四百十四話 賢人ラビウス
2024年3月5日 2:12 修正
いきなり横からの神速の拳とは……。
魔素の反応も、風が吹き抜けたような不可思議な感覚だった。
が、庇った爺さんの腕は……。
ぱっくりどころか肉が裂けて骨が砕け散って血も迸っていた。
砕けた骨の先端が鋭利な刃物に見えるほどだ。
これは爺さん自身の力もあったせいだろう。
<水神の呼び声>を纏った雷式ラ・ドオラの軌道をずらしたからな。
パンチの衝撃で第三の腕だったイモリザは収縮しつつ指に戻り、掌へと移動した。
爺さんの腕を切り裂いた雷式ラ・ドオラの短槍は地面に落ちる前に<鎖>で素早く絡め取った。
ハンマーフレイルのようにぶら下がる黄色い短槍こと雷式ラ・ドオラが纏う<水神の呼び声>の力は消失している。
『水神様のお力はいったん消えたようです』
『そのようだ』
ヘルメの念話しつつ痛みを我慢している爺さんを見る。
「……というか爺さん、どうして彼を助けた?」
爺さんは俺の問いに答えず、無事なほうの腕をソーグの腰間に伸ばす。
貫手か? 否、指を突き出してソーグの体の数か所を突く。
龍のような魔力を宿した指に突かれたソーグは「ハッ」と息を吐いて瞬時に意識を回復。
「俺は、神界に……」
と、幻影でも見ているのか、臨死体験をしたのか、ソーグは語る。
そのソーグは口の中に「ホレッ」と、爺さんに丸い薬をツッコまれていた。
ソーグは今にも死にそうな表情を浮かべていたが、なんとか薬を飲んでいく。
刹那――。
俺たちの周囲に複数の魔素を探知――。
敵か?
瞬く間に、シュヘリア、ロロディーヌ、デルガグを地面に倒して止めを刺そうとしていたキサラたちを囲うように神界勢力たちが並ぶ。坊主の人族たちだけではない。
複数の腕を持つ神界戦士たち……彼ら戦士団の纏っている鎧は輝きを放っている。
光輪を含めた武器は色々ある。
光る鉈。
黄緑色に光る三又の槍。
黄土色の十手。
柄頭が龍頭の長剣。
キサラのフィラメントと似た繊維質の束を集めた武器。
中国では『拂塵』と呼ぶ武器か。
高級そうな武器防具の数々を装備した戦士団だ。
今まで戦っていた戦士の質とは異なるグループたちか。
新手の集団を見たキサラは「新手ですか……」と小声を発しながら地面に倒れているデルガグに回復魔法が降り掛かるのを見た直後――。
魔女槍ダモアヌンを回転させながら後退した。
しかし、デルガグの体に纏わりつく<魔倶飛式>たちと<飛式>たちは離れない。
回復魔法を打ち消そうと魔法の光を斬ったり蹴ったりと小さいなりに抵抗を示す。
が、魔力は覆ってはいるが紙人形だからな。
あまり意味がない。
と、思ったが侍型の十兵衛と忍者型の千方の<魔俱飛式>たちは違った。
魔法を本当に小さい範囲だけ打ち消している。
特殊な紙人形か、俺は千方のほうが気になった。
刃から極々小さい蝶々のようなモノが飛び出ている……。
まさかな? 亜神の力?
すると、その侍と忍者の精巧な紙人形の<魔倶飛式>たちは魔法を打ち消すことを諦めたらしい。
デルガグに蹴りを入れてから<飛式>たちを連れてキサラの下に撤収していった。
そのキサラはシュヘリアと阿吽の呼吸を見せている。
美女二人は互いに背中を預けながら回転。
金色のポニーテールの双剣使いシュヘリア。
白絹のような髪を持つ槍使いキサラ。
美しいから見惚れてしまう。
エヴァとレベッカの二人が俺の表情を見たら……。
ツッコミがくるだろう。
『ふふ、美しい立ち方のポーズです。ご褒美をあげなくては!』
ヘルメは違った。
シュヘリアとキサラの絶妙なポージングを見てヘルメ立ちの先生は納得がいったようだ。
ヘルメはお尻をぷるるんと震わせたポージングを繰り出した。
『閣下! 見てくれましたか!』
『見た見た、中々のぷるるるん具合だな』
キサラのぷるるる~んのほうが良かったかもしれないとは告げない。
俺とヘルメがアホな念話を繰り返していると、
「いつの間に……この量の戦士団を……」
「シュウヤ様、村は大丈夫でしょうか……」
互いの死角を潰し合って連携するキサラとシュヘリア。
殺気立つというよりは、不安そうな表情を浮かべながら語っていた。
ま、不安に思うのは当然か……。
籠の中の鳥はぁ~という童唄ではないが……。
俺たちの周囲を囲む八腕の神界戦士は異常だ。
名はジェンガ・ブーだったか?
