匂いですか?」
鼻をくんくんと動かして匂いを嗅ごうと確認するシュヘリア。
魔族特有の臭い系を調べるスキルでもあるのか?
ま、俺が話をしたからだろう。
『閣下~泳ぎたいです! 水精霊ちゃんたちがたくさん泳いでいます!』
滝壺を指さすヘルメちゃん。
『今は無理だ』
『……はい』
ヘルメと念話している間に、黒豹エブエが滝の裏側へ向けて走る。
アーレイとヒュレミの大虎たちも、鳴き声を上げてから駆けていった。
俺たちも続く。
幅広な岩場の横道から、龕のような窪みが無数にある岩壁を伝うように滝の裏に入った。
窪みには黒豹の石人形たちが飾られてある。
ヌコ人形をたくさん持っていたヒナが気に入りそう。
というか俺も一個、黒豹の石人形を取っちゃうかな。
とか、邪なことが脳裏に過ったが、止めといた。
「ガゥゥー」
裏側の真ん中で黒豹エブエは『ここです』という意味がありそうな鳴き声を発した。
一瞬、心が読まれて、叱られたかと思ったが違った。
咥えていた魔斧を地面に落とすエブエ。
「ガルゥゥ」
「ガァォォ」
アーレイとヒュレミの大虎も鳴き声を上げた。
体重は二百キロは超えていそうな四肢の爪を研ぐように地面を荒々しく掻いている。
ベンガル虎と似たアーレイ。
ゼブラ模様の大虎のヒュレミ。
その大虎たちは、胴体の臭いつけ作業に移った。
地面からマタタビの臭いでも感じたのか?
生活臭のフェロモンを自分たちの臭いに染めたいのか?
縄張りの確認か?
一心不乱に鼻頭から胴体の側面部を地面に何回も擦りつけていく。
はは、俺たちに内腹を見せるように転がった。
可愛いお腹を見せて、ごろにゃんこ。
ネコ科の獣らしい面白い行動だ。
そして、その大虎たちの行動を見ていたロロディーヌも、神獣らしい頭部を上向けて、
「ガルルルゥゥゥゥ――」
と、万丈の気炎を吐くような、気持ちの高ぶりを面に出すような鳴き声を上げた。
突然の親分、もとい、姉御肌を示すような大声を聞いて、びびったアーレイとヒュレミ。
臭い付け作業に夢中だったが、飛び起きる。
足を仕舞い忘れた香箱スタイルとなったアーレイとヒュレミ。
神獣ロロディーヌにのそのそと頭部を向けると両耳を凹ませる。
二匹の見た目は狂暴そうな大虎なだけに、母に向けるような仕草はシュールで可愛い。
俺とシュヘリアはそんなアーレイとヒュレミの仕草に笑いながら神獣ロロディーヌから降りた。
そのまま周囲を確認――。
背後は、俺たちが進んできた岩沿いの道。
右は……滝の水が勢いよく流れ落ちている。
下は滝つぼだ。やろうと思えばできるが飛込競技は行わない。
前方は、蔓が絡まった岩壁の行き止まり。
その蔓から覗かせる岩壁には、巨大な黒豹が刻まれてあった。
左は洞窟の奥が続く。
洞窟の高さは三十メートル強はありそうだ。
天蓋には垂れ下がった鍾乳石があり、その先端から出ている鎖と繋がる巨大な鉄鍋が存在している。
それらの鉄鍋から巨大な炎が天井を燃焼させる勢いで迸っていた。
その噴火でも起きているような炎は、螺旋状態となって、鉄鍋を吊す無数の鎖ごと天井の鍾乳石を喰らうように燃焼させていた。
しかし、どういうわけか……。
炎が伝う鎖と炎が衝突を繰り返している鍾乳石は溶けていなかった。
鎖と鍾乳石は延々と燃え続けては呼吸でもするように強い光と淡い光を交互に放ち、巨大な光源の役割を果たしている。
誘蛾灯にも見えた。
と、思ったら本当に虫が燃えているや。
巨大鉄鍋を吊している鎖から燃えている鍾乳石に虫たちがわらわらと集まっていた。
勿論、炎に触れたその虫たちを瞬時に燃えて、塵と化す。
その塵たちが、ゆらりゆらりと落ちてはささやかな銀光を宙に生み出す。
塵の一つ一つの明かりは小さい故に、淡い蛍火が舞っているようで、素直に美しかった。