『ジェンガ』ゲームは好きだが……。
彼は阿修羅像と不動明王のような面を持つ。
腕はどれも太い。そして、一番上の金属の腕が異常に太い。
鉄球のような数珠の群れを装着していた。
『鉄環手』のような武器。
防具も兼ねた物かな。
だが、一番の武器は……。
混沌の夜での戦いを思い出す。
あの黄金環が縦に螺旋する形で積み重なった棍棒武具だろう。
魚人の顔を持ったホフマンの幹部を粉砕していた……。
あれは強烈だった。
自然とゴクリと音が鳴るように唾を飲んで<導想魔手>を発動してしまった。
「……大丈夫なはずだ。ロターゼがいるだろう? それにエヴァとレベッカがいる。ハイグリアと紅虎の嵐にキッシュも強い」
モガ&ネームスにソロボとクエマもいる。
「それもそうですね。では、ここは一旦」
「承知しました」
彼女たちは互いに頷き合う。
と、神獣ロロディーヌの四肢の下に移動していく。
神獣ロロディーヌは動かずに、キサラとシュヘリアを守るような姿勢を取ってから胸元と背中を拡げるようなグリフォンが翼を広げて子供を守るように黒触手の群れを下方に集結させる。
キサラは眼前に魔女槍ダモアヌンを掲げた。
その魔女槍のダモアヌンの魔槍は、大盾と成った。
儀式でも行えるような大盾だ。
盾の天の上は、血が滴る髑髏たちが重なる穂先。
盾の空の左右は、窪んだ三角をイメージする。
盾の地を含む中央から下は、フィラメントの群れの起点となった柄の孔があった。
そうじて、籐牌の鬼模様の大盾。
ダモアヌンの魔槍の柄の孔から伸びているフィラメントの群れは、
一見すると毛が集まった筆にしか見えない時もある。
が、変化が可能なフィラメントは、すこぶる有能だ。
神槍ガンジスの方天画戟と似た穂先の下、太刀打と螻蛄首付近にある蒼い槍纓は刃になるが、その槍纓よりも自由度は上だろう。
ダモアヌンの魔槍、魔女槍と、名があるが、他にも曰くがありそうな特別な魔槍なことは確実か。
神獣ロロディーヌの黒触手たちも動いている。
キサラの大盾を中心に、壁龕を模るように触手骨剣が飛び出す形の障壁を瞬時に創り上げた。
ロロが闇鯨ロターゼと対決したときは……。
無数の黒触手を一つに密集させて巨大な骨剣を作っていた。
それが、今度は神獣の砦と言うべきな障壁だ。
相棒のロロディーヌは凄い。
と、感心しているのも束の間、指に激しい痛みが走る。
――指? え?
親指から血が迸った。
ソーグや爺さんからの攻撃ではない。
指の四つ葉のマークが印された指に、地面から飛び出した小さい枝触手が見事に突き刺さった。
ルシヴァルの紋章樹から生まれたばかりの眷属ルッシーか。
名前はまだ仮だが……。
指と繋がった枝触手は俺の活性化した魔力を含んだ濃厚な血を凄まじい勢いで吸い上げた。
……ぐおっ、胃が捻れたような感覚――。
数時間前の血を消費した紋章樹の時よりも胃に内臓類が痛い。
腕が干乾びる勢いだ――。
魔力と血を鍵型の枝触手は俺の血を吸い取っていく。
しかし、同時に奪われた血と魔力が体内に戻ってくる?
外と内で循環するような感覚を得た。
俺の両足からも血が溢れていく。
『生意気な! 妾の血も吸い取ったぞ』
左手に棲んでいるサラテンだったが、血を吸われたようだ。
彼女の悲鳴染みた念話が脳内に響くが、無視。
ひさしぶりに口の中に濃厚な血と胆汁のようなモノが溢れる。
そして、俺の周囲の地面には血と混じった胆液の湖面が拡がるように草花を侵食した。
吸血を受けたが循環しながら外に血が出る感覚は不思議だ。
が、輝く血の湖面は非常に美しい。
また新たな俺の領域と感じるが……。
その時、
ピコーン※<血道第四・開門>※恒久スキル獲得※
※エクストラスキル<ルシヴァルの紋章樹>の派生スキル条件が満たされました※
ピコーン※<霊血の泉>※恒久スキル獲得※
おぉぉ……ついに略して第四関門を獲得した。
なるほど、この湖面の縄張りが<霊血の泉>なんだな……。
<始まりの夕闇>系とは、また少し違うが……。
ルシヴァルの紋章樹が存在する領域に限った範囲の中だと真の力が発揮されるようだ。
と、何となくの感覚で分かる。
しかし、この状況だからこそ覚えられたのだろうか。
ま、スキルの詳細はあとだな。
『閣下の臭いが満ちた美しい湖面です! 飛び込んで泳ぎたい!』
興奮しているヘルメの幻影が可愛い。
悩ましい尻を輝かせながら宙を、視界の端から端へと実際に平泳ぎで泳いでいることに関してのツッコミは入れない。泳ぐ精霊ヘルメが語るように陽の反射している血の輝きが美しい。神聖な泉に見える……。
すると、眩い光を放つ血の湖面に波紋が幾つか浮かぶ。
波紋の中央が盛り上がると、その中央から輝く血が一気に噴き出した。
間欠泉のごとく立ち昇る輝く血。
それが湖面の上に臥所を作るように樹木を生成。
樹木は輝く血鎧を纏う人型の樹木たちへと変化を遂げた。
できあがった樹木の兵たちは、アーモンド型の双眸を持つ。
手にした樹槍と身に纏う鎧に盾は立派だが……頭部は可愛い。
「シュウヤ様、この輝く血と樹木の兵は……」
「……新手ではないようですが」
神獣ロロディーヌの足下にいたキサラとシュヘリアは周囲の状況を見ながら喋っていた。
すると、
『……あるじ、まもる……ここ、あるじとつながるばしょ』
枝と繋がる指が熱い。
ルッシーのテレパシーか?
『ばしょ? 領域みたいなもんか?』
『あるじ、るしばるしんでん』
『ルシヴァル神殿だと? 一種の縄張りか? <分泌吸の匂手>の範囲を超えたようなものなのか?』
<霊血の泉>もルシヴァルの紋章樹と関係するのか。
『……<るしばるのしゅごしゃ>をえた。<れいちのひじゅへい>も……』
<ルシヴァルの守護者>と<霊血の秘樹兵>をルッシーは獲得したのか。
そうルッシーが俺に伝えてきた直後、ロロディーヌが、
「ガルルルルゥ」
と、唸り声を上げてから、上下の顎を僅かに開く。
その口から小さい炎の息が漏れ出ていく。
辺り一面を炎の海にできるといわんばかりに、神獣らしく「ガルルルゥ」と、もう一度強い警告の意味を与えるような唸り声を上げていた。
『……るしばるのしゅごじゅーこわい』
ルッシーはロロディーヌを守護獣と呼ぶ。
恐怖したと分かる。
俺の指先を貫き絡んでいた枝は一瞬で地面の中に引き込まれていった。
同時に周囲の血も消失。
誕生していた血が滴る樹木の兵士たちは、ぶるぶると体が震えると、儀仗兵が持つような樹槍をロロディーヌに向けて一斉に掲げた。
動きを揃えた樹兵たちは二列に並ぶ。
黒女王ロロディーヌに従う近衛兵のように見えた。
そのまま軍隊行進を行うようにキサラとシュヘリアの近くに移動していった。
神獣ロロディーヌは紅色の光彩を煌めかせて、
「ンンン」
そう鳴くと、黒い瞳を猫らしく細める。
顎から歯牙たちを覗かせるように口を広げた。
火は吐かずに、
「にゃ、にゃおぉん~」
凛々しい神獣の雰囲気とは真逆の可愛らしい声音で鳴く。
一瞬、その迫力ある姿と声のギャップに転けそうになったが、我慢。
相棒的には『あたらしい部下にゃ~、守ってあげるにゃ~』と機嫌を良くした風に鳴いた感じだった。
すると、まだ生きていたソーグが、
「師父……」
と、自分を庇ってくれた爺さんを見つめながら〝師父〟と呟く。
「え?」
この禿げた爺さんは師父なのか。
そう呟いたソーグは顔色が悪い、油汗を浮かべているが体の傷は癒えていく。
先ほどの丸薬が効いた?
奥歯に回復ポーションとかが仕込んであるとか?