しかし、鎖と鉄鍋に鍾乳石といい……。
天井の燃えている光源は、炎に見えて、実は炎ではないのかもしれない。
そこで、視線を落とす。
幅は百メートルを超えているかな。
奥には、熊のモンスターでも棲んでいそうな雰囲気がある。
結構広い。そんな洞窟の手前に焚き火の跡があった。
地面がくり貫かれた中に、乾燥した山羊系モンスターの糞の塊がある。
木の根を使った座卓の食台もあった。
リス系の肉の一部と魚を調理した跡がある。
無骨な骨を削ってできたようなナイフも台に刺さっていた。
葉に包んだ胡桃もある。
皿に使える殻と使えない殻も並んでいた。
噛み砕かれた骨と緑葉に乾燥した木の実の殻が散乱しているが、モンスターの皮を用いたゴザも敷かれてあった。
ここで生活している者は、意外に几帳面でグルメか。
脱ぎ捨てられた傷ついた鎧の一部も発見。
その鎧の大きさから大柄の持ち主と想像がつく。
焚き火の跡をチェックした。
その焚き火の跡に手を翳すと、下から熱を感じる。
まだ熾火の状態か?
灰はまだ熱を帯びていた。
洞窟に、だれかが住んでいることは確実。
エブエは騎士とか、言っていたが……。
まさか、ぷゆゆたちの巣?
「陛下、騎士とは……」
「さあな、樹海に騎士様でも住んでいるのだろうか。キッシュの村に住む方々しか知らない」
シュヘリアの問いに答えながら周辺の調べを続けていく。
俺たちの言葉は洞窟内に木霊した。
エブエと神獣たちは黙っている。
入り口手前の岩壁には何処かで見たような魔槍が立てかけてあった。
すると、その洞窟の中の暗がりから一人の大柄の男が現れる。
片腕の掌を洞窟の壁に当てている。
しかも片足がない。
「黒き獣たちか? 魚はもういらないぞ……」
『……あれは、閣下と対決した魔界騎士』
「デルハウト!」
シュヘリアが嘗ての同僚の名を叫ぶ。
生きていたのか。混沌の夜の時に対決した魔槍使い。
背中に魔槍杖バルドークの紅斧刃を浴びた魔界騎士。
「なっ……!?」
魔界騎士デルハウトは俺たちを見て、驚きの表情を浮かべていた。
俺も驚く。
聖槍アロステの十字矛が、彼の肩から胸の半ばまでを穿っていたはず。
胸元に傷痕らしき蚯蚓腫れが見えるのみ……回復を遂げている。
やはり魔界騎士か……。
優秀な回復系スキルを持つんだろう。
または、あの紫色の魔槍が特別だということか?
八剣神王三位のレーヴェ・クゼガイルが持つサーマリア伝承に伝わるオズワルド&ヒミカという名の二振りの魔剣は回復能力を持っていた。
あの魔槍も何かしらの伝承にまつわる武器とか?
自身の回復スキルも重なれば、さらに回復力が強まるはずだからな。
俺たちは近寄っていった。
……デルハウトの見た目はボロボロだ。
俺との戦いで受けた傷とは、別に傷を負っていたらしい。
胸と腕は回復して魔力操作もスムーズと分かるが……。
その二の腕から腕を覆うような手縫いで繕ったような傷痕は生々しい。
しかも熱の攻撃を受けたのか……。
腕防具の一部が溶けて崩れたところと、その妖蛆が這うような縫い痕に見える傷痕の一部が同化しているように繋がっていた。
そんな回復をしているが、回復をしていないような状態のデルハウトは片足だけで立っている。
彼の片足は、膝から下がない。
膝から下の傷は、エヴァの骨足のように……。
再生途中の肉と骨が中途半端に伸びた状態。
不自然な造形の骨と肉の塊と化していた。
この片足の痛々しいデルハウトにロロディーヌは魚をあげていたようだ。
大きい黒豹の姿となっていたロロディーヌは、静かにデルハウトを見つめている。
明日も更新予定です。
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