自動回復系のスキルか、あるいはレーヴェが持っていたような装備類の力か……。
爺さんが体のツボを指で突いた結果か? 魔点穴という技か。
キサラから貫手や掌法を習い『魔漁掌刃』を覚えた時に、さわりだけ説明を受けたが……そのすべての効果が相まって傷を回復しているのかもしれない。
とはいっても、高祖級のヴァンパイアと比べたら圧倒的に回復は遅い。
だが、肩の傷と耳までしっかりと回復していった。
元々の基礎体力が一流だからかもな。性格や行動規範はアレだが……。
この地域の戦神教たちを率いているだけはあるようだ。
「ラビウス師父……自らの腕を……」
「……なあに、これぐらいは平気じゃて。しかし、未知のモノに対する行動はいつも口うるさく注意していたつもりだったのじゃが、な?」
「……すみません」
彼らが師匠と弟子の関係性なのは分かったが、話に割り込む。
「爺さん、悪いが……なぜ戦いの邪魔をした?」
と、ラビウスという名の爺さんに質問をした。
いつでも戦えるという意志表示をするため、視線を厳しく意識する。
「……そうじゃった。まずは、この領域にわしら戦神教が無断で侵入したことを謝る。申し訳なかった。そして、わしもこの通り左腕を犠牲にした。不満なら、わしのもう片方の腕を捧げてもいい。だから、この弟子の命と皆の命を……助けてはくれまいか?」
痛そうな腕を引いた爺さんは丁寧に頭を下げてから謝ってきた。
「師父、何を! こいつは仲間を殺して、その血を吸った魔の者――」
ソーグが怒りを滲ませて、そう言い放つ。
だが、その言を聞いた爺さんは、
「しったような口を、この小童の……」
と、呟き蟀谷に皺を作り眉をぷるぷると震わせる。
さらに獰猛な野獣が怒ったような表情を浮かべると無事なほうの片腕がぶれた。
「――バカ者めが! 喝ダッ! ゴラァッ!!!!」
耳を聾する大声が数回響くと同時に濃密な魔力を内包した拳が、口をぽかんと開けて唖然とした表情を浮かべていたソーグの顔面を捉える。
爺さんの拳は魔力というか龍の魔力を纏っている?
その龍パンチの衝撃でソーグの顔が台風の風を受けているように皮膚が撓む。
あまりに見事なドラゴンフックだった。一瞬、スローモーションで見えた。
低音の声が響く音も相まって、ソーグの顔面が拳状に埋没していく光景はリアルだ。
『あべし――』と、世紀末に轟いた音が聞こえてきそうなぐらいに、顎と歯が粉砕された彼は吹き飛んだ先にいた戦神教団の方々と衝突。
その方々の一部をも巻き込み、皆を吹き飛ばしながら樹木群に衝突している。
弟子を懲らしめた訳ではなく……そのソーグの命を助けるための愛のある殴りだと、は、思うが……ソーグの体に無数の枝が突き刺さっている。
戦っていた相手だったが、少し同情してしまうほどに……。
回復していた体が傷だらけになっていた。
木屑が頭に刺さりモヒカンのような頭部となったソーグ。
彼は大丈夫か?
「まったく……クシャナーンの魔族を含めて樹怪王の怪物たちと戦い過ぎなのじゃ。神印を見抜けぬ阿呆になりさがるとは……」
「ソーグ隊長っ」
シュヘリアと戦っていた凄腕の僧が叫ぶ。
「――デルガグは予想できるが、ウンキを含めたお前たちもお前たちだ! 支部長ソーグの側にいながらこの不手際! まったく不甲斐ない!」
「しかし……」
「ウンキよ。多少なりとも武術が達者だからといって調子に乗りすぎなのじゃ! ……神聖書アザヤ十六の節に登場する聖者のように光の十字を胸に宿す方だと気づいていながら、襲うとは……聖者が純粋な魔の存在と化す訳がなかろうに。この事実を知れば……草葉の陰で見守ってくれている戦友たちもさぞや失望したことだろうて」
爺さんは憤懣やるかたないといったところだったが……。
弟子たちの委縮した様子を見てから、冷静さを取り戻すように顔色を戻していた。
そして、申し訳なさそうに、
「……わしの弟子たちが失礼した。名を聞かせてくれまいか。光の十字を胸に宿す心胆を寒からしむる腕前を持つ槍使い殿」
爺さんは、意味がありそうなニュアンスの喋りだ。
魔導師的な衣裳を着こんでいる。
そして、俺の胸にある<光の授印>のマークを見て、速攻で気付いたらしい。
しかし、俺の雷式ラ・ドオラの攻撃を防いだ代償は大きい。
老人にしては異常に太い筋肉質な腕だが……。
深い傷を負った腕は力なく……だらりと下がり血を垂れ流し続けている。
そんな状態の爺さんだが、俺に対して謝りの言葉を述べてしっかりと頭を下げてきた。
アキレス師匠やトン爺のような威厳を感じた。
礼には礼だ。
「……シュウヤ・カガリです」
「シュウヤ殿。感謝――」
笑みを浮かべた爺さんは、痛そうな腕を眼前に掲げて、恭しく抱拳の挨拶をしてくる。
傷を負っている状態なのに自然体だ。
一瞬、その振る舞いから武術連盟の会長だったネモ爺さんの姿を連想した。
頭部に鹿角を持ち、白髭を生やした老猫獣人。
〝じょ〟が口癖だった。
俺も抱拳の挨拶をして、
「いえ、とんでもない。それで、お爺さんの名は……」
ラビウスと聞いていたが、改めて問う。
「……わしの名はラビウス。賢人ラビウス三十五世。かのラビウスの生まれ変わりと呼ばれていた。ま、実は生まれ変わりではなく、戦神ヴァイス様と共に戦ったこともある本当の賢人ラビウスの精神体と融合を果たした姿なのじゃが……これは内緒じゃぞ?」
額の梵字から七色の光を放つ爺さんの名はラビウス。
そして、語尾と同時に繰り出したウィンクは気持ち悪い。
だが、賢人ラビウス……?
そういえば……城塞都市ヘカトレイルのヴァイス広場の入り口に像があった。
魔竜王討伐集会の頃か。
黒猫が、その像の上に乗っていたことは覚えている。
禿頭の上に飛び移ろうとしていた。
その像の姿を思い出すと……。
頭部の禿げ具合といい目の前の老僧、ラビウス爺さんと似ているかもしれない。
精神体と融合した姿と、いっているが……。
外面も似るようになるのだろうか。
「……そうですか。ヘカトレイルで像を見たことがあります」
「戦神広場じゃな。ま、過去は過去じゃ。で、もう片方の腕も必要か?」
にやりと笑いながら無事な方の腕をさしだしてくるラビウス爺さん。
〝右の頬を打つのなら、左の頬をも向けなさい〟
というイエスの赦しの教えが脳裏に浮かぶが……。
「いえ、もう結構」
腕を奪うとか、もってのほかだ。
腕の収集とか、そんな趣味はねぇ。
この理解あるラビウス爺さんと戦うつもりはない。
……そして、なによりロロディーヌのこの姿を見てしまってはな……。
黒猫の姿に戻ったロロディーヌ。
黒猫はラビウス爺さんの脛に小さい頭を寄せては、『このおじじはわたしのものにゃ~』というように、一心不乱に白髭部分を擦りつけていた。
自分の匂いをラビウス爺さんの足に移して臭いのマーキング作業に奮闘している。
そして、傷ついた手を労わるように舐め始めていた。
賢人ラビウスという存在の血を舐めたいだけかもしれないが。
しかし黒猫は知り合い以外に労わって舐めるといった行動は、まずしない。
珍しい。
それに、敵となる存在には絶対にしない行動だ。
「……ふぉふぉ、可愛い神獣様じゃ。で、その言葉と、面構えからすると、わしらを許してくれると思っていいのか?」
「――許すもなにもありません。途中の経過が何であれ、先に俺の眷属が戦いを仕掛けたのは紛れもない事実。俺たちにも非があります」
俺は頭を下げてから急ぎ頭を戻し、そう喋ると、ラビウス爺さんは小声で「正直な方だ」と、呟いてから、からからと笑う。
「……潔し! よかろう、よかろう」
満面の笑み。怒ってはいないようだ。
いや、怒ってはいるだろう。
だが、絶対に穏便に済ませるという気概だ。
笑みを浮かべたラビウス爺さんは仲間に視線を巡らせる。
視線を受けた彼らは阿吽の呼吸で傷ついた仲間たちの介抱を始めると退き始めた。
キサラが倒したデルガグも魔法によって回復したようだ。
ゆっくりと神界戦士に肩を預けながら立ち上がる。
しかし、そのデルガグだが……。
見事な具合に唇が潰れていた。
キサラは有言実行したらしい。
紙人形たちが悪戯したのかもしれないが。
そして、神獣ロロディーヌの連撃を凌ぎきり、武神寺仕込みの蹴り技をシュヘリアに繰り出したウンキという名の武術僧も頷いてから自らの襟を正すと、デルガグの側に駆け寄る。
何かの話をして俺に一瞥をくれてから一緒に退いていった。
俺と対決していた樹海支部を率いていたソーグは倒れたままだったが……。
そのソーグの下へ八腕を持つ巨大な神界戦士ジェンガ・ブーが近寄っていく。
八腕の神界戦士ジェンガ・ブーは「ブザマ……」と片言を述べてから、そのソーグの体を片腕で持ち上げる。
丸い金属防具が特徴の肩に担ぐと、地面に巨大な足跡を残してその場を離れた。
そうして神界勢力たちは次々と撤退していく。
すると、神界勢力の撤退に<霊血の秘樹兵>たちが動いた。
ルシヴァルの眷属ルッシーの力で生まれた特殊な兵士たちは、勝利や喜びの気持ちを表すように儀仗のような樹木製の槍を互いにクロスさせては、長柄同士を衝突させて打楽器を打ち鳴らすように音頭を取り始めていく。
リーダー格と思われる角持ちが先頭に立つと……。
ネームスより素早い独特のリズムに乗った魔力が吸い取られるような不思議なダンスを踊り始めた。キサラも即座に反応した。
ダモアヌンの魔槍のフィラメントの束の一部がキサラの肩へと自動的に回り込む。
ストラップベルトと繋がるギターのように、ダモアヌンの魔槍は胸元から下腹部にぶら下がる形となった。
キサラは本格的なギターを演奏するスタイルとなる。
更に、ダモアヌンの魔槍の柄孔から出ているストラップベルトにも変化しているフィラメント群の一部が数本の弦にも変化して、ダモアヌンの魔槍の後端と繋がった。
ダモアヌンの魔槍の柄孔がテールピースとなると、ギター風に変化した。
前と同じ有名なギタリスト『ジミー・ペイジ』がギターを弾くような感じだ。
「ひゅうれいや、謡や謡や、ささいな飛紙……」
微笑を湛えたキサラは謳いながらダモアヌンの魔槍ギターの弦を細い指で弾く。
三味線風味だが、いい音だ。
腰元にぶら下がっている魔導書は光っている。
キサラの戦いを補佐していた<魔倶飛式>と<飛式>の紙人形たちは樹兵たちの行動に合わせて魔力波を宙に放ち踊り出した。
「飛魔式、ひゅうれいや……」
<魔謳>も前と同じく不思議なリズムの声音。
そして、その旋律に圧倒される。
和のテイストに西洋のロックが合わさったような……。
十兵衛と千方の<魔倶飛式>は、踊りながら他の樹兵たちへと、魔力の波を放出している。他の<飛式>の紙人形も追随した。楽し気な紙人形たちだ。
<魔謳>の美しい歌声と、弦音楽の魔法か魔術か。
シュヘリアも一緒に踊っている。魔族音頭とかがあるのか?
金色のポニーテールが揺れに揺れて、黒猫が興奮していた。
自然と踊りながら、一瞬、沸騎士たちも出して魔界音頭を見たいとか考えたが、腰を折って直ぐに魔界へと旅立ってしまうからいいかと、正義のリュートを取り出していた。
――皆が紡ぐ音楽と踊りに交ざる。
キサラが生み出すリズムに合わせて――。
音楽をしばらく奏でていった。
――楽しい。
ラビウス爺さんが一緒に音楽を楽しむように、足でリズムを取ると演武を魅せ始める。
それは武を超えダンスを超えた代物だった……。
そして、時折、俺が爪弾く正義のリュートに視線を寄越しては……。
梵字を光らせて魔眼を発動してくるが、『?』と、疑問符を頭部の上に浮かべるように、頭を傾けると、音楽に乗り出していく。
そのラビウス爺さんからは、
「おぅ、いいぇィ♪」
とキサラの声の合間に合わせた声が面白い。
ラッパーを思わせる。
『ふふ~、閣下~、面白いです~』
ヘルメも楽し気だ。
第六の指となったイモリザもぴくぴくと反応していたが……。
俺は正義のリュートを弾き続けていった。
◇◇◇◇
そんな音楽大会のあと……。
焚き火を囲いながらラビウス爺さんと話し合いをしていった。
すると、無事な方の片手で懐をまさぐる。
「……シュウヤ殿。今回の詫びの印として、これを渡しておこう」
粛々とした態度で懐から取り出したのは、魔術書か?
「それは……」
「これは〝魔軍夜行ノ槍業〟。イーゾン山脈の古の神々たちが眠る【八峰大墳墓】の中にあったと聞く物。実際の出どころは確かなモノではない。わしがどうしてこれを手に入れたのか? といった話は長くなるから省略するが、この貴重な書物を受け取ってほしい」
〝魔軍夜行ノ槍業〟か。
「槍の書物ということですか? エルンスト大学のパブラマンティ教授が欲しがりそうな古代の魔法書にも見えますが」
俺の言葉を聞いた瞬間、ラビウス爺さんは眉間に皺を寄せる。
額の梵字が分裂し額の左右に文字が増えて、ジロッと魔眼の瞳を強めたが……。
すぐにニコッと笑みを作り、
「……古代の魔法書に近いだろう。表紙の文字は翻訳家に、古代語と魔族語の文字と教わったが、詳しくは知らなんだ。古くから『魔族の手の者に渡してはならぬ。魔界騎士やボシアドには注意せよ。そして、この本を読み理解した者には等しく死が訪れる』といった伝説がある。まぁ、これは一種の警告だろう。紅封印石の回りは、聖鳥クンクルドの皮と羽毛で丁寧に装丁してある」
そんな伝説があるから、俺にくれるのか?
本の一方には滑らかに磨かれた跡がある。
もう片方の一部には……。
魔界騎士のような姿で、魔槍を持ち、白い靄のマントを着ている魔族。
魔界騎士は、悪魔模様の珠玉を争っているような造形が施してある。
魔族の騎士の片方は、大柄で四つ腕。
四つの腕には、それぞれ特徴的な形の魔槍を握っていた。
もう片方の魔族の騎士は不細工な面で小柄だ。
不細工な魔族も、四つ腕で武器は魔槍。
しかし、片腕の一つは、切断されて、血が迸っていた。
防具の装備はどちらの魔族の騎士も立派だ。
魔族の騎士たちの絵柄は平面だが、悪魔模様の珠玉は立体的な紅玉だ。
紅玉は金具の留め金と繋がっている。
紅玉は見る者を魅了するような不思議な光を出してくる……。
湾曲したガラス面の奥には、今も外に出ようとしている黒い魔力が渦を巻いていた。
貴重な品だとは思うが……。
インテリジェンスアイテムだったりしたら嫌かもしれない。
「……呪いの品ですね。しかし、戦神教にとって大切な書物のはず。そして、何度も重ねて話すようで恐縮ですが、俺たちはラビウスさんの大切なお弟子さんと、神界戦士の方の命を奪いました。だから、受け取れません」
「……気にするな。戦神教の者は戦い死んだ者の魂は、繁栄が約束される。皆、総じて神界セウロスの道を辿っては戦神ヴァイス様の下に集い新たなる栄光ある神界戦士と成れるのだ。肉体が滅びようとも魂は永遠に活躍できる」
へぇ。オークたちのライヴァンの世と似たような感じなのかな。
「それはライヴァンの世とかいう?」
「オークたちの神々の世か? 戦神グンダルンや道神セレクニといった名は聞いたことがある。しかし、違う。神界セウロスへ至る道であり、戦神ヴァイス様のご威光のお陰でもある」
神々は本当に色々と存在するから覚えきれない。
俺はおっぱい神と水神アクレシス様を信じていればいいや。
ぽつねんとしたココッなんとか呪神様も。
「なるほど。しかし……」
「むむ。その気持ちは理解できる……が、こちらもシュウヤ殿の領域に侵入し戦ったのは事実。血と闇を感じるシュウヤ殿から魔界に関係する者と推測してしまったのだろう。同時に強き光もあるのだが……」
気まずそうに話をするラビウス爺さん。
依然と書物を、俺に渡そうと片手を伸ばしたままだ。
どうしても詫びとして受け取ってほしいようだ。
しかし、断ったが、槍という文字が気になるのも事実。
中身がどんなものか見てみたい気もする。
ま、呪いだろうが、魔だろうが、槍系だとは思うので、どんとこいだ。
「……俺たちは光と闇の混沌とした者たちですからね。認めようとしないことは分かりますよ」
「正直にいうが、わしら戦神教は他の神界側勢力と違いシュウヤ殿たちを認めるのは難しいだろう」
「はい。彼らと戦った様子から分かっています」
「すまんな」
「いえ、この樹海の地は、魑魅魍魎の勢力たちが無数に棲んでいますからね……そして、彼らは人族を、ただの美味しそうな餌、食物連鎖の下位の存在としか見ていない。だからこそ、それらの勢力と日夜争いを続けていると思われる戦神教の方々が、初見で素直に俺たちのような混沌とした者たちを認めるのは難しいでしょう」
「そう言ってくれるとありがたい」
国は国で無数に争いがある。
今も昔も人族の本質は変わらない。
生命の大半は生存競争があるし立場や事情のしがらみもある。
だから、過ちというか争いを繰り返すのは、未来永劫、倫理を超えた先にある脳の研究をしなければ変わらないだろうな。
皆、平和とえっちを愛するボノボのようになれば、争いはなくなるかもしれないが。
と、魔の側面をもつルシヴァルの俺が考えても仕方がない。
「……はい。俺も正直にお話をしますが……戦神教や宗教のことをあまり知りません。しかし、こうして話ができるラビウスさんと知り合えたことは、素直に嬉しく思っています」
ただ、一歩間違えば……。
ま、違う現実を想像しても仕方がない。
今のこの現実の方が大切だ。
戦神教のトップクラスのお偉いさんだと思うし、相当な力を持つと予想。
そんなラビウス爺さんと知り合いになれたことを、良しとしよう。
「……シュウヤ殿と話せば話すほど、本当に裏がないと分かる。ソーグも憎しみによって判断が狂ったと思いたいところだ」
「そうは言いますが、俺はただのエロな男ですよ?」
そう冗談を返すと、からからと笑ったラビウス爺。
「……ふむふむ。いや、しかし、残念だ」
「残念? その書物なら受け取りたいと思いますが」
「お? そうか? これは槍の奥義書のようなモノだからな。それは嬉しい。そして、その、残念とは……この短い間の話だったが、もしシュウヤ殿と、違う場所、違う人生で出会っていたのならば……共に酒を飲み笑い語り合うことのできる莫逆の友となりえただろうと思ってな。ほれっ」
と、手渡してくる書物を受け取った。
「ではの、去らばだ――磊落な槍使い!」
快活な表情を浮かべたラビウス爺さんは、額の梵字が輝くと一瞬で身に風を纏う。
その瞬間、全身がぶれて消えていた。
足跡すらない。
遠くの樹木を移動している姿が確認できた。
幹に足裏を当てて蹴っては、空へと飛び跳ねている。
傷を負っていた片手には自動的に魔力を帯びた包帯のような布が巻き付いていた。
回復する手段があったにもかかわらず、俺との交渉の場では、あえて使わなかったのか。
……カッコいい爺さんだ。
すると、側で黙って見ていたキサラとシュヘリアが走り寄ってくる。
<霊血の泉>に関係している<霊血の秘樹兵>たちは、地面の中に空きスペースがあるように血を纏った鎧が何重にも組み合わさりコンパクトになりながら消えていく。
「シュウヤ様、村に戻りますか?」
「――陛下、あまり役に立てず……」
キサラは<霊血の秘樹兵>を不思議そうに見ながら語る。
シュヘリアは片膝を地につけてから、そんなことを喋っていた。
ポニーテールの金髪の束に黒猫が猫パンチを繰り出している。
「シュヘリア、気にするな。キサラといい二人は、本当によく戦ってくれた。ありがとう」
「はい、嬉しい……」
「ハハッ――有り難き幸せ!」
シュへリアはまだ堅いな。
ま、慣れてくれば変わってくるだろう。
「んじゃ、村に戻って司令長官への報告を兼ねたキッシュの眷属化を行うとしよう。ロロ」
「ンン、にゃ~」
猫パンチを繰り出していた黒猫。
耳をぴくぴくと動かして俺を見る。
紅色の虹彩と点のような黒色の瞳と、少し桃色の小鼻と白髭の表情だ。
無邪気な黒猫の姿にしか見えない。
瞼と閉じて開くといったコミュニケーションを寄越してきたから――。
お返しに瞼のコミュニケーションを行う。
相棒は、ニコッと笑ったように白髭ちゃんを少し下げる。
そんな可愛い黒猫の姿から、一瞬で、黒馬に、変身を実行する相棒。
頭部は黒豹に近いが黒い狼的かな、胴体は黒馬っぽい。
それがまた渋い――黒馬に跨がった――。
早速、目の前に触手手綱が来たから片手で掴みつつ、触手手綱の裏側にある肉球ちゃんを親指でマッサージするように押してプニプニを楽しむ。
すると、手綱触手から御豆のような黒豆ちゃんがぷっくり出て、小さい爪のような骨が反動で出た。肉球を親指で押すを止めると爪は引っ込む。
また押すと爪がぷにゅっと出る。
感触がたまらない、面白いが止めてから反対の手で血文字連絡を行った。
レベッカとエヴァに戦神教との戦闘と賢人ラビウスとの遭遇し揉めたが、なんとかなったことを報告していく。
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